帝国軍100万
プチ戦記モード入りまーす。
――帝国軍、動く。
その一報が入ったのは、俺が屋敷に到着した直後であった。
入ってきた知らせは、もちろんそれだけでは無い。
王都に駐在しているフェルギン帝国の大使が、正式に宣戦布告をしてきたとの報告もほぼ同時刻のことだ。
フェルギン帝国の大使は、同時に降伏勧告をアッカールド王国に対して通告してきた。
曰く――。
『100万のフェルギン帝国軍が、アッカールド王国へと侵攻中である。 王国が速やかに降伏すれば、王族・貴族の命を奪うようなことはしない』――だそうだ。
ちなみに帝国軍の総大将は、第1皇子のデリン・ビ・フェルギン。
フラワキくんが絶賛していた兄上さんだ。
そして当然ながら、アッカールド王国は降伏勧告を拒否。
これにより正式に、フェルギン帝国 vs アッカールド王国――2国間の戦争が始まったのである。
――――
― ハイエロー領・屋敷内 ―
帝国が動いたとの報が入ってすぐに、情報の集約と軍議が始まった。
まだ子供ではあるが、中身が女神ヨミセンさんの使徒である俺と、後継者で2つ年下の弟であるアナキンもこの軍議には参加している。
フェルギン帝国軍は100万と号しているが、帝国内に潜伏している影の者の情報では帝国軍の全軍合わせても100万にやや満たないとのこと。
帝国はその国土の広さゆえ、アッカールド王国の他にも接している国がいくつもある。
当然、軍のうちの何割かは帝国の守備に就かせねばならないはずなので、こちらに侵攻して来る軍の総数は100万を大きく下回るはずだ。
集まってきた情報を集約すると、推測される帝国軍の数は70万強――それでも侵攻して来る帝国軍の数としては、歴史上最大となる。
今までで最も多く侵攻してきた時の帝国軍の数は、約50年前の40万というのが最大だった。
今度のフェルギン帝国の侵攻は、規模といいやり方といい今までのものとは違う。
前回までの侵攻は数にものを言わせただけの力押し、だが今回はわざわざアッカールド王国内という死地に多数の帝国人を送り込み、何がしかの工作までさせようとしているのだ。
消えたフラワキくん邸の使用人や王国内に入っていた商人たちは、一部を除いて未だに行方が掴めていない。
王都で何かをやろうとしているのか、それともここ――ハイエロー領に入り込んで、何か工作をしようと画策しているのか……。
念のためハイエロー領の領境はノットール父上さんと相談の上で固めたが、領境に壁を作っている訳でも無し、完全に工作員を入れないというのは不可能だろう。
ハイエロー領内で何がしかの工作をされると、やはり帝国との戦争は苦しい。
工作を防ぐべく兵を動かすことになるという状況は、2方面の敵と相対するのと同義なのである。
最も嫌なのが、工作員への対応に指揮官を割かねばならぬことだ。
帝国軍の侵攻を防ぐには、アダマン砦内の連携もさることながら、補給や人員の交代など領内全ての連携が必須となる。
念のために指揮官の数にも多少の余裕を持ってはいるが、工作員への対応に何人かを割くとこの余裕が無くなってしまうのだ。
なので指揮官に病人や怪我人が多く出ると、人員の余裕の無さ故に連携に不備が出かねない。
砦での防衛戦でこの連携が崩れるとそれは即、突破されかねない事態に繋がるのである。
フェルギン帝国も、厄介な手を考えたものだ。
――――
領都に到着してから2日が経過した。
司令部となっているハイエロー家の屋敷には、次から次へと情報が入って来る。
70万を超えるフェルギン帝国軍は、順調に我がハイエロー家のアダマン砦へと向かってきていた。
行方不明になっていたフラワキくん邸の使用人たちや帝国の商人――帝国の工作員たちは、まだ僅かだけだが捕らえることに成功している。
捕まった工作員の動向を見るに、連中はやはりこのハイエロー領を目指しているようだ。
しかも捕まった地点と経過した日数を考えると、既にハイエロー領内へと入り込んでいる可能性が高い。
この司令部となっているハイエロー邸が襲撃されることも考えられるので、俺の【気配察知】は発動しっぱなしにしてある。
もちろん、だからといって油断はしていない――気配が極めて察知しにくい、邪神ガンマの配下である魔徒四天王が来ることも考えられるのだ。
こうなると、ヤツらの存在が非常に厄介に思える。
この件で俺は自分で思っていたよりも、この【気配察知】というスキルに頼り切っていたのだなと思い知らされ反省していた。
入ってきた情報には、どうでもいい割には頭を抱えるようなものもあった。
これは情報というか、マルオくんの手紙に書いてあったのだが――フェルギン帝国の第3皇子のはずだったフラワキくんが、実は皇子でもなんでもない事が分かったのである。
ぶっちゃけ筆マメ過ぎる量のマルオくんの手紙はいつもなら面倒なだけだが、こういう時には王都での毎日の出来事が知れたりして有難いと思う。
忙しいけど、これは暇を見つけてお礼の手紙を返信しておくべきだろう。
で、フラワキくんの正体はいったい誰なのよということなのだが――。
俺たちの世代でたまたま帝国で1番の成績だった、そこらの貴族の子供だった。
フラワキくんは『第3皇子のふりをして、帝国の皇子は優秀であると王国にアピールしてこい』などと偉い人に命令されて、王国に送り込まれたのだそうだ。
そして王国に来たのはいいのだが――。
本国の命令で派閥を作ったり、マルオくんより上位の成績になるよう必死に努力したりしてきたのに、戦争をすることなど全く知らされてはいなかったらしく、帝国が宣戦布告をした時には屋敷にたった一人取り残されていたのだそうだ。
結局のところ、フラワキくんは帝国が送り込んだ人質どころか、ただの囮の捨て駒でしか無かったらしい。
フラワキくんは現在、逮捕・拘束されて軟禁中とのこと。
これから戦争を始めようとする立場としてはどうでもいい情報ではあるが、2年A組の生徒でありマルオくん派閥の一員としては『じゃあ今までの派閥云々で頭を悩ませていたのは、いったい何だったのか』と、ガックリ肩を落としたくなる情報である。
まぁ、囮役としては見事であったと言っておこう。
おかげで俺たちは、見事に翻弄されたのだから。
そう思わないと、正直やってられん……。
――――
俺が領都の屋敷に到着してから3日目。
ついに工作員のものと思われる、放火の報告が司令部に入った。
収穫前の小麦を、広範囲に亘って灰にされたのだ。
アダマン砦での防衛戦は、長期に及ぶことが予想される。
広大な農地があるハイエロー領なのでちょっとやそっとでは兵糧に困ることは無いはずだが、この調子で農地を荒らされると兵が不安になり、士気が落ちかねない。
工作員に対する対策と指揮は、ベテランの将が1人と若手2人が担当している。
ノットール父上さんによると彼らは優秀らしいので、是非とも頑張って工作員からの被害を食い止めてもらいたいものだ。
時を待たずして、第2・第3と立て続けに農地を焼かれたという報告が入った。
いずれも広範囲に小麦畑を焼かれたというものである。
領内警備に関しては、とりあえず工作員対策として小麦畑の警備を若干だが厚くするらしい。
兵糧に関しては備蓄もかなりあり、この程度では防衛戦に全く影響は無いので、もしかしたらこれが陽動ということも考えられる。
なので小麦畑に重点的に警備の兵を配置することは、しないらしい。
何にしても、後手に回っているのは確かだ。
どうにも落ち着かない、それにこれは気のせいなのかもしれないが――何か、嫌な予感がするのだ。
――――
4日目。
帝国軍との交戦まであと7日程と想定されているアダマン砦には、将兵が日々編成され次第送り込まれている。
その中には、普段は俺付きの護衛の騎士を率いている、女騎士将クレシアも含まれていた。
「姫様――くれぐれもご自身の戦闘能力を過信せず、姫様の身の安全を第一に行動して下さいね」
「分かりましたからクレシア、そんな子供を諭すような言い方は勘弁してちょうだい――アタクシだって、自分の立場くらいは承知しているつもりですわ」
「だとよろしいのですが――姫様は最近とみにお転婆でいらっしゃいますから……」
姫様――というのは、もちろん俺のことだ。
ちなみにクレシアにこの手の注意を受けるのは、いつものことである。
俺の警護という仕事上、クレシアは4歳と6歳の息子を家に残して王都に詰めていた。
冬休みも婚約の儀というイベントのせいで帰省しておらず、ようやく夏休みということで領内へと戻り、1年振りに息子二人と再会したその途端にフェルギン帝国との戦争で駆り出されるとは――この人も運が悪いと言うか何と言うか……。
「出発はいつでしたかしら?」
「明後日にはアダマン砦へと向かいます。 ご安心ください、必ずや帝国軍は退けて御覧に入れますので――姫様が王妃様になる邪魔は、絶対にさせません」
マルオくんと俺との婚約は、将兵たちの士気を上げる1つの要因となっている。
我らがハイエロー家の姫が王妃になる、それを実現させるためにも負けられぬ……という理屈らしい。
この辺の将兵の忠誠度の高さは、ノットール父上さんの手腕によるものだ。
父上さんは貴族としても領主としても、優秀な政治力を持ち合わせているらしい。
司令部となっている部屋の隅っこでクレシアとそんな話をしていると、何やら廊下がザワザワと騒がしくなった。
何かあったのかと話を中断して注意を向けると、すぐに伝令の兵士が報告を持って室内に入ってきた。
「申し上げます! 帝国の工作員と思われる賊に、ギュラー騎士将の屋敷が襲われたとのことです!」
――やられたか!
ギュラー騎士将は、アダマン砦のヌシと言われている老将で、防衛戦の要の1人でもあり前回の帝国軍の侵攻を経験している数少ない将兵のうちの1人でもある。
息子もつい先日騎士として兵を率いてアダマン砦へと向かい、確か屋敷には奥さんと息子の嫁さん――それとまだ小さな孫娘が残されていたはずだが……。
「被害は!」
ノットール父上と何やら話し合っていた、参謀役の騎士将がそう問うと――。
「ギュラー騎士将の奥様と義娘のモンリ様は無事でしたが……お孫さんが、お亡くなりになりました」
「なんと……!」
「賊は奥様とモンリ様には手を出さず、ギュラー騎士将のお孫さんだけが狙いだったようです。 襲ってきた賊は10名ほどで、うち3名は使用人が打ち取ったとのこと――また、屋敷の金品には全く手を付けられておらず――」
「もういい、分かった――あとは報告書で知らせよ」
「はっ! 後ほど詳細を纏め、報告書を提出いたします!」
参謀役の騎士将とノットール父上さんは、報告を聞いて何やらまた話し込み始めた。
その眉間には、深い縦皺が刻まれている。
「卑劣な……」
俺のすぐ隣から声がした――クレシアだ。
自らも息子2人を屋敷に残して出陣する身であるクレシアには、これは他人事では決して無い。
帝国の奴らめ、騎士将の家族――しかも子供を狙うとは。
非戦闘員のしかも子供だぞ?――戦争にルールなど無いとはいえ、そこを狙うってのはどうなのよ?
さすがにこれは俺もムカつくぞ。
もちろん俺の中のエリスも、激おこプンプンしている――久々にシンクロしているので、ムカつき度合いが半端ない。
前線の将たちを、防衛戦に集中できなくするつもりか……?
それとも子供や孫を殺された将が、冷静さを失うことを狙った……?
どういう狙いだとしても、これは捨て置けぬ。
ノットール父上さんに、騎士将の屋敷を重点的に警備するよう進言すべきだろうか?
イヤ……それはそれで今現在警備を担当している騎士将が、面白くないだろう。
彼らは彼らで、懸命に頑張っているはずなのだ。
あぁ、もう! もどかしくてイライラする!
帝国の工作員を潰したい――あー、自分で動きてー!
――――
そして5日目の昼。
クレシアを含めた将兵を送り出そうかという時間に、その報告が入った。
騎士将の屋敷が、更に3軒襲撃されたのである。
その中には、これからアダマン砦へと向かおうとしていたクレシアの屋敷も含まれていた。
…………
「カール! ポコ! あぁ……」
部隊の出発を遅らせる許可と、護衛付きで一緒に行く許可をノットール父上さんから強引に得て、俺はクレシアと屋敷へ同行したのだが――。
今、俺の目には2人の息子の亡骸を抱きかかえている、1人の母親が映っていた。
嗚咽と、2人の息子の名が、繰り返し繰り返しクレシアの口から聞こえてくる。
フェルギン帝国よ、いくら戦争とはいえここまでやるか?
いくらルール無用の戦争だとて、これはやっても良いものなのか?
今日襲撃された騎士将の屋敷は3件。
少なくとも同様の光景が、今現在もあと2か所で繰り広げられているはず。
これは――テロだ。
それも将の関係者である、民間人の子供を狙った卑劣なものだ。
帝国め……70余万という大軍勢を擁していながら、ここまで非道なことをしやがるのか……。
誰が考えたことだか知らんが、このやり口を俺は絶対に認めんぞ。
戦争だから、何をやっても良いというのなら――。
戦争だから、どんな手を使っても良いというのなら――。
いいだろう。
こちらも、やってやろうじゃないか。
俺は遠慮なくブチ切れてやるぞ。
俺の中のエリスも同様だ。
言っておくが、俺とエリスの両方が同時にキレたらただでは済まんからな。
自重している――やってはいけないと自ら禁じ手としているものは、俺にだってあるのだ。
「……殺す……殺す……殺す――帝国め……必ず皆殺しにしてやる!」
怒りで悲しみを塗り潰したクレシアが、殺意を前面に出してキレた。
だがクレシアよ……復讐させてやりたいところだが、今回は俺に譲れ。
帝国が非道で卑劣な手を使うというのなら、こっちだってやってやる。
やられたらやり返す――万倍返しだ!
「クレシア……済まないのですがその怒りは、この所業を行った帝国の工作員に向けて下さいな」
「――エリス様? それはどういう……」
「我がハイエロー領へと侵攻して来る帝国軍は、アタクシが殺します。 アタクシの名――エリス・ハイエローの名に懸けて」
そう……俺はブチ切れ、決めたのだ。
自ら禁じていたものを使うことを――大量殺戮をすることを。
――侵攻して来る帝国軍は、俺が殺る。
――――
自邸に戻った。
ノットール父上さんに一応、帝国軍への攻撃許可を貰うためだ。
これからやることの説明をしたところ、『何をする気か分からんが、やってみろ』と父上さんから言質が取れたので、さっそくだだっ広い庭へと向かう。
あまり見られたいものでもないので、人払いをしてから始めよう。
人気の無くなった庭に、左腰の辺りに取り出し口を設定してある【無限のアイテムストレージ】から使うべきブツを取り出す。
【無限のアイテムストレージ】には、前回行った異世界で手に入れた数々の品と元の世界の品が入っているのだが、今までは自重して包丁しか出していなかった。
今回自重をかなぐり捨てて取り出したのは、特殊神経ガス散布用の、高性能AIを搭載した直径7mほどの円盤型のドローン――前の世界で『ヤバいアイテム』のアイテムスロットを回して、手に入れたブツだ。(※第41部分参照)
――――――――――――――――――――――――――
特殊神経ガス:10t×10機
治癒の最上位魔法【完全治癒】以外では治せない、特殊な神経ガス。
【毒無効】のスキル以外で防ぐことはできず、散布後24時間で分解・消滅する。
神経ガスは、目標を指定するだけで自動的に飛行し散布する、高性能AI搭載の散布用ステルスドローン10機に積載されている。
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この10機全てのドローンをストレージから取り出し、いざ起動。
《起動しました》《起動しました》《起動しました》《起動しました》《起動――。
イヤ、起動するのはいいけど10機全部が同時に音声を出すと、聴きづらいというかうるさいな。
「えーと……全機のAIをリンクするかなにかして、とりあえず代表の1機――そうね、あなただけと音声会話をするというのはできて?」
《可能です――特殊神経ガスの散布目標を指定して下さい》
相変わらず融通の利かなそうなAIだが、今回に限っては何の問題も無い。
何故ならば今回は、こいつの本来の使い方をするからだ。
本来の使い方、それはつまり――。
「目標は、現在アッカールド王国のハイエロー領――アダマン砦へと侵攻中のフェルギン帝国軍」
《地理データ取得中…………完了。 目標データ取得中……………………完了。 アダマン砦に侵攻中のフェルギン帝国軍、73万2981個体を目標とします――散布しますか?》
「やっておしまいなさい――ステルス機能を起動するのを忘れずに、あと散布範囲は最小限にね」
そう、つまり特殊神経ガスを散布することだ――帝国軍に。
つーか、相変わらず無駄に高性能だなこのドローン
データ取得で、帝国軍の総数が正確に分かってしまったぞ……。
《了解しました。 ステルス起動――散布に向かいます》
ドローンたちの姿は消え、俺の【気配察知】のスキルの範囲からもすぐに外れた。
効率良く敵を無力化するための兵器が、その性能を存分に発揮すべく飛び立ったのだ。
正直初めて使うので、特殊神経ガスがどの程度の効果があるか分からないが、この世界の治癒魔法や薬などの効果を見る限り、かなりの数の帝国軍を減らせると俺は考えている。
恐らく帝国軍を、アダマン砦の攻略を再考せざるを得ないくらいには削れるはずだ。
怒りに任せてやっちまったなと思う反面、戦果を楽しみにしている自分がいる。
いつの間にか、俺の口角は上がっていた。
帝国軍よ、ルール無用の戦争とはどういうものかを知るがいい。
これから味わうのは、殺戮を効率化した究極の答えの1つ――。
ドローンによる神経ガスの散布という――。
【現代兵器無双】だ。




