魔徒四天王
― 深夜・マリア宅の近所の路地裏 ―
「フヒャヒャヒャヒャヒャ……どうしたね、さっきから空振りばかりだよ」
魔徒四天王、サトリのゴーアン。
こちらの考えていることを読む能力を持った老婆の姿をしたこいつに、俺とコレスとガーリの攻撃は全て空を切っていた。
老婆の姿をしてはいるが、こいつの身体能力は軽業師並みに高い。
思考を読まれるだけならそれでも避けられない攻撃をするだけと思い鞭を振るっているのだが、おかげでそれが避けられてしまう。
はっきり言って、マズい状況だ。
ゴーアンはまだ俺だけを狙って攻撃している、なので思考を読まれてもチートな身体能力で強引に回避できているのだが、この攻撃がコレスとガーリに向かうと殺されかねない。
つーか、こちらの思考を読んでいるのだから、コレスとガーリに攻撃されると困るであろうことは向こうだって分かっているはずなのだ。
つまり、俺たちは完全に遊ばれているのである。
「くそっ! 考えてることが読まれるってのが、こんなに厄介だとは思わなかったぜ!」
「動く前に避けられるなんて!」
コレスとガーリの剣と槍が、焦りと困惑で鈍ってきた。
はて、どうしたものか……。
「おやおや、数が多ければなんとかなるとでも思ったかい? 甘い……甘いねぇ」
ゴーアンのセリフで気づいたが、ガルガリアンくんにラルフくん、アンにマリアまでが前に出て参戦しようとしていた。
こらこら、マルオくんまで参加してはいかんだろうが……王子なんだからそこは自重しろよ。
マリアとガルガリアンくんが剣で参戦し、ラルフくんとマルオくんが魔法を放ったのだが――やはりゴーアンには通用せず、全て軽やかに避けられる。
アンは参戦しないのかな? 何やらブツブツ独りごとを言っているようだが……。
「フヒャヒャヒャヒャヒャ……無駄無駄無駄ァ! アタシにゃあんたたちがどう動くのか、全部読めるんだよ。 何人掛かってこようと無駄無駄ァ!」
攻撃を避けながらも、ゴーアンはちょいちょい俺に対して攻撃を仕掛けてきた。
こちらの考えが読まれているので攻撃は意識の隙をつかれるものばかりなのだが、それでもこちらはそれを見てから避けられるチート持ちなので、十分に回避できる。
「それにしても、あんたも相当な化け物だねぇ……この『魔徒四天王』であるサトリのゴーアンの攻撃を余裕でかわし続けるとはさ。 あんたは、確かハイエローの娘だったねぇ――本当にただの人間かい?」
仰せごもっとも。
確かに中身チート持ちのおっさんだから、ただの人間では無い――が、それでも一応人間だぞ。
「なるほど、そういうことならこちらも名乗るのが礼儀でしたわね。 アタクシはエリス・ハイエロー、女神ヨミセン様の使徒『タロウ』を宿している――つまり、あなた方と同じ使徒の能力を持つ者ですわ」
「女神ヨミセンの使徒……だってぇ?」
ゴーアンの目つきと動きが変わった。
その他の攻撃しているメンバーを無視して、俺への攻撃に集中するようになったのだ。
「避けるんじゃないよ! さっさと死にな、女神ヨミセンの使徒!」
「あら? もしかしてあなた、女神ヨミセン様に恨みでもありまして?」
目の色を変えて俺を攻撃し始めたゴーアンを見てもしやと聞いてみたら、案の定因縁があったらしい。
「白々しい! 女神ヨミセンこそ我が主『邪神ガンマ』様を封印した張本人、恨んで当然であろうが!」
あー、そうなんだ……。
そりゃまぁ、恨むわな。
つーか、なにげに邪神と俺の因縁って、女神ヨミセンさんが作ったもんなんすね。
なんという有難迷惑な……。
待てよ……となるとこの世界の元になっている『乙女ゲーム』は、女神ヨミセンさんが作ったのか?
イヤ、違うか――それっぽい世界を女神ヨミセンさんが適当に作っただけで、そもそも元になる『乙女ゲーム』など最初っから存在しないとか?
「戦ってる最中に訳の分からんことを考えているとは、ずいぶんと余裕じゃないかい! ヨミセンの使徒ごときがさ!」
ゴーアンがイラついてきたようだ。
どうやら下手にこちらの考えていることが読めるせいで、関係ないことを考えながら戦っている俺にイラついたらしい。
それにしても、こちらの攻撃も当たらなければあちらの攻撃も当たらない。
この膠着状態をどうしたものか……。
また悪目立ちしてしまうが、ここはいっそ本気を出してしまおうか?
相手は魔徒四天王で人間では無いらしいが人型だ、ストレージの中の『超合金乙の包丁』を取り出し【真・包丁術】と【真・暗殺術】のスキルを発動すれば、この程度の相手など――。
そこまで考えた時、ゴーアンが後ろへと飛び退った。
どうやらこちらの考えていることを読み、危険を感じたようだが……今更逃げられると思うなよ。
またつまらぬ俺Tueeeをしてしまうが、この状況では仕方あるまい。
――と、その時であった。
「――ケーキを切り分けるのです!」
「うわっ! なんだい!」
そこにいた全ての人間の思考をよんでいたはずのゴーアンが、後ろから飛び掛かってきたアンに驚き、なんと手に持った包丁でのひと振りを避けそこなったのだ。
いったい何がどうなってんのこれ?
つーか、流れ出る血が青い――実は正体がイカとかじゃないよね?
アンの攻撃を避けそこなったゴーアンは、左の太ももに深手を負い茫然としている。
信じられない……という顔だ。
気持ちは分らんでも無い。
だって、俺も訳分からんもの。
相手がこちらの思考を読めるのだから、妖怪のサトリよろしく武器がすっぽ抜けでもしないと、普通の攻撃程度であれば当てるのは無理ゲーだと思ってたし……。
ホント、どうやった?
「今だ!」
「隙あり!」
コレスとガーリがここぞとばかりに、ゴーアンを倒しにかかった。
ところが左の太ももに深手を負ったにも拘わらず、ゴーアンは攻撃を避け続けている。
確実に動きは悪くなっているのだが、それでも2人の攻撃を避けやがるか……。
だがしかし、ここに俺の鞭が加われば!
剣と槍に加えて鞭が加わった攻撃は、さすがのサトリのゴーアンをしても避け続けられるものでは無かった。
それでも、右手に持った短剣を巧みに使って防いでいたゴーアンだったが――。
「くらいなさい! 雷光三段突き!」
ガーリの繰り出した突きの1つが、今度はゴーアンの右の膝上を捉えたのだ。
ぶっちゃけガーリの雷光三段突きはまだまだ未完成の技なので、たぶんそのせいで手元が狂い、ゴーアンの読みとは違う場所を突いてたまたま当たったのだろう。
「もらったぁ!!」
両足に傷を負ったゴーアンに対しコレスの剣が振りぬかれ、右の胸から腹にかけてバッサリと切り裂いた。
切られたゴーアンは『ゴフッ』と血を吐き、今までの攻防はなんだったのかというくらいあっさりと、青い血だまりに倒れたのである。
なんとか倒したか……。
さて、こいつは魔徒四天王――サトリのゴーアンとか名乗っていたな。
正直いきなりそんな設定が出てきたから、俺としては非常に戸惑っている。
なので少しでも情報が欲しい。
――と、いうことで。
「どなたか、ロープをお持ちではありませんこと?」
「はっ! こやつを縛り上げますか?」
今まで『逃がさぬために動くな』と命じていたせいで壁になっていた騎士の1人が、ロープを片手にこちらへと走ってきた。
ついでだ、転がっているゴーアンを縛り上げてもらおう。
「頼みますわ、間違っても逃げられぬようにキツく縛り上げて」
「お任せ下さい!」
うわー、ホントに容赦なくギチギチに縛り上げてやがんなー。
まぁ『やれ』と言ったのは俺なんだが……。
それにしても、ずいぶんと王家の騎士も俺の言うことを聞くようになったものだ。
マルオくんの正式な婚約者になったので、主に準ずる者として彼らには認識されるようになったらしい。
「終わりました!」
「ご苦労――マリア、死なないように回復魔法を掛けて」
「はいエリス様、マリアにおまかせ!――【聖回復】!」
マリアの回復魔法により、ゴーアンの命は取り留めた。
俺が直接尋問をしたいところだが、さすがにここは王家に譲らないと角が立つだろう。
まぁいいさ……ヤツの身柄は王家の尋問が終わってから、こちらに譲ってもらえば済む話だ。
回復魔法という便利なものがある限り、拷問してもそう簡単に死体にはならんだろうしな。
――と、いうことで。
「ではこの、魔徒四天王を名乗る老婆――ゴーアンの身柄は、王家に預けるということで」
「あぁ、七色教にも立ち会わせて『邪神ガンマ』のことも含めて尋問させる」
と、マルオくんと相談して決めた。
そして特別な犯罪者を放り込んでおく牢へと運ぶべく、騎士さんの1人が気を失っているゴーアンを肩に担いだところで……それは起きた。
スコッという音とともに、ゴーアンの頭に矢が刺さったのである。
「なっ!……どこから!」
「誰だ!」
「警戒しろ!」
やられた……これではゴーアンは即死だ。
まさか口封じをされてしまうとは――これは、油断した……。
つーか、俺の【気配察知】には何も――イヤ、あった。
淡いボンヤリとした気配――魔徒四天王であったゴーアンと同じ類の気配。
「そこですわ!」
俺が気配をかろうじて察知し指をさした民家の屋根には、ぼんやりとした影に覆われた3つの何かがいたのである。
…………
「ハハハハハハっ、無駄なことを!」
数人の騎士が弓を持っていたので矢を射かけさせたのだが、いとも簡単に叩き落された。
ちなみに俺の鞭を当てるには、攻撃距離が少しばかり遠い。
残るは魔法での攻撃だが――その前に話ができないかを試してみよう。
ゴーアンが口封じされた今となっては、ヤツらだけが『邪神ガンマ』の手がかりなのだ!
「あなた方は何者ですか? いえ、だいたい想像は着きますが――自己紹介くらいはしてくれても良いのではなくて?」
とりあえず、聞くだけ聞いてみた。
「ハハハハハハっ! 恐らくは貴様の想像通りだ。 我らこそ『魔徒四天王』、偉大なる『邪神ガンマ』様に仕える選ばれし下僕である!――もっとも、たった今『三天王』になったばかりだがな」
「某らと戦おうというのならば止めておけ。 某らはそこに死んでいる四天王最弱のゴーアンごときとは訳が違うぞ」
「確かにな――ゴーアンめ、たかが人間ごときに敗れるとは、ワシら『魔徒四天王』の面汚しよ」
あー、やっぱりサトリのゴーアンは、四天王最弱だったか。
お約束だもんな……うむ。
「何が目的だ!?」
空気になりそうだったマルオくんが聞くと――。
「目的? 決まっておろう――『邪神ガンマ』様に復活して頂くこと。 その際、より強大な御力をお持ちいただけるよう絶望を捧げることだ」
とのことだ。
「絶望を捧げるだと? いったいどうやって?」
引き続きマルオくんが、主人公みたいに魔徒四天王たちに質問してくれている。
俺としては楽なので、引き続き放っておこう。
「それはいずれ分かる――そうだな、今回のゴーアンによる悪夢もその1つだということだけは、教えておいてやろう」
ゴーアンによる悪夢……!?
ということは、マリアが見ていた悪夢はゴーアンによるものなのか?
それでゴーアンは、こんな場所にいたのか……。
つーかマリアに悪夢を見せるのが、絶望を捧げることになるのか?
イヤ、まぁ確かにマリアは俺に虐められる夢を見て、ものすごく嫌がってはいたけれど……。
さすがにそれで絶望は……するのか? どうなんだろう?
うむ、良く分からぬ。
分からぬが連中がわざわざやるということは、たぶん少しは意味があるのだろう。
「では、今日のところはさらばだ。 まだ某らにも、やることがあるのでな――これでもなかなか忙しいのだよ」
「我らと戦いたければ、探し出してみるが良い」
「そうさな――ワシらを見つけることができたならば、望み通り皆殺しにしてやろう」
「あっ! 待て!」
マルオくんの言葉も空しく、魔徒四天王の残り3つの気配は、一瞬で俺の【気配察知】から消えた。
元々微弱な気配しか感知できていなかったので、少し距離を取られるだけで感知外になってしまったのだ。
魔徒四天王か……。
たぶん、戦わないといけないんだろうなー。
怖いし、面倒臭いなー。
追加で新四天王とか――。
出てこないといいなー。
――――
その後、俺たちはそんなことがあったにも関わらず、再びマリア宅に戻ってお泊りを再開した。
結局なんだかんだで明け方近くまで眠れなかったのは、仕方のないことだろう。
眠れなかった時間に話していたのは、もちろん『邪神ガンマ』と『魔徒四天王』のことである。
話していたのは『魔徒四天王』の正体は誰なのかということ。
サトリのゴーアンが占い師であったことから考えるに、他の魔徒四天王もこの王都にいる誰かであろうことが推測されたからだ。
それは誰なのか?
ぶっちゃけさっぱり分からぬ。
唯一『こいつは怪しい』と目星をつけることが出来たのは、占い師であるゴーアンと同じく『ヤバい神様が再来年の春に復活し、人類を滅ぼす』と予言した、ジャー教の教主だけだ。
しかしながら怪しいだけで断罪する訳にもいかぬし、学生である自分たちにどうこうできる権限があるということも無いので、ジャー教の件に無関してはマルオくんとガルガリアンくんを通じて、邪神ガンマや魔徒四天王の件と一緒に偉い人に報告するということにした。
まぁ、普通で無難な選択である。
だいたい四六時中護衛が付く俺たちには、その辺を調べたり解決したりできるような自由などは無いのだから、そこは仕方あるまい。
眠れなかったので、気になっていた『こちらの考えが読めるサトリのゴーアンに、どうやってアンは攻撃を当てたのか』ということも聞いてみた。
アンによると『攻撃しようと考えたら読まれてしまうので、ゴーアンをケーキだと思い込んで切り分けようとしてみた』とのことである。
囲んでいる人数も多かったしアンは安パイだとゴーアンが油断していたのかもしれないが、よくそれで当たったものである。
そもそも本来の得物が弓矢であるはずのアンが、何故包丁で攻撃していたのかという疑問もあったのだが――単に自宅に忘れてきたので、マリア宅でお菓子作りをすることになった時のことを考えて持ってきていた包丁を握っただけなのだそうだ。
話を総合すると魔徒四天王であるサトリのゴーアンを倒せたのは、アンによるたまたまの偶然が重なったからということになる。
俺がチートスキルを駆使しまくれば倒せたと言えば倒せたのだが、チート抜きで倒せたというのは大きい。
これならば他の四天王も、俺のチート抜きで倒せるかもしれないからだ。
ぶっちゃけ辺境侯爵家の令嬢で王子の婚約者という立場ゆえに、魔徒四天王が出たからと言ってホイホイお出かけすることは俺には出来ない。
なので俺抜きで連中をなんとかしてもらわねば困るのだ。
「むにゃむにゃ……ミルフィーユ千段重ね……むにゃ……」
マリアは悪夢を見なくなったせいか、安らかに眠っている――違うか、それだと死んでるみたいだ。
えーと…………とにかくマリアは、すやすやと寝ている。
サトリのゴーアンがわざわざ悪夢を見せていたということからも、残りの魔徒四天王もマリアに絡んでくるかもしれない。
もしもの時は我がハイエロー家で保護するとして、とりあえずはマルオくんに頼んでマリアの周辺の警備を厚めにしてもらおう。
ゴーアンを倒した俺たちの仲間なのだから狙われる可能性もあるとかなんとか言えば、それなりに説得力があるはずだ。
「むにゃ……特大バケツプリン……むにゃ……」
いままでは俺を中心に厄介事が起こっていたが、少しずつ仲間たちを巻き込み始め、これからはマリアが中心になっていくのかもしれない。
平穏って、どこに行ったんでしょうねー。
つーか、どうせ出てくるんなら早く出てきてもらって、ちゃっちゃと片づけたいよね――邪神イベント。
魔徒四天王の残りも、面倒だから全部まとめて掛かって来いって話だし。
勝てる前提でそんなこと考えるのもどうかと思わないでも無いが、あの女神ヨミセンさんの設定だし【邪神封印】のスキルを前もって貰ってることからもたぶん大丈夫な気がするのだ。
早く厄介事を全部終わらせて、学園生活を満喫したい。
俺にとっては数十年ぶりの、友人たちとのせっかくの楽しい生活なのだ――無邪気に楽しみたいというのは、贅沢だろうか?
「……あんこ風呂……むにゃ……」
まったくマリアめ、呑気そうに寝やがって……。
まぁ、俺に任せておけ――魔徒四天王も邪神も、いざとなったらなんとかしてやるからな。
そして、めでたしめでたしの大団円を迎えてやる。
だからそろそろお前も、彼氏の1人くらい作れよ。
「むにゃむにゃ……生クリームゴーレム……むにゃ……」
つーかマリアよ、さっきからお前はどういう夢を見ているんだ?
生クリームゴーレムっていったい……?
――ちょっと起きて聞かせなさい。




