ジャー教の噂
久々に1万文字を超えました。
― 自室 ―
そして5月も終わり――。
《スロット、スタート!》
2度目となる夏の『恋のどきどきイベントスロット』の時期がやってきた。
相も変わらず3つのリールが、俺の意思とは関係無く勝手に回り始める。
―回転中― と ―回転中― で ―回転中―
で、最初の――左のリールが止まったのだが……。
<―なし―> と ―回転中― で ―回転中―
は? 『―なし―』って何よ?
そんな新キャラ知らんぞ?
とか半ば現実逃避なボケをしながら眺めていると、やがて3つのリール全てが停まった。
結果がこれ。
<―なし―> と <―なし―> で <―なし―>
でもって――。
《今回の夏の『恋のどきどきイベント』は、開催が見送られました》
という脳内アナウンスが流れた。
イヤ、待て、それはアリなのか?
つーか、最近なんか適当になってないか?
あと、わざわざ俺が深夜までスロットを待っていたのって――。
全く意味無くね?
――――
― ラルフくん邸・お茶会会場 ―
「宰相府が割れているんですの?」
「圧倒的多数派と少数派に分かれるのを『割れる』と表現するのが適切とは思えないが、そういうことになっているらしい」
ガルガリアンくんが教えてくれたこの情報は、ハイエロー家にとってはきっと朗報なのであろう。
何故ならば、宰相府の中でも若手の実力者と言われるゲヒャナ大臣が『帝国からのこれ以上の交流は、断固阻止すべきだ』と言い始めたからである。
ちなみに若手と言っても、もう50過ぎである。
宰相府は、爺さんの巣窟なのだ。
ゲヒャナ大臣曰く『人と交易品の流入によってフェルギン帝国の影響力が増しており、これ以上はアッカールド王国内に親帝国の勢力を作ることになる』とのことで、『現在の段階ではまだ帝国を完全に信じるべきではなく、万が一戦争となった時には親帝国の勢力が王国を滅ぼす元になりかねない』と主張しているのだそうだ。
俺としては、全面的にこの意見に同意する。
たぶんノットール父上さんも同じだろう。
右手で友好親善と貿易での利益を差し出し、左手で軍事侵攻の準備を整える。
そんなことをしているフェルギン帝国などを、全面的に信じるほうがどうかしている。
ガルガリアンくんの情報によると、帝国とのこれ以上の交流はすべきでないと主張しているのは、宰相府ではゲヒャナ大臣とその派閥だけ。
残りはほとんど『もっと帝国との交流を進め、友好をもっと確固としたものにすべき』との主張をしているそうだ。
ちなみにガルガリアンくんのお爺さん――グレグリン・コハイル宰相は、この件に関しては中立らしい。
で、宰相府ではそんなことを議論しているらしいのだが――。
たぶんもう遅いと思う。
何故ならばレインボー学園内では、既に帝国の第3皇子であるフラワキくんの派閥がそれなりに増えてしまっているのだ。
最初の頃こそ俺たちの派閥に手も足も出ないという感じのフラワキくん派閥であったが、留学してからわずか2か月というこの短い期間に、取り巻きの数はもう10人余りとなっている。
これは帝国の貿易の利権などをエサに、生徒たちの親たちである貴族を取り込んだ結果だ。
つまりはもう『親フェルギン帝国』の派閥は、貴族たちの間で出来上がっているということである。
しかもこの派閥は、我がハイエロー家が反帝国という立場なので、当然ながら『反ハイエロー派閥』ということになる。
フェルギン帝国と戦争ということになったら、そいつらは内なる敵となるはずだ。
ノットール父上さんも、頭の痛いことだろう。
学園内で着々と影響力を増やしつつあるフラワキくん派閥だが、最近は明らかに俺たちの派閥と対立してきた。
主にフラワキくん本人がマルオくんに対して対抗意識を持っているらしく、やたらと突っかかってくるのである。
フラワキくんとマルオくんの学園での成績は、ほぼ互角だ。
期末試験がまだなのではっきりとした優劣は着いていないが、結果によってはフラワキくんが勝ち誇ることとなるかもしれない。
正直そんなことになれば俺としても面白く無いので、マルオくんには頑張って欲しいところだ。
フラワキくんの行動については、もう1つ気になることがある。
やたらと次期皇帝となる自分の兄――デリン・ビ・フェルギンのことを持ち上げ、褒めちぎるのだ。
口を開けばやれ『デリン兄上は素晴らしい人格者だ』だの『ボクの能力などは、デリン兄上の足元にも及ばない』だのと、やたら兄自慢が出てくるのである。
ぶっちゃけると、そんな話は眉唾物だと俺は思っている。
どうせ次期皇帝である兄を褒めちぎることによって、『帝国にはすごくいい後継者がいるんだぞ』的なアピールをしたいだけだろう。
しかもフラワキくん自身がマルオくんと互角の能力を持っているので、これは間接的にフェルギン帝国の次期皇帝であるデリンとやらを上げ、アッカールド王国の次期王であるマルオくんを下げることになる。
これも恐らくフラワキくんの目的だと思われる。
帝国の次世代の皇帝は優秀で素晴らしい人格者なんだぞ、それに比べて王国は――みたいなことを、学園の生徒たちに思わせるのが目的であると俺は考えているのだ。
生徒たちがそのように思うようになれば、当然ながらその親である貴族にも伝わる。
フラワキくんは戦う前から貴族たちに『帝国には敵わぬ』と思わせ、戦意をくじこうとしているのだろう。
考え過ぎかな?
それでも何も考えないよりはいいはず。
いざ戦争となってから慌てて考えるのでは遅いのだ。
――とまぁ、こんな話をお茶会ではしているのだが。
もちろん情報の突合せで出た話は、これだけでは無い。
「あと、ユリオス様からのお手紙に書いてあったんですけど~、屋敷にいる人数の割にはフラワキのお世話をしている使用人が少ないそうです~」
なんて話もマリアから出てきた。
うむ、それは怪しい。
きっとフラワキくんの世話をしていない連中は、使用人のふりをしている何がしかの工作員だ!
違うかな?
でもそんな気がする。
よし、見張りを増やすようノットール父上さんに進言しておこう。
その他にもあーだこーだとみんなで情報やら対策やらを話したのだが、所詮は学園の生徒という身である。
有益な情報などそれほど集められるものでは無い。
だんだんと情報の精度も落ち、やがて出てくる話は信憑性もクソも無い噂話レベルとなっていった。
が――。
そんな噂話にも、気になるものはあった。
「ジャー教?」
「なんかさ、ヤバい神様が再来年の春に復活するんだってよ。 で、そいつが人類を滅ぼすらしいんだけど、信者になっていれば助かるんだそうだ」
もうなんか都市伝説レベルの終末話なんだけど、コレスによるとこんな話でも実際に信者が増えているらしいというのだから驚きである。
それともう1つ――。
「再来年の春などと、ずいぶん時期が具体的ですわね」
ガーリが指摘した通り、確かにずいぶんと具体的だ。
しかもこの再来年の春という時期は、俺がこの世界に来て3年――元の世界に戻る時期とカブるのである。
しかも復活するのは『ヤバい神様』だと言う……。
――これ、どう考えても『邪神』だよね。
あれ? 邪神ってマリアがハッピーエンドを迎えないと出てくるとかじゃないのか?
ひょっとしてマリア関係なく、出てくるの確定だとか……?
だとしたら俺がマリアを育成してきた今までの努力って、いったい……。
「こういった占いや予言なんてものは、時期がはっきり明言されているほうが広まるものなのさ。 ほら、それだとその時期になれば検証ができるから、みんな興味を持ちやすいだろう?」
なるほどガルガリアンくんの言う通りかもしれない、日本でも20世紀末に世界が滅亡する的な予言が流行ったが、それもやはり1999年7月と時期が明言されていたしな。
あの当時ものすごく話題にはなっていたが、結局予言は大ハズレで終わったっけ……。
だが今回の予言に関しては、どうせ当たらないだろうなと無視などはできない。
実際に邪神とやらが出てきそうな根拠もあるし、何よりここは『乙女ゲーム』の世界なのだ。
予言が的中しても、何もおかしなことは無い。
「そこなんだけどな、ほら前にユリオスが言ってた良く当たる占い師の話、あれ覚えてるか?」
「忘れるものか! エリスが王国を滅ぼす者を導くなどと、いい加減な占いをしたやつだ!」
――俺がいろいろと考えている間にも、話は続いていた。
コレスが以前ユリオスくんが話していた占い師の噂の話を振り、それに対してマルオくんが思い出し怒りをしてくれている。
そうだ、その時の占い師の話と言えば――。
「ちょっとお待ちになって……その時の占い師の予言は確か――」
「えっと~……確か『アッカールド王国を亡ぼす者が、3年の内に現れるだろう。 そしてその者は、レインボー学園の生徒によって王国に導かれるであろう』だったっけ~――ってあれ? これってまさか……!?」
ラルフくんも気づいたか……そうなのだ、この予言はそのまま現在のフェルギン帝国への懸念に、ピタリと当てはまってしまうのだ。
「そうか! アッカールド王国を滅ぼす者が『フェルギン帝国』で、それを王国へと導くレインボー学園の生徒が『フラワキ皇子』ということか! となると、その占い師の予言とやらは的中していることになる――ふむ、これは迂闊に無視することはできないかもしれないな」
「確かに――で、その占い師がどうかしたのかコレス?」
ガルガリアンくんが考えを纏めてくれるので、みんなと共有しやすくて助かる。
さすがクラスメイトの連中に、『青の賢者』という異名が浸透しているのは伊達では無い。
その話を受けてマルオくんがコレスに話の続きを促すと、次のような言葉が返ってきた。
「その占い師がさ、同じようなことを予言してるんだよ。 『再来年の3月に、大いなる神が復活する』とかなんとか……。 いや、マジで当たるんだぜその占い師、オレも試しにと思って占ってもらいに行ってみたんだけどさ――」
「まさかコレスあなた、占ってもらったんですの!?」
「だって気になるじゃんよ――でよ、これがまた当たるんだぜ、びっくりするくらい」
イヤ、そのジャー教と占い師の双方の予言がほぼ一致するというのも驚いたが、コレスが占いなんぞを信じるというのにもちと驚いた。
お前そんな胡散臭い占い師に、わざわざ占ってもらいに行ったのかよ……。
「その占い師が当たるということは、やはり帝国の侵攻はあるし、再来年の春にはその――恐ろしい神というのが出てくるということなんでしょうか?」
アンが不安そうだ。
それはそうだろう、帝国が侵攻して来るのも怖いだろうし、恐ろしい神――邪神が復活するのだって怖いだろう。
俺などは自身がチートでもあるし、対処する方策も無いこともない上に、間違って死んだところで俺の本体は元の世界に戻れるので不安など微々たるものだ。
しかしながら、ここにいる友人たちはそうでは無い。
不安なのは当然である。
せめてなんとか、俺が元の世界に帰るまでは、みんなを守ってあげたいな……。
つーか、考えてみたら邪神より戦争のほうが厄介なんじゃね?
邪神はほら、俺に【邪神封印】なんてスキルがあるから案外イージーモードな気がするし……。
戦争については我がハイエロー家が担当することになるのだろうけども、これは直接に俺が関わることは無いと思われるので、いわば人任せということになる。
自分で無双するなら、そこそこ自身はあるのだがなー。
敵が数十万となると、そんなもん焼け石に水だ。
むしろ攻める側ならば、城とか砦に向かって【メテオ】をぶっ放すという手があるのだが……。
防衛戦となると、俺のチートスキルがどれほどの役に立つやら。
と、いうことで――。
フェルギン帝国軍に関しては、ノットール父上さんの手腕に期待をすることにしよう。
「安心しろ、きっと大丈夫だ。 フェルギン帝国はハイエロー家が必ず防いでくれるし、恐ろしい神だって七色教に相談してみれば案外簡単になんとかなるかもしれない――だろう? エリス」
「そうですわね。 フェルギン帝国など、我がハイエロー家がまたいつものように追い返して差し上げるだけですわ。 その恐ろしい神――そうですわね、呼びにくいから『邪神』とでも呼びましょうか――その邪神が出てきたとしても、きっとなんとかなりますわよ。 いいえ……アタクシたちが、なんとかするのです!」
とりあえず予言に出てくる神とやらを、こちらの都合上『邪神』と命名しておこう。
本当は邪神なんぞ相手にはしたくないのだが、マルオくんの振りでついつい強気なことを言ってしまった。
まぁ【邪神封印】のスキルがあるので、なんとかなるとは思うのだけれど。
「そうですわ! あたくしたちがなんとかすれば良いのです!」
「わたくしたちが力を合わせれば、きっとなんとかなりますよ!」
おや? ガーリとアンのようすが……。
もしかして不安解消どころか、やる気にさせてしまったとか……?
「確かにな、いたずらに不安になっても何の解決にもならない。 情報を集め知恵を絞れば、僕らにだって出来ることはあるはずだ」
「敵を知りさえすれば、強い相手でも打つ手はあるからね~。 おいら、その邪神ってやつに対抗できる魔法を研究してみるよ」
更にガルガリアンくんとラルフくんまでその気になっている……。
待て待て、学生が邪神を相手にするとかはさすがに……イヤ、この世界では出来るのか? 乙女ゲームの世界ならアリとか?
「オレだってもうその辺の騎士よりは強くなってるんだ、もっと鍛えてエリスより強くなって、マルオだけでなくみんなを守れるようになってみせるぜ!」
「じゃあ、あたしも頑張りますー! 回復と治癒は、あたしに任せてくださいー!」
コレスもマリアもやる気になっている。
大丈夫か、お前ら――なんか雰囲気に流されてないか?
つーかコレスよ、俺より強くなるとかそれ無理ゲーだぞ――こちとらチートなんだから。
あとマリア、お前はそっちじゃなくて念のために恋愛のほうを頑張ってくれ。
「そうだな、私たちにはまだ大した力は無いが、それでも出来ることはあるはずだ。 みんなで力を合わせて、その邪神とやらを退けてやろうではないか!」
最後にマルオくんがそれっぽく締めて、俺たちはどうやら力を合わせて邪神を退けることになってしまったようだ。
俺としては、みんなの不安を少しでも減らそうと適当なことを言ったつもりだったのだが……成り行きとは恐ろしいものである。
この後どうやって邪神を退けるかという話になったのだが、もちろんそんなもんが今の時点で思いつく訳もなく――。
我々は『何か思いついたら、またその時にでもみんなで考えよう』という結論に至って、その話は終了した。
そうなると話はまた、適当な噂話などのどうでも良い話となったのだが、今度はマリアがちょっと気になる話をし始めた。
「最近あたし、毎日変な夢を見るんですよ~」
それに対してアンが『ふーん、どんな?』と大して興味も無さそうな返事をしたところ、マリアがこう言ったのである。
「なんかエリス様があたしを虐めるんですよ~。 男子とお話すると怒られたり、何かしようとすると邪魔されたり――あと、悪口を言われたり馬鹿にされたり仲間ハズレにされたり……」
「何を言っているのです? エリス様がマリアを虐めるなんてあり得ないでしょう?」
「そうですよ。 エリス様はそんなことをしません」
「だから夢なんですってば~」
ガーリとアンの言う通り、俺がマリアを虐めるなんてことはあり得ない――まぁ、鍛錬とかで扱くことはあるが。
しかしながらそのマリアが見た夢は、本来の『乙女ゲーム』の世界ならば現実となるはずのものだ。
なんでまたそんな夢を?
本来あるべき世界の姿が、マリアにそんな夢を見させているとか?
まさかねー。
つーか、そんな面倒臭そうな世界観まで追加されたら、正直やってられん。
今でさえ陰謀だの戦争だのとかで、俺としてはもう十分すぎるほどお腹いっぱいなのだ。
――などと思案していた俺を他所に。
他のみんなは、全然違うお気楽なことで盛り上がっていた。
「そんな夢を見るマリアは、悪い子ですわね」
「そんな子には、ニガ麦の刑ですわ」
「ニガ麦は嫌です~! だって夢なんだから仕方ないじゃないですか~、あたしは悪くないですよ~」
なんかアンとガーリが、マリアをからかっているし……。
ちなみにニガ麦とはやたらと苦い野生の麦のことだ。
本来は味にアクセントを付けたり深みを出したりするものなのだが、俺たちはたまに罰ゲームに使っていたりする。
アレ、そのまま食べるとすんごい苦いんだよねー。
あいつらに食べさせるだけでは無く俺も食べるはめになったことがあるので、その苦さは実際に知っているのだ。
「でしたら……そうですわ! だったらマリアのウチにお泊りして、変な夢を見てそうでしたら起こしてさしあげましょう!」
「あら、それは楽しそう! わたくし、マリアのお部屋にすっごく興味がありますわ!」
「無理ですよ~! あたしのお部屋なんて狭くて泊まれませんってば~!」
なんかアンとガーリが、今度はマリアのところにお泊りするとか言いだしているし……。
だが――。
「それ、楽しそうですわね」
俺としては、ぶっちゃけこの世界の庶民の家というのにも興味がある。
なんせこの『乙女ゲームの世界』に来てからというもの、王国貴族御用達の建物と学園以外の場所には入ったことが無いのだ。
もしも許可が出るようなら、ぜひともマリアのウチには行ってみたい。
立場的に許可はそうそう出なさそうだけど。
「私も平民の家や生活には興味がある」
「ひえ~、マルオ様もですか~」
マルオくんのコレは、為政者としての政治的な興味であろう。
おそらく友達の家に興味があるとか、そんなんでは無いはずだ――たぶん。
「あ、オレも面白そうだから行ってみたい」
「後学のために僕も見ておきたいな」
「なんか楽しそうだから、おいらも~」
「そんなにたくさん、絶対に無理ですよ~」
コレスは単なる興味本位、ガルガリアンくんは知的好奇心、ラルフくんはみんなが行くなら楽しそうだからと言ったところか。
うむ……確かにマリアの言う通り、庶民の家にこの人数――しかも王子と貴族の子たちが泊まるなんぞ、ずいぶんと無茶な話だ。
だかしかし――。
無茶で無謀でおバカなことでも、やってみたいというのが子供という生き物――。
大人にかける心配や迷惑なんぞは、かけてから考えるものなのだ!
――で、やっちまってから説教されて、ようやく学ぶんだなこれが。
「ベッド1つしかありませんよ~」
「大丈夫、あたくしたちは床で寝ますわ!」
またガーリも無茶なことを言う――楽しそうだけど。
「こんなにたくさん寝られるほど、床だって広く無いですよ~」
「問題ない、オレたち男子は立って寝るぜ!」
うむ、コレスはアホだ――まぁ、それはそれで面白いが。
つーか、ノリでこんなことを言っているが、だいたいそんなもん大人たちが許可する訳が無かろうに。
ただでさえ自分たちは護衛の対象だというのに、庶民の家にお泊りとかできると思う?
これだから子供ってヤツは――。
まぁ、俺も楽しそうだとは思うけどね……。
――――
― 深夜・マリアの部屋 ―
正直に言って、大人たちはアホだろうと思う。
普通『庶民のクラスメイトのウチに、お泊りに行きたい』と子供たちが言ったとしても、王族や貴族としてはそんなもん反対するのが常識というものだろう。
まぁ、この世界の常識とかイマイチ把握してないんだけどさ。
だが許可が出てしまったのだから仕方が無い。
つーか親たちも、揃いも揃って『全員の保護者が反対しなかったら、許可してやる』とか言うか?
おかげで誰も反対しなかったことになり、マリア宅でのお泊りが決定してしまった。
マリアのご両親には、貴族からの要望ということで断ることもできなかったであろうから、俺とマルオくんで話し合って、『迷惑料』として少しだけお金を受け取ってもらうことにしてもらっている。
イヤ、ホント、マジでごめんなさい。
まさか許可が出るとは思っていなかったんす……。
――ちなみにだが、マリアの実家はパン屋である。
マリアのお菓子作りの腕は、この実家にある大量の小麦粉とオーブンによって磨かれたものだ。
子供の頃からお菓子がたくさん食べたかったマリアは、パンよりもお菓子を作ることに興味を持ったのだが、いかんせんこの世界では砂糖が貴重。
おかげで学園に入るまでは、微妙に甘いという程度のお菓子ばかりを作って我慢していたらしい。
それが学園に入ってから俺に無理矢理ハイエロー派閥に入れられ、砂糖の産地を領地に持つアンに砂糖を分けてもらうことになり、お菓子好きのマリアとしては狂喜乱舞した。
そして我がハイエロー家からは、俺が食べたいお菓子に必要だからとマリアに乳製品とフルーツを提供。
おかげでそれまで、ほぼ小麦粉と卵だけで創意工夫を重ねてきたマリアのお菓子作りの腕が、必要な材料を得て一気に開花することとなったのである。
――てな訳なので、今夜も当然のごとくマリアには甘味を作ってもらっている。
マリアが今日作ったもの、それは――。
『アンパン』である。
もちろんあんこは持ち込みで。
だってほら、せっかく実家がパン屋さんなんだしさ。
食べてみたいじゃん、焼き立てのアンパン。
で、食後のデザート代わりにアンパンを食べ、歯を磨いて早々に就寝。
パン屋さんは早朝から仕込みが始まるので、迷惑を掛けないように俺たちも早めに寝ることにしたのだ。
もちろん俺とアンとガーリは、マリアの部屋の床で雑魚寝。
だが床の上に直接では無い、我が家の屋敷から持ってきた軍用のマットレスを敷いての上である。
それでも硬かったが、せんべい布団みたいなもんだから自分としてはそんなに苦では無い。
ガーリは、さっきからやたら寝返りを打っているけど。
狭いんだから、そんなにモゾモゾ動くなよ。
おかげでこっちまで寝られやしない。
ちなみに男子たちは、廊下で寝ている。
最初コレスが『倉庫で寝る』とか言いだしたのだが、ラルフくんに『駄目だよ~、小麦とか食べるものが入っているところなんだから』と怒られて廊下となったのだ。
で、ぶっちゃけ特に何か楽しいかと言われると、実はさほど楽しくは無かったりする。
ただただ寝辛いだけ。
まぁ、後々になって『あの時はアホなことをしたよねー』と、しみじみ語れる思い出にはなるだろう。
――たぶん。
そうしてなかなか寝付けないでいると、マリアが何やら寝言を言い始めた。
くそう、あいつはちゃんと眠れてやがるのか、とか思いながらマリアの寝言を聞いていたら――。
「う~ん……やめて下さい~…………エリス様ひどいです~……ぐあ」
うん? なんか俺の名前が出てきたぞ?
これってまさか……。
俺は上半身を起こし、【暗視】のスキルを使ってマリアの様子を伺う。
さっきからモゾモゾとやはり寝つけていなかったガーリも、同じタイミングでガバッと上体を起こした。
「エリス様、これはもしや……?」
「ええ、悪い夢を見ているようですわね」
マリアは『う~ん……う~ん……やめて~』などとうなされながら、滝のような汗をかいている。
これは、起こしてやったほうが良いだろう。
「マリア……マリア起きなさい。 それは夢ですよ」
「起きなさいマリア、ほら早く」
俺にゆさゆさと揺さぶられ、ガーリにペチペチと額を叩かれるマリア。
「う~ん……はっ!――――ひどいですよエリス様、せっかく作ったのに!」
マリアが目を覚ますなり、俺に抗議をしてきた。
つーか、夢の中で俺に何をされていたのだろう?
「あれ?……うん?…………そっか、夢か」
「マリアあなた、いったいどんな夢を見ていらしたの?」
夢だと分かってホッと息を吐いたマリアに、夢の内容を聞いてみると――。
「エリス様が、あたしの作ったカップケーキを投げ捨てて踏んづけたんですよ~。 もったいないし悲しいし、なんか泣きそうになっちゃいました~」
とのこと。
うむ、確かにそれは酷いな。
あとカップケーキが食べたくなった――もう深夜だから、ちょっとお腹が空いてきてるし。
「アタクシがそんなことをする訳が無いでしょう?――また変な夢を見たものね」
「ですよね~、けっこう食い意地の張ってるエリス様が、食べ物を踏んづける訳無いですもんね~」
ほほう……誰が食い意地が張っていると……?
「……マリアさん、ちょっとお話しましょうか?」
「はい?」
マリアの頬をつまみながら、ほんの少しだけお話合い。
すぐに分かってくれたマリアは、素直で良い子である。
――それはいいとして。
「それにしても起きませんわね、この子」
「鼻でもつまみましょうか?」
「かわいそうですよ~」
俺とガーリとマリアがごちゃごちゃと話をしているというのに、そのすぐ横でアンがすやすやと寝息を立てている。
良く寝ていられるな、こいつは。
そもそもこいつが『変な夢をマリアが見ていそうだったら、起こしてあげる』とか言うから、このお泊り会をすることになったのに――。
言い出しっぺが呑気に眠ってるって、どうなのよ?
しかし幸せそうに寝てるなー。
つーか、アンが寝息を立てるたびに、鼻の穴がひくひくと動いているのがなんとなく気になる……。
「むにゃむにゃ……ケーキの女王様……」
いったい何の夢を見ているんだこいつは……?
「こうして見ていると、鼻の穴に何か詰めたくなりますね」
「ちびた消しゴムなら、そこの引き出しに入ってますよ~」
こらこら、ガーリもマリアも止しなさい。
そうやって鼻の穴に異物を入れると、あとで取れなくなったりするんだから。
やはりここは、きちんと言って聞かせておくべきだろう。
「取れなくなっては困りますから、奥まで入れてはいけませんよ」
「ご安心下さいエリス様、その辺りの加減は弁えております」
ならば良し!
ガーリさん、やっておしまいなさい!
アンの2つある鼻の穴に、小さくはなっているが鼻の穴よりも一回り大きな消しゴムが入れられる。
鼻呼吸ができなくなったアンが、呼吸を口呼吸へと変えた。
うむ、これでも起きないのか……。
ここからアンを更にどうしてくれようかと考えていたら、廊下からゴトリと音がした。
あ、ちょっと騒がしかったかな?
廊下で寝ている男子を、起こしてしまったかもしれない……。
念のために【気配察知】のスキルを発動し、廊下の男子たちの様子を伺ってみた。
あー、眠っているのはコレスだけで、他の男子はしっかり起きてるな。
これはアレだ。
俺たちが起こしたとかではなく、直に床に寝たから眠れなかったんだなたぶん。
【気配察知】のスキルを発動したせいで、この家の外の気配も察知してしまった。
マリアの家の周囲には、取り囲むように人の気配がある。
――護衛の騎士さんたちだ。
ぶっちゃけノリで俺たちが思いついたお泊り会のせいで、こんなところにまで出向いて夜通し護衛をするハメになってしまった彼らには、心から申し訳なく思っている。
ごめんねー、余計な仕事増やしちゃって。
――にしても、やっぱ平民の住む地域は気配が違うよね。
身を寄せ合って寝ている家族や、深夜に営業している飲み屋の主人と客たち、喧嘩している夫婦に愛し合っている男女などなど……。
どちかっつーと、こっちの気配のほうが俺は落ち着くな。
貴族の屋敷は、気配が静かすぎるのだ。
それに貴族の屋敷より、こういう平民の街のほうがいろんな気配があって面白いしね。
屋台の営業を終えて帰るおっさんの気配、家の隙間のような狭いところを歩くネコの気配、飲み過ぎたのか見知らぬ誰かの家の壁にゲロを吐いているおばさんの気配とか……。
あと、なんか凄くボンヤリした気配がこの家の近くに――。
ん? ボンヤリした気配ですと?
俺の【気配察知】のスキルは、そんじょそこらの隠蔽系のスキル程度などものともしない。
気配がこんなにボンヤリするなど、初めてのことだ。
なんせ優秀な我がハイエロー家の影の者だって、ここまでの気配にはできないくらいの微弱さなのである。
ちょっと離れたら見失ってしまいそうな気配……どうやらこいつは、かなりの隠蔽系のスキルの持ち主のようだ。
つーか、これほどのヤツがこの家のすぐ近くでいったい何をしているんだ?
まさか……この家の様子を伺っている……とか?
もしや、フェルギン帝国の諜報員とかでは無いだろうな?
よし! ちょっと捕まえて、何者かを吐かせてやろうじゃないか。
もし帝国の諜報員とかだったら、これをきっかけに王国内に広がってきている帝国の影響を抑止する材料にできるかもしれない。
「エリス様、どうなされました?」
外の妙なヤツを捕まえるべく立ち上がった俺を見て、ガーリが不思議そうな顔をしている。
「トイレなら、玄関のすぐ横ですよ~」
イヤ、違うからマリア。
別にトイレに行きたくて立ち上がった訳じゃ無いから。
「この家のすぐ外におかしな気配があります。 アタクシ少々気になるのでその気配の持ち主を捕まえて、じっくりとお話を伺おうかと思いまして」
「おかしな気配ですか? ならばあたくしもお供します」
「あたしも行きます! すぐ外におかしな気配があるなんて気持ち悪いし」
「……ケーキ……むにゃ……」
ガーリとマリアは一緒に来ると言ったのだが、まだ眠っているのが約1名。
ホント、良く起きないよなー。
「――起こしますか?」
「そうね、口を閉じてあげなさい」
ガーリがアンの口を閉じると、息ができなくなったアンが飛び起きた。
「うぐ……うぐ……ぶはぁ! なになに! なに!」
「行きますよ~、アン様~」
「なに?」
「外に不審者ですよ、いいかげん起きなさいな」
「はへ?」
「念のため、得物を持ちなさい」
「武器ですか? あ……でも……」
「行きますよ」
「はいー」
廊下に出ると、既に男子たちはスタンバっていた。
なにげに、寝ていたはずのコレスもちゃんと起きている。
「不審者だって?」
「オレたちも行くぞ」
「ほんとにいるの?」
「エリスが言うのなら私は信じる」
ならば全員で行こうとパジャマ姿に武器を持っていざ外へと出たのだが、当然ながら自分たちだけで動くという訳にはいかなかった。
それはそうだろう、外には護衛のための騎士がマリアの家を取り囲んでいたのだから。
仕方が無いので護衛の騎士たちをゾロゾロと引き連れて、不審な気配へと向かう。
まずいな……気づかれたようだ。
つーかこんな大勢で動けば、そりゃ向こうだって気づくよなー。
気配が裏路地を走り抜けようとしていたので、付いてきている騎士たちの半数を回り込ませて挟み込んだ。
これで逃げ道は塞いだはず!
裏路地へと入ると――いた。
黒いフード付きのローブを身に着け黒い服を着た、いかにもな怪しい人影。
向こうから騎士たちが来て挟みこむと、観念したのか人影が立ち止まった。
そしてこちらへと振り向く――老婆だ。
【暗視】のスキルを使わなくても、月明かりで良く見える。
「あっ! あいつは……!」
「知り合いか? コレス」
とむ、老婆を見て反応したコレスにマルオくんが問うと――。
「知り合いっつーか、オレ占ってもらったって言ったじゃんよ! あいつがほら、例の占い師だぜ!」
「あいつが……!?」
なるほど、あの老婆が例の『アッカールド王国を亡ぼす者が、3年の内に現れるだろう。 そしてその者は、レインボー学園の生徒によって王国に導かれるであろう』とか『再来年の3月に、大いなる神が復活する』なんて占いだか予言だかをしやがったヤツか。
「おやおや……こんな夜中に騒がしいねぇ。 こんなババァを大勢で取り囲むなんて、いったい何のつもりだい? あんたたち」
ほう……惚けるつもりか。
「あら、『何のつもり』とはこちらのセリフですわ。 たかが占い師のおばあさんのはずが、そこいらの隠密顔負けの気配を垂れ流しながら王家の人間の周囲をウロつくなど、いったいどういうおつもりでなさっていたのです?」
さて、今度はどう言い逃れをするのかなと思って眺めていたら、老婆がいきなり『フヒャヒャヒャヒャヒャ』と笑い出した。
どうやら誤魔化そうとするのは止めたらしい。
「フヒャヒャヒャ……まさかこんな小娘に感づかれちまうなんて、アタシもずいぶんとヤキが回ったもんだ――どうやらあんたは、アタシらの邪魔になりそうだねぇ」
老婆の刺すような目つきが、俺を捉える。
アタシら……だと?
「邪魔になりそうなら、どうすると?」
「決まってるさね、あんたには今のうちに……死んでもらうことにしちまうんだよ!」
老婆がこちらへと走り出した――速い!
攻撃してくる可能性は読んでいたのだが、この速度は予想外だった。
それでもチートな反応速度を持っている俺は、しっかり対応して後ろ手に準備していた鞭を老婆に向かって振る――嘘だろ避けやがった!
二振り三振りと鞭を飛ばすが、老婆はそれを軽やかに避けて迫ってくる。
おいおい、確かにこの婆さんの身体能力は予想以上だが、それでも俺の鞭はそう簡単に避けられるような代物では無いはずだぞ!?
いつの間にか老婆が右手に短剣を逆手に持っており、こちらに向かって切りつけてきた。
もちろん俺なら、この程度なら反射的に余裕で避けられる。
どうやらこの老婆、回避力は化け物級だが攻撃はそうでも無いらしい。
あまりにも簡単に避けたせいか、今度は老婆のほうが驚いている。
「任せろ!」
「もらいましたわ!」
互いに攻撃を避けたおかげで位置が入れ替わった老婆と俺であったが、ちょうど老婆の位置がコレスとガーリの攻撃範囲に入りタイミング的に同時攻撃となったのだが――。
おいおいマジかよ……背後からの2人の攻撃を、そこまで簡単に避けて見せるかね……。
老婆はまるで攻撃が来るのが分かっていたかのように、軽々と攻撃をすり抜けたのである。
まさかこいつ、本当に攻撃が来るのが分かっていたとかじゃ無かろうな。
占いとか予知とかで……。
「フヒャヒャヒャヒャヒャ……アタシの占いは、そこまで便利なもんじゃないわえ」
は? まさか今……。
「そのとおりさね、アタシにはあんたたちの考えていることが読めるのさ。 フヒャヒャヒャヒャ」
「考えを……読むですって!?――騎士は動かないで! その場で隙間なく壁を作っていなさい! 迂闊に動くと隙間をすり抜けて逃げられます!」
騎士たちが老婆を取り囲もうとしたので、動くなと命じておく。
下手に動けば、この老婆の思うツボになりかねない。
何せ相手は、こちらの動きがそれこそ手に取るように読めるのだ。
「くっそ! こいつ、ただの占い師じゃ無かったのかよ!」
「こちらの考えを読むなんて、人間業ではありませんわ!」
コレスとガーリが俺と連携して正三角形を作るように老婆を囲うが、相手は余裕だ。
まるでこちらに、あえて囲わせているようにも見える。
「フヒャヒャヒャヒャヒャ……アタシをお前たち人間などと一緒にしてもらっては困るねぇ」
なん……だと?
人間じゃ無いのか?
あれ? ということは、帝国の間者とかでも無い?
つーか、じゃああんた……誰?
「そういや自己紹介がまだだったねぇ。 アタシは『サトリのゴーアン』―『邪神ガンマ』様の配下である『魔徒四天王』の1人さね」
魔徒四天王……だと?
何その設定……聞いてないんですけど?
今までさんざん陰謀だの戦争だの貴族間の派閥争いだのとクソ面倒臭い世界観だったのに、ここにきて『魔徒四天王』とかいう脳筋ファンタジーなワードが出てくるとか――。
世界観に統一性、無くね?
つーか、ここって本当に――。
『乙女ゲーム』の世界で合ってる?
プロット通り書いているはずなのに、迷走感があるのは何故だろう?




