銀の転校生
≪フラワキ≫ と ≪グラウンド≫ で ≪戦う≫
この乙女ゲームの世界に来てから2度目となる、春の『恋のどきどきイベントスロット』は、上記の目で停止した。
つーか、また『戦う』のか――春のイベントは、何かと戦わねばならん縛りとかあるのだろうか?
で、『フラワキ』って誰ぞ? と一瞬思ったのだが、そういや留学して来る『帝国の第3皇子』がそんな名前だったなと思い出した。
『フラワキ・ザ・フェルギン』
文武に優れているとの噂で、アッカールド王国とフェルギン帝国との、友好の懸け橋となるべく留学して来る予定の人物である。
フェルギン帝国からの留学生が来るというのは、前代未聞のことらしい。
侵略しようと何度も侵攻してきた国と、それを何度も撃退してきた国との間のことであるから、それも当然のことだろう。
アッカールド王国において、フェルギン帝国に接しているのは我がハイエロー家だけである。
ではどこから、今回の留学を実現させるための使者はやって来たのか――。
それは、海からであった。
フェルギン帝国は内陸の国家であり、海に面してもいなければ海軍も持ち合わせていない。
なのでまず海に面した他国を経由し、そこから船を借りてアッカールド王国へと来たのだそうだ。
ユリオスくんの家がこの留学に関わったのは、使者が最初に降りたのがキーロイム家の港だったからということらしい。
キーロイム家は海に面しているのである。
その割にはユリオスくん、ラルフくん邸でのメシ会に海の幸を持ってこないな……。
――それはいいとして。
フェルギン帝国の使者は留学の話を持ってきただけではなく、正式な停戦の使者でもあった。
というかむしろ、正式な停戦と友好を帝国が求めているという証に、人質として第3皇子を留学させるという話だったのだ。
この50年間は実際には戦闘こそ起こっていないが、両国は戦争中の敵国として互いを扱ってきた。
なので正式には国交も無く、貿易も表向きには全くしていない。
実際には第三国を挟んで間接的に外交や貿易をしてはいるのだが、それはあくまで非公式のものなのだ。
キーロイム家は、その非公式の貿易をしていた貴族の1つだったのである。
正式な停戦と留学の話はキーロイム家が窓口となったことにより、反ハイエロー陣営が主導することとなった。
そして反ハイエロー陣営は『ハイエロー家が和平に反対する恐れがある』と王家に吹き込み、そのおかげで我がハイエロー家には秘密裏に話が進められてきたのだそうだ。
おかげで我がハイエロー家は、停戦と留学の話に関しては完全に蚊帳の外。
ユリオスくんによって情報がもたらされた時には既に遅く、話はだいたい決定してしまった後であった。
もちろんハイエロー家も、遅ればせながらそれなりの抵抗はしている。
まず、陸からの貿易は拒否した。
領地が接しているのはハイエロー家だけなので、これで陸路での貿易は無くなった。
次に外交・貿易・留学等でアッカールド王国内へと入国した帝国人に対し、ハイエロー家独自で監視を付ける許可も得た。
これは王国内で何がしかの工作をされるのを、防ぐためだ。
そして最後に領境の警備を、国境並みに厳しくする許可を王家より得た。
これらのことから分かるように、フェルギン帝国のことなど毛ほども信じていないノットール父上さんは、自領に帝国の人間を入れることを断固拒否するつもりなのである。
ノットール父上さんがフェルギン帝国を警戒するのには、もちろん根拠がある。
帝国内には我がハイエロー家の影の者をそれなりに潜り込ませているのだが、その影の者たちによるとフェルギン帝国の軍の規模はここ数年で増大しており、兵の総数は100万という大台に迫っているとのこと。
また近隣諸国からの食料の輸入を増やし、兵糧の備蓄を増やしているという情報もある。
加えて、我がハイエロー領へ至るための唯一の障害――『アダマン要塞』に至る道を、整備して広げているのだ。
これが軍事侵攻のための準備でなくて、何だというのか。
ところがノットール父上さんがこれらの事実をいかに王へと進言しようと、聞き入れられることは無かった。
せっかく相手が平和友好の手を差し伸べているのだから、これを掴まないのは非礼であり野蛮な行為であるなどと、いかにも平和ボケした論調が反ハイエロー陣営を中心に繰り広げられたからである。
こんなアホな論調がまかり通ってしまったのは、やはり貿易の拡大による経済的な利益が大きいのと、ハイエロー派閥ばかりが影響力を増すのはマズいので、反ハイエロー陣営にも功を上げさせバランスを取ろうという配慮があったからだろう。
反ハイエロー陣営は王国のためなどでは無く、帝国との貿易による利益だけが目的で動いただけだというのに、王家もバカなことを認めたものだ。
――ということで。
学園生活にとっては留学生という彩りが増えることになり、良い刺激になるのだろうが――。
我がハイエロー家にとっては、またぞろ厄介事が舞い込みそうな、2年目の『乙女ゲーム』の世界である。
つーか『悪役令嬢』ものって、ジャンル的に異世界〔恋愛〕のはずなんだが――。
このままいくと、そのうち『オリジナル戦記』になるのではなかろうか?
うむ、ジャンル詐欺だな。
――――
― 新年度初日・教室 ―
「やぁ、ボクが『フラワキ・ザ・フェルギン』――フェルギン帝国の第3皇子さぁ。 みんな遠慮などいらないから、仲良くしてくれたまえぃ」
留学初日にウザったそうな銀色の前髪をかき上げながら自己紹介をしているこのキザったらしい小僧が、帝国から来た噂の第3皇子である。
やはりというか予想通りこいつは攻略対象キャラのようで、髪が銀色なだけでなく制服も銀色という、かなり目に負担のかかる見た目をしていた。
つーか、歩くミラーボールだなコレは……。
瞳だけはなぜか灰色――何かのきっかけでこの灰色が、光って銀色になるのかどうかは今のところ不明である。
新年度初日ということで、今日は始業式で学園はおしまい。
向こうにその気があるのなら歓迎会でもしてやろうかと思っていたのだが、フラワキくんは始業式後のホームルームが終わるとすぐに、ユリオスくんを筆頭とする取り巻きくんたちと一緒に下校してしまった。
「なんだあいつ? 王国には友好親善で来たはずなのに、王子のマルオに挨拶もしないで帰るのかよ」
不満……というより拍子抜けしたようにコレスが言うと――。
「その割には僕たちのことを意識しているみたいで、チラチラと視線が向いていたけどな」
と、なにげにしっかり観察していたらしいガルガリアンくんが指摘した。
「派閥ができてることを周りにアピールしてたから、対抗意識を持ってるのかもよ~」
「対抗意識ですって! 身の程知らずな!」
「なんか嫌な感じですわねー」
ラルフくんとアンとガーリが、どうにも面白くないという顔をしている。
気持ちは分からんでも無いが、自分たちのボスに挨拶に来ないから気に入らないというのは、派閥としてはあまり良い傾向では無いような気もする。
「まぁ、クラスメイトになったのだから、追々仲良くなる機会もあるだろう。 今は様子見で良いのではないか?」
他のみんなは少々面白く無いようだが、対抗意識を持たれていそうな当の本人であるマルオくんは余裕だ。
気のせいかもしれないが、マルオくんは俺と婚約してから肝が据わったというか、佇まいにドッシリとした落ち着きが出てきた気がする。
「そうですわね、叩き潰すのはこちらに張り合うと決まってからで宜しいかと――それよりマリア、例の件は上手くやれそうですか?」
「今のところ上手くいってます~。 今朝もユリオス様に、ちゃんとクッキーと一緒にどうでもいい情報を渡しておきました――任せて下さいよ~、エリス様」
俺がマリアにやらせている『例の件』というのは、ユリオスくんを経由したフラワキくん派閥を対象とした二重スパイだ。
もちろんこれには向こうの派閥のまとめ役である、ユリオスくんも加担している。
形としては帝国派閥――つまりフラワキくん派閥のまとめ役であるユリオスくんが、こちらの派閥の一員であるマリアをスパイとして取り込んだということにしてあるのだ。
そして、マリアからユリオスくんへと情報がもたらされていると見せかけて、逆にあちらの派閥の情報をこちらに流させようというのである。
ちなみにこの作戦、それほど真剣なものでは無い。
そもそも実働部隊が、未だにややドジっ子属性のマリアと残念な俺様キャラのユリオスくんというコンビなので、あまり信用はしていないのだ。
つまり上手くいったら儲けもの、くらいの気持ちでやっている作戦なのである。
まぁ、やってる本人たちは真剣なようだが……。
さて、留学生の話はこの辺にしておいて――。
少しクラスのことを話そう。
だいたいお察しの通り、仲間たちは2年になっても同じクラスになった。
成績最上位クラスの、2年A組である。
成績上位の攻略対象男子たちとマルオくんの護衛であるコレスはもちろん、アンとガーリとマリアも一緒だ。
アンとガーリが20位台前半の成績を取ったのも頑張ったなと思うが、それ以上にマリアの成績に驚いた。
なんとマリアの学年順位は、300人中18位とアンとガーリを抜いたのである。
この成績の上昇レベルだと、3年生になる頃には学年総合1位の俺まで抜かれてしまいそうな気がしないでもない――うむ、マリア……恐ろしい子……!
ちなみに帝国からの留学生であるフラワキくんは、特別枠で2年A組に編入してきている。
フラワキくん派閥のユリオスくんを含む4人も政治的配慮というヤツで同じクラスとなったので、学年の上位30位に入ったはずの数名が割を食ってB組となっている。
担任は変わらず、教室内でノットール父上さんの目となり耳となる、アンドルド先生が務めることとなっている。
アンドルド先生はハイエロー派閥の人間なので、ハイエロー家の人間としてはやり易いと言えばやり易いのだが、父親の手先の監視付きという点では娘としてやり難いと言えばやり難い。
年頃の娘心というのは、難しいものなのだ。
――中身おっさんだけど。
あとこれは、クラスというより仲間内の話なのだが――。
なんかアンとラルフくんが怪しい……。
怪しいと言っても何か悪事を企んでいるという訳では、もちろん無い。
付き合っているとまでは行かないが、何やら親密そうなのだ。
なんかさっきもアンの作ったマドレーヌと、ラルフくんの作ったキッシュを交換していたし……。
お互いの胃袋を掴みつつあるあの2人は、絶対に怪しいと思う。
つーか、美味しそうだから俺にも作って欲しい。
ついでに、ガーリとコレスもなんか怪しい……。
怪しいと言っても……(ry
ガーリは最近『エリス様は、あたくしがお守りします!』などと言い出し、槍の稽古に真剣に取り組んでいる。
どうもこれ、マルオくんの護衛役であるコレスの影響のようなのだ。
さっきも『学園内での護衛における注意』とかを、ガーリがコレスから教えてもらっていたし……。
どっちかっつーとガーリのほうが思いを寄せてるという感じだが、あの2人も絶対に怪しいと思う。
そして『ハッピーエンドを迎えないと邪神が出てくるぞ疑惑』のある、この『乙女ゲーム』の世界の主人公であるはずのマリアなのだが――。
こいつがまた、一向に恋愛をする気配が無いのだ。
ちなみに本人に恋愛について聞いてみても『あー……あたしにはまだそういうのは、なんか早いと思うんですよねー』などと、のほほんとした返事しか返ってこない。
――お前『乙女ゲーム』の主人公だろうが。
――乙女ゲームの主人公って、もっとこう……もの凄く恋愛にガッついていて、虎狼の如くイベントを食い散らかすもんなんじゃねーの?(※個人の感想です)
――なんでお前はそんなに呑気なんだよ!? 恋愛しろよ恋愛!
とまぁ、俺のマリアに対する心の中の叫びが、日毎に大きさを増している今日この頃である。
イヤ、マジで恋愛してくれよマリア。
このままだと邪神が出てきそうで、怖いんだよ。
――――
― 数日後・戦闘術の授業 ―
フラワキくんが帝国から留学してから早数日、俺たちの派閥と彼らの派閥が交わることは無さそうだということが分かってきた。
どうやらフラワキくん派閥は、我々と張り合うつもりらしい。
具体的には学園の成績で我々より上位となり、生徒たちに対する影響力を強めようという腹なのだそうだ。
とはいえ、取り巻きで我々に対抗できそうなのがユリオスくん1人だけという現状では、大して影響力は強まらない気がする。
ユリオスくん以外の取り巻き連中の成績は、そもそも学園でも上位半分にすら入れない程度のものなのだ。
これではいくらフラワキくんやユリオスくんが頑張っても、生徒たちに影響力などさほど望めないだろう。
で、その実力が未知数なフラワキくんなのだが、とりあえず座学は優秀だということが分かった。
これは授業での先生からの質問に対する回答が模範的であったのと、派閥の人間として四六時中一緒にいるユリオスくんからの情報を総合して判断した結果だ。
そして今までに魔法と魔道具作りの実技の授業があったのだが、そこでもフラワキくんはなかなか優秀であった。
しかしながら、魔法はラルフくんにも俺にも及ばず、魔道具作りもガルガリアンくんには遠く及ばずという感じであったので、飛びぬけて優秀というほどでは無かった。
今回は戦闘術の授業。
年度最初の授業では、模擬戦をやるのが恒例だ。
果たしてフラワキくんの実力や如何に……とか思いつつ授業が始まり、先生の指名で学園内の実力No.1である俺とNo.2のコレスが皆に模擬戦を見せるということになったのだが――。
「ちょっと待ってくれないかなぁ。 ボクも戦闘術には自信があるから、ぜひ戦ってみたいなぁ――どうせなら、学園のNo.1とさぁ」
とかフラワキくんが言い出しやがったのである。
確かに戦闘術でNo.1に勝ったとなれば、学年最強の称号も手に入る。
学園の生徒たちに対する影響力も、確実に増すだろう。
だがさすがに無謀だと思うよ。
No.1は俺――中身チートのおっさんだし。
「では模擬戦の対戦相手を変更して、エリスさんとフラワキくんにやってもらうことにしましょう」
戦闘術の先生が、あっさりと忖度した。
そこはビシッと『駄目です』とか言ってほしかったなー。
まぁいい、決まってしまったものは仕方が無い。
相手をしてあげようではないか。
「女の子に怪我をさせるのは趣味じゃないんだけどねぇ」
なかなかに高価そうなレイピアを構え、フラワキくんは余裕な態度だ。
なのでこっちも――。
「殺さないようにちゃんと手加減して差し上げますから、怖がらずに掛かっていらっしゃいな」
と、愛用の鞭を無造作に握り、余裕な態度を返してあげた。
相対している2人は余裕を見せているが、見ているクラスメイトの空気が緊張している。
先生までが緊張しているようで、『始め!』の声が若干上ずった。
なんかフラワキくんが余裕ぶってレイピアの先をクルクル回しているので、軽く先手を取らせてもらおう。
軽く鞭を振るい、レイピアの鍔の部分に当てて叩き落す。
「うっ!」
「あらあら、武器を落としてはいけませんわね――拾いなさい」
命中したのが鍔の部分とはいえ、落とすほどの衝撃があったので痺れたのであろう、フラワキくんは右手を擦りながらレイピアを拾った。
そして今度は真剣な顔で構える。
「あうっ!」
「拾いなさい」
フラワキくんが構えたレイピアを、再び鞭で叩き落とした。
鍛錬を重ね『鞭術:上級』まで鍛え上げた俺の鞭は、ステータスの数値も相まってこの程度の作業などは造作も無い。
筋力と器用さと素早さの補正のおかげで、俺の鞭は自在に暴れまわるのだ。
「うがっ!」
「拾いなさい」
「があっ!」
「拾いなさい」
「おあっ!」
「拾いなさい」
…………
………
……
何度、叩き落したろうか――フラワキくんはいつしか右手で持っていたレイピアを両手で持つようになり、今ではその両手もプルプルと震えるようになった。
周囲の張りつめていた空気も、いつの間にか『もう勘弁してやれ』という雰囲気に変わっている。
「いやあああぁぁぁ!」
叩き落され続けるのに嫌気がさしたのか苦し紛れなのか、フラワキくんが意を決したようにレイピアを両手で握ると同時に、俺のほうへと駆け出した。
そろそろ頃合いか……。
俺は最後の鞭のひと振りを放った。
鞭はやはりレイピアを叩き落し、グラウンドの土を打った先端はそのまま上へと跳ね返って、フラワキくんの股間を直撃した。
「あおぅ……!」
股間への直撃を食らったフラワキくんはそのまま内股に崩れ落ち、模擬戦は終わった。
「他愛もありませんわね。 アタクシと戦おうなど、100年早いですわよ――オーッホッホッホッ!」
悪役令嬢の高笑いが響く……。
フラワキくん派閥の思惑は外れ――。
この模擬戦によってむしろ影響力は大きく低下したのである。
《恋のどきどきイベントが終了しました》
あ、そういやそんなのあったな……。
すっかり忘れてたさ。
ピロリロリーン♪
《マルオースの好感度が上昇しました》
イヤ、ちょっと待って――なしてマルオくんの好感度が上がるの?
これフラワキくんのイベントじゃねーの?
訳が分かんね――。
イベントの仕様って、いったいどうなってんのよ?
銀色の制服のヤツが実際にいたら、目にウザいことこの上ないですよねー。




