悪役令嬢と婚約の儀
えーとですね……『そういやキャラたちの誕生日エピソードとか、学園モノなんだから入れるべきだったんじゃね?』と、今更気が付きました(- -;)
既に1年生の年明けまで話を進めてしまったので、ここから誕生日エピをぶっ込むのも無理があるということで――。
数え年のように、年明けで一斉に年を取る設定に無理矢理しました。
これにより入学時の年齢を、12歳→13歳に修正しております。
……だって仕方ないじゃないか! 誕生日イベントとか縁遠いおっさんなんだもの!(ノД`)・゜・。
頭からスッポリ抜けて忘れるのも、無理はないと思わない!?
そんな訳なので、そういうものだと思って引き続きお読みください。
― 王都レイガミル・神殿 ―
「まずは、女神ヨミセン様にご挨拶を」
アッカールド王国の国教である『七色教』の教主――サンレイン三世さんに促され、俺とマルオくんは事前の打ち合わせ通りに、神殿の奥に立つ女神ヨミセン像に対して深々と頭を下げた。
女神ヨミセン像は、銅像をミスリルでメッキした全長3mほどのサイズの像である。
心の中で7つ数えて頭を上げる。
教主さんがそれを見て満足げに頷き、いよいよ婚約の儀の始まりだ。
年が明けて、俺とマルオくんは14歳となっている。
14歳で婚約というのはこの世界の貴族としては普通にあることらしいが、俺としてはどうしても早いなと感じてしまう。
ちなみにこの世界では年が明けて1月1日になると、みんな同時に年を取る。
誕生日イベントが無いのは、そのためである。
『婚約の儀』という堅苦しい呼び名からして、皆さんはさぞや仰々しくて面倒臭そうな儀式なのではないかとお思われるだろうが――。
――その通りだ。
幸いなのは、仰々しくて面倒臭い部分は全て七色教の皆さんの担当で、俺とマルオくんは所々で頭を下げるだけの簡単なお仕事しかせずに済むところだろうか。
それでも、ずっと黙って立っているだけでもしんどかったりするが……。
なんか目の前で、よく分からん儀式が延々と続けられている。
正直つまらぬ。
せめて友人たちでも列席していれば、暇つぶしに様子を窺ったりとかもできるのだが、これはあくまで内々の儀式なので身内――というか、七色教の人と護衛以外は双方の親だけしかこの場にはいないのだ。
マルオくんのパパ――つまり王様は、なかなかのイケオジである。
赤目赤髪はマルオくんと同じで、体格はやや小柄――若干疲れが顔に出ているのと頭頂部の薄毛が俺に親近感を抱かせ、同時に周囲に哀愁を漂わせる要因となっている。
聞くところによるとマルオパパは、俺とマルオくんが婚約に至るまでのすったもんだのおかげで、かなりしんどい思いをしたらしい。
息子のマルオくんはどうしてもエリスと婚約するのだと言い張り、国内屈指の実力者であるハイエロー辺境侯爵には容赦ない圧力を加えられ、反ハイエロー陣営が悪質クレーマーのようにギャアギャアと騒ぎ立てる。
立場上それら全ての相手をしなければならないマルオパパの心労は、察するに余りあるだろう。
お疲れ様でございます。
マルオママは美人だがけっこうキツそうな感じ。
厳しそうな目つきに酷薄そうな唇、整っているが鋭い感じの目鼻立ちは、どことなくエリスに雰囲気が似ている気がしないでもない。
――あれ?
マルオママとエリスの雰囲気が似ているということは、マルオくんってばひょっとしてマザコンとか……?
それはそれで、嫁姑問題がややこしいぞ。
まぁその頃にはどうせ、俺はエリスの中からいなくなっているはずなのだけどさ。
なので苦労するのはエリスだけ――イヤ、この場合一番苦労するのはむしろマルオくんだろうか?
とにかくどちらにせよ、俺とは無関係な話だ。
頑張れよエリス。
あのお姑さんは、かなり手強そうだぞ。
「~となりましてございます。 女神ヨミセン様におかれましては、信仰の心を奉納いたしますゆえどうか、これに控えまするマルオース・アッカールドとエリス・ハイエローの両名が婚約することを、お許し願い奉りまする」
おっと、ようやく教主さんの長台詞が終わったぞ。
打合せだと、ここでようやく俺とマルオくんの出番のはずだ。
女神ヨミセン様の像を向いていた教主さんが振り返り『さぁどうぞ』と合図を送ってきたので、俺はマルオくんと台詞のタイミングを合わせる。
「「どうか我ら2人の婚約をお許し願います」」
そして2人で両ひざをつき、掌を合わせて祈る。
これで俺たちのやることはおしまいだ。
これであとは女神ヨミセン様が婚約の許可を教主さんに、神託だか啓示だかをして晴れて婚約成立となる。
実際に神託だか啓示だかがある訳では無いだろうが、儀式というのはそういう体でやるものなのだ。
教主さんが女神ヨミセン像のほうを向き、深々とお辞儀をして再びこちらへと向き直った。
「女神ヨミセン様より、婚約のご許可が頂けました。 これにより、これからお2人は正式な婚約者となります――両名ともお立ちなさい、そして女神ヨミセン様に感謝を」
教主さんに言われるがままに俺とマルオくんは、深々と女神ヨミセン像に向かってお辞儀。
正直に言うと未だに、何の断りもなく俺のことを異世界にポンポンと飛ばす女神ヨミセンさんに、祈ったり感謝したりするのは俺としては若干抵抗がある。
それでもまぁ、俺が女神ヨミセンさんに祈ることでエリスとマルオくんの2人が幸せになってくれるのであれば、俺の些細な引っ掛かりなどどうでもいいことだ。
女神ヨミセン様、エリスとマルオくんが幸せになれるよう、どうかその御力を貸してください。
元の世界に戻ったら頑張って『悪役令嬢モノ』の小説を書かせていただきますので、宜しくお願い致します。
お祈りも終わり、俺たちは下げていた頭を上げた。
女神ヨミセンさんは、願いを聞き入れてくれただろうか?
これで『婚約の儀』はつつがなく終了。
俺とマルオくんの出番はここまでで、あとは七色教の人たちが細々とした儀式の後始末をするだけだ。
しっかし、ほぼ立っていただけなのに、妙に疲れちまったさ。
これだから儀式ってやつは……。
…………
神殿の外へと出ると、もう日が暮れかけていた。
婚約の儀が始まったのが昼過ぎなので、けっこうな時間が経過したことになる。
うむ、疲れるはずだ。
両親と護衛に囲まれながら『う~ん』と背中の強張りをほぐすべく伸びをしていると、これも護衛に囲まれているマルオくんが近づいてきた。
「お疲れ様、エリス」
「アタクシは大丈夫ですわ、鍛えてますもの」
実際に肉体的にはそれほど疲れてはいないので、決して嘘は言ってない。
儀式で主に疲れたのは、退屈と待ち時間によるメンタル面の疲れだし。
お互いにニッコリと微笑みあう。
面倒なことを一緒に乗り越えたことで、親密さが深まったといったところか。
「……ようやく婚約できた」
「やっと……ですわね」
見つめあう瞳と瞳。
婚約者同士としてはアリなのだろうが、こちとら中身はおっさんなのであまり長くこの状況は続けたくない。
思わず目を逸らし、空へと視線を向ける。
そこにはポツンと、だがしっかりと星が瞬いていた。
そういや冬の恋のどきどきイベントスロットは、『マルオース』と『神殿前』で『星を眺める』だったなと思いだす。
そうか、これのことか――せっかくだから、乗っかってやろう。
「あら? マルオ様見て下さいな、一番星ですわ」
「あぁ、本当だ……まるで私たちを祝福してくれているようだな」
イヤ、たまたまそういう時間だっただけだと思うぞ。
《恋のどきどきイベントが終了しました》
ピンピロピロピロリーン♪
《マルオースの好感度が"大幅に"上昇しました》
冬休み中に入ってからは、帰省こそしていないが再びステイホーム期間となってしまっていたのであまり友人たちとも会えなかった。
なので、好感度が上がったのは久しぶりだ。
これで少しはマルオくんとの仲が盤石になって、婚約破棄エンドが遠ざかると良いのだが……。
本当に来るのかなー、婚約破棄エンド。
ここから何がどうしたら婚約破棄に繋がるのか――。
さっぱり見当がつかないんだけど……。
――――
― ラルフくん宅 ―
「「「「「「「婚約おめでとうー!!」」」」」」」
祝福の言葉とともに、蜜柑ジュースで乾杯。
お祝いしてくれているのは、いつもの友人たちだ。
テーブルの上には毎度おなじみマリア作のケーキと、ラルフくん作の唐揚げとポテチが並んでいる。
糖質と脂質がてんこ盛りだが、エリスの若い肉体なら胃もたれすることは無い。
やはり若い内臓はいい……。
あー……いちおう誤解のないように言っておくが、マッドで猟奇な意味では無いからな。
腹を切り開いて『ぐへへ……やっぱり若い内臓はいいぜ……』とかでは無いから。
『健康っていいな』という意味だから、勘違いしないように。
……しないとは思うけど、一応。
婚約のお祝いのはずなのだが、祝福されるのは最初の15分でおしまい。
あとはいつものごとく、適当なダベりとなった。
――君たち、もう少し祝福してもいいんだよ?
――遠慮はいらないよ?
どうやら誰も遠慮などしていないようでいつもの適当な話が続いていたのだが、小一時間ほど経過したところで、ユリオスくんが聞き逃せない話をブッ込んできた。
「そうだ! 『フェルギン帝国の皇子』が、学園に『留学生』としてやって来るって話、みんな知ってるか?」
――はい? なんですと?
「アタクシは……知りませんでしたわ」
「私もそんな話は聞いていないぞ?」
俺もマルオくんも知らないとか――。
これはもしかして、由々しき事態なんじゃないか?
フェルギン帝国は、アッカールド王国のすぐ西に位置する大国である。
隣接する王国の領地は我がハイエロー家であり、過去に帝国は何度もアッカールド王国――つまりはハイエロー領に対して侵攻し、戦となっている相手なのだ。
我がハイエロー家はその都度、天然の要害にある唯一の侵攻路を塞ぐ形で造られた『アダマン要塞』で迎え撃ち、その悉くを撃退している。
建国の頃は普通の『伯爵』だったハイエロー家が『辺境侯爵』にまでになったのは、帝国を退ける度に『未開地』や『爵位』を褒賞として得たことによるものだ。
そんなフェルギン帝国であるから、たとえ直近の50年の間に侵攻が無かったとしても、当然ながらアッカールド王国では敵国とみなしている。
だと言うのに、皇子が留学だと?
まぁ百歩譲って50年の間交戦していないのだから、このまま友好平和を進めていこうという意味での留学だとしよう。
だがその話を何故、隣接する領地を持ち尚且つ何度も帝国を撃退している、我がハイエロー家に黙って進めるのだ?
マルオくんが知らないというのも解せない。
王子であるマルオくんと同じ学園に通うのだから、外交面を考えれば予め留学の話は知っておくべきだろう。
それがないということは――。
俺に――つまりはハイエロー家に知られたくないということか?
「エリスどうした、大丈夫か?」
黙って考えていたせいで、マルオくんに心配されてしまった。
「あぁ、いえ……そのフェルギン帝国の皇子というのは、どのような方かなと思いまして」
とりあえずこの場は無難に、留学する皇子の情報でも収集しておこう。
帝国の思惑が分からぬ以上、俺がむやみに騒ぎ立てないほうが良かろうからな。
俺が今感じている不安を仲間たちに話すのは、いろいろと情報を仕入れてからだ。
――という訳で、貴様の知っていることを全て吐けユリオスくん。
「俺様が聞いた話だと、留学してくるのは帝国の第3皇子で、けっこう優秀なやつらしい。 4月から2年に編入してくるそうだから、俺様たちと同学年ってことだな」
同学年……だと?
それってまさか……転校生イベントか?
あ、イヤ、待て――前々から『レインボー学園』なのに攻略対象キャラが、先生を含めても6人しかいないってのが気になっていたのだが……。
この帝国の第3皇子が、もしかして7人目だったりするんじゃ……?
あり得るな……。
転校生が攻略対象キャラとか、いかにも有りそうなパターンじゃないか。
しかも皇子だし。
あれ? だとしたら俺の心配とか杞憂だったんじゃね?
ただの恋愛ストーリー絡みのイベントなら、帝国の思惑がどうとか考える必要とか無くね?
いかんいかん、どうも婚約の妨害工作をされたり命を狙われたりと、悪意と殺伐さにさらされ続けたせいでこの世界が『乙女ゲーム』の世界だということをついつい忘れてしまっていた。
そうだよね、乙女ゲームの世界なんだから陰謀とか策略なんかとは無縁なイベントが有ったって、それが普通なんだよね。
うんうん、そうだよ。
「でさ、それはいいんだけど、親が俺様に『帝国の第3皇子が留学してきたら、お前は側近の筆頭として皇子に仕え、その派閥を纏めろ』とか言われてしまってな――」
「は?――ちょっとお待ちになって」
「な、なんだよエリス……」
派閥って何?
もう派閥が出来ることが、決まってるの?
「留学して来るのは皇子の他に何人おられますの?」
「確か皇子だけのはずだが」
「皇子だけ?……では、皇子とユリオスだけで派閥を……?」
「いや、他にもいる。 派閥のメンバーになるのは、ウチ――キーロイム家と、あとザッコ家とモーブ家とソーノータ家……だったかな?」
「おいおい……それ全部、反ハイエローの貴族ばかりじゃないか」
最後にガルガリアンくんが言ったとおり、今ユリオスくんが口に出した貴族たちは、全て反ハイエロー陣営の連中だ。
ふむ……。
前言撤回。
やっぱこのイベントも、ハイエロー家にとっては厄介事な気がする。
つーか、なんで起きるイベントが悉く、ハイエロー家にとって面倒そうな出来事ばかりなのかね?
この世界、設定間違ってない?
なんかハイエロー包囲網とか出来ている気がするんだけど、もうこれ『乙女ゲーム』設定じゃ無くない?
「ならユリオスは春から、おいらたちから離れてその第3皇子と仲良くするってことだね~」
ニッコリと笑顔なラルフくんのそのひと言で、視線が一斉にユリオスくんに刺さった。
ガーリがボソッと『裏切者』と吐き捨てるように呟く。
「いやちょっと待ってくれ! 俺様だって好きで帝国の皇子の派閥に入るんじゃ無いからな! これは親に命じられたからであって――」
「軟弱者ですねー」
みんなの冷たい視線をなんとかすべく、自分の立場を頑張って主張するユリオスくんだったが、アンにあっさりと軟弱者と切って捨てられた。
最近のアンとガーリは、誰の影響なのか男子に対してけっこう容赦が無い。
他にもマルオくんから『私が王になった時のことを、ちゃんと考えてのことだろうな?』と、冗談めかして言われたり――。
ガルガリアンくんに『親の言うままに動くのではなく、もっと自分の考えを持って動け』と説教されたりと、ユリオスくんは言われ放題である。
そんな中、マリアだけがユリオスくんの肩をポンポンと叩き『大丈夫ですよ』と慰めている。
平民なのに貴族に対してその慰め方はどうなんだろうと思わないでも無いが、マリアはやはり優しい子なのだなと――おや? 違うか……?
なにやら慰めの言葉を聞いていると――。
「まぁまぁ……帝国の皇子様派閥の動向をあたしたちに教えてくれれば、きっとみんなユリオス様のことを見直してくれますよ」
などと、さりげなく『皇子派閥の情報をこっちへ寄越せ』と言い含めてやがるし。
まったく……誰の影響だか知らんが、小ズルい知恵が回るようになって……。
だがグッジョブだマリア。
それでこそハイエロー派閥の一員。
つーかもうマリアってば――。
主人公感、ほぼ無くなってないか?




