悪役令嬢と2学期の終わり
目をやられて休んでおりました。
なんとか再開です。
テンバイヤー男爵が死んだ。
表向きには賊に連れていかれたアキエムの森で魔物に襲われ、その時の傷が元で死んだということになっているが、我がハイエロー家の影の者が集めてきた情報によると実際には違っていた。
救助をしたはいいが女体化し錯乱したテンバイヤー男爵を、親戚筋の連中が厄介払いするべく殺したのだ。
厄介者は早めに始末する。
いかにも貴族らしいやり方だ。
新たなテンバイヤー男爵には、親戚筋に当たるヌグイ子爵家の三男が婿入りして継ぐことになるらしい。
我がハイエロー家にもその三男が、通知するだけではなく継承の挨拶に来たところを見るに、新たなテンバイヤー男爵はハイエロー家とは敵対をしないという方針に舵を切ったようだ。
もっともあちらの思惑としては、ハイエロー家の娘が将来の王妃になりそうなのだから、敵対よりもむしろ取り入りたいというのが本音なのかもしれないが。
俺とマルオくんの婚約は、正式に決まった。
やはり婚約反対派の急先鋒が死んだということで、反対派の勢いが大きく削がれたのが大きかったのだろう。
ノットール父上さん曰く『おかげで楽な作業だった』とのことだ。
学園祭における人質事件に国の役人が絡んでいたということで、反対派内で最も大きな影響力を持っている宰相殿――ガルガリアンくんのお爺さん――が、その不正を嫌う気質から役人たちの綱紀粛正に忙殺され、婚約に反対することが二の次となったことも婚約が簡単に決まった要因だったと思う。
ガルガリアンくんによると『綱紀粛正を語る爺さんの顔が、鬼の形相だった』らしい。
融通の利かなそうな人物ではあるが、とにかく不正を嫌うという点では、役人たるものかくあるべしと言えるだろう。
で、婚約が決まったのだからマルオくんはもう俺の婚約者なのかというと、実はまだである。
婚約をすることが決まっただけで、どうやら『婚約の儀』というものをせねば、正式な婚約とはならないのだそうだ。
その『婚約の儀』なのだが、諸勢力のお話し合いにより来年の年明け――1月10日と決まった。
今はまだ11月の末なので、まだ1か月以上ある。
ちなみに結婚は、卒業後――4月の予定だそうだ。
なんか準備とか大変そうだが、その頃には俺もエリスの中からはいなくなっているはずなので、俺自身は気楽なものである。
――つーか、間違いなくエリスの中からいなくなるんだよね?
その頃にまだ俺がエリスの中の人とかだと、洒落にならんぞ。
新婚初夜とか、マジ勘弁だからな!
その辺はちゃんと頼むよ『女神ヨミセン』様!
絶対だぞ!
フリじゃ無いからな!
――――
2学期末となった。
なんだかんだで学園祭の時の人質事件以降にはこれというイベントは特に無く、激動の2学期になってしまうかと思いきや、俺たちは案外平和な日常を過ごしている。
人質事件を解決した俺は学園内で英雄扱いされ、マルオくんとの婚約が決定したこともあいまって、立場としては生徒たちの頂点に祭り上げられていた。
第1王子であるマルオくんよりも序列が上になってしまっていることには苦笑いしか無いが、それを当の本人であるマルオくんが喜んでいるのだから、これはこれで良しということにしてしまおう。
俺とマルオくん、アンとガーリとマリア、コレスとガルガリアンくんとラルフくんと、あとユリオスくんという9人はすっかりグループとなり、学園内ではだいたい一緒にいるようになった。
権力的にも能力的にも、学園内最強のグループである。
――これってアレだよね。
ラノベとかマンガで主人公になる、最底辺にいるが実は不屈の精神と特殊能力を持つ生徒とか、学園のヒエラルキーに風穴を開ける系の転校生なんかに、壁となって立ちはだかる学園の頂点的な立ち位置だよね。
まぁ、そもそもこの『乙女ゲーム』の世界の主人公はマリアなので、俺たちの仲間になっている時点でそんな展開はあり得ないのだがさ。
学園祭の事件の後、仲間たちには『賊たちを無力化した能力』について、当然だが根掘り葉掘り聞かれた。
それに関しては『女神ヨミセン様のご加護により、使徒タロウ様がアタクシの中に宿っておられるからですわ』と、危なく忘れかけていた設定を説明して無理矢理に納得してもらっている。
それともう1つ、『テンバイヤー男爵に、何かしたのか?』ともみんなに聞かれたが――そこはにっこり笑顔と『アタクシは殺してなどおりませんわよ』のひと言で、強引に乗り切った。
殺してはいないが何かはやったのだなと思われているだろうが、事実をそのまま話すよりは良かろう。
そうそう、2学期末ということで期末試験も終わっている。
俺の総合1位の座は、今のところ安泰。
男子たちの成績は1学期とさして変わってはいないが、アンとガーリは総合で33位と31位となかなかの上位に食い込み、マリアに至っては46位と躍進している。
この分なら、来年度も全員が同じクラスになれそうだ。
アンとガーリとマリアとの身体の鍛錬と勉強会は、引き続き頑張ることにしよう。
――と、いうことで。
「マルオとエリスの婚約決定を祝って、乾杯!」
ガルガリアンくんの音頭で、みんなでカップを掲げる。
終業式も終わったので、今日はいつも放課後の溜まり場にしているラルフくん家で仲間たちが、婚約決定のお祝いをしてくれるのだ。
ちなみにカップの中身は紅茶である。
「まずはサラダと、昨日からじっくり煮込んだフォレストバイソンのシチューだよ~」
今日の料理は、料理男子であるラルフくんのお手製だ。
食後にはアンとガーリとマリアが作った、三段重ねのケーキが待っている。
ケーキの上を飾っているフルーツは、王国では珍しいパイゴーというものだ。
この鮮やかな紫色をした卵型のフルーツは、我がハイエロー家の西側に接するフェルギン帝国の特産品で、珍しくユリオスくんの持ち込みである。
ユリオスくん曰く『ウチにたくさんあったし王国じゃ珍しいから、みんなにも食べさせてやろうと思って少し持って来た』のだそうだ。
明らかに黙ってちょろまかしてきたという、バレたらユリオスくんが親とモメそうな案件だが、確かに珍しいし美味しいフルーツなので気にするつもりは無い。
親とモメて大変な思いをするのは、どうせユリオスくんだし。
「あ、このシチューマジで美味え」
「城の料理人にも負けて無いぞ」
「マルオ様、城の料理人と比べるのはさすがにどうかと……」
「ですがエリス様、これはウチの料理人の作るものよりも美味しいですわ」
「サラダも美味ですよねー」
「ラルフ、お前料理人にでもなる気か?」
「まさか~、趣味だよ趣味~」
「これ、この間僕が作った魔道圧力鍋で作ったのか?」
「レシピ教えてください~」
シチューもサラダも思いのほか絶品なので、みんな大盛り上がりだ。
この食事会は俺とマルオくんの婚約の前祝なので、立場的には主賓ということで料理などを出す立場では無いのだが――この流れなら出せる!
「ではアタクシも、ちょっとしたお料理を披露いたしてもよろしいかしら?」
みんなから『おぉ~』とか『何作るのー?』とか言われたので、作ってもOKと判断して、俺は必要な物を荷物から引っ張り出した。
それは自前のポータブル魔道コンロと、半球状のくぼみが所狭しと並んでいる鉄板――つまり、タコ焼き用の鉄板である。
そう、俺はこの盛り上がりのどさくさに紛れて、こいつらにタコ焼きを食べさせてやろうと画策していたのだ!
イヤ、だってさ――。
見た目が気持ち悪いからと言って、タコを食べないとか勿体無いじゃん。
だから俺は、こいつらにタコ焼きを食べさせることを手始めに、タコ食をこの世界に布教してやろうと企んでいるのだ!
タコ焼き教の教祖に、俺はなる!!
…………。
――まぁ、教祖は冗談として。
タコ焼き美味しいじゃん。
でもって、美味しい物はみんなで食べたいじゃん。
そんな訳で、タコ焼きパーティーを開始しよう。
「面白い形してるね~、これ」
「興味深いな」
ラルフくんとガルガリアンくんが、興味津々で鉄板を眺めている。
こら、触ろうとするな。
もう鉄板は熱してあるから火傷しちまうぞ。
「で、何を作ってくれるんだい?」
「それは出来てからのお楽しみ――見ていて下さいな、マルオ様」
さて、始めるぞ。
まずは油を塗り付けて……っと。
次はタコ焼き鉄板のくぼみへと、作ってあった生地を流し込む。
生地は粉をたっぷりの出汁で溶いたもので、これを焼いて塩を振っただけでも美味しいはずだ。
そして具材をポイポイと放り込む。
もちろんその中には、やや小ぶりに切ってはいるがタコも入っている。
タコは海水浴の時に仕留めた大ダコの、頭の部分である。
足の部分を使うとほら、吸盤とかでタコだってすぐバレちゃうからさ。
タコは俺の【無限のアイテムストレージ】に保存してあったので、新鮮そのものだ。
ちなみに魔道コンロはこっちの世界で手に入れた物である。
すぐに焼けてきたので、生地を追加で投入。
両手に千枚通しを持って、クルクルと鉄板のくぼみを使って球体を作り上げていく。
「ほう、器用なものだな」
「あたしもやってみたいです~」
そうだろそうだろマルオくん、上手いもんだろ。
やらせてもいいけどまずは食べてからな、マリア。
うむ、ちゃんと丸くなったぞ。
素人技だがそれなりに数をこなしている作業なので、そうそう失敗はしないのだ。
さて、焼き上がったのだが――。
この鉄板で作れるのは1度に20個なので、ここには9人いるから1人2個ずつかな?
余りの2つはマルオくんと――そうだな、コレスにでも分配してやろう。
小皿に分けて鰹節をパラリと振り、前の異世界で作り置きしてストレージに入れてあったタコ焼き用ソースを掛け、みんなの前に並べる。
マヨネーズも出しておくが掛けない、そっちはお好みでどうぞというヤツだ。
「さぁ皆様、召し上がって下さいな」
楊枝を渡して実食を促すと、ハフハフしながら『美味しい』『美味い』『なんか面白い』と嬉しい言葉がみんなから出てきた。
お褒め頂きありがとう。
「このソース美味しいね~」
「でもさ、丸くなくてもいいんじゃね?」
「あら、丸いほうが可愛らしいですわよ?」
「初めてのエリスの手料理……」
「マヨ掛けても美味しいー!」
「このクニャっとした食感――なんだろう?」
「あぁ、このクニャっとしたやつな――どっかで食ったような気がするんだよなぁ……」
「完食です~。 次あたしにやらせてください~」
ふふふふふ……我が事成れり!
これで『みんなでタコ焼きパーティーをする』という俺の野望は、ついに達成されたのだ!
――まぁ、『ついに』ってほど苦労はしていないが。
さてマリアよこっちに来るが良い、タコ焼きの手ほどきをしてしんぜよう。
自分でやってみて、あーだこーだと失敗や成功やアレンジをして楽しむ――。
それが真のタコ焼きパーティーなのだから!
…………
タコ焼きパーティーもつつがなく終わり、そろそろデザートの三段重ねのケーキの出番だ。
いいかげんシチューとタコ焼きで満腹だが、スイーツは別腹。
人間とは、美味しい物を見ると無意識に胃を頑張って動かして隙間を作ってしまうという、食い意地の張った生き物なのである。
この世界にはケーキに入刀などという儀式は無いので、いつもケーキを切り分ける係のアンに任せる。
さすがに大きいので均等に分ける必要も無いのだが、それでも均等に切り分けるのがアンだ――と、解説した先から自分のだけ大きく切り分けてんじゃねーよコラ。
まぁいい、今回のケーキは大きいからな。
アンよ、た~んとお食べ。
ダイエットは明日からでいいから。
さて、俺も食べようっと。
パクっとな。
「美味しいですわ!」
ケーキを彩っているパイローという果物がとても甘いのだが、それに合わせて生クリームの甘さが控えられていた。
おかげで甘さがしつこくなることもなく、爽やかな美味しさ――さすがマリア、いい仕事をする。
「マリア、素晴らしい出来ですわ」
「やった! エリス様に褒められた!」
「ふふ……ありがとう、アタクシたちのために素晴らしいケーキを作ってくれて」
「エリス様のためなら、ご命令とあらばいつでも作りますよ~」
「まさか、命令などしませんわ――マリアはお友達ですもの。 その時は『お願い』しますわね」
「あう……エ゛リ゛ス゛さ゛ま゛~」
「マリアあなた最近、涙腺が緩いですわよ」
感激屋さんのマリアの目が、なんかまたウルウルしているし。
つーか嬉し泣きしたいのはこっちのほうだっつーの、こんな美味しくて美しいケーキを作ってくれる友達なんて、有難いにも程がある。
「おかわりくれる~?」
「おっきく切りますか?」
「うん、おっきくお願い~」
ラルフくんがアンにおかわりを要求している。
今日は良く食べるねー。
まぁ、どれもこれも美味しいから。
「それにしてもユリオス、パイゴーなんてよく手に入ったな」
「あたしパイゴーって、生まれて初めて食べました~」
「僕も3年ぶりくらいだな」
確かにそうだ――パイゴーはフェルギン帝国の産物で、アッカールド王国にはほとんど入って来ない。
我がハイエロー家には多少入ってくるが、それもハイエロー領が帝国と隣接しているからだ。
「なんか屋敷に大きな木箱いっぱいにあったんだよ。 で、珍しいから持って来た」
「いいのか? それ」
「構わんだろう、家の物は俺様の物だ」
たぶんバレたら怒られると思うぞユリオスくん。
――それはさておき。
帝国と王国が最後に戦ったのはもう50年ほど前だが、それでも未だに帝国は敵国扱いの国で、交易もほとんどしていないはず。
ユリオスくんの家――キーロイム家に、なんでそんなたくさんのパイゴーがあったんだ?
帝国とキーロイムが、繋がっている……とか?
なんかまたややこしいことになりそうな予感がするぞ。
もうさ、いいかげん平和な恋愛モードに突入させてくんないかなー?
などと、先のことを心配し過ぎて俺が若干ブルーな気分を味わっていると、平和な会話が友人たちによって向こうからやってきた。
「思い出した!」
コレスの突然の叫びに『なんだ?』『どうした?』と、みんなの注目が集まる。
「さっきの丸いヤツの中身だよ!――ほら、あのクニャっとした感触のアレ!」
ほう……アレが何か気づいたかコレスよ。
まぁ、アレを食べたことがあるのは、俺とお前だけだからな。
「アレがどうしたんだよ、コレス?」
「あぁそうか、ガルガリアンはあの時食ってなかったからな――おいエリス! あの中のクニャっとしたヤツ…………あれ、タコだろ?」
俺を除く全員が固まった。
「でも、とても美味しかったでしょう皆様?」
ニッコリと俺は肯定の笑みを浮かべる。
「マジか……」
「確かに美味しかったけどさ~」
「騙し打ちはひどいですよー」
「あたくしタコ好きかも……?」
「わ、私は美味しかったぞ――エリスの作ったものだしな」
「あたし素手で触っちゃいましたよ~」
あ~、そういやマリアは具材を入れる係をやつていたっけな。
文句を言うな、素手で切り分けたタコを掴む――良い体験ではないか。
「やられたよなー、なんで最初のひと口で気付かなかったのか……」
「くそぅ~、謀ったなエリス! なんでだよ!」
イヤ、ユリオスくん……なんでかと言われてもだな……。
「坊やだからさ」
としか言いようが無いんだよねー。
女の子には、男の子にサプライズを仕掛けたい時があるのだよ。
まぁ――。
中身おっさんなんだけどね。




