1年A組 ~今から皆さんは人質です~
9月も半ばとなり、すっかり季節も秋めいてきた。
級友たちがさりげなくガードをしてくれているおかげもあるのか、今のところ俺は学園内で危害を加えられたりはしていない。
一緒に居ることが多いせいか、この間に攻略対象男子全員の好感度が上がった。
マルオくんとユリオスくんが2回、他の3人が1回――なんでユリオスくんの好感度が2回も上がったのかは不明である。
…………
「それではまた明日、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「明日は学園に、クッキーを持って行きますわ」
「また明日です~」
いつものように肉体の鍛錬と勉強会を終え、アンとガーリとマリアの3人を馬車で送らせた。
もちろん3人が俺のとばっちりで危害を加えられないよう、護衛は付けてある。
そういやノットール父上さんに『話があるから、勉強会が終わったら部屋に来るように』とか言われていたのを思い出した。
何の話だろう? 婚約話が進んだとか、そういうのかな?
父上さんの部屋へと向かい部屋に入ると、意外な人物がいた。
我がクラス『1年A組』の担任、アンドルド・コハイル先生である。
は? なして先生がここに?
――家庭訪問?
「エリス、そこに掛けなさい」
ノットール父上に言われてソファーに座ると、すぐに本題が始まった。
その中身とは――。
『学園祭の警備について』
の話であった。
そう、王立レインボー学園には学園祭がある。
我が1年A組でも、つい昨日それについてクラスで話し合ったばかりだ。
俺たちのクラスが話し合って、学園祭でやろうとしているのは『演劇』だ。
舞台の上に立たねばならぬので、俺が狙われる恐れがあるのではないかと思われるかもしれないがそこはそれ。
――この世界には、魔道具という便利な物があるのだ。
王様が国民の前に姿を見せる時などに使う、暗殺防止用の『守りの魔道具』
これをマルオくん権限で王家から貸し出してもらい、今回の学園祭での演劇の際に使えることになっているのである。
レインボー学園の学園祭は、事前に申請された生徒の親族だけが学園内に入れるという決まりだが、それでも俺に危害を加えんとする者が紛れ込む危険がある。
そのためにわざわざマルオくんが、父である王様におねだりという名の交渉をした結果だ。
で、なんでそんな話のために、担任である『アンドルド先生』がやってきたかというと、これは俺も知らなかったことなのだが――。
アンドルド・コハイル先生は、ハイエロー派閥の人だったのだ。
うむ、確かにさりげなく味方をしてくれているなとは思っていたが、普通に生徒想いの担任の先生だからだとばかり思っていたさ。
まさかハイエロー派閥の人間だったとは……。
つーか、担任に派閥の人間を送り込むとは、さすがノットール父上である。
そのハイエロー派閥のアンドルド先生が何しに来たのかなのだが、学園の警備に対するあれやこれやを報告しに来たらしい。
普段の学園の警備には、学園へ通う伯爵以上の貴族の子女の護衛がそのまま付いている。
学園祭ではこの学園外からの危険に対して警備をしている護衛たちの他に、内部の警備のために王家の騎士たちが派遣されるのが通例だ。
しかしながら現在、マルオくんとの婚約話が進んでいる俺は命を狙われているらしい。
なので警備をどうするかという話し合いを学園でしていたらしいのだが、アンドルド先生によると『ハイエロー家の護衛を、特別に3名認める』ということで決定したのだそうだ。
学園としては『そもそも事前に申請された生徒の親族しか学園内には入れないし、建物内に入る際には武器の類をチェックして持ち込ませないようにしているので、特別に護衛など必要無い』という考えだったが、担任であるアンドルド先生が粘った結果、なんとか3名まで学園側に認めさせたのだそうだ。
なるほど、アンドルド先生としてはハイエロー派閥の人間として、自分の手柄をノットール父上にアピールしたいのか……。
おっさんの俺が言うのも何だが、大人の世界ってこれだからなぁ……。
アンドルド先生は手柄をアピールしたいようだが、ノットール父上は不満そうだ。
父上さんとしては、護衛を10人以上送り込みたかったらしい。
イヤ、学園祭で護衛が10人もゾロゾロくっついてきたら、さすがに邪魔だから。
友達と学園祭めぐりをするのにそんなに護衛がいたらうっとおしいし、周りにも迷惑だから。
3人くらいで丁度いいよ。
納得しろ、父上さん。
それはそれとして『攻略対象キャラ』のはずのアンドルド先生が、俺の好感度とかに全く絡んでこない理由がこれでようやく分かったぞ。
そりゃ派閥のトップの娘なんだもの、利用したいとかは思うかもしれないが恋愛対象にしようとかはあんまし思わんわな。
ハイエロー派閥の人間として、エリスのために送り込まれているアンドルド先生が、何をどうしたらマリアと恋に落ちるのかはさっぱり分からんが、たぶん俺と恋愛云々は無さそうな気がする。
この世界の元になっている、乙女ゲームのストーリーが知りたいなー。
アンドルド先生ルートって、全然想像つかん。
悪役令嬢のエリスのために、ハイエロー家に送り込まれた教師『アンドルド・コハイル』
そのアンドルド先生がマリアと恋に落ちるということは、もしやハイエロー家を裏切るのだろうか?
それともハイエロー家への忠誠心と、主人公のマリアへの恋心との板挟みになるのだろうか……。
なんか面白そうで気になる……。
つーか乙女ゲームの世界なんだから、そういう恋愛要素バリバリな感じを楽しみたい。
現状みたいな政争のド真ん中に立って、政治的に命を狙われるとかって――。
『悪役令嬢もの』としては、なんか違わくね?
――――
― 学園祭・当日 ―
「エリス様とマルオース様の準備終わりましたー!」
「小道具係、ユリオスの持つ勇者の剣は!?」
「そこにありますわ!」
「これマリアの衣装じゃありませんわよ!」
「すまん! こっちだった!」
「これ発注と違うだろ! オレのマント、黒の艶消しって言ったじゃん!」
「今更どうにもならんだろ! それでやれ!」
「あー、もう静かにしてください~! セリフが飛んじゃいますぅ~!」
「やばい、俺様も不安になってきた……誰かちょっと台本貸してくれ!」
「そろそろ講堂に移動する時間だぞー!」
「もう!?」
「小道具とか忘れるなよ!」
「ちょっと待ってくださいまし! まだマリアの衣装が……!」
「くるしいですぅ~」
学園祭が始まった。
俺たちは1年A組の教室で準備をしていたのだが、上のセリフの通り見事にバタバタしている。
学園祭は2日あり、俺たちの演劇は1日目の昼過ぎ。
なので朝から今まで教室内は、ずっとこんな感じである。
演目はこの世界では良く知られた、『勇者ランディンの魔王退治』というお話。
若者がいて王様が魔王退治を依頼し、魔王をやっつけて勇者となった若者がお姫様と結婚してめでたしめでたし、というテンプレにも程があるお話だ。
ちなみに俺の役は『王妃様』
『王様』役であるマルオくんの隣に座っているだけの、お気楽な役である。
本当は勇者をマルオくんに、お姫様を俺にという配役にされそうだったのだが、お姫様のセリフと出番がそこそこ多く『面倒くさいな』と思ったので、適当な理由をつけて『王様』と『王妃様』の役に逃げさせてもらった。
クラスの連中も『それはそれで、未来の王様と王妃様ということで良い趣向』だと思ってくれたらしく、俺の意見はすんなり通っている。
で、主役である『勇者』は誰になったかと言うと、ユリオスくんだ。
目立つのが好きなヤツなので、丁度いいだろう。
そして『お姫様』の役が、マリア。
この乙女ゲームの世界のそもそもの主人公なのだから、少し目立たせてみたかったのだ。
本人は『無理ですよー! あたし平民なんですよー!』とか抵抗していたが、むしろ平民のマリアをいかに完成度の高いお姫様に作り上げるかという方面にクラスの連中が盛り上がってしまい、あれよあれよと『お姫様』役に祭り上げられてしまった。
マリアがお姫様としての礼儀作法やら何やらを、クラスの連中に叩き込まれて大変な思いをしたことは、推薦した俺としてはちょっとすまなく思っている。
ここまでやるとは俺も想定外だったもんでさ……。
まさかマルオくんが本物のお姫様である、妹のプリプラ姫(御年9歳)まで引っぱり出してきて、お姫様のなんたるかをレクチャーするとか誰が思うよ?
やり過ぎだよ、君たち。
悪役令嬢の俺だって、そこまではやらんぞー。
で、他の主な連中はと言えば、『魔王』役は立候補したコレスが射止めた。
本人曰く『悪役をやってみたかった』らしい。
あとはアンとガーリは衣装係、ガルガリアンくんが脚本と演出、ラルフくんが舞台効果と、それぞれみんな役割を分担して頑張っている。
これだけみんなで頑張ったのだから、きっと演劇は上手く行くだろう。
上手く行かなくったって、楽しい思い出には必ずなるはずだ。
さぁ、講堂へ移動だ。
やってやるぜ!
まぁ、座ってるだけの役なんだけどね。
――――
― 講堂・舞台の上 ―
歓声と拍手の中、俺たちはクラス全員でステージに立っていた。
――カーテンコールである。
演劇『勇者ランディンの魔王退治』は、なんとかかんとか無事に終わった。
途中、勇者であるユリオスくんが大事なセリフを飛ばしたり、お姫様のマリアがドレスのすそを踏んずけてコケたりなどのハプニングはあったが、それでも十分成功と言えるだろう。
観客へ深々と礼をしているうちに幕が下り、これで本当に終了。
上げた顔は、みんな満足そうだ。
終演のアナウンスが講堂に響き渡り、あとは後始末。
「それじゃあ撤収するぞー。 小道具の係は小物類を教室へ、その他は大道具類の搬出だ」
パンパンと手を叩き、ガルガリアンくんが指示を出す。
春先の頃は孤高の人だったガルガリアンくんは、秋となりクラスに馴染んだ今ではすっかりみんなの仕切り役だ。
俺も大道具運びを手伝おう。
中身がおっさんなので、ついつい『よいしょっと』などと声を出してしまうが、クラスの連中もそろそろ慣れてしまったらしく、みんな聞き流している。
大道具は、舞台の横に搬入口があるのでそこから外に出す。
外に出してしまった後は、使用人――今回は王家の使用人が、学園の外へと運び出してくれる手はずとなっている。
貴族王族の子女たちが頑張るのは、所詮学園内だけなのだ。
「よし、大道具類の片付けも終わったしみんな教室に戻るぞ。 急げよ、次の舞台の邪魔になるからな」
これもガルガリアンくんの指示で、残っていたみんなは教室へ。
もちろん俺もなのだが――。
「エリス様、教室まで護衛させていただきます」
そう、学園祭の最中は、俺は3名の護衛と行動を共にせねばならないのである。
しかも全員がおっさんという……。
腕利きらしいのだが、もうちょっと配慮が欲しいよね。
トイレとかも行ったりするんだからさ。
ちなみにいつも俺の通学の時なんかに護衛を指揮してくれている『クレシア』さんは、今日もいつものごとく学園に侵入者が入らぬよう、建物の外で警備をしている。
どうせなら建物内の護衛に、クレシアさんを付けて欲しかったなー。
ノットール父上さんも、そういうとこ気が利かないよね。
ちなみに護衛に辟易しているのは、もちろん俺だけではない。
「マルオース様、教室まで護衛致します」
そう言われてマルオくんがうんざりした顔をするのも無理はない、護衛の数は俺の比ではなく、なんと10人もいるのだ。
ウチのノットール父上さんも10人の護衛を付けたがってたけどさ、やっぱ10人は多いよね。
「エリス、一緒に教室へ行かないか?」
マルオくんにそう誘われたが、正直あまり気乗りはしない。
こっちだって3人の護衛に囲まれて、それだけでも辟易しているのに、さらに10人の護衛が合流するとなるとうっとおしくて仕方が無いからだ。
それでもまぁ、せめて好きな女の子と一緒にいたいというマルオくんの気持ちも分らんではないので、ここは頷いてあげよう。
「はいマルオ様、喜んで」
本音はこれっぽっちも喜んではいないが、そう言わねばしゃーないだろう。
人目もあるし、下手なことを言って『エリス・ハイエローとマルオース王子は不仲だ』などと、おかしな噂を立てられては困るのである。
ちなみに俺の中のエリスは喜んでいるが、そんなもんはあえて無視をしている。
最近ようやく、俺はエリスの感情を無視できるようになりつつあるのだ。
あくまで、なりつつあるだけど。
2人とも同じ感情になった時とかは、まだ無理。
美味しいものを食べる時に『嬉しい × 嬉しい』で、やたらハイテンションになってしまうとかは、未だによくやってしまうんだよね、これが……。
「ではわたくしはお先に、エリス様」
「あたくしもお先に教室へ向かっております」
「あたしも~」
アンとガーリとマリアの3人が、護衛に囲まれるのを避けて先に教室へと行ってしまった。
この薄情者たちめ、後で覚えとけよー。
肉体鍛錬の時間を、ハードにしちゃるからな!
「じゃあオレも――」
「待てコレス。 お前は私の護衛だろう、先に行ってどうする?」
どさくさで自分も先に教室へ戻ろうとしたコレスは、マルオくんに捕まった。
まぁ『こんだけ護衛がいるんだから、オレ1人くらいいいじゃん』というコレスの愚痴には同意するが、一応仕事でもあるんだからそこは我慢しろ。
てな成り行きで、俺とマルオくんとコレスは13人という護衛に囲まれ、大名行列よろしくゾロゾロと教室へ。
他のクラスのみんなは先に教室へ行ってしまったので、俺たち3人はすっかり置いてけぼりである。
1年A組の教室は2階にあるので、そろそろ階段を登ろうかという時――それは起こった。
ドオオォォォン! という爆発音。
何ごとかと振り向けば――。
「大変だ! 講堂で爆発が起きた!」
「賊が侵入したらしいぞ!」
「警備の者は急いで講堂へ! 賊は100人を超えているそうだ!」
貴族の親族にしては品の無さそうな男たちが、こちらへ逃げながら口々にそんなことを叫んでいた。
講堂で爆発? それに賊だと?
もしや俺を狙ってのことかと思ったが、いささかタイミングが遅い。
爆発で騒ぎを起こし、その上で賊どもが俺を殺そうというのなら、講堂を出る前で無いと意味があるまい。
マルオくんと護衛の騎士たちが『教室に戻るか、外へ避難するか』という話をしている。
レインボー学園の校舎は頑丈なので、先ほどの爆発くらいでは講堂も校舎もビクともしていないだろう。
校舎内に賊がいるということは外にはもっと賊がいる可能性があるし、護衛に守られて教室で籠城するというのも選択肢としてはアリかもしれない。
校舎の外へ出て、外の護衛たちと合流するのも手だろう。
どちらにしても早く決断すべきなのだろうが、話し合っているうちに講堂のほうから兵士が走ってきた。
「ランタワー殿! マルオース様はご無事か!」
「ご無事だ! 講堂の状況はどうなっている!」
ランタワーと呼ばれた、マルオくんの護衛の隊長さんらしき人が、走ってきた騎士に講堂の様子を尋ねると、想定外の答えが返ってきた。
「講堂に賊はいなかった。 爆発したのは誰かが持ち込んだ荷物で――ということは、エリス嬢を狙うための陽動では無かったのか……?」
どうやら講堂から来た騎士さんは、講堂での騒ぎは俺を襲うための陽動だと思い、心配になってこちらへと急いでやってきたらしいが……。
別にこっちは、襲撃とかされてはいないぞ。
「まさか……」
マルオくんが青い顔をして呟いた。
護衛であるランタワーさんが、すかさずそれに気づく。
「どうされました、マルオース様」
「ランタワー、急ぎ私たちのクラスの様子が知りたい……」
待てマルオくん、それってまさか――。
「はっ、直ちに。 キーデン、引き続きですまんが1年A組の様子を見てきてくれ」
「了解しました」
ランタワーさんが講堂の様子を知らせてくれた騎士に、1年A組を見てくるようにと送り出したすぐ後、入れ違いに別な騎士が階段から降りてきてこちらへ向かってきた。
ものすごく嫌な予感がする……。
「緊急事態です! マルオース様のクラス――1年A組が、賊と思われる者たちに占拠されました!」
その騎士のもたらした凶報に、俺とマルオくんとコレスは――。
互いの顔を見合わせることとなったのである。
――――
― 2階廊下・1年A組付近 ―
俺とマルオくんの2人で校舎外へと避難させようとする護衛たちを説得し、なんとか遠巻きにクラスの様子が窺えるところまでやってきた。
「エリス・ハイエローを連れてこい!」
「早くしねぇと、人質をぶっ殺すぞゴルァ!」
賊どもの声が聞こえる。
どうやらクラスのみんなを人質にして、俺を引っぱり出したいらしい。
やはり俺が目当てだったか。
想定していたとはいえ、参ったなこれは。
――さて、どうするか。
俺の中にいるエリスの、怒りと焦燥感が伝わってくる――少し落ち着け、今考えているんだから。
もちろん俺自身も腹が立っているしイラついているので、相乗効果でなかなか考えがまとまらない……。
いかに人質になっているクラスのみんなに危害が及ばぬよう、賊を始末するか……。
ふむ……実際にこの目で見てみないと、具体案が纏まらんな。
前に出ようとしたら、マルオくんの左手にガッシリと右腕を掴まれた。
「(待てエリス――何をする気だ)」
「(もちろん、皆を助けるのですわ)」
「(無茶だ、殺されるぞ!)」
「(殺される? アタクシが?――あり得ませんわ。 ですからマルオ様、どうかこの手をお放しくださいな)」
お放しくださいと小声で言いつつ、俺はマルオくんの手首を掴み、腕から引き離すべくギリギリと捻り上げた。
もちろん単純な力比べで俺に敵うべくもなく、マルオくんの手はすぐに離れる。
「では、行ってまいります――さあ、騎士たちよ邪魔です! おどきなさい!!」
俺はマルオくんを引っぺがすと、すぐに教室側の騎士たちを力ずくで掻き分け、堂々と前に出た。
ハイエロー家の護衛の騎士が更に前に出て俺を守ろうとするが、賊の『てめえらは来るんじゃねえ! 人質をぶっ殺されてえのか!』という脅しと、『皆、下がっていなさい』という俺の命令でしぶしぶと後ろへ下がった。
我が家の騎士たちは基本ノットール父上さんの配下なので、言うことを聞いてくれないのではと思ったが、控えてくれるようで助かる。
「お前がエリス・ハイエローか?」
貴族の装いで身なりだけはちゃんとしている賊が、人質の首筋に戦闘用のナイフを突きつけながら、すぐ横の賊が見せる紙をチラチラと見ながら聞いてきた。
教室の扉から数人見える賊たちは皆、貴族の服装をしている。
なるほど、生徒たちの親族のふりをして入ってきたのか――だが、よく受付を通過できたなこいつら。
とすると……さっき講堂からやってきて『賊が100人いる』とか言ってた連中も、こいつらの仲間か……。
首筋にナイフを突きつけられているのは、手足を縛られ猿ぐつわを噛まされているガーリだった。
更にその奥では、アンとマリアも同様に別な賊がナイフを突きつけている。
俺の友人でハイエロー派閥の、しかも女子ばかり……。
その光景を見た瞬間、俺の中にいるエリスがブチ切れた。
当然だろう、友人が自分のために危険な目に遭っているのだ――それにエリスはこう見えて、友達想いなのである。
もちろん俺の怒りも半端ない状態なので、危うくブチ切れたエリスに呑まれて賊どもを皆殺しにすべく突撃しそうになったが、かろうじてその衝動を抑えた――危ない危ない。
落ち着けエリス、落ち着け俺――ブチ切れるのはまだ早い。
ほんの僅かでいい、アンとガーリとマリアからナイフが離れれば……。
「そうですわ、アタクシがエリス・ハイエローです――そちらへ向かってさしあげますから、人質から離れなさい」
「お前が人質になるのが先だ。 そうすりゃこいつらは殺さず離れてやる――さっさと来い!」
ほう……そうか、俺を人質にするつもりか。
――良かろう。
俺は一旦後ろを向いて、ハイエロー家の騎士の1人に小声で指示を出してから、向き直って教室の入口に立ってガーリにナイフを突きつけている賊のところへと歩く。
いいかげん近づくと、教室の中からロープを持った男が出てきた。
ナイフではなく、ロープを持っていることに少し安心する。
こいつらは、今すぐ俺を殺す気は無いようだ。
まぁ、どうせ殺すつもりではあるのだろうが……。
俺は後ろ手に縛られ、乱暴に教室内に放り込まれた。
そして逃げられぬよう足も縛られ、魔法の詠唱ができぬよう猿ぐつわも噛まされる。
目的である俺を手に入れた賊たちが、満足そうに下卑た笑みを浮かべた。
ここでようやくアンとガーリとマリアの首からナイフが離れた――よしよし。
奥で机に座っていた男が立ち上がり、何人かの賊に指示を出した後で、教室の前側に転がされている俺たちに言った。
「さて、1年A組の生徒の皆さん――皆さんはこれから、ハイエロー家との交渉をするための人質になってもらいまーす」
なるほど、ハイエロー家と交渉するための人質にする……ね――だがそれは無理なことだ。
貴様が捕らえた相手は、ただの侯爵令嬢では無いのだ。
俺は悪役令嬢――。
しかもブチ切れる寸前でチート持ちの――
本来なら悪行を行う役柄である、冷酷非道な悪役令嬢なのだから。




