配達されない三十余通の手紙(後)
始業式で学園が午前中で終わるというのに、お弁当を持ってきてしまったラルフくん。
『ラルフ』と『中庭』で『お弁当を食べる』、という《恋のどきどきイベント》がスロットで確定していたこともあり、それに乗っかってご相伴に預かったわけなのだが――。
程無くお弁当箱は、主にアンとガーリとマリアによって、ご飯だけを残して空となった。
他人様のお弁当なのに、がっつき過ぎだろお前ら……。
「えっと……ごめんなさいラルフ。 あなたのお弁当ですのに……」
とりあえず代表して謝っておこう。
最初に言い出したという責任もあるし、何より俺はこいつらのリーダーなのだから、そうするべきだろう。
「いいよいいよ~。 みんなが美味しそうに食べてくれて、おいらも嬉しかったしさ~」
そう言ってくれると助かるよ。
ラルフくん、君はいいヤツだ。
ピロリロリーン♪
《ラルフの好感度が上昇しました》
おっ、ラルフくんの好感度が上がったぞ。
ということは『みんなが美味しそうに食べてくれて嬉しい』というセリフは、本音ということか。
うむ、俺の君への好感度も上がったぞラルフくん。
エリスのは知らんけど。
《恋のどきどきイベントが終了しました》
これにてスロットによるイベントは終了。
ラルフくんの好感度がちょっと上がっただけではあるが、唐揚げと卵焼きを食べられたので、これはこれで満足だ。
「でも、さすがに何かお返しをしたいところですわね……」
お弁当のおかずを平らげておいて、『嬉しかったからいいよ』と言われたから『はいそうですか』で済ませるのも、美味しかっただけに余計悪い気がする。
ふむ、こういう時はどんなお返しが良いのだろう……?
「では、お菓子を作ってお返しをするというのはどうでしょう?」
珍しく言い出したのは、アンだった。
普段から自己主張が控えめで、俺の言うことに頷いてばかりの子なのに……。
アンが案を出すなんて!
――イヤ、なんでもない。
さらっと流してくれ。
「それは……名案ですね!」
「あたくしも賛成です」
マリアとガーリも賛同し――。
「いいねそれ。 おいら甘い物も好きなんだ~」
ラルフくんもそれでいいと言うので、お返しはお菓子で決まりだな。
あとは何を作るかだけど、それはやはり食べる人に聞いたほうが良かろう。
「ではお弁当のお返しに、お菓子を作るということにしましょう。 ラルフは、どんなお菓子がお好みなのですか?」
「う~ん、そうだなぁ……」
と、ラルフくんが悩んでいると――。
「オレはケーキが食べたい!」
校舎から中庭に入るなり、コレスがリクエストしてきやがった。
お前にゃ聞いてねーよ。
「エリスが作るのなら、私も食べたいな」
「僕はケーキより、あんこがいい――できれば粒あんを頼む」
続いて中庭に入ってきた2人からも、リクエストが来た。
コレスだけなら即決で断るところだが、マルオくんとガルガリアンくんもとなると――まぁ、それもいいかという雰囲気になってしまうのは何故だろう?
じゃあやっちゃおうかという空気になった時、意外なヤツが参加したいと言ってきた。
「それ、俺様も仲間に入れてくれ! えっとその……実は俺様も甘い物が大好きなんだ!」
キーロイム家のユリオスくんである。
なんだ唐突に……つーか、なんだか無理矢理感が否めねーぞ。
甘い物が大好きとか絶対ウソだろ。
もしかして親とかに『エリスとマルオース王子の様子を探って知らせろ』とでも言われたか?
とりあえずジト目でユリオスくんを睨んでから、ちらりとマルオくんのほうを見ると『エリスに任せる』的な雰囲気で目くばせしながら小さく頷いてきた。
そういうことなら――。
「構いませんわよユリオス、どうせなら大勢のほうが楽しいですから。 皆様もそれでよろしいですわね?」
俺とマルオくんが良いというならば、みたいな感じでみんなは了承。
これでユリオスくんの参加も決まった。
ユリオスくんの魂胆はだいたい透けては見えるが、別にこちらには隠し立てするようなことは無い。
仲間として潜り込みたいならば好きにすればいい、こちらは堂々と受けて立つだけだ。
さてと――。
参加者も決まったところで、話を戻そう。
ケーキとあんこというリクエストが出たが、あんこはいいとして問題はケーキだな。
「あんこはどうにでもなりましょうけど――ケーキを学校まで持ってきて皆で食べると言うのは、ちょっと難しいですわね……」
王立レインボー学園の校則には『菓子類の持ち込みは禁止』という項目がある。
もちろん誰もそんなもんを律儀に守ってはおらず、目立たぬようにカバンに忍ばせているのだが――。
さすがにケーキは目立ち過ぎる。
イヤ、目立つこと自体は今更なので良いのだが、それで処罰を受けるのはマズい。
その手の醜聞は、敵対する貴族たちにとって格好の攻撃材料となるのだ。
今なら漏れなく『ハイエロー家のエリスのせいで、マルオース王子まで巻き込まれて処罰された』とか騒ぎ立てられ、婚約を阻止するための材料にされるだろう。
「いっそ誰かの屋敷で、スイーツパーティーすりゃいいじゃん」
「それはいい考えかもしれんが――どこでやる?」
コレスにしてはなかなか良い提案だが、ガルガリアンくんの言う通り場所が問題だ。
婚約絡みでハイエロー派閥と反ハイエロー派閥がモメているので、あまり意味が無いかもしれないが、やるならなるべくそっち方面を刺激しない中立なところがいいだろう。
となると――。
「やっぱウチでやるのが無難だよね~」
そう、ラルフくんの家ということになる。
ぶっちゃけ迷惑になりそうな気がしないでも無いが、それでお願いしよう。
で、場所も決まったことだし、いつやるのかという話になったのだが――。
『今でしょ!』
ということになった。
善は急げというよりも、どこからか何か言われる前にやってしまえという『悪ガキ』のノリである。
いいよね!
悪役令嬢だし!
とりあえず学校を出て、護衛の騎士たちにラルフくんの家へと寄るように伝え、俺の影の護衛であるカスミに『お菓子作りの材料と道具』のメモを渡し、それを持ってくるようにとの連絡を屋敷に伝えてもらう。
あとは護衛やメイドたちに考える暇を与えないよう、ラルフくんの家にGOだ!
別に悪いことをする訳では無く、待てと言われる前にやるだけなのだが――なんとなくこういうノリで何かするのって、どきどきして楽しいよね!
そしてラルフくんの家に到着。
我がハイエロー家の屋敷と比べるとさすがに小さいが、普通にお屋敷だ。
到着早々キッチンをお借りし、材料と道具が届いたのでお菓子作り開始。
いきなりで迷惑だろうなーと思いつつ、遠慮はしない。
マリアはケーキのスポンジを作り始め、アンが生クリームとフルーツの準備に入った。
ガーリが既に煮てある小豆であんこを作り始め、俺はどら焼きの皮のタネを作る。
男子連中が暇そうに眺めていたが、手伝わせても失敗しそうなので、あいつらは放置しておこう。
――それなりに時間が経過した。
「なぁ、時間掛かるのか?」
作り手の女子たちに対して、無神経に言いやがったのはコレスである。
てめぇ、それがお菓子を作ってもらう立場の野郎の態度か? おいこら!
ちょっとムカついたので、ちょちょいっと【飴細工】のスキルを発動。
コレスの目の前に置いてやる。
「ほらコレス、飴ですよ……これでも口に入れて、あなたはしばらくお黙りなさい」
「待て待て……おい、なんでタコの形にするんだよ! つーか、リアル過ぎて気持ち悪いぞこれ! こんなもん食えねーってば!」
コレスには夏休みに入ってすぐの海水浴イベントの時に、この世界では『見た目が気持ち悪い』という理由で普通は食べないタコを、半ば強制的に食べさせている。
食べた時には『不味くはないな』とか言ってたくせに、まだタコの見た目が気持ち悪いらしい。
「エリス、私にも何か作ってくれないか?」
コレスに作った飴細工を見て自分も欲しくなったのか、マルオくんからリクエストが入った。
「ちょっとお待ちくださいまし」
もちろん断る理由も無いので、さて何を作ろうかと考え、これなら良かろうと手早く作ってマルオくんの前に置く。
「これは……見事だな」
マルオくんの前に置いたのは、白馬だ。
我ながら上手く躍動感が表現できているなかなかの作品である。
「あ、ずるいぞ。 なんでマルオのはちゃんとしたやつなんだよ!」
「おいらにも何か作ってよ~、魔物とか作れる?」
コレスが何か文句を言っているが、待ち時間に文句を言ったヤツと婚約者予定の男子の扱いが違うのは、そんなもん当たり前だろう。
ラルフくんからも、魔物を作って欲しいとリクエストされたが――ふむ、良かろう。
こねこねくいくいっと――これでどうだろ?
「うわっ、スケルトンだ!」
「これも凄い出来栄えだな」
「俺もタコじゃないのを……」
ラルフくんの前に置いたのは、剣と楯を装備したスケルトン。
よしよし、喜んでくれたな。
マルオくんも感心してくれている――コレス、お前はタコを食え。
「ほう、本当に上手いものだな」
今までお菓子が出来上がる前の時間潰しにと、ずっと本を読んでいたガルガリアンくんが目線を上げ、俺の飴細工に関心を持ったようだ。
ふむふむ、それならガルガリアンくんにも何か作ってあげよう。
あとついでに、さっきから借りてきた猫みたいに大人しくなっている、ユリオスくんにも。
ちゃちゃっと作って、それぞれの前に置いてやる。
ガルガリアンくんには、真ん中くらいで開いた本――ユリオスくんには、優勝カップだ。
「すまないな」
「えっ? 俺にもいいのか?」
「もう少し時間が掛かりそうですから、それでも食べてお待ちくださいまし」
そろそろガーリの作っている、あんこが出来上がりそうだ。
どら焼きにするつもりなので、俺は皮を焼かねばならぬ。
男子連中は『食べるのが勿体無い』とか『少し眺めていよう』とか『オレのは別な意味で食えない』とか言いながら、俺の作った飴細工を楽しんでくれているようだ。
よしよし、作った甲斐があったぞ。
良い時間潰しになってくれている。
どら焼きの皮を焼き終えたところで、ちょうどケーキの生クリームデコレーションが出来上がったようだ。
俺は最後の仕上げに、飴の糸をフルーツに彩られたケーキの上の空中へと舞わせて、これでケーキは完成。
どら焼きはアンとガーリがあんこを皮で包み、これも完成だ。
「はい、出来ましたわよ」
「どうぞ~」
「美味しいですよ」
「自信作ですわ」
と女子たちがケーキとどら焼きを並べる。
ケーキはちゃんと9等分に分けて――って、よく均等に切れたなアンよ、これってば立派な才能だぞ。
みんなの前に行き渡ったところで、いただきます。
まずはケーキからだな。
ばくりとひと口――ん? おや? あれ?
ケーキのスポンジを作ったのは、確かマリアだったなと目線をやると――。
「す、すいませ~ん!……お砂糖追加したつもりが、お塩とまちがいましたぁ~」
既にマリアが涙目となっていた。
最近ドジっ子属性も影を潜めてきたなと思っていたのだが、ここでやらかしたかこいつは……。
だが――。
「でも、これはこれで悪くはありませんわね」
「あぁ、これはこれで」
「そうだな、これはこれで」
「これはこれでですわ」
「これはこれで面白い味だな」
「あら、これはこれで」
「これはこれでいいよね~」
「俺様は好きだぞ、これ」
ユリオスくん以外のみんなが異口同音に『これはこれで』と言ったように、これはこれで悪く無い。
むしろ塩加減が絶妙なアクセントになって、生クリームとフルーツの甘みを引き立てている。
なんという怪我の功名――マリア、恐ろしい子!
面白い味なので、後でスポンジ部分のレシピを吐かせて記録をしておくことにしよう。
そんなやや塩味のするケーキを食べながら、マルオくんが思い出したように話を振ってきた。
「そうだエリス、さっき教室でコレスとガルガリアンとも話したんだが、婚約の件でこれからエリスに危害を加えようとする者が学園内にも現れる可能性があると思うんだ。 だからこれからしばらくは、私たちがなるべくエリスの近くにいようと思うのだが、その……どうだろう?」
『どうだろう?』と言われても……。
ものすごく有難い提案ではあるが、この世界の人が相手なら自分の身は自分で守れるので特に必要も無い気がする。
それに俺の身を守るために、こいつらが巻き添えを食って死ぬようなことが無いとも限らない。
だからここは、嬉しい申し出ではあるが断ろうと思ったのだが――。
「わたくしたちにも、エリス様を守らせて下さい!」
「そうですわ! あたくしたちだって、少しはお役に立てるはずです!」
「あたしも頑張ります! エリス様は、平民のあたしにもこんなに良くしてくれて……その――恩返しができるなら、したいです!」
アンとガーリ、それにマリアまでが『自分も守りたい』とか言い出した。
続いて――。
「オレたちに任せとけよ」
「そうだよー、 おいらたちを頼んなって」
「学園の中で、僕たちほど頼りになる人材はいないぞ?」
コレスにラルフくん、ガルガリアンくんが頼もしいことを言ってきた。
まったく、こいつらは。
そんなことを言ってくれるなよ……。
俺はそういうのに弱いんだよ――歳食ってからは、特にさ。
――有難くて涙が出そうになった。
誰かに親身になって心配され大切にしてもらうのは、いい歳したおっさんには本当に嬉しいものなのだ。
「みんなすまん! 実は俺様がみんなに近づいたのは、親に『マルオース王子とエリスの様子を監視して、逐一報告しろ』って言われたからなんだ! こんな卑怯な俺様を許してくれ!」
話の流れで自らの行いに罪悪感を覚えてしまったのか、告白するタイミングがここだと判断してしまったのかは知らないが、ユリオスくんがここで俺たちに懺悔をぶっ込んできた。
その話、このタイミングでする話か?――もう少し後でも良かったんじゃね?
そんなもんだから、他のみんなの反応もこんな感じだ。
「あぁ……」
「でしょうね」
「へー」
「だと思った」
「うん……」
「知ってましたわ」
「はいはい」
「で?」
完全に『今みんなで話したいのは、それじゃない』、という反応である。
俺もその気持ちには同意だが、ユリオスくんのその気持ちは汲んであげたいので、ちゃんと話を聞いてあげようと思う。
俺は悪役令嬢だが、優しいのだ!
「ユリオス、謝る必要などありません。 親の命令とあらば、背けないのは道理――それにアタクシたちには報告されて困るようなことは一切ありませんし、それが貴方の使命とあらばアタクシたちのことを余さずご両親に報告していただいても構いませんわ」
「だが……だがエリス――俺様は……!」
「いいのですよ、気に病まないで――――ところでユリオス、あなたのご両親はアタクシとマルオ様の婚約に反対しているとのことですが、それはやはり貴族としての対抗意識からなのでしょうか?」
「あぁ、それは――」
ユリオスくんがせっかく懺悔してくれたので、ついでに婚約に反対している陣営の動きとかを知っている範囲で教えてもらおう。
彼の罪悪感を突けば、上手いことペラペラと話してくれるかもしれない。
俺は悪役令嬢なので、少しだけ腹黒いのだ!
…………
ユリオスくんは色々と話してくれた。
婚約に反対している貴族たちが誰々なのかとか、反対派がどのような工作をしているのかなどを。
もちろんユリオスくんの知っている範囲だけなので、大した情報ではないが。
「あ、あと最近の噂なんだけど……王都に住む良く当たる占い師が『アッカールド王国を亡ぼす者が、3年の内に現れるだろう。 そしてその者は、レインボー学園の生徒によって王国に導かれるであろう』って予言をしたらしいんだ。 それで――」
「は? ちょっとお待ちになって……」
情報がだんだんどうでもいい話になって『そろそろユリオスくんを、黙らせてもいいかな』とか思っていたら、そんな話が出てきた。
占い師の予言なんぞという、占いなんだか予言なんだかはっきりしろとツッコミたくなる胡散臭い話だが、内容がちょっと気になる。
アッカールド王国を亡ぼす者――これはまさか、邪神か?
となると、そいつを導くレインボー学園の生徒は――マリアだろうか?
マリアの胸――心臓の辺りには、俺が見た時に黒い髑髏が視界を覆った原因であろう、拳大の黒い痣がある。
やはりアレは、邪神と関係するものなのか……?
「その噂には、続きはありませんの?」
「あぁ、続きは無い。 さっきので全部だ――それで反対派の貴族たちが言うには、その王国を亡ぼす者を導く学園の生徒が、エリスなのだそうだ」
「は……?」
イヤイヤイヤ、俺にそんなもんを導く予定なんぞ無いぞ!?
あれ? まさか俺ってば、邪神をわざわざ呼び出しといて封印するとかいう、マッチポンプをする運命にあるとかなのか!?
「そんな馬鹿なことがあるか!」
今まで黙って話を聞いていたマルオくんが、怒りの形相で立ち上がった。
こんなマルオくんは、初めて見たな。
「怒るなよ、俺様が言ってるんじゃないって! 反対派の貴族たちが言ってるんだって――エリスとマルオースが結婚したらノットール・ハイエローが外戚になり、アッカールド王国を乗っ取って亡ぼすんだって――」
「ふざけるな!」
「だから俺様が言ってるんじゃないって!」
なるほど――決してユリオスくんの言う噂を肯定するつもりは無いが、そういう風に解釈することも出来なくも無いかもしれない。
それよりも――。
俺は『待て待て』『まぁまぁ』と、コレスとラルフくんによって胸倉を掴んだマルオくんの手からなんとか逃れた、ユリオスくんに聞いてみた。
「その噂、出どころはどこか分かりませんこと?」
「すまん、俺様もはっきりとは分らん。 ただ、どこかの歌劇団の役者や絵師なんかが話していたという程度しか……」
歌劇団の役者や絵師だと……!?
となると、思いつくのはそっち方面に金をバラ撒いているあの野郎だ。
「きっと、テンバイヤー男爵ね……」
「あいつか……夏休み中に、ハイエロー家とモメた奴だな」
俺が頭を抱えて噂を流した犯人と思しきヤツの名を呟くと、今まで沈黙していたガルガリアンくんが、なるほどと頷いた。
「でも噂話じゃあ、犯人だと証明するのも無理っぽいよね~」
そうなのだ。
ラルフくんの言う通り、噂話を辿って出どころを証明するなど無理な話だ。
だからこそ我がハイエロー家も苦慮している。
報復したいが、明確な証拠が無いとこちらが悪者にされかねん。
まぁ、既にヤツの領地には大打撃を与えてあるのだが――それはそれ、これはこれである。
しかし、まぁ――。
「ここでアタクシたちが悩んでもどうにもなりませんわ。 テンバイヤーのことは、アタクシの父上にお任せしましょう――この噂話を聞いて、父上が捨て置くはずがございませんし」
例え王子であるマルオくんがこちら側の人間でも、相手はそれなりに影響力のある貴族だ、学生の身分である俺たちではそう簡単に叩きのめせるものでは無い。
イヤ、実際には俺のスキルや能力をフルに使えば、テンバイヤー男爵ごときいつでも亡き者にできるのだが、いくら『悪役令嬢』とはいえ暗殺はマズかろう。
なのでテンバイヤー対策は、ノットール父上に丸投げしようと思う。
あの父上さんならきっと、相手を震え上がらせるような報復をしてくれるに違いない。
みんなも『なるほど』『そうだね』『確かに』と賛同してくれたので、この件に関してはこの辺で。
あとユリオスくんに聞くことは何かあったろうか?
「そうだユリオス! 私がエリスに出した手紙について、何か聞いていないか?」
マルオくんが途中で握りつぶされていた俺宛ての手紙の件を思い出したらしく、たぶんダメ元だと思うがユリオスくんに聞いた。
「手紙? いや、俺様はそういう話は聞いてない――何かあったのか?」
「私がエリスに宛てた手紙が、国の役人によって止められていたのだ――そうか、やはりユリオスでは分からんか……」
「なんだそれは、やり方が姑息だな。 犯人が役人だというのなら、ガルガリアンに聞いたほうが良いのではないか?――祖父の宰相殿も、婚約に反対しているはずだろう?」
「ウチの爺さんはそういうことはやらんよ。 頑固で考え方の古い化石ジジイだが、不正な行為にだけは手を出さない。 だからこそ陛下に信頼されているのだからな――もっとも、そのおかげで時に法を無視するような強引な手段を使うノットール殿を警戒し、婚約に反対しているのだから困ったものなのだが」
結局のところこれで分かったのは、手紙を握りつぶしていた役人の背後に誰がいるのか――もしくは誰もいないのかは、我々だけでは分からんということだった。
――と、いうことで。
この件は今度はガルガリアンくんのお爺さん――宰相さんに仔細を話して、丸投げすることとなったのである。
うむ、なんだかんだで丸投げばっかしだな。
だが仕方があるまい。
我々は所詮学生の身分で、子供なのだ。
お前は中身おっさんじゃねーかというツッコミは止めてくれ。
俺は無双やらTueeeはできるが、政治だの陰謀だのというややこしいモノにはとんと弱いのだ!
しゃーないじゃん、経験とか無いんだし。
おっさんだからって、何でもそれなりにできるとか思うなよ!
できないことのほうが、多いんだからな!
「そうだエリス! 手紙と言えば――」
脳内で愚痴っていたら、マルオくんが何かを思い出したらしく鞄をゴソゴソとやりだした。
何だろか?
ゴソゴソと鞄の中から取り出したのは、たくさんの封筒。
マルオくん……これってもしや……?
「私がエリスに出して届かなかった手紙を、全て書き直したものだ。 思い出しながら書いたので一字一句同じではないかもしれないが、内容は変わっていないはず――読んでくれ」
えー……。
それは……どうなのよ。
実際にこうやって会っているんだし、わざわざ手紙を渡す必要って……無くね?
しかも多いし――確か30通以上あるんだっけ?
うむ、さすがに読むのが面倒くさい。
「返事は、急がなくていいから」
イヤ、マルオくん……。
返事書くとか、更に面倒くさいから。
腱鞘炎になりそうだし、返事は口頭でいいかな?
「さ、さぁ皆様、どら焼きもいただきましょう! 先ほど味見いたしましたが、美味でしたわよ」
口頭で返事をしたいとは言い出しにくかったので、とりあえずみんなにどら焼きを勧めてお茶を濁す。
マルオくんが、これで誤魔化されてくれるかどうか……。
「うん、本当に美味だな」
よし、誤魔化されてくれた!
どうやらどら焼きは、マルオくんの口に合ったようだ。
他のみんなも『美味しい』『美味い』と喜んでくれている。
手紙の返事は1通だけにして、あとは口頭にしてしまおう。
『アタクシはお手紙より、こうして会ってお話したいのです』とか言えば、エリスに甘いマルオくんのことだから、きっとそれで許してくれるはずだ。
みんなパクパクとどら焼きを食べているので、会話が無い。
美味しい物を夢中になって食べている時は、やっぱり言葉が少なくなるよね。
確か40個ほど作ったので1人あたり3個は行き渡るはずなのだが……すでに残り少ない。
ずいぶんどら焼きが無くなるペースが早いな、思ったが――そういや昼メシ食べて無いんだったか……。
――おや?
なにげにアンがどら焼きを1個、スカートの中に隠した。
どうやらどら焼きが皿の上から無くなる前に、確保しておこうという魂胆らしい。
アンは甘い物となると、時々こういう貴族のご令嬢らしからぬことをする。
「ラルフくん、ほっぺにあんこがついてますわよ?」
そう言ってラルフくんの頬についた餡を、指で掬ってパクリと口に入れるアン。
「あっ……」
ラルフくんの顔が、ちょっとだけ赤くなった。
イヤ、勘違いするなよラルフくん。
アンの今の行動は君に好意を持っているとかそういうのではなく、ただの食い意地だからな。
つーかアンよ、お前の口元にもしっかりくっついているぞ。
そう、くっついているのだ。
アンの口元に餡が!
――――イヤ、なんでもない。
さらっと流してくれ。




