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盗賊団の討伐

 ― 王都・冒険者ギルド ―


 フィーニア姫の乗った馬車をアルスくんが救った翌日、緊急の討伐依頼が出た。

 緊急の依頼は、ギルドから強制的に冒険者が指名されて、断ることができない。


 この緊急の討伐依頼は、今現在王都のギルドに滞在している『布』以上『銅』未満の冒険者の中から、特に切迫した依頼を受けていない冒険者を選抜して出されている。

 俺たち『黄金の絆』にも、昨日の件でアルスくんが腕が立つと評判になったようで、今回の緊急依頼が回ってきた。


 俺は困惑、アルスくんはやる気マンマンである。


 討伐の対象は『盗賊団』

 昨日フィーニア姫の馬車を襲っていた連中と同じヤツらである。


 王都のギルドマスターが、大声で指示を出している。

 均整の取れた、体格の良い壮年のおっさんだ。


「いいか手前ぇら!なんとしても騎士団より先に盗賊どもをブッ殺して、攫われた人たちを救い出すぞ!」

 そう、今回は騎士団との競争である。


 これだけでは訳が分からんだろうから、どうしてこうなったかという経緯を話しておこう。


 フィーニア姫の乗った馬車を襲ったものの、アルスくんの活躍で撃退された盗賊団であったが、撃退された後で今度は乗合馬車――人の輸送を主とする馬車を襲った。

 商業馬車と違って金目の荷物の少ない乗合馬車は、普通はあまり盗賊の標的にはならない。


 だが今回は襲われた。

 恐らくだが、フィーニア姫の馬車襲撃に失敗したことの、鬱憤(うっぷん)晴らしだろう。


 襲われた馬車は3両編成で、そこには王都に引っ越す途中のギルド職員と家族を含む、全部で35名の乗客が乗っていた。

 もちろん護衛に1パーティー4名の冒険者がついていたのだが、盗賊の数が多く守り切れなかった。

 というよりもその冒険者たちは、賊のあまりの数の多さに逃げたのだ。


 もちろんただ逃げた訳では無い。

 馬車に乗り合わせていた小さな子供を抱えて、傷だらけになっての逃亡だ。

 30人以上の盗賊に囲まれ襲われて、たった4人の冒険者では勝てないと判断した乗客が、小さな子供だけでも助けたいと劣勢だった冒険者に託したのだ。


 乗客のうち若い女性たちは(さら)われ、その他は皆殺しにされた。

 残ったのは護衛の冒険者たちが抱えて逃げた、たった5人の小さな子供だけである。


 盗賊退治は基本、騎士団や兵士の仕事だ。

 冒険者が魔物や獣相手のプロであるように、騎士団や兵士は対人戦のプロなのだ。

 だから冒険者は、護衛中に襲われでもしない限り盗賊を相手にすることは無い。


 だが今回は、俺たち冒険者が盗賊団へと向かう。

 (さら)われた女性たちを、助け出すために。


 確かに騎士団は対人戦のプロだ。

 だが、その戦闘の方針は『敵の殲滅』のみ、民間の犠牲などは無視である。

 つまり騎士団が先に賊の殲滅に取り掛かってしまうと、攫われた女性たちも巻き込まれて助からない。


 だから騎士団より先に、俺たちが助けるのだ。


「いいか! まずは助けるのが先だからな! てめぇらもゴミどもをブチ殺したいだろうが、そんな暇が有ったらまずは助けろ! わかったな!」

 王都のギルドマスターの、実質的な命令が飛ぶ。


 うおおおぉぉぉ!!――と、ギルド内のボルテージが、一気に上がった。

 冒険者たちが拳を突きあげる。

 俺とアルスくんも、熱狂に飲まれている。


 盗賊退治の始まりだ。


 ――――


 盗賊の根城は、洞窟とその入り口の脇に建てられている2つの小屋で構成されていた。

 洞窟そのものはそこそこ広いが浅く、奥行きは100mほどしか無いらしい。


 さて、ここに到着するまでに冷静になって考えたのだが、盗賊退治ということは当たり前だが人間を相手にするということである。

 異世界に来て、まさかゴブリンやスライムより先に人間と戦うことになるとは思わなかったぜ。


 戦うのは今さら回避不可として、いくら相手が極悪非道の盗賊でも、人殺しは正直気乗りがしない。

 よし、俺は攫われた人たちを助けることに専念しよう!


 ……と考えていたのだが、

 異世界の問屋さんは、そう簡単には卸してくれなかった。


 俺たちの目的は、攫われた人たちを助けること。

 それにはなるべく気付かれずに、突入・救出・襲撃を行わなければならない。

 盗賊の根城とその周辺には何人もの見張りがいるので、まずは根城の中の盗賊たちに気付かれぬよう、その見張りを始末するのが先だ。


 見張りを気付かれないように始末する、それには気付かれずに見張りに近づけるスキルが必要となる。

 そう、俺の所持している【隠密】のようなスキルが……。


 そんな訳で、俺は見張りの始末要員に抜擢されてしまった。

 乗り気はしないが仕方無い。

 仕方無いので、腹を括ろう。


 腹を括る――これは何かを成す時には、大切なことである。

 ドラマだのアニメだので初めて人を殺した時に、吐いたり腰が抜けたりという描写があるが、あれは腹を括ることができていないから、あのようになるのだ。

 腹を括ることさえできれば、何ごとも単なる作業だ。


 腹を括り【隠密】のスキルを使う。

 目が座って無表情になっているのが、自分でも分かる。

 短剣を握る手には、まだ力を籠める必要は無い。


 左側の小屋の周りを巡回している見張りに近づく。

 小屋の上に立っている別な見張りの死角に入ったところで、巡回している見張りの後ろを取った。

 後はこの手の仕事に長けている冒険者に、教わった通りに動くだけだ。


 背後から左手で、見張りの顎を上に持ち上げるようにして口を塞ぐ。

 これで瞬間だが大声は出せない。

 顎が持ち上がって無防備にさらけ出された喉に短剣を当て、一気に掻き切る。

 ブシャーっと勢い良く血が噴き出す音がするが、慣れた冒険者いわく見えていなければ小便の音と区別がつかないので、気にする必要は無いそうだ。


 力が抜けて倒れそうになる見張りをゆっくりと寝かせたところで、反対側の小屋を巡回していた見張りを始末していた冒険者と目が合った。

 サムズアップされたし。


 さて今度は小屋の上の見張りを――と上をチラ見した時に、小屋の屋根の上から大声が上がった。

「敵襲ー! 敵襲だー!」

 まさか、誰かが見つかったのか!?


 向こう側の小屋の冒険者が、撤退の合図を送ってきた。

 見つかったのは俺たちでは無い。

 失敗したのは外の巡回組か、それとも洞窟の上の見張りか、どっちを始末しに行ったヤツだ?

 初心者の俺が上手くやったってのに……。


【隠密】状態のまま、俺は盗賊の根城を後にする。

 少し離れると、俺にもそいつらが見えた。

 盗賊の根城を襲わんとしている軍団――それは騎馬に乗った、真っ赤な鎧の軍団――。


 騎士団であった。


 俺は【隠密】を解除し、冒険者たちが待機している場所へと合流した。

「おう、無事だったか。お疲れさん」

 出迎えてくれたのがどこの誰だかは知らんが、無駄に疲れたよ。


「来ちまったな、騎士の連中」

 溜息をつきながら俺がひとり言のように言うと、また別の冒険者がそれに返事をした。

「あぁ、えらく早いお着きでやがる」

 まったくだ、これじゃ俺が人殺しをした意味が無いじゃんかよ。


「姫様の馬車が襲撃されたからな、たかが冒険者なんぞに手柄を取られたら、それこそメンツに関わるとでも思ったんだろうさ」

 この集団のリーダーを任されている冒険者――王都の掲示板の前で話をした、筋肉ゴーレムことノーデル氏――が、解説をしてくれた。


 腹を括ったつもりだったが、緊張が解けたせいか両手に殺した時の手の感触が蘇ってきた。

 この嫌な手の感触も、結局は無駄になってしまった。


 赤い鎧で統一された騎士団の攻撃が始まった。

 西洋甲冑でも、赤備と言うのだろうか?


 まず炎の魔法が、小屋と洞窟の中へと放たれた。

 もうこの段階で、攫われた人たちも無事では済むまい。


 小屋は燃え盛り、洞窟内からは燃えている人間が飛び出てきた。

 肉の焼ける臭いが、辺りに充満する。

 頭の中に『晩飯に肉は止めておこう』という、言葉に出すと不謹慎なことがよぎった。


「突入!」

 揃いの赤備えの中に1人だけ金のラインが入った鎧を着た、若い騎士が突入命令を出す。

 まだ火勢が残っている小屋と洞窟に、騎士たちが雪崩れ込んだ。


 破壊音と悲鳴とうめき声だけが聞こえている。

 戦闘と思われる金属音は無かった。


 人の声が聞こえなくなり、静かになった。

 騎士団が外へと出て、先ほど突入命令を出していた若い騎士へ何事か報告している様だ。


「撤収だ」

 どうやらあの若い騎士が、1番偉いのだろう。

 撤収命令に従って、騎士団が移動を始めた。


 騎士の1人が我々冒険者へと向かって来た。

「冒険者の責任者は誰か!」

 無駄な威圧をするヤツだ、こういうヤツは立場でしか人を動かせない。


「俺だ」

 出てきたのは筋肉ゴーレムな冒険者――ノーデルだ。

 腕よりも人望で、今回の緊急依頼のまとめ役に選ばれたらしい。


「後の処理はお前たち冒険者に任せてやる。金になるんだ、有難く思え!」

 そう言い放つと、その高圧的な態度の騎士は、こちらの返答も聞かずに去って行った。


 残った俺たちは、何とも言えない嫌な空気に包まれていた。

 それを打ち消してくれたのは、筋肉ゴーレムさんの言葉だった。

「さぁ仕事だ、盗賊は適当に穴掘って埋めよう。死んだ人は――せめて街に連れ帰ってあげよう」

 後半の言葉で、冒険者全員が動いた。


 そうだ、せめて街へと連れ帰ってあげよう――と。


 幸い、地面に穴を掘る魔法が使える冒険者がいたので、盗賊の処理は楽だった。

 俺は左側の小屋の担当をしていたが、そこには盗賊の死体しか無く、仕事は死体を穴に運ぶだけであった。

 なのでそこの作業はすぐ終わったのだが、やれやれと外で一息ついたところで別口から声が掛かった。


「そっちが終わったんなら、こっち手伝ってくれ。まだ連れて帰る人がいたんだ」

 そう言われて向かった先は、ゴミを捨てる穴だった。


 穴の中には2人の女性がいた。

 1人は全身に痣があり、1人は下腹部を切り裂かれていた。

「おい、まさか、これ……」

 一緒に遺体を引き上げていた冒険者の1人が、急にゴミの中をかき分け始めた。


「どうした?」

 別な冒険者が問いかけたが、そいつは聞こえないかのようにゴミをかき分ける。

 やがて何かを見つけ、大事そうにそれを両掌ですくいあげた。


「もう1人だ……見つけた」

 掌には、血とゴミにまみれた、まだ生まれていない――イヤ、いなかったであろう小さな人がいた。

 その小さな人には、まだへその緒がついたままだった。


 やり切れない思いと、よくぞ見つけてくれたという思いで――。


 俺は泣きそうになった。


 ――――


 街に戻り、ギルドで今回の緊急依頼の報酬を受け取る。

 ランクに関わらず、一律5000円――安い……。

 その代わり、今夜の酒と飯はギルド持ちだそうだ。


 ただし酒はビールで最初の1杯のみ、もっと飲みたければ勝手に自腹で飲めとのこと。

 ケチくせーな、せめてビールだけでいいから飲み放題にしろよ。


 アルスくんと一緒に、適当な冒険者連中と飯を食う。

 俺は海老天丼、アルスくんはミノタウロスのステーキ。

 肉食うんだ……アルスくん、けっこうメンタル強いね。


 盗賊討伐の話はせずに、適当な話で盛り上がったつもりだが、頭の隅にはやっぱり残っている。

 殺した盗賊のことなどどうでもいい、思い出すのはゴミの穴の中の女性と、生まれなかった小さな命。


 人殺しの感触が残っているその両手を、良くやったと褒めている自分に気が付いたのは――。


 1杯目のビールを飲みほした、すぐ後であった。

たまにこんな話もブッ込みます。

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