配達されない三十余通の手紙(前)
長くなったので分割しました。
結局夏休みは、ほぼステイホームで終わった。
思い出は、弟妹と過ごした日々だけである。
いいんだけどね。
アナキンもアリスも良い子たちだし。
さて、夏休みも終わりということで、俺は王都レイガミルにあるハイエロー家の屋敷へと移動していた。
もちろん大量の護衛に守られて。
そして王都に来てからも、ステイホーム。
さすがに飽きたので、早く2学期が始まってほしい。
アンとガーリとマリアが遊びに来てくれるのが、唯一の救いか……。
遊びにと言っても、半分は鍛錬と勉強だけど。
あとの半分は何をしていたかと言うと、他愛のない雑談とお菓子作りだ。
なにげにスキルに【お菓子作り:初級】のスキルがあったように、実はエリスはお菓子作りが趣味だったりする。
マリアもお菓子作りは得意であり、砂糖の産地が領地であるアンもお菓子を作る。
ここまで包囲網を作られるとガーリも仲間外れにはなりたくないので、お菓子作りに参加。
かくして残りの夏休みの暇つぶしは、お菓子作りがメインとなったのである。
ちなみに今は、ケーキ作りの真っ最中。
マリアが生クリームをデコレーションして――。
いよいよ俺の見せ場だ。
俺は【飴細工】のスキルをフルに使い、飴糸の装飾や花なんかを模って、ケーキの上を煌びやかに装飾する。
ふむ、こんなものか。
完成品を改めて眺めてみれば、マリアの生クリームのデコレーションと相まってなかなかに素晴らしい見栄えである。
もちろん見栄えだけではなく、味だって口に入れるとふわりと広がる優しい甘さの飴だ。
マリアと言えば、夏休み前とは見た目が変わった。
ダイエットに成功したとかではない。
メガネを外したのだ。
夏休みの間に、マリアは【聖治癒】の魔法と【範囲聖回復】の魔法を覚えた。
そのうちの【聖治癒】の魔法を自分に掛けたらド近眼が治り、メガネを外せるようになったのである。
今まで掛けていたメガネが、ファッションやおしゃれなどとは程遠いゴツい黒ぶちのぐりぐりな瓶底だったので、現在のマリアの顔の印象はかなりスッキリとしている。
正直これまではメガネの印象が強すぎて、マリアのパッチリくりっとした目はほとんど印象に残らないほどであったが、肉体改造にそこそこ成功したこともあって、その目は可愛らしい顔立ちを更に引き立てていた。
これはきっとモテる――とまではいかないが、そのドジっ子天然属性な性格もあり、彼女は既に『ポチャ可愛い』のカテゴリーに入るだろう。
そろそろマリアを本格的に、攻略対象キャラの誰かとくっつける計画を進めてみようかな……。
とりあえず好きな人の話みたいな、女子トークでもしてみるとするか。
――それはさておき。
もう夏休みも終わりなのだが、実は俺は少し物足りなさを感じている。
夏休みの終盤にありがちな風物詩が無いのだ。
そう、それは――。
『宿題が終わらないよ』的なアレである。
夏休み中ステイホームだった俺はもちろん早々に夏休みの宿題を終えたし、アンとガーリも家庭教師主導で計画的に終えている。
頼みのマリアも基本的に真面目な子なので、しっかりと宿題は終えていた。
――なんか物足りない。
4人もいるんだから、誰か1人くらい『夏休みの宿題が終わらないよ~』と半泣きになっていても良さそうなものなのに……。
世の中とは、ままならないものである。
まぁ、それはそれで残念だが仕方が無いとして……。
ところでアンよ、今切り分けたケーキなのだが――。
なんかお前の分だけ、大きくね?
お前のダイエットの成果が、マリアに比べてイマイチなのって――。
その辺が原因なんじゃないのか?
――――
― 8月末日・深夜 ―
明日から9月となり、いよいよ2学期が始まる。
夏休みに入ってすぐの7月の頭に海水浴イベントがあったっきり、残りの夏休みのほぼ2か月間は恋愛イベント的なものは全く起きていない。
当然マルオくんとの仲も、何の進展も無かったりする。
実は帰省している間に何度もマルオくんに手紙を送っていたのだが、返事は1通も来ていない。
それどころか『手紙を書くから必ず返事をくれ』と言ってきたマルオくんからも、夏休みの間全く音沙汰が無かった。
最初は『何故だろ?』と不思議だったが、ちょっと考えればだいたい察しはつく。
誰かが途中で握りつぶしているのだ。
そんなもの学園で俺とマルオくんが会ってしまえば、すぐにバレてしまうことなのだが、それでも夏休みの間にマルオくんの気持ちを揺さぶる武器にはなるだろうからな。
ノットール父上さんに聞いたところ、夏休み中の王都は激しい政争状態だったらしい。
俺とマルオくんの婚約を成立させるか否かで、ハイエロー陣営と反ハイエロー陣営が水面下の綱引きでバチバチとやり合っていたのだそうだ。
曰く、この間のテンバイヤー男爵との一件も、どうやらその綱引きの一部だったとか。
本当はあの時、ノットール父上さんはなかなか話の進まない婚約話を動かすべく、俺がレベル上げをした後ですぐに王都へと向かう予定であったのだそうだが、テンバイヤー男爵の動きはそれを邪魔するためのものであったらしい。
これは我がハイエロー家の優秀な影の者たちが集めてきてくれた情報なので、たぶん確かなはずだ。
つまりテンバイヤー男爵の動きは、単独での企てでは無かったということである。
なるほど、和睦の仲介の使者が早かったのもむべなるかな。
王家内部の反ハイエローも共犯だったらしい。
王家の内部にも、俺とマルオくんの結婚に反対している者は多い。
どうやら結婚したらハイエロー家の影響力が強まり、アッカールド王国を好き放題にされると危機感を抱いているらしいのだ。
ちなみにその中には、王国宰相グレグリン・バイアオン――ガルガリアンくんのお爺さんも含まれている。
宰相だけあって影響力も強いこの爺さんのおかげで、どうやら婚約を巡る綱引きが互角になっているらしいのだ。
つーか攻略対象キャラのうち、2人が反ハイエローの側の家の人間とか、やり辛いにもほどがあるぞ。
もっともガルガリアンくんはお爺さんのやり方には否定的らしく、どちらかというと俺とマルオくんの味方という立場に立ってくれているし、ユリオスのヤツも俺をライバル視はしているけど、敵対しているという感じではないので助かってはいるのだけどさ。
――そろそろ時間だな。
《9月1日になりました。 秋の『恋のどきどきイベントスロット』が始まります》
もう既にマルオくんとの婚約手前までは来ているが、できればもっと好感度を上げておきたいのでイベントは大歓迎。
たとえそれが他の攻略対象キャラであっても、好感度が上がれば敵にはならずに済むだろうし、決して悪いことにはならないだろう。
ということで――。
スロットよ、始まるがよい。
俺の目の前に半透明のピンク色をしたスロットの筐体が現れ――。
《スロット、スタート!》
―回転中― と ―回転中― で ―回転中―
スロットのリールが回り始めた。
さて、誰が出るかな?
左側のリールの動きがゆっくりとなり、停まる。
<ラルフ> と ―回転中― で ―回転中―
あれ? 今回ラルフくん1人だけ?
今までのスロットの結果が複数人だったので、なにやらお得感が無くてつまらぬ……。
そして真ん中のリールも停まる。
<ラルフ> と <中庭> で ―回転中―
ふむ、学園内イベントか。
さてさて、果たしてなにをするのかなー。
最後のリールが停まった。
<ラルフ> と <中庭> で <お弁当を食べる>
おう……。
なんか普通だ。
ここではたと思った。
ちょっと欲張り過ぎかな?……と。
そもそも恋愛なんて、こういう小さなイベントの積み重ねじゃないか。
イベントが劇的なものばかりなんてのは、たぶんドラマの中だけだ。
それに学園モノの乙女ゲームなんてものは、3年間掛けて仲良くなるものなのであり、設定的に今はまだ序盤のはずだ。
ならばお友達くらいが、進展度としては丁度良いはず。
――と、いう訳で。
ラルフくんとは、とりあえずお友達を目指そう。
――――
― 次の日 ―
今日から2学期。
屋敷から出られるのが嬉しすぎて、ちょっぴり早く学園に辿り着いてしまった。
教室にはまだ、ポツリポツリとしか生徒は来ていない。
だいたいいつも近くにいる2人――アンとガーリと話していると、待ち人来る。
ガラリと勢いよく教室の扉を開けて、マルオくんとコレスが入ってきた。
「あら、お久しぶりでごさいますね。 マルオ様、コレス、ごきげ――」
「エリス! 会いたかった!」
俺を教室内に見つけるなり、挨拶もそこそこにマルオくんが駆け寄ってきた。
そしてがっしりとハグ。
落ち着け、マルオくん。
会いたかったのは分かったから。
とりあえずこちらも、ハグされたままマルオくんの背中をポンポンと叩いておく。
そして待つ――。
――離れねーな。
もう1度、背中をポンポンしてみる。
う~む、まだ離れない。
なかなか離れないので、そろそろ後頭部でも叩いてやろうかと思ったところで、ようやく別なところからのツッコミがあった。
コレスである。
「マルオ……いいかげん離れろよ。 エリスも困ってるぞ」
うむ、良く言ったぞコレス。
褒めてつかわす。
「嫌だ、放したくない」
こらこら、そこは離れようよマルオくん。
こちらとしては離れて欲しいのだが――さて困ったな。
仕方が無い、奥の手だ。
ここはか弱い女子っぽさを醸し出してみよう。
「あの……マルオ様、苦しいですわ……」
「えっ、あっ、すまないエリス」
慌てた様子で、ようやくマルオくんがハグから解放してくれた。
当然ながら、俺が苦しいなどと言ったのは嘘っぱちである。
マルオくんがこちらの顔をじっと見ている。
見つめ合う気は俺には無いので、どうせそのうちすることになる話にでも持ち込もう。
「マルオ様ひどいですわ。 『手紙を書くから必ず返事をくれ』とおっしゃったくせに、手紙など1度も届きませんでしたわよ――アタクシのほうは、何度もお手紙を差し上げましたのに」
わざとらしく頬をふくらませ、ちょっと怒ったふりをしてみた。
別にマルオくんが悪い訳でも無いのだが、ここは話の主導権を握るための駆け引きというヤツだ。
「それなのだが――どうやら誰かが手紙を止めていたようなのだ」
「まぁ! そうなのですか!?」
これもわざとらしく驚いてみせたのだが――そうかマルオくんも、誰かが手紙を止めていることを知っていたか。
なら無用の誤解を解いたり、面倒な説明なんかをしなくても済むな。
これは助かる。
手紙を出したの出さないので修羅場になるとか、面倒以外の何物でもないもの。
「実はそうなのだ。 私が30通以上も手紙を出したのに、エリスから何の返事も無いなどおかしいと思っていたらそういうことだった――今、止めていたのは誰かを調べさせているところだ」
「そう……だったのですね……」
マルオくん、30通以上もお手紙書いてたのね……。
ごめん、それはちょっと引くわ……。
――ガラッと教室の扉が開いた。
「おはよー。 あ、マルオ、おいらの開発した魔法、役に立った?」
緑色の魔法少年、ラルフくんである。
「あぁ、大いに役に立ったぞ」
聞かれた当人では無いが、開け放たれた教室の扉からそう言いながら入ってきたのは、我が1年A組の青の賢者、ガルガリアンくんだ。
「どうだった? ガル」
「手紙を処分していた犯人は見つけた」
ほう、犯人を見つけたとな?……つーかそれより、マルオくんってガルガリアンくんのことを『ガル』って呼んでるの? いつの間に?
海に行った時はまだ『ガルガリアン』って普通に呼んでたじゃん!?
「おいらの魔法のおかげだよね」
「確かにあの追尾魔法は役に立ったが、そう恩着せがましく言うなよラルフ」
孤高の人だったガルガリアンくんと、我が道を行く人のラルフくんも、なんか仲良しに見えるし……。
みんないつの間にそんな仲良しになったん?
そこんとこ気になるんで、ちょっと詳しく……。
…………
詳しく話を聞いてみた。
どうやら始まりは、手紙の件を不審に思い調査をしたいと考えていたマルオくんが、家人の者は今ひとつ信用できぬからと、クラスメイトで俺とマルオくんの婚約に肯定的な立場であるガルガリアンくんに相談したのが最初らしい。
その後ガルガリアンくんが『あいつの魔法は使えるし、頭も悪く無いから』とラルフくんを巻き込み、3人でどうすればいいかを相談したのだそうだ。
で、まずは手紙に封をする時に使う封蠟に魔法で印を着け、王家の出す手紙を一括して扱う部署を建物の外からスキャンする魔法で調べた結果、魔法の印の反応が無くそこには届いていないのが分かったらしい。
どっかのスパイ映画みたいなことやってたんだね、君たち。
次に彼らは、届いていないのならば何処で消えているのか――誰が消しているのかの調査を始めた。
これはやはりまたマルオくんが俺宛てに手紙を出し、今度は封蠟に発信機能の魔法を付与しての調査だ。
今度は広い役所内全てが調査対象ということで、外から魔法で調べるという訳にもいかず、ガルガリアンくんが『役所内の見学』という名目でわざわざ潜入しての調査をしたとのこと。
これで見つからなかったらあとは城の内部を調べることになるが、学園が始まってしまうとマルオくんが手紙を書く理由も無くなってしまうのでどうしようかと思案していたところ、ギリギリのとこでガルガリアンくんが手紙を処分しているヤツを見つけ出したらしい。
――てなことを夏休みの間やっていたおかげで、すっかりこの3人は仲良くなったのだそうだ。
なんか楽しそうで羨ましい……。
こっちは夏休み中、ずっと軟禁されていたというのに……。
ちなみに手紙を密かに処分していた犯人は、流通関係のそこそこな地位の役人だった。
背後関係については調査する方法も分からなければ、信頼出来て使える人材もいないといいうことで、追うのは断念。
王家の使用人も国の役人も、調査などができる人材が俺とマルオくんの結婚反対派と通じている可能性を捨てきれず使えないので、これは仕方あるまい。
王家内部はもう、どこもかしこも誰が賛成派で誰が反対派なんだか、グチャグチャで訳わからんのですよ。
好き同士で結婚したいんだから、本人たちの好きにさせてやってくれないかな……。
まったく、乙女ゲームの世界なんだからさ――。
もっとシンプルに恋愛させてくれよ……。
…………
始業式も終わり、今日の学園はこれでおしまい。
夏休み中ずっと屋敷に引きこもらされてきた身としては、ぶっちゃけまだ帰りたくない。
名残惜しいなとカバンを持ったところで、教室内に絶叫が響いた。
「あー! 今日って午前中で終わりじゃん! 弁当いらないじゃ~ん!」
絶叫の主は、ラルフくんであった。
ほう、弁当とな。
正直もう午前の11時を過ぎているので、小腹も空いている。
お弁当のおかずは何だろう?
唐揚げとか卵焼きがあれば、1口もらえないかなー。
とか食欲に負けたことを考えていたが、ふと思い出した。
そういや『恋のどきどきイベントスロット』で、『ラルフ』くんと『中庭』で『お弁当を食べる』とかいうイベントを引いたっけな……。
「どのようなお弁当か、見せて下さいな」
さりげなーくちょこちょことラルフくんに近づき、お弁当を見せてとお願いしてみた。
もちろんこれは、スロットイベントに乗っかるためである。
あと、美味しそうな物があれば、ついでにひと口食べたいので……。
「いいよ~、ちょっと待ってね」
ラルフくんが包んである布の結び目をほどき、ちょっと大きめのお弁当箱の蓋を開けると、そこには――。
「あら、素敵……」
お弁当箱の中には、少しのご飯と――唐揚げ・卵焼き・ウインナー・フライドポテトという、4種のおかずが入っていた。
やべー、これはつまみたい。
こっちの世界に来てからというもの、いかにもな貴族様御用達の料理ばかりで、この手の定番おかずに俺は全くお目に掛かってはいない。
学園で食べる弁当でさえ、昼休みにメイドが三段重ねの重箱で持ってくる、贅を尽くした食事なのだ。
せめて唐揚げと卵焼きだけでも食べたい……。
「いいでしょ~、全部自分で作ってるんだよ~」
「そうなのですか? それは……素晴らしいですわね」
ラルフくんが、手作り弁当男子だったとは知らんかった。
しかも領地は持っていないものの、王家に仕える裕福な貴族の家の子なのに。
「でしょでしょ、お料理って楽しいんだよ~。 お料理は魔法学と同じで、ちゃんと正しく組み立てれば美味しいものができるのさ~」
なるほど、『料理は科学』みたいなもんか……。
あれ? 違うかな?
まぁいい。
そんなことより――。
「どれかひと口、いただける?」
俺としては、ぜひともこのお弁当をつまみたい。
周囲の目が『おいおい、侯爵令嬢ともあろうものが他人の弁当を食いたがるのか?』と、非常識な人間を見る目になっているが、そんなものを気にするつもりも無い。
何故なら俺は、いずれ書く予定の『悪役令嬢モノ』の小説で、チート系主人公になる予定だからだ!
チート系主人公が非常識なヤツというのは、『なるぞ系小説』では定番だしな!
「いいよー、どれ食べる? あ、待って――天気がいいから、どうせなら中庭で食べようよ。 きっと気持ちいいよ~」
「あら、それは楽しそう――ちょっとしたピクニック気分が味わえそうですわね」
やはりスロットイベントの通りにお弁当は中庭で食べる流れになったので、素直に乗っかることにする。
それに実際、中庭で食べるというのも楽しそうだしね。
中庭に移動しようとしたら、アンとガーリとマリアも一緒について来ると言う。
あれ? 2人っきりじゃないの? とか思ったが、考えてみれば春のイベントだってアンとガーリ――それに騎士の皆さんが一緒だったので、たぶんこいつらは数に入らないんだなと納得して5人で教室を出た。
ちなみに念のためとマルオくんとコレスとガルガリアンくんにも声を掛けたのだが、『後で行く』とマルオくんに返事をされただけであった。
どうやら3人で何ごとかを熱心に話したいらしい。
もしかして婚約絡みの話でもするのかなと思ったが、それならラルフくんも交えるだろう。
男3人で話したいこと――。
まさか…………エロトークか?
それなら女子抜きで話したいというのも理解できる。
うむ、ここは詮索するのは止めよう。
俺はその辺、理解のあるおっさんなのだ!
中庭に到着して、手入れが行き届いた青々とした芝生に座る。
お弁当を広げて、いざ実食だ!
「唐揚げをひとつ、いただこうかしら」
「どうぞどうぞ~」
ラルフくんの許可も得たところで、つまようじを突き刺し小振りに作られた唐揚げをひとつ、口の中へ。
もぎゅもぎゅ…………美味い。
口が唐揚げに飢えていたというのもあるだろうが、味付けもすごくいい。
特にこの、食べた後にキスとか絶対にしちゃいけないよね感のある、しっかりニンニクとショウガの効いた醤油ベースの味が、まさに食べたかった味なのだ。
「絶品ですわ」
「でしょでしょ~、他のも食べてみてよ」
「ではこの、卵焼きを」
引き続きつまようじで、厚焼きの卵焼きをひと切れ突き刺し、口の中へ。
もぎゅもぎゅ…………ふむ、甘い系か。
甘い卵焼きというのは好き嫌いが分かれるらしいが、俺は嫌いでは無い。
つーか、これもなかなか美味いなー。
「あの……あたしも食べていいですか?」
「いいよー」
マリアが我慢できなくなったらしく、ラルフくんに許可をもらってウインナーに手を出した。
それを見てアンとガーリも『わたくしも』『あたくしも』となり、心の広いラルフくんは『どうぞどうぞ』とみんなに勧めてくれた。
ラルフくん本人がいいと言っているのだから構わないのかもしれないが――。
君たち、ちょっと食べる量が多くね?
なんかもう、お弁当箱のおかずスペースが空になりそうなんすけど……。




