夏と水着とバーベキュー
当人同士の口約束ではあるが、マルオくんとエリスの婚約が決まった。
もしかしたらこれは、ゆくゆくは『婚約破棄エンド』に繋がっていくフラグだったのかもしれない。
だが踏んでしまったフラグは、もうどうにもならない。
今更『取り消します』とはさすがに言えないだろうし、仕方ないのでこれからは婚約破棄にならぬよう学園生活を送るしかない。
とりあえず思いついた策は1つ。
婚約後のマルオくんの好感度を維持、もしくは上げて婚約破棄を回避することだ。
幸いにもまだ好感度の上昇する余地がありそうなので、この際少しずつでも上げてしまおう。
――と、いう訳で。
俺はまだ公開プロポーズの余韻の残る教室で、とある提案をクラスメイトたちにするために、教壇へと上がった。
「ところで皆さん、総合で1位となったアタクシから提案があります」
たった今プロポーズを受けたばかりの俺が、何を言い出すのかと興味津々でみんながこっちを見ている。
実際にできるかどうかは分からないが、これから提案しようと思っていることは、学園モノの夏には欠かせない重要イベントである。
そのイベントとは――。
「夏休みに入ってすぐに、クラス全員で海に行きませんこと?」
そう、夏の海――水着回だ!
「海?」「海ですか?」「海だって!?」
ざわ、ざわ……と、教室内がどよめく。
「泳ぐには、まだちょっと早いんじゃねーの?」
さすがスポーツ系男子のコレス、反応が早い。
確かに夏休みに入ってすぐだと7月の頭、まだ海の水は泳ぐほどには温かくなっていないかもしれない。
だが違うのだよ、目的が。
今回は泳ぐのではなく、水着が目的なのだ!
あ、言っておくけど俺が女子の水着姿を見たいとか、そういう理由では無いぞ。
逆だ、逆。
俺はエリスの水着姿を見せつけたいのだ――マルオくんに。
そう、これはエリスの水着姿をマルオくんに見せて、好感度を更に上げよう作戦なのだ!
ぶっちゃけエリスの体形はまだセクシーとは言い難いが、好きな女の子の水着姿なら男の子は見たいはず。
マルオくんの好感度を上げて、婚約破棄エンドを駆逐するのだ!
――あ、いけね。
まだ海に行くという提案の途中だった。
「確かにまだ少し早いかもしれませんが、皆さん夏休みには領地へお戻りなされてしまうでしょう? 無理なくクラスの皆と行動するには、お休みに入ってすぐの時期しかありませんわ」
「なるほど、確かにそうか」
コレスが納得したところで、一応本命のご意向を窺ってみよう。
まさか嫌だとか言わないよね?
「マルオ様のお考えはいかがです? 皆で海に行くのはお嫌でございますか?」
「えっ?……あぁ……うん。 いいんじゃないかな?」
どしたマルオくん? なんか今ボーっとしてたろ?
ははぁ……さてはマルオくん、エリスの水着姿を妄想してたな?
よしよし、健全な男の子はそうでなくちゃ!
いよっ! 妄想男子!
まぁこれは、イケメン男の子だから許されるヤツだけどねー。
俺くらいのおっさんになると、その手の妄想をするとだいたい漏れなくキモいと言われるんだなコレが。
「王家のビーチって、使えるのか?」
マルオくんのひと言で、みんなで海に行こう計画が決行に傾きつつあるところに、コレスがそんな話をマルオくんに振った。
王家のビーチって、そんな良さげな場所があるの?
「そうだな――私が言えば問題無く使えるとは思うが――」
そこまで言って、ちらっと俺のほうを見るマルオくん。
ほうほう、なるほど――イヤ、みなまで言うな、分かっておる。
「でしたらぜひ――アタクシのお願い、聞いてくださりますか? マ♡ル♡オ♡さ♡ま?」
上目遣いでお願いしてみたら、マルオくんの顔が赤くなった。
うむ、俺もなかなか女の子としての仕草が上手くなったものだ。
ちょいちょい鏡の前で練習した成果だな、うんうん。
――そこのお前、キモいとか言うな。
「もちろん、エリスがそう言うのなら」
よっしゃ、王家のビーチげっとぉ!
ハイエロー家の人間が主催で王子様が参加、しかも王家のビーチまで提供してくれるときたもんだ――これならクラスのみんなも断り辛かろう!
――と、いうことで。
夏休みは、海だぜ!
――――
そして夏休み。
さすがにクラス全員というのは無理があったようで、参加人数は全部で21人となった。
王家のビーチまでは馬車で10時間ほど掛かってしまうので、海に行くということはすなわちお泊りをするということにもなる。
もちろん若い男女だけのお泊りなど許してはもらえないので、泊まるのは王家の別荘で騎士たちをメインとした大人たちの監視付きである。
なんか修学旅行みたいで楽しい。
この世界――というか学園には修学旅行などというものは無いので、みんなでお泊りみたいなイベントは、自分たちで言い出して企画しないとまずあり得ない。
なので今回のクラスで海へ行くというイベントは、参加できた生徒たちはとても楽しみにしていたらしい。
1日目は昼間はずっと移動、夜は食事とちょっとしたゲームをしておしまい。
寝る時は修学旅行よろしく大部屋で女子トークをすることになるかと思いきや、1人1人に個室が与えられたのでその辺の盛り上がりは無かった。
さすが王家の別荘。
部屋数が半端ないぜ。
そして2日目は、いよいよお待ちかねの海だ。
朝っぱらから潮風に吹かれてやるのだ!
その前にまずは水着に着替えよう。
つーか、メイドさんに着替えさせてもらうのだが……。
過保護だよね。
ちなみに俺の水着は、フリルの付いたパステルイエローのワンピース。
お肌の露出は控えめだ。
もう少し露出の多い水着でマルオくんを悩殺したかったのだが、水着選びの際にメイドにチクられて、保護者に監視役を命じられている家宰からの許可がもらえなかったのだ。
そこはお仕事とはいえ、もう少し融通を利かせて欲しいものだよね。
ちなみにアンとガーリもそれぞれのパーソナルカラーの、パステルブルーとパステルグリーンのワンピースである――もちろんフリル付きの。
――で、全員が露出の少ないワンピースでは面白く無いので、マリアにはビキニでも着せてやろうと思ったのだが、ここで問題が起きた。
当のマリアが断固としてビキニを拒んだのである。
いいかげんマリアに懐かれていると思っていた俺は、ぶっちゃけ当惑。
春からの肉体改造でかなりのポッチャリ体型から普通のポッチャリ体型になったとはいえ、まだぷにっとしている肉体でビキニを着るのがそんなに嫌なのだろうかと質問して見たら、理由はそんなもんとは全然違っていた。
「あたし、背中に変なまだら模様の真っ白な痣があるんです……それに、左の胸にも真っ黒な痣があって……」
なるほど、それでビキニの水着を着るのが嫌なのか。
でもそういうのって、本人の思い込みで大袈裟に感じるってケースもあるからなー。
「ならその痣というのを、アタクシに見せてごらんなさいな。 隠したほうが良いかどうか、判断してあげますわ」
「で、でも……」
「アタクシを信じなさい。 決してマリアの悪いようにはしません」
頑張って俺がそう説得すると、これまでの信頼関係の構築が上手いこといっていたおかげか、マリアが着ていた服を脱ぎ背中を見せてくれた。
その時だった――。
真っ白な一対の翼が、俺の視界いっぱいに広がった。
それは美しく純白に輝く――――天使の羽。
思わず見惚れた俺が、はっと我に返ると目の前にはマリアの背中――。
そこには真っ白な――元から白いマリアの肌よりも更に真っ白なまだらな痣が、両肩の肩甲骨のやや内側から背中側の肋骨を覆うように広がっていた。
今のは、いったい……?
「確かにこれは隠したいのも無理はありませんわね」
「せっかくマリアのお肌は美しいのに」
一緒にマリアの背中を見たアンとガーリが、何ごとも無かったかのようにマリアの痣の話をしている。
あれ? これはもしかして……。
「アン、ガーリ……あなたたち、羽が見えたりはしませんでした?」
「羽……ですか?」
「いいえ、わたしは何も」
なるほど、さっきの純白の羽は俺にしか見えなかったのか……。
気のせいだったのかな?――にしては、えらい鮮烈なイメージだったぞ?
俺がさっき見た羽について考え込んでいたら、マリアがこちら側を向いて胸を見せてきた。
「胸の痣は、こんなのなんです……」
今度は真っ黒な髑髏が、俺の視界を覆った。
何も無い眼窩は確かにこちらを見据え、表情の無いはずのその顔は何故かニヤリと笑みを浮かべたように見えた。
髑髏はすぐに消え、目の前には恥ずかしそうにしているマリア。
胸の痣――真っ黒で拳大のその痣は、ちょうど心臓の位置にあった。
痣の形は普通にやや歪んだ円形で、間違っても髑髏の形では無い。
これも気のせい――と言うには、さすがに無理があるな。
アンとガーリの反応を見ると『このくらいならまだ』『でも隠したほうが良くありません?』などと、やはり髑髏など見ていないという反応だ。
マリアの背中と胸の2つの痣と、俺だけに見えた『天使の羽』と『黒い髑髏』
これはいったい何を意味するのか――。
これからの物語にどのように影響するのか――。
それはまだ、誰にも分からない。
――こともない。
だいたい俺のスキルの最後に【邪神封印】なんてスキルを勝手に追加してる時点でこんなもん、それなりに想像つくじゃん。
背中の痣と『天使の羽』はマリアの持ってるチートか何かで、実は天使だったとか聖女だったとか、どうせそんな感じっしょ?
胸の痣と『黒い髑髏』はもう、邪神関係の何かで決まりだろうし。
だから【邪神封印】なんてネタバレしちゃうスキルは、止めておくべきなんだってば。
まったくもう……。
…………
天使の羽やら黒い髑髏やらのことを考えるのは止めた。
どうせそのうち分かるだろうし。
それよりも今は海だ!
せっかく水着に着替えたのだから、いざビーチへ!
――うむ、風が涼しい。
空はやや雲が多く、太陽がかくれんぼしているので日差しも無い。
おかげでアンとガーリとマリアも、ちょっと肌寒そうだ。
結局痣を隠すことにしたマリアだが、全員が露出の少ないワンピースでは面白く無いので、ひとりだけヘソ出しのワンピースにしてやった。
かなりのポッチャリ体型から普通のポッチャリ体型へと肉体改造に成功したマリアであったが、やはりまだパステルピンクの水着からは余分なお肉がハミしている。
それでもかなり、いい感じに健康的にはなってきていると思うんだよね。
今回の水着姿で、上手いこと攻略対象男子を悩殺できると良いのだが……。
マリアにもちゃんと幸せになってもらわないと、邪神とやらが出てきそうで怖いんだよね。
しかもついさっき、フラグっぽいのを見せられたばっかしだし……。
さて、せっかく水着に着替えて海へと出てきたのだから、まずはそもそもの目的の相手に見せねば意味があるまい。
マルオくんはどこに、と……いた。
一緒に居るのはコレスと――。
ほう、ガルガリアンくんとラルフくんも一緒なのか。
参加している攻略対象男子が勢ぞろいとか、これはまた都合がいいな。
ちなみにユリオスくんは、今回参加していない。
俺とマルオくんの件で、親にガッツリ怒られたからだ。
怒られたのは、もちろん婚約の件。
まだ正式な婚約ではないが、マルオくんが俺にプロポーズをしたことは瞬く間に噂になった。
それを耳にした、我がハイエロー家をライバル視している現キーロイム家の当主――つまりはユリオスくんの親父さんが『なぜお前はそのような暴挙を、黙って指を咥えて見ていたのだ!』とユリオスくんに対して激怒したらしいのだ。
要するに『なんで邪魔をしなかったのだ』ということらしい。
イヤ、あの空気の中で邪魔するとかできんて。
それにプロポーズされた俺だって、あれは不意打ちだったし。
ユリオスくんの親父さんも無茶言うよね。
婚約の件はキーロイム家だけでなく、もちろん他のところにも大いに波紋を広げた。
なにせ王国でも群を抜いて巨大な権力を持つハイエロー家と、次期王となる予定の第1王子との婚約なのだ。
実際に結婚して外戚となってしまったら、もう誰もハイエロー家には物申すこともできなくなると、世間ではどうやら思われているらしい。
なので反ハイエロー派閥の貴族はもちろん、王派閥や王家の臣の中にも反対する者が多い。
プロポーズして即婚約とはいかないのは、その辺りの思惑が激しく抵抗しているからである。
特にハイエロー家と反目している連中にとっては、俺とマルオくんの結婚はまさに死活問題なのだ。
ぶっちゃけそのせいで我がハイエロー家でも、警備がものすごく厳重になった。
もちろんこれは、俺の暗殺を防ぐためである。
その可能性を聞かされた時は『マジかよ、怖えーな』と思ったのだが、良く良く考えてみたら俺に対して暗殺を仕掛けるとかは、俺がエリスの中の人である限り無理ゲーな気がする。
なんせエリスの中身であるこちとらは、毒は無効にできるし【気配察知】で不審者はすぐに分かるし、あげくに【真・暗殺術】を極めている対人戦特化のおっさんなのだ。
よほどの手練れたちが大規模な軍団で襲ってでも来ない限り、暗殺者など瞬殺で返り討ちにできる自信はあったりする。
俺は、こと暗殺に限って言えばマジでヤバいおっさんなのだ!
そんな訳だから、本当は警備とか厳重にする必要は無いんだけどなー。
立場上こういうのは仕方が無いんだろうけど。
ちなみに今回の海水浴は、王家の騎士さんたちが警護を全面的に引き受けてくれている。
ウチのノットール父上さんも警護の騎士を出したがっていたが、それは王家の人に断られたらしい。
「お待たせ致しましたわ、皆さま」
男子たちのところに到着したので、なにやら談笑している彼らに声を掛けた。
水着姿を見た時の反応――特にマルオくんの――は、上々のようだ。
みんな女子の水着姿に視線がくぎ付けとなっている。
特にマルオくんは『お、おう……』と返事をしてから、俺から目が離せないようだ。
ピンピロピロピロリーン♪
《マルオースの好感度が"大幅に"上昇しました》
分かりやすいなおい。
つーか相変わらず、マルオくんはチョロい。
ふむふむ。
さっきから俺の脚を重点的に見ているな。
なるほどマルオくんは脚フェチか……。
覚えておこう。
雲に隠れていた太陽が、顔を出してきた。
日差しがあるとまだ時期的に早いとはいえさすがに夏、涼しいがあっという間に暖かいに変わる。
「ひ、日差しが出て来たようだな」
「そうですわね」
マルオくんがどうやら水着姿をガン見していた自分に気が付いたようで、誤魔化すように日差しに言及してきたから適当に相槌を打ってあげた。
大丈夫だよ、俺の中のエリスも『こいつエロい目で見てやがんな』とか思ってないから安心しな。
「じゃあそろそろ海に入ろうよ!」
「待て待て、まずは準備運動だ!」
ラルフくんとコレスは、もう海に入りたいらしい。
「まずはみんなで組手をやろうぜ!」
「馬鹿ですの?」
準備運動で組手をやろうとかコレスが言い出しやがったので、思わずツッコんでしまった……。
「なんでだよ!」
「そこは普通、体操とかでしょう? いきなり組手とか、怪我をしたら海どころではありませんわよ」
「で、でもウチじゃいつもそうだし――それにほら、打撲とか海で冷やしたら気持ちいいじゃん!?」
「あなたの家のような脳筋一族を基準に考えないで下さいな。 準備運動は体操にしますわよ」
「脳筋一族っておい……!?」
さすがに準備運動に組手というのはどうかと思ったので、俺としてはそこは体操に修正。
一応エリスの知識でこの世界の常識を確認してみたが、準備運動に組手とかは無いようだしね。
つーかコレスのとこのゼクロード家って、ホントに脳筋な家なんだなー。
「ぶっ……うはははははは!」
いきなりガルガリアンくんが爆笑し始めた。
どうやら俺のコレスへの、脳筋一族発言がツボったらしい。
釣られてみんなが笑い始める。
なんだかんだでガルガリアンくんも、期末試験イベント以降この面子には馴染んできている。
やっぱイベントって大事だよね。
結局コレス以外のみんなの意見が一致して、準備運動は体操ということになった。
おいっちにおいっちにと準備運動をして、いざ海へ。
とりあえず波打ち際へと行くと、波が足元に戯れてきた。
ありゃ、やっぱちょっと冷たいわ。
「うおおぉぉぉ! 冷てーぞぉ!」
「と言いながら泳ぐんだなコレス」
うむ、コレスもマルオくんも元気だ。
もう胸のところくらいある深さのところまで入って行ってるし。
「さぁ、みんな見ててよー! 魔法を使えばあら不思議、冷たい海水が暖かい海水に……【ぬるま湯変換】!」
おぉっ、すげーなラルフくん。
海の水を暖かくとかできるのか!
あれ? でも……その割には……。
「暖か……くはありませんわね?」
「冷たい……ですわよね?」
「冷たいん……ですか?」
うん、冷たいよね。
アンとガーリも暖かさは感じていないようだ。
あとマリア、お前はいいかげん海に足浸けろ。
「女子たちー、もっとこっち来ないと暖かくないよ――この魔法、半径4mくらいしか効かないからさ」
ラルフくん、そういうことは早く言おうね。
暖かくなるのずっと待ってたじゃんよ。
ちなみに攻略対象の色付き男子たちで、海に入っているのはマルオくんとコレスとラルフくんの3人だけである。
ガルガリアンくんは岩場へと行って釣りをするらしい。
あいつはホント単独行動が好きだなー。
みんなと混じって楽しめばいいのに。
さて、せっかくなのでラルフくんの魔法を堪能しようか。
確か半径4mだったな……。
俺はラルフくんのいる所まで、ひょいひょいと泳ぐ。
距離は20mほどあるが、こんなもん【水中戦闘術】のスキルを使えばあっという間だ。
「あら、本当に暖かいですわ」
確かにじんわり暖かい、しかも温度が均一だ。
やるなラルフくん、さすが学年一の魔法の使い手――技術では俺も到底及ばぬだけのことはある。
「でしょー。 それよりエリスちゃんって、泳ぐの早いよねー」
「オーッホッホッホッ!――海はアタクシの縄張りなのですわ!」
実際【水中戦闘術】を極めている俺には、そこらのサメ程度なら敵では無い。
この乙女ゲームの世界では普通に海水浴ができるほど海は安全なので、たぶん近海なら敵なしだろう。
「ほう、面白れえエリス! だったらどっちが泳ぐのが早いか、オレと勝負すっか?」
「あら、ずいぶんと身の程を知りませんこと――コレスごときがアタクシに勝てると思いまして?」
「ごときだと! 面白い、オレが勝ったら土下座して今のセリフを詫びろよ!」
「もちろん構いませんわ。 アタクシが勝ったら、そうですわね……タコでも食べていただこうかしら?」
この乙女ゲームの世界では、タコを食べる習慣は無い。
気持ち悪い生き物として敬遠されているのだ。
なので、当然コレスの反応はこうなる。
「げっ! タコかよ!」
そんな反応すること無いじゃん、タコ美味しいのに。
いつかこいつ含めて、みんなにタコ焼きパーティーをさせてやりたい。
俺の密かな野望にしよう。
「あら、アタクシに勝つ自信がおありなら、この程度の罰ゲームの約束などどうということはございませんでしょ?」
「お、おう! やってやろうじゃん! そうだ、さっきの土下座とか無し――お前が負けてもタコ食えよ!」
「もちろん構いませんわよ」
こうして、俺とコレスの水泳対決が決まった。
ぶっちゃけ俺にとってタコを食べるなど罰ゲームにはならんのだが、向こうがそれがいいと言うのだから特に問題は無かろう――俺の中のエリスは嫌がりそうだが。
少しだけ沖に出て、ゴール地点を岩場のほうに見える尖った岩に設定。
スターターを買って出たマルオくんの合図で、よーいドンだ!
コレスが『うおおおぉぉぉ!』と泳ぎ出す。
お前そんな叫びながら泳いだら、水飲んじゃわないか?
ちょっと遅れて俺もザンブと海へ。
このくらいのハンデは無いも同然――。
【水中戦闘術】のスキルを使って泳ぐ俺は、あっという間にコレスを追い抜き余裕でゴール。
思ったより差がついてしまったな……ちょっと大人げなかったかな?
イヤ、なんか友達と競争とか、つい楽しくなっちゃってさ。
ピロリロリーン♪
《コレスの好感度が上昇しました》
おっと、水泳勝負をしたせいか、コレスの好感度が上がったぞ。
「くっそぉー! 負けたー! エリスお前マジで早えーな!」
「オーッホッホッホッ! 当然の結果ですわね。 泳ぎでアタクシに勝とうなど、100年早いですわ!」
ようやくゴールへと到着したコレスに向かって勝ち誇っていたら、少し離れた岩場から怒鳴られた。
「お前たちうるさいぞ! 魚が逃げるだろう!」
釣りをしていたガルガリアンくんであった。
それはすまんかった、気が付かなかったもんで。
せっかくなので、岩場へと上がってガルガリアンくんに話しかけた。
もちろんコレスも一緒だ。
「全くお前たちは、どこでも騒がしいな」
「悪りいな」
「アタクシも謝罪しますわ――ところで、釣れてますの?」
「まぁまぁだな」
そう言ってガルガリアンくんは、クーラーボックスのような形の箱を開けて中身を見せてくれた。
へえ……けっこうな釣果じゃないか。
海水をたっぷり入れたその箱の中には、大小5匹の魚が泳いでいる。
「けっこう釣れてんじゃん――そうだ! この魚でバーベキューしようぜ!」
コレスのヤツめ、何を言い出すかと思ったら――たまにはいいこと言うじゃないか!
うむ、やりたいよなバーベキュー!
「それは名案ですわ! ねえガルガリアン殿、そのお魚バーベキューに提供してくださいます?」
「あぁいいぞ、僕も食べたいしね。 あと『殿』はいらない、そのほうがお互い楽だろう」
これでガルガリアンくん提供の、バーベキュー大会が決定した。
やっぱ海でバーベキューっていいよね。
肉と野菜も欲しいから、そこは王家の別荘の人たちに頼んでおくことにしよう。
お昼には間に合いそうにないから、やるなら夕方かな?
「もうじきお昼なので、バーベキューは夕飯でよろしいですわね?」
「いいんじゃないかな? 僕もそれまでには、もっと釣っておくよ」
「期待してますわ――ところで、タコって釣れたりしますの?」
バーベキューの話になったからと言って、コレスがタコを食べるという話を忘れた訳ではない。
タコは食材としては一般的に流通していないので、食べさせるには自力で確保する必要がある。
なので釣れるのであれば確保しておいてもらいたいのだ。
「タコ? そんなものどうするんだ?」
「コレスがどうしても食べてみたいとおっしゃるもので……」
「食べたいとは言ってねーよ!」
「食べるのか?」
「泳ぎ勝負に負けたから、食わされるんだよ……」
「分かった、頑張って釣ってみよう」
「断ってもいいんだぞ~」
「あら、その時はアタクシが海へ潜って、獲ってきてさしあげますわよ?」
「そこまでして、オレにタコを食わせたいのかよ!?」
「もちろんですわ!」
「てめーは悪魔か!」
悪魔なんて人聞きの悪いことを――。
俺は悪役令嬢ですよ。
…………
お昼も過ぎて、ビーチも暑くなってきた。
海水浴には悪く無い気温だ。
昼からはみんなで遊んだり泳いだりしていたのだが、そろそろバーベキューの準備が始まるらしいので、俺は海へと潜って貝を獲り始めようというところである。
この辺の海は岩場のほうへ行くと、アワビとかサザエがいるらしいのだ。
王家の別荘にあるというので持ってきてもらった、網で作られた大きな袋を、腰のところに縛り付けていざ海底へ。
集中し過ぎてうっかり海面に戻るのを忘れないようにと【真・腹時計】のタイマーを5分に設定しておき、目的の貝類を【気配察知】でサーチする。
俺は【水中呼吸】という人外スキルを所持しちゃってるので、潜り続けていようと思えばいくらでも海に潜っていられる。
なので面倒だが意識して海面に浮かばないと、護衛の人やみんなに心配を掛けてしまう恐れがある――タイマーを設定したのはそのためだ。
おっ! 第一獲物発見!
アワビだ。
しかもけっこう大きいサイズ。
一気に加速しアワビをむんずと掴む俺。
器用に岩からアワビを剥がす技術など無いので、力業で引っぺがす。
ふっふっふっ……貴様の抵抗など無意味と知れ!
チートおじさんのパワーというものを、思い知らせてやろうぞ!
もうブチッと音がしそうな勢いでアワビを剥がす。
よっしゃ! アワビ、ゲットだぜ!
俺はそのまま一気に海面まで浮上し、アワビを掴んだ右手を高々と上げて叫んだ。
「獲りましたわー!」
――うむ、エリス語に変換されてしまったし。
違う! そうじゃないんだ!
俺としては『獲ったどー!』ってやりたかったんだってば!
くそう……ネタが1つ潰されてしまったか。
無念じゃ。
遠くから響くアンとマリアの拍手と『お見事ですわ』『さすがです』の声が、なんか虚しく聞こえる。
気を取り直してアワビを網の袋に入れ、再び海中へ。
獲ったどネタは封印して、貝を獲ることに集中しよう。
それにしても、あるわあるわ。
王家のビーチのすぐそばというのもあってこの辺は禁漁なのだろう、海底はまさに手つかずでアワビやサザエがそこらにゴロゴロしている。
俺はその中から大きいものだけ選んで、間引くように満遍なく獲っていった。
ほんの数回潜っただけで袋は満杯となったので、一旦バーベキュー会場へと戻って収獲したブツを置いてこよう。
「とりあえず、これだけ獲ってきましたわよ――貝はこの倍あれば足りるかしら?」
「これだけあれば十分だ、僕の釣った魚もあるし肉も野菜もたっぷりあるからね」
なし崩し的に仕切ることになったガルガリアンくんに獲った貝を渡したら、十分だと言われてしまいちょっと拍子抜け。
全部で21人もいるのにこんなもんでいいの? 貴族の子って、あんまし食べないんだね。
「ところで、タコは釣れましたの?」
「それが残念ながら釣れなかった。 すまないな、期待に応えられず」
そうか、ガルガリアンくんの竿には引っ掛からなかったか。
「問題ありませんわよ、元よりアタクシが獲ってくるつもりでしたから」
さっき貝を獲っていた時にもタコはちょいちょい見かけたが、ガルガリアンくんが釣っていた時のことを考えてあえて見逃していたのだ。
いた場所も気配もだいたい覚えているので、今から捕えるのにもさしたる苦労などは無い。
「炭を持って来たぞ」
ガシャンと砂の上に炭の束を置いたのはマルオくん。
王子様なのに炭とか運んでるのかよとお思いだろうが、これは『せっかくなので自分たちだけでやってみよう』と、全員がノリで決めてしまった結果である。
まぁ、案の定かなり苦戦しているのだが……。
そもそも貴族の子なんぞ、普段こんな仕事は全部使用人に任せっきりだしね。
おかげでクラスに3人割り振られている、平民の子たちが大活躍。
この乙女ゲームの世界の主人公であるマリアだってもちろん平民なので、八面六臂の大活躍中――平民無双をしているところだ。
今は俺が昔愛用していたミスリル合金の包丁を手に、野菜を撫で斬りにしている。
マリアは料理とかお菓子作りに関しては、とんでもなく有能な女の子なのだ。
たぶんそういう系統のスキルとかを、持っているのではなかろうか?
これはアレだな、男女問わず嫁にしたいキャラというヤツだな。
つーか、マリアの包丁捌きがなかなか豪快かつ緻密だ。
【真・包丁術】のスキルを持っているので、その辺の凄さが余計に分かる。
うむ、もしマリアが戦わねばならない時は、俺の『超合金乙の包丁』を貸してあげよう。
この包丁捌きなら、その辺のゴブリン程度なら無双できるかもしれない。
ところで『ミスリル合金の包丁』だの『超合金乙の包丁』だのはどこから出てきた? という話なのだが――。
それはもちろん俺の【無限のアイテムストレージ】からである。
なんかね、使えるんすよこれが。
さすがに自重して、なるべく使わないようにはしてるけど。
それにしても――。
やっぱこうやって、クラスのみんなと何かやるっていいよね!
こういうのってウン十年ぶりなので、すごく楽しい。
みんなで作業を割り振って、下手なりに悪戦苦闘をしながら――。
って、あれ?
「コレスとガーリがおりませんわね……?」
ガルガリアンくんはみんなの取りまとめをやりながら、魚を捌いている。
マルオくんは荷物運び。
ラルフくんは魔法を使って火の調整を始めているし。
マリアは食材の下ごしらえ担当。
アンは食後のお菓子を作るべく下準備をしている。
その他の生徒たちもそれなりに忙しく動いているのだが――。
コレスとガーリがいない。
あいつら、どこ行った?
「あの2人なら『魚を獲ってくる』って言って、ボートに乗って沖に出たよ――さて、もう1往復してくる」
ちょこっと休憩していたマルオくんが、そんなことを言い残しまた炭を運びに行ってしまった。
ほうほう、魚を獲りに……2人でボートに……。
――なんですと!?
あいつら2人でボートとか、いつの間にそんなイチャコラ系のイベントをする仲になったの?
イヤ、目的はイチャコラではなく魚なのかもしんないけどさ。
海のほうへと目をやると、300mほど沖にボートが浮いている。
コレスとガーリが乗っているのが見えた。
エリスの目は、本当に遠くが良く見えるな――俺のと違って。
ボートの上のコレスとガーリは、案の定イチャコラ……は、していない雰囲気だな。
なんか真剣に海中を見ているし。
ガーリが銛を突いた――どうやら空振りのようだ、
続いてコレス――こっちはヒットした、引き上げて2人で喜んでる。
なんだ……イチャコラではないけれども、なかなかいい雰囲気じゃん。
せっかくいい雰囲気だから、ここはそっとしといてあげよう。
さて、こっちはこっちでタコ漁だ。
とか思ってバーベキュー会場に戻り空になった網の袋を手にしたところで、みんながザワつき始めた。
いったい何ごと?
「船がひっくり帰った!」
「コレスが何かと戦ってるぞ!」
海のほうへと振り向くと、確かにコレスが何かと戦っているように見える。
泳ぎの上手くないガーリを庇いながらなので、苦戦しているようだ。
護衛に付いてきていた騎士たちが、救助のために動き出した。
俺も行こう――騎士たちよりも俺が助けに行ったほうが早いし強い。
何よりコレスがいつまで無事でいられるか――。
悪目立ちはしたくは無かったが、これは緊急事態なのだ!
「エリス様! こちらを!」
アンが俺の荷物のところまで行き、得物である鞭を放り投げてきた。
気が付くヤツだ。
エリスの取り巻き令嬢と呼ばれているのは、さすが伊達では無い。
「アタクシにお任せなさい!」
俺は放り投げられた鞭をバシッと掴み、力強く頷いて海へと駆ける。
海中へ入り【水中戦闘術】と【水中呼吸】のスキルを発動、全力でコレスとガーリのところへ。
泳ぎながら【気配察知】のスキルで到着するまでの間に戦闘の様子を探ると、コレスの戦っている相手が分かった。
これは――タコだ。
しかもそれなりに大きい。
まぁ大きいと言っても前の異世界で戦ったようなのと比べれば、大したことは無いのだが……。
せいぜい全長で3mちょいくらいかな?
それでも絡みつかれて海へと引きずり込まれれば、十分溺れ死ぬだろう。
つーか、既に引きずり込まれそうじゃね!?
「お放しなさいタコ!」
タコをコレスから引きはがそうと鞭を振るうと、パァン!と音がして、タコの足が1本弾けた。
いかん、動きが変わった!
くそっ! タコのヤツめ海中にコレスもろとも潜りやがった。
もう一撃と鞭を振るうが、さすがに相手が海中では威力が半減どころか命中すらしない。
こうなれば仕方が無い。
変に目立ってしまうかもしれないが、コレスを助けるためにはやるしか無い。
俺はストレージに鞭を仕舞い、代わりに戦闘用の包丁――愛用の超合金乙の包丁を取り出した。
そしてコレスに絡みつき引きずり込んでいるタコへと接近、近接戦へと移行する。
覚悟しろ――。
タコ、てめぇは殺す!
まずはコレスに絡みついている足をスパスパと叩き切る。
この程度の大きさのタコの足など、俺にとってはやわらか煮も同然!
うむ、自分でも何を言っているか良く分からんが、これでコレスは助けられた。
切り落とした足がまだ絡みついてはいるが、そのままとりあえずコレスを海面へと運ぶ。
ひっくり返ったボートの上に放り投げ、俺はタコへと追撃だ。
コレスならあとは自力でなんとかするだろう。
墨を吐き、逃げに入ったタコを追う俺。
甘いな……こっちのほうが泳ぎは早いし、何より墨など【気配察知】の前には無意味だ!
あっという間に俺はタコの逃げる先へと回りこみ、一気にヤツの頭から縦方向へと包丁を振るった。
スパッと包丁が通る。
ふっ……またつまらぬものを捌いてしまったぜ……。
誰も見ていないからときっちりポーズを決め、振り返るとタコが真っ二つになっていた。
うむ、決まったな。
真っ二つになったタコを運び海面へと上がるとボートが起こされていたので、そこにベチャッと置く。
「えっ?」「は?」とか言ってるヤツらがいるが、無視してボートを岸まで運ぶ。
コレスとガーリ、お前たちは泳げ。
無理そうならボートに捕まっててもいいけど。
みんなのいる岸へと辿り着くと、大喝采で出迎えてくれた。
おかげで俺の承認欲求は大満足である。
やっぱみんなにすごいって言われるのは、いいよね!
ボートに乗せてきたタコを見て、みんなが『すごい』『大きい』『怖い』『気持ち悪い』とか言って騒いでいる。
バーベキュー大会はまだ、始まっていないようだ。
「ガルガリアン、バーベキューの準備はどうなってますの?」
「もう焼くだけだよ」
「なら始めましょう。 あと――」
俺は運んできたタコの足を1本、根元からバッサリと切ってガルガリアンくんへと突き出した。
「これも焼いてくださる?」
その瞬間、みんながドン引きした。
イヤ、そこまで引かなくても良くね?
「エリスお前まさか、それ全部オレに食わせる気か?」
「まさか――さすがにひと口でよろしくてよ」
罰ゲームで、この世界では『気持ち悪い』とのことで食べる習慣の無いタコを、食べるということになっていたコレスがビビって顔を引きつらせたが、俺もそこまで鬼では無い。
「というか――この大きさなら全員で食べられますわね」
周りが更にドン引いた。
だから何故そこまで引くのよ――タコ、美味しいのに。
「エリス、さすがにそれは……」
「ご勘弁を」
「無理です~」
「却下だ」
「う~ん……」
「これは……」
そんなみんなで全否定しなくてもいいじゃん。
試しに食べてみようよ、美味しいよ?
「エリス……お前マジで悪魔だな」
だからコレスお前、俺のことを悪魔呼ばわりとかやめれ。
何度も言うようだが、俺は悪魔ではなく――。
『悪役令嬢』だから。




