恋と勝負と、あとフラグ
お待たせしました。
時が過ぎるのは、早い。
ついこの間入学式だと思ったら、もう6月である。
とりあえず同じクラスということで、一通りの主要キャラとは知人関係にはなっているが、仲良くなったのは男子ではマルオくんとコレスだけ、女子はアンとガーリと主人公であるマリアだけ――と、交友関係は特に広がってはいない。
他の攻略対象男子たちとは思っていたよりも仲良くなる機会が見つからず、今のところは友人にすらなれていない。
バッドエンドになると邪神が出て来ると予想しているマリアに適当な彼氏を作っておきたい俺としては、そろそろ他の男子たちともそれなりに仲良くなっておきたいのだが、なかなか上手く行かないものだ。
今更だが、そもそも学園の授業が終わったら一目散に屋敷に帰って、体力強化と勉強会をしていたのがまずかったのかもしれない。
あとマリアに聞いたところ、ウチで体力強化と勉強会をしていなかったら、勉強に必要な本や魔道具作成の練習に使う錬金素材なんかを買うためにアルバイトをする予定だったと言っていた。
なのでひょっとしたら、育成のためとはいえ強引にマリアを俺たちに付き合わせたせいで、バイト先での攻略対象男子とのフラグを潰していたかもしれないのだ。
うむ、やっちまったな。
育成の効率ばかり追ってはいけないということだ。
なので俺としては、これからは潰してしまったであろうマリアのフラグを補完すべく、少し積極的にイベントを作ってやろうかと思っている。
具体的には――――まぁ、臨機応変だ。
行き当たりばったりとも言う。
つーか、じっくり考えてるとすぐ日にちが経っちゃうんだよねー。
中身おっさんなので、俺の時間は若者より早く過ぎていくのですよ。
――てな訳で。
今日も時間は早く過ぎて、そろそろ深夜0時。
《6月1日になりました。 夏の『恋のどきどきイベントスロット』が始まります》
――ふむ、来たな。
だいたい予想した通り、それは6月1日の午前0時に始まった。
『恋のどきどきイベントスロット』というこの余計なお世話感が満載のスロットは、レバーを引くことも目押しをすることもできず、おかげで肩こりとは無縁の全自動な仕様となっている。
俺の目の前に半透明のピンク色をしたスロットの筐体が現れた。
特に何もすることがないので、俺はそれをボーっとベッドで上半身を起こして眺めている。
《スロット、スタート!》
また勝手に始まったし。
せめて開始レバーくらいは引っぱりたいのだが……。
ただ眺めるしかすることのできない筐体の、3つのリールが回り始めた。
―回転中― と ―回転中― で ―回転中―
で、今度は誰とのイベントになるん?
マルオくんだと順調に好感度が上がることになり、俺の『悪役令嬢』としてのバッドエンドが遠のくので有難いのだが……。
ちなみにマルオくんの俺への好感度は、入学式以降3度も上昇しているので順調に上がっていると言えるだろう。
むしろ順調過ぎるくらい。
ちなみにコレスの好感度は、3度上がって2度下がっている。
まぁ、あいつのことはぞんざいに扱っているから、そんなもんだろう。
左側のリールが停まった。
<攻略対象男子生徒全員> と ―回転中― で ―回転中―
は? 今回って全員なの?
どんなイベントよそれ。
今度は真ん中のリールが停まった。
<攻略対象男子生徒全員> と <期末試験> で ―回転中―
あー、なるほどねー。
期末試験の成績次第で好感度が上がるとか、そういうイベントね。
うんうん、ありがちありがち。
受けている授業のクラスでの感じとかを考えると、俺は今のところクラスでもかなり上位なのは間違いない。
これなら気を引き締めて試験に挑めば、全員の好感度を上げられたりできるかもしれないぞ。
ちなみに期末試験は、6月の半ばに始まる。
夏休みが7月の頭からというスケジュールなためで、中間試験とかは無かったりする。
最後の――右側のリールが停まった。
<攻略対象男子生徒全員> と <期末試験> で <賭ける>
――イヤ、賭けるのかよ!
さすがにそれは駄目じゃね?
百歩譲って賭けるのはまだいいとしても、それを恋愛のイベントにしちゃうのってどうよ?
そもそも何を賭けるんだ?
さすがに現金とかは無いだろうから……。
デートする権利とか?
うむ、それは無いか――だいたいそんなフラグ立っていそうなのって、マルオくんしかいないし。
領地とか利権――なんてものはさすがに賭けられんし。
教室内での席順とか――は、ありそうかな?
それにしてもまた、ちょうど他の攻略対象男子と交流を深めようと思っていた時に、おあつらえ向きのイベントが発生したものだ。
ひょっとしてご都合主義が発動したのかな?
――――
― 半月後・朝の教室 ―
今日から期末試験が始まる。
比較的、いつもより早めに教室に来ている生徒が多い。
その顔は緊張している者、一夜漬けで眠そうな者、開き直っている者など様々だ。
「おはよう、エリス」
「うーす……」
普段と変わらぬマルオくんと、顔がブルーなコレスがやってきた。
席が近いのでこの2人と毎朝会話をするのはいつもの光景なのだが、コレスにいつもの元気が無い。
あー、今日は座学の試験だからなー。
苦手なコレスとしては、憂鬱この上ないのだろう。
座学の試験は、政治・経済・魔道・言語学などのペーパーテストだ。
今回の試験は4日あり、前半2日は座学、後半の2日は魔法・戦闘術・魔道具作成などの実技である。
「ごきげんようマルオ様、コレス。 今日から試験ですわね」
「そうだな、お互い頑張ろう」
「オレ、もう帰りてー……」
「あら、今お帰りになると、赤点で全座学補習ですわよ?」
「それは嫌だー……」
「普段から座学をおろそかにしているからだぞ」
「うるせーよ優等生。 あーもう……早く実技試験になんねーかな」
コレスは実技は得意だ。
戦闘はもちろんなのだが、魔法も地水火風の4属性を使えるし、魔道具も雑だが無難に作るのである。
魔法や魔道具作成などはただの脳筋には難しいので、コレスはたぶん頭が悪いのではなく座学というものが嫌いだから苦手なだけだと思う。
「あ、あの……エリス様、ここのところなんですけど……」
なごやかに3人で朝の挨拶を交わしていたところに、マリアがやってきた。
開いた教科書を何やら指さしながらということは、分からないところを聞きに来たのだろう。
「あなたね、今さら焦って覚えようとするのはお止しなさい。 試験というのは普段培ったものを測るためのものなのですから、落ち着いて今の実力で受ければ良いのです」
毎日鍛錬と勉強に強制的に付き合わせているので、マリアはすっかり俺とアンとガーリという『ハイエロー派閥』に馴染んでいる。
なので最近はこのように、遠慮なく話しかけてくるようになった。
この学園は基本貴族ばかりなので、平民であるマリアがイジメを受けたりするかなと少しだけ心配していたのだが、俺が強制的に連れまわしているおかげでハイエロー派閥とみなされ、イジメどころか腫れ物にさわるような扱いすら下級貴族や同じ平民たちにされているそうだ。
イヤ、ハイエロー家ってどんだけ怖がられてんのよ?
少なくとも俺は、そんな怖がられるようなことは一切しとらんのだがなー。
「でもでも、あたしの場合は平民枠の特待生の資格がかかっているから、いい成績を取らないと――」
あ、話続いてた。
「安心なさいマリア、あなたはアタクシたちと毎日勉強会をしてきたのですから。 悪い成績になどなるはずがありません」
「で、でも――」
「万が一特待生の資格を失ったとしても、その時は我がハイエロー家が学費くらい用立ててあげますから安心なさい」
「エ゛リ゛ス゛さ゛ま゛~」
「うっとおしいから、泣くのはお止めなさい」
マリアは主人公であるはずなのに、なんか微妙なキャラであった。
なんというか庶民キャラなのは良いとして、天然とドジっ子属性も併せ持つ、ややコメディ系の主人公なのである。
ぶっちゃけ、見ていて面白い。
もしかしたらこういうのが魅力で、主人公として成立しているのかもしれないなー。
なんか『やれやれ』と思いながらマリアを見ていると、マルオくんが面白いものを見るようにニヤニヤと笑っている。
その笑みは何? と視線をやると――。
「いやすまない。 エリスは侯爵令嬢だというのに、平民のマリアとずいぶんと仲が良さそうだなと思ったものでね」
「あら、せっかく学園という場に通っているのですもの、身分などとは無関係なお友達を作るのも楽しいではありませんか」
「ふむ、なるほど……」
ピロリロリーン♪
《マルオースの好感度が上昇しました》
またかよ。
いったい何が好感度に繋がったのかは良く分からんが、またマルオくんの好感度が上がったし。
今だって適当なことしか言ってないのになー。
もうこのペースで好感度が上がり続けたら、来年の春とかにはもうエンディングを迎えられるんじゃね?
とか考えていると、これまたいつもの光景であるヤツがやってきた。
「おい、エリス・ハイエロー! いよいよ勝負の時だな! 俺様は必ずお前に勝つ! 座学1位の座は、絶対にお前には渡さないから覚悟しておけ!」
俺を一方的にライバル視している、ユリオスくんである。
毎日毎日よく飽きないなこいつは。
つーか以前は『学年1位の座は渡さない』だったのに、いつの間にやら『座学1位の座は渡さない』に変わっているぞお前。
「あら、ユリオス。 仮にアタクシに勝てたとしても、座学1位になれるとは限らないのではなくて?」
そもそもユリオスくんが俺に勝てるとも思えないが、座学1位の座に関しては他にもライバルが多いので、仮に勝てたとしても1位は難しいだろう。
脳筋のコレスは除外されるが、他の攻略対象男子も総じて頭が良い連中ばかりなのだ。
筆頭攻略対象男子のマルオくんは万能型でもちろん座学もトップクラスだし、宮廷魔導士長の孫であるラルフ・ユーミドリスくんも魔法はもちろん座学も優秀だ。
そして何と言っても現宰相の孫である、ガルガリアン・バイアオンくん。
こいつは魔道具作成以外の実技はからっきしだが、座学に関しては特化していると言えるほどのレベルなのだ。
ちなみに実技に関して言うと、魔道具作成はガルガリアンくん、魔法はラルフくん、戦闘術はコレス――ではなく俺である。
ぶっちゃけ戦闘術に関しては、やらかしてしまったせいで俺がトップの地位にいる。
入学早々の戦闘術の授業の初っ端でたまたま俺がコレスと模擬戦をすることになり、コレスがやたらとウザく挑発してきたのでついイラッとして、つい鞭でヤツの剣と肋骨を叩き折ってしまった結果だ。
実はコレスの剣の腕前は入学前から同年代の中では抜きんでていると評判で、実際特に優秀な生徒を集めたという我が1年A組の生徒たちでも歯が立つ者すらいないほどだった。
そんな相手をついうっかり、鞭のひと振りで戦闘続行不能にしてしまったのだ。
おかげで不本意ながら、俺は学年最強の称号をゲットしてしまった。
まぁ、その際何故かマルオくんの好感度が上がってしまったので、これは結果オーライということにしておいている。
あ、それともうひとつ面倒っぽいのが――。
なんかね、コレスの持っていた剣が名剣だったらしいのよ。
どこかの貴族が将軍に任ぜられているコレスの親父さんに近づくために、『決して折れぬ名剣です、ご子息の入学祝に』などと持って来たものだとか……。
将軍は軍関係の予算をある程度自由裁量で使えるらしいので、利権に絡もうとそんな輩がちょいちょいいるのだそうだ。
だからそのコレスの剣を叩き折ってしまった俺は、剣を贈った貴族の面目を叩き潰してしまったことになる。
ただでさえ敵の多いハイエロー家の人間が、これでまた新たに喧嘩を売ったことになってしまったのだ。
しかもそいつがハイエロー家に隣接する領地を持つ、転売――じゃなかった――テンバイヤー男爵だとか……。
まぁ、元々仲は悪いからハイエロー家にとっては、そいつと特に関係が悪化したところで特に問題は無いらしいんだけどね。
実力差もあるので今更こんなことでハイエロー家に喧嘩売ってくることも無いだろう、とエリスの親父さんの手紙にも書いてあったし。
「――――だ!」
「はい?」
あ、回想に夢中になってユリオスくんのセリフ聞いて無かった。
「ちゃんと聞いてろよ! だから俺様と勝負しろと言っているんだ!」
「面倒ですので、お断りしますわ」
「なんだとぉー!」
なして勝負なんぞせねばならんのだ。
「そもそも勝負をして、アタクシに何のメリットがありますの? それに総合ではなく座学の試験のみで勝負などと、できるだけ自分に有利になるようにとの恥知らずな提案をよくもまぁできますわね?」
「な、なにおぅ!」
「恥を知っているというのなら、例えあなたが不利になる戦闘術でも逃げずに勝負を申し込みなさい。 それにアタクシにとってはあなたとの勝ち負けなど、どうでもいいことでしかありませんわ。 あなた野良犬に勝負を挑まれたとして、それをお受けにはならないでしょう? 勝ったところでなにも得るモノの無い勝負など、受ける愚か者などおりませんわ」
いかんな、俺の中のエリスがイライラしているのもあって、少し引っ張られて言い過ぎてしまった気がするぞ。
まぁ、昭和のおっさん基準でも男らしくないと感じるユリオスくんに、少し俺がイラッとしたせいもあるんだろうけどさ。
「ふっ……ふざけるな! だ、だったら座学で俺様が負けたら、お前の言うことを何でも聞いてやる! これでお前に得る物が無いなどとは言わせんぞ! どうだ!」
『どうだ!』と言われてもなー。
あれ? 待てよ。
これってひょっとして勝負が実質『賭け』になっていないか?
ということは、これはひょっとして――。
夏の恋のどきどきイベントスロットの『攻略対象男子生徒全員』と『期末試験』で『賭ける』、という例のアレが発動しているのか?
ならばこのイベントは断らんほうが良かろう。
マルオくんとコレス以外のまだあまり接点のない攻略対象男子と、少しでも仲良くなるには良い機会なのだから。
「よろしいですわ、その勝負受けてさしあげます。 そうですわね……アタクシが負けたら、聞ける程度のお願いなら聞いてさしあげても良くてよ?」
「だったら! 俺様が勝ったら、今までさんざん俺様のことを馬鹿にしてきたことを謝罪しろ!」
イヤイヤ、そんな馬鹿になんてしてきた覚えは――。
うむ、若干身に覚えはあるな――主に俺じゃなくてエリスが。
「馬鹿にした覚えはありませんが――まぁいいでしょう。 ではアタクシが勝ったら、そうですわね……鼻からスパゲティでも食べていただこうかしら?」
「なっ!?」
「あら、なんでも言うことを聞いて下さるのでしょう?」
「くっ!……いいだろう、俺様が負けたら鼻からスパゲティだろうがカルボナーラだろうが、食ってやる!」
「では、勝負は成立ですわね」
うーむ……。
ついイタズラ心で変なこと約束させてしまった。
つーかユリオスくん、守れない約束はしないほうがいいぞー。
まぁ、実際俺が勝ったら『毎日こっちを指差してウザ絡みしてくるのを止めさせる』という命令に、変更してやるつもりだけどさ。
「その勝負、私も参戦したいのだが構わないかな?」
なんかマルオくんが参加表明してきた。
うむ、知ってたし。
『攻略対象男子生徒全員』と『期末試験』で『賭ける』
このイベントが発動したのだ。
ならば他にも参加者が――。
「じゃあ僕も参加で――以前からこのクラスの人たちには、言いたいことがあったんだ。 いい機会だから僕が勝って、みんなに言うことを聞いてもらうことにしよう」
クラスでは今まで孤高の人だった、ガルガリアンくんが参戦を表明した。
これはクラスのみんなも意外だったらしく、なんか『ざわ、ざわ……』とどよめいている。
「じゃあ、おいらも~」
マイペース男子のラルフくんも、参加を表明してきた。
こちらは時々マイペース過ぎて訳わからん行動を取るヤツなので、クラスの連中は『あぁ、面白そうだとか思っちゃったんだろうな』くらいにしか感じていないようだ。
「コレス、ついでだからお前も参加しろ」
「えぇー! 何でオレまで!」
マルオくんのひと言で、コレスの参戦も決定した。
ふむ、こういうのはどうせなら参加人数が多い方が盛り上がるよね。
「アン、ガーリ、マリア――あなたたちも強制参加ですからね」
「え? あ、はい……」
「エリス様がそうおっしゃられるのでしたら」
「へ? あたしもですかー!?」
ついでだから、仲の良い女子たちも巻き込んでやった。
そうだよマリア、お前さんもだよー。
「いっそのこともう、クラス全員参加とかでいいんじゃね?」
無理矢理マルオくんに参加させられることになった、このままでは参加者の中で下位確定のコレスが、この際だからクラス全員を巻き込んでしまえとばかりにそんなことを提案してきた。
ふむ、それも悪く無いな。
だって、そのほうが楽しいし。
「それも面白そうですわね――マルオ様、どういたしましょう?」
「いいんじゃないかエリス、楽しそうだ」
うむ、これで決まりだ。
何と言ってもアッカールド王国の2大権力である、王家とハイエロー家の人間がそうすると決めたのだ。
少なくとも表立って反対できる者など、このクラスの生徒にはいない。
「ではクラス全員参加ということで」
なんか『うわ~』だとか『ひぇ~』だとか『まじかー』などという声がクラスのあちこちから聞こえるが、その割にはみんな顔が笑っている。
クラスで何かやるってのは、なんだかんだで楽しいらしい。
「ではルールを明確にしておきましょう。 競うのは座学、成績が上位の者は下位の者1名だけに何かお願いが出来るということにしましょうか。 但し、無理なお願いやその人が嫌がるようなお願いは却下――良識の範囲内でね。 無理なお願いをされた人がいたらアタクシかマルオ様に申し出なさい、そういう輩にはアタクシたちがキツい罰を与えます」
なんか楽しくなってしまったのでちょっと仕切ってしまったが、別に問題無いよね。
横にいるマルオくんも、うんうんと頷いているし。
「ちょっと待ってくれ。 成績が1位だった1名だけはクラス全員にお願いが出来る、というルールにして欲しいのだが」
これはガルガリアンくんの提案。
確かにせっかく成績が1位だったのに、他の人たちと報酬が同じというのはつまらぬかもしれない。
つーか1位取る気満々だね、ガルガリアンくん。
「いいですわ、1位だった者だけはクラス全員にお願いが可能とします――よろしいですわね、マルオ様」
「もちろん構わないよ、エリス」
マルオくんが、あっさりと頷く。
――のだが、さっきからマルオくんってば俺の言いなりになってないかい?
そんなんだと、俺がいなくなった後でエリスの尻に敷かれてしまう未来しか無いぞー。
「おい! お願いは良識の範囲内って言うのなら、お前が俺様に約束させた『鼻でスパゲティを食べる』ってのは無しでいいんだよな!」
「あら、あなたへのお願いはあなたが了承した時点で有効ですわよ。 良識の範囲内というのは『相手が了承できないようなお願いはしない』ということですもの」
「何だよそれはー!」
普段からやかましいくてちとウザキャラのユリオスくんではあるが、こういう時の盛り上げ役にはなかなか良さげなキャラだな。
いっそのこと――。
本当に鼻からスパゲティに挑戦させてみようかな?
盛り上がりそうだし。
ピロリロリーン♪
《マルオースの好感度が上昇しました》
なんかまた唐突にマルオくんの好感度が上がったぞ。
なぁ、マルオくん――。
君、さすがにちょっとチョロ過ぎじゃね?
――――
そんなこんなで――。
期末試験が終了した。
今日は結果が張り出される日である。
廊下の掲示板に順位が張り出されると、大勢の生徒たちが自分の成績を確認しようと群がる。
さて、俺も……。
総合1位は俺であった。
やはり戦闘術で1位、魔法で2位という実技での成績が大きかったのだろう。
ちなみに魔法のほうは、もちろん威力をしっかり手加減したからこその結果である。
それでも1位のラルフくんよりは強力な魔法を放てるのだが、細かい魔力の操作や応用力では劣るので成績としては負けるのだ。
そして問題の座学の結果なのだが――。
1位.ガルガリアン・バイアオン
2位.マルオース・アッカールド
3位.エリス・ハイエロー
と、俺は3位に入ることができた。
無事ハイエロー家の悪役令嬢としての、面目は保てたようだ。
で、その他の主要キャラの順位はと言うと――。
5位.ユリオス・キーロイム
6位.ラルフ・ユーミドリス
46位.ガーリ・ヒヨロイド
48位.アン・パンコロネ
137位.マリア
199位.コレス・ゼクロード
こんな感じである。
さんざんビッグマウスを叩いていただけあって、ユリオスくんも5位という上位に入った。
まぁ、勝負は俺の勝ちだけど。
ラルフくんもさすがに主要キャラの貫禄で6位。
アンとガーリも、ぶっちゃけハイエロー家のコネで、成績優秀者を集めたA組に入れられている割には、かなりの健闘と言えるだろう。
学年が変わると総合成績の順でのクラス替えがあるので、来年度も一緒のクラスになるためにはもう少し鍛えておきたいところだ。
そしてマリアだが――正直、この順位には驚いた。
実は最初に勉強会を始めたころは『こいつ良くこんなんで学園に入れたな』、というレベルだったのだ。
それが俺が育成して勉強の効率が自力で行うよりも上がったとはいえ、まさか137位とは……。
ちなみにこの王立レインボー学園は、1学年10クラスの30人学級編成――つまり1学年で300人なのだから、マリアは上位半分に入ったことになる。
学年の1割に当たる平民枠の生徒たちが、例年軒並み下位のほうに低迷していることを考えても、この順位はかなりの快挙なのだ。
この成長力ならたぶん2年生になっても同じクラスに編成されるだけの成績を、こいつは叩き出せるだろう。
成長補正とかがあるのかもしれないが、さすがは主人公である。
マリア、おそろしい子……!
あとコレス、やる気出せ。
お前はどうせマルオくんの護衛役だから成績に関わらず3年間一緒のクラスなんだろうが、さすがにこの成績は主要キャラとしてはマズいと思うぞ。
さて、座学の試験結果がはっきりしたところで――。
教室へ戻って、お待ちかねのお願いタイムだ。
「オーッホッホッホ! アタクシの勝ちですわねユリオス、あれだけの大口を叩いておいてなんと無様な」
「ぐぬぬ……」
反応が面白いので、ついつい悪役令嬢っぽい感じでからかってみた。
悔しそうだね、ユリオスくん。
「さて、約束の鼻からスパゲティですが――」
「お、おう! くそっ……あぁ、やるよちくしょう! 俺様もキーロイム家の男だ、約束通りやってやろうじゃないか!」
「それでしたら無しの方向で、 考えてみたらそんなに面白いことでも無さそうですし」
「はぁ? 何だよそれ! 俺様がせっかく覚悟を決めてるってのに!」
「あら、やりたかったんですの?」
「いや、そうではないが……」
そこは素直に喜びなさいよユリオスくん。
せっかく無茶ぶりを回避できるんだからさ。
「その代わりと言っては何ですが――」
「な、なんだよ……」
「あなた毎日アタクシのことを指差して何事か騒いでおられますけど……アレ、止めていただけません? あと、いちいちアタクシに対抗心を持たないでくださいまし。 アタクシのお願いごとは以上ですわ」
「それだと、お願いが2つになるんじゃないか?」
「鼻からスパゲティを勘弁してさしあげるのですから、そのくらいはお呑みなさい」
「わ、分かったよ」
これで俺のお願い分はおしまい。
他の面々も自分より順位が下の者に、各々お願いをしているようだ。
今のところ『飯奢ってくれ』とか『お菓子を作って欲しい』とか、無理なお願いをしているようなクラスメイトはいないようだ。
おっ! お願いで女子をデートに誘った男子がいるぞ!?――あ、なんかokしたし。
ここで空気を読まずに、座学1位になったガルガリアンくんが教壇に立った。
どうやら流れをぶった切って、自分のお願いを言うつもりらしい。
「みんな聞け。 座学1位となった僕が皆に命ずる――」
おいこら、なんかお願いじゃなくて命令になってるんだが!?
「授業中はもっと静かにしろ、集中できん! 分かったな!――特にユリオス!」
「え? 俺様か?」
「お前だ! お前は授業中のひとり言がうるさいんだよ! いちいち『ううむ』だの『そうか』だの『楽勝』だのと――自分では気づいて無いのかもしれないが、お前のひとり言は声がでかいんだよ!」
うん、確かにそれは俺も思ってた。
アレはウザいよね。
これでだいたい、お願いのほうはみんな終わったのかな?
ちなみに他の主要キャラのお願いはこんな感じ。
俺とガルガリアンくんに注意され凹まされたユリオスくんは、自分とこのキーロイム家派閥に属する生徒に『なんでもいいから俺様を褒めてくれ』とかお願いしている。
ラルフくんは魔法の研究に必要な鉱石を、その産地が領地にある生徒にねだっていた。
コレスは果物屋の男子に、この辺では珍しい果物の仕入れを頼んでいる。
それと成績上位だった女子生徒に、デートを申し込まれていた――スポーツの得意な男子って、やっぱモテるんだな。
アンとガーリは、マリアにお菓子を作ってとお願いしていた。
なにげにマリアの作るお菓子は、素朴な感じではあるがマジで美味い。
そしてそのマリアは、コレスに剣を教わることをお願いしたらしい。
うむ、ついでだからお前ら2人でくっついちまえ。
そういやマルオくんがまだ、誰にもお願いとかしていない気がする。
まぁ王子様だから、今更誰かにお願いしたいことなんて無いのかもな。
とか思ってマルオくんのほうを見たら、何やら真剣な顔でこっちを見ている。
なしたん? マルオくん。
「エリス、君にお願いがある」
「はい、なんでしょう?」
聞ける範囲のお願いなら聞いてやるけど、なんか顔が真剣なのが怖いぞ。
はっ! まさかキスさせろとかじゃないだろうな……。
さすがにそれは嫌だぞ。
見た目こそエリスだけど、中身の俺はおっさんなんだからな。
その手のお願いごとなら、絶対に断るからな!
つーか、マルオくんが唾を飲み込みながらずーっとこっち見てるし。
なしてそんなに緊張してんのよ!
もう嫌な予感しかしねーよ!
「エリス――――――――私と結婚してくれ!」
「はい? 結婚?」
何を言い出すんだこいつは?
「も、もちろん正式な結婚は学園を卒業してからだから――そうか! うん、そうだ!――まずは婚約してほしいんだ、エリス!」
婚約とな!
そうだな……エリスはマルオくんのことが好きなんだし、卒業後なら俺もエリスの身体からいなくなっているだろうから、結婚しても特に問題は無いよな。
それに俺は『悪役令嬢モノ』の小説を書くという些細な理由のために、エリスの身体を強制的に借りているようなものなのだ。
さすがにちょっと悪いなと思っているので、エリスの想い人であるマルオくんとの結婚はさせてあげたい。
つーか俺の中のエリスよ、さっきからドキドキが半端なく伝わってきているが、ちょっと落ち着け。
さっきからお前のそのドキドキのせいで、冷静に考えられなくなりつつあるのだよ。
ふむ――。
まぁ、いいか。
婚約してあげよう。
だけど婚前交渉とかは、断固拒否するぞ。
結婚するまでは、絶対に清く正しい交際な。
――と、いうことで。
「はい、喜んで」
俺がそう返事をすると、クラス全体がどっと沸いた。
まぁ、プロポーズの瞬間を見たわけだから、そりゃ盛り上がるだろう。
《恋のどきどきイベントが終了しました》
あ、なんかイベント終わったし。
ピンピロピロピロリーン♪
《マルオースの好感度が"大幅に"上昇しました》
ピロリロリーン♪
《ガルガリアンの好感度が上昇しました》
デロデロデ~ン♪
《ユリオスの好感度が下降しました》
ピロリロリーン♪
《ラルフの好感度が上昇しました》
イベントの結果で好感度が上下したのだが――コレスの名前が無いな。
それと、ユリオスくんの好感度がさがったのだが、これってマイナスになったということなんだろうか?
あと、マルオくんの好感度がまた大幅に上がったし。
つーかもう婚約してしまったんだし、好感度とか関係無さそうだけど。
あれ? 関係無いよね?
あるのか?
クラスのみんなが口々に、俺とマルオくんの婚約を祝ってくれている。
うんうん、ありがとう。
俺の中のエリスも、喜んでいるよ。
なんせ『婚約』だもんなー。
そうだよ……『婚約』だもの。
――ん? 『婚約』?
おや? 今気が付いたんだけど――。
『悪役令嬢』のバッドエンドには、『婚約破棄エンド』も確かあったよね?
ひょっとしてこの『婚約』って『婚約破棄エンド』のイベントが進んだだけなのでは……?
あれ? 俺ってばまさか――。
フラグ踏んじゃった!?




