春の出会いは色とりどりに
主人公さんはパステルピンクの制服を着た、これまたパステルピンクの髪色でおかっぱ頭の、かなりぽっちゃりでビン底メガネの地味子さんだった。
これって、『悪役令嬢』の俺としてはどうすれば良いのやら……。
キンコンカンコーン
と予鈴が鳴って、教師が入ってきた。
グレーのゆったりした服とローブに身を包み、グレーの髪と目をした若い男性教師。
ネクタイだけが白なのが、なんか微妙に似合わない。
なんか、あまりにもグレーグレーし過ぎてね?
ひょっとしてこいつも、攻略対象男子なのか?
良く見ると、寝ぐせのあるボサボサ頭に眠そうな目をしているが、そこそこイケメンに見えなくもない……。
ふむ、後で他の教師と服装とかを見比べてみようか。
攻略対象である可能性があるからな。
「わたしがこの1年A組の担任になる、『アンドルド・コハイル』です。 皆さん、よろしくお願いします」
コツコツと黒板に自分の名前を書き、グレーの教師が自己紹介をしてきた。
ついでに出席を取るようだ。
「名前を呼ばれた人は立ち上がり、簡単な自己紹介をして下さい」
呼ばれる順番は、アルファベットではなく五十音順であった。
だいたいヨーロッパ風味な世界なのに、名前の順番は日本語の五十音順とか――――ふっ……嫌いじゃないぜ、そういうの。
俺の順番が回ってきた。
ちなみに4番目――1番目は、取り巻き令嬢のアンである。
取り巻き令嬢2人も同じクラスなのだ。
「エリス・ハイエローと申します。 皆様、よろしく」
簡単な挨拶をしろと言われたので、本当に簡単にしてみた。
趣味だの特技だのなんぞ、話すつもりは無い。
だって、何を話していいか分かんないんだもの。
身体とか借り物だしさ。
こういう時はとっとと座って、他の生徒の自己紹介を見物するのが正解だよね。
そんな訳で、自己紹介を眺めているのだが――。
王子のマルオくんと将軍の息子であるコレスは、既に見知った人物だから聞き流してもいいとして。
その他に気になる人物が4人いる。
それがこいつら。
「僕は『ガルガリアン・バイアオン』、趣味は魔道具の研究で、専門分野は政治。 よろしく」
「えっと……『マリア』です。 えっと、その……よろしくお願いします!」
「『ユリオス・キーロイム』、キーロイム侯爵家の者だ。 あらゆる分野において秀でていると自負しているので、困ったことがあれば俺様に頼るといい」
「おいら『ラルフ・ユーミドリス』、得意なのは魔法かな? よろしく~」
お分かりだろうか?
『何が? さっぱり分からないんだけど?』というそこの君。
――それで正解だ!
まぁ、そりゃそうだよねー。
これから説明するんだもの。
最初に出てきた『ガルガリアン・バイアオン』という無愛想な男子は、先代の王の時代から仕えているという現役の宰相の孫。
家名にアオが入っているとおり、青い髪と青い目をして青い制服を着こなす、見た目クール系インテリメガネ男子だ。
次に出てきた『マリア』は、俺が主人公であろうと目星をつけた女子だ。
家名が無いのは、恐らく平民だからであろうと思う――この世界では、平民には家名が無いのが普通なのである
つーか主人公の名前が『マリア』とか、さすがにド定番過ぎない?
まぁ乙女ゲームなんて主人公の名前を変更して遊ぶのが普通らしいから、デフォの名前とか適当なんだろうけどさ。
3番目の『ユリオス・キーロイム』とかいう残念感漂う俺様男子は、我がハイエロー家をライバル視しているキーロイム家の長男だ。
黄色い髪と目と制服のこいつは、昔から事ある毎にエリスに突っかかってくる困ったくんらしい。
キーロイム侯爵家はハイエロー家に次ぐ規模の貴族家で、それなりに大きな派閥を持つのだが、ハイエロー家の規模と勢力があまりにも大き過ぎるので、何につけても後塵を拝するのが当たり前となっている。
ちなみにライバル視はキーロイム家が一方的にしているだけで、ハイエロー家にとってはそこらの貴族と同列視しかしていない。
そして最後の『ラルフ・ユーミドリス』という小柄な少年だが、エリスの知識によると宮廷魔導士長の家名がユーミドリスなので、たぶんその孫だと思う。
こいつも分かりやすく家名にミドリと入っている通り、緑の髪と目と制服のちょっとマイペース系男子といった感じである。
こいつらが気になったのは他でもない。
制服がモブ用の、エンジ色の制服では無かったからである。
この辺は、なんとも分かりやすくていいよね。
それにしても、乙女ゲームとしての攻略対象キャラの生徒が、赤・黒・青・黄・緑と5色で5人――お前らは戦隊シリーズのヒーローか!
そしてこれも攻略対象と思しき灰色の教師が1人で、攻略対象は合計6人――。
ん? おや?
確かこの学園ってば、『王立レインボー学園』だったよね?
レインボー学園が舞台の乙女ゲームなんだから、攻略対象男子は7色で7人とかじゃないの?
まぁ、黒だの灰だのという色は、虹には無いんだけどさ。
もしかしたら、他のクラスにいたりするんだろうか?
先輩という可能性もあるか……それとも他のクラスの教師とか?
「それでは入学式が始まりますので、皆さん講堂に移動して下さい」
色付き男子たちの考察をしていると、もう入学式の時間となってしまった。
よし、ならば入学式でエンジ色以外の制服の生徒がいないか、チェックしに行くことにしようか。
あと、念のため教師のチェックも――。
「おい、エリス・ハイエロー! 今までのように好き放題できると思うなよ! 俺様はもうお前には負けない! 学年1位の座は、絶対にお前には渡さないから覚悟しておけ!」
誰かと思ったらキーロイム侯爵家のユリオスくんが、ビシッとこっちを指差してなんか言ってきた。
お前には負けないとか言ってるが――ということは、今までは負けてたってことか?
俺はエリスの知識を引っぱり出す――知識は記憶とは違うので映像として思い出すようなことはできないが、読んだテキスト文のように知識としては引っぱり出せるのだ。
ユリオスくんとエリスの出会い、それは社交界にデビューしたての頃――。
よくある子供の調子こきで『ぼくはレイピアのたつじんなんだ! きしにだってまけないんだぞ!』と、レイピアを振り回していた迷惑小僧に『なら、アタクシと勝負よ!』と、エリスが勝負を挑み鞭でコテンパンに叩きのめしたのが最初。
その後も何かのパーティーで調子こいて領地経営の知識を披露しているユリオスくんに、間違っているところを指摘して凹ませたり――。
お茶会か何かの時に自分で作った魔道具をわざわざ持ってきて自慢していたユリオスくんの前で、その魔道具をその場でちゃちゃっと改造してもっと高性能な物にしてみたり――。
誰かの結婚式で他の子どもたち相手に『ぼくは魔法が使えるんだぞ!』と、水芸のような魔法で床を水浸しにしていたので『迷惑ですわよ』と、エリスが火魔法で放出している水を蒸発させてユリオスくんが腰を抜かしたり――。
――うむ、ユリオスくんがエリスに対抗心を持つのも、なんか分かる気がする。
そもそもはユリオスくんに非がありそうな気もするが、エリスのやり方も大人げないというか――イヤ、まぁ、子供がやってることなんだけどさ。
それでも面と向かって堂々と宣戦布告してくるんだから、ユリオスくんもきっとそんなに悪いヤツではないのだろう。
ちょっと残念臭は漂うが……。
「エリス様、どうなされました?」
「早く行かねば入学式が始まってしまいます」
考え事に集中してしまったせいで、ついつい足を止めてしまった。
取り巻き令嬢のアンとガーリが声を掛けてくれなかったら、クラスのみんなに置いてきぼりにされるところだったな。
「そうね、早く行きましょうか」
早く行って、生徒やら教師やらを見ておかないと。
アンもガーリも、ありがとうね。
…………
エリスにとっては初めての――中身の俺にとっては何十年ぶりかの入学式。
正直に言おう。
ものすごーく、退屈だった。
特に学園長やらその他偉いさんやらのお言葉というのは、どうやら年代や世界を問わないようで、とにかくひたすらつまらん話であったのだ。
どうしてああいう連中は、話がつまらないのだろうか?
つーか、つまらん話ほど長いのは何故なのだろう?
まぁ、こちらとしてはじっくりと考えたいことがたくさんあったので、つまらん時間を全て考え事に費やすことができて、それなりに有意義な時間にはなったのだが……。
あ、そうそう。
ざっと生徒と教師を眺めてみた結果なのだが、特に色が違う人物は1人もいなかった。
生徒の制服は、みんなエンジ色。
教師はみんな、黒を基調とした服を着ていた。
やはり担任の『アンドルド・コハイル』先生は、攻略対象男子なのであろう。
少なくとも主要キャラの1人であることは、間違いあるまい。
…………
一旦教室に戻り、今日は授業も無く終了。
みんな普通に帰ろうとしているが、俺には約1名、用事のあるヤツがいる。
俺はそいつにツカツカと近寄って、逃がさぬよう肩をガッシリと掴んで声を掛けた。
「マリアさん――でしたわね?」
「は、はいぃぃ!?」
いきなり俺に有無を言わさず肩を掴まれ声を掛けられて、ビビっている様子のマリア。
まぁ、声を掛けられたのが辺境侯爵令嬢という平民にとっては身分の違い過ぎる、しかもとんでもない権力をバックにした相手なので、そこは仕方あるまい。
だが安心したまえ。
何も取って食おうという訳では無い。
「あなたこの後、何か用事はありますの?」
「えっと、あたしは……その、これから――」
「もちろんありませんわよね? ならアタクシと一緒に来なさい」
「えっ、ちょっと待――」
「アン、ガーリ、念のため逃がさぬよう捕まえておきなさい」
「はい!」「お任せを!」
両腕をアンとガーリに確保させ、マリアを半ば拉致るように連れていく。
なんかコレスのヤツがカッコつけて『ちょ、待てよ!』とか言って俺の腕を掴んで止めようとしてきたので、『あら、邪魔をしないで頂けます?』とデコピン1発でノックバックさせて振りほどいてやった。
止めるでない。
別に校舎裏に連れて行ってボコろうとか、そういうのでは無いのだから安心しろ。
むしろマリアと、これから仲良くなろうとしているのだ。
まぁ、若干やりかたは強引だが。
いいよね!
俺は『悪役令嬢』なんだし!
デロデロデ~ン♪
《コレスの好感度が下降しました》
――あ、良くないかもしんない。
なんか変な効果音と一緒に、好感度低下のアナウンスが頭の中に流れたし……。
でも、やっちまったものは仕方がない。
いいことにしておこう!
――――
― ハイエロー家の屋敷 ―
「はい、1、2、右! はい、1、2、左!―― 右、左、右、左、ロー!ミドル!ハイ!」
これは一体、何の掛け声か――。
それはもちろん、身体の鍛錬である。
俺は恐れおののくマリアと、事前に説得してあったアンとガーリを自宅屋敷へと連行し、自らを含めて今日から身体と頭脳を鍛えることにしたのだ。
自分とアンとガーリに関しては以前から鍛えることが確定していたのだが、マリアに関しては急遽追加することにした。
おかっぱ頭でかなりぽっちゃりなビン底メガネの地味子さんというマリアを今朝見て『これは育成系の乙女ゲーなのでは?』と気付いたので、『もういっそ俺が鍛えたほうがいいんじゃね?』と、判断したからである。
正直にぶっちゃけると、俺がこの『乙女ゲームの世界』に来た時に追加されていた【邪神封印】というスキルは、マリアが誰とも結ばれないバッドエンドの結果なのではないかと考えたからだ。
普通に考えて、主人公が誰かと結ばれればそれはハッピーエンドである。
ならばそこには『邪神』などという邪魔者の、出番などは無いはずだ。
仮に出番があったとしても、ストーリーとしては『邪神を封印してハッピーエンド』となるのが普通なので、俺に【邪神封印】のスキルがある理由が不明だ。
それなら俺ではなく、マリアに【邪神封印】のスキルがあるのでないとおかしい。
俺のような駆け出しWeb作家でも、そのくらいのストーリーの組み立てぐらい分かる。
伊達に『小説家になるぞ』で長編小説を書きあげている、俺ではないのだ!
――話を戻そう。
ならば何故マリアでなく、俺に【邪神封印】のスキルがあるのか?
そう考えるとやはり、マリアがバッドエンドを迎えた時に【邪神封印】のスキルが必要になると考えると、筋が通る気がするのだ。
そして俺は邪神を封印するとかいう、なんか怖そうで厄介そうで面倒くさそうなことは、できればやりたくはない――というか是非とも避けたい。
となると、マリアには攻略対象男子の誰かと、ハッピーエンドを迎えてもらうのが最も良い回避方法であろう。
まぁ、俺の中にいるエリスがマルオくんのことを好きらしいので、その他の男子と結ばれてもわねばならんのだけどね。
俺としては『悪役令嬢モノの小説を書く』という理由のために、3年間も身体を俺に乗っ取られるというエリスへのせめてもの謝罪として、俺が出ていくその時までにはマルオース王子様とは恋人同士にしてあげておきたいのですよ。
てな訳で――。
育成系乙女ゲームの主人公であるマリアには、マルオくん以外の誰かとハッピーエンドを迎えて欲しい。
その為には『魅力』やら『知力』やら『身体能力』やらという各種の数値を、育成によって上昇させるのは必須条件だろう。
それにはマリア自身の努力に任せるよりも、能力も財力も権力もあるこの俺が育成するほうが、効率が良いのではないかと思いついたのだ。
そう、俺の『悪役令嬢』としての目標はここに決まった。
効率良くマリアを育成し、マルオくん以外の適当な誰かとくっつける。
そしてエリスとマルオくんの仲を進展させ、悪役令嬢としてのバッドエンドも回避する。
これらを達成するのが、これからの目標なのだ!
――と、いうことなので。
俺は、アンとガーリとあとマリアを巻き込んで、今日から共に身体を鍛え、勉学に勤しむ予定なのである。
さっきから――。
「はい、1、2、右! はい、1、2、左!―― 右、左、右、左、ロー!ミドル!ハイ!」
などという掛け声でやっているこれは、もちろんその一環である身体能力向上のための運動だ。
最初は普通に体操なんぞをやっていたのだが、途中からなんとなく興が乗ってしまっていつの間にかブートキャンプ化しているが、そこは気にするな。
「1、2、眼突き! 1、2、金的!」
これはついでに最低限の護身術も仕込んでやろうと思ってのことなので、これも気にしないように。
「あの……あたしもう限界……」
「エリス様、もう動けませんわ……」
「胸が苦しゅうございます……」
ふむ、3人ともかなりヘバってきたか。
仕方が無い、今日はこのくらいにしておくか。
「では、このくらいにしておきましょう。 30分休憩したらその後は、明日からの授業の予習を始めましょう――勉強は、私の家庭教師であるアルベルト先生が見てくれる予定です」
「え゛……」
「勉強……」
「なんと……」
なんか3人揃って、涙目になっているのだが……。
あれ? そんなにキツかったかな?
俺としては、そんなにキツくしたつもりは――。
あ、すまぬ――エリスのステータスに、俺のステータスが上乗せされているのをすっかり忘れてたわ。
人間離れしてしまったエリスの体力に合わせたら、そりゃキツいよねー。
ごめんね。
つーか、なんかこれでは俺がみんなをイジメているみたいになってしまったな……。
はっ! ひょっとして――。
俺ってば、知らず知らずのうちに『悪役令嬢』をやってしまっていたのか!?
これはまさか、業なのか!
――――
― 次の日の朝・教室 ―
「おはよう、エリス」
「おーすエリス」
「ごきげんよう、マルオ様、コレス――どうなされたのです? その絆創膏?」
教室で自分の席に座っていると、マルオくんとコレスがやってきた。
というかマルオくんの席は俺の後ろで窓側の一番後ろ、コレスの席はその隣なので、自分たちの席に来ただけだったりもする。
コレスは騎士が入れない校舎の中でのマルオース王子の護衛役なので、四六時中マルオくんにくっついているのだ。
この2人の組み合わせはそのうち、腐女子の皆さんに大人気になりそうな気がする。
「てめ、ふざけんなよ。 お前がやったんじゃねーか!」
額の真ん中にバツ印の絆創膏を貼っていたコレスに向かって、気になったので指さしながら『どうしたのか』と聞いてみたら、何か身に覚えの――。
――あー、覚えあるわ。
そういや昨日、デコピンしたっけ。
つーかコレスよ、お前さりげなく俺のことを『エリス』と呼び捨てにしたな。
まぁ、お返しにこっちも『コレス』と呼び捨てにしてやったけどさ。
まったく――。
コレスのくせに生意気だぞ。
「あの程度で怪我とは、だらしないですわね」
「おまっ、あの程度って……頭吹っ飛ぶかと思ったぞ! あのデコピン!」
んな大袈裟な。
だいたいデコピンで頭吹っ飛ぶとか無いから――あるとしたら額に穴が開くとかだからな。
「それよりもアンくんとガーリくん、それにあの平民の子の様子が変な気がするのだが、昨日あれから何かあったのかい?」
「オレの話をサラッと流すなよ!」
察するに朝から――イヤ、昨日からかな?――さんざんこの話を聞かされていたのだろう、マルオくんがコレスの話を無視して、アンとガーリとマリアの様子について尋ねてきた。
あー、あれはね――。
「たぶん筋肉痛ですわね」
「筋肉痛?」
そう、筋肉痛。
昨日ちょっと身体能力強化を頑張り過ぎたので、その結果です。
――いいよね若いって、ちゃんと次の日に筋肉痛が来るんだもの。
「実は昨日からアタクシたちみんなで、トレーニングとお勉強を一緒に――」
そこまで説明をしたところで、自己主張の強いヤツがやってきた。
そしてビシッと俺のほうを指差し、こう言い放ったのだ。
「おい、エリス・ハイエロー! 俺様はお前に必ず勝つ! 学年1位の座は、絶対にお前には渡さないから覚悟しておけ!」
そう、見た目はけっこうイケメンなのに残念臭がぷんぷんと漂う、黄色い制服に黄色い目黄色い髪の俺様キャラ。
ユリオス・キーロイムくんであった。
イヤ、ちょっと待って。
ユリオスくんってば昨日もそんなこと言ってなかった?
ひょっとして、俺ってば――。
そのセリフを、毎日聞かされなきゃいけないのか?




