好きは不思議の理によって
サイクロプス狩りが始まったのだが、騎士さんたちの戦闘を見ているとまどろっこしくてイライラする。
タフな魔物なので、負けないにしてもこれでは時間が掛かり過ぎる。
だが俺が手出しをするとあまりにも悪目立ちしそうなので、さすがに控えねばならぬ。
そこで俺は思った。
――せめて狩りに口出しをしたい。
ということで、何か口出しできるきっかけが欲しいなとあちこち視線を飛ばしていると、王子様――マルオースくんが視界に入った。
何やら真剣な顔で、騎士たちの戦闘の様子を眺めている。
きっと本当は、戦闘に参加したいのだろうなー。
気持ちは分かる――参加させてもらえないってのは、つまんないよね。
そうだ! だったら――。
「マルオース様、どうかなされましたか?」
まぁ、別にどうもしていないのであろうが、とりあえず適当に声を掛けてみる。
「別に、どうもしない」
「嘘でございましょう?――『自分も参加したい』というお顔をしておられましたわよ?」
マルオースくんが『なんで分かったんだ?』みたいな顔をしているが、そんなもん見ただけでバレバレだ。
なので、俺としては参加させてあげようと思っていたりする――気分だけでも。
「皆が『参加するな』というのだから、仕方あるまい」
ふくれっ面まではしていないがマルオースくんは、かなりおかんむりのようだ。
これは戦えないということだけでは無く、たぶん皆に仲間外れにされている――つまり疎外感もあるからだろう。
あ、サイクロプスがけっこう太い木の枝をへし折って、ブン回し始めたぞ。
ふむ、ちょっと急ごう。
まぁ大丈夫だとは思うが、このままでは間違って味方に被害が出かねん。
「あら、ならばご参加なされば良いではありませんか」
「だから私は皆に参加するなと――」
「直接でないのであれば、参加してもよろしいのではありませんの?」
「なんだと? それはどういう意味だ?」
ふむふむ、耳を傾けてくれたぞ。
「直接が駄目だと言うのであれば、離れた場所から指揮をお取りなさればよろしいかと」
「……それは……無理だ。 私は魔物討伐の指揮などとたことが無いし――」
よし! ここが本題をぶっ込むタイミングだ!
「それならば『魔物討伐の指揮を取れ』と、指揮能力に長けた者にお命じなさるとか」
「いや、それは既にアテューマ隊長が――」
「ですが見たところ隊長殿は、対魔物戦には不慣れな様子」
そう、今現騎士たちの在指揮を執っているアテューマとかいう隊長さんのやり方は、あまり上手くは無い。
エリスの知識によるとそもそも魔物の討伐というのは兵士の仕事であって、騎士の仕事では無いらしいから致し方あるまい。
騎士は対人戦――人間相手に戦うのがお仕事なのだ。
今回のように貴人の警護を兼ねる時くらいしか、魔物を相手にするなどということはまず無いのである。
――と、いう訳で。
「だが、他に指揮ができる者など――」
「アタクシができますわ――この中の誰よりも安全、かつ効率的な指揮を」
困惑するマルオースくんに、自信満々で俺を売り込んでみた。
売り込んでみたのだが――。
なしてそんな不審な者を見る目をしているのかな?
マルオースくんってば……。
「お前が指揮だと? 子供の遊びではないのだぞ!」
そんな怒んなくても――つーか、元冒険者の俺から見たら、遊びとまでは言わんが練習くらいにしか見えんす。
「アタクシとて遊びのつもりはございません。 ですので、任せてみて無能だとマルオース様が思われましたらすぐに指揮官を変更していただいて結構――もちろんその時は、アタクシを処罰していただいても構いませんわ」
ここまで言えば、少しはマルオースくんも考えてくれるだろう。
つーか、こういう言い方をすれば、ちょっと意地悪してわざと指揮をやらせてみようとか思うかもしれない。
俺の言葉に腕組みしながらちょっと考えた後、ようやくマルオースくんが決断した。
「面白い……いいだろう。 しかし無様を晒したらすぐに後退させて、厳罰をあたえるからな!」
「このアタクシが無様を晒すかどうか、とくとご覧下さいまし」
よっしゃ言質取ったぞ!
「エリス・ハイエローに命ずる! サイクロプス討伐の指揮を取れ!――者ども、王子マルオースの命である! 今よりエリス・ハイエローの指揮にて、サイクロプス討伐をせよ!」
マルオースくんの命により、何事かと訝しながら騎士たちが俺の命令を待つ態勢となった。
さて、ようやくこれで口出しができるぞ!
まずは――。
「魔法隊! サイクロプスの頭部付近を狙い、目くらましになる魔法を放ちなさい!」
俺の戦闘指揮は、これから始める。
そもそも動き回る相手にいきなりダメージを与えようとするから、思うようにいかんのだ。
ここは段階を踏んで、阻害から始めないとな――急がば回れというヤツだ。
左右5名ずつに分かれていた魔法隊から、様々な魔法が飛んでくるのだが――。
ええい! 氷の矢とか雷の魔法なんぞいらんわ!
そんなもんよりもっと視界を遮るような魔法を放てよ、この世界の魔法ってばショボいんだから!
そう、この世界の攻撃魔法はショボい。
前に行った異世界に比べ、知力や魔力の値が比較するとかなり低いせいか、全然大した威力にはならんのである。
ちなみに俺が放つと同じ魔法でも、軽く10倍以上の威力が出る。
エリスのスキルに【火魔法:中級】というのがあったを見て『試しにちょっと練習してみよう』と放った【火球】の魔法で、うっかり魔法の練習用にと築かれた石積みの壁を吹っ飛ばしてしまった俺が言うのだから間違い無い。
これは俺が憑依する前のエリスが石積みの壁に放って練習していた、という知識があったので同じようにやってみたのだが、火力・大きさ・発射速度がケタ違いになってしまった結果だ。
――おっ、でかした!
霧の魔法なんてのを使ったヤツがいたぞ!
後で誰だか調べて、何か褒美でもやりたいものだ。
「今です! 近づいて足の腱を狙って、断ち切りなさい!」
次に俺は、サイクロプスの足の腱を狙わせた。
これに成功すれば、かなり動きを阻害できるようになるはずだ。
まぁもっとも、サイクロプスの足の腱は頑丈なので、そう簡単には断ち切ることはできんだろうが。
わらわらと騎士たちがサイクロプスの足元に近づき、足首の腱に向かって剣を振るう。
うーむ、こういう作業は剣よりも斧が欲しいところだよねー。
あ……こらこら、槍を持ったお前らまでアキレス腱を狙うんじゃねーよ。
「槍隊は膝の裏を突くのです! 思い切り!」
俺の命令で、槍を持った騎士たちが膝の裏を思い切り突いた。
長い得物で膝の裏を突く――そんなことをすれば人型ならば必ずなることが、狙い通りに起きた。
膝カックンである。
グモオォォ
と、大声を出しながら、両膝をつくサイクロプス。
思い通りの体勢になり、これでアキレス腱が叩き切りやすくなった。
上から体重を乗せて振り下ろせば良いのだ!
ガシガシと腱目掛けて振り下ろされる剣。
剣で腱を切る……ダジャレとしては弱いかな?
などと呑気に考えていると、足元で攻撃している騎士たちに向かって、サイクロプスがさっき折った太い枝を振り回してきた。
視界を遮る魔法は継続しているが、さすがに痛みから攻撃されている場所は分かるのだろう。
太い木の枝が振り回され、騎士がそれを回避しようと離れる。
その隙にサイクロプスが立ち上がろうとするが――。
ズウゥーン
よし! サイクロプスがコケた!
上手いこと足の腱を切れたかもしれない。
あとは腕だ――。
「槍隊は腋を狙いなさい! 剣隊は腕の動きが止まったら、手首か親指を切るのです!」
腋は急所であり、攻撃されれば腕は振り回せない。
加えて親指を切り落とすことができれば、今のように太い木の枝を掴むということもできなくなるはずだ。
騎士の皆さんが、わらわらと俺の指示に従って動いてくれる。
自分の命令通りにたくさんの人が動いてくれるって、気持ちいいよねー。
マスゲームとかさせて喜ぶ偉い人の気持ちが、今ならちょっと分かるかも……。
サイクロプスが腕を振り回すのを止め、右手に持っていた太い木の枝を取り落とした。
どうやら脇や手首への攻撃の効果があったらしい。
親指はまだくっついているが、太いから仕方あるまい。
人間の首くらいの太さがあるから、普通に切り落とすのは難しいだろう。
俺が超合金乙の包丁を使えば、実は簡単なんだが……。
まぁ、今回は自重ということで。
ちなみにここまでの戦闘指揮は、冒険者時代に経験したオーガ討伐(第16部分参照)を、そっくりそのままやっただけである。
やはり経験というものは大切だよね。
と、いうことで仕上げに――。
「魔法隊、目くらましはもうよろしいですわ。 お待たせましましたわね――サイクロプスのひとつ目を狙いなさい! 動きの鈍くなった今なら、簡単に当たるはずです!」
今まで律儀に目くらましに徹してきた魔法隊が、一斉にサイクロプスの目を狙った。
これで外すとかはまずあり得ない。
サイクロプスのひとつ目は潰れ、ヤツは視界を失った。
あとは、むやみに暴れるサイクロプスの動きに気を付けながらの、なぶり殺しだ。
「もはやサイクロプスは自由に動けません! あとは各自反撃に注意しつつ、急所を狙って攻撃なさい!」
これでもう見てるだけサイクロプスの討伐は終わるはずだ。
騎士さんたち、あとはよろしくー。
――あ、待てよ。
そういやさっきチラ見したけど、あのサイクロプスって雄だったな……。
「股間を狙いなさい! 急所は徹底的に狙うのです!」
そう、雄ならば股間のアレとかアレは急所なはずだ。
あそこら辺ならば、例えヌルい攻撃でも悶絶して動けなくなるはず!
はずなのだが――。
イヤ、なして騎士の皆さん一瞬こっち見た?
アレ? 俺ってば何か変なこと言った?
騎士さんたちが股間を攻撃し始めたので、サイクロプスがものすごーく悶絶してのたうち回る。
男としてはその辺、ものすごーくわかる。
あ……おーい、誰だー、ケツの穴に槍を突き刺したヤツは。
あれたぶん肛門が切れたな……痛いだろうなー。
と、ここまで見ていて思い出した。
俺が辺境侯爵の令嬢で、まだ12歳の女の子だったということに……。
おや? 俺ってばひょっとして、マズいことしちゃったのではなかろうか?
辺境侯爵令嬢でしかも12歳の少女がいかに魔物とはいえ、雄の股間を目掛けて攻撃させるというエグい命令をしてしまったのは、さすがに男どもにはドン引かれてしまった気がする……。
おそるおそる、マルオースくんの様子を見てみる。
おや? 大丈夫そうだぞ。
マルオースくんは目を輝かせながら、戦闘の様子を見ていた。
よしよし、結果オーライだ。
マルオースくんさえドン引いていなければ、何の問題も無い。
エリスの身体を借りている俺としては、なるべく彼女が想いを寄せているマルオースくんとの恋愛は、成就させてあげたい。
俺が『悪役令嬢モノ』の小説を書くという冗談みたいな理由のために、エリスは巻き込まれたようなものだからな。
せめてそのくらいはさせてもらいたいのだ。
ほら、俺ってば良心的なおじさんだからさー。
――戦闘はもう、一方的に騎士さんたちがボコる展開となった。
ぱっと見、イジメのように見えなくもない。
やがてサイクロプスは暴れることも出来なくなり、ゴロンと仰向けになって動かなくなった。
まだ胸が上下しているので、生きているようだ。
頃合いかな――。
「皆、攻撃をお止めなさい!」
俺の命令で、騎士さんたちがサッと引いた。
マルオースくんのレベル上げ部隊の隊長さんであるアテューマ氏のほうに視線を向けると、向こうもそろそろ頃合いだろうと頷いてきた。
どうやらアテューマ隊長さんも、戦いながら俺と同じことを考えていたようだ。
さすがに王家の騎士だけに、気遣いもできる優秀な人らしい。
「マルオース様、準備は整いましたわ――そろそろサイクロプスに止めを刺しても良い頃合いかと」
「えっ……!?」
俺と騎士さんたちがせっかくお膳立てしたというのに、マルオースくんの反応が薄い。
こらこら、本来の目的を忘れたらいかんだろうか。
「アタクシたちがここに何をしに来ているのか、お忘れになりまして? 先手は譲る、と申し上げたではありませんか」
「あっ! そうか……」
やっぱ忘れてたのか。
このうっかりさんめ。
マルオースくんがサイクロプスに近づいて行くと、アテューマ隊長さんが『剣をその目のところから、脳に向かって突き刺して下さい』、と自らの剣を差し出した。
王子であるマルオースくんの剣が、汚れないようにとの配慮であろう。
気を使い過ぎなんじゃね?
剣ぐらい汚れてもいいじゃん――つーか、どうせ剣の手入れだって自分でやらんのだろ?
マルオースくんが、剣を突き刺すべく構える。
「思い切り突き刺して下さい」
アテューマ隊長に言われて、マルオースくんが構え直す。
大丈夫かいな?
「フンッ!」
気合とも息ともつかぬ声を上げて潰れた目から脳へと剣を突き刺すと、サイクロプスは一瞬ビクリと手足を痙攣させて動かなくなった。
「お見事!」
アテューマ隊長が大声と共に拍手をし始めると騎士の皆さんも追従して、みんなで拍手喝采となった。
もちろん俺と取り巻き令嬢の2人、コレスも一緒になって拍手だ。
拍手しながらチラリと目をやると、コレスと目が合った。
俺もそうだが、あいつも苦笑いをしている。
だよなー。
みんなでお膳立てしてんだから、お見事も何も無いわな。
まぁ、いいか。
マルオースくんも満足そうだし、入学前のレベル上げなんて接待プレイが当たり前なんだから。
――あ、マルオースくんがこっち見た。
マズい、苦笑いを愛想笑いに変えないと……。
「お見事でしたわ、マルオース様」
「うむ、エリス嬢の指揮も見事だったぞ!」
興奮して顔をいくぶん上気させたマルオースくんから、お褒めの言葉を頂いた。
イヤ、ぶっちゃけさっさと終わらせたいから口出ししただけで、褒められてもなー。
それよりも、早く次の経験値を狩りに――。
《恋のどきどきイベントが終了しました》
頭の中にアナウンスが流れた。
そっか、そういやそんなのもあったなー。
こっちは、俺のほうがすっかり忘れていた。
『マルオース&コレス』と『アキエムの森』で『戦う』、というイベントだったが――。
これってアレだよね、アニメのコラボで良くある『〇〇〇 vs 〇〇〇』みたいに、実は本人たちが実際に戦うとかでは無く共闘だったりする例のアレだよね。
『マルオース&コレス』と(一緒に)『アキエムの森』で(サイクロプスと)『戦う』
これが正解。
紛らわしいよねー。
イヤ、まぁ、タイトルとしては『〇〇〇 vs 〇〇〇』ってのはワクワクするけどさ、実際観た後で『戦ってねーじゃん!』とかツッコみたく――。
ピロリロリーン♪
《コレスの好感度が上昇しました》
今度は効果音付きのアナウンスが来たぞ。
ふむ、コレスの好感度が上がったか……。
まぁ、あいつは脳筋っぽいからなー。
おおかた俺の戦闘指揮っぷりに、『へー、あいつやるじゃん』とでも思ったのだろう。
正直あんまし恋愛という感じはしないが、まだ序盤だからこんなもん――。
ピンピロピロピロリーン♪
《マルオースの好感度が"大幅に"上昇しました》
なんか効果音が派手になったアナウンスが来たのだが――。
マルオースくんの好感度が大幅に上がったの?
えーと……確かにサイクロプス討伐の指揮で仲間外れ状態をなんとかしてあげたりしたし、見事と褒められはしたけどさ――。
そんなに好感度上がるようなことでも、無いような気がするんだが?
だいたいその戦闘指揮だって、サイクロプスの股間を攻撃させるというエグいことをしちゃったし……。
どっちかっつーと、ドン引きされてもおかしくないと思――。
――はっ! まさか!
股間を攻撃させるのを見てて、エリスに惚れたとかじゃ……。
ひょっとしてマルオースくんって――。
そっち系の性癖の持ち主なのか!?




