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護衛の依頼

 異世界転移から早1ヵ月以上が過ぎ、冒険者生活にもすっかり慣れてきた。

 俺はこの間にまたレベルを1つ上げている。

 そんなある日――。


「タロウさん、そろそろランクを上げませんか?」

 相棒のアルスくんがそう切り出してきた。


「ランク上げかぁ……」

「そうですよ――『ランク:紙』だと街の近場でしか活動できませんからね。せっかく冒険者になったんですから、やっぱりいろんな所へ行って冒険者気分を味わいたいじゃないですか!」


 そう、実は冒険者は『ランク:紙』では街から移動することが出来ない。


 冒険者のランクは下から、紙<布<木<皮<銅<鉄<銀<金、と全部で8段階になっている。

 俺たちの今のランクは『紙』、文字通り初心者のぺーぺー――見習いみたいなものだ。


 見習いなので街の近場での簡単な仕事しかさせてもらえず、ランクが上がるまで別な街や村に行くことも禁止されている。

 冒険者は『布』ランクに上がって初めて、登録した国内を自由に移動することが出来るようになるのだ。


 ちなみに、もっとランクが上がって『銅』より上になると、今度は冒険者ギルドと協定を結んでいる全ての国々を、自由に移動できる権利が与えられる。

 これは魔物に代表される脅威が、当然ながら国境など関係無しに動き回ったり勢力を拡大したりするので、それに対処をするためである。


 協定を結んでいる国は多数に及ぶ。

 この世界で国家として認知されている116か国のうち、なんと92か国が冒険者ギルドと協定を結んでいるという多さである。

 92か国の中には1つの街や集落程度の規模の国家もあるのだが、これは驚異的な数字だ。


 なので『銅ランク以上の冒険者証は、世界中で身分証として通用する』と世間で話されている評判は、あながち誇張でも無かったりするのだ。


 話は戻るが、俺はこの『ランクを上げる』というアルスくんの提案を、悪く無いと思っている。

 何と言っても行動範囲が広がる、あっちこっちを見て回れるのだ。


 俺がこの世界に来た本来の目的『リアルな描写の、異世界転移ファンタジー小説を書く』を達成するには、なるべく多くのものを見たい、多くの経験をしたい。

 それには行動範囲を広げるのが一番だ!


 というコトで。

「そうだねアルスくん、俺もランクを上げるのには賛成だ」

「ですよね!」

 これで決まりだ。


 さて、冒険者のランクを上げるにはどうすれば良いのか説明しよう。


 1.まず依頼達成すると得られる、ポイントというものを稼ぐ。

 2.ポイントが一定の値を超えたら、ランクに応じた『ランク料』を支払う。


 これだけである。


 試験などという面倒なものは無い。

 依頼を確実にこなす信用と、稼げるだけの腕があればそれでいいのだ。


『布』ランクに必要なポイントは、既に稼いである。

 所詮は見習いから下っ端への昇格なので、大したポイントは必要無い。


 あとはお金。

『布』へ昇格するためのランク料は、10万円。

 このくらいのお金は、既に2人とも余裕で貯えてある。


 俺たちにとっては余裕な金額だが、これが稼げないヤツもいるらしい。

 もっとも俺もアルスくんのおかげで安全に稼げているようなものなので、他人のことはとやかく言えんのだが……。


 …………


「ではこれが、新しい冒険者証(ギルドプレート)となります。無くさないで下さいね」

 俺とアルスくんは、ギルドの受付さんから金属のプレートを受け取った。

 名刺大のそのプレートには、それぞれの名前と『ランク:布』の表記が黒の丸ゴシック体で書かれている。


 俺たちがそれを見てニンマリしていると、以前見知った顔が声を掛けてきた。


「よう、おっさんじゃんか! へぇ~……ランク上げたのか、だったら護衛依頼やってみっか? 王都行きの馬車――モンガイさんの乗ってるやつなんだけどさ、まだ枠が3つあんだよ」

 それは俺がこの世界に来て最初に会った冒険者パーティー『エンビェスの青い光』の、槍使いの人だった。


 ……すまん、名前覚えて無い。


「いいんですか!?」

 俺が返事をする前に、アルスくんが話に飛びついてしまった。

 イヤイヤ、ちょっと待って。

 確認しときたいことがあるから。


「護衛依頼はやってみたいんですが、パーティーの他の皆さんに相談とかはしなくてもいいんですか?」

 確か『エンビェスの青い光』のリーダーは、長剣使いの人のはずだ。

 それに他のメンバーだって、布ランクになり立ての冒険者では頼り無いとか思うかもしれない。


「あー、それは大丈夫だ。俺はみんなに『ギルド行って適当なの探して来い!』って言われてここに来てっからな――おっさんなら大丈夫だ、問題ねぇよ」

 おいおい……いくら適当なの探して来いって言われたからって、適当過ぎないか?

 まぁ、せっかくだからその話には乗っかるけどさ。


「そういうことなら、俺とこの――アルスくんを枠に入れてくれませんか。俺たち2人でパーティーを組んでいるので」

 別の街に行きたくて『布』ランクにしたばかりの俺たちには、この話はまさに渡りに船。

 アルスくんも受けたいようだし、ここはお願いしましょう。


「おうよ、じゃあ2人は決まりな! あと1人だけど、ちょうど良さそうな奴は……いねぇか。まぁいいや、1人くらい足らなくてもなんとかならぁな!」

 おい、ホントにそれでいいのか? 槍の人よ。


 怒られても知らんぞ。


 …………


『エンビェスの青い光』が受けた護衛の依頼に、参加する旨の届けと街出(がいしゅつ)届をギルドに提出し、すぐにでも出発するという馬車へと俺たちは向かった。


 説明しておくと、街出届とは冒険者が一時的に別な街へと移動する時に必要な届である。

 これは冒険者ギルドが、どの街にどんな冒険者がいるかを把握するためのものだ。

 なので目的地に到着した時にも、入街・入村の届をギルドに提出しなければならない。


 ぶっちゃけ面倒だが書式は決まっているので、行先とサインを書くだけなところは助かる。

 お役所的な印象は拭えないが。


 馬車の停まっている場所は、門にほど近いギルドの商業部門の敷地であった。

 ここは荷物の積載場兼、馬車の発車場でもある場所らしい。

 ちなみに到着便の荷卸し場は、別な場所だ。


「おーい、適当なの連れてきたぞー。聞いて驚け見て飛び上がれ! なんと、おっさんとその仲間だ!」

「ども、お久しぶりです。タロウです」

「初めまして、アルスと言います。よろしくお願いします」

 槍の人に適当な紹介をされつつ、さすがにそれだけでは失礼な気がして、俺たちはみんなに挨拶をした。


「おおっ! おっさん久しぶり!」

「おっさんじゃないですか!」

「おっさんおひさ~」

「今回組むのって、おっさんだったんですねー」

『エンビェスの青い光』の面々は、相変わらず俺をおっさん呼びだ。

 ちょっと無理が無いか?……つーか、一人くらい名前で呼べよ。


 知らん人が2人いる。

 小太りのおばちゃん2人組だ。


 挨拶を交わして互いに自己紹介。

 このおばちゃんたちは、これでも『皮』クラスの冒険者なのだそうだ。

 昔はパーティーを組んで暴れていたらしいが、今は時々しか仕事をしないパートの冒険者。

 普段は主婦をしているらしい。


 今回は王都までお買い物がてら、護衛の仕事をするのだそうだ。

 買い物がメインなんすか? と聞いたら『だって普通に王都まで買い物に行ったら、旅費が掛かっちまうんだよ? だったら護衛の依頼を受けちまえば、旅費はタダだし小遣いまで貰えるんだから、やらない手は無いだろうさ』と言われた。


 なるほど、仰せごもっとも。


「モンガイさん、全部で9名ですが構いませんか?」

「そうですねぇ……腕利きの人が多いので大丈夫でしょう。構いませんよ、出発しましょう」

 リーダーの剣の人がモンガイさんに聞くと、OKが出た。

 これで俺とアルスくんの、初護衛依頼が正式に決定したのである。


 ちょっと緊張するけど、頑張ろう。


 ……あと、『エンビェスの青い光』の人たちの名前も、頑張って覚えようっと。


 ――――


 道中は平和であった。


 今回護衛の人数を多くしたのは、馬車の数が3台と多めだからというのが理由である。

 荷物が多いので盗賊にとっては、大人数で襲っても分け前が十分にある美味しい獲物だ。

 だからこちらも護衛の人数を増やして戦力を増強している。


 護衛の人数の多さは、襲うのは割に合わないぞというアピールにもなる。

 だから俺みたいな大した戦力にならない人員が混じっていても、それはそれでアリらしい。


 しかしながら、俺が全くの役立たずなのか――というとそうでも無い。

【暗視:上級】持ちなので、夜営の見張りとして重宝されたりしたのだ。

 おかげで昼間は、半眠りで歩くことになったが……。


 夜の見張りとしては、もう1人優秀な斥候役の人がいたので、時々助けてもらっていた。

 小太りおばちゃん2人組の片割れ、モレさんである。


 モレさんは【気配察知:中級】持ちという、今回の護衛では唯一のまともな斥候役なので、ほぼ終日の周辺警戒をお願いしている。

 他の連中もそこそこ周辺警戒はできるのだが、モレさんには敵わないのだ。


 …………


 トリアエズ王国の王都チューシンは、人口100万人を超える大都市である。

 その防壁の高さは優に10mを超え、もはや防壁というより長城のように王都を守り、囲っていた。


 おぉー、壮観壮観。


 王都には8日ほどで到着した。

 サイショの街は、けっこう王都に近いのだ。


 門でのチェックはサイショの街より厳しいが、時間はそう変わらない。

 門の数も多いし、チェックする門兵の数も多いからだ。


 チェックも無事通過し、荷卸し場まで到着。

 荷卸しまでが護衛の仕事です、ハイ。

 ちゃんと荷卸し専門の人もいるんだけど、サボる訳にもいかない。


 荷卸しは、午前中から日が落ちるまで掛かった。

 つーか、荷卸しだけでなく荷物の整理まで手伝わされた。


 腰が痛いぜ……。


 ギルドに入街届を提出して、行きの護衛は終了。

 帰りは3日後に出発だ。


 …………


 すっかり疲れ切って、夜。


 さすがに護衛依頼の道中では酒が飲めなかったので、しばらくぶりに一杯やりながらの晩飯だ。

 本当なら観光がてら王都の美味い物巡りでもしたかったのだが、疲れ切ってそれどころでは無い。

 なので目についた適当な店で晩飯にしてみた。


 店に入ってみたら、丼の専門店だった……。

 あ、アルスくん、俺は天丼で……。


 とりあえず一杯飲みながら、明日からどうするかアルスくんと相談だ。

「帰りの日まで何をして――」

「依頼受けましょうよ! 王都の依頼ですよ! どんなのがあるかなぁ……」

 あぁ……アルスくんは、依頼受けたいのね。


 ホントは俺、王都見物したかったんだけど……しゃーないか。

 こんなキラキラした目で語られたら、嫌とか言えんて。


「いいけど、受けるなら簡単な依頼にしようね。帰りの護衛もあるし、ケガだけはしないようにさ」

「わかりました! いやぁ、楽しみだなぁ……」


 アルスくんは、本当に楽しみなんだろうなー。


 夢中になれるって、いいよなー。


 ――――


 ― 次の日 ―


「あー、やっぱ腰がダルい……」

「大丈夫ですか――着きましたよ、早く入りましょう」

 さすっていた腰を伸ばして目の前の建物を見上げる、王都の冒険者ギルドだ。

 その大きさは、サイショの街の3倍はあるだろうか――しかも石造りの3階建てという豪華さ。


「やっぱでかいよなー」

「さすがに王都ですよね!」

 昨日の夜に入街の届をしにきた時にも思ったが、明るい場所で見ると改めてでかいと思う。


 ボケーっと見ているだけというのも意味が無いので、俺たちは建物の中に入った。

 アルスくんは堂々と、俺はコソコソと。


 建物の中に入ったとたん、けっこうな数の視線が俺たちに集まる。

『見ねぇ顔だな』『どうせ護衛か何かで来た田舎モンだろ』『あら、可愛い♪』

 などと、好き勝手なことを言っている声が耳に入る――最後のはアルスくんのことだな。


 ひと眺めして気が済んだのだろう、視線はすぐに無くなった。

 いくつか熱い視線が残っているような気がするが、たぶんアルスくんを見てるんだろう。

 視線の先にいる当のアルスくんはと言えば、どこ吹く風とばかりに依頼の掲示板に夢中になっていた。


「オークの狩猟がありますよ! こっちは――虎の討伐ですって! 大蜘蛛の討伐――は、『木』ランク以上じゃないと受けられないのか……」

「見事に狩猟と討伐の依頼ばっかしだね」

 そうなのだ、ここ王都のギルドの依頼掲示板には、採取の依頼とかが見当たらないのだ。

 さて困ったな、俺は採取の依頼がしたかったのだが……。


「よう! どっから来たんだ? お前ら」

 振り向くと、眼光の鋭い巨漢が、存在感をバリバリに出しながら立っていた。

 顔も四角く身体も四角、着ている鎧に意味があんのかと思えるほどのゴツい筋肉。


 筋肉に埋もれて、首が見えんぜよ……。

 パッと浮かんだ印象は『筋肉ゴーレム』――なんか怒られる気がするので、口にするのは止めておこう。


「サイショの街ですよ――王都の依頼って、いつもこんな狩猟と討伐ばっかしなので?」

 俺は素朴な疑問を聞いてみた。

 だって採取依頼が無いと、新人冒険者はどうしろって話になるでしょうに。


「あぁ、それな――朝一で無くなるんだよ、採取依頼は。ここは人口が多いから新人も多い。『紙』は拠点の移動ができないから、採取依頼は取り合いになるのさ」

 筋肉ゴーレム氏が、親切にもそのように説明してくれた。


「そうなのか、そりゃ参ったな――あ、タロウです、よろしく」

 せっかく親切に教えてくれてる相手なんだから、挨拶しておいても損は無いだろう。

「ノーデルだ、よろしくな。でもお前らだって、見ない顔だってことは『布』以上なんだろ? 狩猟でも討伐でも問題無いだろうが」

 そう、特に問題は無い――地元民なら。


「ランクは『布』です。護衛で来てるんで、帰りがあるんですよ――間違って大怪我とかしたく無いんですよねー、回復ポーションくらいで治る怪我なら問題無いんですが」

 裂傷程度ならすぐに治せる回復ポーションだが、手足が千切れかけるような大怪我では治りきらない。


 大怪我でも治せる大回復ポーション、手足や目や内臓の欠損まで治せる完全回復ポーション、教会の治癒士さんの完全回復の魔法など、大怪我を治す手段はあるにはある。

 だが、それら全ては高額過ぎて俺たちには手が出ない。


 大回復ポーションは1瓶で30万円もするし、教会は10万円で治してくれるが3ヵ月以上の順番待ちだ。

 つーかそれ以前に、大怪我とかしたく無い。


「そうか――だったら爆跳ウサギの狩猟とかどうだ? 狩るのが面倒だが、間違っても大怪我させられるような相手じゃ無いぞ。ほら、あれだ」

 どれどれ――ほう、あれか。


【 爆跳ウサギの狩猟(食用肉の納品):食用肉100円/100g 30kg以上100kgまで ※肉のみ買取 】


 けっこういい値段なんだな。

「肉の納品――てことは、美味いんですか? 爆跳ウサギって」

「美味いぞ」

「食える店、教えてもらえます?」

「すぐ外の――ギルドの真向かいの店で食えるぞ」

 うむ、これは決まりだな。

 今日は爆跳ウサギの狩猟をして、爆跳ウサギを食う!


 ほらアルスくん、いつまでも掲示板眺めてないで、狩猟に行くよ。

 ほーらー。

 アルスくんってば。


 ……いいかげん掲示板から離れなさい。


 ――――


 ― 王都からけっこう離れた林 ―


『爆跳ウサギ』とは、その名の通りものすごーく跳ぶウサギである。

 普通のウサギの倍ほどもある大きさで、ひと飛びで軽く10m以上は飛ぶ。

 警戒心も強く俊敏なので、狩るのが難しく逃げられやすい。


「逃がしませんよー! そこだー!」

 さっきからアルスくんは、爆跳ウサギを上回る素早さと跳躍力を見せてくれている

 もちろん見つけた爆跳ウサギは、一羽たりとも逃がしてはいない。


 さすがは、俺が見込んだ小説の主人公のモデルだ……。

 その動きもビジュアルも、主人公にふさわしい。

 アルスくんが主人公なら、どんな読者も納得だよなー。


 で、俺はというと――。


 トコトコトコ――スコン。

【隠密】のスキルで爆跳ウサギに近づき、スコンと短剣でその首を落としている。

 だって、全く気付かれないんだもの。

【隠密:極】の威力ってば、すげーぜ。


 スロットで得たスキルのおかげなので、俺スゲーとは言い難いのが少し悲しい……。


「順調ですね、もう60kgは間違いなく超えてますよ」

 爆跳ウサギはけっこう大きいので、肉は1羽で10kgを超える。

 俺とアルスくんが3羽ずつ狩っているので、間違いなく60kgは超えているだろう。


 爆跳ウサギを俺たち2人が逃がすことは、まず無さそうだ。

 見つけた爆跳ウサギは1羽も逃がしていない。

 まさに、サーチ&デストロイである。


 この分なら、午前中で上限の100kgまで狩れそうだ――などと思っていたら、アルスくんが急に止まった。

「アルスくん、どうし――」

「しっ! 静かに……聞こえませんか?」

 聞こえるって……何が?


 じっくり耳を澄ませてみると――何やら微かにカキンカキンと金属音が聞こえるような……。

「誰かがどこかで戦っているのか?」

「様子を見に行きませんか? 助けが必要かもしれませんし」

 アルスくんは音のするほうへと行きたそうで、うずうずしている。

 お前は戦闘狂(バトルジャンキー)か!


「いいけど、相手が『布』クラスで討伐できないヤツなら、参加はするなよ。その時は助けを呼びに王都方面に戻るからね」

「分かってます――音はこっちからですね」

 アルスくんは、どんどん先へと進んでいく――ホントに分かってるのかな……。


 進んでいくとすぐに、街道へと出てしまった。

 音は――あっちか、王都とは反対側のほう。

 遠くに何か見える気もしないでも無いが――老眼の目にはキツいな。


「馬車です!――馬車が襲われてます!」

「マジか!?」

「マジです!――タロウさん、先に行きます!」

 ビュン!と、まるで風のようにアルスくんが走って行った。


 ピンチに颯爽と駆け付ける――やっぱ主人公だな。

 つーか、しっかり馬車襲撃イベントを発生させてるし。

 こりゃ馬車の中の人にも、期待ができそうだ――お姫様とか乗ってそうだよね。

 ただ問題は――。


 俺が全くアルスくんの走りに、全然ついていけないってことだ。

 点になっちゃったなー、アルスくん……。


 頑張って走ろうっと。


 《レベルアップしました》

 へ? レベルアップ?

 経験値はパーティーを組んでいると等分されて、アルスくんが倒した分が半分俺に入ってくる。

 ということは、アルスくんはもう敵を倒してるってコトだよね?


 レベルアップで少しだけ速くなったけど、まだ馬車とは距離がある。

 それでもただの点が馬車の形に見えてきた。


 人もようやく見えてきたが――なんだあの数!

 敵味方の判別はまだつかんが、40~50人は確実にいるぞ。


 ん? 1人だけ速い人がいる。

 あれはまさか――アルスくんか?


 少しずつ見えてきた。

 たぶんアルスくんは大活躍をしている。

 なんつー頼もしい……。


 頑張って走ってるうちに、ようやく状況が見えてきた。

 馬車を守っているほうが押している。


 馬車を守っているのは――騎士か? つーか馬車すげー豪華!?

 こりゃホントにお姫様が乗っているかもな。

 さすがアルスくん、主人公属性持ち確定だな!


 《レベルアップしました》

 またかよ!

 アルスくん、どんだけ敵倒してんのよ!


 俺が馬車に到着するまでに、戦闘は終わっていた。

 敵――たぶん盗賊――が逃げ出したのだ。


 騎士の人はたちは全部で20人くらいだった。

 賊の死体はそれ以上。

 逃げた数もかなりの数だったはずだ、盗賊は全部で何人いたのだろう?


「ぜいぜい――やっと――ぜいぜい――追いついた……」

 辿り着いたのは戦闘が終わった後だったので、疲れた俺はその場に座り込む。


「うん? 誰だお前は」

 騎士の人――たぶん若い――が聞いてきたが、いかんせんまだ息が切れてまともに話せない。

「……パーティーメンバー……」

 やっと話せたのはその一言。


「あぁ、彼のパーティメンバーなのか。凄いな彼は、まだ少年なのに」

 俺が指を指していたおかげで、分かってくれたようだ。

 アルスくんは、中年の騎士の人と話をしている。


 俺は若い騎士の人への返事として、コクコクと頷くのが限界だった。

 ……水飲もう。


 急に騎士たちが整列をし始めた。

 馬車の乗降口を中心に、奇麗に左右に分かれての整列だ。

 正面にはアルスくんがいる。


 さっきまでアルスくんと話していた中年の騎士さんが、正面に向かって声を発した。

「冒険者アルス・ウエイントン! トリアエズ王国第2王女であられる、フィーニア姫様より特別にお言葉がある! 心して聞くように!」

「ははっ!」

 アルスくんが跪いて頭を垂れる。


 ん? なんか俺に視線が……。

 やべっ! これはアレだ、俺も跪かないとマズいヤツだ。


 俺が跪いて畏まると、すぐに馬車の扉が開いた。

 コツコツと馬車から降りる足音がするが、頭を下げているのでどんな人かは全然見えない。

 お姫様だったよね――美人かな?


「おもてをあげてください」

 お姫様の声が――って、ずいぶん可愛らしい声だな……。

 などと思いながら顔を上げて見てみたら、そこにいたのは可愛らしい女の子。


 俺の見立てだと小学校低学年くらい――青い瞳のパッチリおめめに、淡い栗色のほんのりウェーブのかかったロングヘア、鼻筋がスッキリと通った小さな鼻に、可愛らしいが意思の強そうな唇。

 ほっそりした健康そうな手足にそんな顔が乗っかった見た目は、マジでお人形さんみたい。


 これはまた可愛い女の子だね。


「ぼうけんしゃのかた、こたびはたすけてくれてありがとう。かんしゃします」

 なかなかしっかりしたお言葉ですな。

 たぶん中身もしっかりした、いい子なんだろうなー。


 女の子――フィーニア姫が、これまた可愛らしく小首を傾げている。

 アルスくんを見て、不思議そうに。


 見られているアルスくんといえば、口を開けてぽーっとしていた。

 これはアレだな、フィーニア姫が思いのほか可愛らしかったので、見惚れているというヤツだな。

 王族相手だから緊張しているというのもあるのだろう、気持ちは分らんでも無い。


 ゴホン、と中年の騎士の人が咳払いをした。

「冒険者アルス、姫様に直答を許す!」

 その一言で自分が無遠慮にフィーニア姫を見つめていたことに気付いたアルスくんが、あたふたしながらお姫様に向かってようやく口を開く。


「は……はい! フィーニア姫様をお助け出来て、光栄の極みでございます!」

 ガチガチに緊張しているアルスくん。


 つーかアルスくん、お姫様のこと見過ぎだから。

 そこまでガン見するのは失礼だってのは、さすがに俺でも分かるぞ。


「アルスどの、これからもなにかありましたら、おたすけくださいね」

「も、もちろんです! このアルス・ウエイントン、姫様のためならば、いつでもこの命を投げうってでもお助けいたすます!」

 うむ、最後ちょっと噛んだな……。


 可愛らしいお姫様と、緊張しまくってる少年。

 なんかこの2人を見ていると、微笑ましいねー。

 見ていてこっちまで笑顔になっちゃうよ。


「ではそのときは、たよりにさせてもらいますね」

「はいっ! お任せ下さい!」

 フィーニア姫が背を向けて、馬車へと乗り込む。

 アルスくんは最後までガン見だ。


 フィーニア姫を乗せた馬車は、騎士たちに守られながら王都へと向かって行った。

 残ったのはまだ跪いて馬車を見つめているアルスくんと、やれやれと胡坐(あぐら)をかいて座り込んでいる俺の2人だけである。


 しっかしいつまで見てるのかねー、アルスくんは。


「アルスくん――あーるーすーくん」

 呼んでも反応してくれないので、ちょっと揺さぶってみる。


「あっ、タロウさん……」

 よえやく反応してくれたよ。

「やっと戻ってきたか――ところでこれからどうする? 爆跳ウサギの狩り、続けようか?」

「えーと……どうしましょう?」

 うむ、これは駄目だ。

 こんな状態じゃ、何かあったら大怪我しかねん。


「今日はもう、王都に戻ろう。狩猟の成果も十分だしね」

「そうですね……」

 心ここにあらず、だね。


 しっかしさー、いくら普段関わることの無い王族、しかもお姫様と話をしたからって、そこまで気持ちを持っていかれるもんかね?

 そりゃこの国の人にとっては王族は特別なんだろうけど――そういやアルスくんは貴族の三男だっけ、そういうのも関係してんのかねー。


「可愛かったですね……」

 ん? あぁ、フィーニア姫の話か。

「そうだね、お人形さんみたいだったね」

 俺は素直に、かつ適当に相槌を打つ。


「そうなんですよね! フィーニア姫様は、なんていうか――全てにおいて完璧って感じですよね!」

「お、おう……」

「可愛いし気品があるし――あぁ……きっと優くて聡明で、天使のような――いいや、もう既にフィーニア姫様は天使……いや、女神です! タロウさんもそう思いませんか!」

「えーと……そ、そうだね」


 これはどうなんだ? 崇拝? 違うかな?

 まさかと思うがひょっとして……。


「アルスくんさ、ひょっとしてフィーニア姫様のことを――」

「なっ!……それはほら! 僕とフィーニア姫様では身分が違うというか!――でももし姫様のお気持ちが……いや、でもそんなのあり得ないし……」

 マジかこいつ……。


 確かにフィーニアちゃんは可愛いけどさ……。

 参ったなぁ……俺の小説の主人公のモデルが、ロリコンとは……。

 イヤ、でも将来的に~とか、プラトニック的な~とかなら、まだセーフな気がする。


「アルスくん、フィーニア姫様を抱きしめたいとか、キスしたいとか思ってたりは――」

「き、キス! なんて恐れ多い!」

 だよね、そうだよね――これであんし――。

「させてくれるかなぁ……キス……抱きしめたらいい匂いなんだろうなぁ……」

 どうやら安心するのは早かったようだ。


「まさかキスのその先までは考えて無いよね……?」

 無いと言って欲しい……。

「な、な、何を! そんなこと、まだ早いですよ!――えっと、でも、姫様が受け入れてくれるのなら、僕は毎晩でも頑張って――」


 うむ、これはアウトだ。

 もういいから、アルスくんもういいから――そんな細かいプレイ内容まで妄想しなくていいから。

 つーか、それうっかりその辺で話したら、不敬罪で下手すりゃ死罪だぞ。


 それにしても――主人公キャラ予定のアルスくんが、ロリコンとは……。

 これ俺の小説でもこのまま主人公をロリコンにしたら、読者ドン引きだろうなー。


 ふむ……。


 俺は『小説家になるぞ』に、このままのアルスくんをモデルにした主人公の小説を書いた時の、読者の反応を想像してみる。


 …………ん?

 …………大丈夫じゃね?

 …………大丈夫な気がする。


 そうだよ、何の問題も無いじゃん。


 だってさ――。


『なるぞ』の読者なんて、9割がロリコンじゃん。

この小説はフィクションです。

『小説家になるぞ』は架空の小説投稿サイトであり、もちろんその読者も実在しません。


あなたがロリコンだと言っている訳では、決してございません。

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