魔王の討伐
長いです。
― トリアエズ王国・王都チューシン ―
そして月日は流れ――。
俺がこの世界に転移してから、いつの間にやら早10年。
時が過ぎ去るというのは、本当にあっという間だ。
ボルディ王子殺しの冤罪を晴らし、その冤罪の元凶であるアーク・ドイマンを暗殺して、俺は平穏な生活を取り戻した。
それから今日までの日々は特に大したイベントも無く、俺は順風満帆な半隠居生活を満喫中である。
冒険者としての活動は、のんびりとではあるがまだ続けている。
やっているのは、だいたい採取の依頼だ。
採取の依頼と言っても、依頼を受けてお出かけするとかは滅多にしない。
面倒くさいし。
俺は深淵の森を移動するときに、他にすることも無いので趣味の採取をしている。
そうして溜め込んだ素材がたまたまギルドに『採取依頼』として貼られていたりするので、ストレージから取り出して納品するだけという簡単なお仕事をしているのだ。
討伐や狩猟の依頼も、たまにはやらんこともない。
アルスくんたちに会いに行くと、いつも討伐や狩猟の依頼に誘われるのでちょいちょいついて行った結果、俺も一緒に依頼をこなしたことになっていたりする。
おかげ様でいつの間にやら俺は、『ランク:銀』の冒険者になってしまっていた。
ちなみにアルスくんたち『黄金の絆』は、去年の夏ごろに『ランク:金』冒険者になっている。
もちろん深淵の森での生活も順調だ。
金ちゃんもポチも相変わらず元気――というか生態系の頂点のあいつらに何事かなんぞあるはずも無く、深淵の森の主として毎日元気に君臨し続けている。
人の住む地域での生活と深淵の森での生活の割合は、だいたい半々くらいだ。
俺はほぼ季節ごとに生活圏を変えており、春秋は深淵の森で過ごし、夏冬は人の住む地域で過ごすというサイクルが、俺のここ数年のパターンとなっている。
そして今は春の始まりという時期……。
深淵の森にも春の恵みが芽吹いてくる時期なので、俺はそろそろ戻ろうかなと考えているところだ。
「それじゃあタロウさん、行って来ますね」
アルスくんは今日もお城にお出かけらしい。
安心したまえ、留守はこの冬場と夏場限定の居候――このタロウ・アリエナイ様が守ってあげよう。
ちなみにこの家は、2年前にアルスくんが購入した持ち家である。
手狭な中古物件ではあるが、1人で住むには広い家だ――おかげで俺も余計な気を遣わず、気軽に宿代わりに使えるというものだ。
家を購入したことでもお分かりの通り『黄金の絆』の拠点は、現在ここ『王都チューシン』となっている。
王都のように国の中心になる土地は、比較的安全な地域なのが普通だ。
なので周囲には強い魔物などはおらず、王都は高ランク冒険者にとっては本来、あまり旨味の無い場所だったりする。
それでも『黄金の絆』がこの王都に拠点としているのには、もちろんそれ相応の理由があるのだが――。
「行ってらっしゃい――にしてもアルスくん、最近ちょいちょい王様に呼び出されるよねー」
「いやぁ……そこはほら、僕はまだ正式ではないですけどフィーニア姫の婚約者ですから!」
そう、アルスくんは2年前にフィーニア姫の婚約者に内定した。
王都に拠点を移したのもそれが理由である。
俺が冒険者ギルドの理事長――シャッカ・ノテヒラの爺さんに頼んだ、アルスくんとフィーニア姫が結婚するための裏工作が、ようやく実を結んだという訳だ。
ちなみにこの裏工作には、ヌイルバッハ侯爵さんも一枚噛んでいたりする。
ヌイルバッハ侯爵さんはアーク・ドイマン暗殺を、どうやら俺が殺ったものだと思い込んでいるらしい――イヤ、まぁ、実際俺がやったのだけどさ。
それでわざわざ俺を呼び出し『父と息子の仇を討ってくれた礼をさせてほしい』とか言ってきたので、一応『俺が殺ったんじゃないんですけどねー』と断りを入れつつも、これ幸いとアルスくんとフィーニア姫のことをお願いしておいたのだ。
ちなみに俺がそんなことをノテヒラ理事長やヌイルバッハ侯爵にお願いしたことは、もちろんアルスくんにはまだ内緒である。
実はフィーニア姫との結婚が正式に決まったら、その時にサプライズでネタバレしてやろうと考えているのだ。
ふっふっふっ……。
今のところ、計画通りだ!
まぁ、こんなに頻繁に王様に呼び出されるとかは、正直想定外だったけど。
「またアレっしょ? 王家の一員としての心得だとか、フィーニア姫を不幸にしたら殺すとか、そんな話に延々と付き合わされるんでしょ? アルスくんも大変だよねー、義理の父親予定の人が王様だと逆らえないし」
「大変なんてそんなことはありませんよ、どれも大切なお話ですし。 それにそんなに長時間のお話なんて出来ません――王もお忙しいので、いつもお話の途中で臣下のどなたかに連れていかれるんです」
ほうほう、なるほど。
さすがの王様も、仕事を放っぽって娘の彼氏にばかり構ってはいられないのか。
王様もよくやるよなー。
まぁ王都にいると、アルスくんがちょいちょいフィーニア姫に会いに行ったりとかするからなー。
少しでも嫌がらせをしたいというのは、父親心として分からんでも無い。
娘とかいないけど……。
つーか、そんなにフィーニア姫に会いに来させたく無いなら、フィーニア姫との婚約の条件に『王都を拠点にすること』なんて入れなけりゃいいのに……。
「それじゃそろそろ行かないといけないんで、留守番お願いしますね」
「ほーい、気を付けてねー」
いそいそとお出かけするアルスくんを見送り、昨日ギルドの職員さんが直接届けてくれた手紙を懐から取り出して、俺はまた読み始めた。
何度読んでも、ついついニマニマしてしまうな。
手紙の差出人は、アルスくんとフィーニア姫の結婚を画策している俺の共犯者、冒険者ギルドの理事長――ノテヒラの爺さんだ。
内容は他でも無い。
裏工作の進展が、ようやく最終段階に入ったという知らせだ。
ここまで長かったなー。
最初はアルスくんとフィーニア姫の出会いの回数が増えるように依頼を調整したり、アルスくんの名声が高まるような依頼をさせたりということから始まり――。
フィーニア姫の父親である王様の耳に、冒険者として将来有望で素晴らしい人格者であるとアルスくんの噂が入るようにし、その上で常日頃から王都にいる者に嫁がせればフィーニア姫ともちょくちょく会えると、貴族たちを通して王様をそそのかしてみたり、アルスくんの名声を高めるついでに王国に貢献させて、名誉伯爵なんて爵位を得られるように工作したり――。
で、さんざんそんな工作で下ごしらえをした後、フィーニア姫の結婚相手にはアルスくんがいいのでは? という話を噂話のように城内を中心に広めたりしたのだ。
フィーニア姫に対しても、頑張ってそれなりの工作はしている。
工作とは言っても、もちろんそんな阿漕なことはしてはいない。
アルスくんが熱烈アピールできるようにフィーニア姫とちょいちょい出会う機会を作ったり、フィーニア姫の好みを調べてアルスくんにプレゼントをさせたり、フィーニア姫の侍女を抱き込んでそれとなくアルスくんを恋愛対象としてお勧めしてもらったり――と、まぁそのくらいのことだけだ。
おかげでアルスくんとフィーニア姫は、今では親密な仲となっている。
どれだけ親密になったのかはわざわざ確認などはしていないが、アルスくんがフィーニア姫のところにお泊りしたり、朝帰りした時に腰をトントンと叩いているところを見るに、かなり親密になったのであろうと俺は推測しているのだ。
これらはだいたいノテヒラの爺さんがメインになっての工作だが、ところどころ俺やヌイルバッハ侯爵も関与している。
俺だって全部丸投げにしておしまい、なんてことはしていないのだ。
つーか実は俺は、途中からノテヒラの爺さんのブレーキ役をしている。
あの爺さん最初は仕方ないなという感じで裏工作をしていたくせに、なんか途中から面白くなってきたらしくなんかノリノリで策謀を巡らし始めたんだよねー。
一緒に何度も、アルスくんとフィーニア姫の結婚大作戦の話し合いをしていたから今なら分かる。
基本的に陰謀とか裏工作とか大好きなんだよなー、あの爺さん……。
それが元からなのか、冒険者ギルドという魑魅魍魎の渦巻く組織で培われたものなのかは、知らんけどさ……。
――話を戻そう。
そうやって外堀を埋め内堀を埋め、ようやく本丸である父親の王様を陥落させた。
あとは婚約を正式なものとし、勝鬨を上げるだけだ。
そのための最後のピースが、ようやく揃った。
俺宛ての手紙には、そのことが書かれていたのだ。
最後のピースは、『魔王』
人の住む土地を脅かす距離に現れた、強力な魔物の個体。
それを冒険者ギルドが『魔王』と認定し、討伐した冒険者に『勇者』の称号という名誉を与える。
そうやって冒険者に強力な魔物の討伐を促すシステム――。
それが『魔王』と『勇者』というものだ。
手紙には『新たな魔王が認定された』と書いてあった。
当然裏で、ノテヒラの爺さんが何か手を回したのだろう。
フィーニア姫との結婚が正式に認められるための条件は、残りたった1つ。
アルスくんが『勇者』になること。
それでようやくアルスくんとフィーニア姫の結婚が、正式に決定する。
アルスくんが『魔王』を倒せば、それで決まりだ。
ふっふっふっ……。
ここまでは、計画通りだ!
イヤ、なんか裏工作って楽しー!!
…………
― 夕方・アルスくんの自宅 ―
「タロウさん! タロウさんてば! 起きて下さい! ちょっと起きて聞いて下さいよ!」
うおぁっ! なにごと!
つーか、そんなに揺さぶらないで! 起きるから――今すぐ起きるから!
「なになに……どうしたのよ……あれ? 夕方?――やべっ! 晩メシ作ってねーし」
あー、昼メシ食ってからちょっとソファーで横にとか思って、そのまま寝ちまったのか……。
「晩ゴハンとかどうでもいいですから、聞いて下さいよ!」
「どうでもいいって…………なしたのさ、そんなに興奮して」
「『魔王』ですよ!……『魔王』が認定されたんですよ!」
あぁ、そうか……。
もう手配が済んだのか――ずいぶんと早いな。
「なな……なんだってー! 『魔王』が!?」
興奮しているアルスくんに驚いて見せたけども――ちょっと演技が、わざとらしかったかな?
「そうなんです! ついに……ついにこの日が来たんです!」
俺のわざとらしい演技は通用したようだ。
気にも留めずにアルスくんが、あらぬところを見ながらガッツポーズをしている。
そっちには天井しか無いぞー。
「なら早く出発して、1番乗りしないとね――『魔王』の討伐は早い者勝ちだから」
「いえ、それがですね――」
あれ? 違ったっけか? 確か早い者勝ちだと思ったのだが――勘違い?
やべー……ボケてきたかな?
「今回の『魔王』は、特別に僕たち『黄金の絆』に優先権をくれるそうなんですよ! 国王陛下がギルドに働きかけてくれて、そう決まったんだそうです」
違った、俺がボケた訳ではなかったらしい。
にしても――。
「マジか……」
「マジです! ギルドが僕らに優先権をくれたんですよ!」
イヤ、そういう意味で無く……。
あまりにもあからさまな工作に『マジかよノテヒラの爺い、ここまで露骨にやりやがんのかよ』という意味の『マジか』である。
もう少しコソコソやれってんだよ、まったくあの爺さんは。
これだからブレーキ役が必要なんだよなー。
それはさておき――。
「うん、まぁ、優先権云々の話は、それはそれでいいとして――『魔王』に認定された魔物ってどんなヤツかは聞いてる?」
まさかノテヒラの爺い、露骨に弱い魔物を『魔王』認定したとかやってねーだろうな?
ぶっちゃけあの爺さんならやりそうで、心配なんだよね。
「もちろん聞いてますよ――今度の『魔王』は、『地獄土竜』だそうです。 強敵ですよね」
「『地獄土竜』か……また難しい相手だね。 確か討伐した冒険者は、まだいないんじゃ無かったっけ?」
そう……地獄土竜は、討伐するには難しい相手だ。
まず滅多に人の住む地域に現れないことからその生態が良く分かっておらず、戦い方のノウハウもほとんど伝わっていない。
しかもその数少ない情報だけを取り上げてみても、なかなかに厄介なのが分かる。
地中を住処といているこの魔物は、まず戦うために地上に引きずり出さねばならない。
それだけでも面倒だというのに、こいつは身に危険が及ぶと地中に逃げるのだ。
地中に逃げられては、どんなに強い冒険者でも討伐は難しい。
だから地獄土竜を討伐するには、地中に逃げられる前に倒す必要がある。
そんな訳で地獄土竜と戦った冒険者は皆、討伐できずに取り逃がしている。
強さ以上に地獄土竜は厄介な相手なのだ。
ノテヒラの爺さんもこの辺はさすがに、ちゃんと魔王としてそれなりの相手を選んだらしい。
それにしても――土竜か……。
どうせならドラゴン系の魔王を倒して勇者になるとかのほうが、カッコいいのになー。
地獄土竜が『魔王』かー――。
ビジュアル的に『魔王』としては、やっぱイマイチだよなー。
――――
― テマエ法国・深淵の森側の国境 ―
認定された魔王の生息地がたまたま深淵の森のやや南側だったので、ここまでは俺と『黄金の絆』のみんなは一緒に移動してきた。
みんな気合は入っているが、気負うことも無く落ち着いている。
むしろ俺のほうが、楽しみ過ぎて落ち着いていなかったりしているのだ。
「それでは『黄金の絆』の皆さん、魔王の討伐お気をつけて」
見送りはいつもこの国境の門にいる、門番さん。
この人、いつ休んでいるのだろう?
「ありがとうございます、魔王は必ず僕らが討伐してきます!」
と、意気揚々と宣言するアルスくん。
張り切ってるなー。
「それじゃ俺もここで――頑張ってよ、みんなが勇者になるのを楽しみにしているからね」
ここまではアルスくんたちと一緒に来たが、俺はここから別行動。
深淵の森を西に突っ切って、金ちゃんの縄張りに帰るのだ。
「必ず討伐しますから、楽しみにしていて下さい――でもやっぱり、タロウさんと一緒に戦いたかったなぁ」
アルスくんそれ、まだ言いますか……。
「仕方ないじゃん。 魔王の討伐は『ランク:金』の冒険者しか参加資格が無いんだから」
俺は『ランク:銀』なので、無理っす。
「まぁ、おっさんさがいなくても、おらたちがいるから楽勝だべ」
相変わらずの消音効果の高い毛皮の鎧姿で、ノミジが任せとけとこれも相変わらずな豊かな胸を叩く。
去年新調したばかりの弓はかなりの強弓で、そんじょそこらの高ランク冒険者が引いてもびくともしないほどだ。
「頼りにしてるよ、ノミジ」
索敵に遠距離攻撃にと、ノミジが本当に頼りになるのは間違いない。
弓の腕だけ見ても、ノミジはこの若さで全冒険者の中でも五指には入ると言われているのだ。
「それよりおっさん、アタシたちが勇者になったらとびっきりの御馳走を食べさせてくれるって話、忘れてないわよね?」
そろそろ年齢的に無理がある魔法少女のコスでそんなことを言うのは、クェンリーお姉さん。
その範囲魔法はますます破壊力を増し、今では『殲滅のクェンリー』などという二つ名まで持っている。
「任せとけ、もうとっくの昔に最高の食材は集めてある――楽しみにしとけよ、クェンリー」
俺が採取してきた最高の森の恵みに、ポチが狩ってきた最高の肉、それにミッツメの街の漁民とコロッポルくんに頼んで手に入れた極上の海の幸――もう絶対に美味いぞ、任せとけって。
「もちろん酒も最高のを用意してくれてんだろうな、おっさん」
ビキニアーマー姿から覗く腹筋がいささかも衰えていないのは、『黄金の絆』の誇る鉄壁の盾――マリーカである。
火竜のブレスを完璧に防いだという武勇伝は、冒険者のみならず一般の人々にも知られているほど有名になっている。
「そっちも任せとけ――エルフの国とドワーフの国で、最高級の酒をしこたま仕入れてある」
マリーカはすっかり酒飲みになっていて、なにげにビキニアーマーから見える腹部の肝臓の辺りが、ぷっくりと膨れていたりする。
いいかげん休肝日とか作った方がいいぞ――お前の肝臓、絶対フォアグラ化してるからな。
「おっさんさんの御馳走も楽しみだけど、アルスの結婚式の御馳走も楽しみなんだよねー……王宮料理とか、食べたことないし」
ペンギンの着ぐるみから出している、すっかり丸くなった顔は……パネロだったりする。
最近着ぐるみ姿しか見ていないが、たぶん中身のほうも丸くなっているだろう。
「…………少しはダイエットしろよ」
「大丈夫! わたしはまだポッチャリだから!」
「…………」
すっかり残念な食いしん坊キャラになったパネロだが、本人の名誉のために言うと、治癒士としての腕は超の付く一流だ。
聖属性の攻撃魔法も防御のための障壁魔法も強力で、ペンギンスーツの見た目も含めて、パネロは『黄金の絆』の顔というべき存在になっている。
「それじゃあ僕らは南へ向かいます――大丈夫だとは思いますが、タロウさんも気を付けて」
「うん、みんなも気を付けてね――――あ、そうだ! アルスくん、これ持って行って」
危ない危ない、すっかり渡すのを忘れるところだった。
「何です?――手紙?」
「あっと、まだ開けないで。 魔王の討伐が終わってから読んでよ――まぁお祝いの言葉とか、いろいろと書いてあるからさ」
アルスくんに、俺が書いた手紙を渡した。
手紙の中にはもちろんお祝いの言葉も書いてあるが、実はアルスくんとフィーニア姫の結婚のためにちょっとばかし工作したことも書いてあったりする。
工作していたというネタばらしが書いてあるので、魔王を倒す前に読まれてしまっては困るのだ。
手紙にしたのには当然、理由がある。
善意からしたことでもあり、裏工作は喜んでもらえるとは思っているのだが――もしかしたら、怒られるという可能性もほんの少しある気がしたのだ。
良かれと思ってやったことが相手を怒らせるということは、たまたまあることだ。
で、目の前で怒らせると喧嘩になっちゃうので、安全のために手紙にしてみた。
危機管理は大事なので、安全地帯からのネタばらしというのは我ながら妙案だと思う。
手紙の内容はそれだけでは無い。
なんかいろいろと書いているうちに、冒険者として右も左も分からん時に仲間にしてもらったことや、ずっと友達として仲良くしてくれたことの感謝の気持ちを書いちゃったり――。
冒険者として尊敬しているだとか、仲間だったことを誇らしく思うだとか、結婚式には絶対に呼んでくれとか、これからも仲良くして欲しいとか――。
アルスくんは、俺の生涯の友達だ――。
なんて、読まれると非常にこっ恥ずかしいことまで書いてしまっているのである。
深夜に書いたから、なんかそんなテンションになってしまったのだ。
だが後悔はしていない!
それらは俺の本心だからだ!
でも手紙を取っておくようなことは、させないぞ!
どこに隠そうが必ず見つけ出して、必ず焼いてやる!
黒歴史になりそうなブツなんぞ、残すつもりは無いのだ!
――てな訳で。
アルスくんたち『黄金の絆』と別れて、俺は金ちゃんの縄張りへ。
みんなは魔王がいるはずの、深淵の森の南側へ。
次に会う時、みんなは勇者になっているんだな……。
ヤバいな――楽しみ過ぎて、顔がついついニヤけてしまうぞ。
――――
― 金ちゃんの縄張り ―
10日ほど掛けて到着――懐かしの我が家だ。
到着したのだが、なんか金ちゃんが不機嫌に見える。
いつものようにねぐらで丸まっているのだが、その様子がどうにもふて寝をしているようにしか見えないのだ。
「あ、ポチよ――待って待って」
「ガルル?」
俺の姿を見て、反射的に食材を狩りに出かけようとしていたポチを呼び止める。
イヤ、食材のリクエストとかじゃ無くてさ……。
「なんか金ちゃん機嫌悪そうなんだけど、なんかあったの?」
「ガルガ、ガルルルゥ」
「はぁ? 金ちゃんが、喧嘩売ってきた魔物を仕留め損なったって!?」
マジかよ……そんな強い魔物が深淵の森に居たのか。
「ガルゥ、ガルガルル」
「へ? 相手が死んだふりして、それで逃げられたと……」
ほうほう――で、それからずっと機嫌の悪いままなのか。
「グオアァァ! グアグオアァ!」
急に金ちゃんが大声を出し始めた。
どうやら俺とポチとの会話が聞こえてしまったらしい、
「あー、そうなんだ……逃げられたんじゃなくて、見逃してやったのね――――ハイハイ、もちろん疑ってなんていませんよー」
口ぶりからして、まず逃げられたんで間違い無いな。
それにしても、金ちゃんの目を誤魔化せるほどの死んだふりとは大したもんだ。
俺が【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動しても、誤魔化すのは不可能だというのに。
俺が書く予定の『異世界ファンタジー小説』のためには、ぜひ1度見ておきたい相手だな――うむ。
「ガルガルル」
行って来まーす、とポチが元気よく狩りに出かけようとしている。
「あっ! ちょっと待て! 疲れてるから狩りは後でいい――」
……行ってしまったし。
狩ってきたらすぐに処理しないと鮮度が落ちる。
なのですぐ捌かなければならない。
ゆっくりと休む時間が欲しいんだけどなー。
最近とみに老化が進んでいるから、疲れが溜まりやすいのですよ……。
「グォ……ググオ……グオグオ……」
まだなんか金ちゃんがブツブツ言ってる。
内容は『だいたいあんな死んだふりなんか、注意していれば見抜けたんだ』とか、『死んだふりとか汚い真似しやがって』とか、『次見かけたら、絶対ブチ殺す』とかなんとか……。
総合するとアレだね。
やっぱ金ちゃん、そいつに逃げられたんだね。
《レベルアップしました》
金ちゃんのひとり言に気を取られているところに、脳内にレベルアップのアナウンスが流れた。
またか……。
あんまし大物は狩ってくるなと、ポチには何度もいってあるんだけどなー。
ポチのおかげで、俺のレベルは何もしていなくても上がっている。
今の俺のレベルは『62』――イヤ、今また1つ上がったからレベル『63』だ。
これはアルスくんたちと比べても遜色無いどころか、上回る数値である。
確かアルスくんのレベルでも、58か59だからなー。
勇者になろうかという冒険者より上とか、俺ってばもうレベルの持ち腐れってヤツだよね。
レベルは上がっているけれども、大して強くはなっていない。
歳を重ねた分『状態異常:老化』が進み、ステータスの数値の減少割合が大きくなっているからだ。
還暦なんかとっくに過ぎてるし、これはさすがに致し方ないか……。
それでも知り合い連中は、俺のことを『おっさん』と呼ぶ。
既にニックネーム化してんだよね、なんか知らんけど……。
ついでに言うと、当然ながら上がったレベルにより獲得したスキルポイントで【スキルスロット】を回し、スキルの数もやたらと増えている。
引いたスキルは以下の通り。
【藁細工】【木登り】【賄賂】【チョーク投げ】【採掘】【盲牌】【雄雌判別】【アク取り】【染み抜き】【育樹】【飴細工】【火加減】【真・操船】【開墾】【燻製作り】【通貨偽造】【美味しい店探し】【下処理】【耐G】【浮遊】【水中呼吸】【人化】【真・盗撮】
金ちゃんの縄張りにまともな家を建てたかったのと調薬関係のスキルが欲しかったのとで【職業スキル】のスロットばかり回していたら、欲しいスキルが全然引けなくて結果こんな感じになった。
どう考えてもカタギの職業のスキルじゃ無さそうなのもあるが、そこは気にするな。
あと最後のほうに人外なスキルが3つほどあるが、まぁその辺もあまり気にしないように。
ぶっちゃけスキルとかどうでも良くなって、余りがちなスキルポイントを消化しようと【特殊スキル】のスロットを回してしまった結果だ。
あ……ポチが戻ってきた。
口に獲物を咥えて。
――あと、魔物を3匹ほど連れて。
また新しい子分を連れてきたのか、ポチよ……。
今回は……フロストギガースにグラビティドラゴン、それに即死スライムか。
相変わらずバラエティーに富んでますな……。
金ちゃんの縄張りの周辺は、ポチが自主的に巡回している。
その巡回する地域はなんか知らんけど少しずつ広がっていき、いつしか他の魔物の縄張りまで侵食していた。
フェンリルであるポチとまともに勝負できる魔物は、ここ深淵の森でもそうはいない。
少なくとも俺は見たことが無い――ポチをワンパンで倒した、金ちゃん以外は。
なので他の魔物の縄張りにポチが現れようものなら、だいたいの魔物は逃げるか白旗を掲げ降伏する。
ポチの奴はそんな降伏した魔物を子分とし、わざわざここまで金ちゃんと俺に挨拶をさせるために連れてくるのだ。
ポチが咥えていた獲物を、俺の前に置いた。
これは――魔眼ヒドラか?
『魔眼ヒドラ』とは――。
複数の首を持つ大蛇の怪物で、その首1つ1つがそれぞれ異なる魔眼を持つという魔物だ。
首を落としてもまたすぐに生えてくるという異常にタフな魔物だが、首の付け根の胴体部分を破壊されるとあっさり死ぬらしい。
今回ポチが狩ってきたのは、全長20mほどの6つ首の魔眼ヒドラ。
うむ、また凄いのを狩ってきたな。
まぁ、ポチにとっては魔眼なんぞ屁でも無いからなー。
きっと狩るのにも苦労しないんだろう。
「グオォ、グオァ」
ポチが狩ってきた魔眼ヒドラを見て、金ちゃんが何やらリクエストをしてきた。
魔眼ヒドラは目玉が美味いので、それを料理して食わせろとか言っている。
ふむ、目玉か……。
料理するなら、やっぱ煮物とか鍋とかかねー。
マグロとかなら和風の煮つけにするのだが、ヒドラだからなー。
はて、どうすべ?
疲れてるから鍋にでもするか、楽だし。
まずは魔眼ヒドラをバラさないとな。
せっせせっせと解体して、ついでに料理に使う分を【下処理】しておこう。
よし、終わった。
いいかげん疲れたけど、もうひと踏ん張り。
大きな鍋に【水鉄砲】のスキルで水を満たし、魔道コンロに乗せてスイッチオン。
街で買ってきた昆布を底に敷き、帰り道の深淵の森で採取した山菜なんかをブツ切りで投入する。
そこに魔眼ヒドラの目玉と、薄切りにした肉を入れて――。
味は醤油ベースで、ちょっとだけ味噌も足そう。
ここでスキル【アク取り】発動!
うむ、アク取りはこれで完璧だ。
旨味を少し足したいところだが……。
魔眼ヒドラの肉から出汁がでているから、こんなもんでいいかな?
金ちゃんへの挨拶を終えた魔物たち――フロストギガース・グラビティドラゴン・即死スライムが、俺のところにやってきた。
「ズモオォー!」「キシヤァァ!」「ぶるぶるぶる!」
いつものように『よろしくお願いしやす、伯父貴!』と挨拶されるのだが――正直、勘弁して欲しい。
まぁ、確かに俺は金ちゃんによって、ポチの兄貴分と決められたんだけどさー。
俺より強い魔物が大量に俺より下の立場にいるとか、なんか落ち着かんのですよ。
ちなみにポチの子分は、俺の数えている限りで既に100匹を超えている。
どれもこれも深淵の森の深部に生息しているだけあって、最弱でも魔王クラスのヤツらばかりだ。
ポチの子分なので、たぶんこいつらは俺の言うこと聞く。
つまり俺は、命令1つで人類を滅ぼせたりする軍団を動かせる立場なのだ!
――イヤ、なんか自分の立場が怖えーよ。
うっかりポチたちの前で『〇〇の野郎、ぶっ殺す!』とか口に出したら、世界が大惨事になりそうな気がする。
うむ……発言には気を付けたほうがいいな。
魔眼ヒドラの鍋がそろそろ出来上がったようだ。
さて、食わせてやるとするか。
昆布で作った器を取り出し、まずは金ちゃんの分。
そして次は普通に陶器の器を取り出し、俺の分。
で、ポチの分とポチの子分の魔物たちの分を、昆布の器によそってやる。
わざわざ昆布で作った器を使っているのは、ポチ以下が器ごと食べてしまうからだ。
金ちゃんは器用に器を残して食べられるのだが、俺がポチのために昆布の器を作って食べさせたのを見て『我もそっちの器で食べたいぞ』とか言い出したので、今は魔物連中に食べさせるときは全て昆布の器にすることとなっている。
料理に口を付ける順番は、もちろん立場が上の者から順番となる。
まず金ちゃん、次に俺、その次にポチ――で、最後がポチの子分だ。
もう金ちゃんは食べているので、次は俺の番。
まずは汁をひと口――ほう、なかなかいい出汁が出てるな。
で、問題の魔眼ヒドラの目玉だが――。
野球のボールくらいデカいので、スプーンで割って中身を口に入れてみた。
ドロッとしたほの甘さが口の中に広がる。
案外上品な甘さだな。
あと、なにげにミルク感もある。
金ちゃんは満足そうだが、俺はそんなに美味いとは思わんなー。
好みの問題なんだろうな、コレは。
俺が口を付けたので、もちろんポチも口を付けた。
まぁ、ひと口で終わるのだが。
「ウオォォーン!」
と、ポチが満足げに遠吠えしている。
ポチもこの味が好きなのか――やっぱ人間と魔物の味覚って、少し違うんだろうな。
ポチの子分たちが、ポチの許可待ちで料理を目の前にして律儀に『待て』をしている。
「おいポチ、遠吠えしてないでそろそろこいつらに食べる許可出してやれよ」
「ウオオォォーン!」
……うむ、言っても無駄か。
仕方ない、今日も俺が許可を出してやろう。
「あー、お前ら……もう食べてもいいぞ」
俺はいつものように、ポチの子分たちに食べる許可を出してやる。
「ズモオォー!」「キシヤァァ!」「ぶるぶるぶる!」
ポチの子分たちが、一斉に食べ始めた。
うむ、これでまたいつものように、ポチの子分たちが【真・餌付け】の効果で俺に懐いてしまうな……。
いいんだけどね、おかげで深淵の森での安全地帯も増えるし。
たださ、近場で採取するとこいつらが勝手に後ろを付いてきて、百鬼夜行みたいになっちゃうんだよなー。
だから安全地帯のはずなのに、付いてこられないように【隠密】と【隠蔽】のスキルの発動が必須になるという……。
困ったものだ……。
さて、魔眼ヒドラの鍋の続きを食べようかと思ったら――。
なんか腕が動かないんすけど!?
あれ? なして?
はっ? まさか――――――――石化!?
なんか指先のほうから石っぽくなってるし!
そ、そうだ! 回復――回復魔法!
――イヤ、違うし! 掛けなきゃいけないのは治癒魔法だし!
俺がパニくって焦っていると、何やら金色の光に包まれた。
石化がどんどん治っていく……。
あぁ、金ちゃんが治癒魔法を掛けてくれたのか。
「グオ、ググオォ?」
「イヤ、『どうだ? 美味いだろ?』……って、そういう問題じゃないだろうよ金ちゃん! 食べたら石化するとか先に言っておいてよ!」
「グオウウォー」
へ? 石化だけじゃないの?
金ちゃんが顎で指し示すほうを見ると、ポチの子分たちも何やら困ったことになっていた。
フロストギガースは俺のほうをピンクのハート型の目で見ている――たぶん『魅了』の状態異常だ。
おいおい、何で魅了の対象が俺なのよ。
グラビティドラゴンからはなんか紫色の靄みたいなのが見える――これは『毒』の状態異常かな?
時々ビクンビクンとダメージを受けているようだ。
即死スライムからはビリビリと放電しているようなエフェクトが――うむ、『麻痺』の状態異常だな。
さっきから動けないみたいだし、間違いあるまい。
なるほど、だいたい理解した。
魔眼ヒドラはそれぞれの首によって、魔眼の効果が違う。
たぶん魔眼ヒドラ眼の目は、食べるとその魔眼の効果が発動してしまうのだ!
つまりこの魔眼ヒドラの鍋の中の目玉は、状態異常のロシアンルーレットということに……。
うむ、これはこれで面白いからストレージに入れておいて、そのうちアルスくんたちに食べさせてやろう。
俺の【無限のアイテムストレージ】は時間経過を止められるので、保存しておいても傷まないし。
鍋の中に残っている目玉は、残り6つ。
『黄金の絆』のみんなと食べるには、丁度いい数だ。
状態異常は俺の【治癒】の魔法で治せるから、問題無い。
この魔眼ヒドラの鍋で、みんなと『状態異常ロシアンルーレット』で遊ぶのだ!
いやぁ、楽しみだなー。
――と、アホなことを考えているうちに、金ちゃんがポチの子分たちに治癒魔法を掛けていた。
即死スライムとグラビティドラゴンに――ちなみにポチは金ちゃんと同じく、状態異常には掛からない。
あれ? フロストギガースは治癒しないの?
フロストギガース、俺に魅了されたままなんだけど?
あ……今気づいたんだけど、このフロストギガースって雄なんだな。
【雌雄判別】のスキルを使うまでもない。
なんか、股間がギガースになってるし……。
つーか、こっちににじり寄ってきてないかい?
股間がギガースの状態で……。
こら待てフロストギガース!
これ以上近寄るんじゃない!
俺の背後を取ろうとすんじゃねーよ!
尻を狙うな尻を!
あっ! そうだ!
治癒――治癒魔法を!
「【完全治癒】!!!」
鎮まれフロストギガースよ!
特に股間!
…………
お食事の時間は終わった。
俺の尻に異常は無い。
魔眼ヒドラの鍋――特に目玉は魔物たちに好評で、金ちゃんを始め皆は満足したようだ。
……俺には微妙だったけど。
そうだ! 金ちゃんの機嫌も良くなったみたいだし、あのことを頼んでみよう。
「あのさ金ちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「グォ?」
「アルスくんが――えっとほら、こないだ紹介した俺の友達たちの中の唯一の男の人なんだけどさ、覚えてる?」
「ググォ」
良かった。
金ちゃんはアルスくんのことを、ちゃんと覚えておいてくれたようだ。
「そのアルスくんなんだけどね、そろそろ結婚が決まりそうなんだよ」
「グオ――クグオ、グォ?」
「イヤ、俺の結婚とかはどうでもいいから。 でさ、その結婚相手がトリアエズ王国のお姫様で――トリアエズ王国って分かる? ここからずっと東のほうの国なんだけど」
「グワァグァ?」
「あ、地図ね、ちょっと待って――えーと、ここがトリアエズ王国ね」
俺は深淵の森から東側の地図を広げ、金ちゃんに見せて指でトリアエズ王国を示した。
「グゥ」
「で、ここの国のお姫様とアルスくんが結婚することになると思うんだけどさ、その結婚式にせっかくだからド派手な演出をしてあげたいんだよ」
「グオゥ?」
「うん、そこで考えたんだけどさ――結婚式の最後に新婚の2人の国民へのお披露目があるんだけど、その時に金ちゃんが上空を旋回して祝福してくれたら、すんごいド派手な感じで喜んでもらえるかなと――」
「ググォ!」
金ちゃんから食い気味に『やる!』との返事がきた。
「マジで! やってくれるの!?」
「ググアォ、グオァオ!」
金ちゃんてば……『お前の友ならば、我の友も同然ゆえな!』とか、なんて男前なことを……!
んじゃ、遠慮なくお願いしますね。
そうと決まれば細かい打ち合わせを――。
あ、うん、確かに王国の人たちには事前に知らせておいたほうがいいよね。
いきなり王都の上空に神話のドラゴンが現れるとか、間違いなくパニックになるしね。
イヤ、ちゃんとその辺は考えて……。
うん、ちゃんと――。
目を見て言えとおっしゃる?
えっとその――。
――すんません、実はすっかり頭から抜け落ちておりました。
イヤ、毛の話じゃねーし!
――――
― 次の日・朝 ―
深淵の森は、そこそこ暖かい。
春先というこの季節でも、陽が当たれば朝でもポカポカとしている。
俺は今、【浮遊】のスキルを使ってプカプカと浮かびながら、内職の【藁細工】のスキルを使った藁人形作りをしている。
俺の作る藁人形って、けっこう評判いいんだよねー。
何に使うのかは知らんけど、存外高値で売れるのだ。
ちなみに【浮遊】のスキルを使っているのは、腰とか肩とかが楽だから。
このスキルはプカプカ浮かぶことしかできないのだけれど、使っていると重力による負荷が掛からず腰や肩などの関節が楽なので、手先の作業をする時にはいつも使っているのだ。
ただうっかり【浮遊】したままうたた寝すると、風で見知らぬ土地へと飛ばされてしまうので、気をつけねばならない。
まぁ、今日は金ちゃんもポチもいるから、うっかり風で飛ばされてもなんとかしてくれるだろう。
金ちゃんは今日もねぐらでのんびりしている。
ポチも珍しく巡回をせずに、ゴロゴロしている――いやぁ、のどかで平和ですな。
――春だよねー。
よし、これで今日のノルマの藁人形10個は完成……っと。
次は畑の手入れだ――まぁ畑と言っても、家庭菜園レベルだけど。
昨日見たら、ひどい有様になっていたんだよねー。
まぁ冬場ずっと放置していたから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
俺の家――掘っ立て小屋のすぐ横に、俺の畑はある。
毎年のことだが、この時期は完全に雑草畑だ。
今年の春は何を育てようかねー。
やっぱいつものように、葉物と枝豆かな?
「さて、始めますか」
どうせ雑草と秋に掘り残した野良イモが中途半端に芽を出しているだけなので、【開墾】のスキルを使いクワを握ってボコボコと畑を掘り返してやる。
生えていたものを取り除き取っ払い――あ、なんか草じゃないのがクワの先に引っ掛かったし。
なんだろ?
引っかかったのは小さくモゾモゾと動く生き物。
「なんだモグラか……」
そんな俺の、なにげないひと言に金ちゃんがピクリと反応した。
「ん? どしたの、金ちゃん?」
「グオグアォ……」
「イヤ、なんでもないって言うけど――なんか今、反応しなかった?」
「グオアァ!……ググアオァ……」
「『あのモグラ野郎め……』って、モグラがどうかしたん?」
「グオグオゥ!」
なんか『うるせーよ!』とか言われたし……。
そんな俺と金ちゃんのやり取りをゴロゴロしながら聞いていたポチが、こっちへやってきて何やら俺に耳打ちを始めた。
ふむふむ、ほうほう――。
なるほどね。
例の金ちゃんが逃げられた魔物ってのが、モグラの魔物だった訳ね。
それで俺のひとり言に、過敏に反応してしまった訳だ。
ふーん……。
――ん? モグラの魔物?
そういや今回アルスくんたちが倒す予定の『魔王』も、確か土竜の魔物だったな……。
イヤ、まさか……。
「金ちゃん! そのモグラ、どんなモグラだった?」
「グオグオゥ!」
「そんなこと言わずに――頼むよ! 教えて!」
俺の真剣な表情にどうやらただごとでは無さそうな雰囲気を見て取ったのか、金ちゃんが逃げられたモグラの魔物のことを教えてくれた。
大きさ・特徴からして――今回『魔王』に認定された『地獄土竜』に似ている気がする……。
「金ちゃん、ちょっと待ってて!」
俺はストレージの中を大急ぎで漁って、一冊の本を取り出した。
確か――確かここのページに――あった!
「金ちゃん、そのモグラの魔物ってこんなんだった?」
俺は取り出した魔物図鑑の1ページ――『地獄土竜』の絵が描いてあるページを、金ちゃんに見せた。
「グオ、ググオオ」
「やっぱりか!――で、そのモグラどっち方面に逃げたか覚えてる?」
「ググァ」
金ちゃんの示した方向は、やはり深淵の森の南。
アルスくんたちが討伐予定である、『魔王』の出現した地域と一致する……。
たぶん間違いない――。
地獄土竜なんて魔物が偶然同時期に現れることなど、まずあり得ない。
金ちゃんが逃げられた地獄土竜と『魔王』は、同じヤツだ。
たぶん金ちゃんから逃げて、人里に近いほうへと行ってしまったのだろう。
だとしたら――。
「なぁ、金ちゃんが逃げられたのは、そいつが死んだふりをしたからなんだよな?」
「グガァ」
「金ちゃんでも騙されるほど、死んでるように見えたんだよな?」
「グガァ」
これはマズいぞ……。
アルスくんたちが正面から戦って、地獄土竜に負けるとは思わない。
だが地獄土竜が『死んだふり』をしたとしたら……。
それで逃げられるならまだいい。
しかし地獄土竜が『死んだふり』をして、アルスくんたちが油断したところを奇襲されでもしたら……。
『魔王』クラスの魔物の攻撃だ……いかにアルスくんでも、まともに当たれば……。
――――嫌な予感がする。
「ちょっとアルスくんたちのところに行ってくる!」
俺は金ちゃんたちにそう言って、ストレージからドローンを取り出した。
特殊神経ガス散布用の、高性能AIを搭載した直径7mほどの円盤型のドローンだ。
俺はドローンの上によじ登り、【吸着】のスキルで自分を固定してAIに命令した。
「ドローン起動!――個体名アルス・ウエイントン、もしくはパーティー名『黄金の絆』の現在地って分かるか?」
「《起動しました。 目標データ取得中……………………完了。 個体名アルス・ウエイントン、パーティー名『黄金の絆』、どちらを散布目標にしますか?》」
散布とかしないっつーの、相変わらず融通の利かんAIだな。
「散布はしない、移動のみだ。 目標は個体名アルス・ウエイントン、移動速度は時速50km――イヤ、100kmで頼む。 ステルス機能を起動して、俺を乗せたまま移動してくれ」
「《本機は搭乗することを前提にした機体ではありません》」
「知ってる!――いいからこのまま移動してくれ!」
「《了解――移動します》」
ドローンが浮上し、移動を始めた。
くそっ! 風圧が半端ないぜ!
時速100kmは、ちと速すぎたかな?
でもなるべく早く移動しないと。
万が一のことが無いように、戦闘が始まる前に地獄土竜の『死んだふり』の情報を、アルスくんに伝えておかねば!
…………
― 深淵の森・南側上空 ―
昼を過ぎ、だんだんと太陽が傾き始めている。
――まだか――まだなのか。
金ちゃんの縄張りを飛び立ってから、もう7時間になる。
気ばかり焦っているのだが、まだ到着はしていない。
ドローンの上に【吸着】しているので、下の景色が目視できない。
なので現在地が把握できず、俺はもどかしく思っていた。
「《目的地まで、あと10kmです》」
AIの声が聞こえた――ようやくか!
「近くに着陸できる場所はあるか?」
俺はドローンのAIに聞いた――もし無ければ無いで、飛び降りて【浮遊】のスキルを使えばいいだけの話だ。
ただ【浮遊】のスキルを使うと、風で着地地点から流されるかもしれない。
なので近くに着陸できる場所があるなら、それに越したことはないのだ。
「《目標地点より977m離れた地点に着陸可能地点があります――着陸しますか?》」
少し遠いな――イヤ、しかし【浮遊】スキルで降りても風で飛ばされたら、それ以上の時間のロスになる可能性が大きいか……。
「そこで構わん、着陸してくれ」
ドローンが少し進行方向を変えた。
進んでいくうちに、俺の【気配察知】がアルスくんたち『黄金の絆』の、全員の気配を捉える。
そしてもう1つ、強そうな魔物の気配も……。
――くそっ! 既に戦闘が始まっていたか!
アルスくんたち『黄金の絆』と強そうな魔物の気配は、今現在戦っている最中のようだ。
大丈夫、まだ間に合う。
急げ、急げ、急げ!
ようやくドローンが着陸地点に到着し、地面に降りた。
俺は急いで飛び降りドローンをストレージに乱暴に放り込んで、アルスくんたちのところへ全力で駆け出す。
直線距離で約1km。
俺の今のステータスの速度なら、たとえ森の中でも3分かからずに行けるはず!
全力で森を駆け抜けながら、戦闘の気配を感じ取る。
戦いは『黄金の絆』が間違いなく優勢のようだ。
それはいい。
問題は地獄土竜が、『死んだふり』をするかどうかだ……。
あともう少し――そろそろみんなの姿が見えるはず!
「必殺! 烈風乱れ斬り!」
アルスくんの声が、無数の斬撃音と共に聞こえた。
そして、ドウッ!と何か巨大なものが倒れる音がそれに続いた。
アルスくんたちが戦っていた魔物の気配が――消える。
「やったか?」
駄目だアルスくん――それは言っちゃいけないセリフだ!
ようやくアルスくんの姿が見えた。
すぐ近くに倒れている巨体は――やはり地獄土竜か。
「やっただ、もうそいつの気配は無いだよ――あと、おっさんさが来てるべ」
あぁ……ノミジが俺のほうを指さしている……。
待て、まだ気を緩めるな――。
そいつは――。
「タロウさん! 来てくれたんですか! 見て下さい――僕、『魔王』を倒したんですよ!」
馬鹿! アルスくん、こっちを向いちゃ――地獄土竜に背を向けちゃ駄目だ!
「アル……くん、駄目――――そいつ……んだふり――」
叫ぼうとしたが、出来ない。
全力で走ってきたせいで、息が上がって声が出ない。
「はい? 何ですかタロウさん?」
マズい! アルスくんの意識が余計俺のほうに――。
その時、地獄土竜の気配がいきなり復活した。
やはりヤツは『死んだふり』をしていたのだ。
「アルスさ! 後ろ!」
気配を察知したノミジが、アルスくんに向かって叫ぶ。
「えっ?」
アルスくんが振り向こうとするが――遅い。
地獄土竜の右前脚の凶悪な爪が、アルスくんの背後目掛けて――。
――させるものか!
「【敵意引受】!」
爪がアルスくんに届くギリギリで、俺は地獄土竜に向かって【敵意引受】のスキルを発動した。
【敵意引受】は発動した相手の敵意を俺に向けさせ、俺以外に攻撃をすることを出来なくさせるというスキルだ。
スキルの発動により、地獄土竜の爪はアルスくんを素通りした。
計 算 通 り だ。
ここまではいい、問題はこの後だ。
アルスくんを素通りした地獄土竜の爪が、俺を標的に迫ってくる。
ヤバい――。
ギリでスキルを発動したまではいいが、俺はまだ引き続き息切れしていて動けない。
「タロウさん!」
「おっさんさ!」
アルスくんが俺を助けようと、左右の剣を構える。
ノミジが地獄土竜の右前脚を狙って、弓に矢を番えた。
でも無理だ――間に合わない。
爪が俺に届くほうが、間違いなく早い。
地獄土竜の爪をなんとかできるようなスキルも無い。
俺の得意な【隠密】と【隠蔽】のスキルも、一旦どこかに隠れないと効果が無い。
あぁ――。
これは詰んだかな?
――こんな事態になったというのに、不思議と落ち着いている。
――時間がゆっくりと流れている気がする。
他に打つ手は無いだろうか?
ゆっくりと過ぎる時の中で考える。
あるな――1つだけ。
俺の【無限のアイテムストレージ】には、金ちゃんの鱗が入っている。
地獄土竜の爪などでは、金ちゃんの鱗に傷一つ付けられる訳が無い。
金ちゃんの鱗を、俺と爪の間に出すことができれば――。
俺の左腰にあるストレージへと手を伸ばそうとしたが――手が動かない?
イヤ、違うか。
もの凄くゆっくりと動いているのだ。
これは間に合わんなー。
うむ、これは駄目だ――死ぬわ。
まぁ、いいか。
読み専の女神さんによると、俺は死んでも元の世界の元居た時間に戻るだけらしいからな。
それに俺は、もういい歳の『おっさん』だ。
爺いじゃないぞ――還暦はとうに過ぎてるけど、まだ『おっさん』だ。
アルスくんのような結婚を控えている『若者』よりは、俺のような『おっさん』が死ぬほうがいいに決まっている。
しかもアルスくんは俺の『親友』だしな――俺が代わりに死んだとしても、悔いは無いさ。
時間の流れが元に戻った。
地獄土竜の爪が、俺に突き刺さる。
激痛と共に、視界が暗闇となった。
【暗視】のスキルを得てからは、初めての暗闇だ。
全身から力が抜け、感覚が失われる――。
「タロウさん!」
「おっさんさ!」
「おっさん!」
「おっさんさん!」
「おっさぁーん!」
アルスくん・ノミジ・クェンリー・パネロ・マリーカの声が聞こえた。
さよなら、みんな。
「グオオオォォォーーー!!」
あぁ……これは金ちゃんの声だ。
駆けつけてくれたんだな……。
ここは金ちゃんの縄張りからかなり離れているのに、ずいぶんと早い――。
さすがは金ちゃんだ。
ありがたい――金ちゃんが来てくれたなら、もうアルスくんたちに危険は及ばない。
地獄土竜なんて、金ちゃんならひと捻りだ。
――あ、そう言えば悔いが1つだけあったなー。
アルスくんとフィーニア姫の結婚……式、出たかっ……た…………な…………。
俺の意識は暗闇に飲まれた。
俺は――。
死んだ。
※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※
『魔王』の動きが鈍くなってきている。
かなりのダメージを与えたようだ。
あともう少し――。
ならばこれでどうだ!
「必殺! 烈風乱れ斬り!」
僕が編み出した99の必殺技のうちの1つである『烈風乱れ斬り』を放ち無数の斬撃を浴びせると、『魔王』地獄土竜はドウッ!と倒れた。
そしてそのまま、地獄土竜はピクリとも動かなくなった。
「やったか!」
手ごたえはあったけど、油断はできない。
確実に死んだと確認できない限り、魔物に隙を見せるなどしてはならないのが冒険者の心得だ。
「やっただ、もうそいつの気配は無いだよ――あと、おっさんさが来てるべ」
ノミジが気配を確認してくれたので、僕はほっと息を吐いて緊張を解く。
さすがに『魔王』、今までで最強の敵だった――っていうか、タロウさんが来てるって?
――あっ、本当だ。
「タロウさん! 来てくれたんですか! 見て下さい――僕、『魔王』を倒したんですよ!」
僕が魔王を倒し『勇者』となることを――愛するフィーニア姫との結婚を決めることを、タロウさんはいつも応援してくれた。
そんなタロウさんが魔王を討伐するところを見に来てくれたのは、とても嬉しいことなのだが――何というか、どうも様子がおかしい。
僕のほうを指さして、何かを言おうとしているようだ。
何だろう?
「アル……くん、駄目――――そいつ……んだふり――」
タロウさんが何か言っているんだけど、良く聞き取れないな。
僕が『魔王』を討伐したから、お祝いの言葉とか言ってくれてるのかな?
そうなら嬉しいんだけど。
ていうか、それならそれでもっとちゃんと言って欲しい――よし、もう1回言わせちゃえ!
「はい? 何ですかタロウさん?」
ちょっと聞き方がわざとらしかったかな?
でもいいよね、僕とタロウさんの仲だし。
「アルスさ! 後ろ!」
ノミジの叫び声が聞こえた――後ろ?
「えっ?」
後ろって、いったい何が……。
振り向こうとしたら――。
「【敵意引受】!」
タロウさんが叫んだ――スキルを。
確かそのスキルは、使った相手の敵意を自分に向ける効果があるはず……。
振り向くと、目の前には地獄土竜の爪があった。
避けないと――。
爪が迫ってくる――。
反応が出来ず諦めかけた時、地獄土竜の爪が僕のすぐ横を何故か素通りした。
えっ? どうして?
あぁそうか、タロウさんのスキルだ……。
タロウさんが敵意を引き受けて、僕を助けてくれたのだ。
待て、だったら地獄土竜はタロウさんに攻撃を――。
再び振り向くと、地獄土竜の爪がタロウさんに迫っているのが見えた。
「タロウさん!」
あの爪をなんとかしないとタロウさんが!
切れるか――でも間に合わない!
「おっさんさ!」
ノミジも矢を射ようとしているけど、たぶんそれも間に合わない。
このままだと――。
地獄土竜の爪が、タロウさんに突き刺さった。
――間に合わなかった。
「タロウさん!」
「おっさんさ!」
「おっさん!」
「おっさんさん!」
「おっさぁーん!」
目の前の光景が信じられない。
僕はタロウさんの名前を叫ぶことしかできなかった――たぶん、みんなも。
「グオオオォォォーーー!!」
凄まじい咆哮が響いた。
僕は思わず目の前の光景から目を離して、上空から聞こえた咆哮の主を見る。
あれは――神話のドラゴン?
そうだ間違いない、あれは神話のドラゴン――タロウさんの『友達』だ。
神話のドラゴンの口から、金色の光――ブレスが放たれた。
放たれたブレスは地獄土竜の胴体を、いとも簡単に四散させる。
――すごい威力だ。
神話のドラゴンは、次にタロウさんに突き刺さった地獄土竜の爪を引き抜く。
タロウさんの身体が崩れ落ち、仰向けに倒れた。
「【聖なる癒し】!」
あぁ、パネロが回復魔法を掛けてくれた。
これでタロウさんの怪我が――。
「だめ……なおんない……なんで――なんでなおんないのよぉ!」
そんな――パネロの【聖なる癒し】が効かない。
死んでさえいなければ、どんな怪我でも治せる魔法のはずなのに……。
そう、死んでさえいなければ……。
神話のドラゴンから、金色の光――今度は丸く輝く、優しい光が放たれた。
光は、地面に横たわったタロウさんを包み込む。
「おい! おっさんに何すんだよ!」
マリーカが盾を構えて、神話のドラゴンに向かって行く。
「待ってマリーカ、違うよ」
「違う? 何がだよ! あいつおっさんに――」
「あのドラゴンは、タロウさんを治そうとしてくれているんだよ」
「え? そうなのか?」
「そうだよ。 忘れたのかい? あのドラゴンのこと――フェンリルと一緒に紹介されたじゃないか、タロウさんの『友達』だって」
「あぁ……」
『友達』という言葉で、マリーカが静かになった。
きっと分かったのだろう――タロウさんの『友達』なら、絶対にタロウさんのことを助けようとしているのに違いないということを。
だって――僕らもタロウさんの『友達』だから。
『友達』なら、絶対に助けたいはずだから。
金色の光に包まれたタロウさんの身体が、みるみるうちに元に戻って行く。
凄い――これが神話のドラゴンの魔法か……。
タロウさんの引き裂かれた身体がすっかり治ると、金色の光は消えた。
すっかり治ったはずなのに、タロウさんは目覚めない。
「ちょっと……なんで起きないのよ。 治ってるのに……」
クェンリーがまだ目覚めないタロウさんに向かって、トボトボと近づいて行く。
そしてタロウさんの肩の近くに座り、身体をゆすり始めた。
「起きなさいよ! 治ってるんでしょ、おっさん!――起きなさいよ、早く起きなさいってば……もう、何で起きないのよおぉー!」
クェンリーが怒っている。
タロウさんの身体をゆすりながら怒っている。
それを僕を含めたみんなは、無言で見つめていた。
認めたくなくて――絶対に認めたくなくて、何も言えなかった。
――視界の端に、何かが動いているのが見えた。
あぁ、地獄土竜の頭か。
首から上だけになっても、まだ生きているんだな……こいつ。
こいつのせいでタロウさんが――。
こいつがタロウさんを――。
その先の言葉は、考えたく無かった。
その先の言葉を、認めたくは無かった。
なので僕は現実から少しでも目を逸らそうと、そいつに近づいた――地獄土竜の頭に。
そしてまだ死んでいなかったそいつを、上段から振り下ろした剣で叩き切った。
地獄土竜は――『魔王』は、死んだ。
僕が殺した。
僕は、タロウさんの仇を討ったのだ。
そう……仇を討ったのだ。
殺された、タロウさんの仇を……。
あぁ、認めてしまった。
タロウさんが――死んだということを。
僕はタロウさんの亡骸に近づき、すぐ横に座り込んだ。
こんなに綺麗に身体が治っているのに、タロウさんはもう目を覚まさないんだな……。
いつの間にかみんなも、タロウさんの側に座っていた。
神話のドラゴンも、その巨体を横たえている――僕らと同じく、タロウさんを見送るために。
そういえば、タロウさんにこの神話のドラゴンの名前を教えてもらってたっけ。
確か――金ちゃんさんだったはずだ。
「あの……金ちゃんさん」
「グオ?」
「タロウさんは――亡くなってしまったんですよね」
「グオゥ」
――確認してしまった。
神話のドラゴン――金ちゃんさんが『あぁ、そうだ』と頷いた。
タロウさんが死んだという事実をより実感し、心がズシリと重くなる。
もう現実から目を背けるのは止めよう。
タロウさんは――僕の1番の『友達』は、死んでしまったのだ。
僕はタロウさんの亡骸を見つめながら、たくさんのことを思い出す。
最初に出会った、冒険者になったばかり頃の思い出。
一緒に依頼をこなして、一緒にバカなことをやって――時には頼り、時には頼られる日々。
パーティーからタロウさんが抜けても、僕たちはずっと『友達』だった。
フィーニア姫とのことも、いつも真剣に考えてくれて――。
そこまで考えた時、ふいに思い出した。
そういえばこないだの別れ際に、手紙を受け取っていたっけ。
確かタロウさんは、魔王の討伐が終わってから読んで欲しいと言っていた――お祝いの言葉が書いてあるから、と。
僕はアイテム袋から、タロウさんにもらった手紙を取り出した。
手紙の入っている封筒が、けっこう厚い。
封筒から手紙を出して読んでみる。
ここにはタロウさんから僕への言葉が、たくさん書いてあるはずなのだ。
だからタロウさんの前で、読む。
そのほうが、タロウさんの言葉がより僕に伝わる気がしたから。
手紙の冒頭は、お祝いの言葉だった。
僕とフィーニア姫の結婚が『魔王』を倒したことで正式に決まることへの、お祝いの言葉だ。
続いて僕とフィーニア姫の結婚のために、タロウさんとその仲間たちが裏で色々と工作していたことが詳しく――って、タロウさん、そんなことしてたんですか?
全然気づかなかった。
まったく、この人は……。
ありがとうございます、タロウさん。
手紙には、冒険者になりたての頃から今までずっと友達だった、僕に対しての感謝の言葉なんかが書かれていた――何を言ってるんですかタロウさん、感謝しているのは僕のほうです。
あと冒険者として尊敬しているとか、仲間だったことを誇らしく思うとか――もうなんですかそれ、僕がタロウさんに対して思っていたこと、そのまんまじゃないですか!
結婚式には絶対に呼んでくれって――そんなの当たり前じゃないですか!
これからも仲良くして欲しいって――それは僕からお願いすることですよ!
ズルいですよタロウさん。
こんなこと手紙にして僕に伝えるなんて……。
タロウさん死んじゃったから――。
死んじゃったから、僕からタロウさんに伝えることが出来ないじゃないですか!
――手紙の続きには、信じられないことも書いてあった。
実はタロウさんは、この世界の人間ではないというのだ。
僕よりずいぶん年上だから、自分は先に死ぬだろう――だが悲しむことは無い、自分は異世界からやってきた人間で、死んでも元の世界に帰るだけなのだから、と手紙には書いてあった。
そんなことが本当にあるのだろうか?
本当だったらいいな――と、僕は思う。
――いつの間にか僕の頬には、涙が伝っていた。
困ったな、なんか手紙の文字が読みにくいや――もう少しで読み終わるのに。
あと1枚……。
タロウさんからの、最後の言葉。
手紙の最後の1枚には、たった1行しか書かれていなかった。
―― 我が生涯の親友、アルス・ウエイントン様へ ――
それがタロウさんから僕への手紙の、最後の1文だった。
…………
手紙から視線を放すと、もう空は夕暮れだった。
周囲にはいつの間にか、たくさんの魔物が集まっていた。
その中にはタロウさんに紹介された、フェンリルもいる――確か、ポチさんだったか。
魔物たちも、タロウさんの亡骸をじっと見ている。
あぁ、そうなのか――この魔物たちも、みんなタロウさんの『友達』なのだ。
――魔物たちを眺めていると、タロウさんの亡骸が光り始めた。
これはいったい……?
人間よりもずっと深い知識を持つ神話のドラゴン――金ちゃんさんに何が起こっているのか聞こうと思ったのだが、金ちゃんさんも不思議そうな表情で光るタロウさんを見ている。
これは、神話のドラゴンの英知でも不可思議なことなのだろうか?
光は輝きを増し、タロウさん自体が光そのものに見えるようになった。
やがて光は小さな粒子となり――。
光の柱となって、天に昇って行った。
あぁ――手紙に書いてあったことは、きっと本当だったのだ。
タロウさんは異世界から来た人で、光の柱になって元の世界に帰って行ったのだ。
きっとそうだ――そうに違い無い!
タロウさんは元の世界に帰って、生き返るんだ!
僕は嬉しかった――でもやっぱり、凄く悲しかった。
「グウオオオォォォ!!」
神話のドラゴン――金ちゃんさんが、夕焼けに染まる空に向かって哭いた。
それに続くように、魔物たちも一斉に哭き始めた。
僕も泣いた。
空を見上げながら、大声で泣いた。
パネロも、ノミジも、クェンリーも、マリーカも――タロウさんのために、泣いた。
――聞こえますかタロウさん。
――僕たちはあなたがいなくなってしまって。
――とっても、とっても悲しいです。
※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※
その日、深淵の森は悲しみに包まれた。
魔物たちは友を失い、哭いた。
勇者たちは友を亡くし、泣いた。
魔物たちの哭き声と、勇者たちの泣き声は――。
夜の暗闇が悲しみを覆いつくしてもなお――。
いつまでも――いつまでも、深淵の森に響き続けたのであった。




