逃亡者おっさん
先週の更新、予告なく休んですんません(^^;
― とある宿の空き室 ―
外は雨。
ボルディ王子の暗殺という冤罪によって逃亡中の身ではあるが、雨の中での野宿はあまりしたくない。
なので俺は今、適当な宿の空き部屋に勝手に入って泊まらせてもらっている。
もちろん無料で泊まるつもりは無い。
素泊まり分の料金は、黙って部屋に置いていくつもりだ。
『ボルディ王子の暗殺』という容疑で指名手配されてはいるが、俺はとりあえず逃亡生活にそれほど不自由は感じて無い。
宿にはこうして適当な空き部屋に忍び込めば泊まれるし、食事は自分でも作れるし屋台で食べることもできる。
街や村の出入りも【隠密】と【隠蔽】のスキルを使えば問題無いし、逃亡資金だって潤沢にある。
なのでただ生きていく分には、特に問題は無いのだ。
ただ飲食店で食事を取ったりするのは警備兵を呼ばれそうなので落ち着かないし、ギルド関連の店にはもちろん入れない。
あと公共の施設も使えないし、素材の換金なども身分証を見せなければいけないので出来ない。
なので生きていく分には問題無いが、それなりに窮屈ではある。
ここ数日の間なんで俺にボルディ王子の暗殺容疑が掛かっているのかを調べていたのだが、やはり俺の冒険者証が殺害現場に落ちていたのと、部屋の中に俺の足跡が残っていたこと、それに加えて犯行時間に近くで俺らしき人物が目撃されたのが決め手になっているらしい。
冒険者証は冒険者ギルドに預けていた。
なので俺がその場にいた証拠にはなり得ないはずなのだが、そこは冤罪モノのお約束――ギルド経由で預けられた職人さんの工房が荒らされ、何故か俺の冒険者証だけが盗まれていたのだそうだ。
そしてその荒らされた工房には、やはり俺の足跡が残されていたという。
あと俺っぽい怪しい人物の、目撃証言も……。
ちなみに残された足跡は、俺がアーク・ドイマンと会った屋敷に残されていた俺の足跡と、完全に一致したらしい。
そう、あの固まる前に俺が踏んでしまったコンクリもどきの足跡と……。
てかさ、思いっきりしてやられたよね!
2つの現場に残された足跡って、絶対に俺が踏んだコンクリもどきで型を取ったヤツじゃん!
そんな訳で――工房で盗まれた冒険者証は俺が盗んだ物とされ、その流れでボルディ王子の殺害現場に落ちていた俺の冒険者証も、犯人である俺がうっかり落とした物と断定された。
加えて当然これも捏造だろうが、2つの現場近くで俺らしき人物の目撃情報もある。
これが足跡と冒険者証によって俺が犯人とされた証拠と経緯だ。
つーかマジで勘弁してほしいよね、そんな怪しげな証拠で犯人にされるとか。
科学捜査の無い世界なんて、こんなもんなのかもしれないけどさー。
まぁ、それは置いといて――。
俺としては冤罪での指名手配なんぞ屁でも無いのだが、やはり知り合いや友人たちには心配を掛けているだろうなとは思う。
なので逃亡生活をしながら、友人知人の元へ『俺は殺ってないよ』と伝えに行くつもりだ。
友人知人のところは俺の立ち寄り先として、監視されている可能性もある。
会うにしても慎重に会わないとなー。
お土産は無いけど、まぁそこは勘弁して欲しいところだ。
――――
― ボーリャクの街から少し離れたとこ ―
「エドガーくーん。俺タロウ、今あなたの後ろにいるの」
「おわっ! びっくりしたー!……つか、タロウのおっさんじゃねーか! 何してんだよこんなとこで!」
「何をと言われても……逃亡生活?」
まず俺が尋ねたのはエドガーくんたち『真実の探求者』
エドガーくんも俺と一緒に前ヌイルバッハ侯爵の暗殺の件についてあれやこれやしていたので、ひょっとして彼らも俺と同じく困ったことになっていやしないかと心配してのことだ。
「で、タロウのおっさん、念のため聞くけど……殺ったのか?」
「殺ってねーよ! アーク・ドイマンの野郎に嵌められたんだっつーの! つーか、分かってるくせに聞くなよ――ところでエドガーくんたちはどうよ? 何かおかしなことに巻き込まれて無いか?」
そう聞いてみると、パーティーメンバーであるリランちゃんとチョルちゃんの2人と顔を見合わせ、肩をすくめてエドガーくんがこちらを見た。
「まさに今、巻き込まれてる真っ最中――ここんとこ、金にならない依頼ばっかり押し付けられてるとこ」
なるほど、やっぱりこっちにも嫌がらせが来てたか。
「ご苦労様」
「まぁ暗殺犯として指名手配されてるタロウのおっさんよりは、まだマシだけどね」
そりゃそーだ。
「でも、こんなのっていつまで続くんだろう?」
リランちゃんが眉をハの字にして、困っている。
「あら、この目の前の暗殺犯を突き出せば、あたしたちへの嫌がらせはすぐに終わるんじゃないかしら?」
チョルちゃんや、ジト目で俺を見ながらそんな怖いこと言わないでくれる?
「あー……それはさすがに……」
だよねリランちゃん、やっぱこの娘はええ娘や。
こらエドガー、真面目に考え込むんじゃねーよ。
「冗談よ」
チョルさんや、あなたが言うと冗談に聞こえんからやめて下さい。
あとエドガー、冗談だって言ってるんだから考えるのをやめれ。
「まぁアレだ、俺も頑張って逃げるからお前らも頑張れ。俺は色々と忙しいんで、そろそろ行くわ――あ、ヌイルバッハ侯爵さんにもよろしく言っといて」
慌ただしくなったが、長居するとエドガーくんが本気で俺を警備兵に突き出しかねない気がするので、これでおさらばだ。
エドガーくんは基本友達は大事にするヤツなんだが、彼女のリランちゃんが絡むなら俺を悪魔に売り渡すくらいはやりかねんヤツだからな。
手を振って、そそくさとその場を去る俺。
もちろん【隠密】と【隠蔽】のスキルも発動だ。
さて、次はアルスくんのとこに行かねば……。
たぶん容疑者の関係者として見張られてるだろうから、アルスくんたちに迷惑の掛からないように、慎重に行動しないとな。
――――
― ミッツメの街・かなり沖合 ―
ザッパアァァ
「みんなこないだぶりー」
俺は『噴射のブーツ』を全開にし、海から勢いよく浮上して『黄金の絆』のみんなが乗るタイタンニク号へと飛び乗った。
「タロウさん! 何で海から!」
「だって陸だと常に監視の目があってウザったいんだもん。海なら警備兵もギルドの人間もいないし、会うならやっぱ海っしょ」
ここまでずっと海の中を進んできたのでちと疲れたが、陸で会うよりはよほど安全だろう。
「あー、確かにおらたち見張られてただからなー」
「なんかジロジロ見られてたよな」
「そうかなー? わたし良く分かんなかった」
「あんたペンギンだから、いつも誰かに見られてるもんね」
と、女性陣がおっしゃっている。
――なるほど、やはりか。
街中はもちろん街の外でもちらちらと、アルスくんたちの周囲に監視の目は光っていた。
俺に最も近い関係者であるのだから、当たり前っちゃ当たり前だろう。
ここはトリアエズ王国の国内であり、俺にはこの国の第1王子暗殺の容疑が掛かっているのだ。
「念のため聞きますけど、タロウさん……殺っちゃったんですか?」
「殺ってないから、アーク・ドイマンの野郎に嵌められただけだから――つーかそれ、エドガーくんにも同じこと言われたわ」
「エドガーに会ったんですか?」
「あいつも関係者だから、気になってね――あっちはあっちで、嫌がらせで金にならない依頼を押し付けられているんだとさ。こっちは大丈夫?」
「僕らは問題ありませんよ、これでも『クラス:銅』の中ではトップクラスの稼ぎがある冒険者ですからね――僕らを干したりなんかしたら、ギルドが大損ですよ」
「あー、なるほどねー。でもまぁ、何があるか分かんないから、一応気を付けてはおいてね」
「分かってます」
頼もしくなったよなー、アルスくんも。
勇者が夢だったころの、駆け出し冒険者の少年だった時とはまるで違う。
勇者が目標の、高ランク冒険者になったアルスくんは、俺なんかよりよほどしっかりしていて地に足がついている――俺の親友だ。
まぁ、親友ってのは俺が勝手に思ってるだけかもしんないけどさ。
いいじゃん! そもそも友達が少ないんだよ俺は!
「ところで、今日って何の依頼?」
食える相手なら手伝うぞ。
「『肉食ザメの討伐』ですよ――ほら、そろそろ海開きなんで」
「あー、そういやもうそんな時期か……」
『肉食ザメの討伐』というのは海開きの前に危険生物を駆除してビーチの安全を確保しておこうという、ミッツメの街の冒険者の恒例行事で夏の始めの風物詩でもある。
「夏ですからねー」
「夏だもんねー」
うーむ……逃亡中だと、さすがに水着の女性を観には来れないよなー。
仕方ない、今年は諦めるか。
その後はみんなと、あーだこーだと話をしながら肉食ザメを狩り続けた。
互いに心配はいらぬと確認し合い、適当な話を続けていくうちに時間は過ぎていく。
「ほんじゃ、そろそろ俺は行くわ。みんなも気を付けて」
「タロウさんも」
肉食ザメの駆除も終わったので、俺はそろそろまた逃亡生活に入る。
手を貸してくれとか匿ってくれとかは言わん。
あいつらからもそんな話は出ない。
俺の力量を信頼してくれている、というヤツだ。
ドボンと海に飛び込んで、みんなとは暫くお別れ。
次に会う時は、お土産を持ってこられるといいな。
まぁ、それにはその前に――。
冤罪のほうを、なんとかせねばならんが。
――――
― サイショの街・近郊の林 ―
あ、見つけてしまったし……。
しゃーねーな、挨拶でもしとくか。
低ランク冒険者が多いので脅威となるような相手もおらず、ギルドの職員の目も緩いサイショの街は、生活物資の補給をするのに持ってこいだったので立ち寄ってみた。
ついでに知り合いに会ったら挨拶の1つでもしてやろうかと思ったのだが、さすがにギルドに顔を出す訳にもいかないのでそのまま立ち去ろうと街を出たのだが――。
ちょっとばかし街から離れたとこに、いたのだ。
俺の古なじみの、強面2人組が。
「ようドンゴ、相変わらずいい声してんなー」
良く響くバリトンで鼻歌を歌いながら、前を歩いていたのはドンゴ。
スキンヘッドのゴリマッチョ野郎で、顔は怖いが気のいいヤツだ。
「な……おい、お前おっさんか! 生きてたのかよ!」
あー、驚いてる驚いてる。
「殺すなや……指名手配になっただけだっつーの――あ、ジャニも久しぶりー」
後ろにいたジャニにも声を掛ける。
モヒカンで猫背のこいつは、目つきは悪いが面倒見のいい寂しがり屋だ。
「おっさんか?……マジでおっさんかよ! なんだよおぉい! 心配かけやがってこの野郎!――で、何で王子殺した!?」
表情が忙しいなおい。
つーかジャニよ、お前ってば俺が殺ってないとかは思わないのな。
「殺してねーよ、つーかあれは冤罪なんだってば」
「はぁ? 何だよ冤罪って」
「話すと長い」
「話せよ」
話すと長い話を話すと、ドンゴもジャニも怒り始めた。
「なんだそりゃ? ムチャクチャじゃねぇか!?」
「ひでー話だなおい。そのアークなんちゃらいう奴、ボコボコにしてやれや!」
なんだかんだで俺のために怒ってくれるんだなー。
基本、気のいいヤツらだからなこいつら。
「ボコボコにしたらしたで、もっと厄介な目に遭いそうだけどね」
「ならいっそ、殺っちまうほうがいいか?」
こらこらドンゴさんや、そんな物騒なことを……。
正直、殺っちゃいたいけどね。
「殺るんなら俺らにも声掛けろよ、一緒にカチこんでやるからよ」
あー、すまんがジャニさんや、殴り込みはやらんぞ。
殺るとしたら暗殺だし。
「気持ちだけ受け取っておくよ――殺って冤罪が晴れるなら、すぐにでも殺るけどねー」
つーか、殺ってしまうとむしろ冤罪が晴らせなくなるかもしれない。
ボルディ王子暗殺が冤罪だと証明するには、アーク・ドイマンの野郎が証拠を捏造したという証拠を――ややこしいな――しっかりと手に入れなければならないのだ。
そしてその証拠は、おそらくアーク・ドイマン本人の手元にしか無さそうな気がするし、本人の自白も必要な気もする。
ブチ殺したいのは山々だが、まだアーク・ドイマンは殺せない。
殺るのは、俺の冤罪が晴らせる目途がついてからだ。
なんか嫌だなぁ、殺すことばっか考えるのって……。
ドンゴとジャニに、いつもの酒場で飲もうぜと誘われたけど断った。
俺は手配犯なので、さすがに街中の酒場で飲める立場では無いのだ。
強面連中と別れて、俺はまたまた逃亡生活へ。
そのうち落ち着いたら、あいつらにも土産で酒でも買ってきてやろうっと。
――――
― 深淵の森に入るちょっと手前 ―
生活物資やら家具やら資材やらを買いつつ、ここまでやってきた。
もちろん一度に大量に買うと目立ってしまうので、ちまちまと購入しながらの道中である。
あとはこの深淵の森の深くへと入り、金ちゃんの縄張りに辿り着くだけだ。
そこまで行けば警備兵だろうが軍隊だろうが、例え勇者であろうが追ってはこれない。
今の俺にとっては、間違いなく安住の地だ。
だが、森を目の前にして思ったことがある。
なんか面倒くせーな。
――と。
普段の俺なら楽しく採取をしながら深淵の森を歩くところだが、逃亡生活中なので若干ストレスが溜まっている。
つーか、ヤバい魔物を避けて歩くのが面倒くさい。
採取はしたいんだけどね。
深淵の森を徘徊せずに、ショートカットとかできんもんかねー。
ワープポイントとか作れるといいのに……。
瞬間移動のスキルなら、なお良しだ。
ショートカットは無理だとしても、せめて時短はしたいよなー。
これでもかなり素早さの数値は上がっているのだが、思ったより移動速度は上がっていないのだ。
どうやら関連はしているようだが、『素早さ』=『移動速度』という単純なものでは無いらしい。
移動速度を上げるなら、それ系のスキルを引くか――。
もしくは乗り物か?
でも、音がする乗り物とかだと魔物の気を引いちまって襲われるよな。
そもそも音がしない乗り物なんてそんな都合のいい物、UFOくらいしか無さそ――あれ? 待てよ……。
そういや、似たような物を持ってた気がする。
アダムスキー型で空を飛び、高性能AIを搭載したステルス機能付きのドローン――特殊神経ガスの、散布用のヤツ。
ちょっと1機出してみようかな。
俺は『無限のアイテムストレージ』に格納してあった10機のドローンのうち、1機を出してみた。
うにょ~んと出して見たそれは、直径約7mくらいの円盤型だけど……。
うむ、乗り物じゃ無いよね。
乗り物ではないけども――。
無理矢理に乗れないことも無いか?
形状的に掴めるところなんかは全然無いけども、【吸着】のスキルを使って強引にドローンにくっつけばなんとかなる気がしないでも無い。
「つーかこれ、どうやって起動するんだ?」
「《起動しました》」
「おわっ! びっくりしたー」
俺のひとり言に反応したのは、たぶんドローンのAIと思われる電子音声の女性っぽい声。
イヤ、まさか起動するとか思ってなかったから驚いたさ。
「《特殊神経ガスの散布目標を指定して下さい》」
目標ですと?……目標とか言われても、今回は特に無いのだが……。
「移動するだけってのは、駄目なのかな?」
「《可能です》」
移動するだけでもいいらしい。
ふむ、ならば――。
「ちなみにだが、俺が乗っても飛べるか?」
「《本機は搭乗することを前提にした機体ではありません》」
うん、それは知ってる。
「そうでなくて、俺が上に乗った状態でも問題無く飛べるかって話なんだけどさ」
「《重量の増加・機体バランスの変化、共に問題ありません》」
ほうほう、なら乗っても大丈夫かな?
「じゃあ乗るから、ちょっと待っててね」
「《待機します》」
いちいち返事せんでもいいぞ――まぁ、いちいち話しかけてる俺が原因なんだが。
さて、始めるか――【吸着】のスキル発動!
うんせうんせ……どっこいしょーのこーらしょ……よっこらせっと。
ふぅ……ようやく頂上に辿り着いたか。
「このまま飛べるか?」
「《可能です――浮遊しますか?》」
「そうだな――あ、イヤ、ちょっと待って。その前にステルス機能を発動してくれ、なるべく人にも魔物にも見られたくない」
「《了解――ステルス機能を使用します》」
直後に、ドローンの姿が消えた。
もちろん目に見えなくなっただけで、ちゃんと感触はある。
たぶん光学迷彩とかいうヤツだ。
あと気配もほぼ消えてる。
生き物でなくても動くものならそれなりの気配というものがあるはずなのだが、この密着している状態でも俺の【気配察知】にほぼ引っかからないほどだ。
「《浮遊しますか?》」
「あぁ、やってくれ」
ドローンが空中に浮かび――うわ! おっ! とっとっと……。
危ねー! もう少しで落ちるところだったー。
なんか浮かび上がる速度が、えらい速かったのですよ。
やっぱ人を乗せることを前提にしてないから、加減するとかAIが考えないんだろうなー。
とにかくこれ、【吸着】のスキルは絶対に解除できんな。
解除したら確実に落ちる。
何せこのドローン、掴まれるような出っ張りなんかが全く無いのだ。
「《特殊神経ガスの散布目標を指定して下さい》」
「イヤ、だから神経ガスの散布はしないっつーの。飛ぶだけだから――飛・ぶ・だ・け」
そんなテロ攻撃みたいなこと、やるつもり無いから――――今のところ。
「《目的地を指定して下さい》」
目的地は金ちゃんの縄張りなのだが……はて、どう説明すればいいのだろう?
つーか、もう少しマニュアルっぽくない会話とかできないのかな? このAIは。
「えーとだな……金ちゃんという、この深淵の森に住むドラゴンの縄張りに行きたいのだが――あ、イヤ待てよ? そもそも『深淵の森』って言って通じるのか? そもそもこの世界の地理とか、データに無いんじゃ……」
ひょっとしてこれ『あっちいけ』とか『こっちいけ』とか、俺が乗ったまま指示せにゃならんのか?
「《地理データ取得中…………完了。 目標データ取得中……………………完了。 種族名『ドラゴン』個体名『金ちゃん』の縄張りへの移動を開始しますか?》」
へ? こんなんで目的地を特定できるの?
なんかすげーな……。
つーかこれ、人探しとかに使ったらもの凄く便利だよね。
落とし物とかも探せたりして……財布とかスマホとかさ。
「いいよ、移動開始して」
俺がそう言うとドローンが移動を始め、ぐんぐんと加速して――。
て、なんか俺に当たる風圧がヤバいんですけど!
「待て待て待てー! 頼むからちょっと待って!」
「《待機しました》」
良かった、停まってくれた。
「早過ぎるっつーの、もう少しで息ができなくなるとこだったぞおい――俺が乗ってるんだから少しは加減してくれよ……」
「《本機は搭乗することを前提にした機体ではありません》」
「イヤ、そうなんだろうけど……ちなみにどのくらいの速度で移動する予定だった?」
「《本機の巡航速度――マッハ3.14です》」
「早すぎるわ! 乗ってられるか!」
「《本機は搭乗することを前提にした機体ではありません》」
うん、ごめん、そうだよね。
無理矢理乗ろうとしてる、俺が悪いんだよね。
「じゃあ時速50kmくらいで、移動をお願いできますか?」
別にAI相手に下手に出る必要は無いと思うが、無理を言っているのはこちらなので、なんとなくお願いしてしまった。
「《可能です》」
良かった、お願いを聞いてくれるらしい。
「じゃあ、それで移動よろしく」
「《時速50kmで移動します》」
よし、これでなんとか金ちゃんの縄張りまで、ドローンに乗って移動ができそうだ。
時速50kmくらいなら、若い頃そのくらいの速度で車に箱乗りしたこともあるし大丈夫だろう!――(※良い子はマネしてはいけません)
徒歩に比べたら10倍の以上の速度で移動できるのだから、金ちゃんの縄張りまではそれほど掛からないで到着でできるだろう。
丸1日も掛からないはず。
そう考えると、ムチャクチャ早いなー。
…………
― 深淵の森・上空 ―
ドローンに乗って移動を始めてから、けっこうな時間が経過した。
俺の【真・腹時計】のスキルで、だいたい6時間18分というところだ。
ここにきて俺は、とても嫌な予感がしてきている。
上空が、どんよりと曇ってきているのだ。
ポツリ……ポツリ
あー、やっぱ降ってきやがったか。
参ったなー……飛んでるドローンの上では、雨宿りもできぬ。
あ、なんか本降りになってきたし。
「ちょっと着陸してくれ、雨をしのぎたい」
と、ドローンに頼んでみたのだが――。
「《周囲に着陸可能地点がありません》」
とか言われてしまった。
そりゃそーだよね。
こんな森林地帯に、そう都合よく着陸できる開けた場所は無いよねー。
しかもこのドローン、直径7mとけっこうデカいし。
仕方ない、傘をさす訳にもいかんしこのまま濡れていていくか……。
雨が冷てぇぜ。
…………
― そろそろ金ちゃんの縄張り上空 ―
雨は止んだが、濡れた体はまだ半乾きだ。
ちなみに半分乾いているのは、進行方向からの風によってもたらされたものである。
夏だから、もう少し早く乾くと思ったんだけどなー。
おっと! この気配は金ちゃんだな?
俺の【気配感知】に引っかかるということは、つまり金ちゃんの縄張りが近いということだ。
念のため【隠密】と【隠蔽】のスキルを解除して……っと。
そうだ、ドローンにも命令しとかないと。
「ok、ドローン――ステルス機能を解除して」
「《ステルス機能を解除します》」
【隠密】と【隠蔽】のスキルやステルス機能を解除するのは、うっかり金ちゃんにブレスとかで撃墜されないためである。
撃墜されてしまうと特殊神経ガスがバラ撒かれることになり、辺り一面が死の森と化すというとても迷惑なことになってしまうのだ
あと、金ちゃんのブレスが直撃したら、俺も即死は免れないし……。
なんか急ブレーキが掛かった。
「《目的地に到着しました》」
どうやら無事、金ちゃんの縄張りに到着したようだ。
ドローンに【吸着】していただけなのに、けっこう疲れたな。
「着陸してくれ」
「《地上に降下します》」
金ちゃんの縄張りは森の中でも開けた場所なので、ドローンが着陸するスペースくらいは余裕である。
つーか、たぶん金ちゃんが周囲の木々を薙ぎ払ったか何かしたので開けているのだろう。
ドローンが地上に降りると、金ちゃんが『何だこれ?』と興味深そうな目でこっちを見ていた。
「ただいまー」
うんせ、うんせ、どっこいせっと。
挨拶をしながらドローンから降りる俺。
「ググオォオン?」
「うん、まぁ、見るのはいいけど壊さないでね。こん中に毒ガスがたくさん入ってるから、壊しちゃったらこの辺一帯、死の森になっちゃうからさ」
「グォグォ」
分かった分かったと頷いてはいるが、金ちゃんは俺のほうなんぞ全然見ていない。
もうドローンが珍しくてたまらんみたいだ。
ちゃんと俺の話聞いてる?
マジで壊さないでよ? 金ちゃんのことだから、大丈夫だとは思うけどさー。
…………しばし休憩。
金ちゃんは飽きもせず、ドローンをあちこち角度を変えては眺めている。
俺もそろそろ、やることやらないとな。
俺のやること――それはこの場所に、俺の家を建てることだ。
ここにはとりあえずの住まいとしてテントを張っているのだが、やはりもう少しマシな住まいが欲しい。
本格的な家とかはさすがに無理だが、小屋くらいならなんとかなるだろう。
そのために見つかる危険を顧みず、あちこちで資材を買い集めてきたのだ。
あと小屋に置くための家具も。
――と、いう訳で。
今から俺の家を建てます。
家と言うか小屋ですが。
基礎とかよく分らんので、適当に地面に杭をたくさん打ってその上に土台になる木材を、釘と繋ぎの金物を使って打ち付けていく。
水平が取れているかは、なんとなくの勘だ。
で、その上に四隅の柱をくっつけて――おっと、筋交いも入れて補強しないと。
よし、こんなもんか。
そして屋根の梁を取り付けて――屋根は適当な三角屋根にしよう。
………………
…………
……
…………屋根、難しいっす。
つーか、改めて下に降りて見てみると、けっこう歪んでるが――まぁ、いいか。
屋根は難しいので、床板を先に打ち付けてしまうことにしようっと。
トントンカンカンっと――うむ、こんなもんか。
……と、ここまでやったところで、また雨が降ってきた。
うわ参ったなー。
せっかく付けた床板が、このままでは濡れてしまう!
だがしかーし! こんなこともあろうかと!
俺はストレージから、あるものを取り出した。
それは――『藁の束』
この『藁の束』を俺は作りかけの屋根に敷き詰めて、とりあえずの雨避けにしてしまおうというのだ。
せっせせっせと作りかけの屋根に藁を敷き詰める……完成!
床に降りて見ると――よしよし、どうやらこの程度の雨なら敷き詰めた藁束でなんとかなりそうだ。
壁(予定)のほうからも雨が入ってきているなー。
こっちにも藁束を並べよう――よし、完成!
ふっふっふっ……雨よ! いくらでも降ってくるが良い!
――と雨を迎え撃つ準備が万端に整ったとたん、雨が止んだ。
ちっ! せっかく雨に対して藁の盾を準備したというのに……。
まぁいい……雨が止んだので、とりあえず外に出よう。
つーかアレだね、こうして外から見るとまるで藁の家だね。
とか思ったところに、ポチが猛烈な勢いで走ってきた。
どうやら俺が帰ってきたのを、その鋭敏な鼻で嗅ぎつけたらしい。
そんな慌てて来られてもなー。
フェンリルまっしぐらになるような物など、俺は持ってないぞ。
「ガウガウ!ガオゥ!」
勢いよく俺に肉薄したポチが、律儀に元気よく『おかえりなさい』の挨拶をしてくれたのだが――。
「あぁ、ただいま――つーか、鼻息が荒いから少し離れろ! これじゃあ……!」
せっかく作った藁の家が!
ブフン!ブフン!というかなり強烈なポチの鼻息が、屋根と壁に並べてあった藁束を吹き飛ばした。
うむ、さすが体長50mを超えるフェンリルの鼻息だ。
――じゃねーし。
「おいポチよ、せっかく曲がりなりにも家っぽくなったのに鼻息で吹っ飛ばすとか勘弁してくれよ――あと金ちゃん、他人の不幸を笑い過ぎだぞ」
ポチは反省しているようで、ごめんなさいをしている。
「そんなに落ち込まなくていいよ、ポチ。 別にわざとじゃないって分かってるから、そんなに気にするな」
怒って無いよと、落ち込んでいるポチの鼻面を撫でてやる――ホントこういう姿を見ていると、犬っぽいんだよなー。
「グォッ!……グワッ!グワツ!グワッ!グワツ!」
「だーかーらー、金ちゃんいつまで笑ってんのよ? そんな面白いことでも無いだろうに……」
「グワツ!グワッ!グワツ!」
「えぇい! しつこいぞ金ちゃん!――いいかげん笑うのヤメロ!」
金ちゃんの笑いは続く――どうやらツボに入ったらしいなこれは。
さて、笑ってる金ちゃんはどうやら止めても無駄っぽいから、小屋づくりの続きでも始めるかな。
藁の束はポチの鼻息で吹き飛ばされたが、骨組みの木材はしっかりと残っている。
これに板を打ち付ければ、それなりに小屋っぽくなるはずだ。
また雨が降ってくるかもしれないので、まずは屋根から。
上に登ってトントンカンカンと板を打ち付けてみたが、どうも屋根の三角が上手く行かない。
ところどころに隙間ができてしまった。
あとでどうにかして、隙間を埋めることにしよう。
あわてない、あわてない――あとまわし、あとまわし。
屋根から降りて一息つく。
大分、小屋らしくなってきた。
あとは壁板――これは屋根よりは簡単だ。
トンカントンカンと板を打ち付けて――よし、俺の住まい完成!
ちょっと歪で斜めってて隙間があるけど、なんとか小屋が出来上がった。
「ガウガウ!」
ポチが褒めてくれた――うんうん、そうだろう。
俺もド素人が作った割には、なかなかのものができたと思うよ。
「グゥォオグオ?」
金ちゃんにはボロカス言われた――うるせーよ。
俺だってもっとマシなもんが作れるなら、そうしてるよ。
とにもかくにも、俺の家は完成した。
今日からここが、正式に俺の拠点なのだ!
…………
家が完成した記念と俺が帰ってきたお祝いで、やはりみんなで飯を食うこととなった。
肉は以前に狩ったのがたくさん残っているから、狩りなどに行かなくてもいいと言ったのだが、そこはボスである金ちゃんの一声でやはりポチが狩りに出向いている。
今回の金ちゃんのオーダーは、レッドドラゴン以外のドラゴン系の魔物の肉。
どうやら以前食べたレッドドラゴンの肉が美味かったので、別な種類のドラゴン系の魔物の肉と比べてみたいらしい。
正直、飯をつくる俺としては面倒くせえ。
だってさ、ここ深淵の森に棲むドラゴン系の魔物って、みんなデカいんだもの。
そんなデカい生き物を、捌くほうの身にもなれっつーの。
しかも狩りに出かける時の、あのポチの張り切りよう――。
あいつ絶対、大物を狩ってくるつもりだろ。
あぁ……なんか今から憂鬱だなー。
《レベルアップしました》
――とか考えてたら、ほらやっぱり! レベルアップの脳内アナウンスが聞こえたし!
レベルアップするほど経験値が入るとか、もう大物確定じゃんよ!
捌くの面倒くさいなー。
つーか、小屋一軒建てたばっかしだから、疲れてるんだよなー。
…………
少しすると、ポチが戻ってきた。
咥えてきた獲物は、全身が『ミスリルよりも硬いクリスタルっぽい結晶』という不思議素材で覆われているドラゴン――クリスタルドラゴンだった。
イヤ、でけーよ……。
全長で20mは超えてるよ……。
あと、全体的に薄っすら向こう側が透けて見えるのだが――食えるのか? これ。
覚悟を決めてクリスタルドラゴンを捌く。
鎧のように周りにくっついてるクリスタルを割ってひっ剥がすのは、ポチの役目だ。
クリスタルドラゴンのクリスタルは、けっこうな高級素材である。
なのでひっ剥がしたクリスタルは、後でスタッフ(俺)が美味しく(金銭的に)いただくつもりだ。
クリスタルドラゴンの皮と肉は、案外柔らかかった。
俺の超合金乙の包丁の刃が、すんなりと入っていく。
皮も肉も半透明で、血は水のように透明。
もちろん内臓も骨も半透明――なんか、生物学者が喜びそうな生き物だよなー。
大雑把に切り分け、肩の肉の1部を残してあとはストレージへと仕舞う。
料理するのはもちろん、この肩肉の部位だ。
なんでかというと――この肉半透明だから、どこが肉だか脂身だか見分けがつかんのですよ。
なので、脂身の少なさそうな肩を選んでみました。
調理法はステーキ。
もう解体だけで疲れたので、肉を焼くだけで勘弁して欲しい。
魔道コンロを取り出し、鉄板を乗せてスイッチオン。
いい感じの温度になったところに、まず味見用に小さく切った半透明の肉をいくつか乗せる。
ジュワーという音とともに、肉の焼ける香りが漂い始めた。
ふむ、匂いはちゃんと肉だな。
焼けていくと半透明だった肉が、少し茶色に濁ってきた。
なんか見た目、コンニャクを焼いているように見えなくもない。
どうにも見た感じではどのくらい焼けているか分らないので、念のために焼き加減がウェルダンになるようにじっくりと焼いておこう。
まぁ、生でも大丈夫だとは思うんだけどさ。
ちょっと焦げ目がついたところで、パクリと口に入れてみた。
モグモグと咀嚼――けっこう歯ごたえがあるなと思ってたら、いきなり肉がほろりとほどけた。
その途端に旨味がブゥワっと口の中に広がる――あ、これ美味いわ。
美味しいから下手な味付けはいらんな。
塩と胡椒でいいか。
ポチが味見をしている俺に近寄ってきて、ハァハァとよだれを垂らしながら焼けている肉を見つめてきた。
イヤ、顔面の圧が強えーよ。
はいはい、お前にも味見させてやるからよだれをなんとかしなさい。
「ほれ、口開けれ」
ポチの顔面の圧力に負け、味見用の肉を一切れポチの口へと放り込んでやる。
はふはふ――ごっくん。
「ウオオォォォウ!」
嬉しそうに吠えるポチ。
どうやら美味しかったようだ。
よしよし、それでは本格的にクリスタルドラゴンの肉を焼くとしますか。
適当な大きさに肉を切り分け、鉄板の上に乗せる。
ジュワーっと焼ける匂い――よしよし、鉄板の温度も丁度いいようだ。
つーかポチよ、焼けるのを待つのはいいが顔が近過ぎるぞー。
なんか無意味に緊張するから、もうちょっと離れてもらえると嬉しい。
そろそろ味付けの頃合いだな。
まず塩を振って……こんなもんかな?
で、胡椒を少々……。
「ブワッ、ブワッ、ブワアア……!」
あ、バカめ!
ポチのやつ、こんな近くに顔を寄せているから胡椒が鼻に入りやがったな。
いかん! このままくしゃみをされると、せっかくの肉にポチの唾が掛かってしまう!
「待てポチ! こっち向いてくしゃみをするんじゃない!」
焦って俺がそう叫ぶと、ポチは慌てて横を向いた―。
そう、俺が建てたばかりの小屋の方向へと……。
「ブワアアァックション!――ガルル」
ポチが盛大なくしゃみを、俺の家に向かって飛ばした。
たかがくしゃみではあるが、そこはそれ――全長50mを超えるフェンリルのくしゃみである。
ポチのくしゃみは荒れ狂う暴風となって、俺の家へと襲い掛かった。
もちろん俺の家は、こんな暴風に耐えられる想定などはしていない。
つーか、ド素人の作った掘っ建て小屋がこんな暴風に耐えられる訳がない。
という訳で、当然――。
メキメキメキ――バリバリバリっという音を立てて、俺の作ったばかりの家は崩壊し吹き飛んだのである。
崩壊した家を見て呆然とする俺。
やっちまったとオロオロするポチ。
その様子を見て爆笑する金ちゃん。
あんなに苦労した作ったのに――と言うほどは苦労して無いけどさ。
せっかく建てたのに……。
それにしても、まさかこんなに簡単に吹き飛ばされるとはなー。
藁の家もポチの鼻息で吹き飛ばされたし、木の家もポチのくしゃみで吹き飛ばされた。
この流れで行くなら、これはアレかね?
ポチの息で吹き飛ばされないように、俺にレンガの家でも作れってことなのかね?
それと金ちゃんさ、ツボに入ったのかもしれないけど――。
いいかげん笑い過ぎだから。




