暗殺の依頼
― トリアエズ王国・王都チューシン ―
ゴブリンキングを倒してから、1か月が過ぎた。
倒してすぐの頃は周囲の人たちが俺のことをチヤホヤしてくれていたが、1か月も経てば当然飽きてくるというのが世の常というもの。
周囲の評価も『包丁使いの、けっこう強いおっさん』程度に落ち着き、俺への認識は主役の座からチョイ役程度の地位へと変わっている。
まぁ、ゴブリンキングを倒せるヤツなんて、高ランク冒険者にはけっこういるからね。
なんつーか、短い栄光だったなぁ…………。
そうだ! 倒してすぐの頃はゴブリンキングとの戦いの話をよく聞かれたので話していたが、これからはあんまし語らないように注意しないと。
過去の栄光の話とかするおっさんは、若者に嫌われるらしいからな。
で、チヤホヤもされなくなったし『そろそろ俺の拠点である金ちゃんの縄張りに帰ろうかなー』とか考えながら、だらだらと『黄金の絆』のみんなと一緒に依頼なんぞをこなしていたのだが――。
そんな生活をしていたある日、ギルドにメッセージが届いた。
メッセージの内容は、トリアエズ王国のギルド本部へ至急くるようにとのお達しだった。
ついにこの時が来たかと思ったね……。
前ヌイルバッハ侯爵の死因を暴いたという行為のツケが、とうとう回ってきたってヤツだ。
間違い無くあの行為は、冒険者ギルドという組織の不興を買ったからな。
特に前ヌイルバッハ侯爵の暗殺命令の出どころと目される、冒険者ギルドの副理事長であるアーク・ドイマンという有力者には、間違いなく目を付けられているだろう。
てな訳で――。
ものすごーく嫌な予感しかしないけれども、俺はここ王都チューシンへとやってきた。
果たしてギルド本部で何を言われるんだか……。
クビ宣告か、はたまた嫌がらせか。
呼び出しておいて殺すとかは、さすがに無いとは思うんだけどねー。
あんまし理不尽なこと言われるようなら、自分から冒険者を辞めるってのもアリだな。
つーか、俺ってばもう普通は冒険者を引退してるような歳だし……。
覚悟を決めよう。
ググッと扉を開いて、ギルドの建物の中へ。
トリアエズ王国のギルドを纏めている本部なだけあって、ここの扉はギギィとかガガガとかいう音などせず静かに開く。
入街届けを出すカウンターへ行って、呼び出された件について聞いてみる。
「『クラス:銅』冒険者のタロウ・アリエナイです――なんか至急来いとかメッセージをもらったんで、来たんですけど……」
そう受付さんに言うと、受付さんではなく奥の小太りの職員さんから声が掛かった。
「あー、タロウ・アリエナイさん? 早かったね――ちょっと一緒に来てもらえるかな、何やら偉いさんがあんたに会って話がしたいんだそうだ」
偉いさんか……。
これはひょっとして、前ヌイルバッハ侯爵の暗殺の黒幕とエドガーくんが予想した、世界中の冒険者ギルドを統括するギルド総本部の4人いる副理事長の1人――ギルドの実質的なNo.2と言われる、アーク・ドイマンその人に呼び出されたとかかな?
俺の顔を見て直接嫌味の1つでも言おうと思ったのか、それとも何か圧力を掛けられるとか?
何にせよ、ロクなものではあるまい。
だが呼び出されるということは、少なくとも殺されることは無いということだ。
暗殺者を放つようなヤツなのだから、殺すならわざわざ呼び出さずに、俺がソロで依頼を受けている時でも狙うはずだ。
職員さんの後をついてギルドの外へと出る。
しばらく歩く――おや? この方向って……。
「あのー、これってどこに向かってるんすか?」
こっちって、お城の方向だよね?
「あぁ、第3騎士団の本部ですよ。何やら騎士団長さん――ボルディ第1王子様が用事があるんだそうですよ。お知り合いなんですか?」
はい? ボルディ王子ですと?
「あ、イヤ、全然お知り合いじゃないです」
何でまたボルディ第1王子なんてのが俺に――って、まぁ分らんことも無いんだよな、これが。
第3騎士団長であるボルディは、第1王子という立場にありながら『ギルドとの協定を、見直しもしくは破棄すべきだ』という、ギルド反対派の旗頭だ。
そのギルド反対派の実質的なリーダーであった前ヌイルバッハ侯爵の暗殺――それを検証して特定した俺という人物から、直接話を聞きたいという気持ちも分からんでも無い。
しかし、そんなもん聞かれてもなー。
おそらくボルディ王子は、現ヌイルバッハ侯爵さんからも話は聞いていると思うのだが――。
ぶっちゃけ俺に直接聞いたところで、目新しい話は何も出てこないぞー。
…………
第3騎士団の本部へ到着した。
さすがに第1王子が騎士団長をやっているだけあって、建物は王宮と見紛うばかりのゴージャスさである。
入口でギルドの職員は別室へと連れていかれ、そこからは騎士見習いと名乗る男の子に案内されて何やら大きな部屋へ。
そこには左右の壁に並んだ数十名の騎士の皆さんと、奥の豪華な椅子に座った若者がいた――たぶん彼が騎士団長で第1王子の、ボルディだろう。
少しウエーブのかかった赤毛の髪に端正な顔立ちのボルディ王子は、一切の表情を見せずにこちらに目線を向けている。
表情から何かを読み取られないように、意識的に無表情を保っているのかもしれない。
一応相手が王子ということで、俺は畏まって頭を下げておく。
敬意なんぞこれっぽっちも無くても、礼儀というものは大事なのだ。
……沈黙が続く。
あれ? これってもしかして、俺が何か言わないといけないのかな?
うーむ……とりあえず、挨拶でもすればいいのだろうか?
「タロウ・アリエナイ、お召しにより参上致しました」
こんなもんかな?
「うむ、よく来た――構わん、面を上げよ」
これはたぶん、ボルディ王子の声では無いな――声がおっさんだ。
顔を上げた。
俺の顔を見て、なんでか知らんがボルディ王子が横に立っている騎士に向かって、満足そうに頷いた。
そんなボルディ王子を見て、頷かれた騎士が口を開く。
「タロウ・アリエナイよ、良く参った。聞くところによると、貴様が前侯爵ヤラレータ・ヌイルバッハの死因を暗殺だと突き止めたらしいな――そのことについて詳しく話を聞きたい、構わぬな?」
さっき『よく来た』とか言った人の声だな――この人だったか……。
つーかさ、『構わぬな?』とか言うけど、そんなもん嫌だとか言えんだろうよ。
周りを騎士に囲まれてるんだから、これもうほとんど脅されているようなもんだよね?
あと今更知ったのだが、前ヌイルバッハ侯爵の名前ってヤラレータだったのね……。
「もちろんでございます、なんなりとお聞きください」
素直に何でもかんでも答えるとは限らないけど、なんなりとどうぞ。
「殊勝な心掛けであるな。ではまず――」
ボルディ王子の横に立っている騎士さんからの、質問コーナーが始まった。
どうやら第1王子様は、直接俺とお話などしてくれないらしい。
…………
そこそこ長いお話が終わった。
根掘り葉掘り聞かれたが、特にこれといった特筆すべき質問は無かった。
聞かれた内容はどれもこれも、エドガーくんや現ヌイルバッハ侯爵とさんざん話をしたことばかりである。
最後に『暗殺の黒幕は誰だと思うか』と聞かれたが、アーク・ドイマンと推測したのはエドガーくんであるしそもそも何の証拠も無いので、『私には分かりかねます』と答えておいた。
実際分からんのだから、俺としては他に答えようが無い。
結局ボルディ王子の声は全く聴けぬまま、『ご苦労であった』と最後まで王子の隣のおっさんの声しか耳にできなかったお話の時間は終わった。
騎士に囲まれた部屋からようやく解放されると、帰れるかと思いきや別室へと案内されてしまった。
まだ何かあんのかよ。
お土産をくれるとかで無いなら、早く帰らせて欲しいものだ。
もうすっかり、かったるいよなー。
椅子とテーブルがあるだけ、さっきよりは楽だけどさ。
クセはあるが高級なのだろうなという紅茶が出されたので、ちびちび飲みながら待っていると、ついさっきまで王子の隣にいたおっさんがやってきた。
イヤ、なんでまたあんたが来るのよ。
さっきまでずっと、俺と話してたじゃんさ。
入ってきたおっさんが、ドッカリと俺の対面に座る。
「貴様は暗殺者だったな」
いきなり何を言い出すんだこのおっさんは?
「いえ、私は暗殺のスキルを持っ――」
「暗殺して欲しい男がいる――もちろん報酬は弾むぞ」
おいこら、他人の話を聞けよ。
「いえ、ですから私は――」
「相手はアーク・ドイマン。理由は――言わんでも分かるだろう?」
だーかーらー、話を聞けってば。
「申し訳ありま――」
「報酬は1000万出そう――もちろん、やってくれるだろうな?」
「やらねーよ! つーか、他人の話を聞けや!」
あ、イライラしてつい心の声が……。
「なんだと! ボルディ様の腹心であるこのわしが頭を下げているというのに、断るとぬかすか貴様!」
心の声が出てしまったのをどう取り繕おうとか思ったのだが、さすがにこの言い方はにはカチンときた。
そこまで理不尽な物言いをするなら、こっちも言いたいことを言ってやろうじゃないか。
「あんたがいつ頭下げたよ! ずっとふんぞり返ってるじゃねーか! それと俺は暗殺スキルは持っているが暗殺者じゃねーし! ついでに言わせてもらうと、たかが1000万で冒険者ギルドの大物を殺せとかふざけんな! 金額が安すぎるわ、このドケチ野郎が!」
「むうっ……」
さすがにたかが冒険者の俺にここまで言われたらブチ切れるかと思ったのだが、むしろ王子の腹心のおっさんは腕組みして考え込んでしまった。
で、しばらく考え込んで、今度は俺に質問をしてきた。
「暗殺するのに1000万は安いのか?」
何を聞くかと思えば……。
「暗殺する相手にもよるでしょうけどね。俺は暗殺など請け負ったことが無いので相場は分かりませんが、少なくともアーク・ドイマンの命を狙うのであれば、最低でも億は出さないと引き受けるヤツはいないと思いますよ」
「億……だと……?」
うむ、このおっさんの金銭感覚にはちょっと問題があるな。
1000万なんて『クラス:銅』の冒険者なら、下手すりゃ1か月も掛からずに稼げる――もちろん合法的に。
同クラス帯の冒険者なら、俺でなくてもわざわざ違法行為までして欲しい金額では無いはずだ。
「あのですね……アーク・ドイマンみたいな大物を殺すということは、世界の大半の地域に広がる組織を敵に回すってことなんですよ。暗殺したとして、そんな連中の目を掻い潜って逃亡したり隠れたりをせにゃならんのです――1000万円でなんて、やってられませんてば」
「なるほど……」
理解してもらえたか。
ではもう、この話はおしまいで。
「貴様は暗殺者では無いと言ったな」
まだ続くんかい……。
「暗殺者ではありませんよ、ですから他を当たって下さい」
もういいかげん解放してくれ。
つーか、これ以上話が長くなるならば、拘束時間に見合う時給をよこせ。
「ならば、やってくれそうな暗殺者を紹介してくれぬか?」
「暗殺者の知り合いなんていませんてば」
「そうかなのか……うーむ……」
「お役に立てずにすみませんね」
またしばらく考え込む、王子の側近のおっさん。
「諦める他は無いということか……」
絞りだした言葉はこれ。
諦めてくれて、俺も嬉しいよ。
「もう帰っても良いぞ。それから、今の話はボルディ王子殿下は知らぬこと――わしが勝手にお主に頼んだことではあるが、もちろんくれぐれも内密にな。もし漏らすようなことがあれば――」
「分かってますよ。この部屋を1歩でも出たら、ここでの話は俺の記憶から消えるのでご安心を」
これでようやく、全てのお話は終わりになった。
結局何の得にもならん時間だったなー。
第3騎士団の本部の建物から出ようという時に、俺と一緒に来たギルドの職員さんと合流。
職員さんも俺の用事が終わるまで、部屋で待機させられていたらしい。
「なんか悪いねー、巻き添えでけっこうな時間待たせちゃって」
「あははは、構いませんよ。これも給料のうちってもんですよ」
そう言ってもらうと、こっちも気が楽だけどね。
「でも、仕事が溜まってたりするんじゃないの?」
「そんなに忙しい仕事を担当している訳では無いので、溜まってても知れてます――あぁ、そうだ! 確かアリエナイさんは称号持ちでしたよね?」
確かに持ってますが、何か?
「ドラゴン殺しと、ダンジョン踏破者の称号を持ってるけど?」
「でしたら冒険者証に、称号の刻印をしませんか? ギルド本部限定のサービスで、ちょうど私の担当なんですよ――もちろん無料のサービスですし、いかがです?」
へぇー、そんなことしてくれるんだ……知らんかった。
ギルドプレートは、冒険者の名前とランクしか書かれていない、金属のプレートだ。
ぶっちゃけ何の面白みも無いただの身分証なので、称号の刻印というのは悪く無いかもしれない。
「あー、悪く無いけど……時間掛かる? 俺そんなに王都に長居するつもり無いんだけど?」
「そんなには掛かりませんよ。明日の夜か……そうですね、明後日の朝までには間違いなくできるはずです――どうですか? 称号の刻印。 あるとカッコいいですよ」
ほう、カッコいいとな?
「だったら頼もうかな?」
「お任せください! 確認ですが、称号は『ドラゴン殺し』と『ダンジョン踏破者』でよろしいですね? 他にも入れたい称号があれば――」
「イヤ、それでいいよ」
自分で勝手に名乗ってる称号とかも無いしね。
「了解しました。それでは刻印する称号は、『ドラゴン殺し』と『ダンジョン踏破者』の2つということで――あ、冒険者証をお預かりしておいて構いませんでしょうか? 私の担当なのでそのほうが手間が省けますから。手続きは私のほうでしておきますね」
「ちょっと待ってね――じゃあこれ、お預けしときますね」
俺は懐から冒険者証を取り出し、職員さんに渡した。
称号の刻印か……今度アルスくんに見せてやろうっと。
アルスくんはうらやましがるだろうなー。
ミッツメの街を拠点にしてから王都に来る機会は無かったろうから、きっと称号の刻印のサービスなんて知らないはずだし。
さて、刻印の出来上がりが明後日の朝なら、明日は暇になるな。
何か簡単な依頼でもやろうかな?
あれ?でも冒険者証が手元に無くても、依頼って受けられるんだっけか?
まぁそこは、職員さんに聞いてみればいいか。
…………
ギルドへと到着した。
依頼は冒険者証が無くても受けられるように手配する、と同行していた職員さんに言われたので、どんな依頼が貼ってあるか掲示板だけ見ておこう。
――と思ってギルドの建物へと入ったのだが……。
「あぁ、やっと戻ってきたか――タロウ・アリエナイさん、あなたに話がしたい方がいるそうなので、私と一緒に来て下さい」
おばさんのギルド職員さんに、そんな声を掛けられてしまった。
「イヤ、第3騎士団の本部には、たった今行ってきたばかりなんだけど……?」
俺、ちょっと混乱。
何か行き違いがあったのかな?
「いえ、そうではなくて。別な方が、タロウ・アリエナイさんとお話がしたいのだそうです」
何だよそれ、どうせなら纏めて1回で済ませてくんないかなー。
「で、その俺と話をしたい人って誰なのさ」
「依頼された方が何やら『驚かせたいから、名は伏せておいて欲しい』とのご要望ですので、お名前はお教えできかねます――ですが身元の確かな方であることは、冒険者ギルドの名において保証しますよ」
何だその要らないサプライズ。
話がしたいんなら、名前くらい出せよ。
面倒くさいんだからさ。
つーか、驚かせたいってことは、もしかして知り合いとかかな?
もしくは知り合いの身内か……。
アルスくんの親父さんとかだったりは――無いかな?
まさかジャニとかじゃねーだろな。
「それ、行かなきゃ駄目か?」
「どうしてもというので無ければ、行っていただけませんか? お相手は資産家の方で、冒険者ギルドとしてもタロウさんに断られると不利益をこうむりかねない相手なのですよ」
資産家ね……。
あ、まさか金ちゃんの鱗の件が知られてしまって、譲って欲しいとかじゃ無かろうな。
そんなに世に出していいもんじゃ無い気もするけど、コレクターの人とかなら秘密保持もしっかりしてるだろうから、金額によっては売ってもいいかな?
「分かった、行くよ」
別に相手が資産家だから行くのでは無い。
そもそも大金の絡むことになるとも限らないし。
ギルドが相手の身元を保証してくれるなら、面倒だけど行くだけ行ってみてもいいかなと思ったのだ。
知り合いとか知り合いの身内って可能性も、まだ可能性があるしね。
おばさん職員さんについていくと、何やらそこそこ大きなお屋敷に辿り着いた。
派手さは無いが、さりげない豪華さが観られる品の良い建物である。
表札の類も無いので、誰の屋敷かはまださっぱり分からぬ。
「ではわたしはこれで失礼します」
おばさんの職員さんは、俺を置いて行ってしまった。
へ? ここから俺1人で行けと?
しゃーないなとため息をつきながら、俺は屋敷の入口へと――。
ズボッ、ズボッ。
何か足が沈んだぞおい!
「あー! やっちまったか! そこはまだ固まってないんだよ!」
何か業者の人っぽいのが来た。
話を聞くと、どうやら屋敷の門から入口までの整備をしていたらしく、俺の足が埋まったところはコンクリートのような素材を入れてあったのだが、まだ完全には固まっていなかった場所らしい。
今日は誰も来ないと聞いていので、業者さんは注意書きをしたりロープを張ったりとかもせず、そのまま放置していたのだそうだ。
なので俺の足が沈んだその場所には、俺の両足の足跡がクッキリと……。
「なんか、知らなかったとはいえ悪かったね」
「しょうがねーさ。まぁ、後で直せば済むんだから気にするな――それよりあんたここのお客なんだろ? 早く行ったほうがいいんじゃねーのか?」
「あー、まぁそうだな。じゃあ行かせてもらうわ――ホント、すまんかったね」
「だから気にしなさんな――あぁ、帰りは踏むなよ」
「さすがに気を付けるよ」
若干の罪悪感を残し、俺は屋敷の中へ。
屋敷の中に入ると使用人らしき人がいて、俺をこの屋敷の主人の元へと案内してくれた。
コンコンコンっとノックをして、使用人さんが俺を連れてきたことを部屋の主へと伝えた。
「タロウ・アリエナイさんがいらっしゃいました」
「うむ、入ってもらいなさい」
部屋の中から返事が返る――おっさんの声だな。
中に入ると、雑然と書類がおかれた机の向こうに、グレーの豊かな髪とヒゲの大柄なおっさんが偉そうに座っていた。
えーと…………あんた誰?
「まぁ立ち話もなんだ、掛けたまえ」
机の前にあるソファーを手で指して、俺に座れと促すおっさん。
部屋が広いので、机の前と言っても5mは離れている。
俺がソファーに座ると、ようやく目の前のおっさんが自己紹介を始めてくれた。
これでようやく、俺をわざわざ呼び出した相手が分かる。
そして、目の前のおっさんが名乗った。
「お初にお目に掛かる、私はアーク・ドイマン――君たちが、ヌイルバッハ侯爵の暗殺を指示した黒幕だと思っている相手だ」
…………
どうやら王都に来る前の嫌な予感は、見事に当たっていたようだ。
第3騎士団とアーク・ドイマンの両方に呼び出されるとは、さすがに思ってはいなかったけどね。
前ヌイルバッハ侯爵の暗殺の検証をしたことについては、アーク・ドイマンにはしっかりと正確に知られていた。
当たり前だが、アーク・ドイマン本人に繋がる証拠が一切無いところまで。
「さて、世間話はこの辺にして本題に入ろう」
ですよねー。
こんなお話をするためだけに俺を呼ぶとか、さすがに無いよねー。
「いいですよ――俺の冒険者資格の剥奪ですか? それとも何か嫌がらせでもされるんですかね?」
どちらにしても、俺にとっては何の問題も無い。
やるならやってみろ。
冒険者資格が剥奪されたとしても、老後の資金は十分にあるので問題は無い。
我慢できぬほどの嫌がらせをされるようなら、こっちから冒険者を辞めればいいだけの話だ。
つーか今気が付いたのだが、さっき職員さんが称号の刻印をするからと持って行った俺の冒険者証、あれは資格の剥奪や嫌がらせの布石だったのではという気がする。
目の前のおっさんなら、そのくらいのことはやるだろう。
さあ、どう出るよアーク・ドイマン!
「あははははは――ご期待に沿えぬようで悪いが、そんなことは考えてもいないよ」
愉快そうに笑うアーク・ドイマン。
考えていないとか、ホントか?
「じゃあ、殺すつもりとか?」
それはそれで、ちゃんと想定内だ。
【気配察知】によって、この部屋の天井裏に2人と右手にある部屋に1人、聞き耳を立てながら待機しているヤツらがいるのもちゃんと把握しているし。
もし襲ってきたとしても、今の俺なら返り討ちにできる自信が十分にある。
伊達に対人スキルが、本人の意志とは無関係に充実している訳では無いのだ!――うーむ、何だか微妙に嬉しくないのは何故だろう?
「殺すつもりも無いな。話と言うのはそんな物騒なことでは無い、単刀直入に言おう――タロウ・アリエナイ君、この私の部下になるつもりは無いかね?」
まさかの勧誘ですと?
さすがに驚いたぞ――だが断る!
「ギルドの実力者であるアーク・ドイマンの部下に勧誘されるというのは非常に光栄なんですがね、あなたの子飼いの部下であったキリステ氏の最期を考えると……」
捨て駒に使われそうなんで、無理っす。
「キリステの最期は確か、事故による溺死だと記憶しているが違ったかな?」
はいはい、その通りですよ――表向きは。
あんたの手の者が殺して偽装した証拠は、ありませんよ。
「あの男は使えぬ男だったよ。自ら役に立つから私の部下にして欲しいと売り込んて来たはいいが、ずいぶんと勝手な判断で物事を行うクセがあってね――しかもそれを私のためにやったと言うのだよ。頼んでもいないことを勝手にやって私のためと言われてもねぇ……困ると思わないかい? 君も」
よく言うよ。
要は前ヌイルバッハ侯爵の暗殺は、キリステ氏が勝手にやったのだと言いたいのだろう。
だけどな、誰がそんなもん信じるよ。
だいたい天井裏の2人だって、子飼いの暗殺者とかじゃねーのか?
なんか気配がそれっぽいぞ?
「んなこと語られても、俺の答えは変わりませんよ。あなたの部下は、御免こうむります――新しい暗殺者の駒が欲しいとかいうのであれば、他を当たるんですね」
ここまで言うと、天井裏の空気がピリッと張り詰めた。
おっ! やる気か!?
アーク・ドイマンが、目を細めながらこちらを睨んでいる。
睨まれても、あんたのために暗殺者をやる気は無いよ。
「分かってますか? 私の誘いを断るということは、私を敵に回すということですよ?」
こらこら、目に殺気が籠ってるぞ。
「誘いを断っただけで敵認定と言うのもどうかとは思いますが、致し方ありませんね」
俺はわざとらしく肩をすくめてみせる。
この歳になるまで色々と理不尽な目にも合ってきたし、諦めて屈することも多かった。
だけどそれは、理不尽に打ち勝つだけの力が俺に無かったせいだ。
だが今はこの程度の理不尽であれば、強引に振り払うだけの力が俺にはある。
たとえ冒険者ギルドのNo.2であろうと、戦える。
「私の敵に回ったこと、後悔しますよ――あなたの人生が終わらないといいですね」
もう話は終わったと言わんばかりに書類に目を落とし、あっちへ行けとアーク・ドイマンが手で追い払う仕草をする。
はいはい、出ていきますよ。
「俺を敵に回したことも、後悔すると思いますよ――どこかの暗殺者に殺されないといいですね」
張り合うつもりは無いが、部屋を出るところでちょっとばかし脅し返してみた。
喧嘩を売るつもりなら買うぞ、という意思表示である。
部屋の外へ出た。
使用人に案内されて屋敷の外へ出ると、さっき踏んじまった場所はまだそのままだった。
今度は踏まないように気を付けないとな。
アーク・ドイマンはムカつくが――。
職人さんには何の関係も無いしね。
…………
称号の刻印を頼んだ職員さんに話を聞こうと、ギルドまで戻った。
頼んだ職員さんとは別な職員さんにも聞いてみたが、確かに称号の刻印サービスというのはやっているのだそうだ。
聞いた通り、王都のギルド限定のサービスとして。
ということは、これはアーク・ドイマンの指示とかでは無かったのかな?
俺の考え過ぎだったか……。
冒険者証を預けた職員さんを見つけたので『刻印はいいから冒険者証を返してくれ』と頼んだが、既に俺の冒険者証は職人さんの工房へと運ばれてしまったそうだ。
さすがに冒険者証が手元に無いというのは気持ち悪いので、念のためギルドに預かり証を書いてもらうことにした。
これで悪用されたとしても、俺の冒険者証はギルドに預けてあったことが証明できる。
まぁ、念のためってヤツだね。
――――
― 夜・宿屋 ―
ドタドタドタッと、大勢の足音が響く。
何事かと【気配察知】を凝らすと、どうやら足音の発生源は俺の部屋へと向かっているようだ。
アーク・ドイマンの野郎、てっきり暗殺者でも寄越すかと思ったら兵士を送り込んできやがったか。
良かろう、返り討ちにしてくれるわ!
【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動し、超合金乙製の出刃包丁を構えて待つ。
部屋へと向かって来る兵士の気配は5つ――そんなもんで、俺が殺せると思うなよ。
バァン!
兵士が宿の扉を蹴破って入ってきた。
先頭で入ってきたおっさんが、入ってくるなり何やら書類を広げ――。
「タロウ・アリエナイ、神妙にせよ! ボルディ王子殿下暗殺の容疑で逮捕する!」
と野太い声で、部屋に押し入った理由を教えてくれた。
はい? ボルディ王子の暗殺容疑ですと?
イヤイヤイヤ、俺じゃねーし!
つーか、マジでボルディ王子殺されたの!?
「いないぞ! どこへ行った!」
「くまなく探せ!」
「念のために、俺は外の兵に確認してくる」
兵士が部屋の中を探し始めた。
うっかりぶつかったりすると見つかる恐れがあるので、とりあえず逃げとこう。
冤罪で捕まるとか嫌だし。
窓を派手に開け、外へ。
もちろん飛び降りるとかでは無い――ここ3階だし。
【吸着】のスキルを使って宿の壁を上り、屋根へと向かう。
下を見てみると、兵士が宿を囲んでいた。
あら、これまたけっこうな数で……。
なんかアレだね。
気分はアルセーヌ・ルパンの孫だよね。
「どこだー! タロウ・アリエナイ、出てこーい!」
下の方からさっき部屋に入ってきた、野太いおっさんの声が聞こえてきた。
俺がルパンの孫だとしたら、あれはさしずめ『とっつぁん』というところなのかね……。
とりあえず【隠密】と【隠蔽】のスキルを使っていれば追っ手は来ないだろうから、兵士さんたちは放っておいていいだろう。
屋根の上に胡坐をかいて、しばし考える。
これってやっぱアレだよなー。
アーク・ドイマンがやってくれたんだろうなー。
ギルドにとって厄介者であるボルディ王子を殺し、その罪を自分が気に入らない俺に着せる。
見事な一石二鳥だが、問題はどうやって俺に罪を着せたかだ。
明日からその辺を調べてみるか。
冤罪を晴らすとか、難しそうだなー。
とりあえずまだ眠いので、今日はこのまま屋根の上で寝よう。
明日から逃亡生活で忙しくなるし。
何てったって俺は『王子殺し』兼――。
『騎士団長殺し』の容疑者なのだから。




