包丁製作の依頼
復活しました!
― トンカン王国・王都ガンガン ―
ドワーフの国であるトンカン王国へ、俺は辿り着いた。
ここまでの道中には、約1か月の時間を要している。
ちなみに全て徒歩だ。
ポチが『アニキ、おいらに乗っていきやせんか?』とか言ってきたので試しに乗ってみたのだが、フェンリルの背中は乗るのには適していない上に覆っている毛が【吸着】のスキルを弾く仕様だったので、あっという間に振り落とされてしまった。
なのでしょげるポチを尻目に、いいかげん使い慣れた徒歩という移動法で、このトンカン王国までやって来たのである。
トンカン王国は、金属加工が国家産業の国である。
ほとんどの街や村は鉱山の麓にあり、食料よりも酒の生産が優先されている国としても有名だ。
ちなみにその酒もほとんどが自国内で消費されるので、なかなか人間の国などではお目にかかることができない――ドワーフの酒好き設定は、どうやらこの世界でもデフォであるようだ。
そして、ここは王都ガンガン。
腕利きの金属加工の職人を探すならここと、ガイドブックにも書かれている世界的に有名な街である。
街の景観としては、だいたいグレーがメイン。
この街の建物は主に石を金属でつなぎ合わせた、実用性しか考えていないような灰色の箱型がほとんどなのが原因だ。
なので、街の特徴として建物の看板がデカい。
看板を見ないと、特徴が無いのでどれが何の建物だかさっぱり分らんのだ。
これ、自分の家を他人の家と間違ったりしないんだろうか……。
つーか、さっきからギルドで教えてもらった宿屋が見つからん。
疲れているので、早く休みたいのだが……。
メモを見ながら看板の文字を読む。
これじゃない……これでもない……これも違う…………お、あった。
『ミスリルのピッケル亭』――ここだ。
「すんませーん、泊まりたいんですがー」
扉を開けてはいると、そこはビルの中のような懐かしい空間。
ヒジネスホテルとか思い出すわー。
「おう、いらっしゃい――1人かい?」
ロビーカウンター的な場所にいたのは、俺と同年代のドワーフのおっさん。
人間よりドワーフのほうがやや長生きらしいので、実際はたぶん俺より年齢は上だろう。
「そうです。ギルドに紹介されて来ました」
「ならシングルでいいな。ウチは素泊まり3000円――前金制だ。メシは隣で食うといい、24時間営業だからいつでも空いてるぞ」
あぁ、そういや隣に食堂があったっけな。
つーか――。
「24時間営業の店なんて、珍しいね?」
そんなとこ、俺が知ってる範囲ではギルドか教会くらいしか無かったぞ?
「職人連中は、夢中になるとすぐ時間を忘れちまうからな。深夜だろうが明け方だろうが、腹が減ったと気付いた時がメシの時間って奴らが多いんだよ」
なるほど、そういう理由なのね。
俺はダミーのアイテム袋から、大銀貨3枚を出してカウンターへ置いた。
「じゃあ、10日分前払いで」
「毎度あり、鍵はこいつ――502号室だ」
鍵を受け取って、部屋へと向かう。
階段で5階は、なにげにキツいな。
ちょっとゼイハァ言いながら502号室へと辿り着き、入るなりベッドに大の字になる。
あー…………久しぶりのベッドだ。
そうだ、金ちゃんのナワバリに設置する家の家具も、手に入れておかないといかんな。
…………
目が覚めると、既に深夜の2時になっていた。
最初はネタスキルのように思っていた【真・腹時計】も、慣れてしまった今では無くてはならない便利スキルと化している。
さて、メシは――。
と考えて、宿の隣にある食堂を思い出す。
確か、24時間営業だったな……。
部屋から出て――あ、鍵掛けて無かった――階段を降り、外へ出てお隣の建物へ。
「らっしゃい!」
威勢のいい声が、入るなり聞こえた。
店内をざっと眺めると、40席ほどある座席のうち10席ほどが埋まっている。
客は全員ドワーフだ。
2人席のテーブルの椅子に腰掛け、メニューに目を通す。
ふむ、丼メニューが充実しているな……。
「何にします?」
ドワーフのあんちゃんがやってきて、注文を聞きながら水の入ったコップを置いた。
「牛丼、並盛で」
「牛、並み……と。卵もどうすか? 今ならそんなに混んでないんで、生・半熟・固ゆでとできますよ」
「そうだな……なら、半熟で1つ」
「半熟1……と。酒はいいすか?」
酒か、そうだな……。
「ビールを、瓶で1つもらおうかな」
「瓶ビール1つ……他にご注文は?」
「うんにゃ」
「ご注文繰り返さしてもらいまーす。牛並み1半熟1瓶ビール1、これでよろしいでしょうかー?」
「うぃ」
注文が終わって、店員のドワーフのあんちゃんは厨房へ。
「牛並み1! 半熟1! 瓶ビール1! 貼っときまーす!」
「おうっ!」
厨房の奥から、野太い声が聞こえた。
ほどなくしてビールが出てきた。
ぬるいビールだったが、マズくは無い。
ちびちびやっていると、すぐに牛丼も出てきた、
半熟卵は小鉢に入っている。
小鉢が熱いので、たぶん湯煎か蒸したかというところだろう。
牛丼を掻き込む――安心できる美味さだ。
肉も柔らかく、つゆの汁気も丁度いい。
半分ほど掻き込んだところで、半熟卵をぶち込んで軽く混ぜる。
黄身のとろみが絡み、風味でちょっとだけ贅沢感が出る。
久しぶりの牛丼なおかげで、丼の中はすぐに空になった。
ビールの瓶もすっかり軽くなり、これで俺はごちそうさまだ。
さて、お会計しますか。
会計を済ませたところで、ふと気づいた。
そういや宿のおやじが、職人たちもこの店を利用している的なことを言っていたな。
ひょっとしてこの中に、包丁を作ってくれる職人さんとかいるかな?
試しに聞いてみよう。
「あの~、つかぬことをお聞きしますが――ひょっとしてこの中に、材料持ち込みで『戦闘用の包丁』を作ってくれる職人さんとか、いたりしますか?」
まともに話を聞いてくれる人がいれば儲けものというつもりで聞いたのだが、案外皆さんちゃんと話を聞いてくれた。
「戦闘用の包丁か、面白そうじゃな」
「面白そうだが、わしゃ防具が専門じゃから無理」
「包丁でないと、駄目なのか?」
「わしにやらせい、包丁は得意じゃ!」
「お前、武具は下手じゃからの」
「わし、今なら手ぇ空いとるからやっちゃるぞ」
「何が手ぇ空いとるじゃ、正直に仕事が無くてヒマじゃと言え」
「持ち込むのは何じゃ?」
「やっても構わんが、あんたの腕次第じゃな」
「戦闘用でない包丁は、いらんのか?」
薄茶色とか茶色とかコゲ茶色の革ツナギを着た、客のドワーフのおっさんたちがワイワイと返事をしてくれたのだが……どれを誰が言ったのかが把握できん。
ぶっちゃけ、みんな同じドワーフに見える。
何と言うかこう――服装とか色味とかヒゲの有無とか、適当でいいからキャラ設定してくんないもんかね?
みんな茶色系でヒゲもじゃのドワーフのおっさんなもんだから、どれが何を言った人なんだか覚えられんのですよ――最近記憶力も衰えてるので、さっぱり……。
俺が口を挟むこともできずにいると、いつの間にやら3人のドワーフの職人のおっさんたちが、戦闘用の包丁を作ることになっしまっていた。
なんか3人がそれぞれ戦闘用の包丁を鉄で作り、コンペを行うことになったみたい。
「よしっ! 期限は午前0時までじゃな?」
「場所はこの店で!」
「包丁作って40年の、わしの腕を見せつけてくれるわ!」
なんか依頼人の俺そっちのけで盛り上がってるし……。
まぁいいか。
『戦闘用の包丁なんぞ、誰が作るか!』みたいな展開より、よっぽどいい。
3人のコンペ参加のドワーフのおっさんたちは、急いでメシを終わらせて足早に帰って行った。
早速『戦闘用の包丁』を作る気らしい。
これで職人さんを探す手間が省けたな。
ドワーフなんだから、腕のほうはたぶん良いだろう。
良いよね? たぶん。
さて、果報は寝て待てだ。
腹も膨らんだし――。
宿に戻って、二度寝でもすっか。
――――
深夜0時になった。
昼間は酒屋さん巡りをして、焼酎とウイスキーとビールを樽で仕入れていた。
今回はアルスくんたちのお土産としての分の他に、金ちゃんとポチへのお土産の分もあるので、けっこうな量の仕入れである。
その後仮眠し、【真・腹時計】の目覚まし機能で22時に起きて、食堂で親子丼を食ってドワーフの職人のおっさんたちを待っている。
あの3人の職人たちが、どんな包丁を作ってくるか楽しみだ。
つーか、いつの間にかこの話が広まっていたらしく、ギャラリーが多い。
職人と思しきドワーフのおっさんが、明らかに増えている。
店の中は、こんな時間なのに満席だ。
戦闘用の包丁作りを請け負ってくれた、3人のドワーフのおっさん職人たちがやってきた。
イヤ、ぶっちゃけ似たような見た目なので見分けはついていないが、3人揃って俺に挨拶をしてきたのでたぶんそうだと思う。
「さて始めるぞい。まずはわしの力作じゃ!」
最初に店に入ってきたドワーフのおっさんが、他の2人の『あっ、汚ねえ!』『ずっこいぞ、お主!』という声を無視して、布にくるまれたブツを渡してきた。
どれどれ――。
布を剥がして見ると、そこにあったのは刃渡り40cmほどの――これは牛刀かな? 肉切用だが万能タイプだ。
「ちょっとみんな離れて」
ギャラリーを下がらせて、試しに【真・包丁術】を使った演武をしてみた。
ヒュンヒュンと風を切る牛刀。
うむ、使い心地はいい。
演武を終えると、ギャラリーから『おぉっ!』というどよめきと拍手が起こった。
まぁ、【真・包丁術】を極めているからな。
さぞかし傍から見たら、見事だったのだろう。
路上パフォーマンスとかしたら、小銭稼げるかな?
使い心地は良かった牛刀だが、問題は強度だ。
何か切ってみるのがいいかな?
ギャラリーの皆さんに何か適当な物は無いかと聞いたら、これを使えと鉄の剣を渡された。
剣と包丁だとさすがに包丁のほうが分が悪いだろうが、簡単に使い物にならなくなるようでは戦闘用としては使えないので、妥当な選択だろう。
これもギャラリーさんたちと相談して、【剣術】のスキルを持ったドワーフのおっさんに、鉄の剣で俺に切りつけてもらうことで武器としての耐久性をテストすることにした。
もちろん俺は、包丁で受けるだけである。
店の外へと出て、耐久テストの開始だ。
もちろんギャラリーさんたちも、ゾロゾロと外へと出てきている――あれ? さっきより人数増えてね?
剣が振り回され、包丁で受ける。
丁度20合を打ち合ったところで、包丁がパキリと折れた。
うーむ……やはり強度が少し物足りないな。
だが使えないことも無い――やはり包丁で戦うというのは、若干無理があるのかな?
とか考えていると――。
「駄目じゃな」
「うむ、あれでは戦闘用とは言えぬ」
「相手が剣だろうと、もっと打ち合えねばの」
……あーだ。
……こーだ。
ドワーフのおっさんたちの審査が、いつの間にか始まっていた。
なかなか厳しい意見が多い。
つーか、発注者で使う本人のはずの俺の意見は、全く聞かれないらしい。
「次じゃ」
「おう、わしの番じゃな」
いつの間にか、関係の無いはずのドワーフのおっさんが仕切っている。
イヤ、まぁ、いいんだけどさ。
次のドワーフの職人さんが出してきたのは、俺の身長を超える2mほどの大きさの――包丁?
「デカいすね」
「デカくても包丁じゃ」
鼻息荒く、製作者のドワーフの職人さんが言い放つ。
そんなもんかね。
試しに使って見る。
さすがにこの大きさだと、両手持ちだ。
ブンブンと振り回して見る。
ん?
おや?
あれ?
「どうした?」
司会進行役をなんか知らんが勝手に引き受けているドワーフのおっさんが、キレの悪い俺の動きを不審に思ったのか、そう聞いてきた。
「【真・包丁術】のスキルが発動しない」
ということは俺が手に持っているこれは、包丁では無いということになるのかな?
「大剣じゃな」
「うむ、大剣じゃ」
「包丁というには、さすがに無理があるの」
「わしゃ見た時から、駄目だと思っちょった」
……あーだ。
……こーだ。
ギャラリーさんたちの審査が、やはり厳しい。
つーか、審査以前に【真・包丁術】のスキルが発動しないのでは意味が無い。
「次じゃ」
「ふんっ! 未熟者どもめ! わしの作品を見るが良い!」
うむ、もう勝手に進行されるのはどうにもならなそうだな……諦めよう。
それより渡されたブツだ。
柄の部分から、長さ50cmくらいの金属――ほぼ正三角形の三角柱――が伸びている何か。
これはいったい……?
「棒じゃな」
「うむ、鉄の棒じゃな」
「どこが包丁なんじゃ」
……あーだ。
……こーだ。
「何を言う! 立派な包丁じゃろうが! 見ろ、ここが刃じゃ!」
イヤ、三角形の角を指さしているようにしか見えんし……。
「ふむ……ならばスキルが発動するかどうか、試しに振り回してみい」
「そだね」
司会進行役のドワーフのおっさんに言われて、三角柱を振り回してみる俺。
「どうじゃ?」
「発動しないすね」
【真・包丁術】のスキルは、うんともすんとも言わなかった。
「全員失格じゃな」
「よしっ! 明日もう1度チャレンジじゃ!」
「わしも作ってみようっと」
「あ、わしもわしも」
「わしも明日は参加するぞ!」
「あいつらよりはマシなもんが作れるじゃろうて」
「包丁縛りというのも、面白いの」
「制約があるほうが、燃えるというもんじゃ!」
流れ解散になった。
つーか、明日もやるらしい。
いいんだけどね。
俺も、ちゃんとした戦闘用の包丁が欲しいし。
「カツ丼一丁!」
店の中から店員のあんちゃんの、威勢のいい声が聞こえた。
さて、審査に時間が掛かったせいで小腹が空いちまったな。
店に戻って、何かツマミでも頼んで――。
一杯飲んでから寝るとするか。
――――
だいたい24時間が経過した。
そろそろ時間のはずだ。
俺は宿屋から出て、隣の食堂へと向かう。
あれ? 今日、人少なくね?
「おぉ、来たか! 今日は場所を変えたんじゃ、付いてこい」
付いてこいと言われたので、ドワーフのおっさんに付いて行く。
聞くと、参加者もギャラリーも増えたので、急遽広場の使用許可を取ったのだそうだ。
広場に到着すると、なんか屋台とかも出ていてすっかり野外イベントと化していた。
戦闘用の包丁を注文しただけなのに、どうしてこうなったんだか……。
「レディース & ジェントルメン! これより、戦闘用包丁のコンテストを始めるぞい!」
司会進行役のドワーフのおっさんが開会宣言をすると、ギャラリーがどっと沸いた。
つーか、どこにレディースがいるんだよ……。
とか思ってギャラリーを眺めてみたら、なんとなくひょっとしてみたいなドワーフがちらほら……。
この世界のドワーフの女性は、そういやヒゲもじゃガッシリ系だったか。
良く見るとおっさん連中より少しだけ華奢だし、ヒゲも薄いドワーフさんたちがけっこういる。
「まずはわしの包丁からじゃ!」
コンテストが始まった。
俺は既に発注者とか使用者としての立場では無く、単なるスキルの発動を検証する係である。
…………
3時間ほど掛かって、コンテストはだいたい終わり。
昨日よりやたらと多くの参加者がいたおかげで、検証もやたら時間が掛かった。
それでも『これだ!』という戦闘用の包丁には、まだ出会えていない。
どれもこれもスキルが発動しないか、やはり戦闘用としてはやや脆いものばかりだ。
今日も駄目かと諦めかけていたその時、『間に合ったかの?』と、年配のドワーフのおっさんがやってきた。
「おおっ! ミクタじゃ!」
「ミクタのおやっさんが参戦するのか!」
「こりゃ、面白そうじゃの」
「あの気難しい奴が、珍しいのう」
ミクタと呼ばれているその年配のドワーフのおっさんが来ると、人垣が割れた。
ギャラリーの反応を見るに、けっこう有名人のようだ。
「ふん……使ってみろ」
渡されたものは、刃渡り40cmほどの――出刃包丁。
見た感じは、すごくいい。
振り回して見る。
やはりいい――ちゃんとスキルも発動する。
そして耐久テストだ。
昨日と同じく、鉄の剣とで打ち合って見る。
ガキンガキンと、激しいながらも小気味いい打ち合いをしていると――。
バキン!
30合くらいで折れた。
――剣のほうが。
ギャラリーの皆さんが驚いているようだが、それはもちろん俺も同じ。
出刃包丁をしげしげと見てみる。
さすが剣と打ち合って無事な訳も無く、ところどころ刃こぼれはしている。
――だが無事だ、曲がってもいない。
大したものだ。
『おおぉぉ!』と、ギャラリーから歓声が沸く。
「凄えな!」
「さすがミクタのおやっさんだ」
「相変わらず、いい腕しとるわい」
皆が感心している、もちろん俺も。
「あの、材料持ち込みで戦闘用の包丁を作って欲しいんですが……」
俺は慌てて、ミクタのおやっさんに戦闘用の包丁の作製を頼んだ。
もう当初の趣旨が忘れ去られてしまっている気がするので、ここで頼んでおかないと作ってもらえない気がしたのだ。
「分かっちょる、昼過ぎにわしの工房に来い」
有難いことに、依頼を受けてくれるらしい。
「ミクタのおやっさんは、高いぞ」
俺の右肩をポンッと叩いて、司会役をしていたドワーフのおっさんがひと言残していった。
少々高くても構うもんか。
あれだけの腕なら、金額が張ったとしても惜しくは無い。
明日の昼過ぎか……。
なんか今から落ち着かないなー。
明日が待ち遠しいのは、いつ以来だろうか?
よしっ! 決めた!
なんか眠れなさそうだし――。
やっぱ今日も一杯飲んで寝ようっと。
――――
今はもう昼過ぎ。
俺はミクタのおやっさんの工房を探して歩いている。
ぶっちゃけると、『昼過ぎに工房に来い』とミクタのおやっさんに言われたのはいいが、工房の場所をうっかり聞き忘れていたのである。
幸いにもミクタのおやっさんはけっこう有名な職人さんだったので、道行く人に場所を聞いたら知っている人もけっこういた。
なのでこの辺だということは分かったのだが――しまったな、やはり地図を書いてもらうんだった。
同じようなグレーで箱型の建物ばかりなので、どこなのかが分かりづらい。
おっ! あれかな?
剣と斧と槍が交差する意匠が描かれている看板があったので、たぶんそうだろう。
つーか、もう少し大きい看板にしろよな――分かりにくいわ!
「こんちはー、戦闘用の包丁を頼む者なんすけどー」
両開きの扉を開けて、工房へと入る。
重いな、この扉。
中に入ると数人のドワーフの職人さんがいて、若い職人さんが2階の部屋へと俺をご案内。
部屋の中には昨日会った職人さん――ミクタのおやっさんが椅子に座り、腕組みをして待っていた。
ここは来客用の個室らしい。
「遅いぞ、もう昼過ぎじゃ」
イヤ、こら、ちょっと待て。
「あんたが昼過ぎに来いって言ったんじゃん!」
「知らん」
なんだその理不尽!
「ふん……それより早く素材を出せ、待ちくたびれた――このわしに依頼するのだから、さぞかし良い素材を持ち込むのだろうな」
待ちくたびれたのはあんたが原因だろうが……。
まぁいい、ならば素材を見せてやろう。
まず金属類ね。
ダンジョンにもらった、ミスリルやその他のインゴット。
こんなこともあろうかと、全部取っておいたのだ。
「ふん……ミスリルにアダマンタイトにダリオ鋼――ほう、オリハルコンもあるのか。良く揃えたの」
反応からして、金属素材には合格点をもらえたようだ。
だが、本番はこれから。
俺はストレージから、金ちゃんのゴミ捨て場から拾ってきた魔物素材を取り出す。
そうだ! 無敵ガメの甲羅もあったな――これも出しておこう。
「これは……金剛カブトの角か! 地擦りバチの針に、暴食竜の牙――ん? 何じゃこれは、見たことが無い素材じゃぞ……それにこっちは、無敵ガメの甲羅か!?」
まだあるぞー、俺も良く分かんないけど硬そうなのがたくさん。
「わしの知らん素材がこれほどに……いったいどこでこんな魔物素材を!」
並べた魔物素材に、ミクタのおやっさんが驚いている。
いやぁ、こんだけ驚いてくれると持ち込んだ甲斐があるってもんだ。
「だいたい全部、深淵の森で拾った素材だよ」
嘘は言ってない。
無敵ガメの甲羅以外は、金ちゃんのゴミ捨て場で拾ってきたやつだし。
「あんなところに行って、良く生きて戻れたの」
「戦闘とか一切せずに、ほんとに通り過ぎただけなんで」
「それでも普通は死ぬぞい」
「まぁ、ちょっとだけ普通じゃ無いので」
俺がじゃなくて、スキルがだけど。
「で、本命なんだけど――これ、戦闘用の包丁に加工できるかな?」
俺が最後に取り出したのは、黄金色に輝くマンホールより少し大きい楕円形の鱗――金ちゃんの鱗だ。
たぶんこの世界で最硬な気がする、俺の知っている最高の素材である。
加工は難しいとは思うが、ダメ元だ。
「これは……」
「深淵の森の主――ドラゴンの鱗だよ。俺としては、これで作ってもらえると嬉しい」
ミクタのおやっさんの目が、金ちゃんの鱗を見て爛々と輝いている。
そのギラギラした目が、俺をジロリと見た。
「お主、これを――ここに並べた素材を、誰かに見せたか?」
押し殺した声で、ミクタのおやっさんが俺に聞く。
「うんにゃ、おやっさんにしか見せて無い」
「そうか……ならいい。下手なヤツに見せたら、お主を殺してでも奪い取ろうとするじゃろうからの」
あ――――うん、だよねー。
うっかりしてた。
つーか念願の戦闘用の包丁が手に入るということで、すっかり頭から飛んでいた。
金ちゃんの鱗の価値は、それこそ国宝級かそれ以上だろう。
武器に加工できれば無双、防具に加工できれば無敵――それを量産でもしようものなら、間違いなく世界の勢力図を書き換えられる代物だ。
これは、間違い無くやらかしたよなー。
「えーと……これらの素材に関してはその、内緒ということで――」
「分かっとるわ、こんなもん誰にも言える訳が無かろうが! もしバレたらこの素材全部、偉いさんに取り上げられるわい」
「助かります」
「これほどの素材を使えるなど、職人には夢のようじゃからな。こんな機会は間違っても逃せん、絶対に誰にもバレないようにやってみせる――安心せい」
うっかりやらかしたが、人に恵まれたな。
ミクタのおやっさんなら、信用しても良さそうだ。
『こりゃ迂闊に弟子たちにも見せられんな』とかブツクサ言いながらずいぶんと楽しそうな顔をしているところを見ると、俺を騙したりとかは考えたりはしない人だろう。
つーか、これからは気を付けないといかんよなー。
金ちゃんの鱗はもちろん、ゴミ捨て場の魔物素材もうかつに出さないようにしないと……。
「包丁は急ぐのか?」
「できれば」
「この鱗で作るのなら、いつまで掛かるか分らんぞ――というより、この金色の鱗がわしの手に負えるかどうかすら、やってみんと分らん」
覚悟はしてたけど、やっぱしか……。
金ちゃんの鱗が、そう簡単に加工できる訳は無いよね。
「とりあえず、できる範囲で1つ欲しい」
せっかく戦闘用のスキルがあるのに、使える得物が無いというのは勿体無い。
金ちゃんの鱗を使わなくても、ミクタのおやっさんなら十分使える戦闘用の包丁を作ってくれるだろうから、ここはできる範囲での品でも相当有難いのだ。
「ならばひと月寄越せ。できる範囲と言うても、少しは工夫してみたいでな」
「もちろん――それで少しでもいい包丁ができるなら、むしろこっちとしては有難いし」
これで戦闘用の包丁を作ってもらう目途はついた、あとは――。
「ところでですね、その……支払いのほうのご相談なんですが……」
「あん?」
ここに来ていきなり下手な態度に出た俺に、ミクタのおやっさんが不審な顔をする。
イヤ、代金を無料にしろとか、そういうのでは無いすよ。
ただ、無いけども――。
「余った素材をお譲りしますんで、それと代金を相殺していただけないかと……」
ぶっちゃけ老後の生活資金を、なるべく減らしたくないので。
「なんじゃそんなことか、わしは別に構わん――構わんと言うか、むしろこれだけの素材ならばこちらが金を払わねばいかんじゃろうて」
「そうなんすか?」
「当たり前じゃろうが。お主の持ち込んだ素材は、とんでもないレア素材ばかりじゃし――特にこの金色の鱗なんぞ、おいそれと値のつけられるような代物ですら無いぞい!」
なるほど……。
だけどミクタのおやっさんには、戦闘用の包丁が壊れたらまた作製をお願いしたいからなー。
こっちが金をもらうというのも……。
「なら、こういうのはどうでしょう――代金分以上の素材は、今後注文する時のためにそちらで保管してもらうということでは?」
「ふーむ……」
腕組みしてちょっと考えたミクタのおやっさんであったが――。
「いいじゃろ。それでもっと良い戦闘用の包丁が作れたら、お主に渡すということで良いかの?」
「良いというか、むしろそれでお願いしたいですね」
「なら決まりじゃな」
「よろしくです」
これで商談は纏まった。
挨拶を交わして、俺は工房の外へと出た。
まだ陽も高いし、ギルドにでも行って依頼でも漁ってこようか?
戦闘用の包丁ができるまで1か月もあるのだし、その間の生活費は稼いでおくべきであろう。
1か月後が楽しみだ。
――――
― 1か月後 ―
「ふん……来たか」
「そりゃまぁ、1か月したら来いと言われたので」
約束の期日がやってきたので、ミクタのおやっさんの工房へと出向いた。
今日は、出来上がった戦闘用の包丁を受け取る予定の日である。
「すまんがやはりあの、金色の鱗は今のところわしの手には負えんかった――これが今できる最高の『戦闘用の包丁』じゃ、確認してくれ」
ミクタのおやっさんが並べたのは、3丁の出刃包丁――あれ? 俺ってば3丁も注文したっけか?
考えていてることが顔にでてしまっていたのだろう、おやっさんが3丁も戦闘用の包丁がある理由を教えてくれた。
「1丁は普段使い用、1丁は保存用、1丁は鑑賞用じゃ」
ほうほう、なるほど――って、オタクのコレクションかよ!
いいけどね、予備はあったほうが安心できるし。
俺は戦闘用の包丁を1本手に取ってみる。
結構重いが、バランスがいいのか扱い辛いということは無い。
振り回して見る。
うむ、ちゃんと【真・包丁術】のスキルも発動する。
切れ味とかはどうなんだろう?
俺はストレージの中から無敵ガメの甲羅を取り出し、刃を当ててスッと引いてみた。
薄く刃傷がつく。
「凄いな……傷がついた……」
無敵ガメの甲羅に傷がつくということは、この出刃包丁はアダマンタイトよりも硬いということだ。
「硬いだけではないぞい、こいつは硬さに加えて粘りもあるんじゃ――お主が持ち込んだ魔物素材のおかげで、夢のような合金ができたのよ」
「――ということは、この合金は新発明の合金ってことですか!?」
いいねー! 新発明の合金ということは、この出刃包丁は正にオンリーワンの武器ということだ。
自分だけの武器とか、なんかワクワク感があるよね!
「さよう、そいつはオリハルコンをベースにアダマンタイトや各種魔物素材を合わせた合金じゃ――名付けて、『超合金乙』!」
うわー……なんてまた微妙なネーミングを……。
微妙でも、なんか嬉しいけど。
だって『超合金』だぞ!
機械でできた魔物とか相手に、無双できそうなネーミングじゃないか!
つーか、その辺の魔物なら【真・包丁術】のスキルとこの『超合金乙』の出刃包丁で、普通に無双できるだろう。
まぁ、金ちゃんやポチくらいの相手になると、それでも歯が立たないだろうけど。
よしっ! 早速試しに、近場の魔物の生息地まで辻斬り――じゃない、試し切りに行ってみよう!
あの辺の魔物くらいなら、余裕で行けるはずだ!
食えない魔物は『悪・即・斬』!
食える魔物は三枚におろしてやるぜ!
どんな魔物でも出てこいや!
阿修羅だろうがデュラハンだろうが、どんとこいだ!
このお話は、異世界チートものなのだ!
――――まぁ、たぶん。




