ドラゴンとの遭遇
― テマエ法国・国境 ―
アルスくんたちと別れ再びソロ冒険者となった俺は、現在ドワーフの国である『トンカン王国』を目指して旅をしている。
トリアエズ王国を西へと進み、現在地であるこの『テマエ法国』をさらに西へ進むと、どの国の領土でもない『深淵の森』という地域に出る。
その『深淵の森』をさらに北西方向に抜けていくとあるのが、ドワーフの国の『トンカン王国』だ。
そして今、俺は『テマエ法国』の国境を通り抜け、強大な魔物――ボスキャラクラスの大物がウヨウヨしている、『深淵の森』へと足を踏み入れようとしている。
「気をつけてな」
「あいよー」
見送りは国境の警備兵。
深淵の森へと足を踏み入れる命知らずは案外多いらしく、俺は特におかしな目で見られることも無く国境を通り過ぎた。
ここからは深淵の森、いよいよ危険地帯だ。
俺がこの森を進むのには必須であろう【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動し、森の入口から慎重に進む。
しばらくはそれほど強い魔物はいないだろうが、今のうちから警戒するクセをつけておくほうがいいだろう。
もちろん【気配察知】も今から全開にして、周囲を警戒中だ。
つーか、冒険者であろう人間の気配も、この辺ならまだちらほらあるな。
人間の気配があるうちは、まだそれほど危険では無いだろう。
…………
深淵の森に入ってから3日もすると、人間の気配は全く無くなった。
いつ危険な魔物に遭遇するか分からないので、周囲の気配を慎重に探りながら進む。
【気配察知】の端っこのほうに、ヤバそうな気配が引っかかった。
俺はあえてそっちのほうに向かう。
見たことの無いような魔物が、そこにいるかもしれないのだ!
慎重に気配に近づいて行くと、ようやく遠めにだがその姿を捕らえることができた。
人間よりやや大きいサイズの、蜘蛛の魔物と大きなトカゲの魔物――たぶんバジリスク――が幼い女の子を捕らえて――――イヤ、違うか?
近づきながら老眼をこらして見ると、女の子の上半身と蜘蛛の胴体がくっついている。
これは……アラクネだ!
女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ魔物であるアラクネが、石化の魔眼を持つバジリスクを捕食しているのだ。
バジリスクの体には、老眼の遠目では見えなかった糸が絡みついている。
まぁ、こんなところに幼い女の子なんているわけ無いよね。
このアラクネみたいに一部が人型の魔物とかもけっこういるから、うっかり間違って近づかないように気を付けよう。
バジリスクの気配は、まだ微かに残っている。
どうやら生きたまま捕食しているようだ。
食事中なら邪魔をしない限り、遠巻きに観察しても危険では無いだろうと考え、少しずつ距離を詰める。
上半身が幼い女の子ということは、このアラクネも幼い個体なのだろうか?
どうせならもう少しおねーさんの個体が見たかったが、贅沢は言うまい。
バジリスクに吸い付いていた口が離れた。
どうやらアラクネの食事が終わったようだ。
食べ残しのバジリスクを改めて糸でグルグル巻きにして、手近な木に吊るすアラクネ――マズいな。
木に吊るすということは、アレは保存食だ。
食料を保存する習性があるということは、空腹で無くとも狩りをするということである。
今のうちに逃げておこう。
近くに糸が張ってあるかもしれないから、引っかからないように気を付けないとな……。
…………
さらに数日、深淵の森の奥地へと歩き続けた。
この間に見かけたのは、八つ首のヒドラ・宝石のような甲殻に覆われた巨大カブトムシ・目には全く映らないが凶暴な気配をまき散らしている何か・この世界で白虎と呼ばれている白い炎を纏った巨大な虎など、ギルドの魔物図鑑で最強クラスに分類されている魔物はもちろん、図鑑に載っていないような魔物までいた。
ひょっとしたら俺は、前人未到の地域を踏破しているのでは無いだろうか?
そう考えると、なんかワクワクする。
気分は、昔テレビで見ていた探検隊だ!
我々は今、誰も入ったことの無い森の奥地へと突入しているのだ!
まぁ、ソロなんだけどさ。
いいじゃん、気分だよ気分。
――あれは何だ!?
我々探検隊は、そこに信じられないモノを見た!
二足歩行する明らかに肉食の大型の恐竜――ティラノサウルスとかそんな系統のヤツ。
種類とか良く分かんないが、アレは間違いなく恐竜だ。
恐竜って、ファンタジーなのか?
むしろファンタジーだから、恐竜もアリなのか?
どちらでもいいが、なんか良いものを見てしまった気分だ。
ということは、他にも恐竜がいたりするのだろうか?
トリケラトプスとか、好きなんだよなー。
…………
それからまた幾数日、俺は深淵の森のさらに奥地へと進んでいた。
ここまで来ると、もうドラゴン系の魔物も珍しく無くなっている。
恐竜系の生き物は、あれから見ていない。
探検隊ごっこも、とうの昔に飽きている。
今の俺は、あまりにもヤバ過ぎる魔物たちを、将来書く予定の『異世界転移ファンタジー小説』のためにおっかなびっくり観察しているだけのおっさんだ。
どのくらい奥へと進んだろうか、いつの間にか周囲の空気が変わっていた。
強力な魔物の気配が、全く無くなっていたのだ。
そこにあったのは、静かでどこにでもありそうな、のどかな森の風景。
そして、そののどかな森の中心に、魔物と呼ぶにはあまりにも静かで強大な気配が1つ……。
なんだろう? これはさすがに見逃せ無さそうな気配だ。
不思議と怖くは無い。
その気配の雰囲気のせいもあり、俺は無防備にノコノコと近づいて行った。
そして、その場所にそいつは居た。
森の中の少し開けた場所。
そこにいたのは、巨大な黄金の竜。
おそらくはこの深淵の森のヌシであろうそいつは、その巨大な体躯を折りたたみ静かに鎮座していた。
古から存在していたであろうその姿は神々しく、どのような生き物であろうと敵わぬ圧倒的な力を持っていることは疑う余地の無い、濃密な存在感を放っている。
それは力の象徴――その名を知らぬものはいないが、見たことのある者はまずいない生物。
それから派生する生き物に付いているような余計な飾りの語句など付かぬ、唯一絶対の生物。
その名は――『ドラゴン』
これが本物か……。
俺はその姿を見て、溜息をつく。
こいつを見てしまったら、ここまでの道中で見たファイアドラゴンやクリスタルドラゴンなんて、ドラゴンの名を冠するのもおこがましい紛い物にしか思えなくなる。
それほど気配の『格』が違い過ぎるのだ。
不思議と恐ろしさは感じないので、俺はもっと近くに寄ってじっくりと観察をすることにした。
でかい――たぶん頭の先から尻尾の先まで100mはあるだろう。
背中にある一対の大きな翼は、広げるとどのくらいの大きさがあるのだろう――見てみたいな。
全身を覆っている鱗はみごとな黄金色をしており、傷一つどころか汚れ一つ無い。
4本ある角はほんの少し弧を描いており、雄々しさと優美さをその姿に加えていた。
その目もやはり黄金の色をしており、深い英知を宿した瞳はこちらを観察するように――――あれ? ひょっとして俺、見られてたりする?
右のほうにずいーっと動いてみた。
ドラゴンさんの瞳も、ずいーっと連動して動いてくる。
今度は左のほうにずずずいーっと動いてみる。
やはりドラゴンさんの瞳も、ずずずいーっとこっちの動きに合わせて動いてきた。
うむ、見られている。
【隠密】と【隠蔽】のスキルをフル発動させているにも関わらず、思いっきり見られている……。
どうやらドラゴンさんには、【隠密】と【隠蔽】のスキルなんぞ極めていても無意味だったらしい。
おや?――これってとってもヤバいのでは……?
緊張感が半端無くなって、思わず冷や汗をかきながら硬直する俺。
ドラゴンの頭に、小鳥が停まった――静かだ。
俺とドラゴンの間を、リスがチョロチョロと駆け抜けていく――のどかだ。
駆け抜けていくリスを、ドラゴンの黄金の瞳が追いかけた。
俺を見ていた時と、同じような目つきで。
――あぁ、そうか。
緊張なんて、する必要は無かったのだ。。
俺はこのドラゴンにとって、たぶん小鳥やリスと同じ――つまり、無害な小動物に過ぎないのだ。
この辺りに人間など来ることはまず無いだろうから、ドラゴンにとっては珍しい小動物が来たなという感覚で見ていたのだろう。
なんか安心して、どっと疲れた。
とりあえず近くの木に向かい『よっこいせ』と腰を下ろし、疲れたので木の幹にもたれ掛かって、ドラゴンさんとお互いに観察し合うことにする。
やっぱカッコいいよなー。
それに全身金ぴかだけど、上品に見えるんだよねー。
変に強く見せようとするようなゴテゴテした飾りも無く、シンプルな姿もまた強そうだ。
そもそも生き物ってのは、進化すればするほど機能美に溢れたシンプルな外見になるものだしね。
やっぱ強い生き物ってのは、こうじゃないと。
見てて惚れ惚れするってのは、こういうのを言うんだろうな。
うーむ、いつまで見てても飽きない……。
…………
はっ!
あれ?……ん?
なんかチュンチュンと小鳥の鳴き声がうるさくて目が覚めた。
【真・腹時計】のスキルによると、どうやら朝の6時過ぎである。
すぐそこの昨日と変わらぬ位置には、朝日に輝く黄金の鱗を持ったドラゴン。
どうやら俺はドラゴンを見ながら、いつの間にか眠っていたらしい。
確か昨日ドラゴンと出会ったのが昼の3時くらいなはずだから――ありゃー、あれから15時間くらい寝てた計算になるのか……。
道中緊張しっぱなしだったから、かなり疲れてたんだなー。
つーか俺、こんだけ無防備に眠りこけたってことは、このドラゴンの目の前でかなり安心しきってたってことだよね。
なんか不思議な気分だ。
本来なら最もヤバいはずの魔物の目の前が、最も安心できるとは……。
ぐぎゅるるっと、腹の虫が鳴った。
そういや俺、昨日の昼から飲まず食わずだったな。
腹もかなり減ってるし、ガッツリめの朝メシでも食うか。
そういや、カニがあったよな。
俺はストレージの中から既に茹でてあるカニを取り出し、脚をモギモギして殻に包丁(調理用)を入れ、ほじほじしながら食べ始める。
なんか視線を感じるなと思って顔を上げたら、ドラゴンさんと目が合った。
また観察されてる……。
まぁ別に、観察されたからといって何があるということも無いので、ドラゴンさんの視線は放置。
俺は黙々とカニをほじほじ。
1杯平らげ、もう少し食べたいなと2杯目をストレージから取り出すときに、なんとなく気づいた。
ドラゴンさんってば、俺じゃなくてカニのほうを見て無いか?
試しにカニを右手に持って、左から右へと動かす。
ドラゴンさんの視線がそれを追ってきた。
確認のため左へ――やはり視線が追ってきた。
やっぱ俺じゃなくてカニかよ……。
イヤ、まぁ分かるけどね――俺だって目の前で小動物が夢中になって何か食べてたら、『あれって、美味いのかな?』とか思うし。
しゃーねーな。
俺はカニを持ったまま立ち上がってドラゴンさんに近づき、試しに顔の前に突き出して聞いてみた。
「食うか?」
……と。
「グオゥ」
「なんだやっぱり食いたかったのか」
えーと、どうすっかな……やっぱ殻は無いほうがいいのかな? それとも――。
ここまで考えて気が付いた。
うん? あれ? 何か今、意思の疎通ができてたような気が……。
これは気のせいか? 違うかな?
気のせいかどうかは、もう1度話しかけてみれば分かるか。
「殻のままでもいいか? それとも中身だけ食べたい?」
「グオォゥ」
ほう、中身だけ食べたい……と。
うむ、間違いない。
意思の疎通ができている。
何でかは分らん。
でも俺がそんな便利なスキルを持って無いことを考えると、ドラゴンさんのほうに意思の疎通ができる能力があると考えるのが妥当だろう。
凄いな、ドラゴンさん。
自分から言ってしまった手前、仕方無いのでカニの殻から身だけをほじほじ。
皿に小さくこんもりとカニの身だけが盛り上がったが、ドラゴンさんの巨体でこの量だと、味見にしても少な過ぎるかなと思わんでも無い。
まぁとりあえず、食わせてみっか。
「はい、じゃあ乗っけるから舌出してー」
俺がそう言うと、素直に舌を出すドラゴンさん。
思わずイタズラ心で大量にトウガラシとか乗せたくなったが、怒らせたら間違い無く即プチされてしまうので、そこはしっかり我慢。
俺はドラゴンさんの舌の上に、カニの身を乗っけた。
ドラゴンさんが舌を口の中に引っ込め、2~3度もぐもぐしてゴクリと飲み込む。
お口に合いましたでしょうか?
「グルルルゥ」
美味かったらしい、どうやらお気に召したようだ。
「もう1杯食べる?」
「グォル」
へ? もういいの?
「遠慮しなくても、まだあるよ?」
「グオオルルゥ」
あ、別に遠慮してる訳でも無くて、元々そんなに食べないだけなのね……。
燃費がいいんすね――というより、魔法的な何かのエネルギーを吸収してるからそんな食べる必要無いととかかなのかな?
さて、ドラゴンさんが食わぬというのなら、俺は2杯目のカニをいただくとしよう。
俺はまだ食い足りないのだ。
…………
朝メシを食い終わると、また眠気がやってきた。
思ったより疲れが溜まっていたらしい。
だがここで寝てしまうと生活のリズムが狂うし、どんどん自堕落になってしまう気がする。
なんか平和で居心地がいいんだよねー、ドラゴンさんの近くって。
眠気覚ましに、ドラゴンさんとお話でもしてみようか。
そういや自己紹介もしてなかったな。
「あー、申し遅れましたが、俺はタロウと言います。人間っす」
「グルル?」
「えーと、何だ急にと言われても、その……挨拶もしてなかったなーと思って……」
「グルゥ、グオルル」
イヤ、ドラゴンなのは知ってるから。
「種族名で無くて、個体を表す名前とかは無いんすか? つーか、何て呼べばいいです?」
「グオルゥ、グオオゥル」
うーむ、好きに呼べと言われてもなー。
「じゃあ……ドラゴンさん?」
「グオルル? グルオオォ」
何だそれ? まんまじゃねーかって? だって、そもそもあんたが適当に好きに呼べって言ったんじゃん。
まんまじゃな無い呼び名とか言われてもなー…………どうしよう?
ドラゴンだから、ドラさん?――なんか魔物はつらいよって感じだな。
じゃあ、ドラちゃん――は、ネコ型ロボットだしな。
うーむ、ならばドラ吉――だと、他の作品のキャラの使いまわしみたいだし……。
困った。
いい感じのが思い浮かばぬ。
「グオオォォ」
早くしろとか言われたし……。
どうやらドラゴンさんは、焦れていらっしゃるようだ。
じゃあ適当に――。
「えーと、なら金色だから…………金ちゃんとか?」
うむ、無いな。
自分で言っておいて何だが、これは無い。
さすがに『金ちゃん』はドラゴンさんに怒られる気がするので、早く別なの考えたほうがいいな。
「グオオ! グオオォ!」
へ? これでいいの?
どうやらドラゴンさんは、『金ちゃん』という呼び名がフレンドリーで気に入ったらしい。
しかし、ホントにいいの?
『金ちゃん』だよ?
イヤ、まぁ、本人がいいならそれでいいのか……。
それじゃあ、改めまして――。
よろしく、金ちゃん。
――――
金ちゃんとの出会いから、一週間が過ぎた。
俺はこの場所がすっかり気に入ってしまい、今や生活用のテントまで張っていたりする。
ちなみにテントはその辺に落ちていた太さ10cm程度の木を組み合わせて、『ヤバいブツ』のスロットで引いた特殊神経ガスのドローンが入っていた麻袋の布を被せて作ってある。
そのままでは水が染み放題なので、どうにかならんものかと金ちゃんに相談したら、近くにある木の樹液を塗れと言われた。
で、実際やってみたら、なんと麻布が見事に防水仕様の布になった。
こんなに簡単に解決できるとは、さすがはドラゴンの英知である。
知的な生き物との遭遇は久しぶりだったらしく、金ちゃんは俺に色々と話しかけてきた。
他に話し相手がいなかったこともあり、もちろん俺も喜んで金ちゃんと語り合った。
ちなみに金ちゃんの話は、自慢話が多い。
――喧嘩に負けたことが無いだの。
――どんな魔法も自在に操れるだの。
――我の鱗は最強だの。
そんな話。
実際その黄金の鱗は見事なので『本当に見事だよね』と素直な感想を言ったら、『ならば好きなだけ持って行くが良い』と、金ちゃんの鱗――生え変わる時に落ちたので、寝床に敷き詰めていたヤツ――をごっそりとくれた。
この鱗、たぶん1枚だけでも相当な価値があると思う。
だってね、この世界で最硬の金属であるアダマンタイトでも傷つかない『無敵ガメの甲羅』が、金ちゃんの鱗を叩きつけただけで簡単にヒビが入ったくらいだもの。
たぶん金ちゃんの鱗は、この世界で最も硬い物質だと思う。
金ちゃんの鱗で包丁を作ったら、俺ってばマジで無双できるのではなかろうか?
【真・包丁術】のスキルが、唸りを上げるぜ!
なんちって。
まぁ、加工とか無理っぽい気もするけどね。
加工できるかどうか、ドワーフの国に持って行ってみようか?――イヤ、金属じゃ無いからエルフの国のほうがいいのかな?
もし包丁にできたら、最高だよなー。
話は変わるが、金ちゃんはやはり小食だった。
量を食べないのはもちろん、俺が作っているメシも見ているだけで食べない。
それでも今日の昼に食べてたうどんは欲しがったので、サイクル的には週一で一食の計算だ。
正直、俺としては助かる。
そんな大量に食材とか無いし。
それとやはり気になったのが、カニやうどんを食べさせたことによって【真・餌付け】のスキルが発動しているのかどうかなのだが――正直さっぱり分らん。
元々金ちゃんは友好的だったので特に変化は感じられないし、規格外の存在だから【真・餌付け】のスキルが有効なのかも疑問なのだ。
俺としては金ちゃんと仲良くできるなら、どっちでもいいっちゃどっちでもいいんだけどさ。
で、そろそろ夕方近くなり晩メシを何にしようかと考えていた頃に、そいつがやってきた。
神殺しの狼と呼ばれる巨大な魔物――フェンリルである。
その大きさは全長で50~60メートルはあり、獰猛な牙と爪を持っていた。
跳躍力と移動速度の凄まじいフェンリルが、電光石火の如き速さで金ちゃんに襲い掛かってきたのだ。
強大な魔物同士の縄張り争いが、ここに開始されたのである!
……で、描写するのも面倒なので、結論を言うと――。
フェンリルは金ちゃんにワンパンでぶちのめされ、あっさり腹を見せた。
その姿、負けた犬っころの如し。
負けて逃げ帰るかと思いきや、フェンリルは『おいらを子分にして下せぇ』みたいな感じで、金ちゃんに頭を下げてきた。
またそれを金ちゃんが面白がってしまい、『いいけど、お前こいつの下だからな』と、フェンリルを俺の弟分にしてしまいやがった。
つーか、俺ってば金ちゃんの子分な立場だったのね。
今知ったし……。
金ちゃんが『酒持ってないか』とか言い出したんで、固めの杯でも交わすのだろうとビール樽を2つ出してやる。
ついでにフェンリルのほうの樽から、俺もジョッキ一杯もらっておこう。
金ちゃんの咆哮を合図に、1人と2匹が杯を交わす――まぁ、樽とジョッキだけど杯ってことで。
樽の中のビールは、一瞬で消えた――こらフェンリル、樽ごと食うんじゃねーよ。
ちなみに金ちゃんは、器用にビールだけ喉に流し込んでいる。
飲み終わった後で金ちゃんに、フェンリルにも適当に名前を付けろとか言われた。
どうしようかと考えたが、親分のドラゴンさんに金ちゃんなどという呼び名を付けてしまった手前、子分のフェンリルにカッコいい名前を付けるというのもまずかろう。
ふむ……。
狼だし、ポチとかでいいか。
「ガルル! ガルガル!」
イヤ、感謝はせんでいい。
あと、アニキと呼ぶのはやめれ。
うーむ……なんか杯を交わしたら、ポチとまで意思の疎通を図れるようになったし……。
これも金ちゃんの能力なのだろうか?
つーか、名前ポチでいいのかよ、お前……。
――――
ポチとの出会いからさらに半月、おれはもうすっかりこの『深淵の森』での生活に馴染んでしまっている。
つーか、居心地がいいので動きたくない。
この森に入った目的である『ボスキャラに使えそうな強い魔物を観察したい』という目的は、金ちゃんとポチのおかげで達成している。
なので、特に何をしている訳でも無い。
良く言えば、英気を養っている。
悪く言えば、ダラダラ過ごしている。
やることも特に無く、せいぜい金ちゃんとポチのために時々、余分にメシを作るくらいだ。
ちなみにポチは、何か知らんが金ちゃんの縄張りを巡回している。
たぶん警備のつもりだろう。
ポチは金ちゃんの縄張りに住んでいるので――。
つまりポチは、自宅警備員ということに……。
まぁ、それは置いといて――。
寝っ転がって鼻をほじりながら考える。
そういや俺ってば、ドワーフの国にも行く予定だったんだよなー。
ドワーフの職人さんに、戦闘用の頑丈な包丁を作ってもらうつもりだったはず。
あと、ドワーフの酒を買うつもりだった。
つーか、もう手持ちの酒が無いんだよね。
ビールの樽を、固めの杯で2樽消費してしまったし。
自分用に取っておいたエルフの大豆酒も飲んでしまった。
確かドワーフの国の酒は、蒸留酒がメインだったはずだな……。
いい感じの焼酎とか、あるかな?
ウイスキーもいいな……。
なんか考えてるうちに、飲みたくなってきた……。
よし、決めた。
そろそろドワーフの国へ行ってみよう!
俺はむくりと起き上がった。
そうと決まれば、金ちゃんにドワーフの国へ行くことを報告しよう。
一応、俺の親分らしいし。
「金ちゃん、ちょっとドワーフの国まで行ってこようと思ってるんだけど、いいよね?」
「グルォ」
あっさりいいぞとか言われたし。
じゃあ、行ってくるとしようか。
――そう、俺はドワーフの国に行ってくるのだ。
つまりは、ここに帰ってくるということ。
俺は金ちゃんの縄張りである、この場所が気に入ってしまった。
だって平和なんだもの。
加えてここ『深淵の森』は、あちこちの国に移動するのに都合がいい。
東にはテマエ法国を挟んで『トリアエズ王国』
南にはエルフの国である『シンナカリン王国』
北西にはドワーフの国である『トンカン王国』
あと、どうでもいいけど、北には冒険者ギルドの総本部のある『チョーテン帝国』がある。
拠点にすると、ここは案外便利なのだ。
理由はもう1つ。
実はこのすぐ近くに、金ちゃんのゴミ捨て場があるのだ。
そこには金ちゃんに喧嘩を売ってきた魔物や、金ちゃんに狩られてご飯になってしまった魔物の死骸が朽ち果てて山となっている。
骨や鱗や牙などがメインだが、冒険者がまず狩れないような魔物の、希少で貴重なお宝素材の山だ。
もちろん金ちゃんにとってはただのゴミなので、持ち出しは自由である。
だが、それらを大量に持ち出すのは危険だ。
俺がお宝素材を大量に売り払えば、もっと持っているのではないかと思われ世界中から狙われる。
ここは『深淵の森』で拾ったことにして、ちょっとずつ換金するのが利口だろう。
あとぶっちゃけ俺は、前ヌイルバッハ侯爵の暗殺を検証したり城への侵入者の目撃証言をした件などで、たぶんギルドに睨まれているはずだ。
報復で冒険者をクビになるかもしれないし、嫌がらせをされるかもしれない。
そんなときにはここにある素材が、俺の収入になってくれるだろう。
生活資金としてはヌイルバッハ侯爵からもらった3億もあるのだが、保険は持っていたほうがいいはずだ。
そんな訳で、俺はしばらくはこの場所を拠点にする。
建築資材を持ち込んで、小屋でも建てようかな?
イヤ、いっそ家を丸ごとストレージに入れて、ここまで持ってこようか……。
いつの間にか金ちゃんが、ポチを呼びつけて何やら命令している。
「グォルルル、グオグォル」
「ガルルル、ガオォ!」
「グオオォル」
「ガル!」
あ、イヤ、そんなんいいのに……。
つーか、料理すんの俺だし。
意味が分らんと?
なら、金ちゃんとポチの会話を通訳しよう。
『おいポチ、その辺でなんか美味そうなのを狩ってこい』
『うっす、任せといて下せぇ!』
『タロウの送別会だからな、タロウの好きそうなのを頼むぞ』
『合点承知っすよ!』
――とまぁ、こんな感じだ。
ポチはもうどっかに狩りに行ってしまっている。
捌きやすそうなのを狩ってきてくれるといいのだが……。
あいつのことだから、なんか派手にデカい魔物とか狩ってきそ――。
《レベルアップしました》
はぁ? なしてレベルアップ?
俺、何にもしてないんだけど?
『黄金の絆』からは抜けたのだから、アルスくんたちの狩った分の経験値はもう俺には入らないはず……。
となると――まさか!
「ガウガガゥ!」
ポチが狩りを終えて、戻ってきた。
狩ってきやしたぜアニキ! とか、やたらでかいコカトリスを咥えて誇らしげに言ってやがるが――誰がそんなバカでかい鳥を捌くと思ってんだコラ。
俺のサイズを考えて、もっと小さいのを狩って来いよ……。
それにお前も金ちゃんも、そんなに食わねーじゃん。
仕方ない、捌くか……。
にしてもアレだよな。
やっぱレベルアップしたのって、ポチがコカトリスを仕留めたからだよな。
経験値が俺にも入るということは、俺たちはパーティーを組んでいることに――。
うーむ、なんか凄いことになってしまった気がする……。
金ちゃんとポチと一緒のパーティーとなると、もうこれ無敵だよねー。
こりゃ、これからも何もしなくてもレベルアップしそうだな。
にしても――。
アルスくんたちに続いて、金ちゃんとポチか……。
どうやら俺は、寄生先に恵まれているらしい。
そんなことを考えつつ、コカトリスを捌く俺。
――よいしょっと。
【気配察知】で寄生虫の確認をして、捌いた肉をちょっと味見。
あ、コカトリスの肉、けっこう美味いや。
串はストレージに入れといたはずだから――。
とりあえずコカトリスの肉は、焼き鳥にでもすっかな。




