ユニコーンの血の採取
― ミッツメの街・冒険者ギルド ―
『黄金の絆』のみんなに会うべくミッツメの街へとやってきたのだが、アルスくんたちはちょっと遠くへとお出かけしていたらしく、俺はもう2日ほど待ちぼうけをくらっている。
その間は久しぶりに漁船に乗って魚群探知機活動なんぞをして暇を潰したり、コロッポルくんと再会を祝しながら釣りをしたりしていた。
久しぶりの海を満喫……というヤツである。
で、3日目。
午前中はカニ籠漁の船に乗って漁をしていた、これは魚群探知機なんぞを必要としない漁なので純然たるアルバイトだ。
イヤ、カニを食べたかったもんでさ……。
ちなみに、あいつらに食わせる分は無い。
報酬にもらった4杯のカニは、全部俺が食う予定である。
――イヤ、だって俺は普段、海の近くにいないからさ。
カニなんてなかなか手に入んないだもの。
あいつらはこの街が拠点なんだから買えばいつでも食えるし、いいよね?
土産に本来は国外持ち出し禁止のエルフの大豆酒を持って来たんだから、再会のお祝いにはそれで十分だろう。
あとは何か珍しいもの、そうだな――無敵ガメの肉でも食わせてやろう。
イマイチ美味くなかったので、けっこうたくさん余っているのだ。
そこまで考えて、俺はちょっと苦笑いをした。
何でメシを作って食わせてやろうとか考えてるかなー。
一緒にいたころは、作ってやるのが面倒だと思っていたはずなのにさ。
苦笑いをしながらコーヒーをすすっていると、ギルドの扉が開いた。
「いや~、あの一撃は久々に膝にきたぜ!」
後ろにいる仲間たちに話しかけながら先頭で入ってきたのは、マリーカだ。
ビキニアーマーからは、相変わらず見事に割れた腹筋が顔をのぞかせている。
「わたしの障壁越しであれだもんね」
「アタシが地面を氷で滑るようにして無かったら、もっと強烈だったわよ?」
次に入ってきたのはペンギンの着ぐるみ――顔は出していないが、たぶんパネロだ。
腕を組んでドヤ顔で入ってきたのは魔法少女――にしてはいささかおねーさんの、クェンリー。
「ま、それでもサイクロプスなんて、おらたちの敵じゃ無かったべ」
1人だけ地味な毛皮の鎧を着こんでいるのはノミジだ。
おっ! ブーツ新調したな?
そして――。
「あいつの一つ目を早々と射抜いた、パネロのお手柄ですよ」
お馴染みの純白の鎧に赤いマフラー、我が友アルスくんだ。
ほんの数か月ぶりだが、なんかずいぶんと大人になったように見える。
「あっ! おっさんさだべ!」
最初に俺を見つけたのは、やっぱりノミジだった。
目の良さと気配の察知に長けているのは、やはり伊達では無い。
本当ならすぐに受付に何かしら報告に行くべきなのに、みんなゾロゾロとこっちへやってきた。
「タロウさん! 戻ってきてたんですか!」
アルスくんが、飼い主を見つけた子犬のように駆け寄ってくる。
「うん、一昨日ね。久しぶりに海を満喫したよ――元気してた?」
我ながら面白くも無いありきたりの再会の挨拶だが、こういうのが染みついてしまっているおっさんなので、致し方あるまい。
「やったぁ! 今日はご飯作らなくて済んだ!」
「キノコオークのキノコがあるだから、それで何か作ってくんろ」
「オレ、ラーメンな!」
「何かアンチエイジングに良さそうな食材とか持ってない?」
――――お前らな。
もう少し再開を喜ぶとかしようよ?
俺の顔を見るなり、メシのことがまず最初に口から出てくるってどうよ?
少しはアルスくんを見習いなさい。
積もる話もあるので、挨拶もそこそこに元々住んでいた部屋へとGo!
アルスくんは俺がいなくなってからも、同じ部屋を借り続けてくれていたらしい。
勝手知ったる部屋へと入り、懐かしむ間もなく晩メシを作らされる。
ノミジからキノコオークのキノコという食材を渡されて、少し悩んだが味がいいとのことなので、鍋の具材と天ぷらにしてやることにする。
鍋は無敵ガメの肉を使ったカメ鍋にした。
あとは市場で買ってきたエビなんかを天ぷらにして――そっか、ラーメンも作らないとな。
スープ作るのが面倒だから、ラーメンは鍋の〆に投入するんでいいか。
忙しく晩メシを作りながら、ダンジョンやエルフの国の話、それとヌイルバッハ侯爵家での調査の話など、俺にあった出来事なんかを適当に面白おかしく話してやる。
みんなからも、どんな魔物を倒しただの面白い出来事があっただのという話を聞かされた。
いいな、こういう時間は。
料理も出来上がったので、いただきますの時間。
ここで取っておきの、エルフの大豆酒の登場だ。
普通のヤツと、ちょっとお高いヤツ。
仲間たちそれぞれに、各2本ずつだ。
「これ、美味しいですね!」
「口当たりが軽いべ」
「美味しいけど……密輸品よね、これ」
「細かいことは無しにしましょう、せっかくのお土産なんですから」
「そうそう、美味けりゃいいじゃん!」
有難いことにみんな喜んでくれている。
お土産って難しいんだよねー、どうしても好みってもんがあるからさ。
エルフの大豆酒にして正解だったよ。
ちなみに無敵ガメの肉の評価はイマイチであった。
まぁ、そりゃそうだわな。
――いいじゃん、珍しい食材なんだから。
「で、次はどこに行く予定なんですか?」
「やっぱエルフの国に行ったんだから、次はドワーフの国へ行ってみようと思ってる。その前に深淵の森の奥に入ってみたいと思ってるけどね――ほら、あそこは凄い魔物がいるって話だから、一目だけでも見てみたいんだよ」
「深淵の森の奥ですか? さすがにあそこは危険じゃ……勇者クラスの冒険者だって、奥は危険すぎて立ち入れない場所ですよ?」
そう、アルスくんの言うように深淵の森の奥地は、化け物クラスの魔物がウヨウヨしている土地だ。
だからこそ見てみたいのだ。
この異世界でも頂点に君臨するような魔物、それが深淵の森の奥地では見られるはず。
最強クラスの――ストーリーの中でボスキャラになりそうな魔物は、俺の書く予定の『異世界転移ファンタジー小説』のために、ぜひ見ておきたいのだ。
「大丈夫、大丈夫、戦うわけじゃ無いし。それに【隠密:極】と【隠蔽:極】のスキルを使って歩き回れば、まず見つかんないから」
「それはそうかもしれませんが……あんまり危ないことはしないで下さいね」
「分かってるって」
危ないことなんてしないよ。
俺ってば、臆病なおじさんなんだから。
「おっさんさ、スロットは回さないだか?」
アルスくんと諸々の話をしていると、スロットのリクエストが入った。
珍しいことに、ノミジだ。
あんましスロットとか、興味の無いヤツのはずなのに……。
「もちろん回すよー。ほら、ここを出ていく時にレベル上がったじゃん、あの時のポイント使わずに取っておいてあるんだ――どうせならみんなと再会した時に回そうと思ってさ」
そう、俺は新しいスキルがどうしても欲しいというような状況にはならなかったので、どうせならみんなの前でスロットを回してやろうと、スキルポイントを使わずに取って置いていたのだ。
そこはほら、みんなとお楽しみの時間の共有をしたかったのですよ。
「だったらおらに、『防具』のスロットを回させて欲しいだ」
「いいよ――今の装備が不満なのか?」
「不満つーより、おらも面白そうな装備が欲しいべ。おらの装備はみんなに比べて普通過ぎて、なんか面白く無いだよ」
なるほど、気持ちは分からんでも無い。
アルスくんは純白のカッコいい鎧だし、他のメンバーはビキニアーマーに魔法少女にペンギンの着ぐるみだもんなー。
毛皮を使った皮鎧程度では、普通っぽく感じて面白く無いのは仕方あるまい。
実際はそこそこ目立つんだけどね。
「んじゃ、とりあえず俺のスキルのスロットを先に回して、ノミジの防具は後で回すんでいいか? やっぱお楽しみは最後のほうがいいだろうし」
「ええだよ。んじゃおらは、その間に金貨を用意しとくべ」
――と、いうことになったので、まずは俺の番。
「【スキルスロット】」
半透明の筐体が出現したので、スキルポイントを入力しよう。
まずは3ポイント、『戦闘スキル』のスロットである。
俺はまだ普通にカッコ良く戦える、剣術のような近接戦闘スキルを諦めてはいないのだ!
つーか、いいかげん出ろよ近接戦闘スキル――という願いを込めて、『レバーオン!』だ。
3つのリールが回り始めて――。
ほどなくして左のリールが停まった。
<包丁術> ―回転中― ―回転中―
ん? あれ? 俺ってば今ちゃんと『戦闘スキル』のスロット回したよね?
間違って『職業スキル』のスロットを回したとか、やってないよね?
うむ、ステータスを確認しても、ちゃんと3ポイント減ってるよな……。
そうこうしているうちに――。
真ん中のリールが停まってしまった。
<包丁術> <包丁術> ―回転中―
あ…………しまった!
≪リーチ≫
頭の中にアナウンスが聞こえた。
やべっ! レベル40になってたのを忘れてた!
あ、イヤ、でもいいのか? 戦闘に使えるスキルっぽいし……。
もうなんかリールが、ド派手な虹色のエフェクトで光ってるし!
レベル10毎に【ボーナス】か【コンボ】が揃うのが、この【スキルスロット】の使用、つまり――。
最後の右のリールが停まると……。
<包丁術> <包丁術> <包丁術>
頭の中にアナウンスが流れた。
《【ボーナス】が揃いました。ボーナスが揃ったことによって、スキル【包丁術】が【真・包丁術】へとランクアップし、更に熟練ポイントが100加算されます》
揃ってしまった……。
つーか、【真・包丁術】って何ぞ?――イヤ、なんとなく予想はつくんだが。
一応、『戦闘スキル』なんだよね?
――――――――――――――――――――――――――――――――
【真・包丁術:極】
包丁を使った戦闘術。
『真』の名が付くとおり、通常の戦闘スキルより強い。
包丁を使う術だが、調理での包丁さばきが上手くなるわけでは無い。
――――――――――――――――――――――――――――――――
おう……。
やはり包丁で戦うのか……。
イヤ、まぁ、包丁はこの世界に普通に存在するし、ものすごく使える近接戦闘スキルなのだが――。
できればちゃんとした、普通の武器の戦闘スキルが欲しかった……。
嬉しいんだけどね。
目的だった『使える近接戦闘スキル』だし。
ふむ……。
ちょっと包丁で戦うところを想像してみようか。
包丁を片手に、華麗に戦う俺。
……………………
………………
…………
駄目だ……なんか、どうしても『なまはげ』のイメージが脳内に再生される!
違う! そうじゃ無い!
なんだろう、やっぱ求めていた戦闘スキルとは何か違う……。
俺は『また、つまらぬモノを切ってしまった』的な決め台詞の戦闘スキルが欲しかったのであって、決して『悪い童はいねが~!』という決め台詞の戦闘スキルが欲しかったのでは無いのだ!
――でもなー。
――この【真・包丁術】のスキル、上手く行けばすごく使えそうなんだよなー。
問題は戦闘用の包丁というものが、そこらには売ってないことだ。
普通の包丁では、どう考えても戦いに使えばすぐにぶっ壊れるだろう。
明日にでも頑丈そうな包丁を探してみないとな。
最終的には特注品を作らないとならないだろうが、とりあえずスキルを検証するための間に合わせだ。
ドワーフの国に行ってみるつもりなので、その時に戦闘用の包丁を発注してみるとしよう。
刃物と言えば、やっぱりドワーフの鍛冶屋が1番だからね。
「【真・包丁術】ですか…………強いんですかね?」
素朴な感想がアルスくんから発せられた。
だよねー、やっぱそう思うよねー。
でもスキルの説明だと、普通の戦闘スキルより強いらしいのよ。
――そうだ!
「ねぇアルスくん、明日戦闘用の包丁買うからさ、模擬戦に付き合ってくんない?」
俺は目の前に丁度いい比較対象がいることに気付いた。
そうだよ――この目の前にいる馬鹿強い未来の勇者と戦って見れば、【真・包丁術】の真価が分かるじゃん。
「いいですよ。僕も戦ってみたいですから」
「じゃあお願い」
決まりだ。
明日アルスくんと模擬戦して、【真・包丁術】の検証をしてみよう。
――で。
まだスキルポイントが4ほど残っているのだが、どうすっかな?
【真・包丁術】のスキルは得たが、戦闘に使える包丁が存在するかどうかが問題だ
特注で作ってもらうつもりだが、ちゃんと戦闘用に使える物が作れるかどうかも分からない。
という訳で――。
とりあえず3ポイントを投入して、もう1度『戦闘スキル』のスロットを回そう。
「あれ? また『戦闘スキル』のスロット回すんですか?」
スロットに3ポイント投入した俺を見て、アルスくんが不思議そうに尋ねてきた。
「うん、なんかちょっとさ……包丁ってあんまし頑丈なイメージが無いから、武器にして命を預けても大丈夫かなって思うんだよね」
「なるほど、それはあるかもしれませんね」
まぁ、理由は他にもあるんだが……。
ぶっちゃけもっと、カッコいい戦闘用スキルが欲しい。
剣とか槍とか鉾とか。
この際贅沢は言わん、槌とか斧とか棍でも構わない。
もうちょっと、普通の戦闘スキルが欲しいのだ!
――さぁ、スロットを始めよう。
お前のスキルを数えろ!
「レバーオン!」
再び回り始めた3つのリールが回転を始め――。
まず左のリールが停まった。
<手加減> ―回転中― ―回転中―
ほう……これは、相手を殺さないためのスキルかな?
こういうスキルを持っちゃうと、なんか『強者』っぽい雰囲気あるよね。
次に真ん中のリールが停まる。
<手加減> <敵意引受> ―回転中―
これは敵の魔物の敵意をこちらに向けるヤツだな。
MMOのゲームとかで、敵の攻撃を引き付ける役割のキャラが持っているようなスキルだ。
ぶっちゃけ俺がこんなスキル持っててもなー。
壁役であるマリーカにでも、プレゼントしてやれんもんかね。
そして最後のリールが停まった。
<手加減> <敵意引受> <人間特効>
おいこら……。
イヤ、対人戦闘スキルとかこれ以上いらんから。
もはやスキル構成が『暗殺者』どころか、『殺人鬼』の様相を呈しているぞこれ。
「また対人スキルですね」
アルスくんの何気ないひと言が、ナイーブなおっさん心にちょっとばかし刺さった。
「『また』とか言わないでよ、本人気にしてるんだから」
「でも、カッコいいじゃないですか!」
「そうか?」
「そうですよ」
カッコいいかね?
俺はアルスくんみたいに、魔物とかに強いほうがカッコいいと思うんだけどなー。
一応スキルを確認して、熟練度をMAXにしておこう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【手加減:極】
戦闘で相手に死亡または消滅相当のダメージを与えた時に、体力を1だけ残して生かしておくことができる。
元々の体力が1である相手には効果が無い。
――――――――――――――――――――――――――――――――
やはりそうか。
でもこのスキルってパーティー組んでりゃ勝手に全員に経験値が等分されるという、寄生推奨のこの異世界ではあんまし意味が無いような気がするんだよねー。
むしろ捕獲とかに使えるかな?
瀕死にして捕まえてから、回復魔法で元に戻すとか――――うむ、有効だが鬼畜の所業な気がする。
で、次もあんまし俺には使い道が無さそうなスキル。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【敵意引受:極】
敵意を強引に自分に向けさせるスキル。
スキルを使用された者は10分間、攻撃行為をスキル発動者以外に向けることができなくなる。
対象の敵の数は、1~100まで。
――――――――――――――――――――――――――――――――
10分間も敵意を引き受けるのか……長いな。
そうだな――使うとしたら【敵意引受】を使った後で、ありとあらゆるスキルを駆使して逃げるのがいいかな?
間違っても敵の攻撃を受け止めるとかは、避けたいものだ。
そして最後のこれ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【対人特効:極】
人間と戦闘をする時に、攻撃力が通常の3倍になる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
分かります、ソシャゲで良くあるヤツですね。
対象が人間なだけで……。
つーか、俺にいったい誰と戦えと?
人間と戦う予定とか無いし!
まぁいいや。
これで人間からの理不尽な暴力にさらされる恐れが減ると思えば、そんなに悪くも無いだろう。
スキルポイントが1残っているが、今回はここまでにしておこうか。
『便利スキル』は特に必要無いし。
次はノミジの番だ。
「お待たせ―、今度はノミジが『防具スロット』を回す番ね――【アイテムスロット】」
青くて半透明の筐体が浮かび上がる。
ノミジが右肩をグルグルと回して近づいて来た。
「よし、回すだぞー! 金貨さ10枚入れて――」
金貨を投入し終え、ガッシリとレバーを掴むノミジ。
「レバーオンだべ!」
3つのリールが回り始めた。
いい防具が出るといいねー。
で、ノミジが真剣な目で集中していたら、左側のリールが停まった。
<黄金の聖衣> ―回転中― ―回転中―
これは……『おうごんのせいい』って読むんでいいんだよな?
まさか黄金に『ゴールド』、聖衣に『クロス』とかルビ振らないよね?
次に真ん中のリールが――赤く光ったし!
そして停まった。
<黄金の聖衣> <マタギのローブ> ―回転中―
ノミジの目が輝く。
待望の赤レア防具だもんなー。
それにこれは、字面からなんとなくノミジに似合いそうな気もする。
そして最後のリール――も、赤く光ったぞ!?
<黄金の聖衣> <マタギのローブ> <不意打ちの首飾り>
装飾品装備で赤レアは初めてなんじゃないか?
どんなものかは確認してみないと分らんが、きっと良い物のはずだ。
赤レアだしね。
「おっさんさ、性能はどんなもんだべ?」
早速麻袋の中からそれぞれの品を取り出しながら、ノミジが聞いてきた。
どれどれ――ちょっと待ってね。
――――――――――――――――――――――――――
黄金の聖衣:防御力12
金糸をこれでもかと使った、豪勢な聖衣。
そこそこ重い。
――――――――――――――――――――――――――
「いらんべ。売るだ」
俺がノミジに『黄金の聖衣』の説明をすると、即決で売ることが決まった。
機能性重視のノミジらしい選択だ。
金色で豪華なだけだもんな。
冒険者が着けるもんじゃ無いと、俺も思う。
次は本命のこれ。
――――――――――――――――――――――――――
マタギのローブ:防御力59
凶暴赤熊の毛皮で作られたローブ。
集中力を高める効果があり、命中率を20%・クリティカル率を15%上昇させる。
防寒効果あり。
――――――――――――――――――――――――――
マタギのローブ。
それは燃えるような真っ赤な毛色をしており、一目で熊と分かるほど原型を留めているローブだった。
つーか、そのまま床に置くと普通に頭の付いてる毛皮の敷物みたいに見える。
腕の動きを阻害しないようにだろうか、袖はほとんど無い。
フードに当たる部分は、熊の頭部を頭に乗せるような作りになっている。
うむ、似合うな。
性能的にも弓士のノミジには合っているし、防御力もけっこう高い。
ノミジも身に着けたまま鏡を見て、満足げな顔をしている。
「これは……良い物だべ!」
ノミジの目がキラキラと輝いている。
気に入ったんだな。
じゃあ最後だ。
――――――――――――――――――――――――――
不意打ちの首飾り
相手が警戒していない時に攻撃をすると、与ダメージが1.5倍になる効果をもたらす首飾り。
――――――――――――――――――――――――――
これもさすがに赤レアだけあって、良いものだ。
弓で遠距離攻撃をするノミジにとっては、より高ダメージを叩き出せるようになるアイテムだろう。
つーかこの首飾りなら、こそこそ姿を消して不意打ちをすることの多い俺も欲しいくらいだ。
説明を聞いたノミジが、引き続き目をキラキラさせながら『不意打ちの首飾り』を自分の首に掛けている。
黒く光る石をはめ込んだその首飾りを下げ、満足げに鏡を見ている。
どうやら普通に装飾品としても気に入ったらしい。
「うむ、満足だべ」
どうやらノミジさんは、出た装備に満足されたようだ。
今回もご都合主義様がいい仕事してくれたなー。
それともノミジの引きがマジでいいのかな?
どちらにしても、素晴らしい結果だった。
みんな楽しそうな笑顔をしている。
俺もたぶん、みんなと同じような顔をしているのだろう。
……やっぱ楽しいな。
楽しい時間はあっという間に過ぎるだろうから――。
今夜はとっても短い夜になりそうだ。
――――
― 次の日・冒険者ギルド ―
「なんか面白そうな依頼があるといいですね!」
「……イヤ、もう適当に楽そうな依頼でいいんじゃね? そのほうが色々と話とかできそうだし」
「えぇ~、せっかくなんですから面白い方がいいじゃないですか」
久しぶりに再会したので、一緒に何か依頼を受けようということになったのだが――アルスくんがせっかくだから面白そうな依頼を受けようと、朝一にギルドに貼られる依頼の紙を虎視眈々と狙っている。
おかげで明け方まで宴会をしていた俺たちは、ほぼ完徹である。
つーか、女性陣はテーブルで寝こけてやがるし。
おいマリーカ、よだれ垂れてるぞー。
うーむ。、眠い……。
ちょっとだけ――ちょっとだけ目を閉じたい……。
「タロウさーん、寝ないで下さい」
「起きてるよー」
「でも寝かかってますよね――目、閉じてますし」
「閉じて無いよー」
「じゃあ今、何が見えてます?」
「えーとね……まぶたの裏」
「それ、思いっきり目を閉じてるじゃないですか!」
「キノセイダヨー」
そんな眠気を紛らわすような会話をアルスくんとしていると、周りがザワつきはじめた。
どうやら掲示板に依頼が貼られ始めたようだ。
ちなみに俺はまだまぶたの裏を見ているので、掲示板の様子は目に入っていない。
………………
…………
……
「タロウさん! 面白そうなのがありましたよ!」
「うおぁっ!――あー、びっくりした……」
「寝てましたね……」
「う、ううん、ソンナコトナイヨ――ところでどんな依頼があったん?」
「……なんか誤魔化されてる気がしますが、まぁいいです――これ、見て下さいよ! それから、みんな起きて! 依頼持って来たよ!」
あー、どれどれ――ふむふむ。
アルスくんの剥がしてきた依頼の紙を読む。
へー、これは確かにやってみたい。
アルスくんが掲示板から剥がしてきた依頼、それは――。
『ユニコーンの血の採取』というものであった。
ユニコーンか……そういや見たこと無いな。
ペガサスはヌイルバッハ侯爵の城で飼われてたから見たことあるんだけどなー。
つーか、ちょっとだけ乗せてもらったし。
人を乗せて飛べるのだけれど、実は5分かそこいらが限界らしいのでさほど実用的では無い。
いわば趣味とか遊覧用の領域の、騎乗魔物である。
乗せてもらって飛んだらすんごい楽しかった。
けども全然上手く乗れずにほぼ迷走していただけなので、たぶん俺には向いていないのだと思う。
乗馬スキルがあれば、上手く乗れるのかな?
ちなみにペガサスは白毛・芦毛が貴族王族の間で人気で価格がお高く、栗毛系や鹿毛系・青毛系は比較的お安いとのこと。
お安いと言っても1頭2~3千万、お高いのだと数億~数十億もするので、俺にはなかなか手が出しにくい代物である。
それに生き物だから、世話とかエサ代とか大変だし……。
「ふわあぁぁ――うえぃ」「もう朝だべか?」「何? メシか?」「あれ? ギルド?」
どうやら女性陣の目が覚めたようだ。
お目覚めついでに依頼の紙でも見せてやろう。
「ほい、これが今回の依頼だそうだ」
みんなに見えるように、テーブルの上に依頼の紙を置いてやる。
「ほえ?……ユニコーン?」
「ユニコーンは狩ったらダメなやつだべ?」
「殺しちゃ駄目なのか? 面倒くせーな」
「保護獣なんだから、仕方ないでしょう?」
そう、ユニコーンは保護獣なのだ。
ユニコーンの角は惚れ薬の材料となるらしく、貴族の間で乱獲された時期があったらしい。
惚れ薬という人心を操る薬は危険との判断による規制の意味と、絶滅寸前となり希少で貴重な素材にユニコーンがなってしまったため、各国とギルドが保護獣に指定したのだそうだ。
保護獣を殺すと、全財産の没収などけっこうな厳罰が待っている。
傷つけることも本来は駄目だが、今回のように血液の採取なんかの依頼を行う場合は、一時的にならば許可されることになっているのだ。
あと、この『ユニコーンの血の採取』という依頼は誰でもが受けられる依頼では無い。
何故ならば――。
「依頼に行く前に確認ですけど、『穢れなき乙女』ってウチのパーティーにいますよね?」
アルスくんが、おっさんである俺が口にするとハラスメント案件になりそうなことを、サラッと口にする。
そう、ユニコーンという生き物は『穢れなき乙女』じゃないと心を許さず、警戒して絶対に近づかず逃げるという生き物なのだ!
ノミジ・クェンリー・マリーカの視線が、一斉にパネロへと向かった。
「えっ? えっ? わたしだけ?……あれ? ノミジは? マリーカは? クェンリーは?」
なんかパネロが焦っている……。
うむ……これはアレだな、おっさんである俺が絶対に口を挟んではいけない案件なヤツだな。
「おらはツギノ村にいたころ、大工のゲンと付き合ってたべ」
「オレは、網元んとこのトーバと付き合ってる」
「あのねぇ……さすがにアタシの歳で処女とか無いから。ウチじゃ『穢れなき乙女』は、パネロだけよ」
なるほど、この世界での『穢れなき乙女』は『処女』という意味らしい。
確かにそういう解釈の設定とかも、あちこちのラノベやなんかで見た気がする。
やはり俺は口を出さなくて正解な案件だったな、うむ。
ちなみに日本的というか神道のほうの解釈だと、『血』=『穢れ』という解釈をする。
神様に関わる場所で女人禁制な場所があるのは、この『血』=『穢れ』を神様が嫌うというところから、女性の生理の経血も神様が嫌うであろうと考えられたところから来ているのだ。
相撲が国技なのもここから来ている。
そもそも神前で行う神事として相撲が選ばれたのは、血が流れない競技だからだ。
土俵に女性が上がってはいけないというのも、前述と同様の理由である。
まぁ、興行としての相撲にまで適用するのはどうかと思うけどねー。
そもそもアレ、もはや神事じゃねーし。
張り手で鼻血出すとか、神事にあるまじき行為を平気でやってるくらいだから。
えーと、何の話してたんだっけ?
そうそう、ユニコーンの話だったか。
あ、その前に――。
神道の穢れ云々の話は真に受けるなよ、あとググらないように。
ラノベとかマンガに良くある、世界観をそれっぽく補完するための適当な捏造知識だから。
うっかり真に受けて誰かに披露してしまったら、大恥かく恐れがあるので気を付けて。
つーか、そこら辺は自己責任でよろ。
で、『ユニコーンの血の採取』の依頼の話に戻るが――。
「わたしだけとか…………裏切りものぉ~」
パネロがペンギンの着ぐるみの中から顔を出して、ジト目で他の女性陣を睨みつけている。
「別に裏切っては……なぁ?」
「おらたち、ふつーだべ?」
「まぁ、いいじゃない。おかげでこの『ユニコーンの血の採取』の依頼ができるんだし」
「……フンッだ!」
他の女性陣の言い分など、どうでもいいとばかりにパネロはまだブンむくれである。
うーむ、困った。
フォローの言葉が思い浮かば――。
「そうですよ! パネロが処女なおかげで『ユニコーンの血の採取』の依頼が受けられるんです!――ありがとうパネロ! 処女でいてくれて!」
えーと、その辺にしとこうかアルスくん。
なんか、パネロのこめかみがヒクヒクしてるから。
ガタッ
パネロが立ち上がった。
「行くわよ! あんたたち!」
あれ? まさかの、パネロさんやる気モード?
「そうよ! わたしは悪く無い! このわたしの魅力が分からない、そこらのイモ男どもが悪いのよ!――何してんの! さっさとついて来なさい!」
違った――どっちかっつーと、開き直ってブチ切れたみたいだ。
なんかギルドの扉をバーンと開けて、パネロが仁王立ちしている。
これ、早く行ったほうがいいな。
パネロの怒りがこじれないうちに。
――――
― 森の中・湖のほとり ―
「ここですね、ユニコーンが水場にしてる湖って――ユニコーンさーん、出てきてくださーい。魅力的で美人で可憐で可愛いセクシーな女の子が、こここにいますよー」
ペンギンの着ぐるみ姿のパネロが、姿の見当たらないユニコーンに向かって何やら微妙なアピールをしている。
きっと、色々と心に溜まってしまったものがあるのだろう。
ちなみにここまでの道のりには、3日ほど掛かっていた。
パネロの怒りは、時間経過のおかげで表面上は収まっている。
道中で【真・包丁術】の検証のためにアルスくんと戦って見たのだが、なんと初めてアルスくんに勝てそうになった。
どうやら俺は、本格的な俺Tueee系のチート持ちになったらしい――実感無いけど。
勝てそうになったというのは、やはりというか案の定というか、模擬戦の最中に包丁がポキリと折れてしまったからだ。
できるだけ頑丈な包丁をと思って純ミスリルの包丁を買って使って見たのだが、やはり料理用の包丁ではたとえミスリルと言えども戦闘での耐久性は低いらしい。
まぁねー、包丁って戦いに使うように作ってないから、当然っちゃ当然だよねー。
つーか、ユニコーン来ないね。
「なぁ、アルスくん」
「なんですか?」
「ユニコーンってさ、ペンギンの着ぐるみ姿でも『穢れなき乙女』だと判別できると思う?」
「さぁ……どうでしょう?」
「2~3時間待って来なかったら、ペンギンスーツ脱がせよっか?」
「そうですね」
ユニコーン待ちの時間が続く……。
そろそろ1時間を過ぎようかというところで、そいつはやってきた。
大空を羽ばたく白い翼。
そう、それは――。
巨大シロフクロウ。
そいつは高空から一気に急降下し、パネロを両足でむんずと掴んで上昇する。
「捕まっちゃいましたー、何とかしてくださーい」
アホみたいな防御力を誇るペンギンスーツのおかげで、パネロの助けを求める声には全く危機感が無い。
おかげでこっちも、助ける気があんまし起こらん。
どーすっかな?
「せっかく来たと思っただのに――ったく、おめーじゃねーべ」
ノミジがやる気の無い顔で、適当っぽく弓を放つ。
放ったのは2本。
その2本は、巨大シロフクロウの翼に大きな穴を開けた。
見事なもんだが……なしてあんな大穴が開けられるんだろう?
つーか、巨大シロフクロウに捕まれたまま、パネロも一緒に落ちているんだが――。
どうやら誰も助ける気が無いらしい。
ドサァッ
あ……落ちた。
「あー、もう、酷い目にあったー。なんでもっと早く助けてくんないのよー」
何事も無かったかのように、パネロがひょいと立ち上がってプンスカしている。
どうやらノーダメージだったらしい。
やっぱすげーな、ペンギンスーツ……。
「なんでって、どうせケガとかしないでしょう? そろそろお昼にしましょうか――タロウさん、これ食べてみません?」
アルスくんがテクテクとパネロのほうに向かって、サクッと巨大シロフクロウの首を落とした。
それを料理しろとおっしゃる?
いいけどもさ、面倒臭いからそっちで解体くらいはやってくれよな。
…………
「はぁ~、食ったべ――味はイマイチだったども」
「もうちょっとスパイス効かせたほうが、美味しかったかもね?」
「わたしが囮になったおかげで手に入った肉なんだから、もうちょっと上手く料理して欲しかったなー」
「オレ、もも肉より、むね肉が食べたかった」
てめーら、他人様に料理を作らせといて好き勝手言いやがって……。
「ぼ、僕は満足でしたよ」
ありがとうアルスくん、気を使ってくれて。
女ども、少しは気を使え。
昼メシも終わり、再びユニコーン待ちの時間だ。
今度はパネロには、ペンギンスーツ無しでエサ――じゃない、ユニコーン寄せになってもらうことにした。
「なんでですか!? ペン子ちゃん無しじゃ危ないじゃないですか!」
とかパネロがゴネたが、そんなもんは無視だ。
つーか、防具に『ペン子ちゃん』とか名前付けるなよ。
で、さっきと同じ場所にパネロを放置し、300mほど離れてすぐにそいつはやってきた。
大空を羽ばたく白い影。
そう、それは――。
今度こそユニコーンだ。
パネロの近くに降りたユニコーンは、警戒しながら様子を見ている。
しかし今度はずいぶんと早くやってきたな、やっぱペンギンスーツが邪魔だったのだろうな。
「【毒球】」
ようやく近づいてきてリンゴをもらい、懐いたかのようにパネロにスリスリしているユニコーンに対して、無慈悲なおっさん――俺が、毒の魔法を飛ばした。
ブィヒヒィ…………。
毒は命中し、ユニコーンがその場に倒れた。
もちろん殺してなどいない。
使ったのは麻酔効果のある麻痺毒、なので倒れたユニコーンは寝ている。
くそっ! 気持ちよさそうに眠りやがって!
俺だって依頼受けてから寝不足続きだから、いいかげんじっくり眠りたいのに!
俺はユニコーンのことを、羨みながらじっくりと観察した。
そのうち書く予定の、異世界転移ファンタジー小説の参考にするために。
なるほど、これが本物のユニコーンか――――ふむ。
アルスくんがユニコーンの首の動脈をちょいと切り、ドバドバと流れ出る血液をビンに入れていく。
依頼の達成に必要な1ℓをちょっと超えたところで、パネロが回復魔法を掛けてその傷を塞いだ。
この採取したユニコーンの血を納品すれば、依頼は達成となる。
目的の血液は採取したので、もうユニコーンはお役御免。
目を覚ましてもらって、お帰り頂こう。
みんなが離れたところで、パネロがユニコーンに治癒魔法を掛けた。
起き上がったユニコーンは、良く寝たとばかりにあくびをしている。
寝る前に自分に何があったのかは、良く分かっていないようだ。
寝起きにリンゴをパネロから食べさせてもらい、ひとしきり甘えたところでユニコーンは飛び去った。
俺たち5人は、それを見上げてユニコーンが去るのを――ん? 5人?
気が付くと、マリーカが爆睡していた。
そういや、出番とか全然無かったもんなぁ……。
マリーカを起こして、俺たちは帰りの道中へ。
久しぶりの仲間たちとの依頼は、とてもスムーズに終わった。
連携が久しぶりでもしっかり取れたのは、なにげに嬉しい。
意気揚々と先頭を歩いていたパネロが、ふと立ち止まりユニコーンのいる湖のほうを見上げた。
「ありがとうユニコーンさん、わたしの魅力を分かってくれて――あなた、すっごくイケメンだったわよ」
パネロが空に向かって、満足そうな笑みを浮かべた。
行きの道中での不満顔が、嘘だったかのように。
だけどなパネロ。
お前は気づいて無かったのかもしれないが――。
あのユニコーン、メスだったぞ。




