侵入者の捕獲
― ヌイルバッハ城内・夜 ―
なんか監視されてる気がする……。
イヤ、監視というよりも、むしろ警護だろうか?
確かにこれから、ギルド職員がこのヌイルバッハ城に不法侵入していたということを証言しなければならない立場なので、俺に何かあったらヌイルバッハ侯爵が困る。
だが、この見守られてる感じは何か面白く無い。
ぶっちゃけ見守られるのは、もう少しボケてきてからにして欲しい。
俺は物忘れは酷くなっているが、まだ認知機能はそんなに衰えて無いはずだ。
――衰えて無いよね? 大丈夫だよね?
今日だって監視が1・2・3……7・8……って、また1人増えてるし。
つーか、この気配は知らない気配だな、なんか気配殺してるみたいな変な気配だ。
また新しい人員でも増やしやがったのかな?
知らない気配の人を確認しようとして視線を動かしたら、そいつは警備の人の制服を着ていなかった。
なんか動きやすそうな、音を立てずに済みそうな――覆面付きの黒装束。
――は? 黒装束?
「【毒球】」
俺は冷静に、ごくごく普通のテンションで【毒球】を飛ばした。
毒はもちろん麻痺毒である。
見ただけでいきなり毒魔法を飛ばすのもどうかとは思うが、怪しかったのでとりあえずぶっ放して見た。
そもそもあんな格好で、しかも気配を殺してるんだから、構わないよね?
どうやら毒対策はしていなかったらしく、黒装束の人は簡単に麻痺して倒れた。
周りの警護の人たちの反応からするに、やはりこの人は怪しい人だったらしい。
「タロウのおっさん、ご苦労様――やっぱり引っかかったか、作戦は成功っと」
駆けつけてきたエドガーくんが、満足そうな笑顔を見せているが――。
「おい、こら、そこの探偵坊主――作戦って何だよ。俺に内緒で何しやがった?」
こんな展開、聞いて無いぞおい。
「嫌だなぁ、怖い顔しないで下さいよ。後でちゃんと知らせようと思ってたんですってば――俺だってまさかこんなに早く来るとは考えて無かったから……参ったなぁ」
エドガーくんの言い訳によると、この作戦は昼間に思いついたらしい。
なんと冒険者ギルドに依頼料1億円で、俺宛ての指名依頼――『前ヌイルバッハ侯爵の死因究明』という依頼を出したのだそうだ。
ぶっちゃけこれまでエドガーくんがしていた調査も、俺が受けた検証の依頼も冒険者としての仕事では無いので、ギルドには一切知らせてはいない。
今回出された『前ヌイルバッハ侯爵の死因究明』などというのも、もちろん冒険者の仕事では無いのだが、そこをあえて1億などという目立つ金額で依頼を出すことにより、冒険者ギルドの諜報員を引っぱり出そうとエドガーくんと侯爵さんが企てたとのことだ。
冒険者ギルド側にやましいところがあるなら、必ずこちらの様子を伺いに諜報員を潜入させるはず。
そしてその読み通りに冒険者ギルドの諜報員がやってきて、俺に捕まった。
計画通り、というヤツだ。
で、どうせそんなにすぐには来ないだろうとタカを括っていたエドガーくんは、うっかり俺に伝えるのを忘れ、明日でもいいかと呑気に構えていたらしい。
……そこはちゃんと伝えろよ。
もの凄く有能そうな割には、どっか抜けてることがあるんだよなコイツ。
つーかさ、俺宛ての指名依頼を出すなら、先にひと言あっても良くね?
エドガーくんのこういうとこが、微妙に信用できないんだよねー。
――――
― トリアエズ王国・王都チューシン ―
1週間ほどが過ぎた。
ヌイルバッハ城への不法侵入者からは、それほど有益な情報は得られなかったらしい。
それでも侵入者を諜報員として放ったのは、ボーリャクの街の副ギルドマスターであるという情報までは吐かせたそうだ。
どうやって吐かせたかは、俺の知るところでは無い。
ただこの世界では、拷問や薬物使用での尋問が普通に行われているので、たぶんそういう吐かせかたをしたのであろう。
予定ではこれからボーリャクの街で副ギルマスを、不法侵入者を放った容疑で逮捕・拘束する予定だ。
俺たち――エドガーくんを含むヌイルバッハ家の人たち――もこれから、トリアエズ王国のギルド本部へと出向き、俺がヌイルバッハ城内で目撃したおっさんの職員さんを、不法侵入の容疑で逮捕・拘束する予定である。
あ、もちろん侯爵さんはお屋敷で待機ね。
さすがにそんな偉い人は現場には出せないから。
行くのは使用人の兵士の人たちと、俺とエドガーくんだけだ。
王都の冒険者ギルドに乗り込む――ここのギルドも久しぶりだな。
ゾロゾロと入ってくる兵士に、何事かと中にいる冒険者たちや職員たちの視線が集まる。
「このギルドに『ゾーハン・イコーガ』という職員はいるか!」
と、兵士が大声で問うが――いるのはもちろん、事前の調査で把握済みである。
あ、ゾーハン・イコーガってのは、俺がヌイルバッハ城への不法侵入をした時に見た怪しい人ね。
しばらくザワザワとしていたギルド内だったが、奥にいた年配のおっさん職員が立ち上がったことでピタリと収まった。
「はぁ……私がゾーハン・イコーガですが……」
立ち上がって名乗ったおっさん職員を見てから、兵士さんが俺に目くばせをする。
こいつで間違い無いか? とのアイコンタクトである。
うむ、間違いない。
このおっさんが、俺がヌイルバッハ城内で目撃した不法侵入者に間違いない。
顔はぶっちゃけ忘れているが、気配だけはしっかりと覚えている。
俺は、兵士さんへと頷いた。
兵士さんは俺へと頷き返し、懐から1枚の紙を取り出しておっさん職員に告げた。
「ゾーハン・イコーガ、ヌイルバッハ城への不法侵入の罪で逮捕する! 神妙にせよ!」
兵士さんたちが、ゾーハンを逃がすまいと取り囲むように配置に着いた。
「そ、そんな! 何かの間違いです! 私はそのような恐れ多いところに入ったことなど――」
「あー、その人で間違い無いですよ。ヌイルバッハ城の警備管理室に窓から潜入してきて、机の上と壁に貼ってあった図面を何やら確認してから、窓から出ていった人に間違いありません」
俺はゾーハンの往生際の悪いセリフを遮って、見たよと言ってやった。
これがこの場での、俺のお仕事である。
「そんな馬鹿な! 嘘だ! あり得ない!」
すまんがゾーハンくん、嘘ではないのだよ。
「イヤ、あんたは気づいて無かったかもしんないけど、俺もその場にいたから。実を言うと俺もあそこに不法侵入していて、全部じっくり見てたから――そんな訳で、すまんが捕まってくれ」
せめて合掌くらいはしてあげよう。
即座に捕まえるかと思ったが、兵士の皆さんが動いていない。
つーか、なんかキョロキョロしている。
で、こっそりゾーハンが逃げようとしている。
うむ、ゾーハンがスキルを使って姿を消したんだな。
だけどなゾーハンのおっさん、あんたその状態で俺にガン見されてたって、さっき伝えたよね。
兵士さんたちはともかく、俺には丸見えなんだが……。
「【毒球】」
捕まえるのが目的なので、毒は麻痺毒にした。
毒球はあっさり命中し、ゾーハンは捕獲された。
不法侵入する人って、自分が見つかった時のことってあんまし考えてない人多いよね。
……俺も含めて。
……うむ、自己反省しておこうっと。
不法侵入者の捕縛も終わったことだし、屋敷に戻ろう。
俺の仕事も、これでだいたい終わりのはずだ。
これで報酬が貰えるのかな?
4億円、何に使おうかな~♪
――――
結論から言うと、まだ報酬のお支払いはしてもらえなかった。
それどころかむしろ――。
「我が城への不法侵入を不問にしてやるから、今しばらく付き合え」
とか侯爵さんに言われてしまい、しぶしぶそのまま屋敷に滞在している。
俺の不法侵入のことを引っぱり出されてしまっては、さすがに断ることもできぬ……。
つーか不法侵入の件って、不問にはしてくれて無かったのね。
で、そのまま屋敷に滞在していたのだが――。
わずか2日後、トリアエズ王国のギルド本部長――キリステ氏が死んだという報告がもたらされた。
自宅の風呂での溺死とのギルドの発表だが――――これは、やられたな。
きっと色々と辿っていけばキリステ氏に繋がり、そこからまた別の人物へと繋がっていくのだろう。
キリステ氏は切られたらしい……トカゲの尻尾として。
これで今度こそ、事件は迷宮入りだろう。
黒幕への繋がりは絶たれた……。
なーんて、勝手に事件を迷宮入りにしてみたんだけど、実際のところはどんなもんなんだろね?
その辺のことはエドガーくんと侯爵さんとの話に加わっていないので、実は俺は知らんのだ。
こないだ捕らえたゾーハンは、まだ何も吐いていないらしい。
同じく捕らえたボーリャクの街の副ギルマスも、不法侵入者を放ったことは認めたものの、それは『調査の進展が知りたかっただけ』と言い張って、それ以上のことは全く話さないそうだ。
もう俺に出来ることは何も無いと思うのだが――。
いつまで付き合うことになるのだか……。
――――
1か月が過ぎた。
ボーリャクの街の副ギルマスが、キリステ氏からの命令であることを自白した。
そのことがゾーハンに伝わると、これもあっさりボーリャクの街の副ギルマス経由で、キリステ氏からの命令であることを自白した。
これでキリステ氏が不法侵入者に命令を出していたことは確定したが、そこが命令の発信源であるかどうかは闇の中となった。
同時に暗殺者の出どころがギルドであったかどうかも特定できなくなり、前ヌイルバッハ侯爵の暗殺事件は本格的に迷宮入りが確定となってしまった。
現当主の無念は量りかねんが、相当なものだろうことは俺にも伝わってきた。
エドガーくんも悔しそうであったし、俺も当然面白くは無い。
『ここまでか……』と、ボソリと言ったヌイルバッハ侯爵さんの声は、まだ俺の耳にしっかりと残っている。
エドガーくんが言うには、黒幕の見当はだいたい付いているらしい。
冒険者ギルドの4人いる副理事長の中の1人、アーク・ドイマンという男だ。
こいつは冒険者ギルドの実質ナンバー2で、冒険者ギルドの勢力拡大のためには手段を選ばない『強硬派』のトップなのだそうだ。
死んだキリステ氏はこのアーク・ドイマンというヤツの子飼いで、ゆくゆくは理事の椅子を約束されていると噂されていた。
その子飼いの部下を切り捨てさせたのだから、俺たちはきっと恨まれているに違いない。
たとえそいつを切り捨てても構わない道具だと、アーク・ドイマンが思っていたとしてもだ。
暗殺者はおそらくこのアーク・ドイマンが放ったと、エドガーくんは見ている。
放たれた暗殺者は国外の目につきにくい場所に逃がされたか、もしくは既に始末されたか……。
どのみち俺たちが手繰り寄せられる糸は切られた。
黒幕と暗殺者に辿り着く術は、もう無い。
ヌイルバッハ侯爵は、これからどうするのだろう?
暗殺者がギルドの人間だという証拠は無いが、ギルド反対派へと鞍替えしたりするのだろうか?
それともアーク・ドイマン個人へ、何か仕掛けたりとか――。
あ、俺に暗殺を依頼するってこともあり得るな……。
こりゃ侯爵さんがその気になる前に、さっさと金を受け取って逃げたほうがいいかな?
――――
― 街道脇の林の中 ―
ヌイルバッハ侯爵暗殺の下手人捜索チームは、解散となった。
エドガーくんと侯爵さんはボーリャクの街へと戻り、俺はといえばようやくアルスくんたち『黄金の絆』のメンバーに会いに、これからミッツメの街へと向かうところである。
アルスくんたちはまだミッツメの街を拠点にしているようなので、王都からはそれほどの日数は掛からない。
それよりも、だ。
今回の暗殺者探しの件は、後味の悪い結果となった。
ぶっちゃけ、俺としてもスッキリしないというか……悶々としているところがある。
こういう時はアレだ。
何か楽しいことをして、忘れるに限る。
楽しいワクワクと言えば――そう、スロットだ。
そして俺の『無限のアイテムストレージ』には、つい最近4億円という大金が放り込まれている。
つまり――お金持ちである。
老後の資金には十分な額だ。
なので、俺はそう――誘惑に駆られていた。
アイテムスロットで、最も大きい『1回1億円』という金額を要する――『ヤバいアイテム』のスロットを回すという誘惑に……。
――で、誘惑に負けて、既に人目を避けた林の中にいたりするんだなこれが。
ヤバい、ドキドキする……。
1億円という金額をぶっ込むというのもあるが、何が出てくるのかという面白怖さもあるのだ。
『ヤバいアイテム』のラインナップには――。
――核爆弾とか。
――宇宙船とか。
――巨大ロボとか。
あと、当然ながら麻薬の類なんかも揃っている設定だ。
もし巨大ロボなんて引いたら、ドラゴン vs 巨大ロボなんていう対決も実現できる。
ぶっちゃけファンタジー感とかぶち壊しだが、それはそれで面白そうだ。
もちろんヤバくて使えないものばかりの可能性もある。
つーか、むしろそっちの可能性のほうが高い。
それでも回して見たいのだ、『ヤバいアイテム』のスロットを!
何故なら――。
1 度 や っ て み た い か ら だ !
人間って、誰かに迷惑を掛けないならば、自分に正直に生きるのが1番だよね。
なので俺は回す。
ロクでもないことをやろうとしているのは、百も承知なのだ!
――てな訳で。
さぁ、ドキドキワクワクの、自分史上最高額のスロットタイムだ!
「アイテムスロット!」
特に変わり映えしない、いつもの青い半透明の筐体が現れる。
そしてアイテムストレージから、白金貨――額面1000万円の硬貨を10枚取り出し、投入した。
うわー、緊張するなー。
久しぶりに手汗をかきつつ、レバーオンだ!
回しちまったし!
これでもう、1億円は戻ってこない……。
あとは運を天に任せるのみだ。
目押しなんぞ知ったことでは無い仕様の、3つのリールが勢い良く回る。
やがて左側のリールが、少しずつ回転速度を落とし――。
ついに停まった。
<白い粉> ―回転中― ―回転中―
いきなり分かりやすいの……キタ――――(・∀・)――――!!
これもうアレだよね。
絶対ヤバい系のアレだよね!
イヤ、分かってて回したんだけどさ。
なんか心臓がバクバクしている……。
そんな風にドキドキしていると、真ん中のリールが――銀色に光ったし!
ヤバいアイテムの銀レアって、何が出てくんのよ!
<白い粉> <特殊神経ガス> ―回転中―
現代兵器キタ――――(・∀・)――――!!
あれ? でも神経ガスって、毒カテゴリーなんでない?
もしかして、これって俺にも出せたりするのかな?
【毒球】って、確か毒の種類を選べるはずだし。
銀レアほどの価値あんのかな? これ……。
そして最後、右のリールが――停まった。
<白い粉> <特殊神経ガス> <性転換薬>
おう……。
ここにきてTS展開のフラグが……。
言っておくがやらんぞ。
あぁいうのは若い女の娘になるからいいんであって、『おっさん』が『おばちゃん』になっても、特殊な人しか喜ばんから。
一応、引いたブツの確認をしておこうか。
封印コースにするかどうか、念のため確認しとかないとね。
――――――――――――――――――――――――――
白い粉:1000kg
飲んで良し、吸って良し、注射して良しの、気分がとても良くなる粉。
100gずつ、袋に小分けしてある。
痛み止めとしても優秀だが、依存性が非常に高いので注意が必要。
――――――――――――――――――――――――――
うむ、やはりそっち系か。
末端価格でいくらになるんだろう?
麻袋から出そうと思って口を開いたら、小分けした袋が大量に入っていた。
これは麻袋ごと仕舞ったほうがいいな。
持ってたら持ってたでヤバい気もするが、捨てるのも勿体ないから封印しておこうっと。
で、次はこれだ。
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特殊神経ガス:10t×10機
治癒の最上位魔法【完全治癒】以外では治せない、特殊な神経ガス。
【毒無効】のスキル以外で防ぐことはできず、散布後24時間で分解・消滅する。
神経ガスは、目標を指定するだけで自動的に飛行し散布する、高性能AI搭載の散布用ステルスドローン10機に積載されている。
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なんかバカでかい袋があると思ったら、これか……。
あまりにも袋が巨大なので、空けることもできんぞこれ。
仕方ないので巨大な麻袋を切り裂き、よっこいしょと中に入る。
うおっ! なんかすげー……。
中には直径7mくらいの大きさのドローンが――。
イヤ、形状としてはドローンというよりUFOみたいだな――アダムスキー型とかいうヤツ。
つーか現代兵器というよりは、近未来兵器かなこれは?
戦争でも無い限り、出番は無さそうだな。
あ、待てよ――魔物のスタンピードとかに使うのは、アリだな。
どっかから溢れてこないかなー、魔物。
でもこの異世界、魔物のスタンピードとか聞いたこと無いんだよなー。
これはいつか使えそうだから、封印でなくて格納ね。
このでかい袋も、布としては使えるので取っておこう。
で、最後はこれ。
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性転換薬:5本
男女の性を転換する薬。
1回1本、瓶入り。
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袋から出すと、なんかドリンク剤っぽい瓶に入っている薬が5本。
間違って飲まないようにしないとなー。
この性転換薬は、実はこの異世界にもちゃんと存在し高額で取引されているブツだ。
もちろん、闇取引でだけど。
この世界の貴族は基本、男系継承である。
なので、生まれてきた子供が女性ばかりの場合に性転換薬を使って、男の子にしてしまうケースがあるらしいのだ。
子供の人権問題ってヤツだよね、これって。
性転換薬なんて、肉体的な性別を変えたい人が自分の意志で使うのがいいと思うんだがさ。
あ、ちなみに1本5000万円くらいするらしい。
金額的にはこれだけで元は取れているのだが、これも闇で取引される品なので売買すると捕まってしまう。
なのでやはり封印コースだ。
間違って飲まないように、後でラベルでも貼っておこう。
『飲むな!』とか『危険!』とか、赤くて大きな字で書いておかないと。
――――イヤ、期待とかするなよ?
間違って飲んだりする展開とか無いからな。
つーか、飲まないから。
うっかりとかやらないから。
絶対やんないから!
フリじゃないからな!




