目撃の証言
― トリアエズ王国・ボーリャクの街 ―
エルフの国――シンナカリン王国を逃げるように出た俺は、再びメイズ王国へと入った。
もちろん再びダンジョンに潜るためでは無い。
実はメイズ王国にはもう1つ、俺の行きたい場所があったのだ。
それは――――遺跡である。
エルフの国を出て一旦トリアエズ王国に戻り、すぐにでもアルスくんにエルフの酒でも飲ませてやろうという気持ちもあったのだが、ちょっと遠回りすれば遺跡に寄れるなと思ってそっちを優先してみた。
遺跡はとても素晴らしいものであった。
――名所旧跡としては。
なんかね、1000年くらい前の遺跡だったんだけど、普通に歴史的な遺跡でしかなかったんすよ。
恐ろしい魔物が待ち構えているとか、罠や未発掘の部屋があるとか、隠された古代の財宝やオーパーツが眠っているなんてことも全く無い、ごくごくフツーの名所旧跡。
修学旅行で言うところの、お城とか神社仏閣とかそんなやつ。
冒険者が調査して何かを発見するようなところとかでは無く、観光客の皆さんがガイドさん付きの団体ツアーで見学して回る場所。
面白くて興味深かったのは確かだったんだけどね、なんか期待していたのと違ったのよ。
遺跡はやっぱ観光じゃ無くて、探索とかしたいよね――異世界だし。
で、遺跡の観光を終えてメイズ王国からトリアエズ王国へと入り、最初に宿泊したオトマリ村という近くに原発でもありそうな名前の村のギルドに手続きをしに行ったところ、俺宛てのメッセージが届いていたのだ。
メツセージの差出人は『真実の探求者』のリーダー、エドガーくん。
内容は『相談があるので、なる早でボーリャクの街へ来て欲しい』てなことだ。
メッセージなんて安いもんじゃ無いのに、良くもまぁ俺を呼び出す為だけに出したもんだ。
ちなみにメッセージとは、あっちこっち居所を変える冒険者に何かを伝えるために、国内外の複数のギルドに伝言を送っておくというシステムだ。
冒険者は街や村に入ると必ずギルドへと手続きをしに来るので、その際にメッセージがあると伝えられるのである。
今回はトリアエズ王国内の全てのギルドに、エドガーくんはメッセージを送っていたらしい。
正直ボーリャクの街へ向かうのは、あんまし気が進まなかった。
だってエドガーくんの相談したいことなんて、前ヌイルバッハ侯爵の死因の話とかそんなんに決まってるし。
だがしかし――。
シカト決め込むのもなんかねー。
エドガーくんはアルスくんの友達だし、俺の友達でもあるしねー。
とか考えてしまった俺は――。
結局ボーリャクの街へと来てしまっている。
そしてギルドに手続きをするついでに、エドガーくんに会いに来た俺なのだが――。
どうやらエドガーくん率いる『真実の探求者』は、依頼に出てしまっているらしい。
他人様を呼び出しておいて依頼に出ているとか、失敬なヤツだ。
暇なので喫茶スペースでコーヒーをちびちびやったり、依頼の掲示板を見たり、新人っぽい冒険者たちに絡んで適当なウンチクを披露したりしながらエドガーくんを待つ。
遅いなー、何の依頼してんのかなー。
あ、なんか鼻毛が伸びてるのに気づいたさ。
ちょっくら抜いとくか……ふんっ!
…………
そうこうしているうちに、エドガーくんたちが戻ってきた。
買い取りカウンターでの会話によると、河ゴブリンの討伐をしてきたらしい。
河ゴブリンとは、大きな河川にいる泳ぎの達者なゴブリンである。
ぶっちゃけ俺も見たことはあるが、最初に見た時に河童かと思ったのは内緒だ。
だってゴブリンは元々緑色だし河ゴブリンには水かきもあるし、皿こそ無いけど河童に見えたんだもの。
あと背中に背負ってた盾が、甲羅に見えちゃったし……。
まぁ、この異世界には河童なんていないんだけどさ。
「タロウのおっさんじゃん! 来てくれたんだな!」
俺に気づいたエドガーくんが、駆け寄ってきた。
「シカトしようか迷ったけどね」
「またまた~」
「イヤ、マジで」
「え? マジで?」
どうでもいい雑談は適当に切り上げて、本題に入ろうか。
「ところで、なして俺をここに呼んだん? アルスくんとかでなく」
どうせ前ヌイルバッハ侯爵の死因の件だとは思うけどさー。
あ、言っとくが城への不法侵入の件は、話すつもりは無いぞ。
「いやぁ……実は、前のヌイルバッハ侯爵の死について調査を勝手にやってたら、現ヌイルバッハ侯爵の耳に入ったらしく、なんか正式に調査を依頼されちゃって――」
マジかよ……。
「それで調べてるうちに、やはり前ヌイルバッハ侯爵が暗殺だったのではないかと思い、できれば検証をしてみたくて――で、そういやおっさんが暗殺のスキルを持っていたな、と」
あー、そっちなんだ……。
てっきり前侯爵が死んだときにボーリャクの街にいたから、何か気づいたことは無いかとか、しつっこく聞かれると思ってたさ。
「じゃあ俺を呼び出したのは、暗殺の検証をさせるためか?」
「暗殺されたとしたら、間違いなく犯人は相当の手練れに違いないからね――おっさんが凄腕の暗殺者だってアルスに聞いてたから、これは頼むしか無いなと思ってさ」
アルスくんも余計なことを……。
待てよ、俺の暗殺スキルのことをエドガーくんも知っているならば――。
「言っとくが犯人は俺じゃ無いぞ」
そう、俺はエドガーくんに疑われている可能性もあるのだ。
何と言っても俺は【真・暗殺術】持ちで、その時ボーリャクの街にいたのだから。
「分かってますよ。おっさんにはアルスのためにフィーニア姫の婚約者であるモルヘラウトくんを暗殺するという動機はあるけど、その時間は朝からずっとアルスたちと一緒に沿道にいたという証言は複数取れています――つまり、おっさんは犯人にはなり得ない」
うん、それはいいんだけど――やっぱ疑ってはいたのか。
知ってた。
お前はそういうヤツだ。
「だからこそ絶対に犯人ではあり得ない凄腕の暗殺者である、おっさんに検証を頼みたいんだ――他の暗殺者に頼むと、実は犯人だったりしかねないしね」
うむ、なるほど。
だけどな――。
「話は理解したが……エドガーくん、君は1つ思い違いをしている」
「思い違い? 何です?」
「俺は『凄い暗殺スキルを持っている』だけであって、『凄腕の暗殺者』じゃ無いから――だいたい暗殺とかやったことねーし」
そこを勘違いしないように。
「や、やだなぁ、分かってますって――あはははは……」
ウソつけ。
お前、俺のこと『凄腕の暗殺者』って思いっきり言ってたじゃん。
「と、とにかく検証に協力して下さいよ。ヌイルバッハ侯爵から、礼金も出ますよ」
「礼金? ちなみにいかほど?」
誤魔化そうとしてるのは分かるが、礼金の額が非常に気になるのでそっちは流してやろう。
「1000万円です」
「マジで?」
「マジです」
すげーな……暗殺の検証だけで1000万か。
城への不法侵入とかは疑われていないようだし、やってみようかな?
「よし、やろう!」
「そうこなくっちゃ!」
話は纏まった。
その検証とやら、やってやろうではないか。
なんとなーくヤバいところに、自分から行こうとしている気もするが――。
とりあえず気にするのは止めよう。
――――
― 次の日・ヌイルバッハ城 ―
前ヌイルバッハ侯爵の死因の究明のため、暗殺できたかどうかの検証をするべく、エドガーくんに連れられて俺は城へとやってきた。
つーか、いきなり現ヌイルバッハ侯爵に紹介されたし……。
そういうのは、先に言っといてくんないもんかね。
エドガーくんは貴族出身だからアレだけど、俺は庶民だから貴族の偉い人とか緊張すんのよ。
ひざまずいて畏まっていると、侯爵さんに声を掛けられた。
「そなたが凄腕の暗殺者という、タロウか――面を上げよ、それでは話が出来ん」
イヤ、凄い暗殺スキルを持っているだけで凄腕の暗殺者ではありませんよー……と、否定したいところではあるが、偉い貴族さんの言うことを否定してわざわざ波風を立てるようなつもりは無い。
それが賢くて狡くて小心者の、大人というものだ。
顔を上げろと言われたので、俺は馬鹿正直にその通りにした。
少し離れたところの高級そうな椅子に、侯爵さんが座っている。
侯爵さんはまだ若く、30は超えていないだろう。
俺が大貴族に勝手に抱いていたような傲慢さはその顔つきには見られないが、性急そうな――良く言えば決断の早そうな人という印象を受ける。
「そこにいるエドガーと共に、我が父と息子が暗殺されたかどうかの検証をしてくれるそうだな――礼は十分にする、頼むぞ」
やっぱこの人、せっかちさんだわ。
話が簡潔過ぎるし。
「はい、できるだけのことはさせて――」
「よし、ならば庭園へと向かおう――エイキルト、庭園に警護の者たちを集めろ」
俺が返事を終える前に立ち上がって歩き始めたし……。
エイキルトと呼ばれた人が、部屋の外へと出ていった。
で、侯爵さんも別な入口から部屋の外へと出ていこうとして――。
「お前たち何をやっている、早く付いてこい」
俺とエドガーくんに付いてくるよう促してきた。
うむ、せっかちな人だ。
苦笑いしながら一緒に後を付いていくエドガーくんと俺。
「なぁ、いつもこんなんなのか?」
「気が短いんですよ、あの人。でも、いい人ですよ――あと、金払いもいいし」
貴族の出の割には下世話なことをおっしゃる。
元からなのか、それとも冒険者稼業に染まったのか――。
まぁ、お金は大事だから悪いことでは無いけどね。
侯爵さんに付いていくと、広い庭園へと出た。
まさに宮殿の庭園、ただっ広くて手入れが行き届いている。
これ、手入れだけで何人使われてるんだろう?
庭園をしばらく歩くと――広すぎだろおい――大きな池の1つに辿り着いた。
池のど真ん中には桟橋がかかっており、水中には錦鯉をメインとした小さな生態系が築かれていた。
警護の人たちがゾロゾロとやってきた。
皆それぞれ決まった場所があるらしく、迷いなく配置につく。
警護の人員を呼ぶよう命じられていた、エイキルト氏がやってきた。
「全員、配置につきました」
そう侯爵さんに報告するとエイキルト氏は桟橋の中央へと向かい、そこが定位置であるかのように立つ。
「では、始めろ」
と、侯爵さんに言われたのだが――始めろって、何を?
「えーと……タロウのおっさん、あそこに立っているエイキルトさんがターゲットだったとして、暗殺するとしたらどうやる? 前提条件としては溺死に見せかけることと、暗殺の前後を誰にも見られずにやってのけること――どうです? できそうですか?」
侯爵さんのおかげで空気だったエドガーくんが解説してくれたおかげで、ようやく俺のするべきことが理解できた。
要はこの状況で、エイキルトさんを暗殺して見せろとおっしゃるのね。
ふむ……。
「いくつか聞いてもいいか?」
おれが聞いたのは、もちろんエドガーくんだ。
さすがに侯爵さんに、こんな聞き方をする勇気は無い。
「もちろん、何です?」
「まず、遺体に傷はあったか? あと、池に落ちる直前の様子は?」
「遺体に目立った外傷は無し。あと――」
「父とモルヘラウトは、池に落ちるまで鯉を見ながら談笑していた。それが急に――落ちたんだ……急に……」
エドガーくんの言葉を遮って、侯爵さんが後を続けた。
あぁ、そうか……侯爵さんはその時見ていたんだな――今立っているその場で。
さっきから動いていないのは、その場が事件当時の定位置だからか……。
「毒の可能性は?」
「肌の変色とか異臭などというものは無かった――それに、怪しい者がいないか探させても見つからなかった――だからてっきり、溺れ死んだかと……」
あー、そうか。
この世界じゃ科学捜査とか無いもんな。
毒殺されても、見た目やら何やらの分かりやすい現象が現れなければ、自然死に偽装できるのか……。
あれ? 意外と難しくないかもしんないぞ?
「ちょっとやってみるから、えーと……エイなんとかさんが池に落ちたら、すぐ引き上げてね。あとこの庭園に入って出るとこまでやるから、当日と同じ警備と事件後の捜索をよろしく」
エドガーくんと侯爵さんが頷いたところで、俺は庭園から離れて建物の中へと入った。
さあ、暗殺(検証)を始めようか。
…………
ヌイルバッハ城の建物内に入ってすぐ、俺は【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動した。
そして少し離れた窓へと向かい、そこから外へ。
現場の池へと誰にも認識されずに辿り着き――イヤ、出来るとは思ったが誰にも気づかれずにここまで来てしまったな。
これ【真・暗殺術】のスキルを使わなくても、なんとかなるんじゃね?
今度は【水中戦闘術】を発動し、音も無く池の中へ。
ゆっくりと水中を移動しながら、なんとかさんのいる桟橋に辿り着く。
以前スロットで引いた吹き矢を取り出し、矢の先っぽに【毒球】の魔法で弱い麻痺毒を、ほんのちょっとだけくっつける。
そして狙いをなんとかさんに定めて――。
適当に吹いたら外れるかな?
やっぱ発動しよう――【真・暗殺術】!
で、吹き矢をプッ……とな。
「痛っ!」
吹き矢の針は、なんとかさんのお尻に突き刺さった。
うむ、狙い通り。
さすが【真・暗殺術】
弱い麻痺毒とはいえ、人間を麻痺させるには十分な量を針には塗ってある。
なのでなんとかさんは、すぐにヘニャッと崩れ落ちて池へと落ちかかった。
すぐさまエドガーくんが支えたので、池で溺れることは無いだろう。
警護の人たちによって、事件当時と同じ行動での捜索が始まった。
池の中を覗き込む者は何人かいたが、入ってくる者はいない。
池の中に武器等を突き入れる者もいない。
盲点だったのかな?
それともみんな溺れたと思って、犯人捜索に身が入らなかったのか……。
とにかく事件当時の犯人の捜索は、ずさんだったようだ。
これなら俺ほどのスキルが無くても、たぶん暗殺者は見つからんだろう。
さっきから吹き矢の筒で息をしているんだが、そろそろ辛くなってきた。
そろそろ陸へ上がるとしよう。
…………
「――という訳で、暗殺は可能だ」
俺はまだ濡れたままの状態で、【隠密】と【隠蔽】のスキルを解除して姿を現した。
「濡れてる……ということは、やっぱり池の中にいたんだ」
「やっぱりも何も、吹き矢の角度でバレバレだろ?」
エドガーくんがやはりと頷いたが、彼なら吹き矢が刺さった時点で見抜いていただろう。
「今回はたまたま持ってた吹き矢を使ったけど、もっと細い――髪の毛くらいの太さの針なら、刺さっても痛がることは無い。あと、もっと強い麻痺毒を使えば、池に落ちると同時に心臓麻痺くらいは起こせる」
俺の解説は以上。
針の太さと刺さった場所によっては、痛みはまず起きないだろう。
麻痺毒でも強さによっては人を殺せる。
暗殺自体は可能だが、実際に暗殺されたかどうかは分からんし何の証拠も無い。
残念だが名探偵くん、この事件は迷宮入りだよ。
…………
検証も終わったので、俺たちはまた城内へと戻った。
池の中に入ったので、シャワーを浴びて着替えをさせてもらい、再びヌイルバッハ侯爵の待つ部屋へと向かう。
あとは礼金の1000万円を受け取れば、俺の要件は終わりだ。
使用人に案内され部屋へ行くと、侯爵さんとエドガーくんが待っていた。
「暗殺者よ、ご苦労だった」
と、侯爵さんが労ってくれたのだが――暗殺者では無いのだがなー。
侯爵さんが横にいるなんとかさんに――うむ、完全にこの人の名前を忘れてしまったな――目くばせをすると、なんとかさんが俺に、袋を持ってきて手渡した。
「これが謝礼金の1000万円でございます、お確かめください」
「では、確認させていただきます」
中には銀よりもやや重厚な輝きを持つ、白金貨――1000万円の額面のやつ――が1枚、ポツンと入っていた。
白金貨を手にしたのは、初めてだな……。
でもこれ、買い物するには使い辛いからできれば金貨で欲しかったなー。
「エドガーよ、針が見つかったことから暗殺は確定として、これからどうする?」
「そうですね――」
俺が白金貨を金貨に両替してもらおうか交渉すべきか考えていると、侯爵さんがエドガーくんと話し始めた。
へ? 暗殺に使った針がもう見つかったの?
早いねー。
つーか、残ってたんだね、証拠の針。
エドガーくんがハンカチの上に、本当に髪の毛ほどの太さしか無い針を乗せて、侯爵さんに見せている。
「こんな特殊な針なら、作った職人を割り出せるかもしれません。ですから侯爵様にはそちらの調査をお願いします」
「うむ、分かった」
何やらそんな話をしているが――それはどうだろう?
おせっかいかもしれないと思いつつ、俺はついつい口を出した。
というか――――出さなきゃいいのに、出してしまった。
「イヤ、だけど針がギルドの暗殺者の使った道具だとしたら、職人を割り出すのは無理じゃ無いかな? ギルドが抱え込んで秘匿している職人の可能性が高いし」
俺がそこまで言うと、エドガーくんの目がキラッと光った。
「なぁ、タロウのおっさん――なんでおっさんは、暗殺者が冒険者ギルドが放った奴だという前提で話をしてるんだ? まさかおっさん、何か知ってるのか?」
あ、ヤバ……。
「それはほら、だって、暗殺者を放つとしたらギルドの可能性が高いじゃん! 前のヌイルバッハ侯爵は、ほら、ギルド反対派の実質的なトップだった訳だし……」
「普通はそこまで可能性が高いとは思いませんよ――ギルドの他にも、フィーニア姫との婚姻に反対するトリアエズ国王の一派に、政治的に敵対する貴族、個人的な恨みを持つ者だっていますからね。暗殺されたかどうかより、相手を誰に絞ればいいかを特定するほうがはるかに難しいはずですよ」
どうやら俺の言い訳は苦しかったようだ。
なんかエドガーくんと侯爵さんが、こっちをじっと見つめてくるし……。
「おっさん、なんで目を逸らすんだよ?」
「えっと、これはその……ついこないだエルフの国――シンナカリン王国でしつこく尋問された時のが、ちょっとトラウマになってて――」
「尋問って――おっさん何やらかしたんだよ!?」
「イヤ、刀の情報が欲しくて、つい不法侵入を――で、でも、ちゃんと罪は償ってもう綺麗な身だし!」
そんな会話をエドガーくんとしていると、侯爵さんがやおら近づいてきて、俺の両肩をがっしりと掴んだ。
へ? 何すか!?
「知っていることがあるなら教えてくれ、私は――私は父と息子を殺した相手を知りたいんだ!」
そう言って、じっと俺の目を凝視する侯爵さん。
思わず目を逸らす俺。
これはヤバいな、下手したらこのまま捕まって拷問コースだ。
もらうもんはもらったし、今すぐ逃げるか……。
「話してくれたら1億出そう、どうだ?」
へ? そんなに?
あ……おもわず反応して、侯爵さんの目を見てしまったし……。
大金についつい反応してしまうのは、小物の性ってヤツだよね。
しかし1億か……老後の資金が欲しい俺としては有難いが、俺が目撃情報を話すということは冒険者ギルドに喧嘩を売るのに等しい。
『このモルヘラウト城で、前日の夜に警備管理室でギルドの職員が侵入してくるのを見た』なんて情報は、ギルドに殺されるまではされない情報だとは思うが、冒険者ギルドを除名される程度の嫌がらせをされる可能性は十分にあり得る。
冒険者としての稼ぎが無くなるので、うっかり反応してしまったが1億では割りに会わないような――。
「ならば3億ではどうだ!」
迷っていた俺に、侯爵さんが追い打ちをかけてきた。
3億とな!……そんな金額をポンッと出せるなんて、あるところにはあるんだなぁ……。
うーむ……3億あれば老後の資金としては十分だけど……。
イヤ、でも、しかしなぁ……。
「よし! それなら4億だ!」
黙っているだけで金額が吊り上がっていくが――。
そのさ、侯爵さん……金額の問題じゃ無くてね……。
「侯爵様、タロウのおっさんは金じゃ動きませんよ。世界をくまなく旅するつもりらしいですから、そちらの手配が必要かと思われます」
そう、エドガーくんの言うように、俺はもう少しばかりこの異世界のあちこちを見て回りたい。
そのためには、俺の持つ『ランク:銅』の資格は手放したく無いのだ。
あとエドガーくんは勘違いしているようだが、俺は金でもけっこう動くぞ。
それと世界を『くまなく』旅するつもりは全く無い。
興味のあるとこだけ、ちょこっと見てみたいだけだ。
「ならば我がヌイルバッハ家が、身分証を作ってやろう! 当家の発行する身分証であれば、諸外国のほとんどで通用するぞ――4億と身分証、これならどうだ!?」
俺の両肩を掴む侯爵さんの手に、ガッツリと力がこもる。
俺は悩んだ。
悩んだ挙句――。
「何でも聞いて下さい!」
気づくと俺は、そう答えていた。
父と息子が誰に殺されたのか?
それを知りたいという侯爵さんの気持ちが、俺を動かしたのだ!
――――ごめん、ウソです。
お金と身分証に釣られました。
特にお金に……。
俺は全て洗いざらい話した。
ヌイルバッハ城に、フィーニア姫の移動経路や部屋割りなどを調べるために潜入したこと。
城内の警備管理室に潜入した時、黒装束の賊が窓から潜入してきたこと。
黒装束の賊が、実は冒険者ギルドの職員だったこと。
その職員が、事件の前日に本部へと転勤になっていたこと。
その他知ってること気づいたこと、それら全てを……。
「で、そのギルド職員の名前は何て言うんです?」
「すまん、覚えて無い」
ごめんよエドガーくん、なんせ記憶力が衰えてるもんでさ。
結局俺が覚えていなかった潜入者のギルド職員の名前は、エドガーくんが調べてくれることになった。
その上で、実際にギルド本部にその人物がいるかどうかを調べるらしい。
ちなみに『ギルド本部』とは、それぞれの国内にあるギルドを取りまとめているところだ。
通常はその国の首都にある冒険者ギルドが、本部の役割を担っている。
更にそのギルド本部を統括しているのが、全ての冒険者ギルドの総本山である『ギルド総本部』となる。
この『ギルド総本部』は、トリアエズ王国から国を2つほど挟んだ『チョーテン帝国』にあるのだそうだ。
で、今後なのだが――。
話すことを話したら終わりという訳には、もちろん行かなかった。
俺は城に留まることになった――トリアエズ王国のギルド本部――王都チューシンのギルド本部に問題のギルド職員がいた場合、潜入していたことを証言するという大事なお仕事が待っているからだ。
ヌイルバッハ侯爵は、この職員を不法侵入の疑いで、ギルドやトリアエズ王国の機先を制して逮捕・拘束するつもりだ。
なので俺も、証人として同行することになるらしい。
けっこう長いこと掛かりそうだが、侯爵さんにもらえる報酬の大きさを考えると、そのくらいは協力せねばなるまい。
つーか、本当にこんなんで4億も報酬がもらえるのだろうか?
なんか心配になってきたんだが……。
侯爵さんに念のため聞いてみたら、『貴族に二言は無い』という返事だった。
何だろう? 微妙に不安だ……。
大丈夫かなー。
やっぱ早まっちゃったかなー。




