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エルフの国への潜入

 ― メイズ王国・国境 ―


 ダンジョンのあるメーキューの街を旅立ってから、早12日が経過した。

 メーキューの街は現在、ダンジョンから排泄された汚物の中から発見された貴金属類のおかげで、一時的な好景気に沸いているという話だ。


 俺が【便意の魔眼】を使用してから3日ほど、ダンジョンの中にはアンデッドは発生しなくなったらしい。

 4日目からはようやくダンジョンの胃腸の具合が整ったようで、通常通りに戻ったとのこと。


 あと今回の変事のおかげでダンジョンに興味を持った者が増えたらしく、メーキューの街には現在、以前の5割増しの冒険者が在籍し今も増え続けているらしい。

 ダンジョンの過疎化が一時的にせよ止まったのだから、冒険者の減少に悩んでいたメーキューの街のギルマスは今頃喜んでいるだろう。


 さて俺はというと、メーキューの街を出てから西へと向かっていた。

 もちろん目的は、森林地帯にあるエルフの国『シンナカリン王国』である。


 シンナカリン王国への入国自体は簡単だ。

『ランク:銅』冒険者である俺ならば冒険者証(ギルドプレート)を見せて、エルフがアレルギーを起こす金属類を封印するだけで入国することはできる。

 だがそれは、あくまでシンナカリン王国の他国との交流地域――表層の地域だけである。


 エルフの国は閉鎖的で、生産や軍事などの拠点がある中層地域より奥には、たとえ高ランク冒険者やギルドの職員であろうと、他国の人間は基本的に入れない。

 当然だが、俺も。


 入ることができる表層地域は、観光や貿易が中心の街や村。

 俺が今向かっているのも、観光がメインの『ウワッツラ村』という村だ。


 俺はまずは観光をしながら、中層地域より奥に入る方策を探すつもりである。

 たぶん中層地域より奥でないと、刀の情報とか無いと思うんだよね。


 ――そろそろ国境が見えてきた。


 あそこを超えれば、いよいよエルフの国となる。


 …………


 国境を抜けると、そこはエルフの国であった。


 入国に際しては特にトラブルは無かったが、装備品が丸ごと封印されてしまった。

 皮の鎧や『噴射のブーツ』は非金属で作られていると思っていたのだが、小さな金属のパーツが使われていたらしく不可だったのだ。


 おかげで今は防具すら着けていない、丸腰の状態である。


 ちなみに靴は、国境の店に待機していた行商人から買った。

 なんでも国境で鎧や靴を封印される人はけっこういるらしく、行商人によるとなかなか良い商売になるのだそうだ。


 あとお金もシンナカリン王国内のみで使える、紙幣に両替することとなった。

 アレルギーを起こしにくい金や銀も例外では無いらしく、必要な分だけ両替してあとは封印だそうだ。

 俺は刀が手に入ることも考慮して、念のため2000万円を両替しておいた。


 あるといいなー、刀……。


 特殊なアイテム袋に施された封印を外すには特殊な道具が必要になるが、袋そのものを普通に持ち歩くことはできる。

 この封印を勝手に外すと良くて国外追放、下手すると死罪まであるらしい。

 しかしながら俺には【無限のアイテムストレージ】という、他者には認識できない便利空間があるので、何かあった時のための道具などはこっそりその中に潜ませていたりするのだ


 これ密輸とかに使うと、絶対バレないから便利なんだよなー。

 ――やらんけど。

 密輸とかしなくても、十分稼げるし。


 とまぁ、そんな感じで丸腰のまま森の中の街道を『ウワッツラ村』へと歩いているのだが――。

 実は、さっきから危険を全く感じていない。


 いつでも気配等を消して逃げられるように【気配察知】を全開にして周囲を警戒しているのだが、ちょいちょい引っかかる小物の魔物や獣の気配が、エルフの兵士らしき気配が放つ矢で全て打ち取られているのである。


 かなりの広範囲をカバーできる腕のいい弓兵、それを街道を完全にカバーできるほどの数を揃えられ投入できるということからも、エルフの国――『シンナカリン王国』がいかに強国かが判断できる。

 周囲を異民族である人間の国に囲まれながらも、国家として確固たる地位を保ち続けているのは、文化・技術面もさることながらこの軍事力がやはり大きな要素なのだろう。


 街道の途中にあった簡易宿泊所に1泊し、次の日の夕方まで歩き続けると、ようやく木材で作られた壁で囲まれた村が見えてきた。

 とりあえずの目的地、『ウワッツラ村』である。


 門でチェックを受ける。

 チェックにはもちろん、金属探知機での検査も含まれていた。

 金属アレルギーのエルフとしては、やはりそこは重要なのだろう。


 で、特に問題も無くチェックは終了。

「ようこそ、ウワッツラ村へ」

 丁寧で礼儀正しいが、いかにもマニュアルっぽい上っ面の歓迎を受けて、俺は村へと入った。


 ふむ、案外石造りの建物が多いな。

 村の周囲を囲む防壁が木で作られていたので、建物も木造が多いのかとばかり思っていたら、全然そんなことは無かった。

 たぶん何か理由があるのだろうが、エルフの文化など良く知らない俺にはその理由などさっぱり分らん。


 街並みを作っているほとんどの建物には、精巧な彫刻が施されていた。

 人物の像から幾何学模様、自然の風景など見事なものばかりだ。


 芸術的だとは思うのだが、俺としては爺さん婆さんの裸像だけは個人的にあまり見たいとは思わんかった。

 イヤ、皴とか精巧で見事ではあるんだけどね、ジジババの裸像はなぁ……。


 村に入ってからすぐのところに、土産物屋があったので入ってみる。

 店頭には芸術に造詣の深いエルフの国らしく、見事な伝統工芸品が並んで――。


 あれ? おかしいな……なんかデジャヴが……。

 これは……こけし?

 なにげに耳が尖っていてエルフになってるけど、これってこけしだよね?


 これは扇子だよな……書いてある絵柄が前衛芸術になってるけど、たぶん間違い無い。

 あとは、櫛に根付に寄せ木細工とか……洋風な芸術品の見た目だけど、なんかブツとしては和風というギャップのある品が並んでるし。


 あ、マトリョーシカもあった。

 トーテムポールみたいなのもあったし。

 木彫りの熊もある。


「いらっしゃいませ! どうです? 見事な品々でしょう――お土産にすれば、絶対喜ばれますよ!」

 と店の人であろうエルフのおばさまに勧められたが、この手のお土産って物置の肥やしになりがちなんだよなー。

 記念にはなるが、お土産としては微妙という……。


 物珍しそうに見ている割には明らかに買う気の無い俺の様子に、エルフのおばさまは今度は別な品を勧めてきた――イヤ、来たばっかなのに土産物は買わんぞ。

 ちなみに勧められたのは饅頭に煎餅に羊羹、ペナントにキーホルダー、お酒にTシャツに木刀というどれも微妙なラインナップの――――――――ん? 木刀!?


 俺は慌ててそれを手に取った。

「あらお目が高い、それは世界樹の枝から削り出した伝説の――」

 なんかおばさまが解説をしてくれているが、そんなもんは全然耳に入って来ない!


 木刀があるのならば、ここエルフの国にはやはり『刀』が存在するということに!


 ――――あ……違ったし。

 これ木刀じゃなく、木剣だわ。


「――という素晴らしいものなんですよ。いかがです?」

 あー、まだおばさまの説明って続いてたんすね……。


「イヤ、ここには今日来たばかりで、どんなものがあるのかなーと見に来ただけなので――」

「あら、でしたらお帰りの時にでも、ぜひお立ち寄り下さいね――あ、お饅頭の試食なさいます? この村の名物なんですよ」


 おばさまに畳み掛けられて、俺はついつい4つに切り分けられ爪楊枝が刺された試食の饅頭を受け取ってしまった。

 で、パクリと口に――。


 あれ? この饅頭、土産物の割に案外イケるじゃん。

「美味しいでしょう?」

 試食の饅頭が喉を通り過ぎると、待っていたのはおばさまの勝ち誇った笑みであった。


 まぁ、確かに美味かったけどね。


「えーと……じゃあこの饅頭下さい。あ、その6個入りのやつで」

「ありがとうございます――お帰りの際も、ぜひ寄って行って下さいね」


 俺は負けた……。

 おばさまの接客に、完全敗北した……。


 敗北の印として、俺の手には『ウワッツラ饅頭』と焼き印を押された、6個入りの饅頭の箱が握られている。

 宿が決まったら、部屋で食べようっと。


 次に向かったのは武器屋。

 もしかしたら普通の武器屋さんでも、刀があるかもしれないと思ったのだ。


「すんませーん、刀ってありますー?」

「カタ……なんだって?」


 接客に出てきたエルフのお兄様に聞くと、やはり刀など知らぬとのこと。

 やっぱこんな村の普通の武器屋なんぞには、刀など情報すら無かったようだ。


 刀が無いとはいえ、武器屋に用事が全く無い訳では無い。

 悪魔の短剣が封印されてしまっているので、俺には手持ちの武器が無いのだ。

 なのでここは、短剣を1本買わせてもらおう。


 エルフのお兄様に手ごろなお値段の短剣は無いかと聞くと、黄ばんだ白い短剣を勧められた。

 サーベルタイガーの牙から作られた短剣で本来は真っ白な短剣らしいのだが、素材が年老いて牙が黄ばんでいたせいで短剣もこんな風になったのだそうだ。


 サーベルタイガーとは、牙のように犬歯が長く伸びた大型のトラのような生き物だ。

 ちなみに魔物枠。


 黄ばんだ見た目のせいで価格はお安くはなっているが、性能的には何の問題も無いらしいので、この短剣を買わせてもらうことにしよう。

 それに年老いたサーベルタイガーの牙から作られてるなんて、おっさんの俺にはお似合いじゃないか。


「いいね、これをもらうよ」

「200万円だ」

 あら、けっこうお高い……。


「えーと……もうちょっとなんとかは……?」

「エルフの国では商品に掛け値はつけない決まりだ、だから値引きできる余地は無いぞ」

「さようで……」


 どうやら値引きはできないようなので、10万円紙幣20枚を支払って清算。

 これで俺はようやく武器を――黄ばんだ短剣を手に入れ、丸腰では無くなったのである。


「まいどあり」

 愛想の無いエルフのお兄様のこの一言で、武器屋での用事はおしまい。

 あとは防具だな。


「防具屋ってどこにあるのかな?」

 と、武器屋のエルフのお兄様に聞くと――。

「となりだ」

 と、教えてくれた。


 外に出てみると――。

「あ、ホントだ」

 すぐ右隣に防具屋はあった。


「こんちはー…………」

 入ってすぐに俺は頭を抱えた。

 だってどれもこれも素人目に見たって、極上の品ばっかしなんだもの。


 これ絶対にお高いよねー。


「いらっしゃーあせー」

 なんかやる気の無さそうな若い女性のエルフが接客に出てきたし……。


「皮の兜と手袋(グラブ)と胴鎧と腰鎧とブーツが欲しいんすけど、お安いのってあります?」

「えーとねー……それならセットで400万円てのがあるよー。バラで買ったら500万円超えるから、そっちのがお得だよー」


 うわー、セットでお得でも400万円かよ……。

 確かにもの凄くいい品っぽいけど、400万は厳しいよなー。

 でも今の防具無しの状態は、ちょっとマズい。


 俺はできればこのエルフの国でも、冒険者としてひと稼ぎしてみたいのだ。

 それにはさすがに防具無しというのは、危険すぎる。


 でもなぁ……防具と武器で計600万円も使うと、元が取れないよなー。

 ダンジョンの宝箱で手に入れたブツを売っ払ったら、支払い分の補填とかできるかな?


 店員さんが爪磨きをしながら待ちくたびれているな……。

 ふむ…………いいや、買っちゃえ!

 少なくとも胴鎧と腰鎧、それに手袋(グラブ)は今までのよりグレードアップできるんだから、悪くはないはずだ。


 そう思い込もう!


「くださいな」

「はーい」

 これで防具一式が手に入った。

 冒険者として活動しても、少しは安心だろう。


 あとはギルドに寄って、手続きをしてから依頼の吟味だ。

 ――つーか、先にギルドに寄っておくべきだったかもしんない。


「すんませーん、ギルドって――」

「向かいにあるよー」

 あー、そうなんだ。

 冒険者関連の建物だから、近くに纏めてるのかね……。


 ギルドには、特にエルフの国っぽさは無かった。

 なんかフツーの感じ。

 職員さんも人間だし。


 入村の届けを出して、次は掲示板へ。

 あれ? 討伐の依頼が1件しか無いぞ?

 狩猟の依頼もほとんど無い――あるのは採取の依頼や労働系の依頼ばかり……。


 参ったな、こりゃ当てが外れたぞ。

 冒険者として働きながら観光――えーと何だっけ? ワーキングプアじゃなくて――なんかそんな名前のヤツをやろうとしてたのに!


「ここじゃ魔物の討伐だの狩猟は兵士がやっちまうから、俺たちにはなかなか出番がやってこないんだよ」

 掲示板を見て頭を抱えていた俺に、ツルツル頭の冒険者が近づいて来た。

 たぶん解説役のモブキャラをしに来てくれたのだろう、ありがたいことだ。


「ただな、見てみろよ――この掲示板に貼ってある狩猟依頼は、エルフが苦手にしている厄介なもんばかりだが、メタルスケイルトカゲや毒炎オオカミに暴風蛾と、俺たち人間なら工夫次第でエルフよりも上手く狩れる魔物ばかりだ。ここはエルフの国だけあって依頼料も高い、腕さえありゃ稼げるぜ」

 なるほど、解説モブ役ご苦労様。


 メタルスケイルトカゲはその名の通り金属の鱗に覆われているので、金属アレルギーのエルフは苦手だろうことは想像に難くない。

 毒炎オオカミと暴風蛾は有機金属を含む毒をまき散らすので、毒そのものは効果が無くともエルフには面倒なアレルゲンとなる。


 ふむ、確かにこれなら俺たち人間にも出番はありそうだ。

 問題は俺に倒せるかどうかだけど。


 メタルスケイルトカゲは金属の鱗に覆われている。

 毒炎オオカミは炎に覆われていて、毒煙をまき散らす。

 暴風蛾は暴風と共に群れで行動し、毒鱗粉をばら撒く。

 ふむ……。


 ――よし、決めた!


 この洞窟シメジの採取にしようっと。


 そもそもソロで狩猟依頼とか、危ないし。


 …………


 宿はとりあえず、大浴場のある1泊2食付きで6800円のところにした。

 大浴場は温泉ではなく、普通のお湯である。


 温泉宿っぽい感じの宿だったので、なんとなく懐かしい気がして宿泊を決めてみたのだが、思ったより食事がイマイチだったので明日からは別な宿にしようと思う。

 大浴場も混浴露天風呂とかじゃ無かったし……。


 風呂上がりに夜の村をウロウロしていたら、ピンク色に光り輝くお酒のマークの看板の付いたお店が目についた。

 一見地味にみえるが、ピンク色の看板……。


 もしやあそこは、エロフ――もといエルフのおねーさんのいる酒場ではなかろうか?

 違うかな?

 イヤ、たぶんそうな気がする――そうに違いない!


 中にはきっと若くて色っぽい、エルフのおねーさんがいるはずなのだ!

 よーし、だったら――。

 おじさん今夜は、オークになっちゃおうかなー。


 いざ入店!

 カランコローン


「らっしゃい」

 そこはマスターらしき細マッチョなおっさんと、静かにグラスを傾ける数人のおっさん客がいる店だった。

 えーと……。


 まぁ、このまま入ってみるか。

 こういう店も嫌いじゃ無いし。


 適当なカウンター席に座って、これも適当に注文をする。

「何かお勧めの酒ってある?」

 こういう店は、変に分かってる感を出さずに素直に聞くほうがいい。

 エルフの国の酒のことなんぞ、どうせ俺にはさっぱりなのだ。


 マスターがすぐ後ろの棚から、シンプルな形の瓶を取り出した。

 そしてこれも、シンプルなグラスに注ぐ。


「どうぞ」

 スッと俺の前に出されたそのグラスに入っていたのは、淡いエメラルド色の液体。

 雑な酒飲みの俺にとっては、まずお目にかかったことの無い色の酒だ。


 口元に近づけてみると、ふわっと軽やかな香りが鼻孔をくすぐる。

 ほのかに春の草原を思わせる香りである。


 少し口に含んでみた――軽い。

 ガツンと来るような酒では無い。

 風の妖精シルフが羽ばたくように、口の中に軽やかな味わいが広がり、鼻腔へと舞いながら抜けるような爽やかな軽さである。


 のど越しには力強さがある。

 これは思ったより、強い酒なのかもしれない。


 物珍しさもあり、1杯目はいつの間にか消えていた。

 何より素晴らしく美味かったのだ。

 俺はマスターに2杯目を頼み、こんどはじっくりと飲むことにする。


 それにしてもこの色、原料は何なのだろう?

 穀物系の酒だとは思うんだが……。


「大豆の酒ですよ」

 俺がしげしげとグラスの中身を眺めていると、マスターが俺の考えていることを読んでいたかのように、そう教えてくれた。


 なるほど大豆ね、枝豆くらいの時に収穫して酒にしているというところか。

 たぶん発酵させて酒にしていると思うのだが、それだけでこんな酒になるかな?


 考えても分かんないので、チラッとマスターを見てみる。

 だが今度はマスターも沈黙して、何も教えてくれない。

 教えてくれないけど聞いてみよう、聞いてもマナー違反では無いだろう。


「この酒って、どうやって造っているんですかね?」

「そこはエルフの秘伝ですね」

 俺の問いにポーカーフェイスで答えた後、マスターは悪戯っぽく笑みを浮かべた。


 ですよねー。


 にしてもこの酒美味いよなー。

 これだからこの異世界は侮れんのだ。


 文明的に遅れてるのかと思いきや、思わぬ技術が隠れている。

 知識チートなんて、できる気がしない。

 まぁ、俺の知識が適当なせいもあるけどね。


 美味いのでお土産にしようと思ったのだが、マスターによると国外には持ち出せないのだそうだ。

 宿飲み用に店売りはしているらしいので、明日にでも何本か買っておくことにしよう。


 つーかアレだよな。

 検査に引っかからない『無限のアイテムストレージ』に入れたら、国外に持ち出せるよなー。


 言っておくが、金儲けのためとかでは無いぞ。

 アルスくんたちへの、お土産にするためなのだ!


 ぶっちゃけ密輸だが、気にするな!


 ――――


 ― 次の日・森の奥 ―


 朝っぱらから酒屋に突撃して、エルフ酒を5本ほど確保した。

 その後ギルドで『洞窟シメジの採取』の依頼を受けて、俺は現在洞窟を目指して歩いている。


 目的の洞窟は大した深さでは無いらしい。

 ただ鉱石が普通に採れるような洞窟なので、金属アレルギーのエルフにとっては嫌な場所なのだそうだ。

 おかげで俺のような人間の冒険者にも出番がある。


 あった、洞窟だ。

 中に入ると洞窟シメジが――あれ? あんまし無いな。


 それでも採取して歩いてみたのだが、なんかギルドで聞いてた話よりずっと少ない。

 困ったな……これでは納品するにも量が足りない。


 となると――

 ここはやっぱ、別な洞窟まで採取に行くしかあるまい。

 ちょっと遠いけど。


 …………


 ――道に迷った。

 確かこっちだと思ったんだけどなー。


 エルフの国――シンナカリン王国の国内は、人間の国とちょっと違って方角が分かりにくい。

 方向音痴では無いはずなのに、ここまで分かりにくいのはどうにも不思議だ。


 いつの間にか丘の上に来ていた、

 案外見晴らしがいいので、中層にある街まで見えている。


 あそこに行けば、刀の情報があるかもしれない。

 でも許可が無いと入れないんだよなー。


 エルフの国の偉い人に認められれば入れるらしいが、生憎俺にはそんな伝手は無い。

 唯一のエルフの知り合いと言えばコロッポルくんくらいのもんだが、あの釣りバカエルフは貴族でもましてや王族などでも無く、平民の職人さんだ。


 何か良い方法は無いもんかねー。

 なるべく早く、あの街に入りたいものだが……。


 まぁ、入るだけなら簡単なんだけどね。

【隠密】と【隠蔽】のスキルを使えば、不法侵入なんて余裕だし。


 やっちゃおうかな?


 実際に洞窟シメジは依頼の量まで見つかっていないことだし、探すのに手間取ったことにして1晩だけあの中層の街に忍び込んでしまおうか?

 武器屋と鍛冶師の品ぞろえだけチェックして、すぐに街を出れば問題無いだろう。


 そうと決まれば野宿の準備だ。

 空はすでに赤く染まっている。


 近くに見えるが、あの街まではあと2日くらいは掛かるだろう。

 先はまだ長い。


 あ、忘れてたけど、ついでに洞窟シメジも探しておかないとマズいよな。


 ――――


 ― 2日後・夜 ―


 俺は【隠密】と【隠蔽】のスキルを既に発動し、シンナカリン王国の中層の街――ナカリングの街の石で作られた防壁の、すぐ外にまで来ている。

 さて、どうするか――。


 門から入ってもいいが、せっかくの不法侵入――もとい潜入なのだから、ここはやはり防壁を乗り越えるてなことをしてみたい。

 という訳で、【吸着】のスキルをオンにしよう。

 これで俺の体は、壁に自由自在に吸着できるようになった。


 俺は石の防壁をスイスイと登る。

 頭の中には、某不可能ミッションを遂行するスパイ映画のBGMが流れている。

 なんか楽しい。


 上まで辿り着くと、ナカリングの街の中が見えた。

 うわー、表層と全然違うじゃん。


 防壁の外からも見えてはいたが、街の中は所狭しと巨木がそびえ立っていた。

 そしてエルフの人々は、巨木たちの幹や枝に住まいを作って住んでいる――まさにこれぞ森のエルフといった、森と一体化した街である。


 これ普通の人間だと、移動するだけでひと苦労だな……。


 だが俺には【吸着】のスキルがある。

 壁から木へと飛び移って――ゴチン――痛てぇ、膝ぶつけた……。

 ま、まぁ、普通の人間よりかは移動しやすいかな?


 くっそ、ぶつけた膝が痛てーよ。


 人通りが少なくなったところで、本格的に行動開始。

 武器屋でも工房でも、とりあえず見つけたほうに先に潜入しよう。


 大木の中腹に、弓と矢と剣を描いた店があった。

 これがたぶん武器屋だろう。


 中にエルフの気配は――あるな、1人だけ。

 たぶん奥の部屋にいる。

 今日の売り上げの計算でもしているのかな?


 まぁ、バレなきゃいいさ。

 ヌイルバッハ侯爵家の城で、2人も警備の兵士のいる部屋に侵入した実績のある俺にとっては、こんなもん大したことは無い。


 見つからなければ、どうということは無いのだ。


 さて鍵開けを――ふむ、ラッチボルトを固定する旧式のタイプか。

 これならカード1枚で空いちまうな。

 こんなもんが現役で使われてるってことは、エルフの国ってのはよっぽど治安がいいと見える。


 カードを差し込んで~♪ ラッチボルトに引っ掛けて~♪ 引っ張る!

 スッとカードが入り込み、引っ張ると同時にカチャリと軽い音がして鍵は外れた。

 おっと、音がしちまったぜ。

 こいつぁ、うっかりだ。


 念のため、中の気配をうかがう。

 ――よし、気づいて無いようだ。


 こんどは音がしないように扉をゆっくり開けて、と――おじゃましまーす。


 店の中には、武器が整然と並べられていた。

 木の上に店があるせいか、揺れてもいいように全て固定されている。


 俺は店内にあった細長い武器を、剣に限らず片っ端から見て回った。

 無い……無い……無い……。

 やっぱり刀は無い、全部剣だ――当然だが金属では無い、魔物素材を加工した剣。


 こっちの部屋は倉庫だな。

 もしかしたら売り物にならないから、倉庫に入れっぱなしということもある。


 てなことで倉庫へ。

 ――やっぱり刀は無い。


 本当は店の人にも聞きたいところだけど、今は不法侵入の身。

 ここは我慢して、店の中を見られただけでも良しとしよう。


 次に探すのは武器を作っている職人の工房だ。

 これがまた、たくさんの大木の中に立体的に建物が配置されているので、確認しに行くのがいちいち面倒臭くてたまらん。


 ようやくそれらしき建物を見つけた時には、もう俺の手足はヘロヘロになっていた。

 つーか、これじゃなかったらもう俺の心は折れるぞー。


 鍵は10桁のダイヤル錠。

 っておい、中に人がいるのにダイヤル錠を掛けんのかよ


 まぁいい、エルフの事情に関しては俺の知るところでは無い。

 ダイヤル錠を開けてしまおう。


 実はダイヤル錠の信頼性とは、桁の多さでは無い。

 いかに隙間が少ないか、ロックに使う部品の精度が高いかである。


 隙間があったり精度にバラつきがあると、ちょっと工夫して回せばそれぞれの番号を特定できるのである。

 目の前のダイヤル錠はなかなかの精度のつくりであったが、俺の【鍵開け】のスキルの前では簡単なパズルのようなものだ。


 扉を開いて、お邪魔しまーす。


 工房の中の作りかけの武器や様々な図面を、片っ端から見て回る俺。

 うーむ、やっぱし無いなぁ……。

 となると――。


 あとは中に人がいる部屋と、その奥の部屋か。

 奥の部屋が怪しいと言えば怪しい。


 中に人がいる部屋には鍵が掛かっていなかったので、こっそり開けて中を見てみた。

 どうやら椅子に座ってうたた寝をしているらしい、どうやら老人のようだ。


【隠密】と【隠蔽】のスキルをオンにしたまま部屋に入り、奥の部屋への扉へと向かう。

 ちょうどうたた寝しているエルフの爺さんの背中側なので、大きな音を立てるようなヘマさえしなけれけば気づかれることはまずあるまい。


 うわー、ここにきて本格的な鍵が現れたぞ。

 錠前外しの道具が無いと、外せんぞこれ。


 だがしかーし、こんな事もあろうかと!


 俺の『無限のアイテムストレージ』の中に、念のため錠前外しの道具を入れておいたのだ!

 しかも10セットも。


 音を立てないように取り出して……音の出ないように鍵をゆっくりと外す。

 ほんの微かな音もせず、扉の鍵は開いた。

 これで中に入れる。


 中に入っていたのは……どうやら武器を作るための、魔物とかの素材。

 ここにも無し、か――こりゃ刀の話は眉唾だったのかもしれないなー。


 その時、ガラガラと警報が鳴った。

「泥棒だ! たぶん気配を消してる! 出口に隙間を開けるんじゃないぞ!」

 うたた寝していたはずの爺さんが、シャキッと立ち上がって何やら外へと叫んでいた。


 嘘だろ! 何でバレた!


「了解だ!」

「隙間を開けるな!」

 どうやら警備の兵士が来たらしい。

 ヤバい、このままでは出口が塞がれる!


毒球(ポイズンボール)!」

 声で存在することはバレてしまうが、捕まるほうがマズい。

 毒球(ポイズンボール)の毒は麻痺毒にしてあるので、死人は出ないはずだ。


「よし、ふさいだぞ!」

「槍で少しずつ空間を刺していけ!」

「第二陣、準備良し!


 あれ? なんかこいつら、毒が効かないんですけど?

 つーか、俺の身が危ない気がするんですけど!?


【真・暗殺術】で皆殺しにして脱出することも、できるとは思う。

 だがそれをやると、不法侵入が強盗殺人になってしまう。

【便意の魔眼】を使っても、たぶんこいつら兵士は漏らしながら戦う訓練だってしているはずだ。


 うーむ…………とりあえずお縄についておくか。

 もしかしたら、罰金程度で済むかもしれないし……。


 もしも後々ヤバそうになったら脱出して、エルフでも追って来れない魔物ウヨウヨの森にでも逃げるさ。


 もっとも――。

 すぐに殺されなければ、の話だけど……。


 大丈夫だよね? エルフって文化人らしいし。


 不安だから、誰か大丈夫だと言って。

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