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ダンジョンの攻略

 ― ダンジョン17階層 ―


 ここはダンジョンの中。

 攻略のためのダンジョンアタックは、3日目に突入している。


 前回のダンジョンアタックでは、宝箱を見つけそのおかげで冒険者5人組に襲われそうになるなんてハプニングもあったが、今回のアタックではそんなことも無く、今のところ順調そのものだ。


 本当は2~3日くらい間を開けてからダンジョンに潜りたかったのだが、何やら世間様の俺のことを『すごい人』のように見る視線に耐えられず、つい急いでダンジョンに逃げてしまった。

 すごく見えるのはダンジョンの中だけなので、本当は『特定の条件下ですごい人』っぽいだけなのだが……。


 絶対これ、尾ひれのついた噂が独り歩きしてるよなー。


 俺の【真・腹時計】のスキルによるとそろそろ昼なので、セーフティーゾーンを探しながら適当マッピングをしつつ、この17階層を攻略していたのだが――。


「ん? 宝箱か?」


 そう、俺の【お宝感知】に反応があったのである。


 ここ17階層まで来ると冒険者はほとんどいなくなる。

 深く潜っても魔物から得られる魔石の質はそれほど上がらないので、魔石で稼ぐのが目的の連中はもっと浅い階層で活動しているのだ。

 それでもやはり宝箱は早い者勝ちではあるので、できるだけ急いで向かうべきだろう。


 宝箱のある場所をマッピングしながら探してみたが、どうやら直接はその場所には行けなさそうだ。

 となるとやはり、どこかに隠し通路があって宝箱のある場所に繋がっているか、もしくは前回見つけた宝箱のように入口が上下のどちらかにあるというパターンかもしれない。


 今度は注意深くダンジョンの壁をチェックしながら歩く。

 どこかに宝箱に通じる隠し扉があるかもしれないのだ。


「あった」

 俺はその壁を見つけて、ニンマリと笑顔になった。

 気づいたのは色。

 そこだけ周囲の壁と比べて、微妙に色が濃かったのである。


「こりゃ普通の冒険者じゃ、そう簡単には気づけんわなー」

【暗視:極】のスキルを持つ俺だから気づけたが、こんなもん松明や【光球(ライト)】で視界を確保している冒険者にはものすごく分かりにくい。


 つーか、ソロ冒険者になったせいで、ぼっちおじさん時代の独り言の癖が復活してきたな。

 まぁ誰に迷惑を掛けるでも無し、別にいいか。


 さて、とりあえず隠し扉は見つけた。

 あとはどうやって開けるかだ。

 鍵のようなものは無いようだから――。


 押してみる――動かない。

 引っぱる――動かない。


 ふむ……実はスライド式とかいうネタかな?


 右に動かそうとした――動かない。

 左に動かそうとした――動かない。


 ならば上だ!――動かない。

 じゃあ下とか?――動かない。


 となると、どこかにスイッチのような物が……。


 壁を探す――無い。

 床――無い。

 まさか天井とか――無い。


 どうすりゃいいんだこれ?

 もうとっくに昼の時間も過ぎて腹も減ってるし、だんだんイライラしてきたぞ。


 あっちこっち触って押して引いて蹴って叩いてみる。

 反応無し。


「あーもう、どうすりゃいいんだよこれ」

 へたり込みたい自分をなんとか抑える。

 ダンジョンの中でうっかり長時間動かずにいると、ダンジョンに吸収されてしまうのだ。

 ちなみにこの現象を冒険者たちは『10分ルール』とか言っている。


「はぁ~」

 溜息をつきながら、隠し扉の前をウロウロ。

 いいかげん開けないと他の冒険者が来てしまうかもしれんし、急がねば。


 だがどうすれば……?

 いいかげん考えるのに疲れてしまった俺はついつい――。


「あー………………ひらけゴマ」

 なんぞと棒セリフを吐いてしまったのだが――。


 ズズズズ……。


 隠し扉が開いてしまった。

 おいこら……。


 一応、確認と検証はしておこう。

「閉じろ」

 ズズズ……。

「開け」

 ズズズ……。


 うむ、どうやらこの隠し扉は、音声での指示で開閉するらしい。

「……って、ふざけんなコラ!」


 ダンジョンの隠し扉に音声ってどうなのよ!?

 クソゲーじゃねーか!

 コントローラーのマイクに話しかけろってか!


 ハァハァ……。

 思わず憤って興奮してしまった。

 まぁ、とりあえず開いたのだから、これはこれで良しとしよう。

 でないと血圧が上がる。


 隠し扉の中は、意外にもけっこう広い空間だった。

 そして空間の向こう側の端に、ポツンと宝箱が鎮座している。


 てっきり隠し通路があって宝箱まで続いていると思っていたので、正直ちょっと驚いた。

 罠でもあるのかと思いきや、そんな気配も無い。

 もちろん魔物もいない。


 隠し部屋へと入ってみた。

 あちこちじっくり見ても、宝箱以外は特に何もない。


 まぁいいんだけどね、特に何も無いなら楽だし。

 ほいじゃ、宝箱の鍵でも開け――。


 宝箱に手を伸ばそうと近づいた瞬間、何も無かったはずの部屋が魔物の気配で埋め尽くされた。

 ズズズズ……と、扉の動く音が聞こえる――閉じ込められたのか!

 振り向くとそこには、スケルトンとゾンビがびっしりと――。


 モンスターハウスだ!!


 嘘だろおい! さっきまで魔物の『魔』の字どころか、気配すら無かったんだぞ!

 どっから湧きやがったこいつら!


 考えている暇はない。

「【不死者消滅(ターンアンデッド)】!」


 聖属性の光が部屋を爆発的に制圧する。

 光に包まれたアンデッドたちが、あっという間にサラサラと崩壊していく。

 やがて光は収まり――再び暗闇となった部屋は、所狭しと魔石が落ちている空間となった。


「あー…………びっくりしたー」

 俺だからびっくりしたで済んでいるが、こんなもん普通の冒険者パーティーとかなら全滅しかねん。

 なんつー凶悪な仕様だよこれ。


 それにしても本当に、アンデッドたちはどこからやってきたのだろう?

 出てくる前に気配を全く感じなかったということは、まさかどこからか転移してきたとか?

 それともさっきの瞬間、この部屋にいきなり発生したのか?


 さっぱり分らん。

 たぶん考えても答えは出ないな。

 とりあえずそういうもんだと考えて、この先もダンジョンを進み続けるしか無い。


 気持ちを切り替えて、宝箱を開けよう。

 それと面倒だが、魔石も拾わにゃならん。


 俺は大して運動もしてないが精神的に疲れてしまったので――。


『よっこらせ』と独り言を口にしながら、宝箱へと再び手を伸ばしたのであった。


 …………


 ― 20階層 ―


 宝箱の中身は『槍』だった。


 みかんのダンボールサイズの宝箱にそんなもん入るのか? と疑問に思うだろうが、そこはダンジョンという不思議空間。

 箱の底が深く地面に食い込んでおり、縦長の空間を確保していた。


 おかげで俺は長さ約2mの槍を、宝箱から『あ、なんか長げーし』と思いつつ引っぱり出すこととなったのである。

 とりあえず俺は槍を使うスキルを持っていないので、宝箱から出てきた槍は売り払う予定だ。


 で、今の俺は何をしているかと言うと――。

 悩んでいる。


 晩メシも食い終わり、現在は午後9時。

 このまま一気に最下層である21階層へ潜るか、それとも今日はもう寝て明日の朝にしようかという悩みだ。


 テンションが上がっているので眠くは無い。

 それほど疲れてもいない。

 明日のコンディションのために、休んだ方がいいかなという程度だ。


 行っちゃおうかな?

 セーフティーゾーンが見つかったら、寝ることにして。

 うむ、それがいい。


 そうと決まれば最下層――21階層へ出発だ。


 …………


 21階層へと降りてすぐに、アンデッドのお出迎えがあった。

 オーガゾンビの群れである。


 最下層の魔物ではあるが、例の星形の魔石を落とす特別なヤツでは無い。

 20階層にも出てくるノーマルなアンデッドだ。

 もちろん瞬殺。


 星形の魔石を落とすのはメタルスケルトンウォリアーというアンデッド。

 遭遇率はそれほど高くないので、出くわすまではサーチ&デストロイを繰り返すしかない。


 21階層をウロウロしながらアンデッドを瞬殺し続けていると、ようやくメタルスケルトンウォリアーを見つけた。

 イヤ、見つけたと言うと語弊があるな。

 どっちかっつーと、向こうのほうが俺を見つけて近づいてきてくれたのだから。


 メタルスケルトンウォリアーは金属でできた骨のアンデッドで、近接武器を振り回す魔物だ。

 弱点はアンデッドなので聖属性。

 硬くて熱の高低にも強く状態異常にも強く、かなり強い。

 まぁ、聖属性が弱点な時点で【不死者消滅(ターンアンデッド)】の一撃で消滅するんだがさ。


 という訳で、俺の目の前には既に星形の魔石が7つ落ちているのだ。

 何故だか北斗七星の形に……。


 これはアレかな?

 次にメタルスケルトンウォリアーに出くわしたら、【不死者消滅】をぶっ込む前に『お前はもう、死んでいる』とか言っちゃえって話かな?

 アンデッドだけに……。


 とにかく、このダンジョンアタックの目的である、星形の魔石は手に入れた。

 つまり――。

 これで俺も『ダンジョン踏破者(マスター)』になったのだ!


 ――おっといかんいかん、気を引き締め直さねば。

 宿に帰るまでが、ダンジョンアタックなのだから!


 よし、セーフティーゾーン探そう。


 …………


 セーフティーゾーンを探して21階層をウロついていると、【お宝感知】に反応があった。

 これって……また宝箱か?

 この21階層では冒険者の気配は感知していないが、念のため早めに確保しといた方がいいよね。


 もう眠いけど。


 宝箱はそんなに探す必要も無かったくらい、すぐに見つかった。

 今までのは何だったのかというくらいの、一本道の通路の行き止まりという場所。


 ただし、その一本道は罠で埋め尽くされていたが……。

 まぁ、むしろ今までよりは正統派の嫌がらせな気もしないでも無いが。


 俺の【罠解除】のスキルが唸りを上げ、一本道を埋め尽くしてた罠はすべて解除された。

 ものすごーく簡単な気もするが、これたぶん普通なら数時間はかかるのだろう。

 その間にアンデッドたちの襲撃もあるだろうから、宝箱まで辿り着くのは普通はけっこう大変なのかもしれない。


 宝箱にも罠があったので罠と鍵を解除し、パカッと開ける。

 入っていたのは金属製の――これは『鍋の蓋』か?

 ――はい?


 確かダンジョン案内の小冊子には、宝箱に入っている者は『宝石・貴金属・金属塊・武器・防具』と書いてあったはず……。

 じゃあこの『鍋の蓋』は――まさか『盾』か!?


 イヤ、まぁ、確かにRPGの初期装備とか最初の防具屋では、『鍋の蓋』が『盾』のカテゴリーだったりするけどさー。

 これ……ダンジョンの最下層の宝箱から出てくるとかは、さすがにどうなのよ?


 解せぬ……。


 うーむ……しっかし、どこからどう見ても『鍋の蓋』だよなー。

 まだ木じゃなくて金属なだけ――あれ? 待てよ?

 ――似ている気がする。


 この質感、この光沢……まさか!

 俺はアイテムストレージの中から、スマホを4つに分割したくらいのサイズの、インゴットを取り出した。


 そう――最初の宝箱から出てきた、ミスリルのインゴットを。


『鍋の蓋』と見比べてみる。

 ――同じだ。

 やはりというか何というか、同じだ。


 つまりこれはただの鍋の蓋ではなく――『ミスリルの鍋の蓋』ということである。


 うわー、なんて微妙な……。

 つーか、別に鍋の蓋じゃなくても、普通にミスリルの盾でいいじゃん。

 防御力は高いかもしれないけど、形状的に盾としては使いづらいぞこれ。


 ……まぁいいけどさ。

 ミスリルだから、資産価値はあるし。


 つーかいいかげん、セーフティーゾーンを見つけないと。

 そろそろマジで眠い……。


 あー、なんかもう日付変わりそうだし。


 …………


 起きた。

 俺の【真・腹時計】によると、時刻はもう午前11時17分26秒……。

 うわー、もうじき昼じゃん。


 やや11時間近く眠ってた計算か――やっぱ楽々ダンジョン踏破してたつもりでも、けっこう疲れ溜まってたんだなー。

 あー、メシ食わないと。


 朝メシは~何を食べようか~――違うか、時間的にもう昼メシか。

 昨日の夜は魚だったから……肉にすっかな肉。

 昼間っから肉行っちゃう?


 ど・れ・に・し・よ・う・か・な。

 よし、鹿肉にしよう。


 薄切りにでもして、ちゃちゃっと肉野菜炒めでも――あ、野菜がもう残り少ないぞ。

 ゴボウにダイコン、あとニンジンとサトイモ……根菜類ばっかしじゃん。

 葉っぱ系が無いな……。


 今回のダンジョンアタック、急いでたからちゃんと準備できて無かったんだよなー。

 八百屋だけでも寄っておくべきだったか。

 ふむ……こういう時は――。


「【アイテムスロット】~♪」

 ててれてってれ~♪


 半透明の筐体が浮かび上がる。

 本当はお腹の当たりにくっつけた袋から取り出す演出などしたかったのだが、そういう仕様なので仕方あるまい。


 まぁいい。

 早く『食品アイテム』のスロットを回して、野菜をゲットしてしまおう。


 こういう時アルスくんがいると便利なんだけどなー。

 アルスくんが回すと、だいたい野菜を出してくれるからさー……。


 と、言う訳で。

 銀貨1枚――1000円を投入だ。

 そしてレバーオン!


 ぐるぐるぐるってリールが回る。

 できればキャベツが欲しいなー。


 そして左のリールが停まったのだが――。


<カップラーメン> ―回転中― ―回転中―


 おっしゃ! カップラーメンキタ――――(・∀・)――――!!

 よし、昼飯はこれで決定だ。

 肉は中止。


 あとは缶コーヒーでも来てくれれば最高、つーか来い!

 で、真ん中のリール停止。


<カツプラーメン> <カップうどん> ―回転中―


 おっとカップうどんか……これもいいぞ、キツネかタヌキどっちだ?

 そして最後、右のリールが停まった。


<カップラーメン> <カップうどん> <カップ焼きそば>


 おおっ! これは!


 しばし待つ………………ん? あれ?

 ……これってコンボとかになんないの?


 もうちょっと待つ。

 だが脳内アナウンスは無い。


 ……ふむ、やっぱコンボになんないんだ。

 駄目かー、もしかしたらカップ麺の詰め合わせとか手に入るかと思ったのに。


 まぁいい。

 詰め合わせは手に入らなかったが、これは十分魅力的なラインナップだ。


 ということで――。


 朝メシも食って無いから、2食分食べようっと。

 お湯を沸かしてー、袋から出して――。


 あ、このカップラーメンてば1.5倍のヤツだ。

 これ食べちゃうと他のが食べられなくなるから、これはまた今度にしよう。


 カップうどんは――おし!キツネだ。

 俺キツネうどんのが好きなんだよねー。


 そしてカップ焼きそばは――ほう、中華スープ付きのヤツか。

 これはこれで好き。


 おっと、お湯が沸いたぜ。

 うどんと焼きそばのフタ開けて~カップに注いで~♪


 そして3分待つ!――違った、うどんのほう5分だった。

 起動せよ! 俺の【真・腹時計】式タイマーよ!


 ……………………3分経過。

 焼きそば良ーし。

 マグカップにスープの粉入れて、湯切りのお湯を注ぐ。

 余分なお湯はダンジョン内にジャーっと捨てる。


 ソースをラーメンと混ぜて、ふりかけ振って――いただきまーす!

 イヤ、マジ久しぶり、うめー!


 こっちにも普通に焼きそばはあるんだけど、カップ焼きそばはまた別ものなんだよねー。

 あ、5分過ぎたし。


 うどんは後回しー。

 とりあえずフタだけ開けとくね。

 待っててね、うどんくーん――待てよ、うどんちゃんのがいいかな?


 そんなどうでもいいことを考えながら、カップ焼きそばを堪能。

 あー……久々の中華スープも美味いし……。


 うむ、完☆食。


 あとはカップうどんなのだが――けっこう腹いっぱいになっちゃったな。

 だが食う!

 頑張って食う!

 頑張って食ったんだけれど――。


 駄目だもう食えん……。

 まいったなー、俺もずいぶん胃が小さくなったもんだ。

 若い頃はカップ焼きそばやカップうどんの2つくらい、軽~くペロッと平らげてたもんだが……。


 時の流れとは無常なものだな……。


 まだ麺も1/3くらい残っている。

 つゆも半分くらい残っている。

 勿体ないけど、取っておいて続きを食べるというのもなんか貧乏くさいよなー。


 誰が見てる訳でも無いので、やっても特に問題は無いんだけどさ。

 そこはほら、なんとなく。


 よし決めた。

 無理に食うのは止めて、残りは勿体ないけど捨てよう。


 捨てるとなれば、ダンジョンは便利な場所♪

 そこらに捨てちゃえば、ゴミだろうが何だろうが吸収してくれる。

 なんて衛生的な場所なんでしょう。


 ということで――。

 食べ残しのカップうどんと、空いたカップ焼きそばの容器は、セーフティーゾーンを出たダンジョンの床に置いておこう。

 さぁ、吸収するが良い。


 そういやダンジョンが何か吸収するところって、ちゃんと見たこと無いな。

 よし、ここはじっくり観察してみよう。


 置いてから、時間にして10分と26秒。

 食べ残しのカップうどんと、空いたカップ焼きそばの容器が、まるで水に沈むようにダンジョンの床に沈み始めた。


 うおー、マジで吸収されてるよ……。

 約1分で、ダンジョンの床は何事も無かったように元に戻った。


 うむ、良いものを見た。

 昼メシも食ったし――。


 そろそろダンジョンからの脱出を、始めるとしますか。


 …………


 20階層に上った。


 あれ? この反応って……。

 ほんの少し離れた通路の突き当りに、それはあった。


 宝箱だ。


 隠し部屋とかでは無い、普通の通路の行き止まり。

 罠すら無い、ただの通路。


 昨日まで無かったのだから、今日湧いたってことか?

 しかもこんな簡単な場所に。

 なんという幸運でしょう♪


 早速宝箱へ。

 うわー、鍵も掛かってねーし。

 パカッとな。


 そこに入っていたのは、1ℓの牛乳パックサイズのインゴット。

 この質感と光沢は――またミスリルか?

 なんか俺ってば、だんだんミスリル長者になってきてる気がする。


 つーか、こんだけミスリル持ってたら、武器とか作りたくなるよね。

 ミスリルの刀とか、ミスリルの短刀とか……。


 エルフの国に、マジで刀を打てる職人さんとかいないかなー。

 あ、でもエルフは金属アレルギーでミスリル扱えないから、どっちみち駄目か。

 世の中、上手くいかんもんだ。


 ――そして19階層。


 また宝箱の反応があった。

 しかもまた、すごく分かりやすく取りやすいところに。

 は? マジか?


 また鍵の掛かっていない宝箱をパカッと開け、中身を取り出す。

 今度は戦槌(ウォーハンマー)が入っていた。

 頭のところに、何やらパチパチと放電するエフェクトのあるやつ。


 属性武器ってヤツだね。

 だがこれは俺には使いこなせぬ。


「あー、これならミスリルとかのインゴットのほうが、嬉しかったなー」

 思わずそんな愚痴をこぼしてしまったが、これはこれで売っ払えばけっこうな金になるのでありがたい。

 老後の資金は、あるに越したことはないのだ。


 ――さらに18階層。


 また宝箱がすぐ近くにあった。


 さすがにここまで続くと、俺もこれは異変なのだろうなと気付いた。

 つーか、21階層からここまでのルートで、俺は1度も魔物に出くわしていない。

 まるで魔物に避けられているかのように――これだってあまりにも不自然だ。


 そして宝箱の中に入っていたのは、金属のインゴット。

 まるでさっきの俺の独り言に、応えたかのように……。


 何がどうなっているのか?

 ダンジョンの中で足を止めるのは危険なので、歩きながら考える。

 思い出したのは、ダンジョンについての考察の1つ。


 曰く――ダンジョンは生きている。


 たぶんこれが正解だったのだ。

 ダンジョンは生きている――なので俺がカップうどんの食べ残しを吸収させてしまったから【真・餌付け】のスキルが発動して、ダンジョンに懐かれてしまったのだ。


 人類以外の全ての生物に効果があると、確かに説明にはあったが――。


 まさか、ダンジョンまで『餌付け』できるとはな……。


 …………


 ― 1階層 ―


 そこからの帰路はもう、お気楽なものであった。


 各階層ごとに宝箱が出てきたので、片っ端から開けると全部インゴット。

 ミスリル以外のは良く分からんが、鉄とかでは無さそうだった。


 魔物の類は近づいて来もしないので、結局1度も遭遇していない。

 まるでお散歩コースのように安全な地上への道のりという、帰り道は不思議なダンジョンだった。


 なんか違うなとは思いつつ、俺は食事のたびに残ったメシをダンジョンに喰わせて、さらに餌付けをしながらこの1階層まで戻ってきたのである。

 餌付けするたびに宝箱から出るインゴットが大きくなったり種類が変わったりしていたので、たぶん最後のほうに出てきたぼんやり光る金属なんかは、かなり高価な物な気がする。


 そんな、ちょっと他人と違うダンジョンアタックも、ようやく終わりだ。

 もうダンジョンの出入口が見えている。


 地上の光も久しぶりだなー。

 もう夕方だから、日差しが少し赤いや。


 入る冒険者も列をなしていれば、当然出る冒険者も列をなすこととなる。

 たとえ『ランク:銅』冒険者であろうとそれは例外ではなく、俺もダンジョンの外へ出ようと列に並ぶ。


 並んでいる連中は、疲れた顔をしているが同時に安堵の表情もしている。

 みんな安全マージンは取ってダンジョンへと入っているはずだが、やはり確実に無事に出られる保証など無い場所から出られるというのは、ホッとするのだろう。


 列が少し進んで、あと30mも進めば出口というところまで来た瞬間、それは起こった。


「うおっ! なんだおい!」

「急に暗くなったぞ……」

「おい出口! 出口どこ行ったよ!」


 そう、いきなりダンジョンの出入口が消えたのである。


「まて、みんな落ち着け!」

「灯りを増やせ!」

「まだ、あわてるような時間じゃない」


 こういう時のベテラン冒険者は頼りになる。

 冒険者たちに落ち着いた対処をさせて、どうやらパニックは回避できたようだ。


 少し落ち着いたところで、そこにいた冒険者たちでどう対処するべきかの話し合いが始まった。

 ただ話し合うにも前代未聞のことらしく、結局すったもんだモメたあげく、1階層を探索して別な出口を探しつつ外からの助けを待つこととなった。


 つーか、これが前代未聞の出来事ということは、やはり俺がダンジョンを餌付けしたのが原因だろうか?

 だろうねー、たぶん。

 ならばやってみることはとりえず1つ。


 後ろに1歩2歩3歩――あ、ごめん足踏んだ――4歩5歩6歩7歩……。


「空いたぞ!」

「出口だ!」


 やっぱりか……。

 試しに1歩前へ。


「また出口が消えた!」

「もうだめだぁー!」

「あきらめるな! あきらめたら、そこで試合終了だぞ!」


 やっぱ出入り口が閉じてしまったか……。

 ごめん、今すぐ1歩後ろに下がるから。


「また開いた!」

「今の内だ! 急いで外へ出ろ!」

 俺が下がったとたんにダンジョンの出入口が開き、中にいる冒険者たちが我先にと雪崩を打って外へと脱出していく。


 ――さて困ったぞ。

 たぶんダンジョンに懐かれ過ぎたんだな、これは……。


 まさかダンジョンの『餌付け』が、懐かれ過ぎて出してもらえないという事態を招くとは……。

 このままでは他の冒険者連中はともかく、俺はこのダンジョンから出ることが出来ない。


 試しに【隠密】と【隠蔽】のスキルを使って、出入口へと1歩進む。

 ――閉じてしまった。

 やはり無理か。


 気配やら何やらを消したところで、こちらはダンジョンの内部に足を着けているのだ。

 触れている段階で、バレずに済むわけが無い。


 ならばどうする? 空中を移動するか?

 だが俺は宙を飛ぶスキルも魔法も、生憎持ち合わせてはいない。

 噴射のブーツでのホバー移動も、噴き出す空気の圧力でバレるだろう。

 他に空中を移動する方法は――ふむ、無くも無いか。


 俺は出入口から少し離れて、下から登ってくる冒険者を待つ。

 やがて6人組の冒険者たちがやってくるのが見えた、レベルがそんなに高くは無さそうだが贅沢は言ってられん。


「あー、ちょっと頼みがあるんだが」

 俺が声を掛けると、若干不審な顔をしながら6人組の冒険者たちが停まってくれた。

 俺はそいつらに、紙に書いた頼みを読んでもらう。

 声に出すと、ダンジョンに聞かれてしまうからだ。


 ――――――――――――――――――――

 声に出さずに読んで欲しい。

 誰でも構わないので、俺をこの場所からダンジョンの出入口へとぶん投げてもらいたい。


 壁や床・天井には接触しないように頼む。

 あと、出入口にはこれ以上近づかないようにしてくれ。


 報酬は1万円出す。

 繰り返すが声は決して出さないよう。

 ――――――――――――――――――――


 これを読んだ冒険者の1人が、任せとけとばかりに右腕に力こぶをつくり、ペチペチと左手で叩いた。

 ほっそりした若い女性だが、獲物が戦槌(ウォーハンマー)なところを見ると筋力はあるのだろう。

 ファンタジー世界は数値で能力が決まるので、見た目はあてにならない。


 大銀貨――1万円を力こぶを作った冒険者に渡すと、そいつはニヤリと笑みを浮かべて大銀貨を懐に入れた。

 そして俺の後ろに回り、襟首とベルトを掴んで持ち上げ――へ? もうぶん投げるの?


 俺はほぼノーモーションで、ぶん投げられた。

 壁にも床にも天井にも当たらず、見事に一直線に。


 さぁどうなる?

 さっき歩いて近づいた時は、約30m手前で出入口が閉じてしまったが……。

 ――って、今度もやっぱり閉じるし!


 重力に逆らい一直線に飛ぶということは、それだけ速度が速いということである。

 つまり俺は、閉じてしまった出入口へと高速で叩きつけられることに……。

 なんでこんなに思いきりぶん投げたんだ、冒険者よ! あとなんで加減してもらわなかった、俺!


 やべぇ! 激突する!

 せめて足からぶつかりたいともがくが、体勢が全然思うようにならん!

 駄目だぶつかる!


 ボヨーン


 あれ? 痛くないし……。

 何が起きた?


 そのまま塞がった出入口の下にボテッと落ちた俺は、立ち上がって出入口だった壁に触れてみる。

 柔らかい……。

 どうやらダンジョンが俺に怪我をさせまいと、柔らかく弾力のある壁にしてくれたらしい。


 ありがとうダンジョン、その心遣いは嬉しいよ。

 だけどなダンジョンよ……どっちかっつーとその心遣いは、出入口を閉じないという方向で示して欲しかったぜ……。


 俺をぶん投げた冒険者のいるパーティーが、出入口が閉じてパニクっている。

 あぁ、すまぬ――今すぐ出入口から離れるから、ちょっと待ってね。

 俺が離れれば、すぐに開くはずだからさ。


 俺が30mほど離れると、やはり出入口は開いた。

 パニクってた冒険者たちは、ほっとした様子でダンジョンの外へと駆け出していった。


 さて、ここからだ。

 ダンジョンを餌付けしてしまい、懐かれ過ぎてダンジョンに外へ出してもらえないという冗談みたいなこの状況――。

 たとえファンタジー世界でもさすがにこの展開はどうよと思えるこの状況を、どうやって打破しようか……?


 強行突破は無理。

 気づかれないように出るのも無理。

 あと可能性があるとしたら――ふむ、試してみる価値はあるか……。


 俺が試してみようと思った策、それは――。

【便意の魔眼】

 である。


 さっきぶん投げられた時に思ったのだが、ダンジョンは俺のことを監視しているように思える。


 俺は空中をぶん投げられていたのだから、ダンジョンは触覚で俺の位置を確認していた訳では無い。

 また冒険者との意思疎通は文字によるものなので、音声認識のできるダンジョンと言えども話を聞かれて対策をされたということもあるまい。


 なのでダンジョンは、俺を()()出入口の開閉をしている可能性が高い。

 見るということは視覚があるはず――ならば【便意の魔眼】のスキルを使えば、ダンジョンにだって効果があるかもしれない。


 餌付けできるのだから、ダンジョンは生き物だ。

 生き物ならば排泄だってするはず!

 ここはダンジョンの内部、体内のようなもの――ならば体内にいるこの俺だって、【便意の魔眼】の効果で外へと排泄されるかもしれない!


 ――うむ、なんかこれだと自分がウ〇コみたいだ。

 つーか、ダンジョンにとって自分がウン〇であってほしいと願っているのが、なんか情けない。


 だが、今はそんなことを言っている場合では無い。

 俺はどんな手を使ってでも、ダンジョンから脱出するのだ!


 てな訳で……【便意の魔眼】、発動!

 俺はどこからダンジョンの視線が来ていてもいいように、ダンジョン内部をまんべんなくねめつけた。


 数秒後――。

 ズゴゴゴゴゴーっと地響きがして、ダンジョンが揺れ始めた。

 成功だ……ダンジョンは思い切り便意をもよおしたのだ!


 あとは俺が排泄されるのを祈るのみ!


 ダンジョンの揺れが、ますます激しくなってきた。

 あまりにも激しすぎて、俺ももう立っていられない。


 腹ばいになって動けなくなっていると、いきなり目の前の床からドロッとした頭蓋骨が飛び出てきた。

 あとなんか腐っているっぽい肉とか、変形した大腿骨らしき骨とか……。

 あれ? これってダンジョンに出てくるアンデッドの、骨とか肉なんじゃね?


 一度飛び出てきたら、もう止まらない。

 もう次から次へと骨やら腐った肉やらがドンドコドンドコと――そうか分かったぞ、これはきっとダンジョンの便なのだ!

 この肉と骨が正常に排泄された時、それがダンジョン内でのアンデッドの発生となるのだ!――たぶん。


 ふむ……それだとダンジョンに潜っている冒険者たちは、日々排泄物と戦っているということに……。


 そんなことを考えているうちにも、ダンジョン内には腐った肉やら骨やらが溢れてきている。

 マズいな、このままでは肉と骨に埋もれてしまう……。


 下の階層からも腐った肉と骨と冒険者が押し流されてきた。

「助けてくれー!」

「何なんだよこれは!」

「溺れる!」


 なんかすまんね君たち、巻き込んでしまって……。

 ぶっちゃけると、他にも冒険者がダンジョン内にいるというのをすっかり忘れてたよ。


 俺たちは腐った肉と骨に、ダンジョンの出入口へと押し流されていく。

 あぁ……だんだん圧迫されて苦しく――。


 その時、ようやくダンジョンの出入口が開いた。

 まるで必死に我慢していたものが、限界に達してしまったように……。


 ブボアァァ!


 俺は外へと押し流された。

 おそらくは、ダンジョンの排泄物と一緒に。

 というより、未消化の排泄物として。


 俺が排泄された後も、ダンジョンからは次から次へと排泄物と冒険者が噴き出してきた。

【便意の魔眼】の効果は一時的なものなので、この状態はじきに収まるだろう。


 収まるだろうけど――【メテオ】の件に続き、またやらかしてしまった気がする。


「おい、これ見ろよ!」

 ダンジョンから排泄された冒険者の1人が、同じく排泄された腐った肉と骨の中から、拳大の金属の塊を取り出し周囲に見せた。


 あの質感と光沢は、宝箱を開けた時に何度も見たものだ。

 そう、あれは――。


「ミスリルだ! 見たことがある、間違いない!」

 誰かが叫んだ。

「探せ! まだあるかもしれんぞ!」

 その声が号令となり、その場にいた冒険者たちが一斉に腐った肉と骨をかき分け始める。


「ここにもあったぞ!」

「こっちは金だ!」

「こいつは……ダイヤだ! 宝石もあるぞ!」


 冒険者たちがあちこちで沸き上がっている。

 ギルドから職員たちも駆けつけてきた。


 俺はその様子を、ボーっと座り込んで眺めていた。

 みんなの様子や話から、ダンジョンから出てきた宝石・貴金属類はかなりの量らしい。

 どうやらダンジョンに潜る冒険者全員の、数年分の稼ぎはあるだろうとのことだ。


 良かった。

 とりあえず今回の俺のやらかしは、巻き込まれた人たちに利益をもたらしたらしい。

 これで罪悪感を抱かずに済みそうだ。


 にしてもアレだな――もうこのダンジョンには潜れんな……。

 潜ればまた閉じ込められかねん。

 つーか、下手したら今度は出られないかもしれない。


 よし決めた!

 明日にでも街から、ずらかることにしよう。

 ダンジョンには潜れなくなったし、もうこのメーキューの街に用は無い。


 やらかしてしまったけど、自首をするつもりは無い。

 つーか下手に皆を儲けさせてしまったので、自主したらたぶんギルドに犯罪者として拘束されて、死ぬまでダンジョンに【便意の魔眼】を使い続けさせられる未来しか見えない。


 ここは何も無かったことにしておくのが、賢明と言えるはずだ。

 ――という訳で、逃げる。


 さらばダンジョン!


 君のことは忘れないよ!

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