ダンジョンの探索
ついに、おっさん無双が始まる……!
― 国境 ―
『黄金の絆』の仲間たちと別れて、そろそろ1か月。
俺はトリアエズ王国の南側の国境を越え、山々に囲まれた小国である『メイズ王国』へと入国していた。
ガスガデル山の『死の谷』へと俺が落とした【メテオ】の件は、ありがたいことに自然現象の隕石落下として処理されていた。
そしてこれもありがたいことに、【メテオ】の落下の衝撃や地震による怪我人も1人もいなかった。
もちろん死者も無し。
ただしガスガデル山に比較的近い道にひびが入ったり、地震により食器が棚から落ちて割れたりという被害は、人間が持っている全ての指を使っても全然足りないくらいあったらしい。
さすがに罪悪感はあったので、ギルドが被害の復旧のために募っていた義援金に、俺の老後の資金から1000万円ほど寄付しておいた。
イヤ、ホントに申し訳ない。
おじさん、心の底から反省しております。
で、本筋に戻るが――。
ここ『メイズ王国』に俺が入国した理由は2つ。
1つは『メイズ王国』の西側の山を越えたところに『シンナカリン』というエルフの国があるので、そこへ向かうための道中でもあること。
もう1つは、ここ『メイズ王国』には『ダンジョン』があるということが理由だ。
ダンジョン――。
RPGのゲームをやる人ならば、1度は潜ってみたいと憧れるその場所。
それがこの国に存在するというのだから、潜らないという選択肢はあるまい。
ただこの世界のダンジョンは、冒険者にそれほど人気では無い。
理由は単純で、ダンジョンというものは実はそれほど儲からないのだ。
出てくる魔物はアンデッドやゴーレムなどが主で、しかも倒すとほとんどの場合は魔石だけを残してダンジョンに吸収されてしまうので、素材などで稼ぐことはできない。
唯一残る魔石もそう品質の良い物では無いので、売値は1つ1000円からせいぜい3000円程度にしかならず、出現する魔物の強さの割には安い。
例外は、時折落とす特殊な骨や金属塊などの素材が入った小さな宝箱。
それでも希少で高価な物が出るのは稀なので、だいたいの冒険者は魔石集めが目的でダンジョンに入る、下っ端から中級程度の連中ばかりだ。
一応、一獲千金の夢が無い訳でも無い。
滅多に出くわさないらしいが、ダンジョン内に大きな宝箱が出現することがあるのだそうだ。
その大きな宝箱の中には、たくさんの金貨やミスリル塊、あと宝石にレアな武器防具などが入っているという話である。
まぁ一攫千金と言っても、これらは高ランク冒険者ならば頑張れば手に入る物ばかりだ。
それにダンジョン内の魔物は、倒しても得られる経験値が少ない。
だから高ランクの冒険者は、ダンジョンなんかには見向きもしないのである。
だが俺は潜る!
何故なら、そこにダンジョンがあるからだ!
国境から7日も歩けば、目的のダンジョンがある『メーキュー』の街。
いやー、今から楽しみだなー。
――――
― メーキューの街・門 ―
「おっ! あんた『ランク:銅』か」
「まぁねー」
「ソロ冒険者というのも珍しいな」
「ちょっと訳あってね」
アルスくんたちのおかげで『ランク:銅』となった俺は、街に入る時にはだいたい珍しがられ歓迎される。
それどころか検査など、『そんなんでいいの?』と言いたくなるくらいの簡素さで終わるのだ。
たぶん『ランク:銅』冒険者への信頼度のおかげなのだろうが、これはこれで『こんな検査で大丈夫なのか?』と他人事ながら心配になる。
検査は簡単であったが、さすがにダンジョンに潜る高ランク冒険者というのは珍しいらしく、門兵さんたちがやたら俺に話しかけてくる。
「どういう訳でソロ冒険者に――あぁ……そうか、変なこと聞いてすまなかった」
ん? 何故謝る?
君たち、なんか変な想像してない?
問い詰めてみた。
イヤ、違うから――。
パーティーから追放されたとかじゃ無いから。
今後大活躍して『ざまぁ』とか考えて無いから。
だから、ダンジョンでスローライフを送る気とかも無いっつーの!
実は最強だとかも、俺がいなくなるとパーティーが崩壊するとかもねーよ!
歳だから若い連中に付いていくのが、キツくなっただけだっつーの!
つーかもうさ、そんな話はいいから良さげなメシ屋と宿を教えてくんない?
けっこう長いこと歩いてきたから、いいかげん疲れてんだよ。
…………
― 宿屋 ―
一泊朝食付きで5000円の宿をとった。
狭いが小綺麗な部屋なので、寝に帰るだけなら十分だろう。
夫婦者が経営している宿だが、食事は旦那のほうが作っているようだ。
昼食と夕食は別料金を払えば食べられるとのこと。
てっきり娘がいるものと思っていたのだが、この夫婦には子供がいない。
この宿に俺を引っ張ってきた女の娘は、バイトに雇ってただけらしい。
うむ、やられた。
この宿に泊まれば、てっきり毎日あの娘に会えると思ってたのに……。
まぁ悪く無い宿だし面倒なので、いまさら別な宿を探すつもりは無いけどさ。
――――
― メーキューの街・冒険者ギルド ―
目の前に座っているのは、見た目40代前半と思しき細身で作り笑顔が胡散臭いメガネのおじさま。
このメーキューの街の、ギルドマスターである。
「ではこれが、ダンジョンへ入るための許可証です、えぇはい」
「どうも――で、わざわざギルマス自ら許可証を渡してくれた理由は何なんです? しかもわざわざ別室で」
朝になっていよいよダンジョンアタックをしようとギルドに許可証をもらいに行ったら、このギルドマスターの部屋へと案内された。
何でまた? と思ったが、拒否るわけにもいかないので仕方なく部屋に入ったら――メガネのおじさまがいて、先程の会話となった。
何の用なんだか。
まさか【メテオ】の件がバレたとかじゃ無かろーな。
「あなたを『クラス:銅』の冒険者と見込んで、1つお願いがあるのですよ、えぇはい」
良かったホッとした、どうやら【メテオ】の件では無いようだ。
それは良かったんだが――。
「お願いと言われても、俺に大したことはできませんよ。『ランク:銅』と言ってもなり立てですし、何よりちょっと前まで一緒だった仲間たちのおかげで、ランクを上げられたようなもんですし」
つーか俺に出来ることなんか、ほとんどありませんのことよ?
「ご謙遜を――お願いと言っても特別なことではありません。あなたにはダンジョンで、大いに稼いでいただきたいのですよ、えぇはい」
はい? 稼げとおっしゃる?
「何でまた?」
そりゃまぁ、俺も冒険者なので稼ごうとは思ってますが。
「実をいいますと、お恥ずかしいことながらこの『メーキューの街』のダンジョンでは、年々冒険者が減ってきているのですよ。具体的な数字で表しますと、20年前と比べて17%も冒険者の数が減っており――当然ですがこのギルドの収益も右肩下がりでしてね、えぇはい」
「で、少しでも数字が上がるように、俺に稼げと?」
さすがに俺1人が頑張ったところで、たかが知れてると思うのだが……?
「いえいえ、そうでは無いのです。大いに稼ぐことができるとなれば、夢ができるじゃありませんか――そう夢ですよ、えぇはい」
「夢……ですか?」
まだピンと来ない。
「ここメーキューの街の冒険者の減少は、やはりダンジョンに夢を持ちにくいのが原因だと思うのですよ。
もちろん宝箱という夢はダンジョンにはありますけど、それも滅多に出てきませんですしねぇ……レベル上げにもダンジョンは適しませんし――なので上のランクを目指す冒険者には、最初っからこの街は無視されているのが現状なのです、えぇはい」
ふむ、ようやく理解できてきたぞ……と。
「なるほど……それで少しでも夢が持てるように、腕さえあれば稼げるという実績という名の夢を示して欲しいと――イヤ、でも俺に夢と思われるほどの稼ぎとか期待されてもなぁ……」
「なに、1日10万円も稼いでいただければ、今このギルドにいる冒険者には十分刺激になります。そこにダンジョン産の宝箱の1つでも見つけていただければ――えぇはい」
簡単に言うなよ、ダンジョンの魔物が落とす魔石は質の低い物が多いので、1個1000円で計算すると100個も拾わねばならぬ。
うむ、これはキツいな――腰が。
あと膝も。
自慢では無いが俺は年々、物を拾うのが大変になっているのだ。
「まぁ、やってみますが……あんまし期待はしないで下さいね」
「よろしくお願いいたします、えぇはい――あ、もうお帰りで?」
「はい、お忙しいところに長居するのもご迷惑でしょうから。それに宿で荷ほどきもしたいですし」
ひょっとして、まだ何か話があるのかな?
というか今の話だって、別に個室で話す必要も無い気がするのだが……。
「よろしかったらいつでも来てください、いつでもお茶と美味しい茶菓子を用意しておりますので――えぇはい」
なんか気持ち悪いんだよなー。
いっそ思い切って聞いてみようか。
「ギルマスが冒険者とそんなに話をしたがるというのも、珍しいですね」
「いやぁ、何せこの『メーキューの街』に『ランク:銅』の冒険者が来るなんて久しぶりですし、『ドラゴン殺し』の称号を持った人なんて初めて会ったもので――えぇはい」
あー……なんか構えてた自分がアホみたいだ。
このギルマスってば、けっこうミーハーだったのね。
それならそうと先に言って欲しい。
特別扱いされるとか慣れてないもんで、すんごく緊張するのよ。
――――
― ダンジョン入口 ―
ここメーキューの街のダンジョンは洞窟型である。
なので入口も、もちろん洞窟の入口にしか見えない。
洞窟の入口の前には管理しているギルドによる受付があり、常時4人のギルド職員がそこでダンジョンへの人の出入りをチェックしている。
ダンジョンへ出入りする人間は思いのほか多く、受付前には列ができている。
もちろん俺も、今はその列に並んでいる1人だ。
俺の順番が来るまで、この世界のダンジョンについて説明しておこう。
これはだいたいどこのダンジョンでもそうだと思うが、どういう訳だかどこからともなく魔物が湧く。
で、何でだか知らんけど魔物を倒したら、時々宝箱が出現する。
ダンジョン内のどこかにも何故だか宝箱が現れる――だいたいは行き止まりの隅っこか、隠し部屋と言われる存在が分かりにくい場所。
しかも中身はちょっとしたレア物。
いったいどこの誰が用意してるんだかねー?
あとダンジョンの中で冒険者が倒した魔物や、魔物に倒された冒険者の死体や装備一式は、これもどういう原理かしらんけども一定時間経過すると何故かダンジョンに吸収される。
冒険者連中はそれを『ダンジョンに喰われる』とか言っているようだ。
ダンジョンにはセーフテイーゾーンと呼ばれる場所があり、そこだけは魔物が入ってくることの無い安全地帯となっている。
冒険者たちはそこで休息を取れるのだが実は完全な安全地帯では無く、日の出から翌日の日の出までを区切りとした1日の間で12時間を超える滞在ができない。
1日12時間を超える滞在をすると、生きたまま『ダンジョンに喰われる』のだそうだ。
だからセーフティーゾーンに住むとかもできないらしい。
あと、時折ダンジョンは変化する。
構造が変わったり、広がったり、深くなったり。
とまぁ、こんな感じのダンジョンなのだが――。
これら多数の不思議な特徴から、ダンジョンという存在には様々な説が唱えられているそうだ。
曰く――『ダンジョンとは古代魔道文明が作り出した、魔石供給装置である』という説。
曰く――『ダンジョンを支配し、管理している存在がいる』という説。
曰く――『ダンジョンは、生きている』という説。
――etc.
そんなダンジョンに、俺はこれから潜ろうとしている。
列もかなり進んで、そろそろ俺の受付の順番が来るのだ。
にしても――。
さっきから前にいるヤツの持っている生ゴミが、臭くてしょうがねーし。
並ぶ順番間違ったよなー。
なして生ゴミ? と思うだろうが、実はこれはれっきとした街の住人からの依頼である。
ダンジョンは何でも吸収してくれるので、生ゴミを持ち込んでそこらに放り投げておけば、お手軽かつ衛生的にゴミ処理ができるのだ。
「はい次――うおっ……!」
俺の前の冒険者が持ち込もうとしているゴミの袋を開けてチェックしようとした職員が、あまりの臭さに思わず顔を背ける。
仕事とはいえ大変だよね――でも、ゴミに紛れて人間のバラバラ死体なんかを持ち込もうとしたヤツも過去にはいたらしく、ここでノーチェックという訳にはいかないらしい。
ダンジョンは何でも『喰って』くれるので、犯罪にも使いやすいのだ。
ようやく俺の順番が来た。
ダンジョン出入りの許可証と冒険者証をチェックされ、名前と入る時刻を所定の用紙に記入。
俺がダミーとして使っている、アイテム袋の中身のチェックも終わり――。
これでようやく、ダンジョンアタックの開始だ。
…………
洞窟型のダンジョン内部へと入る。
中は暗いのでここで普通の冒険者は松明か【光球】の魔法を使うのだが、俺には【暗視】のスキルがあるので暗闇でも何の問題も無い。
視界が確保されたところで【気配察知】を発動、これで周囲にある冒険者や魔物の位置が手に取るように分かるようになった。
あとここにきて新発見なのだが、罠の気配もなんか分かったりもしている。
それにしてもこのダンジョンという空間は、不思議な空気を感じる。
空間そのものに濃密な存在感があるのだ。
というかこのダンジョンの中は、なんだか妙な気配に満ち溢れているようにも思える。
おかげで【気配察知】のスキルの効果が、少しだが下がっている気がする。
こんな地上との違いも、いかにもダンジョンって感じがするよなー。
なんかワクワクする。
念のため【隠密】と【隠蔽】も発動、自らの気配等を完全に消して――と、さて探索開始だ!
…………
― 1時間後 ―
今のところ適当にダンジョン内を探索しているのだが、素晴らしく順調だ。
入ってみて気付いたのだが……俺のスキル群には、ものすごーくダンジョン向きのものが揃っている。
暗闇であるダンジョン内での視界を確保できる【光球】【暗視】
徘徊する魔物に気づかれずに安全に探索をすることが可能な【隠密】【隠蔽】
魔物や罠の場所を察知できる【気配察知】と察知した罠を無効化できる【罠解除】
ダンジョンにあるという宝箱は【お宝感知】で発見でき【鍵開け】で安全に開けられる。
怪我は【回復魔法】で治せるし、病気などの状態異常は【治癒】で治療できる。
しかもこのダンジョンに出てくる魔物は全てアンデッド――【不死者消滅】の魔法はもちろん極めてあるので、対アンデッド戦しか無いここでは魔力の続く限り無敵と言ってもいい。
なんかもう、『俺ってばダンジョンの申し子なんじゃね?』と思えるくらいのスキル群である。
出会う魔物は今のところスケルトンのみ。
もちろん片っ端から瞬殺して、魔石を拾っている。
しかしながら、今のところ宝箱には出くわしていないので、大した稼ぎにはなっていない。
そろそろ地下2層目に降りようかなー。
1層目には【お宝感知】に引っかかる物は無かったし。
…………
― 宿 ―
ダンジョンは地下2層目までウロついて、そこで終了にしておいた。
魔物はスケルトンしか出てこなかったし、宝箱は1つも出てこなかった。
近づく気配に片っ端から【不死者消滅】をぶっ放したおかげで魔石は100個以上拾ったが、買い取り価格が1個1000円と安かったので10万円そこそこの収入で終わった。
それでもそこらの冒険者に比べたら倍近くは稼いだことになるらしく、買い取りのギルド職員に『さすがですね』と感心された。
たぶん『クラス:銅』フィルターが掛かっているので、余計にこの成果が凄く感じられたのだろう。
今まで個人として俺を褒めてくれていたのは『黄金の絆』の仲間たちだけだったので、違う人に褒められるというのはなんか、ちょっとこっ恥ずかしい。
あとギルマスに言われた1日10万円という金額もどうにかできたので、達成感もそれなりにある。
さて、外食しようと思ってたのにうっかり宿に戻ってしまったけど、今から出かけるのは面倒なのでここで晩メシを食ってしまおう。
「親父さーん、今日のおすすめってなにー?」
「牛タンのシチューだ――食うかい?」
厨房の奥から、宿の料理人でもある親父さんの声だけが聞こえた。
牛タンのシチューか――ふむ、悪く無い。
「あぁ――食うぞ。1人前頼む」
「分かった、ちょっと待ってな」
少しだけ待つと、親父さんがシチューを持ってきた。
見た目は美味そうだが――。
まずひと口……。
あ、これやべぇ! 無茶苦茶美味いわ!
こりゃ、明日からも宿でメシを食うのは決まりだな。
女の娘に釣られて決めた宿だったが、どうやら当たりを引いたっぽいな。
「お母さーん、お客さん連れてきたよー」
噂をすれば何とやら――。
見覚えのある女の娘が、3人連れの冒険者らしい連中を連れてきた。
俺をこの宿に連れてきた娘だ。
ここでお母さんとか呼びやがるから、娘と勘違いすんだよなー。
宿の鍵を女将さんが渡すと、冒険者たちが上にある部屋へと上がっていく。
良かったな、あんたらメシに関しては間違いなく当たり引いたぞ。
「おばちゃん、3人だかんね」
「分かってるよ、ちょっと待ってな」
女将さんが銀貨を3枚渡している――客引きの報酬らしい。
「また頼むよ」
「任せといて!」
女の娘が宿の外へと去っていく。
見ていた俺が視線を戻すと、女将さんと目が合った。
女将さんの目が『どう? 上手いやりかたでしょ?』と笑っている。
その上手いやりかたに見事に引っかかった俺としては、宿には文句は無いがなんかちょっと悔しい。
ここは何か言ってやらねば!
「おかわりくれ」
何を言おうかと考えたのだが、適当な言葉が思い浮かばなかった。
で、ついついこんな言葉を口にしてしまった。
女将さんは満足そうに皿を下げ――。
すぐに次の牛タンシチューが、俺の席へと……。
さて、頼んじまったから食うとするか。
ちょっと多いけど、残すのは癪だから全部食ってやる!
――――
― 1週間後・冒険者ギルド ―
「買い取り価格は、合計で226000円となります――武装ゾンビの魔石が多かったということは、8階層まで潜ったんですか?」
「まぁ、なんとかね――でも日帰りだと、さすがに8階層が限界かな?」
買い取りカウンターの職員さんが驚いている。
俺の強さに驚いているとかでは無い、武装ゾンビなど所詮、力の強い武装した一般人程度の強さでしか無いのだ。
奇襲されると少しは危険だが、中堅どころの冒険者でも普通に勝てる相手だ。
職員さんが驚いているのは、1階層が4km四方もあるだだっ広いダンジョンの8階層までの距離を、わずか1日で往復しているという俺の踏破力。
ダンジョンは複雑に入り組んだ真っ暗闇の通路で構成されており、そこに罠や魔物が待ち構えているのだ。
慣れた冒険者でも100m進むのに、5分やそこらは掛けるのが当たり前なのである。
しかしながら俺にとってのダンジョンは違う。
スキルのおかげで、昼間と変わらぬ見通しの良さだし罠なんぞ回避すればいい、どうしても邪魔な罠でも1分あれば解除できるし、アンデッドである魔物は全て極めた魔法で群れごと瞬殺。
もうこれ完全にチートの所業だよねー。
ぶっちゃけ今まで自覚は無かったのだが認めよう、俺はチート持ちだ……うむ。
ゆる目のダンジョン限定というのが、ちょっと微妙だが。
で、そんなダンジョンチーターの俺なのだが、それでも日帰りではこれ以上はキツい。
早朝から夜の9時までダンジョンに潜っての、ようやくの8階層なのだ。
ダンジョンは全部で21階層もあるので、今まで通り順調に進めたとしても3日は掛かる計算である。
ちなみに最下層まで行っても、何か特別素晴らしい物が手に入るとかは無い。
ダンジョンはとっくの昔に踏破済みなのだが、踏破した者たちによると最下層な分だけ強いアンデッドが湧いてくるだけとのことである。
それでも最下層に行く意味はある。
最下層限定のアンデッドというのが、金銭的な価値は大したことは無いが珍しい星形の魔石を落とすので、倒してその魔石を拾って来ると『ダンジョン踏破者』と呼ばれ、ちょっとしたステータスになるのだ。
俺はトリプテルドラゴンを倒して、既に『ドラゴン殺し』の称号を持っている。
この際だから『ダンジョン踏破者』の称号も欲しい。
だってさ、なんかこういう称号ってカッコいいじゃん!
こういうのは少年だけでは無く、シニアの心も鷲掴みにするものなのだ!
――自分でシニアとか言っちゃったし……。
まぁそんな訳で、俺は次からは本格的なダンジョンアタックに入るつもりである。
明日からはその準備を、数日掛けてするつもりだ。
ここんとこ毎日ダンジョンに潜ってたから、休養も兼ねてじっくりと。
必要な道具は特に無いとは思うが、道具屋巡りはしておこう。
食料の心配は無い。
備蓄も十分すぎるほどあるし、いざとなったら『食品スロット』を回すという手もある。
宿の親父に日持ちする食事とか頼めるかな?
ダンジョン飯を自分で作るのが、ちと面倒なんだよねー。
――――
― 3日後・ダンジョン ―
結論から言おう。
宿の親父は、当日昼用の弁当しか作ってくれなかった。
仕方が無いので、晩飯以降は自炊だ。
弁当はすでに昼過ぎなので、もう俺の腹の中に納まっている。
8階層まではこの間潜っているので、スイスイと攻略。
そしてこれから降りるのは9階層――未知の領域だ。
未知の領域だが、俺にとっては今のところ楽しい観光地。
真面目に頑張って稼いでいる冒険者たちには申し訳ないが、俺はこのダンジョンを楽しんでいる。
9階層をぐるりと一通り探索していたら、俺の【お宝感知】に反応があった。
けっこう強い反応――これはまさか、宝箱か?
宝箱は突然発生するものであり、発生したら中身は早い者勝ちである。
反応の近くには、数組の冒険者の気配もある。
これは急がんと、先に取られてしまうな。
お宝の反応のほうへと向かうと、3人組の冒険者とすれ違った。
「こっちには、何も無かったっすよ」
親切に教えてくれているつもりだろうが、俺としてはお宝の反応があるので念のため確認したい。
「ありがとう、でも自分の目で確認させてよ。無駄に思えるかもしれないけど、こういうのは人任せにしたく無いんだ」
何気なく適当なことを言ったつもりだったが、何か知らんが感心された。
「ほらな、やっぱ『ランク:銅』くらいになるとそうなんだよ」
「地味でも確認は大事っすよね」
「やっぱそうなのか~。うっす、勉強になったっす!」
うむ、どうやら俺のことは普通にこいつらにも知られていたようだ。
今現在、街で唯一の『ランク:銅』冒険者だしなー。
稼ぎもそこらの連中の数倍はあるのが知られてるし。
でもな、感心してくれるのはいいが、それ『ランク:銅』フィルターで印象が補正されてるからな。
鵜呑みにはしないほうがいいぞー。
お宝の反応近くまで行くと、行き止まりになった。
どうやらあの3人組の言ってたことは確かだったらしい。
お宝の反応はと言うと……ふむ、下か。
念のため床と言うか地面を調べたが、特に何かがある感じは無い。
反応自体はそんなに遠くないということは――たぶん下の階層だ。
宝箱は、10階層にあるようだ。
…………
焦って10階層まで進んでもどうせ間に合わないと踏んだ俺は、じっくりと9階層を探索してから10階層へと降りることにした。
そして10階層もぐるりと探索して、最後にお宝の反応があった場所へと向かったのだが――。
まだ宝箱らしき反応は、そのまま残っていたりする。
誰も見つけてないところを見ると、隠し部屋とかにあるのかな?
これは案外チャンスかも!?
それから宝箱の反応のある方向の壁なんかを、10階層をウロウロしながら探したのだが、隠し扉のような物は発見できなかった。
入口の無い隠し部屋なのか?
まさか転移でないと入れない部屋とかじゃなかろーな。
それだと『※いしのなかにいる!※』的な事故がありそうで、無茶苦茶怖いぞ。
でも、さすがにそれは……あるかな? どうだろう?
待てよ、もう1つ可能性はあるか。
下の階層――11階層から上に行くというのが、まだ可能性としてはある。
というか、それが正解な気がする。
可能性に気づいたら、なんか落ち着かなくなった。
早く確かめたい。
よし、急いで11階層へ降りるぞ!
…………
急いで11階層へと降り、宝箱らしき反応のあった場所のすぐ下を目指したのだが、こういう時に限って魔物が途中にやたらとたむろをしている。
で、俺も気配を消して通り過ぎればいいものを、ついつい魔石という名の小銭を稼ぎたくて【不死者消滅】を連発してアンデッドの群れを瞬殺し、魔石拾いなんぞをしてしまった。
おかげで時間を食った。
あと魔石拾いのおかげで腰もダルい。
ようやく辿り着いた場所は、先が行き止まりへと続く途中の通路だった。
行き止まりの上じゃなく、通路の上ってのが嫌らしいよなー。
俺は【吸着】のスキルを使って壁から天井へと登り、ようやくそれを見つけた。
隠し扉である。
隠し扉には特に鍵のような物も無く、上に押しただけであっさりと開いた。
ここは簡単なんだ……。
そして入った小さな部屋には、みかんのダンボールくらいのサイズの宝箱。
その宝箱は木の素材でできていた。
鍵穴がついていたので【鍵開け】のスキルを使って開錠。
特に罠が発動することも無く開いたその宝箱の中には――スマホを4分割にしたくらいのサイズの、小さな銀色のインゴットが入っていた。
銀かな……?
イヤ、違うか。
同じくらいの重さの銀貨に比べて、【お宝感知】の反応が格段に強い。
となると、プラチナかな?
うーむ、こういう時にはやっぱり『鑑定』のスキルが欲しいよなー。
【メテオ】ぶっ放してレベルが上がった時のスキルポイントは、まだ使ってない。
『職業スキル』のスロット回したら、手に入らないかな?
でも『戦闘スキル』のスロットも回したいし――うむ、もう少し悩もう。
スキルポイントは逃げないし。
……逃げないよね?
1年以内に使い切らなきゃいけないとか、変なポイントみたいな制限無いよね?
――さて、宝箱も開けたし……降りるか。
よいしょっ!……っと。
「おわっ!」
「何だ!」
「ゾンビ!?」
「上から!」
「下がれ!」
降りた地点のすぐ近くに、5人組の冒険者がいた。
イヤ、驚かしてすまん。
「待て待て待て、ゾンビじゃないから。人間人間、普通に冒険者だってば」
自分が普通に見えているからついつい忘れがちだが、ここは普通の人には真っ暗なダンジョン。
そんなところで上から人型の何かが飛び降りてきたのだ、驚いて警戒するのが普通の反応だろう。
「人間?」
「しゃべっているから……人間か」
「あー、びっくりした」
「なんで上から?」
冒険者の1人が天井を松明で照らし、隠し部屋の扉があるのに気付いた。
「まさか――隠し部屋!」
「嘘だろ……」
「こんなところに……」
そりゃ驚くわな。
俺だって【お宝感知】のスキルが無かったら、こんなん気付かんもの。
「まぁ普通は気付かんよね、こんな場所から隠し部屋に入れるとかさ」
あ、いかんいかん。
なんかこれだと、発見したことを自慢してるみたいだ。
「俺もアレだ、たまたま見つけたんだけどさ――じゃ、そういうことで!」
何かうっかり自慢たらたらになりそうな自分が危険そうなので、ここはとっとと退散しよう。
「あっ、おい!」
「ちょっと!」
なんか背中のほうから聞こえるが、気にするのは止めておこう。
それに俺は先を急がねばならんのだ。
目標、4日でダンジョン21階層までを往復!
それと、宝箱もあと1個は見つけたいなー。
うむ、たまたま1個見つけてしまったせいで欲が出てるな。
ダメダメ、過剰な欲は身を亡ぼす元だ。
落ち着け、落ち着け。
一休み、一休み。
ん? あれ?
落ち着いたら、後ろから尾けてくる気配があることに気付いてしまった。
たぶんさっきの冒険者5人組。
そういや俺、気配やら何やらを消して無いな……。
イヤ、だって今まで消す必要無いくらい楽勝だったもんだからさ。
おや? もしかして違うかな?
そういやこの道、一本道だし……普通に俺の後ろを歩いてるだけとか?
うむ、それはあり得る。
試しにこの十字路を右に曲がって――ついてきたし。
だったらこの五差路を――これもついてきやがるか。
これは間違いない、俺は尾けられている。
だがなして? 俺が何をしたと?
したな……宝箱を見つけた。
つまりあいつらは、俺が宝箱から手に入れた物を欲しがっているのだ。
そこまでやる連中には見えなかったがな――目の前でお宝をかっ攫われたようなもんだから、魔が差しちまったのかな?
――つーか、いい度胸してんなお前ら。
魔物相手ならそうでも無いが、対人戦なら俺はかなり強いぞ。
冒険者としてはそれはどうなんだろうとは思わんでも無いんだけどさ。
あいつらの前から消え失せて、やり過ごすこともできる。
だが、それはそれで面白く無い。
他人様をストーキングしといて、タダで済むと思われてしまっては困る。
ストーカーさんたちには、ちょっとお灸を据えてあげよう。
ちなみにこちらに襲い掛からせるつもりは無い。
そんなことさせたら、あいつらの死罪は確定みたいなもんだ。
襲い掛かってくる前に軽く麻痺でもさせて、簀巻きにしてギルドに突き出して指さして笑ってあげよう。
ちょうど良さげなところの床に罠があったので、俺は器用に踏んではいけない的な色のところを避けてその先へと進む。
これであいつらが俺に襲い掛かるようなことがあれば、床の罠に引っかかるという寸法だ。
ちなみにどんな罠かは知らん。
だって俺が仕掛けたんじゃないもの。
怪我したところで、それはあいつらの自己責任っつーことで。
俺はストーカーと相対すべく、振り返った。
もっとも、まともに相対する気はさらさら無いが。
こっちに来る速度が遅くなった。
どうやら俺が待ち構えている気配を察知したらしい――ほう、なかなか。
5人組の冒険者が迫ってくる。
そして今しがた察知したのだが、その後ろからこの11階層のメインの魔物である、毒ゾンビの全部で13体の群れが――って、あれ? これマズく無いか?
イヤ、俺じゃ無くて――。
5人組の冒険者のほうが。
「ハイ、そこでストップ――君たちさー、『クラス:銅』の冒険者をお宝のためとはいえストーキングするとか、止めたほうがいいと思うよ」
気づかれてるのに襲って来るようなアホな連中なら、死んだところで俺は知らん。
襲って来ないなら、毒で麻痺させて簀巻きにしてギルドでさらし者にするだけで勘弁してやる――だから止めとけ。
「ちっ、やっぱバレてやがったか」
「余裕かましやがって――言っとくけどよ、あんたがいくら『銅』でも俺ら5人でしかも『皮』だぜ、勝てると思ってんの?」
イヤ、普通に勝てるぞ。
舐めプとかじゃなくて、普通に。
「俺1人でも勝てるぞ、あと援軍もいる」
毒ゾンビだけどね。
「あんだと? ハッタリかましてんじゃねーぞ、おっさん」
うむ、と思うよな――だがしかし!
「それがハッタリでは無いのですよ――俺を尾けてきた距離からして、そろそろそっちの【気配察知】にも引っかかるかな?」
わたし毒ゾンビ、今あなたの後ろにいるの――みたいな感じで。
「おいフリンギ、ヤバいぞ後ろからゾンビが来る!」
「なっ!……てめえジジイ、ハメやがったな!」
誰がジジイだこら――ハメたほうはまぁ、認める。
「前には『クラス:銅』の冒険者、後ろには毒ゾンビ。さてどうするよ『クラス:皮』の冒険者諸君――ごめんなさいって謝るなら、ギルドに突き出すだけで見逃してやるぞー」
このからかうようなセリフがマズかった。
5人組冒険者たちが、この提案に反発してしまったのである。
俺とも戦おうと考えたせいで、あいつらの毒ゾンビへの対応が遅れた。
本当ならもう魔法の初撃を放っていなければならないタイミングなのに、まだもたもたしてるし。
しやーない、助けてやるか。
たかが毒ゾンビ、俺の【不死者消滅】の魔法一発で――。
「魔法だ!」
「やらせんな!」
へ? あ、イヤ、違う待て!
こっちに来んな!
俺があいつらに攻撃魔法を放つと勘違いした前衛職の3人が、俺に襲い掛かろうと向かってきた。
そう……ダンジョンの罠がある、俺のほうに向かって。
罠は落とし穴であり、引っかかった3人は穴に落ちる。
穴の中には槍が剣山のようにひしめいており、重力が3人を槍へと導いた。
この馬鹿野郎どもが!
生きてるか!……よし気配はある!
「【完全回復!】
装備している『噴射のブーツ』で浮きながら罠へと入り、槍に気を付けながら落ちた3人を引っこ抜きつつ回復魔法を掛けた。
こいつらはこれで良し、あとは――。
罠に落ちた3人を助けていたおかげで、残った2人――治癒士と魔導士が毒ゾンビに襲われてしまった。
魔法の発動タイミングが遅くなったものの6体のゾンビを倒した2人であったが、残った7体のゾンビが毒の溢れるその肉体で襲い掛かっている。
「【不死者消滅】!」
まだ生きてるか! 無事か!
全ての毒ゾンビを消滅させた俺は、倒れている治癒士と魔導士へと駆け寄った。
ギルドに簀巻きにして突き出しさらし者にして、笑いものにして指さしてやろう程度のことしか考えていなかったのに――命を危険にさらしてしまったな、すまん。
でもお前らが悪いんだぞ、俺のことを襲おうなんて考えるから……。
全員死なずには済んだ。
済んだのはいいのだが――こいつらどうしよう?
ぶっちゃけると、簀巻きにしてギルドに突き出すことは考えていたのだが、運ぶことは頭からすっぽりと抜け落ちていたのである。
歳取ると頭から抜けるものって、何故かたくさんあるよね……。
こいつら抱えて地上まで戻るのは、さすがに無理。
なので俺は、地上に戻ろうとしていそうな冒険者を探して雇うことにした。
雇ったのは女性4人組のパーティーで、交渉の末1人につき2万円――計8万円の出費となった。
ちなみに俺に襲い掛かろうとした5人組冒険者は、抵抗出来ないように麻痺毒で動けないようにして簀巻きにしてある。
帰路は最短距離をガンガン進むことにした。
余計な出費が確定してしまっているので、アンデッドは遭遇即殲滅――魔石はしっかり確保。
雇った4人組と、意識が戻った簀巻きにした冒険者5人の目が、俺のことをヤバい人を見る目になっている気もするが、そんなもん気にしている余裕は無い。
もう今日は完徹じゃー!
朝には地上に戻るどー!
イヤ、冷静に考えれば朝までに戻る必要は無いんだけどね。
なんかほら、深夜のテンションでついそんな勢いに……。
――――
地上に戻り、俺を襲おうとしていた冒険者たちをギルドに引き渡した。
俺の話は宝箱から入手したブツを見せたこともあり、全面的に信用された。
引き渡した5人組も全て自供し、どうやら冒険者の資格のはく奪が決まったようだ。
宝箱から出てきたインゴットはミスリルと鑑定された。
売るという選択肢もあったが、これは記念に取っておこう。
初めてダンジョンの宝箱で手に入れた宝物――記念品だしね。
――とまぁ、そこまではめでたしとして。
帰りに雇った4人組と捕まえた5人の、俺を見る目がすっかりヤバい人を見る目に……。
おかしいな……せいぜいアンデッドの群れを瞬殺して、ダンジョンをその辺の廊下を進むがごとく歩いてただけだというのに。
解せぬ……。
…………
― 2日後 ―
なんだかんだでバタバタしてしまったので、まだ次のダンジョンアタックはできていない。
それはまぁ、仕方ないとして――。
なんかね……ギルドの職員さんとか冒険者の人たちの、俺への態度が変なの。
ある人は、なんか怖がってるみたいだし。
またある人は、尊敬の眼差しを送ってくる。
あと何でだか警戒されたり、歩くと人垣が割れたりするのだ。
どうやらあの時雇った4人組と捕まえた5人組が、何やら俺のことを吹聴しまくった結果らしい。
何でだろう?
普通はアンデッドに殺されそうだった――しかも自分の命を狙っていた奴らを助け、懸命に短時間で地上へと連れだした優しくて頼もしいおじさまと認識されると思うのだが……。
なんか策士だとか腹黒だとか、化け物だとかアンデッドを操るとか言われてるらしい。
あとダンジョンを庭のように歩くとか、罠が俺を避けるとかも……。
なしてそんな誤った認識が広まっちゃったのかね?
おかしい……。
解せぬ……。




