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トリプテルドラゴンの狩猟

 ― 海・漁船 ―


「まぁ、元気出せやおっさん」

「そうそう、女なんて星の数ほどいるんだからよ」

「酒あるけど、飲むか?」

 漁師の男衆に慰められているのは、俺である。


 なんでまた慰められているのかと言うと、行きつけのリゾット専門店にいた俺のお気に入りの女の娘――黒髪セミロングのメガネっ娘のシモブちゃんが、この度めでたく結婚することと相成ったからである。


 イヤ別にさ、失恋とかって訳では無いんだけどさ、『いいな~』と思ってた女の娘が結婚するとなると、なんかちょっとこう……来るもんがあるのよ。

 最初から俺みたいなおっさんなんぞに出番は無いとは分かってるんだけども、出番が無いとはっきり確定してしまうとちょっとがっかりするというか……そんな感じなのだ。


 俺が船の上で男衆に慰められていたりするのは、まぁそんな理由からだ。

 夏の終わりだし、夢から覚めるにはちょうどいい季節だと思うことにしよう。


 年配の漁師さんから受け取った酒をちびちびやっていると、俺の【気配察知】に今日の漁の目的である魚の群れが引っかかった。

 俺が今日乗っている船が狙っている魚は、サケである。


 秋が近づいて来たので、時期的に沖合まで回遊してきたサケがボチボチと出てきた。

 今日はそのサケを流し網漁で獲ろうというのである。

 ちなみにこの世界では海の中に魔物という厄介者がいるので、定置網という漁法はほぼ見かけない。

 うかつに定置網を仕掛けると、魔物に網をズタズタにされてしまうことが多く、被害額が半端無いのだ。


 漁船が目的地にたどり着き、漁が始まる。

 船の上が活気に溢れ、引き揚げた網の目には結構な数のサケが引っかかっていた。

 うむ、今日も大漁だ。


 数回網を引き揚げると、すぐに船の積載量の限界に達した。

 けっこうな沖に出ているので、港へ戻るのも時間が掛かる。


 当然ながら船の上で飯を食う時間となり、持参の握り飯とせっかくなので目の前に山となっているサケで腹を満たすことにする。

 俺はオスのサケの中から、【気配察知】を使って寄生虫のいないものを選び、刺身にした。


 丼の中に刺身をごちゃっと入れ、醤油を掛けて混ぜる。

 そして醤油が絡んだ刺身を握り飯に乗せ、一気にかぶりつく。

 新鮮なサケの脂が、ジュワっと米に混ざりながら口の中を満たす――美味い、今年のサケの初物は最高だ。


 そんな食いかたをしていたら、持参した3個の握り飯をあっという間に平らげてしまった。

 もうちょっと持ってくれば良かったかな?

 でもあんまし食い過ぎると、後で胃から戻ってきちゃうんだよなー。


 食えなくなったなと、こういう時しみじみ思う。

 量が入らなくなったのもそうだが、食ったものがなかなか胃から腸へと進んでくれないのだ。


 食い終わってしばらくボーっとしていると、港に着いた。

 これで俺はお役御免。

 船から港へと水揚げするのは、俺の契約には入っていない。


 今日もいつも通り大銀貨2枚――2万円の報酬をもらう。

 あとは、これもいつも通り漁で獲れたサケを――。


「おい、おっさん。メスばっかし持ってくのは、勘弁してくれよ」

 メスのサケばっかし持っていこうとしたら、ベテランの漁師さんにクギを刺されてしまった。

 ちっ! 見られていたか!

 イクラをたくさん漬けたかったのに……。


 仕方ないので、オスとメスを各10匹――計20匹を、無限のアイテムストレージへと仕舞う俺。

 ん? 誰も周りにいなくなったか?


 よし、この隙にもう1匹メスをもらっていこう。


 …………


 ― ミッツメの街・自宅 ―


 帰宅した。

 まだ日が高いが、今のうちにイクラの醤油漬けを作ってしまおう。


 まず生筋子をサケの腹から出す。

 さすがに11匹分となると、けっこうな分量だ――これなら5~6kgはあるかな?


 これを風呂より少し熱めの湯に入れて、洗いながらほぐす。

 湯は給湯の魔道具で沸かし、【水鉄砲(ウォーターガン)】の魔法で適温に下げてからタライに張ってある。

 ……うむ、さすがに生筋子の分量が多いな。


 もみもみしながらほぐして、張り付いていた膜を取り除く。

 大きい膜はそうでもないんだけど、この小さい膜の破片を取り除くのが面倒なんだよなー。


 いいかげん膜を取り除いたところで、ほぐしてイクラ状態になったものを今度は細かい網の目の金属のザルに取る。

 それを水を張った別のタライに移し、更にキレイに洗う。

 2回洗ったところで、こんなもんで良かろうとザルですくい、桶にイクラを入れて今度は味付けだ。


 醤油を適当にジャーっと入れて……おっと、あんまし入れると色が濃くなり過ぎてしまう。

 あとは、味醂と酒を少し投入だ。

 ちょこっとスプーンですくって味見、この時点では味が漬かってないので美味しくはない。


 足りない塩気は、塩で調整して――再び味見。

 こんなもんかな?

 あまり味を濃くすると、イクラ本体の旨味をしっかり味わえなくなってしまうからな。


 あとは無限のアイテムストレージに、冷蔵の状態で時間経過を通常にして――保存完了っと。

 これで明日には、イクラの醤油漬けを堪能できるはずだ。


 時間を進める機能もアイテムストレージにはあるので、今晩イクラを楽しむことも可能ではあるが、今回はそれは使わない。


 楽しみに待つ時間も、美味しさのうちなのだ。


 …………


 ― 引き続き自宅 ―


「タロウさん! 出ましたよ!」

 アルスくんが、帰って来るなり俺に詰め寄り大声でそんなことを言ってきた。

 イヤ、顔が近過ぎてツバが俺の顔にまで飛んでいるんだが……。


「出たって、何が?」

 もう秋なんだから、怖い話とかいらんぞ。

 あと顔を少し離してくれい。


「ドラゴンですよ! ドラゴン! 前に話したじゃないですか、タロウさんが抜ける前に一緒にドラゴン討伐をしたいって! ついに出たんですよ!」

 あー、そう言えばそんな話もしたっけねー。

 ずいぶんとアルスくんが熱心に『一緒にドラゴンを討伐して、思い出にしたい』とか言ってたので、『そうだねー』とか適当な生返事をしたような記憶がある。


 ん? でもちょっと待って。

 ドラゴンが出たとか、一大事じゃないか?

 種類にもよるが、ドラゴンなんて高ランク冒険者でないと、討伐の許可とか下りないんじゃ?


「えっと、何ドラゴン? つーか、どこに出たの?」

 凶悪なヤバい系のドラゴンが街の近くに出たとかいう話なら、討伐どころかむしろ避難だろう。

 アルスくんはともかく、俺にはそんなもんを相手にできるほどの強さの持ち合わせは無い。


「トリプテルドラゴンです! まだかなり沖の方ですが、たくさんの漁師さんが目撃しているそうですよ!」

 あー……トリプテルドラゴンね。

 なるほど、ドラゴンには違いないか。


 説明すると、トリプテルドラゴンはかなり弱い系のドラゴンである。

 海底に生息するドラゴンで、魚介類だけでなく海藻なども食べる雑食性の魔物だ。


 大きさはかなり大きく、一般的な個体は全長で70~80mほどあるが、そのうちの半分近くは長いムチのような尾が占めている。

 トリプテルドラゴンの主な武器は、この長いムチのような尾だ。


 全体的な見た目に関しては、細長い尻尾が3本あるウーパールーパーを思い浮かべて欲しい。

 そこに頑丈なウロコを身に付けさせ、眠そうなゆるキャラ風の目にしてやれば、外観はそれでだいたい合っていると思う。

 あ、色は茶色ね。


 もちろんドラゴンと名が付くだけあって、頑丈なウロコを持ちブレスも吐く。

 ブレスは『流渦(りゅうか)のブレス』という、渦を巻いた水流だ。


 正直しっかりとした装備の冒険者にとっては即死するようなブレスでは無いが、海底の砂などを巻き込むので視界を失うのと渦を巻く水流に巻き込まれると三半規管をやられるのとで、食らうと一時的に無防備となる。

 なのでやはり、ブレスは食らわないほうがいいのは間違い無い。


 あとこれは余談なのだが、トリプテルドラゴンの肉は食べるとエビの味がするのだそうだ。

 ドラゴンだし見た目が爬虫類系なので肉も同様に思えるだろうがそこは魔物、肉の味も常識からは外れているらしい。


 そんなトリプテルドラゴンだが、実は俺たち『ランク:皮』でも討伐・狩猟の許可が下りる。

 ドラゴンの割には攻撃がそれほど凶悪では無いのが理由だ。


「明日には討伐依頼が出るはずですから、絶対にやりましょうね!」

 アルスくんのテンションは爆上がりだ。

 冒険者にとっては『ドラゴン殺し(スレイヤー)』の称号は、やはりぜひとも欲しいものだからね。


 もちろん俺だって『ドラゴン殺し(スレイヤー)』の称号は欲しい。

 やっぱカッコいいもの。


 そんな訳で――。

 明日のために、今日は早めに休もう。

 その前に晩メシだ。


 アルスくん、みんなを呼んできてー。


 今日はサケづくしだから。


 ――――


 ― 翌朝・ギルド ―


 トリプテルドラゴンが出たという話はやはり冒険者の皆が知っており、今日は早朝からギルド内がソワソワした空気になっていた。

 俺たちを含めた『ランク:皮』以上の冒険者たちは、もちろん一番最初に『トリプテルドラゴンの討伐』の依頼の紙を手にしようと、掲示板に貼られる瞬間を虎視眈々と狙っている。


 いつも掲示板に依頼を張っている女性の職員さんが動いた。

 ギルド中の冒険者の視線が、全てその手に持った紙の束に集まっている。


 依頼が貼られ始めた。

 1枚……また1枚と貼られていくが、一向に『トリプテルドラゴンの討伐』の依頼の紙が貼られる気配が無い。

 ずいぶん勿体ぶるなー。


 依頼の紙が全て貼り終わった。

 結局最後まで『トリプテルドラゴンの討伐』の依頼は、掲示板に貼られることは無かった。


 あれ? ひょっとして依頼が出ないのかな?

 とか思っていたら、珍しく朝から受付のすぐ後ろに座っていたギルドマスターがやおら立ち上がり、俺たち冒険者でごった返している掲示板へと近づいて来た。


 ここのギルマスはジョダさんと言って、昔は美人であったであろう年配のおばさまである。

 ちなみに本人に間違って婆さんとか言ってしまうと、しばらく金にならない緊急依頼を押し付けられたりするので、ギルド内では禁句となっている。


 そのギルド一筋45年の大ベテランなギルマスが、1枚の紙を右手に掲げてニヤリと笑みを浮かべている。

 あぁ、なるほど。

『トリプテルドラゴンの討伐』の依頼が、貼られない訳だ。


「さて『ランク:皮』以上の冒険者諸君、あんたらが手にしたいのはこの『トリプテルドラゴンの討伐』の依頼の紙だろう。しかしながらこの紙を掲示板に貼ると、大混乱になるとアタシは予想した」

 やっぱりその右手に持った紙は『トリプテルドラゴンの討伐』の依頼の紙だったか。

 まぁ、確かに依頼の紙の奪い合いで、冒険者同士の間でひと悶着はありそうだけどね。


「なのでこの依頼はアタシの裁量で、あんたらに抽選で受けさせるということにした――文句は言わせないよ。挑戦したいというパーティーの代表は、まずは名乗りを上げな」

 うわー、ギルマス権限で抽選かよ……。

 倍率高くなりそうだなー。


「『ランク:皮』パーティー『死のそよ風』、挑戦するぜ!」

 早速名乗りを上げた奴が出た。

『死のそよ風』は5人パーティーで、堅実さが売りの年齢的に中堅どころの冒険者たちだ。

 地味に実力を上げてきたので、そろそろ1発派手な称号が欲しいってところか。


「『ランク:皮』パーティーの『黄金の絆』です、この依頼は僕らがやらせてもらいます!」

 次に名乗りを上げたのは『黄金の絆』――我らがリーダー、アルスくんだ。

 なんかすごーく気合が入っている。

 スロット運の悪いアルスくんだが、今回は抽選とのことなので大丈夫だろう……たぶん。


「『ランク:銅』の『天空の砦』だ、俺らに任せてもらえりゃ確実に討伐できるぜ」

 余裕ある態度のこいつら『天空の砦』は、今ギルドにいる唯一の『ランク:銅』冒険者だ。

 今年の春先にこのミッツメの街に流れてきた4人組のこいつらは、適当そうな空気の割には確かな実力を持っている。

 この街は依頼を受けていない時の生活拠点なので普段は見かけることは無いが、今回はたまたま街に滞在していたので名乗りを上げたのだろう。


『ランク:銅』である『天空の砦』が名乗りを上げたことによって、場の空気が微妙に変わった。

 格上の『ランク:銅』が出張るということで、名乗りを上げようと思っていた『ランク:皮』に、なんとなくプレッシャーがかかってしまったのだ。


「あ、あたしたちも参加します! 『ランク:皮』の『必殺の花束』です!」

 微妙な空気になったにも関わらず、頑張って『必殺の花束』という4人パーティーが名乗りを上げた。

 つい最近『ランク:皮』にランクアップした全員女性というこのパーティーは、ミッツメの街の冒険者の野郎どもに人気の頑張り屋さんたちだ。

 実力のほどは、知らん――ぶっちゃけ接点無いし。


『必殺の花束』を最後に、名乗りを上げる冒険者は出なくなった。

 ん? 4組でおしまい?

 まだ『ランク:皮』の冒険者パーティーとか、たくさんいるのに。


「もういないか、締め切るぞ――いいな。じゃあここに数字の書いてあるカードが4枚あるから、引いた数字の順番に討伐な――前の奴らが失敗したら、次の奴らの討伐の番――」

「あー、悪りぃ。俺らの順番最後でいいわ」

 ギルマスが抽選方法を説明している途中で『天空の砦』の人が、最後でいいとか言い出した。


 ほう、ずいぶんと余裕なセリフじゃねーか。

『ドラゴン殺し(スレイヤー)』の称号なんざ、格下に譲ってやるってか?

 それに『トリプテルドラゴンの討伐』は依頼の達成だけで300万、素材の売却代金を含めれば2000万以上の収入になるはずだ。

 それを譲るとおっしゃる?


「面白れぇ」

 あ、つい声に出しちまった。

 なんかギルド中の視線が、俺に集まってしまったし……。

 まぁいいや、この際思ったことを口に出してしまおう。


「ならもう帰っちまってもいいんじゃねーか? どうやってもお前らの出番は回ってこねーだろうしな――どうよ? そこの『ランク:銅』の坊やたちよ」

 なんとなーく挑発というか、喧嘩を売ってしまった気もするが後悔はしていない。

 喧嘩を買われたら買われたで、久々に【真・暗殺術】のスキルでも発動して、一発かましてやるだけだ。


「そいつぁ断らせてもらうぜ、こんな面白そうなイベントはなかなか無ぇからな。出番が無ぇなら高みの見物をさせてもらうだけさ。お手並み拝見させてもらうぜ――そこのおっさんよ」

 あ、こいつけっこう大人だわ。

 喧嘩は買わずに、挑発には挑発で返してきやがった。


「おう、良く見とけや――勉強させてやんよ」

 うむ、決まった――決まったよね?

 俺としてはキャラに似合わぬセリフを精一杯頑張ってみたつもりなのだが、少しはカッコいいおじさんをやれただろうか?

 こういうキャラとか普段からやらんので、イマイチ上手く行ったかどうか空気が掴めんのよ。


 何故だろう?


 なんか今更こっ恥ずかしくなってきてしまった……。


 ――――


 ― 沖合 ―


 抽選の結果、俺たちの順番は2番目となった。

 先陣は全員女性の『必殺の花束』の4人である。

 楯剣士・盾槍士・魔導士・回復士という4人で構成されたこのパーティーは、なかなかバランスが取れていると俺は思う。


「あの、船に乗せてくれてありがとうございました」

 ペコリと頭を下げてきたのは、『必殺の花束』のパーティーリーダーで楯剣士のファンロだ。

 この赤毛ロングの女子は、真面目系キャラでややおっさん系の冒険者に人気らしい。


 お礼を言われたのは何でかと言うと、タイタンニク号に乗せてあげたからである。

 ミッツメの街広しといえども、自前の船を持っている冒険者パーティーは俺たちを含めて僅か5組しかいない。

 なのでついでだからと『タイタンニク号』に乗せてあげたのだ。


 言っておくが、別に女子のパーティーだから仲良くなりたいという下心からでは無い。

『必殺の花束』には魔導士もいるので、俺たちの番になったら風魔法でのタイタンニク号の操船を、彼女たちに任せようと考えたからである。


 あ、ちなみに『天空の砦』の連中も船を持っていて、すぐ近くで観戦しようとしている。

 くそっ! あいつらの船、けっこういい船でやんの。


「じゃあお先に」

「しっつれーい」

「なんか緊張するね」

「じゃ、あんたらの出番無くしてくるから」

 当該海域に到着したので、『必殺の花束』の面々がトリプテルドラゴンの討伐をすべく、海中へと飛び込もうとする。


 適当に手を振りながら、俺たちはそれを見送る。

 飛び込む間際に『ヤバイと思ったら即撤退しろよ』と声を掛けたのだが、果たして聞こえたかどうか……。


 水中の様子は、主にノミジが実況してくれている。

 ノミジの目は海中での戦闘程度ならしっかりと捉えられる、天然チートなのだ。


 実況が始まった。

 戦闘開始と同時に『必殺の花束』の4人は、散開したようだ。

 どうやらトリプテルドラゴンの流渦(りゅうか)のブレスを警戒して、正面からの攻撃は避けているらしい。


 だがトリプテルドラゴンの鱗の弱い部分は正面なので、その他の部分への攻撃ではなかなか攻撃が通っていない様子とのこと。

 魔法も水中では炎や雷撃という高火力のものを使えず、どうやら攻撃の決め手を欠いてしまっているとのノミジの解説である。


「パネロさ、スタンバイしとくべ」

「あいあいさー」

 ペンギンの着ぐるみ姿のパネロが、アップを始めた。


 どうやらそろそろ『必殺の花束』が危険な状態になってきたらしい。

 ウチのパーティーで最高の水中機動力と防御力を持つパネロは、彼女らの救出要員でもある。


「あー、諦めただな――いい判断だべ」

 どうやら『必殺の花束』は、トリプテルドラゴンの討伐を諦めたらしい。

 ノミジの言う通り、無理に討伐を続けないという判断は称賛されるべきものだろう。

 冒険者などという稼業は、命あっての物種なのだ。


『必殺の花束』の面々が浮上してきた。

 クェンリーが浮上場所付近まで、魔法でタイタンニク号を寄せる。

 トリプテルドラゴンは、彼女らを追っては来ていないようだ。


「ハァハァ……駄目でした」

「硬てーよ」

「わたしの水魔法や土魔法じゃ、全然効かなかった」

「さすがにあんだけ回復魔法使うと、魔力切れだわ」

 どうやら回復役の人が魔力切れを起こしたのが、撤退を判断する決め手だったらしい。


「駄目じゃありませんよ、挑戦するというのは素晴らしいことです――それにあの撤退の判断、僕は立派だと思います」

 アルスくんが仲間内には使う機会が無い無駄なイケメン力を出して、なんかカッコいい冒険者風のセリフを『必殺の花束』のリーダーであるファンロに言っている。


 心なしかファンロの顔が赤くなっているようだ。

 だがすまんな、アルスくんは年下の女性にしか興味が無いのだよ。


「【水中呼吸泡(アクアラング)】!」

 パネロの魔法が『黄金の絆』の全員に掛けられた。

 いよいよ俺たちの出番だ。


 タイタンニク号の操船は『必殺の花束』の魔導士――ザワコに任せ、俺たちは海中へと飛び込む。

 しばらく潜っていくと、先ほどの戦闘で濁った海水越しに、トリプテルドラゴンの姿が見えてきた。

 俺たちは迅速に、だが落ち着いてそれぞれの役割をこなすべく、海底へと進む。


 とうやらあちらも俺たちに気づいたようである。

 こちらに頭を向け、流渦のブレスを放ってきた。

 トリプテルドラゴンの口から、渦を巻いた水流が放たれたのだ。


「【流水衝砲(ウォーターショックカノン)】!」

 それに対してこちらが打つ手は、我らが魔法少女――クェンリーの魔法だ。

 流渦のブレスの中心を狙って水流での衝撃を打ち込み、ブレスの勢いを拡散させて弱めようというのだ。


 クェンリーは最近、魔法の詠唱を止めた。

 相手が強くなるにつれ戦闘がシビアになってきたので、このままでは仲間に危険が及びかねないと思い、自主的に止めたのである。

 大人になったなクェンリー……衣装は魔法少女だけど……。


 流渦のブレスは、こちらの思惑以上に拡散された。

 乱れた海水の流れで多少動きに影響は出るが、これなら奴のブレスは攻撃と言えるようなものでは無くなったも同然である。


 いいぞクェンリー。

 知力+220の効果のある『魔法少女の衣装』を装備して威力が上がっているとはいえ、的確にブレスの中心に魔法を当てるのはお前のセンスだからな。

 だが、ドヤ顔するのはまだ早いからやめれ。


 流渦のブレスをほぼ無効化して戦闘可能な場所となったトリプテルドラゴンの目前に、アルスくんが剣を構えた状態で降り立つ。

 最もウロコが細かくて弱い頭部にぶつけるのは、我が『黄金の絆』の最高火力である未来の勇者だ。


 剣を振るおうとするアルスくんに対して、トリプテルドラゴンの3本のムチのような尾が襲い掛かった。

 海水という抵抗がありながらも、3本の尾が鋭く伸びる。


 だが――その鋭く伸びる尾の前に、立ち塞がる者が1人。


 ゴツン! ドン! バン!

 鈍い音とともに3本のトリプテルドラゴンの尾を見事にはじき返したのは、『吸撃の大楯』をしっかりと構えた我が『黄金の絆』の守護女神――マリーカである。


 筋力と器用さには自信を持っていた彼女は、ここのところ自分に足りないと思われる素早さを磨いてきた。

 ようやくその努力が実ってきた今のマリーカはさらに安定感が増し、実に頼りになる盾となって、俺たちを守ってくれている。


 盾を構え、悠然と敵との間に立つマリーカ。

 俺たちはその姿を目にするだけで、絶大な信頼と安心感を覚えるのだ。


 さて、そろそろ俺の出番だな。

 俺は自分の胴体に、長いロープの一方を縛り付けた。

 もう一方のロープの端は、パネロのペンギンの着ぐるみにしっかりと巻き付けられている。


 俺はトリプテルドラゴンの、この辺が急所であろうという場所のウロコに、しっかりと取り付く。

 そしてそのまま腹ばいで1枚のウロコの上にしがみつき、【吸着】のスキルを発動――パネロへと合図を送る。


『ペンギンスーツ』のおかげで見た目イロモノとなったパネロだが、おかげで俺たち『黄金の絆』の中では別格とも言える水中での推進力を手に入れた。

 今、俺とパネロが組んでやろうとしているのは、ウロコにガッチリ吸着した俺を強力な推進力を持つパネロが引っ張ることにより、トリプテルドラゴンのウロコを引っぺしてやろうという試みである。


 勢いよく発信するパネロ、グンと引っ張られる俺。

 そして俺と一緒に引っ張られるウロコ。

 バリッという音がして――俺が吸着していたトリプテルドラゴンのウロコは、見事に剥がれた。


 ウロコを剥がされれば、もちろんトリプテルドラゴンとて痛い。

 当然ながら3本の尾の攻撃は俺たちに向かう――が、マリーカの盾がそれを許さない。

 さすがマリーカ、頼りになるぜ。


 尾による攻撃が俺たちに向き、アルスくんの攻撃がますます苛烈になっていく。

 たまらず流渦のブレスを吐くトリプテルドラゴンだが、やはりそれはクェンリーの魔法が阻止。

 トリプテルドラゴンの頭部に対するダメージが蓄積していく――いい感じだ。


 俺とパネロは、また別なウロコをターゲットにして、引っ剥がす準備を始める。

 尾が俺たちを狙い、マリーカがそれを防ぐ。


 ここで俺たちの最後の一手が、トリプテルドラゴンを襲った。

 俺たちがウロコを剥がして無防備になった場所を、寸分の狂いもなく打ち抜く矢――俺たち『黄金の絆』の目とも言える仲間、ノミジの放った矢である。


 矢が刺さった部分は、俺とパネロがウロコを剥がした急所と目される場所だ。

 おかげでトリプテルドラゴンの注意が矢の刺さった場所へと向き、頭部への攻撃を続けているアルスくんへのヘイト――攻撃意識が下がる。


 よし! 完璧だ!

 アルスくんにトリプテルドラゴンの弱点とも言える頭部への攻撃へと集中してもらい、クェンリーの魔法で頭部への攻撃の最大の障害となる流渦のブレスを無効化。

 マリーカの盾によって3本の尾の反撃を封じ、俺とパネロとマリーカでトリプテルドラゴンの攻撃意識をかく乱して分散する。


 これが俺たちの立てた、トリプテルドラゴン討伐の作戦である。


 クェンリーとマリーカが無効化や防御に失敗した場合は俺かパネロの回復魔法の出番となる予定だったが、この分ではそちらの出番は無さそうだ。

 今のところ、それほど上手く行っている。


 アルスくんはいよいよトリプテルドラゴンに止めを刺そうと、攻撃が威力重視となってきた。

 クェンリーの魔法は、苦し紛れに放たれるブレスを的確に妨害している。

 マリーカの盾は、変わらぬ安定感で3本の尾を防いでいた。

 パネロはウロコにしがみ付いた俺を引っ張りながらも、味方の誰かに危険が及んでないか目を配っている。

 ノミジの放つ矢は、的確にトリプテルドラゴンのウロコが剥がれた場所を貫き続けている。


 それぞれがそれぞれの役割をこなし、全員の動きがガッチリと噛み合いながら、確実にトリプテルドラゴンを追い詰めていく。


 良いパーティーだ。


 これは自画自賛などでは無い、客観的に見ても素晴らしく良いパーティーのはずだ。

 それに自画自賛をするなら、俺はこの『黄金の絆』のことを『良い』などとは言わない。

 俺にとって『黄金の絆』は、最高のパーティーなのだ。


「必殺! 竜首斬(りゅうしゅざん)!」

 アルスくんの99ある必殺技のうちの、ドラゴンの首を落とすために編み出した竜首斬が放たれた。

 海水の浮力のおかげで、トリプテルドラゴンの首がゆっくりと海底へと落ちる。


 この瞬間、俺たちはついに――。


『ドラゴン殺し(スレイヤー)』となったのである。


 ――――


 ギルドへと戻ると、俺たちは冒険者たちにもみくちゃにされた。

 俺たちよりも船足の速い船を持つ『天空の砦』の奴らが一足早くギルドへと戻り、冒険者たちへと話していた結果である。


 先に話をきいていたにも関わらず、冒険者たちはやはり直接俺たちから話を聞きたかったらしく、しつこくトリプテルドラゴンをどうやって討伐したか聞きたがった。

 おかげで討伐で疲れていた俺たちは、冒険者たちへの解説という疲れる役目をさらに課せられてしまったのである。


 その上『ランク:銅』冒険者である『天空の砦』の連中が俺たちのことをやたら褒めちぎるものだから、もうギルド中が興奮状態。

 返ってきたのが昼だったにも関わらず、俺たち『黄金の絆』はロクなメシも食わずに、夜まで『ドラゴン殺し(スレイヤー)』に至る武勇伝を語ることとなった。


 このまま冒険者たちと一緒に宴会になだれ込む流れになりかけたのだが、みんな疲れているからという理由で宴会は断った。

 正直なところ疲れていたのもそうだが、本音は自分たちだけでこの『ドラゴン殺し』という偉業をじっくりと噛み締めたかったのだ。


 名残惜しがっている連中を尻目に、俺たちは自宅へと帰る。

 もちろん、明日の夜の宴会は約束させられている。

 なんか知らんが『天空の砦』の連中が宴会費用を持ってくれるらしいので、そこは遠慮なく奢ってもらうことにしよう。

 あいつら金持ちだし。


 帰りに商店街に寄って、美味そうなホタテ貝と茹でた枝豆を見つけたのでそれを大量に購入。

 俺たちは無事に、自宅へと戻った。


 …………


 自宅へと戻ったので、俺は早速メシ作りだ。

 他の連中には、とりあえず枝豆を与えて大人しくさせておこう。


 メシを作ると言っても、大したことはしない。

 まずパネロとマリーカの炊飯器で2升の米を炊き、大きな人数分の丼にごはんを満杯より少し少なく盛る。


 そこにさっき買ってきたホタテ貝の貝柱の刺身と、昨日漬けたイクラの醤油漬け、それに今日俺たちが討伐した記念である肉――エビの味がするというトリプテルドラゴンの肉を乗せる。

 初めてのドラゴン討伐記念の、ホタテとイクラとエビ――じゃなくてドラゴンの、海鮮三色丼だ!


「よし、できたぞー」

 と俺が言うが早いか、みんなが海鮮三色丼をがっつき始める。

 昼からロクなもん食べて無かったので、みんな腹ペコなのだ。


 それでもみんな海鮮三色丼を頬張りながら、今日のトリプテルドラゴンの討伐の話などをボチボチと話し続けている。

 もちろん俺もだ。


 自らの活躍を自画自賛し、全員の成長を喜び合う。

 俺が戦闘中にこのパーティー『黄金の絆』の素晴らしさを実感した話を言うと、皆がうんうんと頷きそれぞれに俺たちの良さなんかを語り始めたりもしている。


 こういう話をしていると、ふいに話が途切れ沈黙が訪れることがある。

 今がそうだ。

 すぐに誰かがまた何か話し始めると思っていたのだが、なぜだか静かな時間が続く。


「やっぱおっさんさと一緒に『ドラゴン殺し(スレイヤー)』になれて、良かっただよなー」

 ノミジがそんな風に、しみじみと沈黙を破った。

 他のみんなが『あー、言っちゃったよ』みたいな顔をして、苦笑いをしている。


「みんなで言ってたのよ。別れる前に何かおっさんと記念になるようなことがしたいって」

『この流れだから、もうはなしちゃおうか』みたいなノリになって、クェンリーがそんなことを皆で話していたことを教えてくれた。


「なぁ、やっぱ『ドラゴン殺し(スレイヤー)』の称号って、おっさんも嬉しいか?」

 これはマリーカ、ずいぶんストレートに聞いてきたな。

 今度は俺が苦笑いだ。


「そりゃあ嬉しいさ、何たって『ドラゴン殺し(スレイヤー)』だからな」

 そう俺が言うと、みんなが何とも言えない嬉しそうな顔になった。


 あぁ、なんだそうなのか。

 こいつら、俺のためにトリプテルドラゴンの討伐をやってくれたのか……。


 こいつらは、そろそろパーティーを抜ける俺への餞別代わりにと、わざわざ『ドラゴン殺し(スレイヤー)』の称号をプレゼントしてくれたのだ。

 それも全員で一緒にという『思い出』も込みで……。


 あれ? 何だろう……。

 目から何かしょっぱい水が……。


「あれー、ひょっとしておっさんさん泣いてますー?」

 うるせーよ、歳取るとこういうのに弱くなるんだよ!

 なんだよもうっ! パネロのくせに生意気だ!


「タロウさんが喜んでくれて、良かったです」

 そう言うアルスくんの目も、なにげにウルウルしてるし。

 なんでアルスくんが泣くんだよ! 変だろそれ!


「あー! アルスさも泣いてるだー!」

 アルスくんの涙を見逃さなかったノミジが、はやし立てる。

「いいじゃないですか!」

 イヤイヤアルスくん、そんなムキになったら――。


「アルスが泣いたぞー」

「写真とろ写真! クェンリー、魔道写真機持ってたよね?」

「あるわよ――はいパネロ、後で焼き増ししてギルドに貼ってやりましょ」

 ほら、女性陣が悪ノリし始めたし。


「止めて下さい!――でないと……怒りますよ!」

 あ、アルスくんが剣抜いたし。

「きゃー、マリーカ助けてー!」

「おっしゃ任せとけ!」

 マリーカが取り出したのは、透明なポリカーボネートの盾だ。


「これなら盾越しでも写真が撮れるぜ!」

「さすがマリーカ! 分かってるぅ!」

「なんの! だったら必殺――」

「アルスさ必殺技は駄目だべ! 壁の危険が危ないだ!」

「ペンギンスーツ、装着!」

「ちょっとパネロ! あんただけズルいわよ!」


 仲間たちの騒がしくも楽しい光景が続いている。

 俺は安全地帯のアルスくんの後ろで、それを見ながら腹を抱えて笑っている。

 楽しいっていいな。


 みんなありがとう。

 楽しい時間と思い出をありがとう。


 今日は俺の人生で、最高の日になったよ。

 自画自賛だが、三色海鮮丼も最高に美味かったしな。


 つーか、トリプテルドラゴンって――。


 ホントにエビの味がするんだなー。

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