王冠ウツボの狩猟
― ミッツメの街・ギルド ―
「へぇー、許可が下りたんだ」
「ということは、リランの親父さんも2人の仲を正式に認めたってことだよな」
「ひゅーひゅー♪」
「そ、そういうのじゃなくて、お父さんがあたしたちのことを一人前の冒険者として認めてくれたってことなんだってば!」
ウチの女性陣に冷やかされているのは、『真実の探求者』の一員であるリランちゃんである。
さて、まずは今現在の状況を説明しようか。
さっきの会話からして、リランちゃんが親父さんに何らかの許可を得たのであろうことは想像できるだろうが、何の許可を得たのかと言うと――冒険者パーティー『真実の探求者』の、拠点の移籍をすることへの許可である。
まぁ親父さんにとっては冒険者云々というよりも、嫁入り前の愛娘が彼氏と一緒に自分の目の届かない土地へと引っ越すことを、娘に押し切られて父親としてしぶしぶ認めたというのが実際のところだろう。
リランちゃんの親父さんには会ったことは無いが、喜んで許可してはいないだろうことは、今のところ生涯独身を貫き娘なんぞという存在には欠片も縁の無い俺でも、そこは想像に難くない。
「で、どこに移籍することにしたんだい?」
女性陣ばかりが盛り上がっているが、もちろん俺たち男性陣もこの場にいる。
今の質問は、アルスくんがエドガーくんにしたものだ。
「ボーリャクの街にした。あの辺は強くはないけどクセのある魔物が多いって話だからな、知恵を絞って戦うオレたちには向いていると判断したって訳だ」
ほう……ボーリャクの街ね。
ボーリャクの街……ボーリャクの街……? あれ? どこだっけ?
そんな俺の衰えた記憶を補完してくれたのは、アルスくんだった。
「ボーリャクの街といえば、ヌイルバッハ侯爵家の領都じゃないか。大丈夫なのかい?」
あー! そうそう、ヌイルバッハ侯爵家の領都だった!
なるほど、アルスくんの言う大丈夫とは『あそこは反ギルド派の総本山だったはずだが、そんなところでまともに冒険者活動ができるのか』という意味だろう。
「ヌイルバッハ侯爵家は、当主が代替わりしてから冒険者が活動しやすくなったようだからな。その辺は大丈夫だろ」
そう、死んだ先代のヌイルバッハ侯爵は反ギルド派の筆頭であったが、現ヌイルバッハ侯爵に関してはそんな話は一切聞かれない。
つまりはトリアエズ王国の最も大きな反ギルド派の勢力が、親ギルド派とまでは言わずとも、少なくとも中立派程度には寝返ったということだ。
ならばボーリャクの街での冒険者活動はきっとやりやすくなっただろうはずなので、エドガーくんが大丈夫と判断したことは妥当と言える気がする。
「それに、オレにはもう1つ気になっていることがあってボーリャクの街に行ってみたいんだよ」
エドガーくんの目が、少年特有のキラキラした輝きを放った。
この感じだと、こいつのボーリャクの街への興味はそっちがメインなのだろう。
「気になることって?」
アルスくんはその気になることとやらが気になっているようだが、俺にはだいたい察しがついている。
まぁ、たぶんあの件だろう。
「ウチの名探偵さんは、池に落ちて死んだはずの前ヌイルバッハ侯爵の死因が、どうにも気になるらしいわよ」
溜息とジト目が良く似合う『真実の探求者』の薬師のチョルちゃんが、半分諦めたような顔つきでエドガーくんの代わりにそう説明してくれた。
……やっぱし、そういうことなのね。
前ヌイルバッハ侯爵は孫のモルヘラウトくん共々、城内の池に落ちて溺死したということになっているが、俺にはぶっちゃけ暗殺ではないかという疑念がある――思うにたぶん冒険者ギルドか、ギルドとの提携を支持する派閥による暗殺。
エドガーくんはどこでどうそんな考えに至ったのかは知らんが、前ヌイルバッハ侯爵の死に対して俺と同様の疑念を持ったらしい。
俺がヌイルバッハ城の中で忍び込んできたギルドの職員を目撃したとか言ったら、たぶんエドガーくんは目を輝かせて食いついてくることだろう。
しかしながら俺にはそんなことを言う気は全く、これっぽっちも無い。
理由はもちろん、それを言ってしまうと俺もヌイルバッハ城に不法侵入していたということがバレてしまうからである。
エドガーくんや、難しいだろうが頑張って前ヌイルバッハ侯爵の死の真相を突き止めてくれたまえ。
ただそれやっちゃうと、冒険者ギルドに睨まれることになっちゃいそうだけどね……。
その後、前ヌイルバッハ侯爵の死についての考察を延々とエドガーくんに聞かされたり、ボーリャクの街へと移籍した後の『真実の探求者』の3人の部屋割りを巡っての女性陣の論争に巻き込まれてしまったりしながら、時間は過ぎていった。
で、最後に送別会の話となり、どうせなら美味い物を食べようという話に当然なる訳だ。
主に俺たち『黄金の絆』の主導で。
ほいでもって、何を食べようかという話になった時――。
「王冠ウツボって、美味しいのよね」
と、リランちゃんが右手の人差し指を立てて口元に当てながら、決定的な一言を発信したくれたのである。
リランちゃんがこれだと言えば、エドガーくんはなんだかんだ言いながらも結局は同意する。
このカップルは既に、リランちゃんのほうがエドガーくんを尻に敷いているのだ。
ちなみにこういう時のチョルちゃんは、空気である。
「じゃあ僕らが獲ってきてあげますよ!」
このアルスくんの友情に満ちた言葉によって、王冠ウツボは俺たち『黄金の絆』が獲ってくることとなった――もちろん無報酬で。
無報酬なので、ギルドを通す必要は無い。
金銭の授受が発生しなければ、それは依頼ではないのだ。
まぁ厳密に言えば依頼なんだろうけど、その辺は案外ギルドも融通を効かせてくれたりするのですよ。
送別会は3日後の夜の予定なので、王冠ウツボは3日後の午前中に狩猟することにした。
やっぱ食べるなら、新鮮なほうがいいもんね。
――――
― 3日後・朝 ―
俺たちは夜明けとともにタイタンニク号に乗り込み、海へと繰り出している。
目的はもちろん、王冠ウツボの狩猟である。
狩る予定の王冠ウツボの居場所には、既にアタリはつけてある。
俺が頑張って【気配察知】を駆使し、王冠ウツボの巣の気配を探しまくった成果だ。
目的地に到着した。
「それじゃいきますよー、【水中呼吸泡】!」
パネロが水中呼吸泡の魔法を使い、俺たちはいよいよ海中へと潜る。
王冠ウツボの狩猟の始まりだ!
海底に辿り着くまで若干時間があるので、王冠ウツボについて少しばかり説明しておこう。
王冠ウツボの最大の特徴は、やはりその頭部から垂直方向に延びている円環状のヒレであろう。
ちなみに魚ではなく、王冠ウツボは魔物に分類される海の生き物だ。
全長は成長した個体で10m前後が一般的で、イカタコ系や魚系の生き物を食べる。
人間を狙って捕食するようなことは無いが、近づくと敵とみなされて攻撃されてしまうらしい。
鱗などがある訳では無いので武器ダメージは通りやすいが、鋭い歯と強靭な顎は鉄の鎧をも十分に砕くほどであり、殺傷能力はかなり高い魔物なのだ。
とか説明しているうちに、王冠ウツボの巣穴近くまで辿り着いた。
さて、ここからが本番だ。
とりあえず倒すのはアルスくんがいるから問題ないとして、問題はどうやって王冠ウツボを巣穴から引っ張り出すかである。
ノミジが巣穴に矢を射かけるという手もあるが、矢で刺激された王冠ウツボが怒り狂って飛び出してくる可能性があるので危険だし、仕留めてしまったら仕留めてしまったで死んだ王冠ウツボを巣穴から引っ張り出すのにものすごく苦労するだろう。
クェンリーの魔法を巣穴に叩き込むという方法もあるけども、加減を間違うと王冠ウツボの肉が駄目になったり、巣穴そのものが崩壊する恐れもあるので推奨できない。
なのでここは最も安全策である、俺の【真・餌付け】のスキルの出番だ。
俺が王冠ウツボに何か餌を食わせ、【真・餌付け】の効果で友好的になって巣穴からノコノコ出てきたところをアルスくんが仕留める。
これが一番安全で確実な方法だろう。
唯一の気掛かりは、王冠ウツボが必要以上に俺に懐くことくらいである。
ぶっちゃけあんまし懐かれると、殺した時に俺の心にダメージが残ってしまうので嫌なのだ。
そこらの魚みたいに『餌くれよ、餌!』という態度ならまだ殺しても罪悪感なんぞ無いのだが、『おともだちになってくれる?』みたいな懐きかたをされてしまったら、さすがに殺すのはちょっと辛い。
なので王冠ウツボも普通の魚と同様、ちょっとアホな懐き方をしてくれることを祈ろう。
さて――そんな訳で、俺は王冠ウツボに餌を与えようと思う。
与える餌は、以前討伐した大蛸の頭の部分だ。
なんかみんな足のほうばっか食べるから、アイテムストレージの中に大量に残ってるんだよね――頭のとこだって美味しいのに、何でだろう?
さてまずは、予め10kgくらいに切り分けておいた大蛸の頭部分をアイテムストレージから取り出――。
「タロウさん! 危ない!」
へ? 何?
気が付くと巣穴から飛び出てきた王冠ウツボが、俺のすぐ近くまで迫っていた。
しまった! 完全に油断して、気配察知が疎かになってたし!
餌やるだけだから安全だと思ってたのに……こんなことならマリーカの護衛を断るんじゃ無かった!
一瞬のうちにそこまで考えた直後、俺と王冠ウツボの間に何かが割り込んできた。
アルスくんだ。
イヤ、危ないから! それ下手したら死んじゃうから!
結論から言うと、アルスくんは死ななかった。
王冠ウツボの頭部に僅かに剣で切りつけたものの、その頭部に突き飛ばされて大きく弾かれたのである。
おかげで俺と王冠ウツボの間を阻む者はもう何も存在しなくなった。
王冠ウツボの大きく開いた口が、もうそこまで迫ってきている。
俺の【水中戦闘術】のスキルをもってしても、ギリで回避できそうに無い。
さてどうするかとパニクっている頭で必死に考えた俺は――。
無限のアイテムストレージから、切り分けていないほうの――バカでかいほうの大蛸の頭を取り出し、俺と王冠ウツボの間に放り出したのである。
イヤ、なんか壁になってくれるかなーとか思っちゃったもので……。
良く考えれば、柔らかすぎて盾にはならないと分かりそうなものだが。
とりあえず目くらましにはなってくれた気がするので、ほんの一瞬の間であろうが俺は必死に動いた。
この一瞬で、少しでも王冠ウツボの牙から遠ざかることができれば!
放り出した大蛸の頭が、目の前でぶよんと歪む。
王冠ウツボの鋭い歯が、大蛸の頭を食いちぎっろうとしているのだ。
そして大蛸の頭はいともあっさりと、王冠ウツボの強靭な顎によって食いちぎられた――俺の右足もろとも。
「うが……ぐうぅ……」
痛えっ! ヤバいヤバヤバい!
どうすりゃいいんだか、クソなんも考えらんねぇ!
逃げないと、とにかく逃げないと!
【水中戦闘術】のスキルが思うように発動しねー……くっそ! そういや右足食われたんだった!
「おっさん大丈夫か!」
いきなり体がグイっと何かに引っ張られるのを感じた。
視線を動かすと、それは盾を構えて王冠ウツボの攻撃に備えながら俺の襟首あたりを掴んでいる、マリーカであった。
「おっさんすまん、必要無いって言われても無理やりにでも護衛に着いとくんだった。本当にすまん!」
「違……それ、違……」
駄目だ『それは違う、マリーカのせいじゃない』と言おうとしたのに、思うように声を出すことができない。
痛みをこらえるので精いっぱいなのだ。
それでもマリーカに引っ張られ守られているという安心感は、俺を少し冷静にしてくれた。
そうなのだ、冷静に考えてみたら俺には【回復魔法】という極めたスキルがあるのだ。
たかが自分の右足の1本など【完全回復】の魔法で、ちょいちょいっと生やせるはずだ!
生やせるはずなんだけど――ちっ! 痛みで魔法に集中できん!
魔法って意外と集中力が必要なんだな……今更ながら思い知ったぜ!
「【大回復】!」
パネロの声が聞こえた。
俺の食いちぎられた右足の断面が、ゆっくりと塞がっていく。
有難い、おかげで痛みが和らいできた――これなら!
「パネロ、助かった――【完全回復】!」
今度は集中できた。
魔法が発動し、俺の足の付け根が光に包まれる。
食いちぎられた右足の断面から、何かがモゾモゾと生えてきた。
それはどんどん伸びて太くなり、やがて元の右足と寸分違わない新たな右足となったのである。
やっぱすげーな、魔法って……。
右足も無事に生え、ようやく俺も落ち着くことができた。
落ち着いたので、そういえば俺を庇ってくれたアルスくんはと目を向けてみると――。
アルスくんは、いつの間にか王冠ウツボの頭を切り落としていた。
無事だったか――つーか、もう仕留めてたのね。
とにかく、予想外のアクシデントもあったがこれで王冠ウツボは手に入った。
あとはエドガーくんの送別会をやる店まで運んで、料理してもらうだけだ。
船に戻り王冠ウツボを船上に置いてみた。
こうして見ると、なかなかデカい。
操船を頼んでいたので船にいたコロッポルくんが、頼んでもいないのに王冠ウツボの下処理をし始めた。
剣のように長い包丁を取り出し、スイスイと王冠ウツボの肉を切り分けていく。
「おっさんくーん、これどうするー?」
コロッポルくんが、何やら太くて長い物を手に――って、食いちぎられた俺の右足じゃん。
王冠ウツボの腹の中から、まんま出てきちゃったんだな。
「あー、もう必要無いから捨てといてー」
俺がペチペチと新しく生えた右足を叩きながらそう言うと、コロッポルくんは『わかったー』と言って、王冠ウツボの腹から取り出した俺の元右足をポイッと海へと放り込んだ。
さよなら俺の元右足、君のことは忘れないよ―――。
たぶん3か月くらいは。
イヤ、俺ってばほら『状態異常:老化』だからさ。
記憶力がちょっとね……。
――――
― ミッツメの街・自宅 ―
王冠ウツボの調理はプロであるお店の人に任せたので、俺たちは送別会までの間それなりに暇である。
なのでここはちょいと、スロットでも回してやろうとか思う。
何のスロットを回すかと言うと、それは『防具スロット』だ。
右足を丸ごと王冠ウツボに食われたので、当然右足に履いていたブーツも腹の中にINしてしまった。
コロッポルくんが取り出した俺の元右足と一緒に出てきてはいたのだが、もう取り出したその時には王冠ウツボの胃液でぬちゃぬちゃのボロボロになっていたので、元右足もろとも捨ててもらったのである。
左足のブーツはまだ残っているが、そのブーツを作った職人さんはサイショの街の職人さんなのだ。
わざわざサイショの街へ行って作ってもらう暇は無いし、別な職人さんに右足だけを作ってもらうと微妙に違和感ができそうな気がした俺は、いっそ新調しようと決めた。
で、どうせブーツを新調するなら『スロット』を回してしまおうと考えたのである。
決してスロット依存症だからでは無い――絶対に無いんだからね!
幸いにも仲間たちは今、たこ焼きを焼くのに夢中になっている。
これなら誰の目を気にすることも無く、スロットを回せるはずだ。
つーかお前ら、これから宴会なのにそんなもん食ってたら、せっかくの王冠ウツボを食えなく――イヤ、こいつらの胃袋だとそれは無いかな?
うむ、放っておこう。
「『アイテムスロット』!」
俺の目の前に、半透明の青い筐体が浮かび上がる。
「タロウふぁん、ふロット回ふんでふか?」
アツアツのたこ焼きを頬張っていたはずのアルスくんが、俺がスロットを回すと知って急いでこちらに向き直った。
ゴクリとたこ焼きを飲み込んで、アルスくんは話を続ける。
「何のスロット回すんです?」
「防具スロットだよ。ほら、ブーツ片っぽ駄目にしちゃったからさ」
「ブーツのためにスロットですか?」
「イヤ、最近稼ぎがいいせいかお金溜まってるし、この際スロットで使ってもいいかなーと思って」
そう、実はこのミッツメの街での依頼は、稼ぎもギルドに設定されているポイントも、思っていたよりかなり多かったのだ。
なのでこの街で依頼を受け続けていると、金がどんどん溜まっていく。
逆に溜まらないものもある。
それは経験値だ。
ぶっちゃけ報酬の額とギルドのポイントは圧倒的にこのミッツメの街のほうが多いが、経験値の入りがツギノ村での依頼に比べてかなり少ないのである。
これは冒険者ギルドの依頼の難易度の設定が、陸より海のほうを高く設定しているからだろう。
実際今まで魔物に傷つけられたことの無い俺が王冠ウツボに右足を持っていかれているので、この海のほうの難易度を高く設定するというギルドの方針は、俺には実感として正しいと思える。
「あっ、おっさんさん! 何か良さそうな装備が出たら、譲って下さいね! なるべく目立つやつ!」
相変わらず見た目のキャラの薄さを気にしているパネロにそんな注文をされたが、こればっかりは運任せなのでそんなもん発注されても納品を確約することはできん。
「何か良いのがでたらねー」
これ以上何か発注されると面倒なので、そろそろスロットを回してしまおう」
サイフ代わりに使っている無限のアイテムストレージから金貨10枚――100万円を取り出してスロットへ。
金貨の投入が終わったスロットのレバーを、『ブーツ来い』と願いながら手前に引く。
「レバーオン!」
3つのリールが一斉に回転し始めた。
少しすると、回転がゆっくりとなり――。
左側のリールが停まった。
<ヒーローマフラー> ―回転中― ―回転中―
『ヒーローマフラー』か……。
なんとなーく、どういうものか想像できてしまうのは何故だろう?
この字面で俺と同じ物を連想した人は、たぶんおっさんなんだろうな……。
続いて、真ん中のリールが停まる。
よっしゃー!赤くなったし!
<ヒーローマフラー> <噴射のブーツ> ―回転中―
ブーツ、キタ――――(・∀・)――――!!
とりあえず赤く光ったのだからたぶんレア品――良い物なのだろうが、これいったい何を噴射するんだろう?
ひょっとしてジェット噴射とか?
空、飛んじゃう?
無事にご都合主義が発動しブーツを手に入れたので、あとは『何が出るかな』状態となった。
昔の中身の見えない福袋を開ける時って、こんなワクワク感があったよなー。
中身はだいたい微妙な物ばっかだったけど……。
最後のリール――右側のが停まった。
今度は銀色に光ったぞ、おい!
<ヒーローマフラー> <噴射のブーツ> <ペンギンスーツ>
えーと……『ペンギンスーツ』?
何だろうね、この微妙そうなネーミングのスーツ。
銀色に光ったということは、かなり良い品なのは間違いないのだろうが……。
なんか今回、内容のチェックをしないとどういう品か分かりにくいの多くね?
まぁ、どうせチェックするからいいんだけどさ。
そんな訳で、まずは――。
――――――――――――――――――――――――――
ヒーローマフラー:防御力10
人体改造をされたヒーローが身に着けていたと言われる、真っ赤なマフラー。
装備者がピンチになると、全能力を3%上昇させる。
――――――――――――――――――――――――――
ふむ、一応ただのマフラーでは無いようだ。
ピンチの基準が分らんが、全能力の3%上昇も悪くは無い。
ただ俺には1つだけ判断できないことがある、それは――。
これって改造人間の人のマフラーなのか、それともサイボーグの人のマフラーなのか、ということだ。
イヤ、もしかして俺の知らない人体改造ヒーローのマフラーということもあり得るか……。
分らんことを悩んでも仕方が無い。
本命の品――俺のブーツを見てみよう。
――――――――――――――――――――――――――
噴射のブーツ:防御力89
周囲の気体・液体を吸い込み、靴底から噴射できるブーツ。
防御力もそれなりに高い。
――――――――――――――――――――――――――
うむ、ジェット推進では無かったか。
でも空気を噴射できるなら、飛べないことも無いかな?
明日当たり実験してみようっと。
で、最後のコレ。
銀色に光ったのだから、かなり良い物のはずだが――。
――――――――――――――――――――――――――
ペンギンスーツ(全身鎧):防御力1011
※女性専用装備※
着ぐるみタイプの全身鎧。
その性能は、氷上で最大の真価を発揮する。
温度調節機能を有しているので、装着中の内部は常に快適。
――――――――――――――――――――――――――
なんつー防御力だよこれ!
ビキニアーマーとか魔法少女の衣装の比じゃねーぞおい!
着ぐるみだけど……。
これはパネロに渡すのがいいのかなー?
……目立つし。
あ、でもノミジの防御力も底上げしてやりたいんだよなー。
ふむ……ここはやっぱし、話し合いにしたほうがいいか。
「あー、これ可愛い!」
「これ何? スカーフ?」
「このブーツは、おっさんのでいいんだよな?」
だからおめーらよ、袋から出す前に俺にひと言あっても良くね?
とりあえずマリーカが『噴射のブーツ』を俺に突き付けてきたので、それを受け取る。
後は残りの品の分配だ。
「そのクェンリーの持ってるのは『ヒーローマフラー』、ピンチになったら全能力が3%上昇するそうだ」
「ヒーローですって!?」
『ヒーロー』というワードに反応したのはアルスくん。
まぁ、少年の心をくすぐるワードではあるからね。
「アルスくん、使う?」
「ぜひ!」
なんか欲しそうだったので、アルスくんに使ってもらうことにした。
きっとあの真っ赤なマフラーは、アルスくんの純白の鎧に映えることだろう。
で、問題の『ペンギンスーツ』だが――。
「おら着てみたいだ!」
「あたしも着てみたい!」
やはりノミジとパネロの奪い合いとなったようだ。
ジャンケンの結果、まずノミジが『ペンギンスーツ』という名の着ぐるみに袖を通す。
「む……く……にゅ……?」
着心地には満足していたようだが、いざ弓を引こうとすると上手く行かないらしい。
そらそーだよね。
ほら、ペンギンの着ぐるみの手ってアレだもん、ヒレみたいな手羽先だから――物を掴むようには、できてないからねー。
「くっ! この装備はおらには向かんべ……弓が引けねーだ」
ノミジがペンギンスーツを着たまま、がっくりと床に手をついた。
「じゃあこのペンギンちゃんは、わたしのということで♪」
ノミジが脱いだペンギンスーツを、パネロがうきうきしながら着始めた。
そんなに嬉しいのかね、ペンギンの着ぐるみが……。
装着完了。
着ぐるみのペンギンが、俺たちの目の前で嬉しそうに小躍りしている。
これ、顔が見えないから中身違っても分かんないよなー。
とか思っていたら、突然ペンギンのくちばしの下の部分から、ポコッとパネロの顔が出てきた。
「おっ、なんかできた」
ペンギンの着ぐるみから顔だけ出したパネロの説明によると、『顔出したりとかできないかなー』とか考えたらできたらしい。
ちなみに出せるのは顔だけ。
あと顔が隠れてる時でも、視界には全く影響が無いそうだ。
スロット品の分配も終わり、そろそろエドガーくんたち『真実の探求者』の送別会の時間となった。
装備の使い勝手の検証は明日にして、今日はもう飲んで騒いで楽しもう。
で、アルスくんが『ヒーローマフラー』を装備していくのは、まぁいいとしてだ……。
おいパネロさんや、そのペンギンの着ぐるみを着ていくのはどうかと思うんだが?
イヤ、だって――。
その手羽先で食事するのとか、無理じゃね?
フォークやスプーン、あとジョッキとか持てなくね?
…………
― 酒場 ―
『真実の探求者』の送別会が始まった。
主催は俺たち『黄金の絆』で、集まった面子はこのミッツメの街の冒険者たちである。
宴会の費用は無料。
その代わりに俺たちも、店には王冠ウツボを丸ごと無料で引き渡している。
けっこうな量を渡しているので、明日からこの店では『王冠ウツボフェア』が始まるはずだ。
送別会は最初から盛り上がった。
さすがは地元民で顔の広い冒険者がいるパーティーである。
参加者には冒険者ではない、街の人々もけっこういる。
で、俺たちはと言うと――。
仲が良いとはいえ『真実の探求者』の面々を俺たちが独占する訳にはいかないので、まずは少し離れたところで王冠ウツボのフルコースを堪能だ。
あ、ちなみにパネロはペンギンの着ぐるみで参加することを断念している。
やっぱ食事をしたい気持ちのほうが、着ぐるみで目立ちたいという欲求に勝ったらしい。
唐揚げや湯引き、刺身に煮物、タタキにソテーにツミレ鍋……etc.
なるほど、リランちゃんがリクエストするだけあって全部美味しいな。
旨味が強い割には白身魚の淡白さが程よく、同じものを食べているはずなのに飽きが来ない。
王冠ウツボのフルコースをつまみながら、横目に『真実の探求者』の面々の様子を見ているが、引っ切り無しに誰かがやってきて話し込んでいる。
人気者だねー。
どうやら俺たちがじっくり話をできる順番は、しばらく先になりそうだ……。
深夜になり、ようやく『真実の探求者』の周囲から人が減った。
そろそろ主催者である俺たちが、積もる話をしてもいい頃合いだろう。
「お疲れ様」
彼らに掛けたアルスくんの最初のひと言は、これである。
「おかげさまで、楽しいけどね」
対するエドガーくんの第一声が、これ。
気心の知れた友人の会話が始まった。
もちろん女性陣たちも、既にワイワイと姦しくお話し中だ。
俺はと言えば、そんな仲間たちの話に耳を傾けながら、気が向いた時にちょいちょい口を挟んで楽しんでいたりする。
友人とか仲間とかいうものは、本当に良いなと実感しながら。
送別会は、朝までコースとなった。
おいおい、君ら朝にはミッツメの街から旅立つんじゃなかったか?
まぁ、送別会のせいで出立が遅れるなんて、良くある話だけどね。
いつの間にか女性陣は全員眠ってしまい、起きているのはアルスくんとエドガーくんと俺の、3人だけとなった。
いつの間にか俺も眠ってしまい、目が覚めた時には――もうエドガーくんもリランちゃんもチョルちゃんも、どこにも見当たらなくなっていた。
どうやら俺は、出立を見送り損ねたようである。
イヤ、そこは誰か起こしてくれても良くね?
――――
― 次の日・というかその日の昼過ぎ ―
朝までコースの『真実の探求者』の送別会も終わり、もう今日は依頼を受ける気力も時間も無いということで意見が一致した俺たちは、昨日スロットで獲得した装備の検証をすることにした。
アルスくんの新装備である『ヒーローマフラー』は、ピンチにならないと発動しないので検証は無し。
なので装備の検証は、俺の『噴射のブーツ』とパネロの『ペンギンスーツ』の2つのみである。
まずは『噴射のブーツ』を陸地で検証。
周囲の空気を取り込んで靴底から一気に噴射して見ると、体がフワッと浮いた。
浮いたけど飛べはしなかった……。
どうやら『噴射のブーツ』は、未来のネコ型ロボットが出してくれる頭に着ける竹とんぼみたいに、空を自由に飛べるような道具では無かったらしい。
空は飛べなかったが『噴射のブーツ』は、少し宙に浮いたまま移動することが出来た。
ホバー移動である。
ただしこの世界の地面はだいたい舗装とかされてないので、ホバー移動すると土煙が酷い上に地面が抉れてものすごく周りの迷惑になるのだ。
カッコいいんだけどなー、ホバー移動……。
あとできれば『噴射のブーツ』があと2足欲しい。
3人でホバー移動して、ジェットストリームアタ〇クごっこがやりたいんだよねー。
まぁ贅沢を言っても仕方ないので、次の検証をしよう。
次は海での検証だ。
当然ながら、海上もホバー移動が可能だ。
ものすごーく水しぶきが上がるが、海ならそれほど迷惑にはならんだろう。
うむ、これは遊べる――じゃない、使える。
今度は海中だ。
『噴射のブーツ』が海水を吸い込み、勢い良く靴底から噴射する。
おぉー、なかなか凄い加速だ!
この状態で【水中戦闘術】を使うと――すげーな、かなり自由自在に動ける。
王冠ウツボの狩猟の前に、この『噴射のブーツ』を装備していればなー。
右足を食いちぎられることも無かったろうに。
スイスイと水の中を泳いで楽しんでいると、俺のすぐ横をもの凄いスピードで突っ切る奴がいた。
ペンギンの着ぐるみ――パネロだ。
無茶苦茶速くね?
イヤ、確かにペンギンは泳ぐの得意だけどさ。
試しにどっちが速いか競争してみた。
……パネロの圧勝だった。
どうやら俺たち『黄金の絆』は、水中を高速で縦横無尽に泳ぐ治癒士を得ることになったらしい。
しかも素晴らしい防御力を持った治癒士を……。
急に水中が暗くなり、水温が下がった。
どうやらクェンリーが海面を凍らせたようだ。
『ペンギンスーツ』の氷上での性能を見るつもりかな?
さて、『噴射のブーツ』の性能はだいたい把握したし疲れてきた。
俺はそろそろ、タイタンニク号へと戻ることにしよう。
船に上って一息ついていると、ペンギンの着ぐるみが腹を氷に乗せて、ロケットのような勢いで滑っているのが見えた。
勢いあまって氷の部分を通り過ぎて、海に突っ込んだし……。
あ、戻ってきた。
しばらくペンギンの着ぐるみが氷の上を軽快に動き回るのを見物し、パネロが飽きたところで装備の性能チェックは終了。
『噴射のブーツ』は俺の水中での移動速度を格段に上昇させ、『ペンギンスーツ』は海ではトンデモ性能を発揮することが分かった。
これなら今までより、難易度の高い依頼を受けることもできそうである。
…………
― ミッツメの街・港 ―
装備の性能チェックも終わり街に戻ると、何やら港のほうが騒がしくなっていた。
何やら警備兵の人たちまでもが、港に何人も集まっているようだ。
何か事件とかかな?
さすがに気になるので、人が集まっているところに俺たちも行ってみる。
「あのー、何かあったんですか?」
たまたまこの間知り合った、エドガーくんと仲の良い警備兵さんを見つけたアルスくんが、何があったのかを質問する。
こういう時、警備兵さんと知り合いだと便利だよね。
アルスくんの質問に、警備兵さんは難しそうな顔をしながら、いったい何があったのかを小声でこそこそと教えてくれた。
「実はね……漁をしていた漁船の網に、人間の足が引っかかっていたんだよ。まだ腐ってもいないところを見ると、どうやら最近のものらしい――まだ確定では無いが、これは殺人事件の可能性が高いと思う」
殺人事件だって!?
また物騒な……。
こういう時、エドガーくんなら喜んで飛びつくんだろうなー。
あいつ、事件とか好きそうだから……。
だがエドガーくんは、ボーリャクの街へと旅立ったばかりで、このミッツメの街にはもういない。
「僕らにも見せてもらえますか?」
アルスくんがそう言うと、警備兵さんが――。
「構わないけど、見て気分のいい物では無いよ」
と、あっさり許可してくれた。
こういうのって普通に見せてくれるものなのだろうか?
ひょっとして俺たちがエドガーくんの友達だから、見せてくれるのかな?
まぁ、この際どっちでもいいか――俺も見せてもらおうっと。
見分している警備兵さんの脇に隙間があったので、俺とアルスくんはそこへ向かう。
女性陣は見たい気分では無いらしく、人混みの後ろで待機だ。
「あっ!……やっぱり……」
先に隙間から覗いたアルスくんの口からは、そんな言葉が出た。
やっぱりって何? ひょっとしてアルスくんは何か知って――。
あ……。
警備兵さんたちの隙間から覗いた俺が見たもの、それは――。
――俺の元右足だった。
うむ、騒ぎの原因は俺たちにあったようだ。
つーか、主に俺。
コロッポルくんに『いらないから海に捨てといて』と言ったのって、俺だし……。
えーと……。
警備兵さんに事情を説明した。
めっちゃ怒られた。
漁師さんたちからも、笑い交じりのクレームが入った。
イヤ、ホントすんません。
おじさん、本気で反省しております。




