ビビタの根の採取
― ミッツメの街・リゾット専門店 ―
今は昼メシ時。
今日はお休みの日ということで、昼間から男3人で胃に優し気なリゾットのお店になんぞ来ている。
「相変わらず混んでますね、この店」
おしぼりで手を拭きながら、アルスくんが店内をぐるりと見まわした。
確かにここはいつも混み合っている人気の店だ。
それにはもちろん理由がある。
「ここの給仕の女の子はレベル高いから、混むのはしょうがないでしょ」
可愛い幼馴染がいるくせにそんなことを言いながらニヤついてやがるのは、このミッツメの街に来た初日に知り合ったアルスくんと同年代の冒険者で『真実の探求者』のリーダー、エドガーくんである。
アルスくんとエドガーくんは同年代ということもあり、知り合ってすぐにけっこう仲良くなっていた。
地元民ということで、俺が地元ガイドとして便利に使っていたということもあり、接点が多かったというのもあると思う。
ちなみにこの店も、もちろん地元民であるエドガーくんに教えてもらった店だ。
俺が頑張って探した店とかでは無い。
「みんな女の子目当てか……まぁ、俺たちはここのリゾットが食べたくて来てるんだけどね」
「ですね」
「そうそう」
俺の言うことにウンウンと頷いているけど、実はこいつらに贔屓の女の子がいるのを俺は知っている。
アルスくんは12歳のバイトのロリっ子、ニムちゃんを見ながらいつもニコニコしているし、エドガーくんは幼馴染のリランちゃんにちょっと似ているシルカちゃんという娘を、いつも眺めていたりする。
つーかエドガーくんよ、いいかげんリランちゃんに告って付き合っちゃえばいいじゃん。
向こうもたぶんエドガーくんのこと、間違いなく好きだと思うぞ。
いいよなー、可愛い幼馴染とか……。
そんなことを考えている俺ではあるが、もちろんこの店に来ているからには贔屓の女の娘がいたりする。
黒髪セミロングのメガネっ娘、シモブちゃんである。
別にメガネフェチという訳では無い。
シモブちゃんは特別美人だったり巨乳だったりという、男の目を引き付けて止まないような個性がある訳では無いのだが、とにかく姿勢が綺麗なのだ。
自然体でいて背筋がすっと通っており、その姿勢からの所作が綺麗で柔らかくて、俺にとっては何とも好ましいのである。
可愛いとか美人とかいうタイプの女性に興味が無くなったということでは無いが、歳と共に俺はいつの間にかそんな姿勢の美しさなどに魅力を感じるようになってしまった。
我ながら不思議なもんだ。
注文したリゾットがやってきた。
俺はチーズリゾット。
アルスくんはベーコンとトマトのリゾット。
エドガーくんはエビとワカメのリゾットである。
この店では注文した時に料理を運んでくれる女の娘を選べるシステムで、もちろん俺たちの注文した料理は、それぞれの指名した好みの女の娘が運んでくれている。
女の娘たちと1分ほどお話すると、楽しい時間はおしまい。
あとは普通にお食事タイムだ。
もっとお話をしたいところではあるが、お話時間の延長はできない。
お話をしたければ、もう1品注文するしかないシステムなのだ。
だからといって、出てきた物を食べずに次々と注文するということも許されない。
それをやると元冒険者である店長のおやっさんが、戦槌を担いで厨房からブン殴りに出てくるのだ。
ちなみに店長のおやっさんは、元『クラス:銅』の冒険者である。
そんな訳で俺たちは、おとなしくリゾットを食べる。
この店って、リゾットはリゾットでけっこう美味しいんだよねー。
――じゃねーし。
そもそも俺たちはリゾットが美味しいから、この店に来てるんだし。
お、女の娘が目当てとかじゃねーし!
へ? 君たちもう1品頼むの?
リゾットって、結構な量あったじゃん……。
さすがにやるな、若者の胃袋――くそっ! 自分の内臓の衰えが憎らしいぜ!
イヤ、待てよ……まだデザートなら別腹で食えるし!
…………
「げふぅ……」
店から出たとたん、ゲップも出た。
うむ、ちょっと食い過ぎたな。
ケーキ1切れだけと思って注文したら、けっこうデカかったし……。
美味かったけど。
「いやぁ、良かったですね――リゾットが」
「ほんと、堪能しちゃったよね――リゾットを」
若人たちよ、そんな言い訳みたいにリゾットを連呼するでない。
我々はリゾットを食すためにあの店に入ったのだから、堂々としておれば良いのだ!
「そうだ! 今度アスマとツバンキも連れてきてあげよう」
「あぁ、『暁のカモメ』の2人ね――でもあいつらはナモカちゃん一筋だから、来るかな?」
イヤ、お前らだってフィーニア姫とかリランちゃん一筋なのに、あの店に通ってるじゃねーか。
「来ないかな? どうかな?」
「今度聞いてみようか?」
「イヤ、今度と言わず今聞いてみればいいんじゃね? あいつらの気配なら、あっちにあるぞ」
そうなのだ、アスマとツバンキの気配なら300mばかし離れたところに丁度あるのだ。
まぁ、ナモカちゃんの気配も一緒ではあるのだが……。
「じゃあ聞いてみようかな――タロウさん、どの辺ですか?」
「えーとね、大吉屋の裏あたりの路地で……あれ?――」
すっかり気配ナビ扱いされている俺がアスマとツバンキの気配を軽く探ると、さっきいた場所から少し移動していた。
移動していたのは別に普通のことなのだが、問題は周囲を多人数の気配に囲まれていることである。
囲んでいる気配は8つ、そのうちの2つは俺の知っている気配だ。
俺たちの移籍初日に『暁のカモメ』に絡んでいた2人組、たしか名前は――忘れた。
だってどうでもいいモブとしか認識して無かったんだもの、しゃーないじゃん!
「どうしたんです?」
「なんか囲まれてるっぽい、変な連中にでも絡まれてる感じ」
俺のその言葉に、アルスくんとエドガーくんは即座に反応した。
「大変だ! なら助けに行かないと!」
「大吉屋の裏の路地ですね!」
ダッシュで飛び出す2人、ずいぶんと息が合っている。
おじさん置いてけぼり。
――イヤ、ちょっと待って!
置いてかないで、プリーズ!
…………
「貴様らぁ!!」
アルスくんが大声で怒鳴る声が聞こえた。
たとえ相手がチンピラだとしても、あの温厚なアルスくんが怒鳴るとは只事では無い。
「アルス! 殺すな!」
これはエドガーくんの声だ。
たぶんアルスくんはブチ切れているのだろう。
直後に俺が辿り着いたのだが、見ると1人のチンピラが右腕を切り落とされて悶絶していた。
おそらくアルスくんに切り落とされたのだろう。
それよりも――。
「アスマくん……アスマくん……」
ツバンキくんが真っ青な顔をして、オロオロしている。
「アスマくんをだずげでくだざい! わだしじゃ……わだしの回復魔法じゃ治せないんでず!」
ナモカちゃんが俺を見て、泣きながら助けを求めてきた。
人の輪の中心に、アスマくんが倒れていた。
ザックリと切られた背中は、血にまみれた骨の切断面が見えていた。
「何とかなりませんか! オレ、普通のポーションしか持ってないんです!」
弟子を切られたアルスくんとは違い、エドガーくんはまだ少しは冷静なようだ。
まずはアスマくんが死なないようにするのが先決である。
アスマくんの気配はまだ消えていない。
ということは、死んでいないということだ。
ならば――。
「【完全回復】!」
生きてさえいれば、俺の極めた回復魔法でどうにかなるはずだ!
アスマくんの背中の傷は見る間に塞がっていく、もちろん骨だってしっかり繋がっている。
自分でやっといて何だが、やっぱ魔法ってすげーな……。
「アルスくん、もう心配ないから落ち着いて大丈夫だよ」
俺がそう声を掛けると、ようやく憑き物が落ちたようにアルスくんの殺気が収まり、いつものアルスくんへと戻る。
「ありがとうございます! タロウさん!」
「いいから、そいつら逃がさないように気をつけて」
「はいっ!」
気合を入れ直したアルスくんが、隙をついてこっそり逃げようとしていたチンピラに立ち塞がり、路地裏の出口に蓋をした。
入り口側にはエドガーくんがおり、一本道の路地裏にいるチンピラたちにはもう逃げ場が無い。
エドガーくんの側ならまだチンピラたち全員で掛かれば抜けられるかもしれないので、俺は『暁のカモメ』の連中を連れてエドガーくんの側に合流した。
この程度のチンピラたちなら、エドガーくんと俺がいれば逃がすことは無い。
街の裏側にいるような奴らなどは一般の街の人よりは強いが、だいたい低ランクの冒険者崩れか下っ端兵士崩れなので、実は大して強くは無いのだ。
「おいおい待ってくれ! 俺たちはこいつらとは関係ねーんだよ、たまたまここにいただけなんだ!」
「そうそう、俺らはたまたまここにいただけなんだよ!」
どう考えても苦しい言い訳をし始めたのは、『暁のカモメ』の子たちが冒険者登録をした日に絡んでいた、チンピラ冒険者2人組だ。
他のチンピラたちはそれを聞いて一瞬連中を睨んだのだが、すぐに何も知らない風な顔になった。
どう見ても怪しい……。
怪しいのではあるが、実際にアスマくんを切ったのは見知らぬチンピラ群の1人なのであるから、無関係だと言われたらそれ以上こいつらをどうこうするということもできない。
「おい、どうした」
「何の騒ぎだ!」
このタイミングで、警備兵がやってきた。
警備兵は通常、2人組で街を巡回している。
「大丈夫か?」
「やったのは誰だ!」
警備兵たちがアルスくんに右腕を切り落とされたチンピラを見つけて、駆け寄る。
あれ? これってマズいんじゃ……?
先に切られたアスマくんを俺が【完全回復】の魔法で全快させてしまったから、これだとアルスくんが一方的にチンピラの腕を切り落としたことになってしまうのではなかろーか……?
うむ、これはやっぱりマズい。
なんとか言い訳をせねば!
「あの……実は――」
「違うんですよ、そいつはこの――アスマを切ったんです。切られて死にかけたアスマは、このおっさんが回復魔法で完全に回復させてます。あとそいつの腕はそれ以上の凶行を防ぐために、彼――アルスが切り落としたものですよ」
俺の自信なさげな言葉を遮って、エドガーくんがしっかりとした説明をしてくれた。
してくれたのはいいけど、問題は警備兵の人たちが信じてくれるかどうか……。
「あれ、エドガーくんじゃないか」
「おぉ、エドガーくん。なるほど……そういうことだったのか」
あれ? 何かあっさり信用してくれた。
つーか、エドガーくんは警備兵の人とも知り合いなのか――ふむ、もう少し仲良くしておいたほうがいいかもしれないな……。
「あの……俺ら関係無いっすから、もういいっすよね!」
「そうそう、ただの通りすがりなんで!」
まだ言うか、このチンピラ冒険者2人組は……。
でもアスマくんを殺そうとしたチンピラたちとの繋がりを証明しようにも、証拠が無いんだよなー。
とか考えてると――。
「本当に通りすがりですか?」
エドガーくんが右手で自分の顎に手を当てながら、キラリと目を光らせてそんなことを言い始めた。
「あ、当たりめーじゃねーか!」
「そうだよ! な、なんか証拠でもあんのかよ!」
チンピラ冒険者どもが、証拠とか言い始めたし……。
証拠はあるのかと言う奴は、ドラマとかだとだいたい何かの犯人だよね。
「証拠ですか、そうですね……『そもそもどうしてアスマは切られたのか』まず疑問はそこですよね――なぁアスマ、もしかして切られる前に何かを聞くか見るかしなかったか?」
「あの……その……ベドンさんがその人に、何か渡しているのを見たような……」
エドガーくんに質問されたアスマが、自信なさげに目撃したであろうことをそう証言した。
「なっ! てめ、ふざけんな!」
「嘘つくんじゃねーよ!」
チンピラ冒険者どもが騒ぎ始めたが、これで余計こいつらが何かに関わっていることが濃厚となった。
人は嘘を無理矢理ごまかしたり通そうとしたりする時、だいたい大声で喚き散らす。
「何かを渡した……ふむ、そういえば最近このミッツメの街で『ゴーホの葉の中毒患者が増えている』という噂ですよね――まさか」
「おい何だよそれ!」
「そ、そうだよ! 俺らはそんなん関係ねーし!」
今度はエドガーくんの怪しむ視線と言葉に、チンピラ冒険者どもがまた騒ぐ。
解説しておくとゴーホの葉というのは、いわゆる気持ちよくなる系の葉っぱだ。
乾燥させてタバコのように吸ったり、固めたものを焙ったりして使うらしい。
もちろん依存性も高く、どこの国でも使用どころか所持すら許可が無いとできない――つまりは麻薬に該当する品である。
騒いでいるチンピラ冒険者どもを見て、エドガーくんがニヤリと笑みを浮かべた。
「へぇー、関係無い?……じゃあそのこめかみの青い線は何なんです? 知らないかもしれませんが、ゴーホの葉を使うとこめかみに青い線が現れるんですよ」
とかエドガーくんは言ってるけど、それって普通に青筋とか言わね?
俺にとっては『エドガーくんは何を言ってるのだろう』だったのだが、冷静さを欠いたチンピラ冒険者どもにとっては、それはとても都合の悪いことに聞こえたらしい。
「こ、これはその……たまたまだ!」
「そうだよ、あれだよ! たまたまその辺を焼いたらゴーホの葉が混じってて、その煙を吸っちまったんだよ!」
あー、ゴーホの葉の煙を吸ったと認めちゃうんだ、こいつら……。
「嘘ですよ――ゴーホの葉を使ったからって、青い線なんて出ません」
と、ここでエドガーくんがネタばらし。
「き、汚ねーぞ!」
「騙しやがったな!」
イヤ、騙されるのもどうかとは思うぞ、チンピラ冒険者たちよ……。
「どうやらお前たちにもしっかり話を聞かねばならんようだな」
「エドガーくんたちも一緒に来て、事情聴取にご協力ください」
兵士さんたちはどうやら、チンピラ冒険者たちも事件の加害者側の関係者として引っ張ることにしたようだ。
もちろん俺たちもそれに関しては異存は無く、チンピラたちを逃がさぬように護送も兼ねながら、街の警備本部へと一緒に向かったのであった。
…………
― 警備本部の一室 ―
大体の経緯を警備兵の人たちに話し終え、今はもう雑談の時間。
警備兵の人たちとエドガーくんが旧知の仲ということもあり、雑談には警備兵の人も混じっている。
加害者側のチンピラたちは、現在尋問中だ。
ゴーホの葉の密売に関わっているという容疑もあり、おそらく尋問は厳しいものになっているだろう。
というか、たぶん拷問されているような気がする。
この世界には回復魔法という便利なものがあるので、死なないように痛めつけることは容易である。
なので犯罪捜査では拷問という手法が、当たり前のように用いられているのだ。
「それにしてもさすはエドガーくんだよね。あんなに簡単にベドンとビリタがゴーホの葉を使ってることを見抜くなんて」
兵士さんがさっきからしきりに感心している。
名前の出てきたベドンとビリタというのは、チンピラ冒険者2人組のことである。
「いやぁ……最近あの2人の言動が少しおかしかったですし、依頼をあまりこなしていない割には金回りも良さそうでしたしね。それと街にゴーホの葉が出回っているのを、組み合わせて考えてみただけですよ」
「金回りが良かったということは、あの2人は売人の可能性もあると?」
警備兵さんは、ホント良くエドガーくんの話を聞くね。
にしても、良くそんなことに気付くもんだ。
エドガーくんと警備兵さんの会話を聞いていると、どちらが専門家なんだか分からんな。
「売人の可能性もありますが、むしろオレとしては――」
そこまでエドガーくんが口にしたところで、下っ端風の警備兵さんが慌てた様子でドタバタと部屋に入ってきた。
ぜいぜいと息を切らしながらのその報告は、明らかに警備兵の失態と呼べるものであった。
「申し訳ありません! ベドンとビリタ両名に、逃げられました!」
「逃げられた? 何をやっていたんだお前たちは!」
「その……容疑がゴーホの葉の使用とのことでしたので、密売容疑の連中のほうが重要と思い人員を多めに割いておりしまたら、逃げた両名への監視がつい甘く――」
「言い訳はいい、すぐにお前も奴らを追え!」
「はっ!」
報告しに来た下っ端風警備兵は、部屋で俺たちと雑談していた警備兵さんに怒鳴られ、すぐにベドンとビリタを追うべく部屋を後にした。
「どう思います?」
警備兵さんがエドガーくんに尋ねる。
さっき言いかけた話の続きを聞かせろ、ということだ。
促されたエドガーくんは、顎に手を当てながら自らの考えを明らかにする。
「門の出入りの記録を確認すればすぐ分かると思いますが、あいつら2人は依頼を受けていない時でもなぜか街の外へと出向いていました。ですからオレとしては売人というよりも、ゴーホの葉を調達していたのがあいつらじゃないかと考えているんですよ」
その場が一瞬静まり返った。
このエドガーくんの推理が当たっているとしたら、ベドンとビリタは重犯罪者である。
ゴーホの葉を街へと密輸し更には密売業者に売るというのは、間違いなく強制労働となる犯罪なのだ。
罰金で済むゴーホの葉の使用などとは罪の重さが違う。
エドガーくんの考えが当たっているならば、連中が逃げたのも頷けるというものだ。
ベドンとビリタが逃げたからと言って、それを追うのは今のところ俺たちの仕事では無い。
それをするのは警備兵の人たちをはじめとする、兵士の皆さんの仕事だ。
結局俺たちは、その日はもう事情聴取のみで用済みとなった。
用済みとなった俺たちは、結局その後は特に何をするでも無く自宅へと戻ったのである。
――――
― 次の日の朝・冒険者ギルド ―
今日は普通にお仕事の日。
なのでいつものように、ギルドへ早朝出勤である。
「アルス! おっさん! ちょっとちょっと!」
いつものようにギルドの建物に入ってすぐに、喫茶スペースから呼ばれてしまった。
呼んだのはエドガーくん、たぶん昨日の事件に関する話だろう。
呼ばれたのは俺とアルスくんだけではあるが、別に他のメンバーに隠さねばならない話でも無いので、全員でエドガーくんの元へと向かう。
つーか、呼んだほうのエドガーくんも仲間たちと一緒である。
集まるとちょっと人数が多くなったので、テーブルを2つ近づけて全員が座る。
とりあえず話の中心はエドガーくんになるはずなので、全員がまずエドガーくんに注目し話が始まった。
「昨日の連中に警備兵が尋問したところ、やはりベドンとビリタがゴーホの葉を街に持ち込んで、あいつらに売っていたようです」
「エドガーの考えが当たっていたってことだね」
アルスくんがエドガーくんの話を聞いて、やはりと頷いた。
「それだけじゃない。ベドンとビリタはどうやら、街の外にゴーホの葉を育てるための畑を作っているらしいんだ――採取の下手なあいつらが金回りが良くなるほどゴーホの葉を密輸できていたのは、そういうことだったってことだね」
ゴーホの葉のために畑まで作るとか、あいつらどこの麻薬王だよ……。
にしても、そうなると放置はできんな。
ベドンとビリタとやらを放置しておくと、街に入れなくとも街のチンピラ集団と外で落ち合って、ゴーホの葉の受け渡しをするというようなことをやりかねん。
昨日の事件の顛末はみんなにも話してあるので、みんなでうんうんとエドガーくんの話に頷いていると、パネロがそういや誰も聞いてなかった素朴な疑問をエドガーくんにぶつけた。
「エドガーくんのそういう情報は、やっぱり仲のいい警備兵さんとかから聞くんですか?」
ふむふむ、確かにその質問は俺もしたかったところだ――エドガーくん、そこんとこどうなん?
「いやまぁ、なんつーか……それはリランの親父さんから直接……」
急にエドガーくんのセリフが歯切れ悪くなったな。
つーか、リランちゃんの親父さんからって、どゆこと?
「リランさんの……お父さん?」
「うーんとね、あたしのお父さんってこの街の警備隊長なのよ。それで良くエドガーと話をしたりしてるから……」
なるほど、情報源はなんとリランちゃんの親父さんである警備隊長さんであったか――って、いいのかそれ?
それって事件とかの情報が、民間人に駄々洩れってことじゃね?
異世界だからアリなのか?
イヤ、そういう問題でも無い気もするのだが……。
俺がそんなどうでもいい疑問で頭を抱えていると、掲示板に今日の依頼が貼られ始めた。
本来依頼の紙というのは全てA4サイズくらいの大きさなのだが、何故か今日はA3サイズくらいの大きさの紙が1枚だけ、やたら目立つように掲示板のど真ん中に貼られている。
あれは……似顔絵か?
昔はさぞ美人だったであろう、背の高いおばちゃんが掲示板の前に立った。
この冒険者ギルドのギルドマスターである、ジョダさんだ。
言っておくが美魔女では無い。
「はいみんな、良く聞きな! ベドンとビリタが手配犯になった、罪状はゴーホの葉の栽培と密輸。国でも指名手配になっちゃいるが、ギルドに連れてくりゃ賞金1万円だ――あとゴーホの葉の畑も作ってやがるらしいから、金は出ねーがそっちも見つけ次第焼いとけ! 以上!」
ギルドの法は、協定により一部を除いて国の法と同等の強制力を持つ。
今回の様にギルドの法と国の法で罪の裁き方が違う場合は、捕まえた側の法が優先される仕組みだ。
ギルマスのジョダさんの話が終わると、ギルド内はすぐにいつもの空気へと戻った。
下っ端冒険者が手配犯となったところで、ここにいる大半の者にはさほど脅威にはならない。
同じ下っ端冒険者や新人冒険者は少しザワついているが、それ以外の者にとっては街の近辺の盗賊が2人ほど増えただけという程度の認識なのだ。
それに手配されたのがベドンとビリタなので、ほぼ全てのここの冒険者にとっては『やっぱりな』という感想しか無い。
こうなるであろうことは、みんなとっくに予想済みなのだ。
ちなみにギルドが冒険者を手配犯にするということは、捕まえてこいという意味では無い。
ぶっちゃけると『殺って良し』という意味だ。
兵士もそうだが、冒険者というものは一般人に比べて戦闘に長けている。
なので社会規範を守れないような兵士や冒険者は後々危険人物になる恐れがあるので、重大犯罪を犯すと即死罪が確定したりするのである。
実は冒険者に限って言うと、犯罪を犯さなくとも人間的に問題のある奴は死ぬことが多い。
だいたいは依頼に失敗してとか依頼中に強い魔物に襲われてという理由なのだが、人間的に問題のある冒険者の割合がなぜか多いので、実はギルドの裏組織が密かに処理しているのではないかという都市伝説のような噂が、冒険者たちの間ではまことしやかに囁かれているほどだ。
噂ではあるのだが、もしかしたらそのおかげで冒険者たちはその殺伐とした仕事内容にも関わらず気のいい奴が多く、賊の類にはそれほど厄介な奴が少ないのかもしれない。
この世界で俺が冒険者として平穏に過ごせてきたのが、この『ヤバそうな奴らは早めに始末する』というギルドの方針のおかげということも、あり得ない話では無いのだ。
「『採取依頼』をやりませんか?」
最近では受ける依頼について俺には相談しなくなっていたアルスくんが、珍しく懇願するような顔をして俺にそう言ってきた。
採取依頼にかこつけてゴーホの葉の畑を探し、その近くに潜伏していそうなベドンとビリタの両名を始末したいのだろう。
アルスくんは、エドガーくんに止められてアスマくんを切った犯人を殺れなかったのが、かなり御不満だったらしい。
なのでせめて犯人と繋がっていたベドンとビリタを始末することによって、腹立ちを収めようというのだろう。
でもね――。
「腹立ち紛れで殺すつもりなら賛成できない。冒険者として感情抜きで、重罪犯を始末するつもりなら賛成する」
アルスくんは時々、感情に流されて冷静さを欠いてしまうところがある。
余計なお世話かもしれないが、近い将来『黄金の絆』を抜ける俺としては、その辺が少し心配なのだ。
上を――勇者を目指すのならば、これから先もっと強い魔物なんかを相手にしなければならない。
仲間が傷つけられたりすることもあるだろう。
そんな時に冷静さを欠いた行動を取るようでは、パーティー全体が危険だ。
「感情を抑えて、冷静にできる?」
なにげない風に言ったつもりの言葉を、アルスくんはじっと俺の目を見て答えた。
「できます――僕は冒険者として行動します」
アルスくんは、たぶん俺の思いを理解してくれた。
「なら賛成する」
もちろん俺はアルスくんを信じる。
これで今日の依頼は採取依頼となった。
適当なのを探したら『ビビタの根の採取』という依頼があったので、依頼はそれを受けることに決定。
俺たちは冒険者として依頼をこなすべく、今日も街の門をくぐったのである。
――――
― 森の中 ―
「あ、それ。そのハートの形の葉っぱのやつ」
「これですか?」
「そうそう」
俺が見つける役、アルスくんが掘り起こす役をしているのは、もちろん『ビビタの根』だ。
ビビタの根は、疲労回復薬の調合に使われる素材だ。
単体でも煎じて飲めば、それなりの効果が見込める。
ちなみに疲労の回復ができる魔法は、今のところ存在していない。
他のメンバーはノミジとクェンリー、パネロとマリーカという組み合わせで採取をしている。
見つけるのが上手いのは、それぞれのペアのうちのノミジとパネロである。
採取は順調。
なので俺たちは、ついでに色んな食材なんかも集めている。
食材も集まったことだしそろそろ昼飯にしようかと思った頃に、そいつらの気配を察知した――察知できてしまった。
ベドンとビリタの気配である。
すぐに向かおうとするアルスくんを、パネロが止めた。
適度に距離を開けて後をつけ、ゴーホの葉の畑を見つけてからベドンとビリタを処理すべきだと提案したのである。
あぁ、そうだよな。
俺が1人でアルスくんのことを心配する必要は無いのだ。
アルスくんの周りには、頼りにできる仲間がいるのだから。
ベドンとビリタの後をつけていくと、やはりゴーホの葉の畑に辿り着いた。
パネロの読み通りである。
畑のすぐ脇にはテントが張られており、どうやらそこが奴らの一時的な潜伏場所のようだ。
ゆっくりとアルスくんが動き出した。
ベドンとビリタを、冒険者として冷静に処理をするためだ。
もちろん相手は逃げようとするが、『ランク:布』の冒険者ごときが『ランク:皮』の冒険者であるアルスくんから逃げられる訳もない。
ベドンとビリタはアルスくんに処理され、ゴーホの葉の畑と死体はクェンリーの魔法で焼却された。
手配犯を処理したという証拠品としては、2人の冒険者証を持ち帰る予定である。
昼メシは採取した食材とストレージに入っていたカニで鍋を作り、手持ちの酒を飲んでの宴会となった。
なんでまた宴会?と思うだろうが、これは別にベドンとビリタを無事に処理できた祝宴とかいうことでは無い。
みんながうっかりゴーホの葉の畑を焼却した時の煙を吸ってしまい、若干ハイな気分になってしまったのが原因である。
吸ったのはほんの僅かではあるが、依存症にならんように気をつけねば……。
とにかくこれで依頼も無事終了、俺たちは街へと――。
――じゃねーし。
俺たちが受けた依頼は『ビビタの根の採取』だし。
そんな訳で、俺たちは午後も『ビビタの根の採取』である。
なんかうっかり全部終わった気分になっちまってたさ。
これもゴーホの葉でハイになっちゃったせいなんかねー。
…………
― ミッツメの街・冒険者ギルド ―
依頼も無事終了し、手配犯とゴーホの葉の処理の分も含めてギルドから報酬を受け取った。
晩メシにはまだ時間があり今日は外食にしたので、俺たちは自宅にも帰らずギルドの喫茶スペースでだらだらとそれまでの時間を潰している。
だらだらしているが、昼間にゴーホの葉の煙を吸ってしまった反省もしている。
俺に至ってはハイになって元の世界のアニソンを何曲も歌ってしまったので、あの歌は何だったのかという質問を正気になった仲間たちにされたらどう誤魔化そうかと、頑張って考え中なのだ。
そんな空気の中、やはり依頼を終えて戻ってきた『真実の探求者』の面々が、俺たちの隣のテーブルへとやってきた。
どうやらベドンとビリタの件の顛末を聞きたかったらしい。
あーだこーだと説明やら何やらをして、あとはいつものように雑談。
エドガーくんとリランちゃんの仲をからかったりしながら、時間が過ぎていく。
「にしてもリランちゃんの親父さんが警備隊長さんだとはなー。エドガーくんが警備兵さんたちと知り合いだったのは、そういうことだったんだね」
「あら、違うわよ」
俺の何気ないセリフに反応したのは、『真実の探求者』の薬師であるチョルちゃんである。
「エドガーくんが警備兵の人たちと知り合いなのは、彼がここの領主の息子だから――彼、ワコナン伯爵の八男なのよ」
へ? そうなの?
聞くとエドガーくんのお母さんは平民の出で、エドガーくんは幼いころから城ではなくこのミッツメの街で育てられていたらしい。
平民が母親の貴族の八男なんて、そんなもんなのだそうだ。
リランちゃんとの馴れ初めも聞いた。
警備兵さんたちにいつも周囲を警備してもらううちに、現警備隊長のリランちゃんの親父さんとも親しくなり、おかげでリランちゃんとも仲良くなったとのこと。
エドガーくんが冒険者になるに当たって剣の手ほどきを受けたのは、リランちゃんの親父さんらしい。
騎士になるという話もエドガーくんにはあったらしいが、もっと自由な身分が欲しかったので冒険者を選んだのだそうだ。
今までそんなに気にもしていなかったけど、エドガーくんにせよアルスくんにせよ、冒険者になる貴族の子ってやっぱりけっこういるんだね。
冒険者って身の上話とかは自分から話さない限り聞かないのが暗黙のルールだから、調べたらこのギルドにも、まだたくさん見つかるのかもしれないなー。
それにしても、エドガーくんはこのミッツメの街の領主さんの息子だったか……。
この街の領主は確か、ワコナン伯爵だったな。
ということは、エドガーくんのフルネームは――。
『エドガー・ワコナン』ということになりますな。
……まぁ、アレだ。
エドガーくんが貴族の息子だということは、あんまし気にしないようにしよう。
それが良い。
彼はこれからも、名前だけのエドガーくんだ。
でないと――。
どっかから何か言われそうな気がする……。
「貴様は、いったい……」
「エドガー・ワコナン、冒険者さ!」




