浜辺の警護の依頼
― ミッツメの街・近海 ―
今は夏――。
見渡すと辺り一面、海である。
それはそうだろう、俺は今コロッポルくんと一緒にタイタンニク号に乗って、釣りをしているのだから。
今日は冒険者としての仕事は休みだ。
ここのところ暑い日が続いているので、少しばかり英気を養うためである。
なのでメシは全部外食で済まそうと俺は思っていたのだが、仲間たちは俺にメシを作らせる気が満々であった。
時間があるのだから、手間ヒマかけた食事を作ってもらえると思っていたらしい。
もちろん俺には、そんな気などさらさら無い。
そんな訳で俺は、コロッポルくんに釣りに誘われたのをこれ幸いと、タイタンニク号に乗り込んだのである。
付き合って釣りに行けばメシはコロッポルくんが作ってくれるし、操船もコロッポルくんがしてくれる。
俺は船の上でボーッとしていればいいのだから、休日としては悪く無いだろう。
今まで誘っても釣りに付き合ったことの無い俺が珍しく一緒なので、コロッポルくんはとても機嫌が良さそうだ。
今更だが、ホントこのエルフは人がいいエルフだと思う。
タイタンニク号も俺たちが使わない時に自由に使っていいという条件で修理してくれたし、ノミジに作ってくれた弓と矢も格安の100万円で作ってくれた。
その上、全員分の釣り竿までタダで作ってくれたのだ。
いいエルフで無い訳は無かろう。
ちなみにコロッポルくんの作る釣り竿は、釣り人にとっては垂涎の品らしく、1本で30万円はする品だ。
コロッポルくんは釣りの合間を使って月に数本の竿を作ることにより、生計を立てているのである。
そんな高級な竿を俺もコロッポルくんにもらって現在釣りをしているのだが、これは豚に真珠、猫に小判という奴だ。
釣る獲物や場所を選ばぬ、糸の絡まないリール付きの高級竿。
間違いなく俺にはこの竿は勿体ない。
釣りのポイントに辿り着き、俺とコロッポルくんは右舷左舷に分かれて釣り糸を垂らす。
ただでさえ暑いので、男2人で仲良く並んで釣りをする気にはなれなかったのだ。
おれが釣っている側は陸地が見えており、そこはちょうど砂浜が広がっている場所だ。
綺麗な砂浜ではあるが、この辺は王家や貴族のプライベートビーチとなっており、今は誰も遊びに来ていないらしく静かなものである。
浜辺の少し陸地の側には王家や貴族の別荘があるが、魔物を含めた安全面の都合上、美しい豪華な別荘というよりも城塞のようなゴツい建物ばかりが目立つ。
魔物のいる世界では、たかが海水浴程度の遊びでもなかなか面倒そうだ。
そういやギルドで聞いた話なのだが、この時期には浜辺にライフセーバーよろしく冒険者が監視員として立つらしい。
但し監視するのは人では無く、海に危険な生き物が出ないかどうかの監視だそうだが……。
釣り糸を垂らしながら、俺はボーッと景色を眺める。
そういやこんな風にじっくりと景色を眺めるなんて、今まで無かった気がする。
どこの世界でも海から見える景色に大差は無いはずなのだが、俺にはなぜか元の世界とは違う景色に感じられた。
異世界小説を書くなら、こんななにげない景色も、もっと良く見ておくべきなのかもしれないな……。
海も、空も、山々や雲の流れも、全ては異世界の景色なのだ。
これからはもう少し、景色というものに目を配ってもいいかなと思う。
そんな風に景色を眺めていると、竿にツンツンという手ごたえがあった。
釣れたのかなと思いリールを巻き上げたのだが、針には何も掛かっていない。
ついでに付いていたはずの、コロッポルくん謹製の練り餌も無くなっている。
どうやら餌だけ見事に持っていかれたらしい。
まぁいいさ、そんなに釣りたい訳でも無いし――どうせ昼メシ分の魚はコロッポルくんが釣ってくれるだろうしね。
どうせ釣る気も無いのだから、もうこのまま餌を付けずに糸を垂らそうかと思ったが、それもなんとなくコロッポルくんに悪い気がして、針に練り餌を付けてから俺は再び海中へと糸を垂らした。
俺は再びボーッと景色を眺め始めることにする。
空を見ると、白い雲がフワフワと浮かんでいるのが見えた。
潮風が心地いい。
遠くに鳥が飛んでいるのが見え――違うな、アレはワイバーンか……。
そんな平和でのどかな景色を眺めていると、また竿にツンツンと手ごたえがあった。
意識が完全に景色に向かっていたので、やはりまた餌だけ持っていかれる。
また練り餌を針につけて、釣り糸を垂らしボーッと景色を眺める状態に俺は戻った。
そんなことを何度か繰り返したころに、コロッポルくんが昼メシだと伝えてきた。
何の魚かは正直良く分からんが、美味い刺身と汁物だった。
正直に美味かったとコロッポルくんに伝え、ごちそうさまをして元の釣りポジションへと戻る。
戻って『さて、また釣り糸を垂らそうか』と思った時に、おかしなことに気が付いた。
俺の目の前の海面近くで、数匹の魚が口をパクパクさせていたのである。
なんかアレだな、池の鯉が飼い主にエサを求めて寄ってきた時の映像みたいだなー。
――ん? まさか……!?
俺は1mばかり左に移動してみた。
口をパクパクさせた魚たちも1mばかり左に移動してきた。
今度は右に移動してみる。
魚たちも右に移動してきた。
やはりか……。
どうやら釣り針に付けていた練り餌を食われたことによって、俺の【真・餌付け】のスキル効果が発動してしまったようだ。
つまりこの目の前で口をパクパクしている魚たちは、俺に餌付けされて懐いてしまった、と……。
ふむ、どうしよう……?
正直、懐かれても困る。
ここはやはり、情がわいてこないうちになんとかしてしまおう。
とりあえず手元にあったタモと呼ばれる玉網を使って、口パクしている魚をすくい上げてみた。
――できてしまったし。
できてしまったものは仕方が無い。
魚たちは全部すくい上げてしまおう。
全部の魚たちをすくい上げてから思った。
これ撒き餌して餌付けした魚を、近寄ってきたところをすくい上げたほうが速くね?
つーかもうそれ、既に釣りじゃなくて漁だけど……。
コロッポルくん、投網とか作ってくれるかなー。
釣り好きのコロッポルくんだから、投網なんか邪道だとか言われそうな気もする。
――――
― 次の日・海上 ―
結局前日の休みは、暗くなるまでコロッポルくんの釣りに付き合った。
もっとも俺は、ほとんどタモで餌付けした魚をすくうだけの漁をしていたのだが。
ともかくおかげで昨日はメシを作らずに済んだので、今日の俺は休養十分である。
「そんなに数はいねーだな、おらの【気配察知】には4匹しか引っかからねーだよ――おっさんさはどうだべか?」
「俺の【気配察知】も同じ――4匹だな。この海域にはそれしかいないみたいだ」
ノミジと俺がいったい何の気配を探していたのかと言うと、それは『サメ』である。
今日の俺たちは『肉食ザメの討伐』の依頼を受けているのだ。
肉食ザメというのは、その名の通り魚だけでは無く肉も食べるサメである。
俺はサメには全然詳しくないので、元の世界の分類だと肉食ザメというのが何サメにあたるのかは分らん、ひょっとしたらこっちの世界の固有種なのかもしれない。
今回の『肉食ザメの討伐』の依頼なのだが、かなり広範囲の海域に及ぶ。
なのでいくつかの海域を、冒険者たちが分担して引き受けている。
俺たちの担当する海域は、現在俺が察知している範囲のざっと5倍というところだ。
実はこの海域での『肉食ザメの討伐』の依頼は、この時期の恒例行事である。
明後日から海開きでビーチを開放する予定なので、今のうちに危険な海の生き物を駆逐しておこうという算段らしい。
『肉食ザメの討伐』という名目ではあるが、討伐対象は肉食ザメだけでは無く危険な海の生き物全般に及ぶ。
クラゲだのオコゼだのという生き物まではさすがに対象では無いが、大型で人間の生死に関わるほどの危険生物は、全て討伐対象だ。
しかしながら今のところ肉食ザメ以外の危険生物は察知されていないので、とりあえずの俺たちの仕事はサメ退治となる。
ヒュン、ヒュンとノミジの弓の弦が4度鳴ると、もうこの海域での討伐は終わってしまった。
コロッポルくん作の弓と矢はノミジの腕も相まって、いとも簡単に肉食ザメの急所を射貫いていたのである。
ちなみに肉食ザメの死骸は素材として持ち帰る。
フカヒレとして加工するのはもちろん、肉もカマボコにするのだそうだ。
そんな感じで担当海域をこまめに潰していくと、肉食ザメがテンコ盛りになっている海域があった。
どうやら小型のクジラが仕留められていて、その死骸に肉食ザメが群がっているらしい。
さすがに数が多いので、ここはひと工夫だ。
「じゃあアルスくん、やってみていい?」
「もちろんです。タロウさんのやることですから、きっと上手く行きますよ」
相も変わらずアルスくんの俺への信頼は、何だか知らんが絶大である。
試してみるひと工夫とは、俺の【悪臭のブレス】のスキルだ。
サメは海中の血の臭いを嗅ぎつけて襲って来るという――実際にはそんなに嗅覚は鋭く無いらしいが、それでもちゃんと嗅覚というものがあるのだから、きっと【悪臭のブレス】は効果があるはずだ。
海流の上流方向にタイタンニク号を向かわせ、念のためみんなに防臭マスクを着用させて、俺は海面に顔をつけて【悪臭のブレス】を放った。
俺の口から海中に向かって、ボコボコと勢いよくブレスの泡が放出されている。
かなりの悪臭が放たれたはずなのだが、自分ではさっぱり分らん。
適当な理屈だが、たぶん自分の口臭が自分では良く分からないのと同じ理屈なのだろう。
ほどなくして海中に群れていた肉食ザメが急に暴れだし、そのうち腹を見せた状態でプカプカ浮いてきた。
どうやら気絶したらしい――イヤ、そんなに凄い悪臭なのか!?
プカプカ浮かんでいるのはもちろん肉食ザメだけでは無い、普通にその辺にいる魚たちも巻き込まれて、もう海面はひどい光景となっていた。
毒に侵された海のような、地獄絵図である。
ぴくりとも動かない肉食ザメの群れを俺たちはサクサクと討伐し、アイテム袋に素材として収納していく。
頭の中に『【悪臭のブレス】って、漁にも使えるんじゃね?』とかいう考えも頭をよぎったが、魚に悪臭が染みつくような気もするので止めておくことにした。
つーか収納した肉食ザメにも臭いがついている気がしないでも無いが、気にするのは止めておこう。
その後も全ての担当海域を回ったのだが、特に何事も無く終わった。
念のため、明日も同じ担当海域をチェックする予定である。
明後日は海開き。
俺も適当に暇をみて、ビーチを楽しもうかな。
――――
― 浜辺 ―
ついに海開きの日がやってきた。
俺たちは今、ビーチの監視員をやっている。
ここは冒険者ギルドのビーチ。
俺たちミッツメの街の『ランク:木』以上の冒険者は、ローテーションでビーチの監視員をすることを義務付けられている。
今朝のくじ引きの結果、初日から俺たち『黄金の絆』という順番となった。
何かあった時にすぐに誰かが対処できるように、それぞれのビーチでの配置はバラバラになっている。
この辺りの浜辺はビーチとしては一等地で、すぐ右隣がハサマレ伯爵のプライベートビーチであり、その100m右側からは王家のプライベートビーチとなっている。
更に向こうは、このミッツメの街の領主であるワコナン伯爵のプライベートビーチ。
そう、この辺りはビーチとしての一等地。
冒険者ギルドのビーチは、下手な貴族のビーチよりも良い場所を占めているのだ。
で、お仕事の話に戻るが、ぶっちゃけビーチの監視員は報酬が安い。
参加する冒険者に対して一律で、1日1万円である。
俺たちのような『ランク:皮』の冒険者にとっては、正直やってられない依頼なのだ――というのはもちろん建前だ。
警備という名目で水着姿の女性を目にすることができるのだから、これはこれで個人的には悪く無い依頼だと言えよう。
見たくもないおっさんの水着姿なんかも視界に入ってはしまうが、そこは頑張って存在を認識しないようにするつもりだ。
監視員と言ってもライフセーバーのようなものでは無く、魔物などの危険生物が現れた時の対処が仕事なので、溺れた人の救助などはしない。
なので【気配察知】のスキルに危険生物が引っかかるようなことが無い限り、俺はビーチの光景を何の遠慮も無く楽しめてしまったりするのだ!
ちなみに俺たちの格好は、水着などでは無く普段の冒険者装備である。
なので俺も手に入れて間もない『森定貞盛の兜』なんぞを被って警備中だ。
さっきから前立ての『貞』の文字が太陽に反射して、砂浜に裏返しの文字として光で描かれているのは非常に目立つが仕方あるまい。
もちろん仲間たちも通常装備だ。
アルスくんとパネロにノミジはいかにも冒険者という格好だが、ビキニアーマーのマリーカと魔法少女の衣装のクェンリーは、ビーチの光景との違和感があまり無い。
あのビキニアーマーと魔法少女の衣装って、全身鎧だけど日焼けとかするのかね?
やっぱ紫外線とかも弾いて、UVカットとかされるのだろうか?
ウチに帰ったら聞いてみよう。
――それはそれとして。
さっきから子供が俺の周りをウロチョロしていて、非常に邪魔くさい。
俺の兜、目立つからなー。
……話しかけられたし。
あん? そうだぞ、おじさんは冒険者だ。
兜がカッコいい? そうかありがとう――だがそのセンスは正直どうかと思うぞ。
冒険者になるにはどうすればいいかって?
まずは保護者に了解を取るべきだな、話はそれからだ。
危険な仕事だからな。
どうすれば強くなれるか?
そういうのはあっちにいるお兄さんに聞きなさい、詳しいから。
そうそう、あの白い鎧のお兄さん。
あのお兄さん、おじさんなんかよりも凄く強いんだぞ。
だからあのお兄さんのとこ行きなさい。
――ふむ、やっと行ったか。
これで落ち着いて水着姿の女性に集中できるな。
男なんてものは、いくつになっても水着姿の女性が好きな生き物なのだ。
――――
― 引き続き浜辺 ―
昼を過ぎた辺りで、隣のハサマレ伯爵のビーチにも人が出てきた。
あちらはさすがにギルドのビーチとは違って、人でごった返すことも無く優雅なものである。
ちなみにギルドのビーチとハサマレ伯爵のビーチの間には、それぞれに木の柵が設けられており、柵と柵の間が5mほど開けられていた。
ギルド側のビーチは木材の地が剥き出しの柵で、ハサマレ伯爵側の柵はきれいに白く塗られている。
当たり前だが、海には境界線のようなものは無い。
ハサマレ伯爵側の柵のすぐ内側には、ハサマレ伯爵家の騎士のみなさんが、直立不動で警備員として並んでいる。
このくそ暑い直射日光の中で鉄の全身鎧を着込んで立っていると、熱中症になったり火傷をしたりしそうだが、騎士の鎧は温度管理機能もついている高級品なのでそんな心配は無用だったりする。
あの鎧、お高いんだろうなー。
お金って、あるところにはあるんだなー。
ちなみに俺の配置はハサマレ伯爵のビーチにほど近い、海から少し離れたビーチ後方なので、ハサマレ伯爵のビーチが良く見える。
良く見えるのだが、ズラッと並んだ警備の騎士の視線が『こっち見んな』とさっきからプレッシャーを掛けてきていたりもする。
見えるんだから仕方ないじゃん。
それに貴族のビーチリゾート風景とか、もの珍しいから見たいし。
少しすると、ハサマレ伯爵のビーチのさらにその向こう――王家のビーチにも、警備の騎士さんたちがゾロゾロと並び始めた。
あれ? 王家の人も、今日から避暑でミッツメの街へ来てたのか。
俺たちには全然知らされていなかったが、これはそんなに珍しいことでは無い。
警備の都合上、王家の私的な動向は秘密にされていることが多いのだ。
もちろん急な来訪によって被る民間人の混乱などは、全く考慮などされてはいない。
「タロウさん! 場所を換わって下さい! お願いします!」
アルスくんが何だか凄い勢いで走ってきて、ハァハァ息を切らせながら俺にそんなことを言ってきた。
こんな風にアルスくんが興奮しているということは――まさか!?
「いるの? フィーニア姫様?」
「はい! あのレモン色のワンピースの水着を着ているのが、フィーニア姫様です!」
と、アルスくんに言われて指さす方向へと目を凝らして見たが、対象が遠い上に砂浜の背景でレモン色の水着を識別するとか、俺の老眼の目には難しすぎる。
夜ならスキルの補正でなんとかなるんだけどなー。
「良く見えないけど、いいよ。場所代わろう」
「ありがとうございます!」
こうして俺とアルスくんは、担当の場所を換えて再び監視員の仕事を再開した。
再開はしたけども、アルスくんが王家のビーチのほうばかり、目を充血させながらガン見しているのは言うまでも無かろう。
さて、俺はといえば今度はさっきまでアルスくんがいた、ビーチのど真ん中にあるテニスの審判台のような高さのある椅子に座ることになった。
まぁ、これはこれで水着姿の女性を間近で見られるので、良しとすることにしよう。
ちなみに目の前で見ることが出来ているのは、水着姿の女性であって水着美女ではない。
イヤ、まぁ、なんだ。
そういうことだから、察しろ。
まぁ、世の中の風景などそんなもんだ。
だから元の世界に戻って異世界小説を書く時にも、ありのままのこの風景を書くつもりだ。
俺の書く異世界ファンタジー小説は、リアルにする予定なのだから。
でも、コミック化とかアニメ化されたら、都合により美女と美少女だらけのビーチになるんだろうけどさ……。
たぶん、されないだろうけど……。
いいじゃん、夢くらい見たって……。
などと暇つぶしに適当な妄想をしていたら、何やら俺の【気配察知】に十数名の人の気配が引っ掛かった。
どうやら目的地は王家の別荘の方向で、人目を避けながらこそこそと移動している。
何をしようとしているのかは知らんが、たぶんロクなことではあるまい。
たくさんの騎士に守られているはずなので、放っておいても特に問題は無いとは思うが――。
余計なお世話と言われても、一応知らせておいたほうが良かろう。
俺は今の監視場所を離れて、元いた場所――アルスくんのところへと向かった。
だが俺が用があるのはアルスくんでは無い、塀の向こうのハサマレ伯爵配下の騎士だ。
「なぁ、あんたたち。ちょっと伝言頼みたいんだけどいいか?」
柵の向こう側にいるハサマレ伯爵の騎士にそう声を掛けたのだが、向こうからは『何だコイツ?』という反応しか返ってこない。
ですよねー。
いちいち説得するのも面倒なので、ここは責任含めて丸投げしてしまうことにするか。
「なんか知らんけど王家の別荘に十何人かの怪しい気配が近づいてるって、王家の人に伝えといて――よし、これで俺の責任は果たしたな。仕事に戻るとすっか」
責任という言葉をわざと口に出して、さりげなーく責任の所在をなすりつけると、ハサマレ伯爵の騎士たちがようやく反応してくれた。
「お、おい! ちょっと待て! それは本当のことか!」
俺よりは若いが比較的年配の騎士が、ちょっと慌てたように俺に聞いてきた。
責任の所在に敏感に反応するということは、この人は中間管理職的な立場なのかな?
「嘘言ってどうするよ。自慢じゃないが、俺は【気配察知】に関しては高ランク冒険者にだって負けない自信はあるんだ――どういう連中かは知らんが、こそこそ近づいてるから招待客では無いと思うぞ」
【気配察知】に関して自慢じゃないとは言ったが、実はちょっと自慢だ。
運良く引いただけのスキルではあるが、使っているうちにもう【気配察知】のスキルはもう俺の一部となってしまっているのだ。
中間管理職の騎士が隣の若い騎士に耳打ちして、自ら動いた。
おそらく上司か誰かに報告しに行ったのだろう。
若い騎士に伝令をさせなかったのは、思いのほか重要な案件だと判断したからに違いない。
「タロウさん、さっきの話は本当ですか!?」
フィーニア姫のことが心配らしく、アルスくんまでそう聞いてきた。
「今のとこ心配はいらんと思うよ。大した人数でも無いし、王家の騎士に任せとけば余裕でしょ」
「そうですかね……」
そんな心配することも無いと思うんだけどねー。
「なぁおっさんさ、あの気配は何だと思うだ?」
ノミジも王家の別荘に近づいてきている連中の気配に気づいたのだろう、俺とアルスくんが話をしているところに駆けつけてきた。
「さぁ……正直良く分かんね。盗人にしては気配殺すのが下手すぎるし、襲撃するには戦力が少なすぎる――何しに来たんだかねー」
ホント何しに来たんだろね?
警備の厳しさを甘く見た、なり立てホヤホヤの盗賊とかだろうか?
俺とアルスくんとノミジの3人が集まったことによって、何事かがあったのだろうと察した俺たち『黄金の絆』の残りのメンバー、パネロ・マリーカ・クェンリーもやってきた。
全員が集まったところで、察知した連中の情報を共有して話し合う。
一応この件は冒険者ギルドに報告しておこうという話になり、俺たち同様ビーチに詰めていた職員さんの1人に伝令を頼むことにした。
集まってガヤガヤしていると、遠目に王家の騎士たちが整然と動き始めるのが見えた。
どうやらあちらも気づいたか、俺たちの話が伝わったかしたのだろう。
冒険者ギルドから数人の応援が来た。
念のため、ビーチにいる人たちの避難誘導をするらしい。
もちろん俺たちも駆り出され、俺は逃げ遅れた人がいないかどうかの確認係である。
いいかげん避難が終わった頃に王家の別荘の方角から、ドオォォーン! と爆発音がして、大きな火柱が立ち上った。
おそらく、魔法による爆発の炎。
これは――――魔法テロだ!
爆発の規模が大きいので、さぞや被害も大きかろうと思われるかもしれないが、そこは魔法が普通にある世界、たぶん被害は無いはずだ。
王家の別荘などはもちろん役所や橋などの公共建築物、ギルドの建物に金持ちの家などは全て魔法に対するかなり強力な耐性を付与されているので、たかがこの程度の魔法テロでは無傷で当然なのである。
王家のビーチにいた人たちが20人ほどの騎士と一緒に、隣のハサマレ伯爵のビーチへと移動してきた。
念のため避難、というところだろう。
その中にはもちろんフィーニア姫もおり、王家の騎士がSPよろしく張り付いている。
フィーニア姫よりも少し年かさの男の子の側に王家の騎士が多く付いているのを見ると、たぶん彼がこの場の最重要人物ということなのだろう。
王家の家族構成を考えると、年齢的に側室との間に生まれた第3王子かな?
王家の人たちのハサマレ伯爵のビーチへの移動が完了した。
この距離なら、俺の老眼でもなんとかフィーニア姫が見えるな。
大きくなったねー、もう9歳だっけ?
相変わらず、お人形みたいに可愛らしい女の子だ。
口を半開きにして、フィーニア姫に目が釘付けになっているアルスくんを見ながら『しゃーないなー』とか思っていたら、俺の【気配察知】に大量の生き物がビーチへと向かってくる気配が引っかかった。
そのうち7割は肉食ザメ、残り3割は知らない気配でこれは速度がやや遅い。
また何でこんな時に、ビーチに向かって来るかなー。
イヤ、違うか――まさか誘導された?
「ノミジ分かるか? エラい数の肉食ザメと何かがビーチに迫ってる!」
「おらの【気配察知】には、まだ肉食ザメしか引っかかってねーべ――そんなに多いだか?」
「あぁ、ざっと数えて200は間違いない。肉食ザメは上陸できないから問題無いとして――問題は残りの何かだな……」
つーか、何でさっきから俺がリーダーみたいなことしてるんだよ?
アルスくん、いいかげんフィーニア姫から目を離しなさいっつーの!
パチンとアルスくんの頭を叩いてようやく正気に戻らせ、念のためギルドの職員さんに冒険者の応援を呼ばせる手配をし、俺たちは戦闘に備えることにした。
もちろん海から来る気配の情報は、ハサマレ伯爵の騎士を通じて王家の騎士へと伝えてある。
じきにビーチに迫ってくる不明だった生き物の正体が分かった、そいつが1匹2匹と水面から上に飛び跳ねたのが見えたのである。
飛び跳ねていたのは『オーガヒトデ』という魔物だった。
オーガヒトデは普通に星形をした大きさ2~3mのでかいヒトデ型の魔物で、オニヒトデ系とかでは無い。
ただ普通の海の生き物としてのヒトデとは違い、海中の獲物だけでなく海辺の陸地へと飛んで陸の獲物も襲うのである。
もちろん人間も、オーガヒトデの獲物としての対象だ。
これが魔法テロと連動したものだとしたら、こっちのオーガヒトデが本命だろうか?
だとしても、どうやって誘導しているのだろう?
さっぱり分らん。
魔法テロの鎮圧に向かった王家の騎士は、まだ戻っては来ない。
残っている王家の騎士も、フィーニア姫を含む王家の人に張り付いての護衛なので動けない。
ハサマレ伯爵の騎士も同様に、伯爵家の人たちの護衛で精いっぱいのようだ
これはやはり、俺たちがやらねばならない案件になるんだろうなー。
せっかくだからアルスくんに大活躍させて、フィーニア姫にカッコいいところを見てもらうのが良かろう。
そんな訳で、俺たちは討伐方針のブリーフィングを始めた。
相手が海中からジャンプしてくるオーガヒトデならば、本当は機先を制して海中へと討伐に向かうのがセオリーなのだが、肉食ザメがものすごーく邪魔である。
ならばどうするか?
こないだ肉食ザメを討伐した時には俺の【悪臭のブレス】で肉食ザメを失神させるという手を使ったが、今回は違う方法を取ることにした。
オーガヒトデに【悪臭のブレス】が通用するか不明だからだ。
今回は、相手の数の多さを逆手に取ろうという作戦である。
その作戦とは――。
「――という訳でノミジ、肉を少しくれ」
「なんだかわかんねーけど、1本だけならいいだど」
そう言ってノミジはさっき海の家で買っていたおやつの肉串を、1本俺に渡して――って、こら。
「違うし! そうじゃなくて、生肉が欲しいの!――あいつらにバラ撒いて、餌付けしてこっちの味方にするってさっき説明したじゃん!」
「あー、そう言えばそんな話だっただな――狼の肉でいいだか? あとは餌にするのは勿体無い肉だべ」
「いいよ、どうせあいつらの好き嫌いとか分らんし」
そう、作戦とは俺の【真・餌付け】のスキルを使って、バラ撒いた肉で敵である連中を友好的にし、仲間割れを誘おうというものである。
肉食ザメ同士やオーガヒトデ同士で縄張り争いをすることは珍しく無いらしいので、きっとこの作戦は上手く行くはずだ。
アルスくんは肉をバラ撒くまでは俺の護衛、その後はフィーニア姫にいいところを見せることを主眼とした、陸に近づいたオーガヒトデを討伐する役目をしてもらう。
マリーカとパネロは騎士の少し前で防衛ラインを担当してもらい、クェンリーには海面を凍らせて海中から陸地へ飛んでくるオーガヒトデを食い止めさせ、ノミジはそれでも飛び出てくる奴の狙撃だ。
ノミジから狼の肉の塊を受け取り、いよいよオーガヒトデの討伐が開始される。
さぁ行こう! アルスくん!――――あの……アルスくん……?
「フィーニア姫様! この名誉男爵アルス・ウエイントン、フィーニア姫様のために魔物討伐をして参ります!――どうかお心を安らかにして、いましばらくお待ちください!」
アルスくんは、フィーニア姫へのアピールで忙しいようだ。
おっ、フィーニアちゃんが手を振り返してくれてるぞ!
アルスくんやったじゃん!
つーかほら行くよアルスくん、フィーニア姫様も待ってくれてるんだから。
ちゃっちゃと終わらすよー。
…………
海中へと入る前にクェンリーの魔法でビーチ近くの海面を凍らせて、その上を歩きながら俺は肉を切り分けて【投擲術】で肉食ザメやオーガヒトデのいる辺りへと放り投げた。
無理すると五十肩が痛いから、それなりに遠くへ。
肉を放り投げた地点でバシャバシャと肉を奪い合って暴れる音が聞こえた。
ふむ、オーガヒトデは肉争奪戦に参加しとらんな――まぁ、サメだけでもいいか。
俺が投げた肉を食ったのであろう連中が、続々と俺の周囲に集まってくる――頃合いだ。
アルスくんには後ろに控えてもらって、俺は少しだけ前に出る。
前に出ると当然、近くにいる肉食ザメやオーガヒトデが俺に襲い掛かろうとしてきた。
さぁ作戦よ、上手く行ってくれ!
俺に襲い掛かろうと海中から飛び出してきたオーガヒトデに、肉食ザメがこれまた海中から飛びあがって噛みついた――よっしゃー! 上手く行ったぞ!
もちろん肉食ザメは俺を守ろうとかしたのではないだろう、おそらく俺の持っている狼の肉を奪われないように守っただけだと思われる。
そこからはもうグチャグチャの大混戦。
俺の餌付けとは無関係なヤツらまで争い始めたし……。
…………
数分後……。
オーガヒトデと肉食ザメが入り乱れてのカオスな戦いが、俺の目の前で繰り広げられていた。
俺は戦闘に参加するようなことはせず、連中を餌付けするための狼の肉を、ナイフでちぎっては投げちぎっては投げを繰り返している。
アルスくんは俺から離れた場所の、混戦とは関係無い肉食ザメとオーガヒトデを片っ端から倒すという作業中だ。
順調に肉食ザメもオーガヒトデも減り続けている。
目論見通りオーガヒトデはあまりビーチへとは飛んで行かず、飛んで行こうとした個体もノミジに全て射貫かれていた。
作戦が上手く行って浮かれていると、沖の方に船の気配が引っかかった。
速度としてはかなり早い。
漁船の類では無さそうだ。
みるみるこちらに迫ってきたその船は、このまま真っ直ぐすすむとハサマレ伯爵のビーチ――フィーニア姫を含めた王家の人たちがいるビーチへと到達することとなる。
魔法テロをやった連中の本命はこれか!?
目に見える距離まで船が近づいてきた。
船には30名ほどの人間が乗っており、もちろんそいつらは重武装だ。
俺は目の前の混戦を破綻させないようにするので精いっぱいだし、アルスくんは討伐をしているうちにかなり遠いところまで行ってしまっている。
たぶん俺たちにはもう、あいつらを止めることはできない。
だが遅い。
あいつらは上陸できるかどうかも分からない。
何故なら魔法テロをやった連中を始末した王家の騎士たちが、王家の人たちを守るべくもう既にそこまで来てしまっているのだから。
惜しかったな。
ビーチの警護をしていた冒険者が俺たち『黄金の絆』でなければ、戻ってきた騎士もサメとヒトデの対処に追われて海からの奇襲も上手く行ったかもしれんが……お前たちは運が悪かった。
俺の横を通り過ぎた船が、クェンリーが凍らせた氷の上で停止し、船上にいた連中が上陸しようと飛び降り始めた。
しっかりと間に合った王家の騎士たちが、勢いのままに襲い掛かる。
騎士は対人戦には強い。
同じくらいのレベル帯だと、人である冒険者はだいたい負ける。
冒険者は相手のサイズが大きく、さらに硬い魔物であることが多い。
なので狙いもおおざっぱで、威力重視の攻撃がほとんどだ。
それに魔物の動きは読めても、人間の動きなどは読む機会がほとんど無い。
対して騎士は、相手が人間であることを想定している。
なので人間に当てる技術に長け、的確に急所を狙って来る。
つまり冒険者と騎士が戦うと、騎士の攻撃のほうが圧倒的に当たるのだ。
ただし何事にも例外というものはあり、アルスくんのように対人・対魔物の両方に強い者も、ごくまれに存在する。
アルスくんなら騎士になっても、間違いなく若くして騎士団長クラスにはなっていただろう。
船に乗っていた連中は、瞬く間に制圧された。
どういう連中かの情報はこれから調べるのであろうが、おそらく冒険者である俺たちには、その情報は降りてはこないだろう。
海中での混戦も無事に終了。
あとは肉食ザメとオーガヒトデの死骸の、後始末だけとなった。
名誉男爵の爵位を持ったアルスくんは、またフィーニア姫に直々に声を掛けられていた。
アルスくんのテンションが爆上がりなのは、後ろ姿でも分かる。
フィーニア姫へのアピールは、成功したようだ。
あの2人、くっつけてあげたいよなー。
アルスくんが勇者になれたら、少しでも可能性が出てくるかなー。




