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大蛸の討伐

 ― 夜・海上 ―


「おぉー、やっぱすげぇな! 今日も大漁だ!」

「やっぱ探知機のおっさんがいると違うわ」

「後で好きなだけ持っていきな!」


 ミッツメの街に来てから早1月半、俺は【気配感知】のスキルを使って、週一で漁船に乗り込み『魚群探知機』として活動している。

 さっきの漁師が口にしていた『探知機のおっさん』とは、俺のことである。


 俺がいない時の『黄金の絆』の仲間たちはどうしているかというと、将来的に俺が抜けた時のことを考えて、俺抜きで依頼をこなしていたりする。

 ちなみに俺がいないことで一番困っているのは、依頼中の飯なのだそうだ。


 最近は『弁当を作れ』というアピールもされているが、俺はあえて無視をしている。

 頑張って今から、自分たちで作る習慣をつけておきなさい。

 つーか、たまには俺のいる時にも君たちが作ってくれていいんだよ?


 今日の漁は『スルメイカ』の漁。

 乗り込んでいるのはもちろんイカ釣り漁船だ。

 イカ釣りは船上で灯りを灯して、光に寄ってきたイカをたくさんの釣り針を着けた糸を引き上げて釣るという漁法である。


 船上の灯りは普段かがり火を焚いているのだが、今回は俺も乗り込んでいるので【光球(ライト)】の魔法を使っていた。

 漁師さんたち曰く、いつもよりイカの集まりがいいらしい。

 どうやら俺は、こういう方式の漁に向いている人材のようだ。


 港に戻って、今日の漁は終了。

 報酬に大銀貨3枚――3万円をもらって、今日の俺はお役御免だ。

 大銀貨は銀貨の10倍の価値のある硬貨だが、金が含まれているのでそれほど嵩張る大きさでは無い。

 ちなみにこの大銀貨3枚は冒険者としてでは無く漁師としての収入なので、ギルドを通す必要は無かったりする。


 おっと、イカも持って帰っていいと言われてたんだっけ……。

 無限のアイテムストレージに入れようと思ったのだが生きているものは入らない仕様なので、活イカは皮の袋に入れて持って帰ろう。


 イカ、10杯で足りるかな?……あいつら食うからなー。

 よし、20杯もらって帰るとしよう。


 今日はイカ刺しでもたべさせてやろうか。

 あとついでに、イカ飯でも作ってやるかな。


 ゲソはどうすべ?


 ――――


 ― 夜・自宅 ―


「そういえば大蛸が出たらしいですよ」

 イカ刺しを箸でごっそりと確保しながら、アルスくんがそんなことを言った。

「そうなの? 港ではそんな話全然聞かなかったけど」

「タロウさんが戻ってから出たんじゃないですか? 僕らが戻った時にちょうど情報が入ってきたみたいですから」

「ふーん……」


 大蛸とは、普通に大きな蛸のことである。

 大きさが2mを超えると大蛸で、2m未満は普通に蛸という基準らしい。

 なのでその大きさは様々で、大きいものでは100mを超える大蛸を討伐したという記録もギルドには残っているとのことだ。

 ちなみに魔物では無い。


 大蛸もいるのだからもちろん大イカもいる

 これも魔物枠では無い。

 ただしイカ系統の魔物でクラーケンというのがいる。

 こいつもでかいイカなのだが、イカタコ系で唯一魔石を体内に持っているのだ。


 で、話は戻るが――。

 今回現れた大蛸は、たぶん全長で15mくらい。

 たぶんというのは、海中から出た頭の――実際には腹なのだが――大きさから判断されたものである。


 襲われたのはサバ漁をしていた漁船で、漁を終えて引き上げようかという時に突然大蛸が現れたらしい。

 大蛸も普通にサバを食べるので、これは人間と大蛸の食料をめぐった争いということになる。


 となるとその海域に大蛸が居座る限り、同じ海域での漁は危険なのでできない。

 ならばいずれ、俺たち冒険者に討伐なり狩猟なりの依頼が出されるはずである。


 そろそろみんな海にも慣れてきたし、大蛸の討伐依頼が出るなら受けてもいい頃かな?

 そんなことを考えていたら――。


「おっさんさー、イカ飯がもう無くなっちまっただよ」

「イカ刺しも無くなっちゃいましたー」

 ノミジとパネロに、空になった皿を見せられた。


 マジか……。

 イカ飯もイカ刺しもイカを10杯ずつ使ったはずなのに、全部無くなりましたか……。

 けっこう大きめのイカを使ったはずなのになー。

 まぁいいか……ゲソがまだ残ってるから、適当に料理して食わせてしまえ。


 ゲソを適当なサイズに切って、フライパンで炒めながらデンプンをまぶして醤油を絡めて味付けしてやる。

 これで出来上がり。

 とても簡単である。


「ほれ、出来たぞ」

 新しい皿を出すのも面倒なので空になったイカ飯を載せていた皿に、料理したゲソを盛ってやる。

 一斉に群がってくる箸――あぁ、10杯分のゲソがもう半分に……。


 結局残っていたゲソを全部同じように料理して、なんとかみんなの胃袋を満足させることに成功した。

 今度からイカをもらってくる時には、30杯は持ってくるようにしよう。


 大蛸の話はイカの料理にかまけているうちに、いつの間にか頭から消えてしまっていた。

 何に集中すると他のことをついつい忘れてしまうのは、きっと『状態異常:老化』のせいであろう。


 それに食事が終わったあと、俺はついつい――。


 エンゲル係数の計算などしてしまっていたしなー。


 ――――


 ― 次の日の朝・ギルド ―


「あ、やっぱり『大蛸の討伐』の依頼が出てますよ」

 依頼が貼りだされて早々に、アルスくんが目ざとく『大蛸の討伐』の依頼を見つけた。

 討伐相手としてはそれほど大物では無いので、報酬は20万円とそれなりである。


「そろそろ本格的な海中戦もやってみたいですし、今日はこの『大蛸の討伐』の依頼を受けましょう!」

 このごろすっかりリーダーが板についてきたアルスくんは、早速この依頼を受けることに決めたようだ。

 というか、昨日大蛸の話をしてた時点でたぶん決めていたのだろう。


『ランク:皮』である俺たち『黄金の絆』にとっては格下の依頼なのだが、まだ海中戦に慣れていないことを考えればこのくらいがちょうどいいはずだ。

 ぶっちゃけやらかしてしまっても命に関わることは無さそうな相手なので、これは実践練習のようなものである。


 相変わらずアルスくんは、考え方が堅実だ。


 依頼の紙をペリッと剥がして受付に持っていき、これで今日の依頼は決定。

「まずは船を借りないといけませんね」

「だよな――なぁ、おっさん週一で漁に参加してんだからツテあんだろ?」

 マリーカさんや、簡単に言っちゃってくれますな。

「ツテは無いことも無いが、漁船はたぶんこの時間だとまだ港へ戻ってないと――」


「あー、いたいた! まだ街から出て無くて良かったよー」

 港へ向かいながら、今回の依頼で当該海域へ運んでくれる船をどうしようかという話をしていると、釣りバカエルフのコロッポルくんが、小走りで駆け寄ってきた。

 どしたん?


『おはよう』とこちらは挨拶をしたのだが、コロッポルくんは挨拶などどうでもいいと言わんばかりに話を続けてきた。

「船の修理が終わったんだよー! もういつでも出航できるんだ――さぁ! みんなで釣りに行こうよー!」

 どうやらみんなで釣りに行きたかったらしい。


 ――って、ちょっと待て。

 船の修理ができたと?


「よし、行こう」

 渡りに船とはまさにこのことだ。


「コロッポルくさん、ありがとうございます! みんな、行きましょう!」

「うん、行こう!」

「行くべ!」

「行きましょ」

「行こうぜ!」

 仲間たちが喜んでいる……。


「やったぁ! 実は君たちの分も海釣り用の竿を作ってあるんだよー!――さぁ、みんなで釣りに行こう!」

 コロッポルくんも喜んでいる……。


 うむ……流れ的に『大蛸の討伐』をしに行くとは言いづらくなってしまった。


 なんかごめんね、コロッポルくん……。


 ――――


 ― 海上 ―


「まだタロウさんの【気配感知】には引っ掛かりませんか?」

「まだだよ――場所的には合ってるんだよね?」

「そのはずですが……」

『大蛸の討伐』の依頼を受けた俺たちは、コロッポルくんが修理した船に乗り込み、今は対象である大蛸の気配を探しているところだ。


「釣りのほうは順調ですか?」

 現在船上の人員は2班に分かれている。

 1つは俺とノミジとアルスくんの、大蛸探索班――もう1つはコロッポルくんをリーダーに、パネロとクェンリーとマリーカが加わっている、大蛸挑発班である。


 大蛸挑発班の仕事は、大蛸の縄張りでエサとなる魚を釣ることによって、縄張りを守ろうとする本能を刺激してこの海域にいるはずの大蛸を誘い出す仕事だ。

 そんなもん上手く行くはずが無かろうと思うかもしれないが、この展開でのコロッポルくんがあまりにも不憫だったのと、パネロとクェンリーとマリーカが暇そうだったのでやらせてみた。


 おかげで俺たちの目的が釣りでは無いことを知って落ち込んでいたコロッポルくんの機嫌も直り、暇すぎて何かをやらかすような人も出てこず、しかもついでに昼飯の確保にもつながるという一石三鳥の妙手に、たまたま成ってしまった。


 偶然とは、時に良い仕事をするものである。


「おっ! また釣れた――いゃー、自分で修理しといて言うのも何ですが、この『タイタンニク号』は釣りをするにはちょうどいい大きさですよねー」

 コロッポルくんが嬉しそうにこの船の名前を口にしているが……。


 なんでこの名前になったかというと、船は元々俺たちのだが修理したのはコロッポルくんということで、お互いに命名権を譲り合ったのだ。

 その後俺たちとコロッポルくんの両方で船の名前を考えて、2つの名前を合体させようということになり――コロッポルくんが『タイタン』号、俺たちというかアルスくんが『ニク』号という名前を出した。


 イヤ、アルスくんにリーダとして決めてもらおうとしたんだが『どういう名前にしていいか判らない』とか言いだしたんで、『なんか適当に好きなものとかでいいんだよ』とアドバイスしたら、『肉』という返事が返ってきてしまったのだ。


 アルスくん、肉好きだから……。

 ちなみにコロッポルくん命名の『タイタン』とは、この世界で何を意味するのかは知らん。


 で、『タイタン』と『肉』が合体して『タイタンニク』号と――なんか処女航海で沈みそうな船名となってしまったのである。

 まぁ、元々沈んでた船だしいいか……。


 つーか、なかなか大蛸の気配が見つからん……。


 どこかに移動しちゃったかなー。


 …………


 ― さっきの場所から少し離れた海上 ―


「いないなー」

「いないべ」

 さっきからタイタンニク号を移動させて探し続けているのだが、俺とノミジの【気配感知】には未だに大蛸の気配が引っかかっては来ない。


 ちなみにタイタンニク号の動力は帆船なのでもちろん風なのだが、帆の構造はものすごく単純である。

 理由は簡単、そもそも自然の風では無く風魔法で動かすことが前提なのだ。

 なので船の扱いなどド素人な俺たちでも、けっこう自由自在に動かせている。


 いいかげん動き回ってから、俺たちは再び待ちの状態に入った。

 再び【気配察知】による捜索班と釣りによる挑発班に分かれて、大蛸の出現を待つ体制だ。


 しばらくして、探索班は俺とアルスくん2人となった。

 ノミジがいつまでも引っかからぬ【気配感知】に飽きたらしく、コロッポルくんたちに混じって釣り糸を垂らし始めたのだ。


 途中昼メシなんぞを挟みながら、大蛸待ちの時間は続く。

 もう待ち時間が長すぎて、大蛸の討伐に来たんだか釣りしに来たんだか分らんなー。

 ぶっちゃけもう、俺は完全にダレている。


 ちなみに昼メシはコロッポルくんが作ってくれた。

 刺身と簡単な汁物ではあったが、さすがは本物の釣りバカであるコロッポルくんの魚料理、一味違う美味であった。


「飽きただ」

 釣りによる挑発班へと鞍替えしていたノミジが、そんなことを言い出した。

 どうやら挑発班になってから1匹も釣果が無いので、つまらなくなったらしい。


「釣りはおらには合わねーだ! やっぱ弓でねーとつまんねーべ――なぁコロッポルさ、おらの弓はまだできねーんだか?」

 こらこらノミジさんや、気持ちは分かるけど無理を言ってはいけませんよー。

 エルフ作の弓なんかそうそう手に入るもんでも無いんだから、焦って作ってもらうより時間を掛けてでも良い物を――。


「できてるよー。はいこれ」

 コロッポルくんがアイテム袋から、真っ白でスリムな弓を取り出した。

 出来てんのかーい!


「おおー!」

 ノミジが嬉しそうにコロッポルくんから弓を受け取り、じっくり隅々まで興味深そうに凝視しつつ、弦の張り具合などを確認している。


「ちょっと張りが強いだな……」

「少し緩めるかーい?」

「う~ん……このままでいいだ。このままで少し慣らして、馴染ませてみるべ」

「直すならいつでも言ってねー――あとこれ矢ね、これも水中で威力が出るように工夫してみたよー」

「この矢じりの模様はなんだべ?」

「それかい? それは水の正面からの抵抗を横に逃がす役割をしててねー……」


 職人と使用者が直に話しているのでだんだんと話が専門的になり、素人の俺は聞いていても話についていけなくなってきた。

 それにしてもあの弓――弦もだけど――俺が見たことも無い素材だ。


 ひょっとしたら相当貴重な素材だったりするのだろうか?

 エルフの特殊技術で加工された素材という可能性もあるな。

 俺が支払う訳では無いけども、なんか弓の代金の請求が怖いのだが……。


「だいたい分かったから、試してみるべ」

 早速ノミジが新しい弓を引き絞り、海中の何かを狙う。

 海面の光の反射と老眼のせいで、俺の目には何を狙っているかはさっぱり見えない。


 ヒュン――チュン!


 引き絞られた弓からコロッポルくん特性の矢が放たれ、微かな音を立てて海中へと突き刺さっていく。

 水中突入時の音が小さいということは、それだけ抵抗を受けていないということだ。


 ほんの数瞬の後、ノミジの顔にニヤリと笑みが浮かぶ。

 どうやら命中したらしい。

 満足そうな笑みを浮かべながらノミジが右手を海に向かってかざすと、放った矢が命中した魚に刺さったまま、海中からノミジの右手へと戻ってきた。


「凄いべ……ほんとに戻ってきただ……」

「すごいでしょー? これが自動帰還機能だよー」

 どうやらあの矢には、自動帰還機能というものが付いていたらしい――つーか、そんなことまで出来るんか!?


 船の修理もしっかりとできているようだし、マジでコロッポルくんは職人として万能なのでは無かろーか?

 自称器用貧乏と言っているが、俺はコロッポルくんの職人としての腕はかなりのものだと思う。


 ノミジがバシバシと矢を放ち始めた。

 矢はことごとく命中しているようで、戻って来る矢は全て魚付きだ。


 魚の胴体に刺さっていた矢は、やがてエラの部分に刺さるようになり――。

 しまいには目を射抜くようになった。

 ノミジの奴め、もう弓と矢のクセを掴んだな。


 射抜く魚がだんだん小さくなってきた。

 これこれノミジさん、そんな小さいのを仕留めるんじゃありません。

 そのサイズだと食べるトコほとんど無いから。


 そんな光景を見ながら『もうこれ漁だよなー』とか思っていたら、不意にその気配が現れた。

 今朝からずーっと待っていた、大蛸の気配である。

 ようやく掴んだ気配に、俺は思わず『来た!』っと声を上げる


「えっ!? どれ?」

「どの竿?」

 イヤ、お前らその反応はどうなのよ。

 本来の目的とか、絶対忘れてるだろ……。


「イヤ、そうじゃなくて大蛸がきたんだってば」

「大蛸だって!?」

「どこですか!」

 船の上は大わらわとなった。

 まだ大蛸は船から5kmの距離なんだけどね。


 みんな臨戦態勢となり船を大蛸へと向けようとしたが、大蛸のほうからこっちへと向かってきているので、船を動かすのは俺が止めた。

 パネロが【水中呼吸泡(アクアラング)】の魔法を全員に掛け、戦闘準備は万全となりあとは大蛸待ち。

 万が一のことがあると帰りの脚が無くなるので、戦闘が始まったら船を戦闘地域から遠ざけてくれるようにコロッポルくんに託して俺たちは海中へと潜った。


 さぁ、大蛸の討伐の始まりだ!


 大蛸は正確に俺たちのいた場所を目指している。

 憶測だが、ノミジが魚を次々と射抜いたことが、大蛸を呼び寄せることになったのだと思う。

 たぶん魚体を矢で貫いたことで海中へと流れ出た体液的なものを、大蛸が感知したとかな気がする。


 プランクトンが多くやや濁っている海中でも、大蛸の姿が目視できるようになった。

 そろそろこちらも動くことにしよう。

 アルスくんが全く何の合図も無かったのに、俺と同じタイミングで動き出した。

 こういう以心伝心っぽい感じのは、おじさんなにげにちょっと嬉しい。


 近づいてすぐに、大蛸の足が襲ってきた。

 思ったよりも素早い触手の動きだが、俺は【水中戦闘術】のスキルを持っているおかげで、これくらいならなんとか避けられる。

 アルスくんは避けるだけでは無く、触手に切りつけている――さすがだ。


 いきなり大蛸の急所になるであろう部分を攻撃しようにも、8本の足が邪魔してくる。

 なのでまずは足の数を減らしたい。

 だが減らし過ぎても逃げに入られてしまうので、ここは慎重に見極めながら攻撃せねば……。


 ノミジの矢の援護も始まった。

 大蛸の攻撃の手が多いので、この援護はとてもありがたい。


 アルスくんが、大蛸の足を1本切り落とした。

 大蛸が逃げに入る――おいこらちょっと待て!

 まだ1本しか足を切り落としてないのに、逃げるんじゃねーよ! このヘタレ蛸が!


 俺は慌てて逃げようとする大蛸へと迫り、スキル【吸着】でピタリとへばりつく。

 ふっふっふっ……大蛸め、相手に吸着できるのは貴様の吸盤だけでは無いと思い知るが良い!

 ニヤリと笑みを浮かべながら、吸着した俺はすかさず短剣を大蛸へと突き刺した。


 大蛸に短剣を突き立てるとすぐ、大蛸の足が襲ってきた。

 短剣を大蛸から抜いて反撃しようとしたが思うように抜けず、俺は大蛸の足に絡みつかれてしまう。

 あ……これ、やっちまったかもしんない……。


 2本の足に絡みつかれたところで、短剣がようやく抜けた。

 締め付けられるのがキツいので、抜けた短剣で少しずつ絡みついた大蛸の足に切れ込みを入れていく。

 吸盤に吸い付かれた場所が痛いが、締め付け自体はなんとか耐えられそうだ。


 正直やらかしたなとは思うが、俺が絡みつかれたおかげで大蛸は逃げるのを止めたようなので、やらかした割には結果オーライである。

 アルスくんが俺を助けようとしてくれているのだが、大丈夫だとそれを制して大蛸に止めを刺すことに専念してくれと伝えた。


 足の2本くらいなら、しばらくは耐えられる。

 レベルの上がった肉体とは、やはり凄いものだ……。

 ところが――。


 必死になって大蛸の2本の足に抵抗している俺に、足がもう1本襲い掛かってきた。

 イヤ、3本目はさすがにちょっと……。


 3本目の大蛸の足が、俺の頭に巻き付いてきた。

 くそっ! よりによって頭に巻き付けてきやがったか!

 大蛸の3本目の足が、ぐいぐいと俺の頭を締め付けてくる――いかん、このままでは……。


 俺は必死になって頭に巻き付いた大蛸の足を引き剥がそうとしたが、2本の足に体を拘束されていてはさすがにどうにもならん。

 これは非常にマズい……。

 アルスくんお願い! 早く大蛸に止め刺して!


 そんな俺の願いも虚しく、アルスくんは大蛸に止めを刺すのに手間取っているようだ。

 ノミジの援護の矢が俺に絡みついている大蛸の足に刺さっているのが振動で伝わってきているが、それでもやはり足は俺から離れてくれそうも無い。

 つーかノミジさん、貫通したら俺の頭が危ないので狙う場所はもう少し考えて!


 にしても、こんだけ頭を締め付けられているのに【水中呼吸泡(アクアラング)】の魔法の泡は、俺の頭部にしっかりと呼吸ができるように纏わりついている。

 魔法って便利だよねー。


 そんなことを呑気に考えてしまっているうちに、頭に絡みついた大蛸の足が、いよいよ俺の頭を強烈に締め付けてきた。

 いかん、マジでこのままだと俺の頭――。


 スポン!


 あぁ、やっぱり――。

 俺の頭防具――鉄壁のヅラ(アフロ)――が脱げてしまった……。

 あ、こら大蛸、要らないからといって俺の頭防具をぞんざいに投げ捨てるんじゃない!


 マズいな。

 この辺の海流はそこそこ速いので、早く回収しないと俺の頭防具が大海原に旅立ってしまう……。

 つーか既にプカプカと自由を満喫しながら、頭防具がけっこう遠ざかってしまってるし。


 なんだかんだでけっこう気に入ってたのに!


 大蛸の足から逃れようと頑張ってみるが、締め付けはともかく吸盤の吸着力がそれを許してくれない。

 俺の頭防具――鉄壁のヅラ(アフロ)――は、どんどん遠ざかっている。


 ふいに視界が真っ黒になった。

 大蛸が墨を吐いたようだ。

 俺に絡みついていた2本の足も、俺から離れようとしている。


 墨を吐くということは、アルスくんが大蛸を追い詰めているということだ。

 ここで逃がす訳にはいかない。

 俺は締め付けを緩めた大蛸の足に今度は逆に【吸着】し、短剣で攻撃しながら墨で視界を奪われたアルスくんを誘導する。


「アルスくん、左15度の方向だ!」

 アルスくんが俺の声に反応して大蛸を追う。

「もうちょい下だべ!」

 ノミジからも誘導の声が飛んだ。


 誘導の訓練というのも、今後しておいたほうがいいかもしれないな。

 スイカ割りって、誘導の訓練になるだろうか……?


 アルスくんが大蛸に攻撃をしている。

 大蛸の気配が弱る。

 弱った大蛸はやがて動かなくなり、『大蛸の討伐』の依頼は終わった。


 海流の流れが速いおかげで、視界を妨げていた大蛸の墨はほどなく消え去り、俺たちは討伐した大蛸の回収に入る。

 当分、タコには不自由しなさそうだ。

 もう俺の頭防具は、どこにも見えない。

 いつの間にか今日の晩飯がタコ焼きに決まっているのは、たぶん気のせいだろう。


 戦闘が終わったので、みんながコロッポルくんの操船で戻ってきたタイタンニク号へと上がる。

 もちろん俺も。

 疲れたので甲板に座ってボーっと海を眺めていたら、ノミジが俺のことをジーっと見つめてきた。

 ん? どした?


「おっさんさの老化、ホントに進んでたんだべ――今日はもうゆっくり休むだよ」

 優しい言葉を掛けられてしまった――今日の俺って、そんなに動き鈍かったのかな?


「落ち込んじゃダメですよ――失ったものは戻ってきませんけど、元気出して!」

 パネロにもそんなことを言われた――頭のほうを見られながら。

 なるほど、俺が頭防具を失って落ち込んでいるのを慰めてくれているのか……。


「こうして見ると、おっさんの老化が進んでるってのが実感できるよな」

 マリーカが俺の頭のほうを見ながら――って、おい、ちょっと待て。

「間違いなく薄くなってるわよね」

 ちょっとクェンリーさん、それはいったい俺のどこを見て――って、やっぱ頭か……。


 どうやら仲間たちは俺の頭頂部を見ながら、俺の老化が進んでいることを実感しているらしい。

 今までアフロのヅラで隠れてたからなー……。


 じゃねーし。


 ち、違うんだからね!

 これは海水に濡れて髪の毛が頭部に張り付いたせいで、地肌が目立ってるだけなんだからね!

 薄毛が進行しているんじゃ無いんだからね!


 つーか、お前ら――。


 いいかげん俺の頭頂部から視線を離せ。


 ――――


 ― ミッツメの街・自宅 ―


 流れで晩メシはタコ焼きパーティーとなったのだが、珍しく俺は何もしていない。

 最初だけは俺が焼いていたのだが『試しにやってみ』とみんなにやらせてみたら、面白くなったらしくワイワイと騒ぎながら夢中になってタコ焼きを焼き始めたのだ。


 おかげで今日はとても楽。


 適当にみんなの作ったタコ焼きをつまんで、俺はもう腹いっぱいだ。

 焼くのを代わってやろうかとも思ったのだが、みんな楽しそうなので俺の手は必要は無さそうだ。


 さて、ヒマになった俺は何をするかと言うと――。

 もちろん『防具スロット』を回すのだ。


 今回の大蛸との戦闘で、俺の頭防具は失われてしまった。

 なので新しい頭防具が欲しいのだ。

 店売りの品やコロッポルくんに頼むという選択肢もあるが、ここはやはりスロットを回して見たい。


 何故って?

 それはアレだ――漢のロマンという奴なのだ!

 ――決してスロット依存症などでは無い。


「【アイテムスロット】」

 俺の目の前に、半透明の青い筐体が現れた。


「スロット回すんですか?」

 相変わらずスロット好きなアルスくんが、やはり真っ先に反応した。


「頭防具だろ」

「あぁ」

「いいの出たら、教えて下さいね」

「もうそれ、焼けてるんじゃない?」

 女性陣はスロットよりタコ焼きのほうが、今は重要なようだ。


 なんとなく寂しい気もするが、別にギャラリーを欲していた訳でも無いので、さっさとスロットを回そう。

 サイフ代わりでもある『無限のアイテムストレージ』から金貨10枚――100万円を取り出して投入。

 これで『防具アイテム』のスロットを回す準備は整った。


「レバーオン!」

 3つのリールの回転が始まった。


 徐々に回転がゆっくりとなっていき――。

 左側のリールが赤く光って停まった――キタか!?


<森定貞盛の兜> ―回転中― ―回転中―


 は? 森定貞盛って誰?

 たぶん兜を身に着けていた人だってのはなんとなくわかるんだけど……。

 ひょっとして、俺の知らないマイナーな戦国武将とかかな?


 とにかくこれで、目的の頭防具ゲットだぜ!


 あとはもう消化試合だ。

 もう、どんなんでも来いやおら!


 続いて、真ん中のリールが停まる。

 白のままか、つまらぬ。


<森定貞盛の兜> <海水パンツ> ―回転中―


 うむ、これはこれで悪くは無い気がしないでも無い。

 何と言っても、この街とその周辺には海があるからな!

 魔物とか出るけど。


 そして最後、右側のリールが――。

 また赤く光ったし!

 よっしゃいいぞ、停まれ!


<森定貞盛の兜> <海水パンツ> <魔法少女セット>


 はい……?


 魔法少女と言うのは、あの魔法少女でいいのかな?

 しかもセットとかなってるけど、これはどういう……?


 まぁ様々疑問はあるが、確かめればいいか。

 まずは――。


 ――――――――――――――――――――――――――

 森定 貞盛の兜:防御力118

 ※スキル【刀術:中級】付与※


 江戸後期の刀術家『森定貞盛』が作らせたと言われる兜。

 装備中は【刀術:中級】のスキルを使用でき、防御力も不思議なほど高い。

 兜の前立てには自身の名から『貞』の1文字が付けられている

 ――――――――――――――――――――――――――


 前立てに『貞』の1文字……呪いのビデオか!

 つーか、これ被って海に入ったら、白い着物を着た髪の長い女性の霊に足引っ張られそうな気が――たぶん気のせいだよね?


 あと、追加でスキルが使えるようになるのは嬉しい機能のはずなのだが――よりによって【刀術】とか……。

 刀が手に入んねーんだから、こんなスキルあっても使えんだろーが!


 まぁいい、とりあえずなかなかの防御力の頭防具が手に入ったのだ。

 これはこれで良しとしよう。

 次だ――。


 ――――――――――――――――――――――――――

 海水パンツ:防御力1


 海で泳ぐためのパンツ。

 紺色のトランクス型。

 ――――――――――――――――――――――――――


 これはどうでもいいや。

 で、問題のコレ――。


 ――――――――――――――――――――――――――

 魔法少女セット

 ※女性専用装備※


 魔法少女の衣装(全身防具):防御力301

 魔法少女のステッキ:知力+220


 魔法少女に変身できる、防具とステッキのセット。

 防具一式は、普段魔法のステッキに収納されている。

 ――――――――――――――――――――――――――


 これはネタ装備と馬鹿にはできんな……。

 防具としてもその辺の全身鎧などより高性能だし、ステッキの知力+220の効果もかなりのものだ。

 かなりのものなのだが――。


「おーいクェンリー、なんか魔導士向けの凄い装備が出たんだが……」

「えっ、ほんとに?」

 そう、これを使うのは魔導士であるクェンリーなのだ。


 俺は目の前に並んだ麻袋から魔法少女のステッキを――あ……違うさ、これ海水パンツの袋だ。

 こっちだね――魔法少女のステッキを取り出し、クェンリーに渡した。

 ビキニアーマーの時と同様、仕様書の紙が1枚入っていたのでそれも渡しておく。


「えーと、なになに……ふんふん、なるほどこうね」

 クェンリーは魔法少女のステッキを高々と掲げ、クルクルと回しながらその呪文を詠唱した。


「クレント・パレント・ウルルンパー!」

 クェンリーの全身が光り始めた。

 何かツッコミを入れたい気もするが、こういうものなので仕方あるまい。


 光が収まったクェンリーの姿はこうである。

 パステルピンクの魔女っ子帽にパステルピンクの衣装、もちろんスカートはヒラヒラである。

 あとは手袋にブーツ……これらもパステルピンクで、何故かアンダースコートだけが白だったりする。


 もちろん全ての衣装に、お花やヒラヒラ、カラフルなジュエリーっぽい何か、ハートをあしらった飾りなどがちりばめられている。

 あとスカートはもちろん膝上だし、何故かブーツだけ白いモコモコな飾りがくっついている。


「か、かわいい……」

「似合うだべ」

「これも全身防具なんだよな?」

 女性陣にはなかなか好評なようだ。


 防御力も高いし、攻撃力も知力+220の効果で高くなるので、もちろんアルスくんも満足している。

 しかし、魔法少女というものをそれなりに知っている俺としては、ちょっと微妙だ。


 クェンリーはもう27歳――まぁアレだ、少女では無い。

 装備としては申し分無いのだが、見た目的には――。


 イヤ、これは口にするのは止めよう。


 うっかり口にすると、なんか敵が増えそうな気がする……。

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