サルベージの依頼
― ミッツメの街・自宅 ―
「もっと強い弓が欲しいだ!」
晩飯のアサリの炊き込みご飯を頬張りながらそう主張しているのは、ノミジだ。
ノミジがこんなことを言い出したのには、もちろん理由がある。
本日の依頼も終わり、俺たちは適当に遊びながら帰ってきた。
その時に海沿いを歩いていたら、そこそこ大きな魚が泳いでいるのが見えたのだ。
動いている生き物を見つけたら、そこは狙って見たくなるのが狩人の性。
ノミジはその魚を弓で射るべく、矢を放ったのである。
ところがというか当然というか、弓は水中に入ると勢いを失って魚には届かなかった。
そんな訳で、どうしても魚を弓で仕留めたいノミジは、先ほどの主張をすることとなったのである。
依頼とか全く関係無いところで新しい弓を欲しがるというのは、冒険者としてはどうなのだろうと思わないことも無いが、実際これからの依頼で海の生き物を相手にしなければならないのだから、ここで武装を強化するというのは悪く無いとおもう。
問題はこの後、ノミジから出てきた疑問である。
「魚を狙うのにいい弓って、どんな弓だべか?」
その疑問に関しては、俺も良く分からん。
ここはみんなと相談してみよう。
「水中なのですから、やはり銛では?」
「それは弓じゃ無いですよね」
「クロスボウじゃ駄目か?」
「クロスボウは連射が効かんからなー」
「普通に強い弓でいいんじゃないの?」
「でもやっぱり威力は落ちそうだよね」
「弓で銛を打つとか?」
「それ、いいかも?」
あーだこーだみんなで話し合った結果、ここは港町なのだからとりあえず店売りの品を見てみようという結論となった。
うむ、みんなで相談する前にまずそっちだよね。
――――
― 次の日・ギルド ―
「そろそろ海の中関係の依頼もやってみたいですよねー」
などとパネロが言っているが、たぶん【水中呼吸泡】の魔法を覚えたから使いたくて言っているだけだろう。
ぶっちゃけ海中での戦闘となると、戦闘に関しては万能のアルスくんと【水中戦闘術】を持っている俺はともかく、クェンリーとマリーカはまだ慣れが必要だしノミジの弓は海中だと射程も威力も激減する。
海中の生き物を相手にするのは、できればもう少し慣れてからにしたい。
「だったら、この依頼とかどうだ? 依頼料は安いけど、戦闘も無さそうだし海に慣れるのにもちょうどいいと思うぞ」
マリーカが見つけたのは『沈没した貨物船の荷物のサルベージ』という依頼だった。
ちなみに俺たちは、このミッツメの街へと来てからすぐに『ランク:皮』へとランク上げをしている。
そんな俺たちにとっては、ぶっちゃけこの依頼はかなり格下の依頼であるが――なるほど、海中でなんやかんやするのに慣れるのには丁度いいかもしんない。
にしても依頼料が10万円とか、ちと安いんでないかい?
貨物船の荷物とかけっこうありそうだし、海底から海上まで引き上げる手間考えたら割に合わなそうな気がするぞ。
「これは僕たちには良さそうな依頼ですね、これにしましょう」
アルスくんがペリッと依頼の紙を剥がす――最近リーダーっぽく決断力が増してきたアルスくんだが、そのおかげで最近あんまし俺は相談されなくなっている。
おぢさん、少しさみしい。
――――
― 船の上 ―
「この下だ、よろしく頼むぜ」
うむ、よろしく頼まれるのは構わんが、できればもう少し説明的なセリフを言って欲しかった。
俺たちは依頼をこなすために、既に大型の貨物船の上にいる。
説明不足のギルドのおっちゃんに代わり補足すると、まず依頼の内容は『沈んだ貨物船の積み荷を、潜って回収してこの貨物船まで運ぶ』というものである。
けっこう大変な作業の覚悟をしていたのだが、荷物の回収自体はアイテム袋を使うのでそんなに往復する必要は実は無かった。
というか、パネロの『アイテム袋(特大)』か俺の『無限のアイテムストレージ』を使えば、沈んだ貨物船とこの船との往復は1度で済んでしまうのだ。
あとは酸素との戦いなのだが、これはパネロが【水中呼吸泡】の魔法を使えるのでどうということも無い。
【水中呼吸泡】の魔法は、頭をすっぽりと大きな空気の泡で覆い、水中での呼吸を可能とする魔法だ。
1回の魔法で、30分くらい潜っていられるらしい。
呼吸対策はそれだけでは無い。
その他にも、水中呼吸の魔道具というのがギルドから貸し出されることになっている。
これは風邪用の時に使うマスクのような形をした魔道具で、1時間の水中での呼吸を可能とするものだ。
どっちかっつーと、魔法よりこっちのがアクアラングだよなー。
まぁ、どちらにせよ1度潜ればなんとかなりそうなのは間違いあるまい。
「じゃあいきますよー【水中呼吸泡】!」
パネロが全員に『水中呼吸泡』の魔法を掛ける――ふむ、空気中だと違いがさっぱり判らん。
俺たちが乗っているのはけっこう大きい貨物船なので、さすがに素人が甲板から飛び込むのは海面までの高さがあり過ぎて危険だろう。
まずは【水中戦闘術】のスキルを持つ俺が、先頭になって縄梯子を使い海へと――。
ザブン!
ドブン!
ボチャン!
バシャン!
バッシャーン!
あー……みんな飛び込むんだ……。
早く来いと?
はいはい、分かりましたよ。
えいっ!
ドボン!っとな。
…………
海の中に入ると、いつの間にか頭の周りが宇宙服のヘルメツトくらいの泡に覆われていた。
これが【水中呼吸泡】の魔法が掛かっている状態らしい。
こんなんで30分も持つのか……すぐに酸素が消費されてしまいそうな見た目なのに、さすが魔法だ。
目的の沈んだ貨物船の場所はけっこう深いので、俺は水圧に少しずつ体を慣らしながら潜って――。
イヤ、なんでみんなそんなにガンガン潜っていくわけ?
試しに俺もガンガン潜ってみた。
ものすごーく平気だった。
レベルの上がった肉体って、凄いんだな……。
潜っていくと光が届きにくくなってきたので【光球】の魔法を海中にちりばめて辺りを照らす。
さて、貨物船はどこかな……お、あれだな。
真っ二つになった船体が、海底に左弦を下にして沈んでいる。
どこやらの貴族の船にぶつけられたらしいが、また見事にぶっ壊されたものだ。
賠償金も支払われていないらしいから、ひどい話である。
貨物船に到着したので、船内にも【光球】の魔法をちりばめる。
壊れた荷箱もいくつかあるが、大半は無事のようだ。
荷箱の中身は食器などの生活雑貨が大半で、食料などの傷む物は積んでいなかったらしい。
とりあえず全員で、荷箱の1/3を適当に分配してアイテム袋に仕舞う。
実は仲間との話し合いで、海中の動きに慣れる訓練のために最初から3往復をすることに決めてあるのだ。
海中で様々な動きの確認や、【水中呼吸泡】の魔法がどこまで激しい動きや攻撃に耐えられるかの検証をして、海上の貨物船へと帰還。
海底から引き揚げた荷箱を全て降ろして、再び海の中へ。
これを3度くり返し、ほんの少しだけ残しておいた荷箱を取りに行くという名目で、もう1度海中へと俺たちは潜った。
3度も海中での行動を繰り返したので、みんなけっこう動きが良くなってきている。
こうなると、ちょっと変わったこともしてみたくなるなー。
何か面白そうな……何か……。
そうだ!
ロクに使ったことの無いスキル、【お宝感知】のスキルを使ってみよう!
海底での宝探し、これは燃えるぜ!
訓練をしている仲間たちに単独行動をすることを伝えた――水中呼吸泡の魔法は、水中でも普通に話すことができるのだ。
さて、始めよう――スキル発動【お宝感知】!
周囲にあるお宝の気配が、俺に伝わって――来ないな。
イヤ、1つだけあるにはあるんだけど、ちょっと弱い。
まぁ、無いよりはマシか……。
どこかなどこかな~とお宝の反応の辺りを探すと、キラリと光る小さな物体が……。
拾った。
それは銀貨――1000円だった。
誰かが落としたのだろう。
得したっちゃー得したのだが、なんかショボくてつまらぬ。
まぁねー。
どこぞのゲームみたいに海底を探索したらポコポコ宝箱が見つかるなんて、現実にはあり得ないのは知ってるけどさー。
お宝が無いのは仕方ないと諦め、美味しそうな蟹やら貝やらを見つけたら持って帰ろうかと周囲を【気配感知】をしながら眺めていたら、沈んでいる小型の船を見つけた。
これは……たぶん漁船だな。
小型とはいえそれなりに大きいその船は、けっこう古くて頑丈そうな1本マストの帆船である。
沈んだ原因は、船底にあるひび割れだろう。
どこかの岩にでもぶつけたのだろうか、右舷の船首近くにそのひび割れがあった。
修理したらまだ使えるんじゃないかな?
他に破損箇所も見当たらないし……。
こういうのって、引き揚げたらもらっちゃってもいいんだっけ?
なんかこの船、自分たちで使うのにちょうど良さげなサイズなんだよねー。
とりあえず持って帰ってみよう。
修理できるかどうかは分らんが、できれば儲けもんってことで。
――――
― 港 ―
「これ、ギコンの船じゃねーか?」
「そうだよ、ギコンのだ」
依頼も終わって港に戻り海底で拾った漁船を見せると、持ち主はすぐに見つかった。
ギコンというおっさんの船だったらしいが、沈んだ8年前の時点で既に古い船でもあったし、新しい船も沈んですぐに購入しており修理代もけっこう掛かるそうなので『要らないからあげる』と快く譲ってもらえた。
あとは修理さえすれば、かなりボロだが船が手に入ると喜んだのだが、さすがにそう簡単には問屋が卸さなかった。
船大工さんの仕事が詰まっていて、修理までは半年待ちとか言われてしまったのである。
だよねー。
そんなすぐに修理してもらえるほど、船大工さんだって暇じゃ無いよねー。
そのまま港に置いておくのも迷惑でしかないので、俺たちの物になった壊れた漁船を仕舞って街の外へ。
その辺の船を置いても邪魔にならないような海岸へと移動して、壊れた船を取り出す。
「改めて見ると、けっこう大きいですね」
「ホントに大して壊れてねーだなー」
「だろ? だから拾ってきたんだよ」
「でもけっこう汚れてるし、あちこち傷んで無い?」
「とりあえずは掃除だな」
「お掃除の道具を買わないと!」
そんなことを壊れた船を見ながらガヤガヤ話していると、向こうから釣り竿を持った道楽エルフが鼻歌を歌いながらやってきた。
「荒波が~♪ おいら~を、呼んでい~る~♪ こんちはー! どしたのー?この船」
釣りバカエルフ――コロッポルくんである。
「実はね――」
と、かくかくしかじかと船を拾った経緯を話す俺たち。
すると――。
「へー、いいなー……そうだ! この船修理してあげるから、ボクにも使わせてくれない?」
コロッポルくんが想定外のことを言い出した。
修理、できるの?
実はコロッポルくんは船大工――なんてことは無く、自称器用貧乏な職人さんとのことだった。
それでも船の修理ができるとか、大したものだと思う。
職人さんだと言うなら、ついでに例の件もできるかどうか聞いてみようか。
「なぁ、コロッポルくん。弓とか作ったりする?」
そう、聞いてみたのはノミジの新しい弓の件である。
何と言ってもコロッポルくんはエルフ――エルフの武器と言えばやはり弓なので、ひょっとしたらノミジの欲しがっている『海中の魚くらいなら狙える、威力がある弓』なんてものを作ってもらえるかもしれない。
「作るよー、どんなの欲しいのー?」
こうこうこういうのが欲しいと説明したらそれっぽいのなら作れるらしく、船の修理の片手間にと格安で作ってくれることになった。
流れで頼んでしまったけれど、任せて大丈夫だろうか?
つーか、これで腕が良ければ、コロッポルくん万能説が俺の中に生まれそうだ。
「あっ! それともう1つ……」
俺はコロッポルくんに、刀のことを聞いてみた。
しかしながらそれに対する返答は、やはり知らないとのこと。
うーむ……やっぱ実際にエルフの国に行かないと、刀が存在するかどうかは分からんか……。
頑張って『ランク:銅』を目指せということだな、うむ。
そんな訳で――。
船の修理とノミジの弓の件はコロッポルくんにお任せして、俺たちは街へ戻ろう。
コロッポルくんも修理を頼んだ船を入れられるほどのアイテム袋を持っているそうだから、預けても特に問題は無いだろう。
船を持ち逃げされるとかは考えていない。
なんとなくだけど、コロッポルくんは信用できる気がするのだ。
それにどうせ拾い物なので、仮に持ち逃げされても大した被害では無いし。
んじゃコロッポルくん、あとよろしく~。
…………
サルベージの依頼を終えたことをまだギルドに報告していなかったので、俺たちは街に戻ってまずギルドへと向かった。
ギルドの中に入ると、なんだかちょっと職員さんたちがバタバタしている。
何かあったのかな?
依頼終了の報告をしに受付に行くと、手続きもそこそこに職員さんが『緊急依頼』の話をしてきた。
「皆さんの中に『察知』系のスキルをお持ちのかたはいませんか?」
はぁ……持ってますが……。
つーか、なんか飛行機の中でお医者さんを探してるみたいな聞き方だけど、何かありました?
職員さんの話を聞くところによると、昼には漁から戻っているはずの漁船がまだ港に1隻戻っていないらしい。
なので『察知』系のスキルを持っているなら、戻らぬ漁船の乗組員の捜索に協力しろとのことである。
緊急依頼は基本断ることができないので、『黄金の絆』からは俺とノミジが出なければならなくなった。
うむ、面倒くさいな。
それに依頼料安いんだよなー、緊急依頼って……。
緊急依頼の内容は単純である。
戻っていない漁船を捜索する船に乗り込んで、察知系のスキルで行方が不明となった漁師さんを探す。
それだけである。
基本捜索範囲への移動は乗り込む船におまかせなので、やることと言えばスキルを発動することだけ。
それでも見つかるかどうか分からないし、いつまで捜索するかも分からないので、精神的にけっこうしんどいのは間違いないだろう。
今はもう夕方、夜になれば海はもっと冷える。
冷たい海は体温を奪い、命をも奪う。
捜索するなら、急がないとな。
…………
― 海上 ―
俺が乗り込んだのは、そこそこ大型の漁船。
普段はもう1隻の船と一緒に、巻き網漁をしている船である。
捜索なのだからそんなに人数は必要無いだろうと思うのだが、やはり漁師仲間のことが心配なのか船員たちが総出で乗り込んでいる。
おかげで甲板の上の人の気配が邪魔くさいが、気持ちは分からんでも無いのでここは我慢してやろう。
捜索から2時間――3時間――4時間と経過するが、それらしき気配は一向に見つからない。
俺もそうだが、船に乗り込んでいる全員がいいかげん焦れてきているのが分かる。
そろそろ5時間になろうという時に、その報告は入った。
「おーい! 見つかったってよー!」
魔道具としてはかなり高価な通信の魔道具の前にいた漁師から、無事発見の知らせが伝えられた。
おぉー! と、漁師たちから歓声が沸き上がる。
知らせによると、不明になっていた漁船は転覆していたが、乗っていた漁師は全員無事であったらしい。
なんでも欲張って魚を獲り過ぎた結果、船の積載限界を超えてしまったらしい。
なんつー人騒がせな……。
捜索しているうちにけっこうな沖にきてしまっていたので、帰るのもけっこう時間がかかりそうだ。
俺の仕事は終わったので港に戻るまでひと眠りしようかと思っていたら、船の上がバタバタし始めた。
どうやら漁師たちは、せっかく沖まで来たので漁をしてから港に戻ろうとしているらしい。
すぐ近くにいつも組んで漁をしているらしい漁船も来てるし……。
こりゃ落ち着いて眠れなさそうだなー。
ここで1つ問題が起きた。
ミッツメの街には複数の網元がおり、海での漁師たちの漁場は網元によって縄張りが決まっている。
ここいらはいつもこの船が漁をする縄張りの海域では無いので、いまひとつ魚の群れがいそうな場所が掴みづらいらしいのだ。
漁船には魚群探知機の魔道具も積んではいるが、探知できる範囲が狭いので、魚の群れの位置がそれなりに予測できないと大した役には立たない。
なので遭難者捜索のどさくさで縄張り外での漁をするという一発勝負の今回の漁のためには、あらかじめある程度の当たりをつける必要があるのだ。
さっきから漁師たちが網を広げる場所を決めるのに、あーだこーだと言い合っている。
こっちは早く帰りたいんだから、さっさと決めて漁を終わらせてくれい。
「もう少しあっちのほうがいいんじゃないか?」
「何言ってんだ、向こうのほうが魚がいるはずだぞ」
「だからわしは若い頃に、そっちのほうで漁をしてたと言っちょるじゃろが」
まだ決まらんのか……帰りたいぞー、早くしろー。
つーか、魚がたくさんいるところが判ればいいのか?
「こっちの方向4kmのところに、何かは分らんが魚の群れがいるぞ――漁をするなら早くしてくれ、俺は早く街へ帰りたいんだ」
実はさっきから、俺の【気配察知】には魚の群れの気配が引っかかっていたのだ。
ただ本職でも無い俺が教えるのはさすがに漁師さんたちも気分が悪かろうと、遠慮してずっと黙っていたのである。
それでもなかなか漁そのものが始まらんので、痺れを切らしてちょっと教えてみたのだ。
イヤ、ホントいいかげん眠いから、早く宿に帰って眠りたいのよ。
「本当にこっちに魚の群れがいるのか?」
船主さんが聞いてきたので、俺はありのままを正直に伝えた。
「間違い無いよ、俺の【気配感知】にちゃんと引っかかってるから――何の魚かは分かんないけど」
ふむ……と考える船主さん。
「よし、やるか! おぉーい! 舵を切れ、こっちだ!」
どうやら俺の言葉を信用したらしい。
いつも組んでいるらしい2隻の漁船が、俺の指さした方向へと舵を切る。
ようやく漁の始まりだ。
…………
網を海へと放り込み、巻き網で水揚げしたのはイワシだった。
単価の低いイワシだったが大漁だったので、漁師さんたちは満足したらしい。
結構な数のイワシを、見つけた分の報酬として渡されてしまった。
こんなにイワシをもらってもなぁ……。
できれば現金の方が有難いのだが……。
港に戻った頃には、既に空は明るい紺色。
こりゃ、寝る時間はほぼ無いな。
どうせ仲間たちも睡眠時間は少なくなっただろうし、今日の依頼は昼からにしてもらおう。
「ありがとよー」
「また頼むぜー」
漁師さんたちから感謝される俺。
内容はどうであれ、感謝されるというのはやはり気分がいい。
気分はいいのだが、この日から漁師さんたちの俺に対する認識が変わった――変わってしまった。
どうやら漁師さんたちに俺は、便利な道具――すなわち【広域型魚群探知機】として認識されてしまったのだ。
――勘弁してほしい。
つーか、漁師に勧誘されても困る。
俺はまだしばらくは冒険者を続けるつもりなのだから。
まぁ、たまになら手伝ってもいいぞ。
なんだかんだ、漁というのも嫌いでは無いし。
たまに海産物と引き換えに、やってあげようではないか。
俺の【魚群探知機】生活はこれからだ!
…………
― ミッツメの街・街中 ―
漁師さんの捜索も終わり自宅に帰ろうと1人で歩いているのだが、なんかすげー足が重い……。
睡魔と神経を張り詰めていたことによる疲れに襲われているので、自宅まで戻るのすら面倒臭い……。
しかしながらこの時間帯ではどこの店も閉まっていて、ちょっと休憩という訳にもいかない。
イヤ、朝までコースの酒場もあるにはあるのだが、その手の店は自宅に戻るよりはるかに遠いのだ。
だったら自宅で寝た方がいい。
ホント、時間帯が悪すぎるよね。
あと2時間後だったら、屋台が出てたのになー。
とか思いながらペトペト歩いていたら、24時間営業の建物が目についた。
教会である。
この世界の宗教はホットケ教という宗教の一人勝ち状態なので、宗教的な争いなどほとんど無い。
また教義的にもユルく、国と対立するという話も聞いたことが無い。
確か多神教で、神々の間の序列も特に無いんだったかな……?
教会なら中に座るところくらいはあるだろうから、中に入ってちょっとだけ休憩させてもらおうか。
ちなみに神様を拝む気は、さらさら無い。
教会の中に入ると、正面奥に大きな若いイケメンの像があった。
たぶんこの教会がメインにしている神様なのだろう。
ホットケ教は、教会によってメインにしている神様が違うのだ。
ベンチのような椅子が並んでいる場所があったので、ドッカリと腰を落とす。
座る時についつい『よっこらせ』とか口に出してしまうのは、何故だろう?
椅子の上で『やべーな、ここまま寝ちゃいそうだ』とか思いつつ動けないでいると、誰かがやってきた。
「おや、こんな時間に珍しい。当教会に何か御用ですかな?」
教会の人だろうか、スキンヘッドのおっさんに声を掛けられた。
「あー、すいません。ちょっと休憩がしたくて……自宅まで歩くのがしんどくなったもので……」
別に嘘ついて誤魔化す必要も無いので、俺は正直にそう答えた。
ついでに寝てしまいそうでもあるのだが、そこまで説明する気力は無い。
「おぉ、そうでしたか」
「なんかすいません」
「神々は疲れた者が休みに訪れるのを、拒んだりはしません――ゆっく休んで構いませんよ」
有難い――が、そんなに寛容な言葉を掛けられると気が緩んで、ついつい寝そうになってしまいそうだ。
いかんいかん、ちゃんと自宅に帰って寝ないと。
睡魔に負けないように、ちょっとこの教会のおっさんに話し相手にでもなってもらおうか……。
ホットケ教に関しては大した興味も無いが、たぶん聞けば喜んで答えてくれるだろう。
教会の人なんて、そんなもんのはずだ。
教会奥の像は『ニネルポ神』という、海の恵み担当の神様だった。
漁の盛んな港町なので、メインにしているらしい。
その他にも豊穣の神様・天気の神様・娯楽の神様・料理の神様などなど色んな神様がいるのだ、と教会のおっさんに説明されたが、もちろんほとんど頭に入っては来ない。
何と言っても、俺は眠いし疲れていて『状態異常:老化』なのだ。
「この教会には信者の方に寄付された、大小30を超える神々の像があるのですよ――どうです? 興味がお有りならご覧になられては。ご案内しますよ」
ごめん、興味ない。
興味は無いのだけれど、その気にさせてしまったのは俺なので断るのも悪いなと思う。
仕方ない。
少し回復してきたので、疲れた肉体にムチ打って少しだけ案内してもらおう。
半眠りの頭でテキトーに解説を聞きながら教会のおっさんに付き合っていると、若いんだかそこそこの年齢なのか不肖な、顔と胸の薄い女性の像のところまで連れてこられた。
これで何体目だっけか……?
教会のおっさんの説明は続く。
「そしてこちらの像が、世界を繋ぐ神『女神ヨミセン』様です――この女神様は――」
はい?……今何と?
『女神ヨミセン』……だと……?
ちょっと教会のおっさん、そこんとこ詳しく……。
詳しく聞いたところ、この『女神ヨミセン』様は世界の様々なことを繋ぐ女神で、ホットケ教の全神様に顔が利くのだそうだ。
その神力は万能とも無能とも言われており、神々の中では最もその伝承が曖昧な存在らしい。
「興味を持たれましたのなら、祈りを捧げてみてはいかが?」
教会のおっさんがそんなことを言ってきた。
どうやら俺が女神ヨミセンのことを、信仰の対象として興味を持ったのだと思ったらしい。
イヤ、まぁ、興味を持ったのは確かなんだけどさ。
なんか祈りを捧げるのにはちょっと抵抗が……。
うーむ……でもここまで露骨に興味を持っておいて、祈らないのも不自然だよなー。
まぁいいや、とりあえず形だけでも祈っとけ。
手を合わせて目を閉じる。
一応祈りながら聞くだけ聞いてみようか……あなたはひょっとして『読み専の女神』ですか――なんてねー、こんなもん聞いても答えてくれる訳が――。
『その通りです、良く気が付きましたね』
頭の中に、聞き覚えのある声が響いた――つーか、返事きたし!
マジかよ!
『マジですよ』
考えてることが読まれてる!……って当たり前か、そもそも頭の中で考えてたことに返事してきたんだし。
丁度いい、この際だから前々から聞いてみたかったことを聞いておこう。
俺は、頭の中で質問をする。
ひとつ質問なんだけど。
『なんですか?』
俺ってこの世界で死んだらどうなるの?
『どうって……普通に元の世界に戻りますよ』
あー、そうなんだ……。
『でないと小説が書けないでしょう?』
ですよねー。
『ちなみにその時は、この世界に来る時の時間に戻るから安心して』
そうなの?
『あと年齢も元に戻るから』
おぉっ! それは有難い。
それならこの世界で生きた分、人生を得したようなもんじゃん!
なにげに最終話のネタバレをされてしまった気もするが、そんなもん知ったことでは無い!
『感謝しなさい、そして下手でもいいから私に小説を捧げるのです』
イヤ、小説を捧げるのは構わんが、俺の文章が下手なのが前提ってどうよ?
つーか読み専の女神さん、俺に【執筆】のスキルをくれれば上手い文章の小説が読めますよー。
その辺のこと、考えてもらえません?
『…………』
えーと……読み専の女神さん?
もしもーし……。
『……ではまたいつか――良い物語を書いて下さいねー』
あ、ちょっと待って!
読み専の女神さーん……!
読み専の女神さんの声は、聞こえなくなった。
俺は諦めて、目を開け合わせていた掌を離す。
「ずいぶんと熱心にお祈りをしていらっしゃいましたね――あなたにはきっと、女神ヨミセン様のご加護があることでしょう」
目を開けると教会のおっさんが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
なるほど確かに、傍から見れば俺は女神ヨミセンの熱心な信者になったように見えただろう。
若干不本意ではある。
あるけども、なんか嬉しそうな教会のおっさんを見ていたら、そういうことにしといてあげようとも思ってしまった。
笑顔のおっさんに大銀貨1枚――1万円を寄付として渡し、俺は教会の外に出る。
大銀貨1枚は、ちょっと額が大きすぎたかな?
今日は収入が少なかったしなー。
外はもう、すっかり明るくなっていた。
けっこう長いこと、俺は教会の中にいたのだな……。
ふと気になって、ステータスを確認してみた。
教会のおっさんが『女神ヨミセン様のご加護があることでしょう』とか言っていたので、少し気になってしまったのだ。
まさかとは思うけど、そんなことある訳が――――あったし……。
そう、俺のステータスの中にはしっかりと――。
加護:【女神ヨミセンの加護】
の文字が追加されていたのである。
驚いたしなんか微妙な気分だけど、なんだかんだ言っても女神様の加護だ。
少なくとも悪いものでは無いだろう。
神様の加護は『小説家になるぞ』の定番では、ステータスの上昇効果とか特殊な効果のある戦闘に役立つスキルだったりするのだが、【女神ヨミセンの加護】は果たしてどんな加護だろう?
俺はほんのちょっとだけ期待して、【女神ヨミセンの加護】の文字をタップしてみる。
加護の内容が表示された。
その内容とは――。
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【女神ヨミセンの加護】
執筆中の小説がエタらない確率が、30%上昇する。
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おいこら……。
冒険者として必要な加護とかじゃねーのかよ!
小説がエタらない加護とか、今はいらねーし!
つーか、どうせ小説に必要なモノをくれるんだったら――。
俺に【執筆】のスキルをよこせ。




