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イエツボヤドカリの討伐

ミッツメの街へと到達となります。

 ― 街道 ―


「なんか空気の匂いが変わっただ」

 ノミジがくんくんと、何やら空気を嗅いでいる。

 言われてみると、俺にもほんの少しだが潮の香りが感じ取れた。

 そろそろ海が近いのだろう。


「地図だとそろそろ休憩所のはずですよ」

 アルスくんが馬鹿でかい地図とにらめっこしながら、そう教えてくれた。

 歩くのに邪魔なんだから、少し畳みなさいってば……。


「休憩所から海が見えるんですよね! 海!」

 登りだというのに、パネロの足取りは軽い。

 よほど楽しみなのだろう。

 休憩所から海が見えるとの情報は、ここいらを行き来している冒険者から、パネロが自分で聞き出した情報である。


「なぁ、海の見えるとこで昼飯にしようぜ」

「アタシも賛成――本当なら海の幸も食べたいところよね」

 そろそろ昼という頃合いなので、マリーカとクェンリーが昼飯にしようと提案してきた。

 もちろん仲間たちに、誰も異議を唱える者はいない。


 海を見ながらの食事という提案は、悪く無い。

 そのうちバーベキューなんかもやりたいとこだよね。


「おら、先に行ってるべ!」

「あたしも!」

 早く海を見たいのだろう、ノミジとパネロが早く休憩所へ向かおうと走り始めた。

 気持ちは分からんでも無い、が――俺にはあのテンションはもう無理だな。


「やっぱり僕も先に行きます!」

 2人に釣られてテンションが上がってしまったのだろう、アルスくんまでもが休憩所へと駆け出した。

 こういうところはやっぱ若さだよなー。


 やれやれ。

 仕方ないから老体に鞭打って、俺も足を速めることにことにしようか……。


 少し歩くと、先に行ったアルスくんが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。

「海ですよ! 海が見えます! 早く早く!」


 ノミジとパネロのはしゃぐ声も聞こえている

「海だべ! 海だべ!」

「おっきいねー、すごいねー」


 なんか子供の頃の海水浴を思い出しちまったな。

 最近の記憶は忘れがちだったりするが、こういう昔の記憶はけっこう忘れずに覚えている。

 そしてあの時の親と同じことを思っていた自分に、少し苦笑した。


「まぁ落ち着きなよ、海は逃げないんだから」

 海は逃げない――親に言われたよなー。


 それでも、また足を速めてようやく休憩所へと辿り着いた。

 休憩所とは言っても、背もたれの無い平らなベンチのようなの物と、柱に板を張っただけの天井があるだけの場所である。

 それでもこまめに手入れはされているらしく、地面もベンチも綺麗に整えられていた。


 山の木々の間から、海が見える。

 山道を急いで歩いてきたので、足の疲れでドッカリと休憩所のベンチに腰掛けたのだが、腰かけていてもしっかりと海が見えている。

 どうやら休憩所からの景観を作るために、木の枝を払っているようだ。


 誰がやっているのかは知らんが、この場所で休む人たちのために綺麗に手入れをしてくれているとか、なかなかに頭の下がる思いである。

 せめてこの場を汚さぬように使わせてもらおう。


 ――さて、昼飯は何にしようか?

 景色を見ながら食べられるように、サンドウィッチでも作ろうかな。


 パンとハムと――レタスが無いな。

 キャベツでいいか。


 やっぱ時間経過の無い『無限のアイテムストレージ』は、便利だな。

 ハムとキャベツが常温で保存できるとか、有難いにも程がある。

 ツギノ村で仕入れた品なので、もう1か月以上は経過しているというのに新鮮だ。


 むしろハムは、もっと時間を経過させて熟成させたい。

 つーか『無限のアイテムストレージ』は多機能だから、やろうと思えば熟成もできる気がしないでも無い。

 ミッツメの街に到着したら、試してみることにしよう。


 ハムを適当な薄さに切りキャベツを手で千切って、これも適当な厚さに切ったパンに辛子味噌をほんのり塗って間に挟む。

 これを6人分――おいこら、海に夢中になってないで誰か手伝えよ。


「おーい、サンドウィッチできたぞー」

 6人分のサンドウィッチが出来上がってしまったので、みんなを呼ぶ。

 わらわらと全員がサンドウィッチに集まり手を伸ばして――また海を眺めに去っていく。

 ……お前ら、作ってくれた人に感謝とかしような。


 さて、俺もみんなに交じって海でも眺めるとするか。


 …………


 しばらくわいわいとみんなで海を眺めていたら、俺たちが歩いてきた方向から背の高い男がやってきた。

 ほう、1人旅とは珍しい。

 帽子の下の見た目は――けっこう若いな、20代半ばというところか。


「ほらほらみんな、場所を開けなさい――みんなでそこに並んでると、他のお客さんに迷惑ですよー」

 休憩所の新たな利用者のために、みんなにはちょっと場所を開けてもらおう。

 つーか、お前らいいかげんその場所から動け。


「いやぁ、何かすいませんねー。場所開けてもらっちゃってー」

 みんなが避けたところに背の高い男がちょうどいいタイミングでやってきて、長髪で金髪の頭をコリコリと掻きながら笑顔で礼を言ってきた。

 ふむ、なかなかのイケメンだな……。


 金髪ロン毛の長身イケメンくん――何故だろう? 文字にすると微妙にイラッとする――は、海が良く見えるところまで早足で歩いて、そのままじっと眺めている。

 海に何か思い入れでもあるのか――。


「うみだー!! 海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ、ウミダー!!!――あははははは、海だ! 200年生きてきて初めての海だーーー!!!」

 長身イケメンくんが、いきなり大声で叫びだし妙な踊りをしながらはしゃぎだした。

 この人も海が初めてだったのか――つーか、今200年とか言ったか?


「あの……失礼ですが、あなたはエルフなのですか?」

 そうイケメンくんに問うたのはアルスくん――はい? エルフですと?


「バレましたー? いやぁ、海って大きいですねー。ほら、ボクの国って森の中で海が無かったからもう珍しくて嬉しくて――あははははー」

 そう言いながらエルフさんは、帽子を取ってパタパタと自分の顔を扇いだ――ふむ、耳がとんがってる。


 つーか、200年生きてるとか言っちゃった時点で人間じゃ無いのはバレるだろ。


 …………


「「「う・み・だ♪ ほれ、う・み・だ♪ ほれ、う・み・だ♪――」」」


 妙な歌を歌いながら、ノミジとパネロと一緒に輪になって変な踊りをしているこのエルフさんは、コロッポルくんという道楽エルフだ。

 どの辺が道楽エルフなのか説明すると――彼は海釣りがしたくてわざわざエルフの国からここまでやってきたという、釣りバカエルフなのだ。


 で、海釣りだけのために国を出て、野を越え山を越えはるばるここまでやってきて、ここで200年生きてきて初めて海というものを見たらしい。

 そりゃ嬉しくてはしゃぐのも無理ないわな。


 エルフという種族は長命で、人間の10倍程度の寿命はあるらしい。

 魔法が特に得意な種族で、人間などとは比較にならない魔力を保有している。

 だからと言って身体能力が低い訳では無い、人間と比較しても優るところはあれ全く劣らないのだ。


 そんなエルフが自分たちの国から外へは滅多に出てこないのは、種族的に重度の金属アレルギーだからだ。

 だからエルフの国が深い森の中にあり建築物の大半が木造なのも、ひとえに金属アレルギーであるがゆえなのである。


 そのような体質の種族なので、金属に触れていないと落ち着かないような種族であるドワーフとは仲があまりよろしくない――というか、あまり近づきたく無いらしい。

 人間の国にも金属は溢れているので、わざわざ国の外へ出てくるようなエルフは、金属アレルギーの症状が微弱だったり、コロッポルくんのように変わり者だっりするかどちらかなのだ。


 ちなみにコロッポルくんは、わざわざ『アレルギー耐性の指輪』という魔道具を自力で開発して、なんとか人間の街に出ても暮らしていけるようになったらしい。

 そんな魔道具が作れるのなら今後エルフの人たちがどんどん国から出てくるなと思ったのだが、作るのに金も掛かり時間も1つ作るのに60年掛かったということなので、やはりこれからもよほどの物好きでないと国から出てくるエルフはいなさそうである。


「ところで、皆さんはどちらまで行くのですかー?」

 ひとしきり歌って踊って満足したのか、コロッポルくんがベンチに座って汗を拭きつつ、そんなことを聞いてきた。


「ミッツメの街です。僕たちは冒険者で、これからそこを拠点にするつもりなんですよ」

「本当ですか? 実はボクもミッツメの街を釣りの拠点にするつもりなんですよー」

 行き先が同じだったと分かって、アルスくんとコロッポルくんが何でか手を取り合う。


 イヤ、この道ミッツメの街へ行く一本道だからね。

 ミッツメの街は港町なんだから、海見て喜んでる時点で目的地同じなのは判るよね?


 ――まぁそんな訳で、道中の道連れが1人できてしまった。

 初めて出会ったエルフが釣りバカときたか……。


 しかも男……。


 できれば女の子エルフが良かったなー。


 ――――


 ― ミッツメの街・門の前 ―


 ミッツメの街に到着した。

 これからはここが、俺たち『黄金の絆』の拠点になる予定である。


 ミッツメの街は港町だ。

 ワコナン伯爵という大貴族の領地であるこの街は、周囲5メートルほどの防壁に囲まれており、港は防壁の外にある。

 街の防壁の外にある港ではあるが、港の両端から街に向かってやはり防壁が伸びており、街の防壁の外側と両端の防壁により港はコの字に囲まれていた。


「ほう、移籍か――ミッツメの街へようこそ。今のうちに言っておくが、漁師たちとモメるようなことはするなよ。街の人間に嫌われるからな」

 門兵さんは歓迎してくれてはいるようだが、なんかクギを刺されてしまった。

『モメるようなことはするなよ』と、わざわざ言うってことはモメた案件が少なからずあるってことかな?


「モメるな、とはどういう?」

「そこは俺も聞きたい」

 そう言われてもピンと来ないアルスくんと俺は、そう門兵さんに質問してみた。


「たまたまいるんだよ――依頼をこなす時に漁の邪魔をしたり、漁場を荒らしたり、網を破ったりしちまう迷惑な冒険者がさ」

 なるほど、そりゃ確かに迷惑だわな。


「安心するだ! おらたちはそんなことはしねーべ!」

 ノミジが盛る必要の全く無い胸を叩いて、安心しろと主張した。

 元々ノミジは猟師みたいな冒険者なので、漁師の気持ちも解るのだろう。


「だと有難いな――よし、通っていいぞ。冒険者ギルドはこのまま真っ直ぐ行って、広場を通り越してすぐのところだ」

 と門兵さんに言われて、身分証チェックは終了した。


 コロッポルくんが、別の門兵さんに身分証チェックされているらしき会話が聞こえてきた。

「で、この街には何しに来たんだ?」

「もちろん海釣りだよー」

「通って良し!」

 すげーあっさりだな、おい……。

 こんなんでいいのか? 門兵さんよ……。


 まぁ、とにかく――。

 俺たちは何の問題も無く、ミッツメの街へと入ったのであった。


 ――――


 ― ミッツメの街の中 ―


 コロッポルくんは門を抜けるなり『いゃっほおおぉぅぅい!!』と叫びながら、反対側にある港への門に向かって走って行った。

 せっかく知り合ったんだから海鮮の美味い店で飯でも一緒にと思ったのだが、彼にとっては海釣りが最優先なのだろうから致し方あるまい。

 お互いこのミッツメの街に住み着く予定なのだから、そのうちそこいらで出会うだろう。


 さて、冒険者である俺たちは、街に入ったらギルドに届けを出さねばならない。

 なのでやはり真っ先に向かったのは、冒険者ギルドである。

 ミッツメの街のギルドは石造りの3階建てで、なかなか頑丈そうな大きくしっかりとした建物であった。


 早速入ろうと大きな両開きの扉の前に行くと、やはりギルドに入ろうとしている3人組がいた。

 ずいぶんと若い、男の子2人と女の子1人の3人組――装備が新しいところを見ると、まだ冒険者になったばかりというところだろう。


「あ、すいません――お先にどうぞ」

 ひょろっと背が高く、そこそこイケメンだけど気弱そうな男の子が、俺たちを見てからすぐ下を向きうつむきながら扉を譲ってきた。

 俺たちのほうが人数も多いしランクもたぶん上だろうけど、別に遠慮して譲らなくてもいいのに。


「じゃあお先に」

 爽やかな笑顔でそう言ったアルスくんを先頭に、俺たちはギルド内へと入る。

 3人組の少年少女も、すぐ後から入ってきた。


 俺たちがギルドで移籍の手続きをしていると、端っこの受付から声が漏れ聞こえてきた。

「ぼくたち冒険者になりたいんですけど……」

「冒険者登録ですね」

「あ、はい」

 なるほど……新しい装備だなとは思ったが、新人さんだったか。


 移籍の手続きをしながら適当な雑談などを職員さんとしていたら、雑談の中にギルドへの活動禁止令を出していたコモノ男爵領のその後の話もあった。

 冒険者ギルドへの活動禁止令は既に解かれ、コモノ男爵領はもう元の状態に戻りつつあるらしい。

 コモノ男爵は現在自主的に蟄居しており、いずれ隠居させられて代替わりするのではないかとの、もっぱらの噂なのだそうだ。

 

 手続きも終わり喫茶スペースにいた冒険者さんたちに挨拶して、依頼の掲示板へ。

 ふむふむ……やっぱ港町だねー、ならではの依頼がけっこうある。

『船の荷下ろし』に『サメの討伐』、『大槌蟹(ハンマークラブ)の狩猟』と――『トドの討伐』なんてのもあるのか。


 海の生き物に関する依頼は、もっと海のことを良く知ってからだな。

 何の知識も準備も無しで挑むのは、さすがに危険すぎる。

 まぁ、アルスくんはやりたがるだろうけどね……。


 新人の3人組が冒険者登録を終えて、依頼の掲示板にやってきた。

 俺たちに遠慮しながら、依頼を吟味している。

 採取依頼か荷下ろしの依頼かで悩んでいる――なんか初々しくていいねー。


 などとニヤニヤと新人くんたちを見ていたら、チンピラ臭のする2人組が近づいて来た。

 どうやら『新人冒険者に絡む、チンピラ冒険者』のイベントが発生したらしい。


「おいおい、俺ら先輩への挨拶がねーぞゴルァ」

「先輩が色々教えてやるからよ、情報料に金貨1枚出せや」

 セリフからして、(まご)うことなきこと無きチンピラである。

 つーか先輩とか言ってるけど、こいつらだってどう見ても冒険者になって日が浅そうなのだが……。


 とりあえず、このチンピラくんたちボコっとく? と仲間たちとアイコンタクトで相談していたら、先に別なところからチンピラくんたちへと声が掛かってしまった。

「ちょっとあんたたち、新人イジメは止めなさいよ!」

 振り向くと、背の高い黒髪ロングの美少女さんが、チンピラくんたちを睨みつけながら仁王立ちをしていた。


 歳の頃はアルスくんやパネロと同じくらいか――けっこうゴツい籠手と動きやすそうな装備を見るに、おそらく『拳闘士』といったところであろう。

 彼女の後ろには、仲間と思しき同年代の男女が1人ずつ『文句あるなら自分たちも相手になるぞ』と言わんばかりに控えている。


「な、なんだよ! 俺たちは親切にだな――」

「じゃあ情報料とか取らないで、普通に教えてあげればいいじゃないの。だいたいあんたたち、新人に教えられるほどのランクじゃないでしょ?」

 女の子の言葉に反応して、ギルドのあちこちからクスクスと笑い声が聞こえた。

 なるほど、やはりチンピラくんたちは低ランク冒険者だったらしい――たぶんランクは『紙』かせいぜい『布』だな。


「う、うるせーよ! くそっ――おいビリタ、行くぞ!」

「あ、おい、待てよベドン!」

 旗色が悪いと思ったのだろう、チンピラくんたちは『負けて無いんだぞ』という体で虚勢を張りながら逃げて行った。

 あの感じでは、冒険者としては長続きしないだろうなー。

 そのうち盗賊にでも堕ちそうだ。


 その後なんとなく流れで俺たちと新人3人組、それとチンピラくんたちを追い払った女の子とその仲間たちで、依頼掲示板の前での立ち話となった。


「そう言えば初めてお見掛けしますけど、最近来られたんですか?」

 チンピラくんたちを追い払った女の子が、俺たちに向かって聞いてきた。

「今日このミッツメの街に来たばかりですよね、さっき移籍の届けを受付に出してましたし」

 女の子のすぐ横にいた男の子は、しっかりと俺たちが届けを出すところを見ていたようだ。


「ホント、細かいところばっかり見てるわよね」

 そう指摘したのは、これもチンピラくんたちを追い払った女の子の仲間。

 金髪で、肩までのショートヘアの賢そうな女の子だ。


「そうそう――エドガーって、そういうとこ変よね」

「変とか言うなよ! いいじゃねーか。気になるんだよ、そういうのが」

 遠慮の無い仲間の女子2人に、エドガーくんは分が悪そうだ。


 この3人組のパーティー名は『真実の探求者』

 先ほどチンピラくんたちを追い払った女の子は、『リラン』という名でやはり『拳闘士』。

 男の子は『エドガー』、パーティーリーダーで『剣士』だ。

 金髪の女の子は『チョル』、この子は『薬師』とのことである。


 治癒士の絶対数が少ないので、代わりに回復役として薬師というのは冒険者パーティーには良くある。

 彼らもそんなパーティーの1つということだ。

 年齢はやはりアルスくんやパネロと同年代の16~17で、ランクは『布』――もうそろそろ『木』になれそう――なのだそうだ。


 リランとエドガーは地元民とのこと。

 幼馴染らしい。

 イケメンと美少女の幼馴染とか、どこのアニメキャラだよ!


 ……まぁいい。

 せっかく知り合ったのだから、色々とこのミッツメの街の情報でも聞いておこう。

 街のことや依頼のことは、地元の冒険者に聞くのが1番だろうからね。


 適当に情報収集していたら、ウチの仲間たちがいつの間にか依頼の吟味に戻っていた。

 イヤ、せめてアルスくんくらいは情報収集に付き合ってくれよ……。


 どうせアルスくんのことだから、また珍しい依頼にくぎ付けになっているんだろうと思って見ると、アルスくんは新人冒険者3人組に『採取は基本だから云々~』と先輩冒険者らしいアドバイスをしているところだった。


 アルスくんは『冒険者にとって採取は基本、基本は大事』という持論を離し始めると、けっこう熱くなって話が長くなる。

 将来的には若手冒険者に『話が長げーよ』とか思われるような、お節介なおっさん冒険者になることは確実であろう。

 イヤ待てよ? アルスくんなら『おっさん』ではなく『おじさま』になる可能性もあるな……。


「なぁ、これなんかいいんじゃないか?」

 俺がどうでも良さげなことを考えていたその間に、マリーカが良さげな依頼を見つけたらしい。

 どれどれ――ほうほう。


 マリーカの見つけた良さげな依頼とは『イエツボヤドカリの狩猟』というものであった。

 なるほど、こいつなら海での戦いに慣れていない俺たちでもなんとかなりそうだ。

 それに海へ来ました気分も、ついでに味わえる。

 なかなか良いチョイスだ。


 イエツボヤドカリはかなり大型のヤドカリで、大きくなるとイエツボガイという大型の巻貝の殻を好んで住みかとする――というかそこまで大型の巻貝は、イエツボガイくらいしか無い。

 その大きさは、イエツボガイが大きなもので4~5mほどになるので、もちろんその貝殻を住みかにするくらいの大きさである。


 甲殻類なので、もちろん防御力も高い。

 腹部は柔らかいが、イエツボガイの貝殻の中で守られている。

 魔法にはそれほど強くは無いのだが、狩猟の依頼の中には生肉の納品も含まれているので、炎で焼いたりなどは厳禁だ。

 そうなると必然、狩りは物理攻撃主体となり防御力の高さから難易度は高くなるが、俺たちならなんとかなるだろう。


 このイエツボヤドカリ、普段はそこそこ深い海中に生息しているが、産卵の時期――春先になると海岸にある岩場に卵を産み付けにやってくる。

 オスもメスも産卵のためにしばらく海岸や陸地にいるので、狩りはそこを狙うことになる。


 この依頼は季節限定の依頼でもあるのだ。


 …………


 ― ミッツメの街・街中 ―


 とりあえず依頼を受ける手続きだけをして、実際の依頼は明日からにした。

 今日は、これから俺たちが住む部屋を探しに行くのである。


 ギルドの不動産部門の人に案内されて、街の中を右往左往する。

 長く住むなら宿屋よりは賃貸のほうが安上がりなのでと案内されているのだが、なかなかいい感じの部屋が見つからない。

 イヤ、良さげな広さの部屋もあったのが2階だったので、高さ5mの防壁に囲まれた街の中だと海が見えなかったのですよ。


 せっかくの港町なのだから、やっぱ海の見える部屋がいいよねー。


 あっこっち見て歩いた結果、俺たちは8階建ての集合住宅の4階に、大小2部屋並びで空いていた部屋を借りることにした。

 この街には貴族の城などが無いので建物の高さ制限とかは無く、高い建物だと12階建てという物件まである。

 城がある街には、だいたい『城より高い建物は建ててはいけない』などという決まりがあるのだ。


 大きいほうの部屋が月46万、小さいほうの部屋が月30万というなかなかの賃料だが、ギルドと港の中間地点という立地で海もしっかり見えるのでここに決めた。


 大きい部屋はパネロ・ノミジ・クェンリー・マリーカが使用し、小さい部屋はアルスくんと俺の部屋。

 部屋の賃料はそれぞれ人数で頭割りにするので、俺が支払う分は月に15万となる。

 ……こんな金額の賃料でも悩むことなく即決できるようになったとは、俺もずいぶんと稼げるようになったものである。


 ちなみにこの集合住宅の名前は『シャチの城』

 この四角い集合住宅のどこに城の要素があるのか理解できんが、集合住宅の名前なんぞそんなものだろう。

 どこの世界でも、おかしな名称の集合住宅はあるものなのだ。


 住みかも決まったので、荷物の整理もそこそこに海へ行ってみた。

 港では無く、その外側の岩場の多い辺りだ。

 本当は砂浜にでも行きたかったところだが、砂浜まではミッツメの街から2時間近く歩かねばならないので、今回は止めておいた。


「海ですねー」

「海だなー」

「海だよねー」

「海だべ」

「海よね」

「海だ」

 わざわざ海へ来たんだから当たり前なのだが、人間というのは案外当たり前のことをついつい口に出してしまうものなのだ。


 あとの行動は、だいたいお決まりのパターンである。

 海の水をなめて、しょっぱいと騒いでみたり――。

 海の魚を見つけて、珍しがってみたり――。

 どこまでも続く水平線を見て、ちょっと感動してみたり――。


 唯一残念だったのは、海が東側なので夕日が沈むところを見られなかったことくらいだ。


「あれー? さっきぶりー」

 釣り竿を片手に呑気に声を掛けてきたのは、ミッツメの街までの道中で一緒だったコロッポルくんだった。


「さっきぶりー――つーか、これから釣り? もう夜だけど?」

 俺がそう質問すると、コロッポルくんからはあっさりと――。

「夜釣りだよ、決まってるじゃないかー」

 との返事が返ってきた。

 あー、そうでっか。


「さすがに夜釣りは危なくありませんか?」

「結界張るから大丈夫さー」

 さすがエルフ、どういう原理かは知らんが結界などという便利なものが使えるらしい。

 アルスくんの心配は必要無かったようだ。


 夜釣りに向かうコロッポルくんに手を振り、俺たちはミッツメの街の新居へと帰る。

 いつまでも海を見て浮かれている訳にはいかない、荷物の整理をしないとならんのだ。


 釣りってそんなに面白いのかね。


 ぶっちゃけ興味無いんだよねー、釣りって。


 ――――


 ― 次の日・海岸近く ―


 さて、今日からミッツメの街の冒険者として依頼の日々が始まった。

 手始めに受けた依頼『イエツボヤドカリの狩猟』を、今日はこなす予定である。


 海岸沿いを進んでいけば見つかるので、探すのも楽だった。

 つーか、既に見つけてもう目の前にいたりする。


「クェンリー、絶対に炎の魔法は使うんじゃねーぞ!」

「分かってるわよ」

「雷の魔法も絶対に駄目だべ」

「分かってるってば」

「絶対使わないでね」

「しつこいわね」

「フリじゃないからな」

「いいかげんにして!」


 生肉の納品がメインなので、焼いたり焦がしたりしないようにみんなでクェンリーにくぎを刺していのだが、当のクェンリーはお冠だ。

 でもね、実際1度やらかしているから心配なのよ。

 ツギノ村での『ミノタウロスの狩猟(しゃぶしゃぶ用の肉)』の依頼の時にミノタウロスを1頭丸ごとベリーウェルダンにして、もう1頭狩るはめになってしまったのは、まだまだ仲間の記憶には新しい事件なのである。


「タロウさん、まずは試しにお願いします」

「おう!………………あんまし期待はしないでね」

「分かってます」

 アルスくんが俺に何をさせるのか――それは【防具破壊】のスキルの使用だ。


 イエツボヤドカリが住まいとしているイエツボガイの貝殻、この貝殻は解釈によっては防具と考えても良いのでは無いか――防具だと解釈できるなら俺の【防具破壊】のスキルで破壊できるのではないか、と考えたのである。

 成功すればイエツボヤドカリは貝殻に籠城することもできなくなり、狩猟は容易となるはずだ。


 てなことをアルスくんが思いついたので、物は試しとダメ元でやってみることになったのだが――。

 ちょっと無理があるような気もしないでも無い。

 まぁ、やるんだけどさー。


 毎度おなじみ隠れる系のスキルを発動して、こそこそとイエツボヤドカリの背後に回った。

 そしてアイテム袋の中に大量に入っている小石を、右手で数十個握りしめる。


「(あれは防具、あれは防具、あれは防具、あれは防具、あれは防具……)」

 気休めかもしれないが、俺が防具だと信じていないと効果が無さそうな気がしないでもないので、頑張ってイエツボヤドカリの背中の貝殻を防具だと呟いて自分に言い聞かせて――。


「(あれは防具……いけ!【防具破壊】!)」

 握りしめた数十個の小石を、【防具破壊】と【投擲術】のスキルを発動して叩きつけた。

 バッキャーン! と音がして――。


 嘘っ! ホントに貝殻が壊れたし!

「さすがタロウさん!――みんな、行くよ!」

 アルスくんの号令で、仲間たちが一斉にイエツボヤドカリの狩猟をすべく動き出す。


 驚いてるのは俺だけらしい……。


 ノミジの矢が牽制し、クェンリーの魔法が海岸を凍らせて逃げ場を無くす。

 アルスくんの剣がイエツボヤドカリの急所ら辺に突き刺さり、イエツボヤドカリの狩猟は終わった。

 《レベルアップしました》

 おっ、レベルアップしたぞ。


 レベルアップに気分を良くしながら、俺は壊れたイエツボガイの貝殻をせっせと拾う。

 破片とはいえ、イエツボガイの貝殻はそこそこのお金になるのだ。


 ミッツメの街の冒険者生活は、まずまずの滑り出しである。


 …………


 ― 自宅・夕刻 ―


 レベルが上がりスキルポイントも溜まったので、俺は今から【スキルスロット】を回そうとしている。

みんなに黙ってこっそり回そうとかしていたら、見つかってやはりギャラリーに見守られてである。

 ちっ! やはり姿を消しておくべきだったか……。


 何でまた今更こっそり回そうかと思ったのかと言うと、今回はスキルポイントが溜まりに溜まって5ポイントとなったので、人間の枠を超えたスキルである『特殊スキル』のスロットを回そうと思っていたからだ。


 この『特殊スキル』のスロットで手に入るスキルは、犬の嗅覚や鷹の視力のようなものや、ドラゴンのブレスや石化の魔眼のような魔物の持つ特殊能力など、本来人間の身では得られないスキルである。

 そんな訳で、出てくるスキルによっては魔王さんルートに突入しかねないなと思って、自分1人だけでこの『特殊スキル』のスロットを回そうとしていたのだ。


「凄いのが出るといいですね!」

 アルスくんがワクワクしながらそう言うが、あまり凄過ぎるのは正直出ないで欲しい。

 できれば俺としては、そこそこ凄いスキルが欲しいのだ。


「まだですかー」

「早くしろよー」

「早くー」

「さっさと終わらして、晩飯作って欲しいべ」

 お前ら興味があるのか無いのかどっちなんだよ。

 あと、今日の晩飯は作るの面倒なので外食のつもりだぞ。


 仕方無い……始めるか。

「【スキルスロット】」

 半透明の筐体が現れる。

 手持ちのスキルポイント5ポイントを投入して――今回はいつもよりドキドキのスロットタイムだ!


 なんか変な手汗が出ている右手で、スロットのレバーを握って――。

 頼むから魔王さんコースだけはやめて!

「レバーオン!」

 わりとマジな、目押しの利かない運命のリールが回り始めた。


 やがて徐々に回転がゆっくりとなり……。

 左端のリールが、ついに停まってしまった。


<吸着> ―回転中― ―回転中―


 ん? 吸着?

 なんか特殊というより、便利系っぽいのが来たぞ。

 5ポイントも使った割には、ショボくね?


 そんな微妙な感じの中、真ん中のリールが停まった。


<吸着> <便意の魔眼> ―回転中―


 魔眼、キタ――っておい、便意の魔眼かよ。

 キンベトカゲの持ってたヤツじゃん。

 目を見た相手の便意を強制的に発動する魔眼とか、戦闘には――。


 ――使えないことも無いか。

 少なくとも相手に隙を作る役には立ちそうだ。


 そして最後、右のリールが停まる。


<吸着> <便意の魔眼> <悪臭のブレス>


 ……うむ、これはアレだな。

 たぶん『おじいちゃん、お口くさ~い』とか孫に言われちゃうヤツだ。


 つーか、微妙だよ! なんか全部微妙だよ!

 今更だけどさ!

 ……はぁ……一応全部確認して、熟練度も上げておくか。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【吸着:極】


 どんな物にでもくっつくことができる。

 吸着力:100kg/1㎠

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 まぁ、ショボいけど使えるスキルではあるんだよなー。

 これなら壁登りとかもできるのではなかろーか?

 そのうち試してみよう。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【便意の魔眼:極】


 目を見た相手に便意を強制し、脱糞させる魔眼。

 発動するには直接相手の目を見る必要がある、鏡等は不可。

 便の硬さを調整することもできる。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 便秘薬か!

 自分に使えるなら便利なんだけどなー。

 俺もたまにお通じが悪い時とかあるし。


 でも自分で自分の目を見るとか無理だから、使えんのだよなー。

 まぁ、便秘や下痢の人がいたら使ってあげることにしよう。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 【悪臭のブレス:極】


 嗅覚のある生物なら、どんな生物でも怯むほどの悪臭を放つブレス。

 嗅覚の程度にもよるが、失神・混乱・士気低下などの効果が期待できる。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 正直、あんまし使いたくねーし。

 どうせならもうちょっとこう、直接敵にダメージを与えられるブレスが欲しかったなー。

 使いたく無いけど、そこそこ使えそうなのが微妙に困る。


 まぁいい。

 そのうち狼の群れにでも使ってやろう。


「さ、終わったべ! おっさんさー、晩御飯作ってくんろー」

 スロットが終わったところで、待ちかねたノミジが晩飯を作れと早速要求してきた。


「イヤ、外に食いに行こうと思ってたんだが?」

 正直ちょっと作るのが面倒くさい。

 あと昼間にイエツボヤドカリの狩猟をしたせいか、カニとかロブスターの類が食べたいのだ。


「ふっふっふっ……これを見るだ!」

 そう言ってノミジがアイテム袋から取り出したのは――ん? それはまさか、イエツボヤドカリの脚か?


「ちょろまかしてたのか!」

「おっさんさ、人聞きが悪いだよ。そこは、とっておいたと言って欲しいべ」

「グッジョブだよな!」

「さすがノミジよね」

「お料理、お願いします!」


 これっていいのかなー、と思ってアルスくんのほうを見たら――。

「全部納品しろとは言われてませんし、いいんじゃないですか?」

 と言われた。


 ふむ、ならば俺も食ってみたいし、調理してみるか。


 …………


 とりあえずアルスくんにイエツボヤドカリの脚をブツ切りにしてもらい、中身の脚肉を頑張って取り出す。

 生でちょっとだけ味見――ふむ、エビっぽい。

 ちょっとクセがあるかな? 甘みはけっこう強い。

 そういや好きな人はこのクセがたまらんらしいとか、ギルドの人が言ってたな。


 クセはあるが味は良いしプリプリしているので、とりあえず少し刺身にしよう。

 ――おいこら、切り分ける片っ端からつまみ食いするなよ。


 あとは……あんまし出汁は出なさそうだけど鍋と――。

 天ぷらにでもするか。

 そうなると米の飯が欲しいな。


 鍋と天ぷらとコメの飯――全部いっぺんに作るには、魔道コンロが3つ必要だ。

 部屋に据え付けの魔道コンロは1つだけ、でもって俺は魔道コンロを1つしか持っていないのだ。

 ――コンロが1つ足りぬ。


「なぁ、コメだけそっちの部屋で炊いてきてくれないか。魔道コンロが1つ――」

 そこまで言った時に、目の前になんか突き付けられた。

 イヤ、なんか近すぎて良く見えないんですが……。


 何かを突き付けていたのは、パネロだった。

「ふふふふふ――こんなこともあろうかと!」

 こらこら、お前はどっかの宇宙戦艦の工作班の人か!


 で、いったい何を俺に突きつけて――こ、これは!

「これからの生活のために、さっき魔道具屋さんで買ってきたんですよ。早速出番ですね!」

 パネロが俺に突き付けていた物を見せびらかした。


 それは1升炊きの、魔道炊飯器であった。

 うむ、それは便利。


「……じゃあ、米はよろしく」

「任せなさい!」


 そんな訳で、米の飯はパネロに任せて調理に戻ろう。

 鍋は適当に野菜とかぶち込んどけばいいので、とっても楽だ。

 天ぷらは――あー、なんか油が古くなってきてるな……明日、新しいの買おう。

 今日は古い油で我慢だな。


 酸化した油の風味を少しでも誤魔化すべく少しゴマ油を投入して、適当にブツ切りしたイエツボヤドカリの脚肉に衣をつけて揚げる。

 ――待て待て、揚げたてのつまみ食いは熱くて危険だぞ。


 …………


 こうして、ミッツメの街の食生活も順調なスタートを切った。

 イエツボヤドカリの味はけっこうクセはあったが、食い応えはあった。


 パネロが炊いた1升のコメは、綺麗に無くなった。

 それでも物足りなかったらしく、今度は誰が2台目の炊飯器を買うかの話し合いが始まっている。

 若者の胃袋って凄いよなー。


 ちなみに俺はおっさんなので、がっつり胃もたれをしていたりする……。

 歳取ると、油ものとかキツくなるよねー。


 ん? 何? どうしたパネロ。

 ……便意の魔眼を使えと?


 あぁ、イヤ、うむ。

 分かった。


 みんなには内緒にしとくな。

色々詰め込み過ぎた気がする……。


ちなみに新キャラの使い方はこれから考える(`・ω・´)

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