雷虎の討伐
ツギノ村を発ってから半月後。
― 森の中 ―
「見つけた、あっちだ」
俺は狼の群れの気配を察知し、その方向を指さす。
気配の数は50頭ほどだ。
「風向きが良くないだな、回りこんで風下を取るべ」
見つけた狼の群れから見て俺たちはやや風上となるので、臭いを嗅ぎつけられぬよう遠回りしてでも風下を取るべしとノミジが提案してきた。
弓士であるノミジは風の向きと強さには、かなり敏感である。
「そうしましょう、ルートは任せます」
アルスくんが即決した。
こういう判断の速さは、さすがリーダーだ。
「ならついてくるだ――まずこっちだべ」
手でついてこいと指図をしながら、ノミジが先頭になって森の中を進む。
狼の群れの風下に付けるには、まだしばらく掛かるだろう。
――さて、今日受けている依頼だが、お察しの通り『狼の群れの討伐』である。
ぶっちゃけ大した稼ぎにはならないハズレの依頼だが、次の拠点にする予定の『ミッツメの街』へと向かう道中にあったここ『トチュー村』のギルドで、ちょっとした路銀稼ぎをしようと思って依頼の掲示板を見たら、その依頼しか無かったのである。
そんなにトチュー村には依頼が少ないのかと思われるかもしれないが、本来この村にはそこそこの数の依頼はある。
なので原因はこのトチュー村では無い。
トチュー村から東に数日進むと『コモノ男爵』が治める領地となるのだが、実はそのコモノ男爵領で冒険者ギルドに対して活動禁止令が出たのが原因だ。
コモノ男爵は、トリアエズ王国と冒険者ギルドとの協定を破棄もしくは見直すべきと主張する貴族派閥――ギルド反対派――の中でも『ギルドなど必要無い』とまで言い切る、ギルド不要論者である。
だからギルド反対派の中心人物であった前ヌイルバッハ侯爵の死後に、勢力の衰えたギルド反対派の士気を高めるべく、活動禁止令という暴挙に出たのだろう。
さすがに無謀だと思うけどねー。
政治の素人の俺でも思うもの、無茶するよなーって……。
おかげでコモノ男爵領は現在大混乱。
冒険者たちも大半がコモノ男爵領を出て、近隣の街や村に活動の拠点を移しているのだ。
そのせいでここトチュー村にも冒険者が溢れかえってしまい、依頼が取り合いになっているのである。
まぁ、そのうちコモノ男爵も音を上げるだろう。
なんたってギルドは経済と流通をガッチリと掌握しているのだ、領地がそれらを抜きにしてまともに治められるわけが無い。
いくら農産の盛んなコモノ男爵領と言えども、飢えないだけでは領民の生活は成り立たないのだ。
つーか、領民の人たちにとっては迷惑でしか無いよね。
長引いたら反乱とか起こしたりして……なんてことは、さすがに――。
――イヤ、冒険者ギルドなら扇動したり武器や物資の手配をしたりとか、マジでやりかねん気がする。
俺たちって、けっこうヤバいタイミングでコモノ男爵領を通り過ぎようとしているのでは無かろーか?
…………
俺たちはぐるりと大回りをして、狼の群れの風下を取った。
これでこちらが先手を取れる。
あとは逃がさないように、狼の群れを殲滅するだけだ。
「まずはアタシの出番ね」
クェンリーが何故だか不敵な笑みを浮かべつつ、魔法の詠唱に入ろうとする。
「詠唱は小声で――狼に気付かれるかもしれない」
アルスくんが、そこはしっかりとクェンリーにクギを刺した。
「わ、分かってるわよ。小声でね……」
不満そうなクェンリーだが、まだ詠唱するなと言わないだけ優しいと気付いてほしい。
「雷よ集いて我が敵を吹き飛ばせ、【爆裂する雷】!(小声)」
クェンリーの手元にできた電気っぽい塊が、俺たちから見て狼の群れのやや後方へと飛んで行き、爆発するように放電が周囲に飛んだ。
狼の群れの後ろ半分は、これで壊滅状態となった。
後方で放電の爆発があったのだから、残りの前方部分の狼たちは当然ながら俺たちのほうへと逃げてくる。
さぁ、逃げてくる狼たちに襲撃を仕掛けよう。
アルスくんが静かに飛び出し、ノミジが矢を放つ。
俺も【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動し、コソコソと狼へと向かった。
そこからはもはや蹂躙である。
アルスくんが逃げてくる群れの中で大暴れをして、数を減らしながら狼の耳目を集めている。
俺はアルスくんに気を取られた狼に忍び寄り、手にした悪魔の短剣で喉首を切り裂く。
逃げようとする狼は、ことごとくノミジの矢が仕留めた。
狼の群れは、5分も掛からずに全滅した。
以前ドンゴとジャニと一緒にほぼ同数の狼の群れと戦った時と比べたら、実にあっさりと勝ってしまった。
仲間が優秀なのか、俺たちが成長したのか……。
まぁ、ここは両方だと考えておくことにしよう。
ということで、これで『狼の群れの討伐』はおしまい。
ギルドで依頼料をもらって、明日には道中を再開しよう。
どうせトチュー村に留まっても、ロクな依頼なんか無いしね。
――――
― スドーリの街・門の前 ―
てな訳で、やってきましたコモノ男爵領。
でもってここは、トチュー村から5日の距離にある、領都スドーリの街である。
正直まだギルドの活動禁止令の最中なので入りたい気はしないのだが、そろそろ宿に泊まりたいので仕方なく入ろうと思う。
「で、冒険者がこの街に何の用だ?」
俺たちのギルド証を確認しながら、機嫌の悪そうな門兵さんが言った。
「宿泊です。僕たちはミッツメの街へ向かう途中で寄っただけです」
機嫌の悪そうな門兵さんの態度が気に入らなかったのか、アルスくんも門兵さんにぶっきらぼうに返事をしている。
気持ちは分かるけど、ここは穏便にね。
「ところで街の中って今、どんな感じですか?」
別にアルスくんの態度をフォローするとかでは無いが、俺はわざとお気楽な口調で機嫌の悪そうな門兵さんに尋ねてみた。
もう1人黙々と仕事をしている門兵さんもいるのだが、あえてそちらには尋ねない。
「どんな感じ、とは?」
「観光やら美味い飯やらが楽しめそうかってことですよ。冒険者は活動禁止なんで、他にできることもありませんしね」
情報収集のついでに『俺たちは観光客みたいなもんですよ』というアピールもしてみた。
観光客は街に金を落とす客なのだ、いくらギルドの活動禁止令が出ている街とはいえ少しは態度を和らげてくれるかもしれない。
「観光ならできるが、冒険者なら監視は覚悟しておけ。それにどこもかしこも人がまばらだから、どこへ行っても寂しいもんだぞ」
門兵さんは、案外ちゃんと答えてくれた。
冒険者が嫌いとかでは無いのかな? 無愛想なのは素か?
「あー、やっぱ人出は少ないんだ」
好き好んでギルドと揉めている土地に遊びに来るヤツは、そうはおらんだろうからな。
経済が混乱している地域に旅行とか、俺なら止めておく。
あと監視は勘弁してほしいとも思うのだが、こっちはあえて話題にはしない。
この手の話題は、口にすると藪蛇になることも少なく無いしね。
「あぁ、人は出ていくばかりでほとんど入って来ない。物資も入って来ないから、どこの店に行っても棚はスカスカだ――だから美味い飯は期待するなよ、吹かした芋と茄子が大好物ってことなら話は別だがな」
どうやらこの門兵さんは、現在のスドーリの街の現状が気に入らなくて機嫌が悪かったらしい。
ちなみに芋と茄子は、この辺の特産品だ。
「おい、愚痴るのは構わんがお偉いさんには聞かれないようにしろよ。下手すりゃ反逆罪にされかねんぞ――あんたたちも聞かなかったことにしといてくれ、厄介ごとに巻き込まれたくは無いだろう?」
もう1人の門兵さんに口止めされてしまった。
なるほど、コモノ男爵家に忠実な家来の人に聞かれるとマズい……と。
まぁ、そりゃそうだろうな。
「もちろん誰にも言いませんよ、約束します」
門兵さんたちもギルドへの活動禁止令で困っているということが理解できたせいか、アルスくんが機嫌を直して口外しないと約束した。
もちろん俺たち他のメンバーも異存は無い。
にしても――。
やっぱ兵隊さんも迷惑してたんだね。
兵隊さんとは言っても、元は普通の平民さんだもんね。
…………
― スドーリの街・街中 ―
宿はすぐに決まった。
門兵さんの言う通り、宿泊客などほとんどいなかったからである。
適当に良さげな宿に入ったら、もろ手を挙げて大歓迎されてしまった。
ただし、食事の内容にはやはり制限はあるらしい。
ベッドでゆっくり休めるのは有難いが、食事がポテトサラダと焼き茄子だけというのはちょっと寂しいな。
こないだ狩ったばかりの狼の肉でも調理してもらおう。
まだけっこうノミジの冷蔵アイテム袋に入っているはずだ。
昼飯を食ったので、とりあえずみんなで冒険者ギルドへ行くことにした。
活動禁止令が出ていても、冒険者の出入りのチェックはギルドでやっているらしいのだ。
どうせ依頼なんか受けられないのに、入街届けを出しにギルドへ行かねばならないなんて面倒くさい。
どうせ職員さん以外誰もいないだろうと思っていたのだが、ギルドに入ると十数人の冒険者がいた。
依頼などの業務はやっていないが、ギルドはまだ居残っている冒険者の溜まり場となっているらしい。
よほどスドーリの街に愛着がある連中が残っているのだろうかと思ったら、案外そうでも無かった。
ちらっと話を聞いたところ、コモノ男爵の手勢に襲撃された時のための護衛の冒険者と、アイテム袋を使って職員に生活物資を運んでくる冒険者たちがギルドでたむろっているだけとのことである。
活動禁止令が出ていても、ギルドは職員を引き上げる気は無いらしい。
むしろ職員さんも冒険者も、戦争上等と言わんばかりのふてぶてしい空気を漂わせている。
コモノ男爵など何するものぞ、という雰囲気である。
受付の職員さんに聞いたところ、ここにいる冒険者たちは全員が『クラス:銅』なのだそうだ。
低ランクの冒険者では騎士相手だと分が悪いとはいえ、『クラス:銅』の冒険者を集められるとはさすがに冒険者の元締め――冒険者ギルドである。
実は『ランク:銅』以上の高ランク冒険者は、ギルドの建物内ではあまり見かけることは無い。
高ランク冒険者は、希少な素材を求めて人の住めない危険な場所の奥深くへ行ったり、国境をまたいであちらこちらと移動し続ける魔物を追ったりとかで、街にはあまり滞在しないのだ。
そもそも絶対数も少ないし。
なので騎士と対等に戦える戦力とはいえ、『ランク:銅』の冒険者が十数名もギルドの建物に滞在しているというのは、珍しい光景なのである。
つーかこれコモノ男爵側から見たら、すごーく危険な武装集団だよなー。
そりゃ監視もされるよね……。
入街届けも出し終わりギルドの外へ出ようとしたら、職員さんに泊まっている宿を聞かれた。
何かあったら連絡が取れるようにしたいのだそうだ。
宿泊している宿を教え、俺たちはギルドの外へ。
「さて、これからどうします?」
アルスくんがリーダーらしく、俺たちのこれからの行動について話を纏めようとしている。
俺がいずれ『黄金の絆』を抜けるという話をしてから、アルスくんは積極的にリーダーとしての役割を頑張っているのだ。
「アタシはやっぱりお店を見て回りたいわね」
「でも門番さんが、お店の棚はスカスカだって言ってましたよ」
クェンリーは店で買い物でもしたい様子だが、パネロの言う通り、買い物をするにしても品揃えが悪いのではあまり面白くは無いだろう。
「それによー、この街はギルドと喧嘩してるんだろ? そこらを出歩いてたら、厄介ごとに巻き込まれたりしねーか?」
マリーカの心配ももっともだ。
その辺をウロチョロしてたら、コモノ男爵側の人間にギルドのスパイとかに疑われかねない――監視もされてるみたいだし。
だからこの街の冒険者連中も、ギルドの中でたむろっていたのだろう。
「だったら安全のために、纏まって行動するようにしましょう――それでいいですね?」
ふむ、アルスくんが一緒なら大概のことはなんとかなるか。
それはそれで良いとは思うのだが、俺としては――。
「あ、おらはちょっくら狩りに行きてーだよ――昼も夜も同じメニューじゃつまんねーから、何か良さげな獲物見つけて狩って来るだ」
どうやらノミジも俺と同じことを考えていたらしい。
だよねー、せっかく宿に泊まるのに昼も夜も同じメニューの飯とか、面白く無いもんね。
「俺もちょっと採取に行きたいんだけど、構わないか?――晩飯のメニュー増やしたいし」
今の時期なら若い山菜なんかが採取できるはずなので、夕食の彩りが少しは豊かになるはずだ。
ノミジと俺が『だべ?』『だよな?』とお互いの思惑に頷き合う。
みんなも晩飯は昼とは違ったものを食べたいという気持ちは同じだったらしく、ノミジと俺はそれぞれ狩りと採取へと向かうことになった。
残りのメンバーは、街中を見て回ることにしたようだ。
俺とノミジは街の外へ出ると、採取と狩りの2手に分かれた。
一緒でも構わなそうに思えるが、獲物を追う狩りに付いていくとどうしても採取の効率が落ちるので、このほうがいいのである。
「それじゃ、肉の方は頼む――何かあったら街の門の前に集合な」
「了解だべ、野菜は頼むだど――あと、木の実もあったら頼むべ」
「あいよー」
時期的に木の実は期待できないとは思うけどね。
俺もノミジも【気配察知】持ちなので、危険な生き物はすぐに察知できる。
なので2人とも単独行動をしても、さほど危険は無い。
ノミジの【気配察知】の能力は以前よりも上がっており、さすがに極めている俺ほどでは無いが、かなり広範囲を察知できるようになっている。
仲間たちの成長ペースは、正直言って俺の予想を上回っていた。
若者の成長、恐るべし。
俺とて成長はしているのだが、やはり若者の成長には敵わん。
だがその若者の成長が、先の見えているおっさんにはこの上ない楽しみなのだ。
あいつらの成長を見ていると、それだけで毎晩酒が進むほどである。
そんなことを考えながら森へと入っていくと、やはり伸びてきたばかりの山菜が目に入った。
湯通しして食べるのも悪くは無いが、これは天ぷらにして食べたいな。
帰ったら宿屋の人に、天ぷらが作れるかどうか聞いてみよう。
採取を始める前に、念のため【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動しておく。
採取に夢中になり過ぎて、うっかり魔物なんかに遭遇したら危ないからだ。
山菜探しをしていると、薬草の群生地が見つかってしまった。
これも採取しておくか。
俺の『無限のアイテムストレージ』なら、新鮮なままで保存しておけるしね。
あ、なんか危ない葉っぱも見つけてしまったし。
気分が良くなる系の、依存性の高い葉っぱ。
これは採取すべきか見なかったことにすべきか……。
俺は考えたあげく――。
ちょびっとだけ採取することにしたのであった。
別に自分で使うとかじゃ無いからな。
そのうち役に立つかもしんないと思っただけだから。
葉っぱで気持ち良くなるとか興味無いしー。
……ホントなんだからね!
…………
ギルドの活動禁止令のせいでここんとこ採取などされていなかったであろう森を、調子こいて荒らしまわっていたら、ヤバそうな気配がスドーリの街へと近づいてきた。
たぶん強い系の魔物。
ただそのヤバそうな気配の周囲を、おかしな気配がウロチョロしている。
これはたぶん【隠蔽】系のスキルを使っている人間だろう。
戦っているのかな? と気配を追い続けていたのだが、どうやら違うようだ。
どうやら隠蔽系のスキルを使っている人物は、ヤバそうな気配の魔物をスドーリの街へとわざわざ誘導しているらしい。
何考えてやがるんだこいつ?
まさか魔物テロでもやるつもりなのかな?
何かあったら街の門の前に集合というノミジとの約束を思い出し、俺は急いでスドーリの街へと戻るために走った。
魔物の気配の移動が、えらい速いぞ!
このままだと俺より先に街へと辿り着いてしまいそうだ。
くそっ! 森の中だとなかなか早く走れん!
早いとこ街道へ出ないと!
隠蔽系のスキルを使っているヤツは、かなりのヤツらしい。
誘導をしながらも、速度で魔物を上回っている。
街道へと出た。
古ぼけた年代物の馬車が1台、のんびりと街道を進んでいる。
何でこんなタイミングで馬車なんて走らせてんだよ!
俺は【隠密】と【隠蔽】のスキルを解除して、走りながら馬車の御者に声を掛けた。
「おい! もっと急げ! あっちから魔物が来るぞ、急いで逃げろ!」
「えっ! おっ、おう……魔物か。そりゃ急いで逃げないとな」
何だ? 魔物が迫ってきているってのに、ずいぶんと反応が薄いな。
俺の言ってることを、信用してないのか?
「嘘じゃないって! ホントに魔物がすぐ来るんだってば、信じろよ!」
「あぁ、解ったって――おい、後ろに見えてるか?」
御者が幌の付いた荷台の方へと声を掛けた。
荷台にも人の気配が1つある。
「ちょっと待て、まだ何も――来たぞ!」
荷台に乗っているヤツがそう叫ぶと、御者が馬に鞭を入れて急に速度を上げた。
速度を上げた馬車ではあるが、魔物は後ろからどんどん近づいてくる。
このままだと自分もヤバいと思った俺は【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動した。
気配を消して、魔物をやり過ごすつもりなのだ。
気配を消して後ろを振り返りながら街道の端っこを走っていると、すぐに魔物が俺を追い抜いて行った。
確かあれは――。
かなりの勢いで街道を走り抜けていくその魔物は、確か『雷虎』だ。
ギルドに置いてあった魔物図鑑で見たのと一緒だ。
確か電撃を纏った虎の魔物で、かなりのパワーと強靭な爪で鉄の鎧すら穿つと書いてあった。
鋭い牙での噛みつきも強力で、鉄の全身鎧でも噛み潰すらしい。
他にも俊敏で素早いとか、かなりの跳躍力を持つとかも確か書いてあった。
大きさは見た感じで、全長7~8mはありそうだ。
だが変だな?
確か『雷虎』の生息地は深い森林の奥地で、こんな街の近くにはそもそもいないはずなのに……。
それにむやみに人間を襲ったりもしない。
肉食の『雷虎』だが、普通は腹が減っている時に狩りをする時くらいしか襲われないはずなのだ。
あと、あんなに執拗に追いかけるというのも解せない。
獲物を狩れないと分ると、すぐに諦めて次の獲物を探すというのが『雷虎』の習性なのだから、あれだけ逃げ続けられたら普通諦めるのに……。
ホント、ずいぶんしつこく追いかけてるし……。
つーか、あの馬車ヤバくね?
雷虎が、とうとう馬車に追いついてしまった。
馬車の荷台が、雷虎の右前脚のトラパンチ1発であっさりと砕け散る。
乗ってた2人は――。
良かった、ちゃんと逃げ出せていたようだ。
馬車に乗ってた2人が雷虎から逃げる。
もちろん雷虎はそれを追う。
……あれ? おかしいな。
壊された馬車の残骸からは、荷物の類が見当たらない。
それに、馬車から逃げた2人と雷虎の距離が縮まらない。
あいつら、俺より逃げ足が速いのか?
走っている姿をよく見ると、逃げている2人はかなり強そうに見えた。
ん?……あいつら、まさか冒険者か?
しかもけっこう高ランクの……。
スドーリの街が近づいて来た。
「おぉーい! 助けてくれ!」
「魔物だ! 魔物が来るぞ!」
馬車から逃げた2人が、門兵さんたちに助けを求めて叫ぶ。
その姿は逃げていた時の様子とは違って、まるで普通の旅人のように見えた……。
門とその周辺にいた兵士さんたちが、絶対に街に入れまいと雷虎に対峙した。
おい、バカ! 無理だ止めとけ!
門を閉めて街に立て籠もっとけってば!
とりあえず雷虎は警戒して停まってくれたが、ヤツは普通の兵士になんとかできるような弱い魔物では無い。
俺が見た魔物図鑑によると、ヤツは『ランク:銀』以上でないと狩猟や討伐の依頼を受けられないような、高ランク案件の魔物なのだ!
加勢してやりたいが、俺1人が加勢したところでどうにかなるとも思えない。
とりあえず冒険者ギルドへ報告しよう。
あそこには俺よりも高ランクの『ランク:銅』の冒険者が、十数名いたはずだ!
門へと到着すると、やはり気配を察知したらしいノミジも門まで戻ってきていた。
「おっさんさ、どうするべ?」
どうするべと聞かれても……はて、どうするか――。
俺とノミジがいれば雷虎でもなんとかなるかも、と一瞬頭をよぎったが、たった2人だけでヤツを仕留めるのはさすがに厳しいだろう。
「まずギルドに報告しよう、兵士じゃヤツの相手は無理だ――冒険者じゃないと」
「んだな、急ぐべ!」
俺とノミジが冒険者ギルドに到着すると、そこにはもうアルスくんたちも揃っていた。
後で聞いたところ、街の中をウロついたのだが警備兵にジロジロ見られて落ち着かなかったので、結局ギルドに入っていることにしていたらしい。
「雷虎が出た! もう西門まで来てる!」
「早く行かねーと、街に入られるだべ!」
俺とノミジがギルドの職員さんに必死になって報告したのだが、ギルドの職員さんの返事はにべも無いものであった。
「冒険者ギルドは現在活動禁止中なので、冒険者による魔物の討伐はできません」
は? 何言ってんのこの人?
「イヤ、だって魔物が……」
抗議をしながらも、俺にはもうどういうことなのか察しがついていた。
そこまでやるのかよ、冒険者ギルド……。
「現在コモノ男爵へ、冒険者への緊急討伐の依頼を出していただけるよう使者を出しております――その返事があるまで、皆さんは待機をお願いします」
「そうか、解った――うむ、何か色々と解った。言う通りにするよ」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
ふぅ……。
俺はアフロの頭防具を掻きながら、軽く溜息をつく。
これは全部冒険者ギルドの仕掛けだ。
コモノ男爵が冒険者ギルドへ緊急討伐依頼を出せば、これはすなわちギルドへの活動禁止令が解かれるということになる。
緊急討伐依頼を出さなければ被害の全てがコモノ男爵の責任となるので、男爵としては是が非でも雷虎を倒さなくては面目が丸つぶれとなる。
コモノ男爵は全戦力――虎の子の騎士団さえ全て投入せざるを得ないはずだ。
だが騎士団がいくら強くとも、高ランク案件の魔物相手では分が悪い――下手すれば全滅もあり得る。
騎士で魔物が討伐できなければ、コモノ男爵の貴族としての立場は地に落ちるのだ。
おそらくここまで全部計算して、ギルドは冒険者を使って雷虎をスドーリの街まで誘導したのだろう。
「どういうことなんです? タロウさん」
アルスくんに話しかけられて、思考の海から現実へと意識が戻る。
「うん……イヤ、後で説明するよ。今はとりあえず、ギルドの指示で動こう」
さすがにギルドの中でこの話をするのは躊躇われるし、何より明確な証拠を提示できるような話でも無い。
全ては俺の、ただの推論なのだ。
ここは後で宿に帰ってから、じっくり仲間だけの空間で話すのがいいだろう。
「ところで、門のほうの様子を見てきたいんだが構わないだろうか?」
勝手に行っても良かったのだが、念のためにギルドの職員さんに聞いてみた。
後でモメるのは嫌だしね。
「できればまだあちらには向かってほしくはありません、ですので――」
「安心してくれ、俺は【隠密】と【隠蔽】持ちだ――誰かに気付かれるようなヘマはしない」
駄目だと言われる前に、話を遮ってやった。
見つからないなら、構わんだろう?
「いいでしょう――ただし、くれぐれも見つからないで下さいね。活動禁止中の冒険者ギルドが、冒険者を派遣したと受け止められかねませんので」
これで承諾は取れた。
つーか、何が『活動禁止中の冒険者ギルドが、冒険者を派遣したと受け止められかねませんので』だよ。
どうせ騎士が雷虎の討伐に失敗した頃合いで、ここにいる冒険者を出すつもりのくせしやがって。
俺は仲間たちに『ちょっと行ってくる』と言い残して、ギルドを出た。
向かう先はもちろん、このスドーリの街の西門である。
…………
【隠密】と【隠蔽】を使ったまま、西門のすぐ外へと出た。
もちろん誰にも――雷虎にも気づかれてはいない。
西門の前には、既に血の川が流れていた。
そもそも雷虎は、兵士などになんとかできる相手では無いのだ。
俺が見ている間にも次々と門から兵士が飛び出し、勇敢にも雷虎に立ち向かっていく。
違う! そうじゃ無い!
正面から戦おうとするんじゃ無い!
さっきから兵士たちは、雷虎の頭や首や胴体、それと攻撃に使われている前足を狙って攻撃を仕掛けている。
雷虎の前足が届く範囲ばかりだ。
しかも兵士の装備では雷虎の電撃を防ぐことができず、近づいた兵士は電撃で動きを止められ、いいようにやられている。
せめて弓兵を上手く使って牽制くらいはして欲しいものだが、練度不足でそれもできていない。
というか、的が大きいのに人間とは違い過ぎる動きについていけていない。
それに対して雷虎は、兵士が少数であれば俊敏に動いてトラパンチで皮鎧ごとズタズタにしていき、大勢が集まるとその跳躍力で剣や槍の届かないところへと逃げるという戦い方をしている。
これではいつまで経っても雷虎の討伐などできない。
これが冒険者なら、全く違った戦い方をするだろう。
まずは電撃に対抗できる装備で出撃する。
その上でその跳躍力と俊敏さを封じるために、後ろ足を狙うはずだ。
たぶん魔法か弓で。
後ろ足の動きを封じることができれば、あとは一斉に囲んでチクチクとダメージを与えられる。
それなら格上の相手でも、なんとか討伐できるはずだ。
俺の目の前で兵士たちが雷虎に次々とズタズタにされ、死んでいく。
だが、ギルドに手出しを禁止されている俺には、何もしてやることはできない。
――イヤ、違う。
俺は何もしてやることができないのでは無い。
俺は自分の冒険者という立場を守るために、何もしてやらないこと――見殺しにすることを選んだのだ。
俺が見殺しにした兵士たちが、次々と死んでいく。
俺は何もせず、兵士たちを見殺しにし続けている。
門の入り口付近に、ここまで雷虎を引き連れて逃げてきた2人組の男が立っているのが見える。
そこに気配を消した1人の男が近いているのを、俺は【気配察知】で感知した。
雷虎を誘導していたヤツである。
そいつは気配を戻して姿を現すと、2人組の男たちと話を始めた。
話の内容は聞き取れないが、知り合いであろうことは間違いなさそうだ。
あいつら仲間だったのか……。
――まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどさ。
街の中から、ようやくコモノ男爵配下の騎士団が出てきた。
その数は30騎といったところか。
コモノ男爵領の規模からいえば、領都の駐留部隊としてはこんなものだろう。
騎士は当然、兵士などより強い。
そもそも騎士の役割には、戦争に加えて兵士を含めた平民の反乱鎮圧というのもある。
だから騎士団を構成する人員は代々貴族の配下という信用できる者だけだし、兵士とは比べ物にならない高性能な装備が与えられていているのである。
だから兵士など蹴散らせるほどには強い。
しかしながら相手が雷虎ほどの強さの、しかも戦うことを想定していない魔物となると、その対人戦の強さはほとんど意味を持たない。
騎士の鉄の全身鎧は兵士の皮鎧よりは頑丈ではあるが、雷虎の爪が貫通してしまう防御力なので、運が良ければ即死しないという程度の差でしか無い。
騎士の魔法も対軍用の範囲魔法が主なので、強力な個である雷虎にはさほどダメージを与えられない。
騎士槍を構えての突撃も、人間とは全く違う動きの雷虎にはほぼ当たらない。
これでは先ほどまで戦っていた兵士と、大差は無いだろう。
唯一兵士より優っていると断言できるのは、魔法戦を想定した属性防御の装備を最初から身に着けているおかげで、雷虎の電撃がほぼ通らないくらいのものだ。
騎士の数が徐々に減っていく。
途中から戦い方を、機動力を生かして包囲を優先し少しずつ削る作戦に変更したらしいが、時すでに遅し。
半分以下に減らされた騎士団では、慣れない魔物相手の包囲なんぞできるはずも無く、やはり雷虎に潰されていった。
当然の結果だな……。
騎士団も兵士も魔物と戦うことなんて想定していないのだから、雷虎クラスの魔物を何のデータも無しに初見で攻略しろというのがそもそも無理なのだ。
騎士団はほぼ壊滅した。
戦える者はもう、ほとんど残っていない。
そろそろ冒険者が出てきても良い頃合いだろう。
魔物から領民を守ることもできないコモノ男爵と、活動禁止令を破ってまで街を守った冒険者ギルド――どうせギルドはそんな絵図でも描いているはずなのだから。
案の定、俺がそんなことを考えたすぐ後に冒険者たちが街から出てきた。
もちろんアルスくんたちも一緒である。
ギルドにいた冒険者たちは雷虎を討伐すべく、すぐに戦闘態勢に入った。
我がパーティー『黄金の絆』は、とりあえず俺のところに集まってきている。
仲間たちはみんな、目の前の惨状に顔をしかめていた。
「いいか! 絶対に街には入れるな! 我々冒険者がこのスドーリの街を守るのだ!」
高そうな装備を身に着けた冒険者が、街の中の人たちにも聞こえるように、大声で冒険者たちを鼓舞する。
おぉー! と冒険者たちから声が上がり、雷虎の討伐が始まった。
よく見ると俺たち以外の冒険者たちの装備は、いきなりの襲撃にも関わらず雷虎の討伐に合わせたような耐電装備である。
――あんまし露骨にやると怪しまれるぞ、ギルドさんよ。
「僕たちも行きましょう!」
「あ、ちょい待って――ノミジ、矢を貸して」
アルスくんが飛び出そうとするのを制止して、俺はノミジの矢を受け取ろうと手を伸ばす。
「何本いるだ?」
「2本」
俺はノミジから2本の矢を受け取り、矢じりに唯一の手持ちの毒である『麻痺毒』を塗り付け、まず1本ノミジへと渡した。
「ほい、まずこれで頼む。狙いは――」
「後ろ足だべ?」
さすがノミジ、解ってらっしゃる。
つーか、もう矢を射っちゃったし。
見るとちょうど雷虎が大きく跳躍し、着地するタイミングだった。
着地と同時に雷虎の左後ろ脚にノミジの放った毒矢が、チクリと刺さった。
雷虎は毛も皮膚も頑丈なので、ノミジの放った矢くらいではしっかりとは刺さらないのだ。
それでもチクリと刺さっただけで十分だ。
矢に塗った麻痺毒は、スロットで手に入れた強力な品である。
なので掠った程度の傷でも、たとえ大型の魔物だろうが後ろ脚くらいなら麻痺させられるのだ。
「次」
「ほいよ」
俺がノミジにもう1本の毒矢を渡すと、今度はちょっとだけ時間を掛け、タイミングを見計らって矢は放たれた。
矢は正確に、やはりチクリと雷虎の右後ろ脚へと命中した。
「もういいですか?」
アルスくんは、もう待ちきれないという風だ。
「いいよ、たぶん1分もしないうちに麻痺毒が効いてくるはずだから」
「じゃあ、行って来ます!」
飛び出したアルスくんは、すぐに冒険者たちの雷虎への包囲網へと参加しに行った。
あれだけの冒険者がいるのだから、俺たちはもう必要なさそうだな……。
雷虎の動きは、すぐに鈍くなった。
麻痺毒が効いてきたらしい。
動きの鈍くなった雷虎は、もはや冒険者の良い的である。
前後左右からチクチクとヒット&アウェーを繰り返す冒険者たちに、雷虎は少しずつその命を削られていった。
冒険者の魔導士たちから放たれた炎の矢だの氷塊だのという魔法も、次々と命中していく。
こいつら『ランク:銅』の冒険者にしては、強すぎないか?
雷虎は『ランク:銀』案件のはずなのに、冒険者たちの戦いは全く危なげが無い。
ノミジが放った矢の麻痺毒で動きが鈍っているとはいえ、こうまで一方的に攻撃できるとか……。
まさかギルドの裏戦力とか……まさかね、まさかそんなことは――――なんかマジでありそうで怖いな。
もう俺の中の冒険者ギルド像は、いいかげん黒くてヤバい組織になっている。
もの凄い数の国家と渡り合っているんだから、そのくらいはするよね――と、納得してしまっている自分は、仕方ないと思う。
それにしても、やはりアルスくんは凄いな。
一緒に戦っている冒険者たちは申告通りの『クラス:銅』の連中ではないだろう――たぶん実力的には『ランク:銀』くらい。
その中でもアルスくんは全く遜色ない働きをしているのだから大したものだ。
これは本当に、未来の勇者にアルスくんはなりそうだな。
程無くして、雷虎の命は全て冒険者たちに削り切られた。
我々の勝利である。
これでコモノ男爵の権威は失墜した。
魔物から街を守れなかったという事実は、コモノ男爵を冒険者ギルドへの活動禁止令を解かざるを得ないところまで追い込むだろう。
ひょっとしたら、ギルドと結託している王家も動いて、何らかのペナルティーをコモノ男爵に課すなどということもあるかもしれない。
勝どきを上げる冒険者と、安堵の喜びに沸く街の人々。
目の前には騎士と兵士の死体と、赤く染まった大地。
そんな光景を見ながら――。
俺は冒険者ギルドと、冒険者という職業の自分に――。
少しだけ嫌気がさしていたのだった。




