洞窟ムカデの狩猟
― ツギノ村・冒険者ギルド ―
季節は流れて秋になった。
たった1話で春から秋になるとは……。
歳を取ると季節が進むのが早く感じるってヤツだな、うむ。
この間にパネロとマリーカは誕生日を迎え、パネロが16歳に、マリーカが22歳になった。
レベルも俺が2つ上がってレベル23となり、仲間たちももちろんレベルが上がっている。
すっかりこのツギノ村に馴染んでしまった俺たちだが、あと4か月もすれば年季が明けるので、そろそろ次の拠点をどこにするかも考えておくべき時期となっている。
最初は田舎過ぎてどうなることかと思ったが、なんだかんだで住めば都。
今ではこの村を去るのが、ちょっと惜しいと感じていたりする今日この頃だ。
「あぁそうだ……おっさんさん、ちょいとお待ち」
ちょっとコーヒーでもと思って喫茶スペースへ行こうとしたら、何の用だかオタカ婆に呼ばれた。
オタカ婆もいつの間にか、俺のことを『おっさんさん』と呼ぶようになっている。
「ん? なにオタカ婆」
また何か村の人が食べたがっているから、何か狩ってこいとかいう話かな?
そういうことならパーティーリーダーのアルスくんに、直接言ってくれればいいのに。
……とか思っていたら、全然違う話だった。
「あんたが前に調べてくれって言ってたその……カタナだったかい?――それっぽい片刃の剣の情報があったんでね、教えとこうと思ってさ」
「まじ!? 刀があったの?」
ぶっちゃけすっかり忘れていた。
そういやオタカ婆に、ギルドの情報網を使って刀という武器が存在するかどうか調べてくれって頼んでいたんだっけ。
「この紙に詳細が書いてあるから、あとでじっり読んどきな――ほれ」
オタカ婆が1枚の紙を渡してきた。
「イヤ、助かるわー。これでやっと短刀が――」
「まぁ、当分は無理さね」
へ? なして?
渡された紙の内容を流し読みしながら、オタカ婆の話も聞く。
あー、そういうコトねー。
そりゃ確かに当分無理だわ。
俺が理解した、刀に関する情報はこんな内容だった。
・カタナという武器の存在はギルドにある資料では確認できなかった。
・人間の国はもちろん、ドワーフの国にもそのような武器は資料すら無し。
・唯一エルフの国に、異なる素材を組み合わせて作られる片刃の剣の情報があった。
・但しそれがカタナなる物かどうかは不明なので、自分で確認されたし。
だいたいこんな感じ。
つまりは、エルフの国に行かないと短刀は手に入らない、と。
つーか手に入らないどころか、存在するかどうかも確認することができない。
そんでもって、他国には『ランク:銅』にならないと移動できないので、『ランク:木』の俺たちでは行くことができない――とまぁ、今の俺たちにはどうしようも無いのが現状なのだ。
その情報にある武器を買って送ってもらうという手もあるにはあるのだが、エルフ製の武器は非常に高価だったりするので、刀でなく剣だった場合は意味無く大金をつぎ込むことになってしまうのだ。
エルフの国か。
いつかは行ってみたいよなー。
エルフは魔法とか弓などの飛び道具の扱いに長けた種族で、芸術などにも造詣が深い種族だ。
技術力も人間より高い。
ドワーフが金属加工に優れているのと同様、エルフは自然素材――特に魔物素材の加工に秀でている。
刀らしき武器の情報がドワーフではなくエルフの国にあったのは意外だったが、エルフは秘匿している技術が多いので、存在していてもおかしくは無い。
面白そうな物もたくさんありそうだし美人も多いらしいから、やっぱ1度は行ってみたいよなー。
何より異世界小説を書くに当たって、エルフの現物は是非とも見ておきたい。
できれば美人の女性のエルフが見たい。
別に下心がある訳では無いぞ。
男のエルフより美人の女性のエルフを小説に登場させたほうが、読者受けがいいじゃん。
俺は小説のために美人の女性のエルフさんを見たいのだ。
だから下心とかでは無い。
エルフのキャバクラとかあったら通いつめそうな気もするが、断じて下心では無いのだ!
――――
― 森の外れ ―
「エルフの国ですか」
「そうなんだよ、だから今は無理って話なのさ」
俺は依頼の道中がてら、オタカ婆に聞いた刀の情報の話をアルスくんたちに聞いてもらっていた。
「おらたち、まだトリアエズ王国から出られねーだからなー」
「『ランク:銅』なんて、まだ遠いですもんね」
「まだオレたち『ランク:木』だもんな」
「あら、アタシはそろそろ『ランク:皮』になれるわよ?」
刀の情報の話をしていたはずなのだが、いつの間にか話題は俺たちのランクの話になった。
ランクを上げるためにツギノ村の次はどこを拠点にしようかという話にもなったが、なかなか話はまとまらず、続きは後日にしようということで終わった。
……
「あ、あった」
「さすがタロウさんですね。やっぱり採取じゃ敵わないや」
採取しているのは『ゴーホの葉』
気持ちよくなる系の葉っぱで、強い依存性がある。
ゴーホの葉は薬師以外の人が持つのは違法で、所持しているだけで捕まるブツだ。
なので俺たち冒険者も、採取したその日のうちにギルドに納品するのが義務となっていてる。
まぁ、いわゆる『危ない葉っぱ』ってヤツだね。
ちなみに裏社会のほうに売ると、なかなかいい稼ぎになるとかならないとか……。
「ゴーホの葉は、もうこのくらいでいいみたいです」
アルスくんがゴーホの葉の重さを量りで計ると、だいたい予定の分量になっていたようだ。
「じゃああとはムカデだけだな!」
「うわー、わたしムカデ嫌だなぁ……」
「好き嫌い言ってると、いい冒険者になれねーだよ」
「洞窟って、どっちだっけ?」
とまぁ、こんな話になっている通り、今日の俺たちはもう1つ依頼を受けている。
それは『洞窟ムカデの狩猟』だ。
洞窟ムカデは毒を持っており、今回はその毒を手に入れるのをメインとする狩猟である。
つい先ほどまで採取していた『ゴーホの葉』と洞窟ムカデの『毒』、これらはどちらも村の薬師に発注された依頼だ。
この2つを調合すると『鎮痛剤』を作ることができるらしい。
回復魔法やポーションで怪我の類が治せるのだから、痛み止めなど需要はあまり無さそうだが、これが案外欲しがる人が多いのだそうだ。
頭痛・生理痛・神経痛など、怪我によらない痛みの時に『鎮痛剤』が活躍するらしい。
完成したら俺も買わせてもらおう。
雨の日の夜とか、神経痛が痛くて眠れない時がたまにあるんだよね……。
さて、洞窟ムカデだが――。
もちろんその名の通り洞窟のような場所に生息している、大きいサイズだと優に10mを超えるのも珍しくないほどのバカでかいムカデだ。
狭い洞窟を好むので、こちらが洞窟に入って狩るというのはなかなか難しいし危険である。
なので普通は餌となるものにロープをつけて洞窟の内部に放り込み、食いついたところを引きずり出すという方法で狩る――けっこう力技なのだ。
だが今回、俺たちは別な方法で狩るつもりだ。
使うのは【真・餌付け】のスキル。
だいたい予想はつくだろうが、俺が洞窟の中にムカデの餌になる肉塊を放り込み、肉を食べた洞窟ムカデが【真・餌付け】のスキルの効果で友好的になったところをおびき出して狩る、というやり方をするつもりである。
友好的になった相手をおびき出して狩るというのは、なにげに極悪非道な気もしないでも無いが、楽だし効率が良さそうなので試してみようと思う。
てな訳で――。
まずはその辺で適当に大ウサギを狩って、肉を取り分けよう。
この肉を洞窟ムカデの餌とするのだ。
肉を手に入れたところで、さらに森の奥へ。
ムカデの巣になっている洞窟に到着したので、さっき取り分けた大ウサギの肉を【投擲】のスキルを使って放り込む。
もちろん五十肩が危険なので、全力ではない。
「どんな感じですか?」
アルスくんが聞いてきたが――どんな感じと聞かれてもだな……。
「えーとね……奥からそれっぽい気配が餌に向かって動いてるんだけど――あ、餌に食いついたっぽい」
もぐもぐタイムが始まった。
「どんな感じですか?」
そう何度も同じこと聞かれても、大した進展は無いぞ。
「餌食ってる」
それ以上のことは起こってない。
おや? 食べ終わったかな?
さぁ、今度は洞窟の入り口に肉を置いてみようか。
「ほーら、こっちおいで~。ご飯だよ~、るーるるるるー」
「なんです? その『るるる』って」
「あー、なんつーか――」
ちょっとしたネタというかボケなんだが……ちと、説明し辛いな。
「俺の育ったところの――野生動物を呼び寄せるおまじないかな?」
「なんで疑問形なんです?」
「なんでだろうね?」
実は全く効果が無いからだとは、ボケた後では少々言いにくい。
「来た、下がって」
洞窟の奥から、ムカデが出てこようとしている。
友好度が上がっているのは俺だけなので、アルスくんには下がっていてもらおう。
洞窟ムカデが出てきた――うわー、やっぱキモいわー。
なんか俺のほうをじっと見てる気がするし。
「まぁまぁ、こっち見てないでその肉でも食べなよ。お前のためにわざわざ狩ってきたんだぞー」
俺の言葉なんて通じないだろうけど、とりあえず言ってみた。
あ、なんかまるで言ってることが通じたかのように、肉を食べ始めたし……。
うーむ、やっぱ気持ち悪いよなー。
あんましじっくりと見ていたいものでは無い。
世の中にはムカデをペットにする人もいるらしいが、俺には理解できん。
俺は洞窟ムカデから、ゆっくりと距離を取った。
洞窟から完全にムカデを引き離すためだ――あと気持ち悪いんで、つい……。
2つ目の肉を洞窟ムカデが食べ終わったところで、俺は3つ目の肉を地面に置く。
「ほ~ら、もう1つお肉があるよー。これも食べていいんだよー、こっちおいでー」
本当は近づいて欲しく無いんだけど、これも作戦なので我慢しよう。
洞窟ムカデがその大量にある脚をモゾモゾと動かしながら、置いた肉へ――俺の足元へと辿り着いた。
――だから洞窟ムカデよ、なんでお前は俺の顔を見つめる……。
「うん、ほら、遠慮はいらないから肉をお食べ。俺も食べたことあるけど美味しいよ――って、お前もさっきから食べてるか、あはははは……」
――どうして俺は洞窟ムカデに気を使っているのだろう?
洞窟ムカデが肉を食べ始めた。
だいたいの生き物が無防備になる時は、寝ている時か食べている時である。
なのでこのまま洞窟ムカデには、肉を食べ終わるまで油断していてもらおう。
……本当に夢中になって食ってるなー。
こうして俺が与えた餌を懸命に食ってるところを見ていると、だんだん可愛く見えて――は来ないな。
ムカデが食べているところを初めてじっくり見たけど、気持ち悪いを通り越して怖いし。
頃合いだと、隠れているアルスくんに合図を送る。
アルスくんが素早く洞窟ムカデに近づき、その頭の部分を見事に切り飛ばした。
頭の部分がスコーンと飛ぶ。
つーか、頭の無くなった胴体がまだうねうね動いてるし!
それを見たアルスくんが、胴体部分をポンポンと適当な長さに切っていく――見事に均等である。
変なとこで几帳面なんだよねー、アルスくんって。
ギギギ……
頭だけになり死にかけている洞窟ムカデが、俺のほうを『なぜ? どうして?』と言わんばかりに見つめている――ような気がするのは、間違いなく気のせいだろう。
気のせいだよね?
気のせいじゃ無かったら、罪悪感半端ないんだが……。
洞窟ムカデは少しすると動かなくなった。
なんか死んでくれてホッとしている自分が情けない。
《レベルアップしました》
おっ、レベルアップした。
とにかく【真・餌付け】によるおびき出し作戦は、大成功に終わった。
大成功に終わったのだが、もうこの作戦はなるべくやりたくない。
まだムカデだったからそうでも無いけど、これがモフモフな生き物とかだったら心理的ダメージがあまりにも辛すぎるし。
巨大熊猫の時もほぼ即死だったけど、けっこうキツかったんだよなー。
死ぬ間際のモフモフに『信じてたのに……』的な目で見つめられるとか――。
駄目だ。
やはり俺には耐えられん。
そんなことするくらいなら、そこいらの盗賊を殺したほうがマシだ。
……まぁその感覚もどうなんだろうって気もするんだけどさ。
ともかくこの『【真・餌付け】によるおびき出し作戦』は、みんなと相談して封印させてもらおう。
どうも友好度の高くなった相手を殺すというのは、俺には向かないような気がする。
――――
― ツギノ村・自宅 ―
依頼が順調に終わったので、さっさとギルドに洞窟ムカデを納品して自宅に戻った。
夜には『竜神の一撃』の女魔導士――ルルアースの誕生日なので、当然のごとく村では宴会の予定だ。
宴会が終わる頃には眠くなって面倒になる気がするので、やろうと思っていることは今のうちにやっておこうと思って、俺たちは家に帰っている。
つーか俺だけなんだけどね、やることがあるの……。
でもみんなここで、ズラッと並んで俺のほうを見てるんだよね。
酒とポップコーンを片手に……。
ここは映画館か!
「まだですかー?」
「早くだべー!」
ギャラリーがうるせーし。
ちょっと嫌がらせのために、時間をかけてやろうか……。
「ステータス」
わざとステータス画面の確認から入ってやろう。
※ ※ ※ ※ ※
名 前:タロウ・アリエナイ
レベル:23/100
生命力:1321/1321(2300)
魔 力:1472/1472(2300)
筋 力:121(239)
知 力:139(241)
丈夫さ:82(236)
素早さ:48(235)
器用さ:176(243)
運 :240
スキルポイント:4
熟練ポイント:140
スキル:【スキルスロット】【アイテムスロット】
【光球:極】【着火:極】【暗視:極】
【お宝感知:極】【隠密:極】【鍵開け:極】
【気配察知:極】【隠蔽:極】【罠解除:極】
【水鉄砲:極】【呪い:極】【メテオ:極】
【真・暗殺術:極】【水中戦闘術:極】【投擲術:極】
【短刀術:極】【毒使い:極】【防具破壊:極】
【筋力強化:極】【真・餌付け:極】
状態異常:老化
※ ※ ※ ※ ※
うむ、我ながらスキルがえらいことになってるな。
あと当然ながらステータスの各数値も上がっている。
【短刀術】が、短刀が手に入らないってだけで使えないのは痛いよなー。
あとはそこそこ役に立って――無いのもあるな。
そういや【呪い】も使ってないし、【筋力強化】もクールタイム中の筋肉痛が怖くて使ってない。
あとは――やっぱ【メテオ】だよなー。
必要な魔力が2000も必要だから、未だに使えねーし。
早くレベル29になんないかなー。
計算ではレベル29になれば、俺の魔力が2000を超えるはずで――。
あれ……?
計算が合わんぞ……?
えっと……あれ?
今計算したら魔力が2000を超えるのが、レベル32になってるんだけど?
おかしいな。
何度も計算して……その時はレベル29で魔力が2000超えるという結果だったはずなんだが……。
変だな?
何でこんな……?
あぁ、そうか。
そういうことか……。
別に計算違いでも、不思議なことが起きた訳でも無い。
当たり前のことが起きただけだ。
そう、なんのことは無い――。
俺の『老化』が進んだのだ。
当たり前のことのはずなのに、この事実は俺にとってけっこうズッシリと堪えた。
老化が進んでいる――それはすなわち命の残りが、それだけ短くなっているということだからだ。
理解はもちろんしていたし、当然覚悟もしていた。
それでも老化が進んでいるという現実をステータスという数値で突き付けられると、余命宣告をされているようでけっこうキツい。
俺たちのパーティーである『黄金の絆』だが――抜けるのは、少し急いだほうがいいかもしれない。
役に立たなくなる前に抜けないと、みんなの迷惑になりかねない。
「ねぇ、回さないの? スロット」
「どうしたんだよおっさん、ボーっとしちまってさ」
クェンリーとマリーカに言われて、死について考え込んでいた自分に気づき、我に返る。
「あぁ、すまんすまん。んじゃ始めるぞー【スキルスロット】」
考えるのは後にしよう、みんなにいらん心配を掛けてしまう。
歳食って死ぬなんて当たり前の話なのだから、みんなに心配を掛けてもらうようなことでは無いのだ。
さて、今回回すスキルは『魔法スキル』のスロットだ。
近接戦闘系の王道スキルは諦めたのかって?――うむ、その通りだ。
だってなかなか出ないし。
それに【短刀術】が手に入ったので、あとは短刀さえ手に入れれば近接戦闘で活躍できるようになる。
だからとりあえずは、近接戦闘系の王道スキルは諦めることにした。
魔法スキルが欲しい理由は単純だ。
クェンリーの魔法が範囲攻撃魔法ばかりなので、単体攻撃に有効な攻撃魔法が欲しいのだ。
衰えをステータスの数値として突き付けられたとはいえ、まだしばらくはみんなの役に立ちたい。
もうしばらく仲間と一緒に冒険者を続けたい。
だから単体攻撃用の魔法を手に入れたいのだ。
頭では早くパーティーを抜けるほうがいいというのは、理解しているんだけどねー。
俺がいることに慣れすぎると、魔物との戦い方とか修正するのに大変だからさ。
強い魔物と戦う頃になってから修正なんてことになると、みんなの命に関わるし……。
話が逸れたな。
とにかくそんな感じで『魔法スキル』のスロットを回すつもりなのだ。
なんか周りの空気が『いい加減に始めろ』っぽくなってきたので、さっさと回そう。
現在所持しているスキルポイントの全て――4ポイントを投入して、スロットを回す。
ほいじゃ行きまっせー!
「レバーオン!」
目押しのできないリール共よ! 我の為にせいぜい回るが良い!
……あと、できれば何か良さげな魔法くれ。
リールの回転がゆっくりとなっていき――。
いつものごとく左端のリールが、まず停まった。
<魔力譲渡> ―回転中― ―回転中―
違うんだなー。
欲しいのはこういうのじゃ無いんだなー。
もっとこう、活躍できる系の魔法くんないかなー。
俺はこういうのでなくて、主人公キャラが持ってそうな魔法が欲しいのですよ。
そんなこんなしているうちに、真ん中のリールが停まった。
<魔力譲渡> <解呪> ―回転中―
あー、これならまぁいいか。
これは俺が持っている【呪い】の魔法を解くことができるヤツだ。
【呪い】と【解呪】のマッチポンプで、『解呪士』ビジネスができるな……。
金に困ったら考えるとしよう。
で、最後に右のリールが停まった。
<魔力譲渡> <解呪> <回復魔法>
おう……【回復魔法】が来たか。
欲しかった魔法だけど、今は欲しく無かった……。
いつか『黄金の絆』から抜けた時には【回復魔法】が必要だとは考えていた。
だけどそれはいつかで、今じゃない。
【回復魔法】なんてものを得てしまったら、俺がパーティーを抜けることができない理由が1つ減ってしまうじゃないか……。
「えぇー! 回復魔法じゃないですか!――わたしの仕事が無くなっちゃう!」
スロットを見ていたパネロが騒ぎ始めた。
「イヤ、別にパネロの仕事を取ったりはしないから。俺のことは予備の治癒士ができたとでも思ってくれ」
俺のポジションは予備、それが1番いいのですよ。
「でもおっさんさん、どうせ【回復魔法】を『極』まで上げるし、そしたらわたしなんか必要無くなっちゃうじゃないですか!」
「それは無い」
「だって……」
そんなに不安に思うことなんて無いと思うんだけどなー。
「僕たちがパネロのことを必要としなくなるなんて、絶対にありませんよ」
「そうだべ、パネロは頼りになるべ」
「大丈夫だってば」
「んなわけねーじゃんか」
ほら、みんなパネロのことは必要だと思ってるんだってば。
「でも……」
まだ納得いかないみたいだな。
パネロが安心できるように、もうちょい説明しようか。
あとついでに、そのうち言わなきゃいけない話もしてしまおう――いい機会だ。
「ほら、俺は戦闘にもちょいちょいアシストで参加しなきゃならんし、回復もやるとなるとキツいんだよ」
「う~ん……」
「それに回復のタイミングとか俺は良く分からんから、上手くやれる自信ないしな――スキルってのは持ってるだけじゃ駄目なんだよ、使いこなせないと。その点パネロなら安心して頼れる」
「なるほど……」
「あと、俺はそのうち『黄金の絆』からいなくなる訳だし――」
「え?」「へ?」「ん?」「は?」「む?」
みんなが妙な声を出し、その場が一瞬で静まり返った。
う~む……さらっと言ってみたら話題的に軽くなるかなと思って言ってみたのだが、やっぱ無理があったか。
「「「「「ええー!!!」」」」」
急に言われてみんな驚いたらしい。
つーか、そんなに声揃えて叫ばんでも良かろうに……。
「何でですか!」
「おらたちが嫌いになっただか?」
「アタシたち何かやった?」
「オレのせいか?」
こらこら慌てるでない。
つーか、何で俺がみんなのことを嫌いになると思うのよ? あり得ないだろーが。
「んな訳無いだろーが――こんないい仲間、嫌いになる理由なんぞ1つも無いってば」
嘘とかお世辞は一切無いぞ、俺の本心だ。
「じゃあ、いなくなるってどういう――」
アルスくんが泣きそうな顔をして聞いてきた。
そんな泣くような理由では無いぞ、死ぬとかじゃ無いんだから――あ、まぁ、そのうち死ぬって話でもあるんだけどさ。
「老化が進んでるんだよ――さっき俺のステータスを見た時に気付いたんだ、『状態異常:老化』による数値の減少割合が大きくなってた」
「老化……ですか……」
それだけで頭のいいアルスくんには多少伝わったようだが、他の仲間たちはまだ困惑している。
だよなー、このくらいの年頃なら無理も無いか。
歳を取るということがどういうことなのかなんて、実際に歳を取らないとなかなか理解できんし。
老化が進んだと言われても、ピンと来ないのは仕方あるまい。
老化と病気は、なってみないとなかなか理解できないもんだからなー。
「俺はどんどん衰えているんだよ。成長するみんなについていけるのも、せいぜいあと2~3年だと思う」
「そんな……」
「おっさんさは、もうじき死ぬんだか?」
パネロが大きく目を見開き、ノミジが涙目になっている。
「イヤ、まだ死なんから! あと10年や20年は生きるつもりだから! そうじゃなくて、冒険者としてみんなのレベルについていけるのが、せいぜいあと2~3年だって話だから!」
「寂しいこと言うなよ、おっさん」
俺の肩をバシバシ叩きながら、マリーカが言った――やめれ、肩が痛てーから。
「そうよ。70歳で冒険者やってる人だっているんだから、おっさんだってもっとできるでしょ?」
確かにクェンリーの言う通り、ジジイになっても冒険者をやってる人はいるけどさ――。
「そりゃ楽な依頼なら爺さんになってもできるけどさ、老化が進んでからの高ランクの依頼とかはさすがに無理だよ。みんなの成長ペースとか考えたら、2~3年てのは妥当な計算だと思うよ」
…………
俺が『黄金の絆』をそのうち抜けるという話は、夜になり宴会が始まるころまで続いた。
みんな理解はしてくれたが、心の整理はまだつかないようだった。
具体的にいつまで『黄金の絆』に俺が籍を置くかという話もした。
俺の希望としてはなるべく多くの国や地域を巡る資格が欲しいので、冒険者ギルドと提携しているすべての国に自由に入れる立場となる『ランク:銅』になるまではみんなと一緒に冒険者を続けたいと伝え、それはみんなに了承された。
あまりにもしんみりした空気になってしまったので、『抜けてからもちょいちょい顔を見にくるよ』とか『みんなが勇者になってくれたら、それは俺にとって最高の自慢になる』とか言ってみたのだが、イマイチ空気は変わってくれなかった。
分かっておくれよ。
俺はおっさんなのだから、これはしゃーないことなのですよ。
ちょうどこれから宴会だし、気分転換だ。
誰の誕生日かは忘れたが、目出度い空気に触れれば気分も変わるだろう。
みんなで村の広場へと向かうと、もう村人たちは盛り上がっていた。
中心になっているのは『竜神の一撃』の女魔導士ルルアース。
そっか、ルルアースの誕生日だったか……思い出したよ。
暗い顔で祝うのもアレなんで、俺たちもみんなニコニコとおめでとうの輪に加わった。
うむ、誕生日とは目出度いものだ。
みんなに酒が行き渡ったころ、思わぬビッグイベントがあった。
『竜神の一撃』の殴り治癒士の男――ハッタが、ルルアースにプロポーズをしたのだ。
ルルアースは感激しながらそのプロポーズを受け、これでツギノ村の冒険者にとっては『ツギノ村の英雄』の2組の夫婦に続き、3組目の夫婦が誕生することが決まった。
みんなが祝福をする。
祝福をしているみんなも笑顔だ。
1人マリーカだけが若干引きつった笑顔に見えるのは、俺の気のせいだろう。
こらこら、目出度いんだから自然な笑顔で笑いなさいってば。
本日のメインディッシュが出てきた。
どうやら鍋のようだ。
大鍋から具材が飛び出ているが――。
うむ、なんか見覚えがあるぞ。
昼間に間近でじっくり観察しちゃったヤツに似ている……。
一応、鍋を作った村人に聞いてみた。
ふむふむ……。
あー、やっぱそうなんだー。
今夜のメインは洞窟ムカデの鍋だった。
うわー、食いたくねーし……。
昼間の餌付けの件もあるから、痺れ蜘蛛の時よりぶっちゃけ食いたくない。
だけどなー。
こんな目出度い席で食わないのも、なんか空気の読めないおっさんみたいに見られそうな気がするし……。
よし、思い切って食ってみよう。
おっさんは度胸だ!
幸い鍋の中の洞窟ムカデは切り分けられたので、グロい見た目では無くなった。
ふむ、これなら……。
まずは汁を味見して――って、甘いし……。
これも俺の苦手な甘味鍋だったか……。
つーかアレなのか? 虫系の魔物って甘味なのか?
微妙な気分で洞窟ムカデの肉にもチャレンジしてみた。
もぐもぐ――ふむ、甘い凍み豆腐ってとこか。
無理すれば『これはマシュマロ』と、脳を騙せる気がしないでも――。
うむ、無理だった。
甘いしグロいし。
やっぱ俺、虫系の鍋って苦手だわー。




