巨大熊猫の狩猟
― ツギノ村からさほど離れていない河川敷 ―
今日の依頼は終了して、現在『食品アイテム』のスロットを回し中――。
たった今、真ん中のリールが停まったところだ。
<チョコレート特用袋> <ニラ> ―回転中―
今のところ結果はこんな感じ。
チョコレートはこちらの世界ではかなり高価な贅沢品であり、ツギノ村では注文してから1か月待たないと届かないような代物なので、なにげに貴重品である。
最後のリールが停まった。
<チョコレート徳用袋> <ニラ> <カップ麺>
こ……これは……!
ついに……ついに……キタ――――\(・∀・)/――――!!!
異世界に来てから苦節1年、ようやくこの日がやってきた!
俺は……俺はようやく手に入れたのだ。
ずっと食いたかった懐かしの味――。
『カップ麺』を!!
残業の時に良く食ってたよなー。
ここ数年はカロリー摂取を控えるために、ノンフライのカップ麺ばっかし食ってたっけ……。
そもそもカロリー摂取を控えたかったのなら、カップ麺なんぞ食うなという話ではあるが。
あ、そんな感慨にふけっているうちに、みんなに麻袋を開けられてしまってるし。
「これ? 何だべ?」
「何か入ってるみたいですよ?」
「開けてみりゃ分かんだろ、さっさと開けてみようぜ」
女性陣がカップ麺を不思議そうに眺めている――つーか、開けるのは湯を沸かすまで待て。
あとクェンリー、無言でチョコレートの徳用袋を開けようとするんじゃない。
「待て待て待て――パネロ、その手に持ってる『カップ麺』は俺に寄越してくれないか。チョコはみんなで分けて食べていいから、それだけ俺にくれ」
「カップ麺って、これのことですか?」
「そう、それ」
カップ麺が食えるなら、チョコレートはとりあえずどうでもいい。
それにあのメーカーのチョコは、しょっちゅうスーパーでは安売りしていたがカカオの含有率が他のメーカーより低いのが気に入らず、俺は買うのを敬遠していた品だからそれほど欲しい物では無い。
パネロに手渡され、ようやく俺の手にカップ麺がやってきた。
うわ懐かしいなー、昔からある醤油味のカップ麺――若い頃はこればっか食ってたよなー。
蓋を開けて、お茶飲むために沸かしていたお湯を注ぐ。
お湯がその分減ったので、【水鉄砲】で増やしておこう――温くなっちゃったけど、このくらいならすぐにまた沸くから特に問題は無い。
あとは3分待つだけ――って、タイマーも時計も持ってねーし!
どうやって3分計ろう?
ええい! とりあえず3分だから、180まで数えれば3分くらいになるはず!
……114、115、116、あれ? 今俺115まで数えたっけ? ん?違ったっけ?
分かんなくなったから120から続けよう、120、121、122……。
178、179、180! 完成!
蓋を剥がしてまず香りを楽しむ。
これこれ、この湯気に乗って舞い上がってくるこの香りだ。
「ひょっとしてそれで食べられるだか?」
「そうだよ」
「お湯いれただけですよね?」
「うん」
「美味いのか?」
「美味いよ」
「もぐもぐ……」
「おいクェンリー、さっきから1人でチョコ食ってんじゃねーよ!」
俺のツッコミに、ようやくみんなもクェンリーが1人でチョコを食ってたことに気付いた。
「ちょっと! なんで1人で食べちゃってるんですか!」
「マリーカ! クェンリーからチョコの袋を取り上げるだべ!」
「任せろ!――うおおぉぉぉ! それを寄越せーー!!!」
うむ、食べ物の恨みは恐ろしいというからな――地獄絵図になりかかっているけど、放っておこう。
それよりカップ麺だ。
軽く麺を混ぜて、箸で少しだけ持ち上げフーフーして少し冷ます。
少しだけ冷めたところで、口に入れ一気にすする――く~、これだよこれ。
久しぶりに食ったけど、やっぱ美味いわ。
さっきから大人しくこっちを見ているアルスくんが視界に入ってしまった。
こちらをじっと見ている――なんか嫌な予感がするぞ。
「タロウさん、ひと口貰えませんか?」
やはりか……。
本当はあんましあげたくないんだけどなー。
でもアルスくんはチョコ争奪戦にも参加してないし、ひと口くらいならあげてもいいか。
「ひと口だけだかんね」
「ありがとうございます!」
アルスくんにカップ麺と箸を渡すと、嬉しそうにひと口――イヤ、そのひと口ってば多すぎじゃね?
ズルズルズル……ぷはぁ! と、アルスくんがひと口をすすり終わった。
「美味しいですね! これ!」
気に入ったか、だけどこれ以上はあげないよ。
だからそのカップ麺はもう俺に返して――。
「あー! それおらもひと口欲しいだ!」
「わたしもー」
「アタシにもひと口――」
「おめーはさっきからチョコ食ってたからいいだろ!――オレにもひと口!」
女性陣が騒ぎ始めた。
イヤ、お前らにはチョコがあるんだからもういいだろうよ。
「じゃあ、はい」
イヤイヤイヤ……『じゃあ、はい』じゃねーよ!
なんでそっち渡すのアルスくん! それ俺の! 俺のだから!
あぁ……俺のカップ麺が、俺のカップ麺がどんどん減っていく……。
俺のカップ麺なのに~……。
……やっと手元に戻ってきた。
なんかもうクズ麺とスープしか残ってねーし――あ、謎肉1個残ってた。
なんか悲しい……ぐすん。
仕方ないのでスープだけでも楽しもう。
飲むのも何か芸が無いので、村を出るときに買ってきた焼きおにぎりを投入。
カップ麺の汁飯にして食う――うむ、これはこれで……。
「あの……タロウさん、それもひと口」
「イヤ、これは駄目」
あのねアルスくん、俺はカップ麺の残り全部食われちゃったんだよ?
なのにこの上、カップ麺の汁飯まで俺から奪おうというのですか!
「ほんとにひと口だけでいいですから!」
「さすがに勘弁して!」
俺は【隠密】と【隠蔽】を発動して逃げた。
もう勘弁してよ。
せめてカップ麺の汁飯くらいは全部食わせてくれい!
――――
― 次の日・森の中 ―
「タロウさん、機嫌直して下さいよ」
「そんなに楽しみにしてただなんて、知らなかったんだべ」
「悪かったと思ってるからよ、昼飯作ってくれよー」
先ほどからみんなが俺の機嫌を取っていたりするのだが、俺としてはまだプンスカ真っ最中である。
食い物の恨みは恐ろしい上に、俺はけっこう根に持つタイプなのだ。
昼飯を作れだと? たまには自分で作れっつーの。
今の俺にとってはどうでもいい話だが、今日の依頼は『巨大熊猫の狩猟』だ。
巨大熊猫は、その名の通りでかいパンダである――サイズ的には4tトラックくらいだろうか。
知っている人も多いかと思うが、その愛らしい見た目の割にはパンダという生き物は強い。
力もかなり強く鋭く凶悪な爪を持ち、うっかり縄張りに入ってきた熊などは、力づくで叩き出されるほどである。
なので草食で普段は全く脅威では無い巨大熊猫ではあるが、今回のようにこちらから攻撃するとなると非常に危険な相手となる。
できれば下手な攻撃をして怒り状態にならないよう、一撃で仕留めたい相手だ。
狩猟の目的は巨大熊猫の毛皮で、どこやらの貴族が部屋の敷物として欲しがっているらしいので、毛皮には極力傷をつけないようにせねばならない。
なので一撃で仕留めるにしても、攻撃個所は限られるのだ。
俺はやる気無いけどねー。
見つけるとこまではやるけど、あとは知らん。
大人げないと言わば言え、今日だけは俺は拗ねてやるのだ!
……あ、もう巨大熊猫の気配を察知してしまったし。
あれ? でもこの気配は……。
「いたんですか? おっさんさん」
俺が立ち止まって、何やらいかにも感覚を研ぎ澄ませていますよ的な様子を見せたので、パネロが聞いてきた。
「うむ、いた――だけど2頭いる。大きさは同じくらいだから、番いかもしれない」
番い、つまり夫婦のことだ。
春だし獣のことではあるが、今の俺は虫の居所が悪いのでなんとなくムカつく。
巨大熊猫のくせにイチャつきやがって!
リア充パンダめ、死ね!――あ、これからマジで殺すんだったか……。
「番いですか……」
アルスくんが迷っている。
この2つの気配が番い――イヤ、それが親子であったとしても、どちらか一方を殺せばもう一方が黙ってはいまい。
1頭は奇襲により一撃で殺せるとしても、もう1頭はまともに相手をしなければならないことになる。
毛皮は1頭分あれば良いのでもう1頭はどういう殺し方をしても構わないのだが――さてどうするか……。
「他の巨大熊猫探そうか?」
そのほうが安全だし楽だろう。
「いえ、やりましょう!」
どうやらアルスくんは、2頭の巨大熊猫を相手にする気のようだ。
まぁいいか――殺すだけだったら、アルスくんならどうとでもなる相手だろうし。
俺は手を出すつもりは無いけどねー。
熊猫殺しの称号とか、俺はいらんし。
…………
巨大熊猫が視界に入った。
狩りの開始だ。
「あれですね――僕は左の巨大熊猫を狙います、皆さんは右の熊猫に気をつけておいて下さい。マリーカ、守りはお願いします」
「まかせとけ、みんなはオレの盾で守ってやる!」
もう50m先には巨大熊猫がいるのだが、こんな会話をけっこう大声でしているのにも関わらず、こっちに見向きもせずに呑気にのそのそ歩いている。
俺たちには関心が無いらしい。
アルスくんが左の巨大熊猫に向かって駆け出した。
そのまま巨大熊猫に反応もさせずに頭の下まで進み、一気に喉笛に剣を叩き込む。
ギュオゥ……と鳴き声を上げて、喉笛を切られた巨大熊猫はドゥっと倒れた。
《レベルアップしました》
おっ、レベルが上がったな――先月にも1つレベルを上げているので、これでレベル20になったはずだ。
《レベル20に達しましたので次回の【スキルスロット】では【ボーナス】又は【コンボ】が発生します》
引き続いて頭の中にアナウンスが響いた。
あー、そういやそんな設定あったな。
【ボーナス】とか揃ってもなー、微妙なんだよなー。
どっちかっつーと俺はスキルが3つ揃って格上げされるよりも、別々な3つのスキルが欲しい。
スキルの数はけっこう増えたけど、ちゃんとした戦闘用のスキルとかがイマイチなので、揃うよりも3つバラでスキルを獲得したほうが欲しいスキルを手に入れる確率が上がるのだ。
それに熟練ポイントも余っているので、そんなに欲しくも無いし。
キュオォォ!
もう1頭の巨大熊猫が伴侶を殺され、逆上し暴れ始めた。
アルスくんを狙って、豪快にその鋭い爪を振るう――もの凄く速い!
この速さはさすがにアルスくんも想定外だったのか、避け切れずにガギンと剣で爪を逸らした。
だがそこはさすがのアルスくんで、何度か剣で逸らしているうちに完全に見切れるようになったらしく、さほど時間も掛からずにスイスイと爪をかわし始める。
急に巨大熊猫が向きを変え、こちらに向かって襲い掛かってきた。
「そっちへ行きました!」
アルスくんが叫ぶが、そんなことはこっちだって見れば分かる。
「オレの後ろに隠れろ!」
マリーカの指示に従って、みんなは素直に後ろに隠れた。
それでも迎撃すべく、ノミジが盾の後ろから素早く半身を乗り出して三矢を放つ。
……全部爪で叩き落された!
「矢は駄目だべ! クェンリー、魔法を叩き込むだ!」
「任せなさい! 巨大なる炎よ、わが敵を巻き込む渦となり――」
クェンリーが詠唱を始めた。
「詠唱とかいらねーから、早く魔法打てよ!」
そう叫ぶマリーカにみるみる巨大熊猫が迫り、その暴力的な爪を振るった。
ゴワン! と鈍い金属音が響き、マリーカの盾がぐにゃりと歪む――あの分厚い鉄板がひん曲がるのかよ!
つーか、もう一撃くる! ヤバいぞ!
「――全てを燃やし尽くせ!【炎の渦】!」
クェンリーの詠唱がようやく終わった。
巨大白黒熊を中心に、炎が渦を巻く。
イヤ、マリーカも巻き込まれるぞ、おい!
「【魔法障壁】!」
パネロがマリーカを守るべく、【魔法障壁】の魔法を使った。
またいつの間にか、そんな魔法覚えてるし……。
マリーカが半透明の白い障壁に覆われ、渦を巻いた炎を弾く。
凄いな、あれだけの魔法の炎を完璧に防いでるぞ。
炎に巻かれて死ぬかと思われた巨大白黒熊だが、すぐに炎の中から飛び出してきた。
再び戦闘になると判断し、アルスくんが攻撃しようとこちらへ駆け寄ってきた。
しかしここで、巨大白黒熊は逃げた。
人のいない方向へ、森の木々をなぎ倒しながら恐ろしいほどの速度で逃げた。
その巨体を焦がしていた炎は、逃走時の風圧で掻き消えた。
反撃と防御のために身構えていた俺たちは追撃をし損ない、巨大白黒熊を取り逃がした。
これはマズいのでは無いだろうか?
これであいつは人間を敵と認識し、しかも手負いとなった。
もしかしたら人間を襲うかもしれない。
俺たちは逃げた巨大白黒熊の痕跡を追った。
しかしながら発見までには至らず、完全に見失った。
俺の【気配察知】にも巨大白黒熊が引っかかることは無く、俺たちはやらかしたと反省しながら、一旦ツギノ村へと帰還することとなったのである。
――――
― 夜・自宅 ―
みんなが落ち込んでいる。
ギルドに報告したが、特に怒られてはいない。
怒られてはいないのだが、オタカ婆に『責任もってあんたたちが何とかしておくれよ』というお言葉は頂戴してしまった。
怒られるよりも『責任』という言葉のほうが、みんなにはずっしりと響いてしまったのである。
なまじ今までの冒険者生活が順風満帆だっただけに、みんなは失敗するということに慣れていない。
この中で明確な失敗をした経験があるのはクェンリーくらいのものだが、今回のはまた違う要素の失敗なのでやはり落ち込んでいる。
だから全員が今回やらかしたことで頭の中がいっぱいになり、なかなか切り替えるのが難しくなっていたりするのだ。
みんな依頼に関しては真面目な連中だけに、長引きそうで心配である。
なのでまず気分転換をさせようと、俺は思っている。
俺が考えた気分転換の方法、それは――。
スロットを回すことである。
みんなスロットには興味はあるはずなので、回せばついつい注目してしまうだろう。
【スキルスロット】なら今回は【ボーナス】か【コンボ】になるはずなので、少しはテンションが上がってくれるかもしれない。
なので早速始めてみよう。
「【スキルスロット】」
俺の目の前に半透明の筐体が浮かび上がる。
ほら、みんなこっち見たし。
「スロット回すんだか?」
最初に食いついたのはノミジだった――素直な娘は、反応が良くて助かる。
「そうだよ、レベルが上がったからね」
我ながら適当なことを言っている気がするが、事実でもあるので説得力は少しくらいはあるだろう。
「何のスキルを取るんですか?」
やはりスロットが大好きなアルスくんも食いついてきた。
いい流れだ。
「今回は『便利スキル』のスロットを回すつもりだよ」
「便利って、どんなスキルのことなの?」
おっ、クェンリーも食いついてきたか――よしよし。
「『便利スキル』ってのはね――」
俺は説明を始めた。
『便利スキル』はそのまんま、日常で使うのに便利なスキルに分類されるものだ。
具体例を挙げると【穴掘り】とか【殺虫剤】とか【料理】とか、【DIY】や【折り紙】なんてスキルがラインナップとして揃っているスキルである。
消費スキルポイントは『1』だけ。
気分転換のためなのだから、これでいいだろう。
それに日常で使いそうなスキルばかりだから、死にスキルの可能性も低く、悪くは無いはずである。
「ふ~ん」
食いつきはイマイチだったかな?
それでも興味を持ってくれたなら、それでいいさ。
パネロもマリーカもこっちに寄ってきたし、そろそろスロットを回してしまおうか。
スキルポイントを『1』だけ投入し――「レバーオン!」
さぁ、目押しができないリールよ! 何か盛り上がるスキルを寄越すがいい!
グルグルと回るリールの勢いが、ゆっくりとなっていき――。
左のリールが停まった。
<餌付け> ―回転中― ―回転中―
餌付け? というとあの餌付けか?
そして真ん中のリールが停まる。
<餌付け> <餌付け> ―回転中―
うむ、やはりそう来たか。
《リーチ》
頭の中にリーチのアナウンスが流れた。
3つのリールから、真っ赤な炎が噴き出す――激アツだ!
やっぱ揃っちゃうんだよね、これって。
次は【ボーナス】か【コンボ】になるって、告知があったもんね。
最後のリールの炎が、虹色になって燃え上がった。
うむ、これは確定演出だね。
前回と同じ演出だもの。
しかし事前に揃うと知ってると、やっぱしイマイチ盛り上がらんよなー。
最後のリールが停まった。
<餌付け> <餌付け> <餌付け>
はい、揃いました。
『おぉ~』的な歓声がみんなから上がる。
やっぱ【ボーナス】が揃うと盛り上がるよねー。
頭の中にアナウンスが流れた。
《【ボーナス】が揃いました。ボーナスが揃ったことによって、スキル【餌付け】が【真・餌付け】へとランクアップし、更に熟練ポイントが100加算されます》
なんということでしょう!
【餌付け】のスキルが【真・餌付け】へとランクアップし、しかも熟練ポイントが100も――って、知ってたし。
駄目だ――みんなはなんか楽し気な目つきに代わっているので本来の目的は成功しているが、俺の気持ちが全く盛り上がらん。
つーか【真・餌付け】って、どんなスキルよ?
イヤ、餌付けしやすくなりそうなスキルってのは分かるんだけどね。
ステータスを開いて、スキル一覧から【真・餌付け】をタップして確認。
ついでに熟練ポイントが余ってるから、これも『極』まで上げてしまおう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【真・餌付け:極】
生き物に食料を与えると、必ず自分に対する友好度を上げられる。
適用範囲:人類以外の生物全て。
――――――――――――――――――――――――――――――――
へぇー……生き物なら、なんでも餌付けできるのか……。
はっ! もしかしてこのスキルを使えば、魔物を餌付けして『魔物使役士』になれるのではなかろうか?
魔物を配下にして戦わせる『魔物使役士』――これはこれでやってみたい!
ドラゴンの背に乗って空を飛ぶとかもできるかも!
「おっさんさん! 子狼にご飯あげましょう!」
【真・餌付け】の説明画面をのぞき込んでいたパネロが、何か言い出した。
これはアレか? 子狼を餌付けして、ペットにしたいとかってことでいいのかな?
「何言ってんだよ、餌をやるならやっぱ小虎だろ!」
今度はマリーカだ。
ほう、マリーカは小虎をペットにしたいのか。
「えー、子狼のほうが可愛いじゃないですか!」
「そんなことないだろ、小虎のほうが可愛いじゃん!」
確かにどっちも可愛いよなー。
そうか、モフモフを使役するのもいいな――モフモフは正義だし。
「子狼のほうがいいじゃないですか! 言うこと聞くし!」
「小虎の自由気ままな感じがいいんじゃねぇか!」
いつの間にか、どっちがいいかという言い合いになってるな。
なんか犬派と猫派の主張みたいだ。
不毛な……。
どっちもモフモフで可愛いのに。
ここは俺が2人に冷静さを取り戻させてやろう。
俺は子狼と小虎のどっちが可愛くてペットにふさわしいか論争に決着をつけてやるべく、核心をついたことを2人に言ってやる。
「言っとくけど子狼や小虎を餌付けしても懐く相手は俺だけで、お前らは懐かれないぞ」
しばしの沈黙が訪れた。
論争は終わったようだ――終わったようではあるが、何やらパネロとマリーカに睨まれている気がする。
「ずるいですよ! おっさんさん!」
「自分だけ懐かれるなんて汚ねーぞ、おっさん!」
「イヤ、だってしゃーないじゃん! そういうスキルなんだし!」
やいやいと理不尽に2人から責められている俺に、アルスくんから救いの手が差し伸べられた。
「そういえばマリーカの盾、あれ修理はできそうなんですか?」
巨大熊猫との戦闘で大きくひん曲がったマリーカの盾だが、元はただの分厚い鉄板なので、ここツギノ村の生活用品しか扱っていない鍛冶屋でもなんとかなるかとマリーカが持ち込んでみていたのだ。
「それがやっぱ駄目だってさ――オレの盾はただの鉄板みたいなものだけど、厚みがありすぎてここの鍛冶屋じゃ扱いきれないって」
「そうなんですか、困りましたね」
アルスくんが腕組みをして考え込む。
「モールの街まで行けば、直せる鍛冶屋がいるんじゃない?」
クェンリーの言うのが無難だろう。
修理するにしても新しい盾を購入するにしても、まずはモールの街に行ってみるべきか?
今回の巨大熊猫との戦闘のようなことがあれば、やはりマリーカの盾は必要だしな。
「それなら、おっさんのスロットを使えばいいべ。もっといい盾が手に入るかもしんねーど」
ノミジがぶっこんできた。
確かにいい盾が手に入る可能性も無いことは無いが、爆死の可能性もあるんだぞ?
「そうか! その手があったよな! なぁおっさん、いいだろ? オレまだ王様にもらった褒美、800万以上残ってんだ! 回させてくれよ!」
マリーカ本人までその気になってしまった。
ふむ、どうするか……。
「分かった、回していいよ。だけど1回だけね――スロットを何回も回すのは危険だから」
マリーカが頷いてくれた。
1回スロットを回すだけなら、爆死しても諦めきれるだろう。
「だったら僕も1回だけ回します! 僕は王様からの褒美にはまだ手をつけてませんからね、仲間の装備のためなら100万円くらい喜んで使いますよ!」
嘘つけアルスくん――仲間のためとは建前で、君ホントはスロットを回したいだけだよね。
いかんな、この流れだと全員がスロットを回すとか言いかねん。
ここは流れを切って、2人で打ち切りにしてしまおう。
「じゃあマリーカとアルスくんで『防具スロット』を1回ずつ回すってことでいいね」
「わかった」
「それでいいです」
そうと決まれば『防具スロット』を回させよう。
今出ているスキル用の筐体は消して――「【アイテムスロット】」と、今度は半透明の青い筐体を呼び出す。
「はい、じゃあマリーカから」
「おう……」
「まずここに金貨10枚入れて」
「こ、こうか?」
「で、10枚全部入れたら、こっちのレバーを引くんだ――俺のやってたの見てたろ?」
「これだな、いくぞー! レバーオン!」
あ、レバーオンは叫ばなくていいって説明すんの忘れてた。
目押しのできない3つのリールが回り始めた。
あとは待つだけである。
緊張した空気の中、徐々に回転がゆっくりとなり――。
左のリールが停まった。
<鍋の蓋> ―回転中― ―回転中―
イヤ鍋の蓋とか、どこのRPGの初期装備だよ。
真ん中のリールが停った。
<鍋の蓋> <旅人の服> ―回転中―
だからどこのRPGの初期装備だと……。
レベル1の勇者じゃないんだからさ。
最後のリールが停まった。
<鍋の蓋> <旅人の服> <有識者の衣>
おっ、『有識者の衣』ってのが出たな。
出たけども……有識者ってどうなんだろう?
確認してみようか。
――――――――――――――――――――――――――
鍋の蓋:防御力3
盾の代わりになる。
木の棒くらいなら防げるかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――
旅人の服:防御力2
旅をするのに良さそうな、やや厚手の服。
多少の風や日差しくらいなら防ぐことができる。
――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――
有識者の衣:防御力21 / 知力+10
知力が+10される衣。
優秀そうな見た目の割に性能は低い。
――――――――――――――――――――――――――
なるほど。
『鍋の蓋』や『旅人の服』は当然として、『有識者の衣』もイマイチな装備だったな。
『有識者』じゃなくて『賢者』だったら良かったのに。
だいたい『有識者』って優秀なイメージとか無いもんなー。
「えーと……これって確か、爆死って言うんでしたっけ?」
そうですアルスくん、これが爆死というものです。
「これじゃ、売っても全然元も取れないじゃんか……」
マリーカが、がっくりと肩を落とす。
まぁ、スロットってこういうものだし――肩をポンポンして、慰めてあげるね。
「まだですよマリーカ、まだ僕の100万円が残ってます!」
爆死を恐れぬ男――アルスくんの心は、まだ折れてはいなかった! 諦めてはいなかった!
……戦闘とかでならカッコいいんだが、スロットだとものすごくカッコ悪いぞー。
「やっぱやるんだ」
「やりますよ! 仲間の装備のためです!」
アルスくんの意志は固そうだ。
人間とは、もっともらしい理由をこじつけて欲望を正当化する生き物だというのが、良く分かる例だね。
まぁいいか、お金はあるんだし100万円くらい――。
なんか俺の金銭感覚もおかしくなってる気がするな……。
「んじゃ、どうぞ」
俺はアルスくんにスロットを回すことを促す。
「いえ、ここはタロウさんが回してください」
そう言って、アルスくんが俺に100万円――金貨10枚を渡してきた。
「へ? アルスくんのお金で、俺が回すの?」
「はい、タロウさんが回した方が良い物が出る気がするので」
イヤイヤ、それ責任を俺に押し付けるつもりじゃないだろーな?
でも待てよ?
スキルはともかくアイテムに関しては、確かにアルスくんより俺の方が良いアイテムを出してる気がする。
昨日だって俺はカップ麺出したし――アルスくんが回すと野菜系がやたら多いんだよねー。
「分かった。やってみるけど、良い物が出なくても俺のせいだとか言わないでね」
「もちろん言いませんよ」
言ったね、あとで嘘だとか無しだからね。
「じゃあ回すよー」
金貨10枚――100万円を投入して――。
「レバーオン!」
目押しのできないリールよ! なんか使えそうな盾をくれ!
勢いよく3つのリールが回り始めた。
そして回転がゆっくりとなり――。
左のリールが停まった。
<防寒手袋> ―回転中― ―回転中―
誰だおい、俺が回せば良い物が出るとか言ったヤツは……。
これじゃマリーカが回した時と変わんねーぞ。
テンションが下がるよなー。
うむ、次だ次。
真ん中のリールが停まった。
<防寒手袋> <ポリカーボネートの盾> ―回転中―
おぉ! 盾が!――って、コレジャナイ。
『ポリカーボネートの盾』って、機動隊とかが持ってる透明のヤツじゃねーか!
軽くてそこそこ防御力はあると思うけど、魔物と戦うのにはどうだろうか?
首を傾げているうちに、最後のリールが――。
赤く光ったし!
そして赤く光ったまま、リールが停まった。
<防寒手袋> <ポリカーボネートの盾> <吸撃の大盾>
よっしゃ盾キタ――(・∀・)――!!
――って、ずいぶん都合よく盾が来たな。
しかも2つも。
やっぱ俺の引きって強いのかね?
【アイテムのスロット】運がいいとか?
そう言えば、俺のステータスの『運』の値がかなり高くなってるのに運が良くなっている気がしないのは、これってまさか【アイテムスロット】にしか適用されない数値だからではなかろうか?
検証したいな……。
ギャンブルでもやってみれば分かるかな?
「やりましたねタロウさん! 盾が出ましたよ! やっぱりタロウさんに回してもらって良かった!」
アルスくんが結果を見て興奮している。
ひょっとして、自分で回さなくてもいい結果が見られればそれで満足なのかな?
だったら依存症にはならなそうだから、もう少しスロットを回させてあげてもいいだろうか?
「なぁ、どんな盾なんだ? いい盾なのか?」
やはり自分が使う物なので、マリーカが前のめりになって盾の性能を聞いてきた。
「ちょっと待って、今確認するから」
俺は停まったリールを3つ全てタップする。
――――――――――――――――――――――――――
防寒手袋:防御力2
厳寒の地でも指先すら冷えない手袋。
モコモコしている割には指先を起用に動かせる。
――――――――――――――――――――――――――
あ、これ意外といい品だな。
寒冷地に行くなら役に立ちそうだし、売ってもそこそこ良い値で売れそうだ。
――――――――――――――――――――――――――
ポリカーボネートの盾:防御力220
樹脂等を何層かに張り合わせてある透明な大盾。
防御力はそれなりに高いが耐久力は低く、金属等の盾より壊れやすい。
また、壊れると修理ができない。
――――――――――――――――――――――――――
あまり性能は高くは無いようだが、透明な盾というのはこの世界では珍しいのでは無いだろうか?
ちょっと珍しいくらいなら売ってもいいが、ものすごく希少な品だと売ると騒ぎになるかもしれない。
これの扱いは、みんなの話を聞いてから決めよう。
で、本命だ。
――――――――――――――――――――――――――
吸撃の大盾:防御力382
受けた攻撃の3%を使用者の生命力に変換し、回復する大盾
表面には弾力があり衝撃を吸収するので、打撃に対する防御力は特に高い。
――――――――――――――――――――――――――
ほう……。
盾としてはこちらのほうが圧倒的に性能がいいな。
今まで使っていた鉄板の盾とは数値の比較はできないが、けっこういい盾っぽいのでマリーカにはこちらを使ってもらうのがいいだろう。
「これか! 今までの盾に比べたら、ずいぶん軽いな!」
いつの間にか『吸撃の大楯』を袋から取り出していたマリーカが、左手に大楯を持ってブンブン振り回している――危ないから、室内で大楯を振り回すのは止めなさいってば。
「あー! 透明な盾だ!」
「鉄ダンゴ虫の抜け殻かしら?」
「でもそんなに硬くないべ」
これが取り出された『ポリカーボネートの盾』を見た、みんなの反応だ。
みんなの反応を見るに、透明な盾というのはそこまで珍しい物では無さそうだ。
なら売ってもいいかな?
分配の話し合いの結果、当然だが『吸撃の大楯』はマリーカがメインの盾として使うことになった。
『ポリカーボネートの盾』もマリーカが予備の盾として、『有識者の衣』はクェンリーが、『防寒手袋』はノミジが持つこととなった。
『鍋の蓋』と『旅人の服』は、欲しければご自由にという結論となった。
たぶん誰も要らないで終わる気がする。
気分転換として【アイテムスロット】を回そう作戦は成功した。
みんないつも通りの表情となり、失敗の呪縛から解き放たれたようだ。
これで今日取り逃がした巨大熊猫の捜索も、落ち着いてこなせるだろう。
取り返せる失敗で良かった。
こういう失敗は、人を成長させる。
俺だって反省して成長した。
いくら気に入らないことがあったとしても、依頼の時はしっかり全力で取り組むべきなのだ。
プンスカしていた自分を戒めねばいけない。
それが、カップ麺をみんなに食われたのが原因だとしてもだ!
思い出したら、またカップ麺を食いたくなっちゃったなー。
次に食えるのはいつの日か……。
もっとステータスの『運』の数値が高くなったら、出てきてくれるだろうか?
次は大盛りのカップ麺が出てきて欲しいなー。




