大蜜蜂の巣の採取
― ツギノ村・冒険者ギルド ―
ツギノ村よ! わたしは帰ってきたーー!!
なんだかんだで3か月ぶりのツギノ村、予定外のイベントと寄り道で村に戻るまでがずいぶんと長くなってしまった。
「ただいまー、とりあえず座りてー」
「僕たちがいない間、何か変わったこととかありますか?」
「お酒仕入れてきましたよ」
「おみやげ買ってきたべ」
「アタシ先に帰ってちょっと寝るわ」
「なぁなあ、オレの新しい装備セクシーだと思わないか?」
村に戻っての開口一番のセリフが見事にバラバラなのは、俺たち『黄金の絆』の自由な気風の現れだろう。
俺たちはだいたい、依頼の時以外はけっこう別行動なことが多い。
長旅で疲れていたけども家には戻らず、ギルドの喫茶スペースで道中のあれやこれやの話を、俺はギルドの人たちだけでなく集まったツギノ村の人たちに話していく――ちょっとだけ話を盛って。
話の中で村の人たちが一番盛り上がったのは、やはりフィーニア姫を助ける場面だ。
中でもやはりアルスくんが八面六臂の大活躍をする場面では、村の人たちが立ち上がって拍手をするくらいの大盛り上がりであった。
村の人たちは大喜びであったが、仲間にはこの盛り上がりは不評だった。
ノミジが買ってきたお土産のことは後回しとなり、パネロが仕入れてきた酒のことも後回しとなった。
マリーカのビキニアーマーの件に関しては、村の人たちに『都会には不思議な鎧が売ってるんだねー』と言われただけで終わってしまった。
それぞれがお土産の話・お酒の話・新しい鎧の話で村人に盛り上がって欲しかったのに、それが俺の話でかっ攫われた形になってしまったので、パネロもノミジもマリーカも不満たらたらである。
この後、俺が3人に冷たくされたのは言うまでも無い。
だが俺だって、こんなに盛り上がるとは思っていなかったのだ。
わざとでは無いのだから、そこは許して欲しい。
それにしても、村の人たちが俺の下手な話でここまで盛り上がるとは……。
みんな娯楽に飢えているんだなー。
はっ! この世界で小説を書けば、俺の下手くそな文章でもウケるのではなかろうか!
あとで今回のフィーニア姫を助けた話を、物語にして書いてみよう。
これで俺も、異世界で小説家デビューだ!
――――
― 次の日・ツギノ村からけっこう離れた森の中 ―
時はもう夕刻。
今日は長旅の疲れを取るために休みにしたので仲間はおらず、俺は1人で森の中にいる。
周囲には人の気配は無い。
実は昼過ぎにはもう森の中にはいたのだが、寝不足だったのでいつの間にかうとうと眠ってしまっていたらしい。
安全な森ではあるのだが、これはさすがに油断し過ぎたかもしれない。
寝不足だったのにはもちろん理由がある。
昨日の夜は、徹夜でフィーニア姫を助けた時のことを物語として書いてみていたのだ。
徹夜で書き上げて、朝っぱらから村の人に見せて回ったのだが、反応はイマイチぱっとしなかった。
おかしいな……昨日同じ話をギルドで話した時は、あれだけ盛り上がったのに……。
文章にすると面白く無かったということなんだろうな、たぶん。
どうやら俺には話術という天然スキルはあったようだが、執筆のようなスキルは無かったらしい。
どうせ俺は5段階で1の文章評価ですよーだ。
……やっぱ欲しいよなー『執筆』のスキル。
【スキルスロット】を回したら手に入るだろーか?
試しに次は『職業スキル』のスロットを回してみようかなー。
……またスキルの取得方針がブレている気がする。
それはさておき――。
俺は何で今日1人で森にいるのか。
それは【アイテムスロット】のうちの『武器アイテム』のスロットを回すためである。
愛用の短剣もそろそろ刃こぼれとかが酷くなっているので、いいかげん新しい武器が欲しいのだ。
そもそも盗賊が使っていた中古品だしね。
で、なんで仲間には内緒で回すのかというと、『武器アイテム』の中には正直仲間であっても見られるのはマズそうな物があるためだ。
自動小銃やロケットランチャーのような現代兵器はもちろん、光線銃やビーム剣などの未来兵器、果ては単騎で軍と渡り合えるほどの能力を持つ戦闘用パワードスーツなんてものまで出てくる可能性があるのである。
……まぁ、全部自分で設定したんだけどさ。
イヤ、ほら、ファンタジー世界で現代兵器無双とか、よくあるお約束のパターンじゃん。
ちょっと自分の小説でもやってみたかったんだよ……。
あぁ、ちなみに核爆弾とか大陸間弾道ミサイルなんかは『ヤバいアイテム』のスロットに分類されているので『武器アイテム』では出てこない。
『武器アイテム』とはあくまで、身に着けられる範囲までの武器に限られているという設定なのだ。
みんなに見られたら、スロットで出てきた武器の説明をせずに済ませるのは難しいだろう。
強力な武器なら、冒険者としては使わない手は無い。
危険な生き物がたくさんいるのだから、武器は強力なほうがいいに決まってるのだ。
だがこのファンタジー世界で現代兵器や未来兵器を使うと、なんか面倒くさい何かに巻き込まれそうな気がする。
となると仲間にも見せないほうが無難だろう。
そんな訳で俺は『武器アイテム』のスロットを、ここで1人で回そうとしているのだ。
一応みんなにヤバい物を見られないようにする対策として『武器アイテム』のスロットは、『周りに俺以外の人がいては回せない』という嘘設定を仲間には伝えてある。
そのうち嘘がバレて面倒なことになる気もしないでは無いが、その時はその時で頑張って誤魔化そう。
今回のスロットで狙うは『短刀』、今使っているような短剣では無く『短刀』だ。
スロットで短刀が手に入れば、俺の【短刀術】が死にスキルではなくなるのである。
褒美という臨時収入で1000万円も手に入ったのだから、1回くらい300万円ぶっこんで『武器アイテム』のスロットを回しても構わないだろう。
1回だけなら爆死しても生活に影響は無いはず!――依存症の人の言い訳みたいだけど、大丈夫!
と、言う訳で――。
前置きはこれでおしまい。
いいかげんスロットを回さないと、日が暮れてしまう。
「【アイテムスロット】」
俺がそう声に出すと、青い半透明の筐体が浮かび上がった。
金貨30枚――300万円を投入して『武器アイテム』のスロットを回す。
30枚も投入するのは、ちと面倒くさいな。
……29、30っと……で、レバーオン!
毎度おなじみ目押しのできない3つのリールが回転し始める。
やがて少しずつ回転がゆっくりとなっていき――。
ついに左端のリールが停まった。
<石斧> ―回転中― ―回転中―
えー……。
石斧とか現代兵器どころか石器時代の武器じゃん……。
やべー、これはまさか爆死コースじゃなかろうな。
300万もぶっこんだというのに。
次は、真ん中のリールが――虹色に光った!
しかもリールから1対の天使の羽みたいのが生えたし!
これはキタか!
そして真ん中のリールが、きらびやかな演出とともに停まった。
<石斧> <真神弓エルヒョルン> ―回転中―
キタ――(・∀・)――けど、弓かー!
でもなんか凄そうな感じのネーミングの弓だ。
虹武器だから強力だろうし、ノミジにでも買い取ってもらおうかなー。
でもあいつ村への土産物でずいぶん金使ってたからな……。
あんまし大金はもらえないよなー。
そして最後のリール右側だ――おっ、なんか銀色に光ったし!
そして光ったまま、最後のリールが停まった。
<石斧> <真神弓エルンヒョルン> <悪魔の短剣>
惜しい!……なんで短剣……。
ここは短刀が欲しかったというのに……。
まぁいいか。
今までも短剣を使ってきたのだし、短剣でも他の武器よりかは俺は上手く扱えるはずだ。
銀色に光ったところを見ると良い物のはずだし、これは当たりと考えるべきだろう。
そろそろ暗くなってきた。
【暗視】のスキルがあるから不自由はしないが、あんまり遅くならないようにしよう。
性能チェックと使い勝手の検証が残っているので、ここは手早くやってしまおうか。
まずは性能チェック。
これは止まったリールをタップするだけ。
片っ端から、ポンポンポン……と。
――――――――――――――――――――――――――――――
石斧:攻撃力22
木の棒に黒曜石を蔦で括り付けた、原始的な石斧。
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
真神弓エルンヒョルン:攻撃力----
※タロウ・アリエナイ専用装備・譲渡不可※
神々の間でも伝説となっているほどの弓。
古の神々の戦いで使われたとされ、星々を砕くほどの威力と伝わっている。
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――
悪魔の短剣:攻撃力666
握り・鍔・刀身の全てが漆黒の短剣。
悪魔を封じ込めてその攻撃力と耐久性を高めてある。
人間を殺すとその魂を喰らい、その分攻撃力が成長する。
――――――――――――――――――――――――――
『石斧』は……こんなもんどうしろと?
誰も欲しがらないだろうから、売ることもできないんじゃなかろうか?
『ご自由にお使いください』と張り紙でもして、ギルドにでも置いておくか。
判断に困るのがこの『真神弓エルンヒョルン』だ。
攻撃力表示が『----』とか訳わからんし、神々の間で伝説とかどんなんだよ……。
つーか専用装備だとノミジに渡せないじゃん。
パーティーの戦力底上げになると思ったんだけどなー。
待てよ……俺専用装備なんだから、俺が使うってのもアリかな?
ノミジに教わって練習すれば、弓だって少しは使えるようになるかもしれない。
何よりこれだけ凄そうな武器を、遊ばせておくのは勿体ない。
ちょっと試しに使ってみよう。
俺は早速『真神弓エルンヒョルン』を麻袋から――あ、これ違うわ、石斧の袋だ。
うむ、こっちだね――『真神弓エルンヒョルン』を麻袋から取り出した。
あら? 意外とデザインがシンプル。
何やら白い木で作られていて、弦は獣の毛か何かだろうか?
特別な装飾のような物は一切無い。
だが麻袋から取り出した瞬間、周囲の空気が変わった。
厳かというか、静かで張り詰めた空気だ。
風も止み、鳥の声も聞こえない――弓の周辺が集中力が増すような空間となった。
袋の中に付属で普通の矢10本が入っていたので、ノミジがやっていたのを思い出しながら、見様見真似で矢をつがえ弓を引き絞る。
軽い――さほど力を入れていないはずなのに、限界まで弓が絞れていく。
狙いはどうしよう?
あれにするか――20mほど離れた木の上の方に、実が生っている。
けっこう高い場所で当てるのが難しそうだが、どうせ当たらないだろうから何を狙っても同じだろう。
なんとなくで狙いをつけて、弦から指を離してみた。
ウォン!と高い音が響き、凄まじい存在感の何かが飛ぶ――あれ? 普通の矢を放ったはずなのに。
進行方向に存在していた物は、全て現から空へと変じる。
狙いをつけた方向の木々は大きく円形に消滅し、何かが通過したと思われる空間は虚無に支配された。
それは空を貫き星々の世界にまで届き、次元すら貫いて深淵を生み出す。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……だっけか?
――うむ、確かに深淵の向こうから何かの視線を感じる気がする。
消滅した世界の1部は、数秒の間を置いて復元した。
……あー、びっくりしたー。
気付くと俺は、矢を放った時の姿勢のまま固まっていたようだ。
イヤ、目の前のあまりの光景に呆然としちゃってさ。
これはアレだね、使っちゃ駄目なヤツだよね。
こんなもん依頼で使った日にゃー、相手がフェンリルだろうがドラゴンだろうが、素材の1欠片すら残る気がしない。
つーか、これで間違って地面を射ちゃったりしたら、この星の存在が危ない気がする……。
そういや説明書きに、星々を砕くほどの威力云々とか書いてあったな。
たぶんマジなヤツだなこれ……。
しかし何でこんな危ない物が『武器アイテム』のスロットで出てきちゃうかなー。
これは『武器アイテム』というより『ヤバいアイテム』のカテゴリーだろうよ。
うっかりで星が消えるレベルのやつとか、武器として出て来ちゃ駄目だろーが……。
うむ、『真神弓エルンヒョルン』はアイテム袋に封印しておこう。
使ったら破壊神コース一直線だからな。
世界の危機とかにならない限り、これはアイテム袋の肥やしにしてしまうのが正解だろう。
よし! 次だ次!
封印した物のことは忘れて、次へ行ってみよう!
目の前に言い訳のしようが無い森の惨状があるが、俺は何も知らないことにしてしまおう!
――てな訳で……俺は残った麻袋から『悪魔の短剣』を取り出す。
また見事に真っ黒だこと。
しかも艶消しのマットブラックで、光を反射しない仕様となっている。
これって俺が【暗視】のスキルを持っていなかったら、夜になるとほとんど見えん気がする。
暗闇での暗殺をするなら最適ですな……って、やっぱ暗殺者寄りになる武器なのか。
なんでこうなるんだろう?
これは俺の持ってる運とかそういうのが原因なのかね?
それとも俺をこの世界に飛ばした『読み専の女神』の仕業とか?
まさか知らんうちに、暗殺者コースに乗っかるようなフラグを踏んだんじゃなかろーな。
考えてもどうせ正解は分からんだろうし、さっさとこの『悪魔の短剣』の使い勝手を試してみるか。
とりあえずその辺の小枝で、切れ味を試す。
チッ、と微かな音がして、小枝がポトリと落ちた。
断面は潰れも歪みも無い。
それだけで『悪魔の短剣』の切れ味の鋭さが分かる――こいつは切れる。
次はもっと太い枝を切ってみる。
ストン、とやはり何事も無く切れた。
次は小石を放り投げて切ってみる。
【投擲】のスキルを使っているので、小石は思い通りの場所とタイミングに落とせる。
なので当てるのは楽なもんだ。
小石も問題なく切れた。
大きな石――これも切れた。
ひょっとして鉄も切れたりするのかな?
俺はアイテム袋からスプーンを取り出した。
鉄のスプーンなら村にも売っているので、切ってしまっても新しいのを買えばいい。
切ってみた。
チン、という軽い金属音がしてスプーンも切れた。
スプーン程度の鉄なら、問題なく切れるようだ。
もう1本欲しいな。
もう1本この『悪魔の短剣』があれば――。
1本は包丁として使うのになー。
――――
― 更に次の日・森の中 ―
俺たちは1日の休みを挟んで、今日からまた依頼をこなす日常へと戻った。
ギルマスのオタカ婆から『まずこの依頼からこなしとくれ』と、村人からの食材採取の依頼を半ば強制的に受けさせられたのは、これもやはり日常である。
「ハチミツって、どのくらい分けてもらえるの?」
「ギルドに納品する前に1割僕らが取ってもいいって話にしました――楽しみですね、ハチミツ!」
「取れたてのハチミツは美味いだど、ほっぺたが落ちるだべ」
「でもそのまま舐めて食べるのも芸が無いわよね」
「そこはおっさんが何か作ってくれるだろ?」
「パンケーキでいいか? シンプルなほうがハチミツの美味さが生きるし」
つーか俺が作るのは決定なのな。
村の外での食事はほとんど俺が作ってる気がするよなー
いいかげん俺に【料理】のスキルが自然に生えてきたとしても驚かんぞ。
さて俺たちの今日の依頼だが、『大蜜蜂の巣の採取』というものだ。
巣の採取と銘打ってはいるが、メインは巣の中のハチミツ。
蜜蝋だの蜂の子だのというのも納品対象ではあるが、そんなものはオマケのようなものである。
大蜜蜂といってもそんなに大きいサイズでは無い、せいぜい5cmくらいの大きさだ。
皆さんの期待を裏切ってしまったかもしれないが、ファンタジー世界だからといってそう何でもかんでもバカでかい訳では無いのですよ。
今回の依頼はある意味いつもの依頼より難しい。
大蜜蜂自体は特に強くも無いし倒すのは簡単だ。
しかし今回は大蜜蜂を倒し過ぎてはいけない、巣を頂戴するのも半分だけ。
理由は簡単、大蜜蜂は森の蜜を集めてくれるありがたい存在なので、全滅してもらっては困るのである。
つまりこれは原始的だが養蜂をしているようなものなのだ。
なのでもちろん女王蜂に危害を加えるなども厳禁。
大蜜蜂さんたちには、巣を半分もらった後も頑張って蜂蜜集めをしてもらわねばならないのである。
……主にツギノ村の村人のために。
すまんな大蜜蜂の諸君。
俺たちや村の人たちのために、搾取されておくれ。
…………
大蜜蜂の巣に辿り着いた。
巣は細長く大人の人間くらいの大きさがあり、大きな木の幹にへばりついていた。
巣は上の方が白っぽく、地面の方が黒っぽい。
色が黒っぽい下の方が古くからある巣の部分で、女王蜂もこっちのほうにいるということである。
なので俺たちは上半分を失敬する予定となっている。
「さぁ、始めましょうか」
「やりたくねー……」
「おっさんさ、覚悟決めるだよ」
「痛いの嫌いなんだよー」
「ちゃんと回復してあげますから」
「でも痛い思いはするじゃん」
「おっさんしかいないんだから、諦めなさいよ」
「もう1回検討しない?」
「グダグタ言ってないで、早くやんなよ」
「えー……」
俺がみんなにやらされようとしているのは、もちろん巣の上半分を取ってくる役目。
【毒使い】のスキルの追加効果の『毒無効』を持っているので、大蜜蜂の毒針に刺されても平気だろうと、みんなに言われたというか押し切られた。
確かに俺には毒は効かん。
だが大蜜蜂の針に刺されれば、当然ながら痛い。
つーか、大蜜蜂の毒針って大きさに比例して太いんだよね……。
普通の蜂のが採血の針だとしたら、大蜜蜂のは点滴の針といったところか。
そんなもんに大量に取り囲まれて刺されるのは、毒が効かないとはいえ勘弁してほしい。
「大丈夫ですよタロウさん、刺されたとしても痛いだけです!」
だからアルスくん、その痛いのがイヤなんだが……。
仕方ないか……。
どうやってもこの状況からは逃れられないようだし、覚悟を決めて頑張ってみよう。
でもって、無理そうなら逃げよう。
うむ、無理はいかんよね? 無理は。
ハァ……と1つ溜息をついて、俺は【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動する。
これで大蜜蜂に気付かれずに終わればいいんだけど、たぶん無理だろうなー。
大蜜蜂だって、さすがに自分たちの住まいをぶっ壊した相手に気付かないとかは有り得んだろうし。
巣に近づく――ここまではいい、問題はここからだ。
手に入れたばかりの悪魔の短剣を取り出し、まずは巣の上半分と木の幹の間に刃を入れる。
スッと刃が入り、これで上半分の巣と木の幹との間に隙間ができた。
あとは巣の上半分とした半分を切り離して――。
上半分を持って――うわー!手に持ってる巣の中から大蜜蜂がわんさと出てきたし!
ええい、やけくそだ! このまま皮の袋に入れてズラかっちゃる!
うあぁ! やっぱ大蜜蜂が追っかけてくるし!
……くそっ! 逃げきれん! つーか刺された痛い痛い痛い!
「タロウさん、もう少しだけ待ってください! クェンリー、魔法を!」
アルスくん、その指示はもうちょっと早く出して欲しかった!
「分かってるわ――慈愛の天の恵みよ、豊穣をもたらすべく大地に降り注げ!【農業用水】!」
だから詠唱とかやめろよ! こっちは緊急事態なんだっつーの!
襲い来る大蜜蜂を殺さぬようにチョイスしたクェンリーの範囲魔法が降り注ぐ。
降っているのは作物の育成に必要な成分を含んだ雨だ。
雨に羽を濡らした大蜜蜂が、地面に落ちていく――落ちていくんだけど、俺を刺してる大蜜蜂が減ってる気がしねーし!
「もう無理! もう限界!」
俺はたまらず持っていた巣を入れた革袋を、みんなのほうに放り投げた。
ついでに虫よけ代わりに、雨で濡れた地面に転がって泥まみれになる。
「なんでこっちに投げるだよ!」
「あたし逃げる!」
「仕方ない、討伐します!」
「魔法の途中なのに!」
俺が放り投げた巣の入った袋に大蜜蜂が向かったので、俺は助かったがみんなは大騒ぎだ。
その中でなぜか1人だけ、首を傾げている人がいた。
「ん? あれ? なんでだ?」
マリーカである。
マリーカは不思議そうな顔のまま落ちている巣の入った革袋に近づき、ひょいと持ち上げてこう言った。
「なんかオレ、大蜜蜂に刺されても平気みたいだ」
はい? なんですと?
あんなに大蜜蜂にたかられているのに、平気ですと?
なんでだろう?と、じっとマリーカのほうを見る。
本当に平気っぽい――気のせいかカチカチと音が聞こえるような……。
イヤ、気のせいじゃない、確かに音がしている。
あぁ、そうか――。
ようやく何が起きているかが理解できた。
カチカチという音は、大蜜蜂の針がマリーカの鎧に弾かれている音だ。
マリーカの鎧はビキニアーマー、露出している部分にも防御が及ぶ特殊な全身鎧である。
つまり大蜜蜂がマリーカのどの部分に針を刺そうとしたとしても、特殊な全身鎧であるビキニアーマーはその針を完全に防いでしまうのだ!
……おいこら。
だったら、最初からマリーカが大蜜蜂の巣を採ってくればいいじゃんか!
つーか、最初から気付いていれば良かったって話なんだけどさ。
俺の痛みはいったい何のために……。
その後クェンリーの魔法で大蜜蜂をズブ濡れにして、切り離した巣を無事に村まで運ぶことができた。
これで依頼は完了した。
もちろん俺たちがツギノ村に戻る途中で、パンケーキにハチミツを垂らして食べたのは言うまでも無い。
取れたてのハチミツは、やはり美味かった。
本来必要の無かった痛みを、我慢した甲斐があったというものだ。
この辺の森の恵みは、舌を肥えさせる恵みがやたら多い気がする。
それにしても、ビキニアーマーの性能って凄いよなー。
軽いし動きやすいし全身をくまなく守ってくれる、それでいて防御性能も高いのだから無茶苦茶優秀だ。
これで肌の露出の多いセクシー装備でなければ、俺も欲しいくらいだ。
男専用装備のバージョンとか無いのかなー。
あ、でもあったとしてもやっぱセクシー装備になりそうな気がするな。
例えば――。
ブーメランアーマーとか……。
うむ、やっぱ要らない。
おっさんがブーメランパンツ1丁とか、いったい誰得装備だよ。
つーかそれ、セクシー装備というよりも変態装備だよね。




