サイショキノコの採取
― 王都チューシン・王城前の広場 ―
王国の偉い人が、高らかに宣言する。
「冒険者パーティー『黄金の絆』の者達には、義勇栄誉勲章と金1袋を与える。またそれとは別に『黄金の絆』の長たるアルス・ウエイントンには、名誉男爵の爵位を与えるものとする」
おおー! パチパチパチ――。
王城前の広場が大きな歓声と拍手に包まれた、拍手をしているのは主に冒険者と一般市民。
貴族も参列はしているが、3割ほどはただ突っ立ってるだけで拍手などはしていない。
拍手をしていない連中は、おそらくギルド反対派の連中だろう。
どうやらあの連中は、自分たちの立ち位置を隠す気は無いらしい。
この式典は政治ショー。
俺たちはそのための、道具の1つに過ぎない。
…………
― 王都・宿 ―
「あー、疲れたー」
俺は宿の部屋に戻るなり、ベッドに転がった。
式典などというものは、肉体より精神の方が疲れる。
ちなみにこの部屋のベッドはフカフカ――さすがはトリアエズ王国が手配してくれた高級宿屋である。
もちろん宿泊料は王国持ちだ。
「おっさんさん、ベッドに寝転がるならブーツは脱がないと汚いですよ」
「もうちょっとしたら脱ぐー」
「駄目です、今すぐ脱ぎなさい」
「へーい」
俺は疲れた体に鞭を打ちながらモゾモゾとブーツを脱いで、改めてベッドにゴロンと転がった。
最近すっかりパネロのやつが口うるさくなったよなー。
こちとらは『状態異常:老化』持ちのおっさんなんだから、もう少し労わって欲しいのだが。
「いくら入ってただ?」
「すごいわよ、キッチリ金貨100枚――1000万円」
「そんなに?」
「えっ! じゃあオレのもか?」
「そりゃそうでしょ、信じられないなら袋の中を見てみれば?」
女性陣が、褒美に貰った金1袋の中身を確認して盛り上がっている。
1人1000万か……俺たちは全員で6人だから、褒美は全部で6000万円。
たかが冒険者への褒美としては、けっこう多い気がする。
よほどフィーニア姫の身柄をヌイルバッハ侯爵家に奪われなかったのが、王様にとっては嬉しかったのであろうなー。
おかげで俺たちは予想外の高収入に恵まれた――ありがとう、親心!
アルスくんの声が聞こえないなと思って首から上だけを動かして見てみれば、窓際の椅子に座ってボーっと外を見ていた。
あれはきっと名誉男爵の爵位を貰ったというほうでは無く、義勇栄誉勲章をフィーニア姫に直接首に掛けてもらったほうのせいだろう。
好きな女の子の可愛らしい顔が目の前に来て、更に首に勲章を掛けてもらったのだ、ボーっとして見えるのはその記憶を何度も反芻して脳裏に刻み付けているに違いない。
その証拠にアルスくんは、さっきからずっと首に下げた勲章を触り続けている。
それはさておき――。
さっきの式典、あれは茶番だよなー。
集まった一般市民なんて、冒険者ギルドのサクラだらけだったし。
どうせアレだろ? トリアエズ王国の王都でこんなことがありましたよーって、ギルドの職員使ってこの式典の話を広めるつもりなんだろ?
でもってフィーニア姫を襲ったヌイルバッハ侯爵家の騎士を悪者にして、侯爵と孫のモルヘラウトくんの不審な死を謀略だと思われないよう、話題の風向きを王家とギルドに都合のいいほうへと誘導するつもりなのだ――たぶんきっとそう。
そうなるとますます、ヌイルバッハ侯爵とモルヘラウトくんの死は暗殺だった公算が高いよなー。
ヌイルバッハ城で見た黒装束の男が、ギルドの職員だった件。
フィーニア姫一行に、やたらと早く2人の死という情報が伝わっていた件。
そして今回のちょっと大袈裟な式典の件。
全部ひっくるめると、ものすごーく怪しい。
今回の式典だって勲章と金1袋はともかく、アルスくんに名誉爵位とかさすがにやり過ぎだもの。
絶対に話題づくりじゃん。
しっかしまぁ、冒険者ギルドってこうやって各国のギルドに反感を持っている勢力を潰すのか……。
やっぱり裏で暗躍しているんだなー、冒険者ギルドって。
そのうち俺に、ギルドから暗殺の依頼があったりして……。
――マジでありそうで怖いな。
ギルドとは、必要以上に仲良くするのは止めておこう。
…………
― 夜・宿屋 ―
昼に飯を食いに出かけたらけっこうな人だかりに囲まれてしまったので、夜はルームサービスにした。
けっこうな人が俺たちを見に集まってきたところを見ると、茶番な式典でも『こうかはばつぐん』らしい。
「まだだかー」
「もったいぶってないで、早く回しなさいよ」
ノミジとクェンリーがサンドイッチと酒を両手に、かぶりつきでスロットを回せと催促している。
はいはい、すぐに回しますよー。
「でもギャンブルみたいなものなんでしょ? 防具に使うのはどうなんだろう?」
「オレには分かるぜ、漢のロマンってやつなんだろ? きっといい頭防具が手に入るさ!」
パネロとマリーカは対照的で、パネロは金の無駄遣いを心配し、マリーカはいい物が手に入ると確信しているかのようだ。
「じゃあタロウさんに合わないような物は、欲しい人がいたら適正価格で買い取るということで――それではどうぞ、始めて下さい」
イヤ、アルスくん――そこは俺のタイミングで始めさせてもらえません?
さて、これから何を始めるかというと、皆さんお分かりの通りスロットを回すのである。
今回は金100万円也を投入して回す【アイテムスロット】、つまりは『防具スロット』だ。
俺が頭に装備していた『一撃の安全メット』は、ヌイルバッハ侯爵家の騎士の一撃で、ただの工事用の安全ヘルメットになってしまった。
なので今回狙うのは頭防具。
狙い通りに行かなくても売れる装備があれば売っぱらって、ちゃんとした店売りの防具を買えばいい。
1度に3つも手に入るのだから、1つくらい売れるものがあるはずだ。
あるよね?
……あることを祈ろう。
ギャラリーのみんなの目がまだかと催促している……。
そろそろ始めようか。
「【アイテムスロット】」
青い半透明の筐体が目の前に浮かび上がる。
午前の式典で貰った褒美の中から金貨10枚――100万円を取り出して投入。
そして――。
「レバーオン!」
俺の掛け声とともに、3つのリールが回り始めた。
少しずつ回転がゆっくりとなっていく。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
そして左側のリールが赤く光る。
……ん? 赤く光る?
あ、停まった。
<ビキニアーマー> ―回転中― ―回転中―
は? ビキニアーマーですと?
ネタ装備とかなのか?
俺はさすがに着けるのは拒否するぞ。
つーか、おっさんのビキニアーマー姿とか誰得だよ。
しかし停まったリールは、赤く光ったままなんだよなー。
ひょっとして、レア防具だったりするのだろうか?
そんなことを考えているうちに、真ん中のリールが停まる――いい防具来い!
<ビキニアーマー> <知力の指輪+5> ―回転中―
これは知力の数値が上昇する指輪だ。
+5とか、今の俺たちのレベルだと微妙な数値である。
そして最後のリール、右側が――。
また赤く光った!
これがレア演出なら、いい防具が手に入るはず!
<ビキニアーマー> <知力の指輪+5> <鉄壁のヅラ(アフロ)>
おいこら……。
ヅラって何だよヅラって!
俺にヅラを被れと? しかもアフロとか!
確かに俺の頭頂部は地肌がうっすら見えてはいるが、ヅラが必要なほどじゃないぞ!
喧嘩売ってんのかコンちくしょうめ!
ハァハァ……。
落ち着け、落ち着け俺。
冷静になれ。
「これって、防具の性能とかは分かるんですか?」
覗き込んでいたアルスくんが質問してきた。
おかげで俺は我に返る。
「あぁ分かるよ、こうしてリールをタップすれば――」
――――――――――――――――――――――――――
ビキニアーマー(全身鎧):防御力377
※女性専用装備※
露出している部分にまで防御が及ぶ特殊な全身鎧。
その防御力は鋼鉄の鎧すら上回る。
全身鎧なので他の防具と重複して身に着けることはできない。
――――――――――――――――――――――――――
ほう、これはいい装備だ。
王国の騎士が身に着けている防具などより、はるかに性能がいいのでは無いだろうか?
「ずいぶんいい防具みたいですね」
その防御力は鋼鉄の鎧すら上回る、という1文を見てのことだろう。
アルスくんが感心するように言う。
「だね。女性専用だし、これはウチの誰かに装備してもらおうか」
「ならマリーカが良さそうですね」
確かに守備的な前衛職であるマリーカなら、この防具はアリだろう。
マリーカが装備するなら、割れた腹筋が拝めそうだ。
その辺の話は後でするとして、とりあえず次の防具の確認をしよう。
――――――――――――――――――――――――――
知力の指輪+5(装飾具):知力+5
知力が+5される指輪。
――――――――――――――――――――――――――
うむ、そのまんまの説明だ。
「これはクェンリーかなー」
「ですね」
効果は微妙だが、ここは魔導士のクェンリーに渡すのが正解だろう。
あとは――。
問題のコレだな……。
――――――――――――――――――――――――――
鉄壁のヅラ(アフロ):防御力183
※薄毛・ハゲ専用装備※
アフロヘアー型の頭防具。
特殊素材のアフロがダメージを吸収し、頭部を守る。
カツラなので、頭髪に不自由している者にしか装備できない。
――――――――――――――――――――――――――
イヤ、確かに俺は頭防具が欲しくてスロットを回したさ。
だが俺が欲しかったのは○○ヘルムとか○○メットとかで、決してヅラでは無い!
ましてやハゲ専用装備などでは、断じて無いのだ!
くそっ! 間違いなく装着できそうな自分が、なんか嫌だ……!
「これはタロウさん専用ですね」
悪気は決して無いのであろうアルスくんのひと言が、俺のナイーブなおっさん心に止めを刺す。
ぐぬぬ……。
違うやい! 俺の専用装備じゃないやい! ハゲてるおっさんなんて、俺じゃなくてもその辺にいるし!
絶対に専用装備じゃないもんねーだ!
……うむ、何故だか空しい。
分かったよ……このヅラは俺が被るよ。
認めたくないものだな……自分自身の、おっさんゆえの薄毛であることを……。
さて、諦めがついたので分配するか。
スロットで手に入れた3つの装備は、既に女性陣によって麻袋から取り出されている。
だからさ、袋から出す前に俺に一言あっても良くね?
「はい、これおっさんの」
何を確認するでもなく、マリーカが俺にアフロのヅラを手渡してきた。
あのさ、さも当然のように渡すのは止めてくんない?
確かに俺が使うんだけども、微妙に傷口に塩塗ってるからね、それ。
はぁ~、と軽く溜息をついてから、アフロのヅラを被ってみる。
うむ、何の問題も無く被れたし……。
自覚はしていたんだけど、改めて現実を突きつけられたみたいで複雑な気分だ。
にしてもこのヅラ――イヤ、ここは頭防具と呼ぼう。
この頭防具、やたら装着感がいい。
ムレないし、頭にしっくりくる――それに装着しているという違和感すら無い。
まるでこのアフロが地毛であるかのような感覚……。
はっ!
気付くと、みんなが俺の方を見てニヤニヤしている。
「タロウさん、お似合いですよ」
アルスくん、アフロが似合うってのは褒め言葉としてはどうなんだろうね?
「うんうん、似合ってる」
「アフロも悪く無いんじゃない?」
バネロとクェンリーも褒めてくれたが、俺としては微妙に喜べない。
「良さそうなヅ……防具じゃん」
マリーカ、お前今ヅラって言いかけたろ。
「これでおっさんのハゲも隠れるべな、いい防具だべ」
ノミジがはっきりと口に出してしまったので、他のみんなが『おいおい』的な顔をした。
イヤ、どっちかっつーとはっきり言われた方が傷つかんから――変に気づかいされるほうが辛いから。
「そうだな、これはいい防具だ」
俺が頭に装着したアフロをポンポンと叩きながらそう言うと、ノミジ以外のみんなはホッとした顔をした。
「だべな、頭は大事だべ」
ノミジのほうは、満足げに頷いている。
そうさ、これはいい防具なんだ。
決してヅラなどでは無いのだ。
結果として防具が薄毛を隠しているだけなのだ!
さて、俺の頭防具の件はこれで済んだ。
あとは残りの装備の分配だ。
「これはアタシが貰っていいのよね?」
クェンリーが『知力の指輪+5』を手に取って、早速指にはめようとしている。
「いいけど、少しは金払えよ。元手が掛かってるんだからな」
言っておかないとそのまま自分の物にしてしまいそうだったので、一応クェンリーにはクギを刺しておく。
「分かってるわよ――はい、これでいいでしょ」
そう言って、俺に金貨1枚――10万円を渡してくるクェンリー。
たかが+5装備に10万円は多すぎる気がするが、ここは素直に貰っておこう。
つーか、褒美の1000万のせいでみんな気が大きくなってるのではなかろーか?
もちろんスロットなんぞ回してる俺も含めてだが。
で、最後にビキニアーマーなんだが……。
「これ? 鎧なんじゃなかったっけ?」
「どう見ても腕輪だべな」
「でも説明には全身鎧って書いてありましたよ」
「残ってるのこれだけだよね?」
残りのメンバーが、残った1つの袋から取り出した物を回し見している。
それはどう見ても腕輪。
青地に赤のラインが入っていて、白い星のマークがついている――当然ビキニアーマーにも見えない。
どういうこと?
「あ、腕輪の入ってた袋に、何か入ってたよ?」
パネロが袋の中から取り出したのは、1枚の紙。
紙には何か書いているらしく、じっくりとパネロはその中身を読んでいる。
「えーとね……その腕輪着けて『チェンジアーマー!』って叫べばいいんだって」
どうやら紙は説明書か何かだったらしい。
「そんなん叫ぶだか? なんか魔法の詠唱みたいでカッコ悪いだなー」
「ちょっとノミジ、あんたアタシの魔法の詠唱のことをカッコ悪いとか思ってたわけ?」
「カッコ悪いっつーか、ダサいべ」
「なんですってー!」
「そんなことはどうでもいいから――早くやってみてよマリーカ、腕輪を着けて『チェンジアーマー!』だからね」
「どうでもいいって何よ!」
クェンリーが何やら憤慨しているが、俺もそんなことはどうでもいい。
それよりビキニアーマーだ。
マリーカが右腕に腕輪を装着し、何やら葛藤している。
うむ……けっこう勇気いるよな、その叫び。
魔物とかと戦う勇気とは、また別物だもんな。
どうやらマリーカの覚悟が決まったようだ。
腕輪を着けた右腕を、高々と天井へ向けて突き上げ――。
「チェンジアーマー!」
と大きな声で叫んだ。
ここは宿屋で、今は夜なんだが……。
他の宿泊客から苦情来そうだなー。
マリーカが叫ぶと全身が光り輝き、輝きが収まるとそこには――。
ビキニアーマーを装着したマリーカの姿があった。
……服、どこ行った?
ビキニアーマーは、ビキニなアーマーの上下と膝上までのブーツ、肘まで隠れる手袋にティアラのような装飾のカチューシャで構成されていた。
もちろんその他の部分の肌は露出している。
にしてもこの青と赤を基調として、白い星がところどころにちりばめられたカラーリング――どこぞのアメコミヒーローかとツッコミを入れたくなる……。
まぁそんなツッコミを入れたところで誰も理解できんはずだから、さすがにツッコまないが。
「これって肌の露出多いけど、あんたスカスカしないの?」
クェンリーが素朴な疑問をマリーカに聞いた、確かにそれは俺も気になる。
「それがさー、全然なんだよなー。むしろ全然快適、寒そうなのにすげー暖かい」
へー、そうなんだー。
体感温度の調整機能とか付いてんのかね?
「つーか、普通そっちじゃなくて、肌のでてるところの防御が気になるものじゃない?」
うむ、毎度のことながらパネロの言うことは正しい。
普通は防御面のほうが先だよね。
「んじゃ、これでどうだべ?」
パネロがひょいと矢筒から1本の矢を引き抜いて、マリーカに向かって投げつけた。
矢はマリーカの見事な腹筋に命中し、カーンと――。
カーン……て、金属音なんだが?
なんかみんな一斉に杖やら棒やらをどこかから取り出し、マリーカの肌が露出している部分を叩き出した。
君たちカンカラカンカラうるさいですよー、近所迷惑ですよー。
「みんなそこをどくべ!」
ノミジがいつの間にか弓を引き絞って――イヤイヤ、危なくね?
ヒュンと飛んだ矢がキッチリとマリーカの腹筋のど真ん中に命中し、やはりカーンという命中音とともに弾かれた。
『おぉー!』とみんなが感心した風な声を上げる。
へぇー、本当に肌の露出している部分にも防御力が及ぶのか。
すげーな、なんという不思議防具!
なんだかんだとひと通り盛り上がった後で、マリーカからはビキニアーマーの代金として100万円をもらい受けることになった。
俺としては目的の頭防具も手に入ったことだしそんなに貰えないと思ったのだが、買えば1000万円を超えるんじゃないかとかアルスくんが言い出したので、たとえ仲間でも最低それくらいは貰うべきだと説得されてしまった。
元手が100万円なので、ちと心苦しい。
仲間の装備なんだから、格安でいいのに……。
ビキニアーマーのおかげでこれからいつもマリーカの腹筋を見られることなんだし、俺としては得した気分なんだけどねー。
言っておくが、俺はべつに腹筋フェチとかでは無いぞ。
……ほ、ほんとなんだからね!
ちなみにその夜は、マリーカはビキニアーマー、俺はアフロを装着したまま眠ってしまった。
……イヤ、なんか着けごこちがすんごく良くってさ。
――――
― 街道 ―
「サイショの街も久しぶりですね」
「かれこれ……そうか、もうツギノ村に移籍してから3か月になるのか」
アルスくんは久しぶりとか言ってるが、俺にはつい最近までいた街のような感覚だ。
少年とおっさんとでは、時間の感覚がずいぶんと違う。
「先にわたしのとこの村に寄ってもらっちゃって、ありがとね」
「つーか、パネロは偉いだなー。実家に500万円も置いてくるだなんて、なかなかできんべ」
「いやー、なんか持ちなれない大金持ってたらちょっと不安になっちゃって――実家に置いてきたほうが気楽かなって」
王都チューシンからは1週間もあればサイショの街へと辿り着ける、なのでちょっと遠回りにはなるが、今回はサイショの街とついでにサイショの街から3日の距離のパネロの生まれ育った村へと寄ることにした。
パネロの生まれ育った村にはたった1泊しかしなかったのだが、それでもパネロにとっては充実した里帰りだったらしい。
「アタシもサイショの街は初めてなのよねー、どんなとこ?」
「サイショの街って大きい街だか?」
クェンリーとノミジは初めてのサイショの街なので、ガッツリ観光をするつもりらしい。
「王都よりは小さいけど、けっこう何でもある街ですよ」
「売ってる品物は王都とけっこう被ってるけど、規模が小さい分品ぞろえは悪いぞ」
アルスくんのはクェンリーの質問への返事。
俺の返事ははもちろん、王都で貰った褒美の件もあり財布の紐が緩みっぱなしのノミジへのものである。
ノミジのやつは村の人たちへの土産だとか言って、王都で手に入れた新しいアイテム袋に片っ端からその辺で目についた物を買い込んでいるのだ。
いい子なんだが、ちょっとはしゃぎ過ぎて無駄な買い物をしている気がする。
少し注意して見ておかねば、王国から貰った1000万円を使い切ってしまいそうだな……。
「オレは1回だけサイショの街に行ったことあるぜー。確かサイショキノコとかいうのが名物で、けっこう美味かったのは覚えてるぞ」
どうやらマリーカはサイショの街へ来たこと――イヤ、行ったことか――が、あるらしい。
なにげに俺も、未だにサイショの街がホームみたいな意識が抜けとらんのだなー。
「サイショキノコですか、懐かしいなぁ。確かに美味しいですよね、あれ」
懐かしいってアルスくん、ほんの3か月ほど前の俺たちの送別会で食ったよね?
それを懐かしいと言いますか……。
「なるほど、名物なのね」
クェンリーがメモる――つーか名物じゃなくて名産な。
「それは食べないと駄目だべ!」
さすがにツギノ村で生まれ育っただけのことはある、食べ物に関してはノミジはどん欲だ。
「んじゃサイショの街に着いたら、適当に採取していくか。サイショキノコはそこそこ日持ちもするし、ツギノ村に帰る道中に適当に料理して食べよう」
「どうせなら、久しぶりにサイショキノコの採取依頼でも受けましょうよ! なんか久ぶりだなぁ、サイショキノコの採取依頼」
俺は適当にその辺から採取して食おうかと思ったのだが、アルスくんは依頼を受けたいようだ。
最近依頼とかやってなかったしなー。
依頼中毒のアルスくんとしては、そろそろ我慢ができなくなっていたのかもしれない。
依頼を受けるとなると、サイショの街の滞在は1泊の予定を2泊にしないといかんなー。
3か月ぶりかー。
そういやあいつら、元気にしてるかなー。
――――
― サイショの街・冒険者ギルド ―
サイショの街へと到着し、冒険者ギルドへと届けを出しに行った俺たちを待っていたのは、懐かしくもつい最近共に飲み明かした気もする面々であった。
「おぉー! 久しぶりじゃねーか!――そういや勲章もらったらしいな。でツギノ村ってどんなところよ? ところで随分と女が増えてるみたいだけど仲間か? おい、紹介しろよ。 あ、こないだトンタのやつがよ――」
矢継ぎ早に何やらまくし立てている目つきの悪いモヒカンの男はジャニ、冒険者になってすぐに知り合った見た目に反して面倒見がいいヤツだ。
話したいことが多いようなので後でじっくり相手をしてやろう――つか、トンタって誰よ?
「勲章と一緒に金1袋も貰ったらしいじゃねぇか、いくらだった? 少しくらいは奢れや」
相変わらずの強面で、普通に冗談半分で奢れと言っているにも関わらず恐喝でもしているようにしか見えないこのスキンヘッドのゴツい男はドンゴ、こいつも見た目に反して気のいいヤツである。
「お久しぶりっす!」
「女子紹介して下さいよ~」
「あ、俺弓買ったんすよ」
おバカ三人組もやってきた。
懐かしい顔ぶれが次々と顔を出す。
ほんの3か月しか離れていなかったはずなのに、案外懐かしさというものは感じるものだ。
『エンビェスの青い光』の面々は、護衛の依頼で街を出ていてギルドにはいなかった。
あの人達に会うのは、またの機会ってヤツだな。
いつになるかは分らんけど。
この流れだと、今夜は宴会だな。
ここんとこ移動ばっかしだったから、積もる話でもしながら飲み明かすとしようか。
――――
― 次の日・サイショの街近くの森 ―
「そろそろ採取上限かな?」
「んだな、こっからはおらたちの食べる分だべ」
今日の俺たちはアルスくんの提案通り、サイショキノコの採取依頼を受けていた。
人数は多いし群生地の場所も俺たちは知っているので、まだ昼前だというのにもう採取の買い取り上限まで採取をしてしまっている。
うむ、順調順調。
「なんでタロウさんはそんなに元気なんですか……? うう~、頭痛い……」
辛そうだなー、アルスくん。
つーか、今回の採取でほとんど役に立っていないよね。
アルスくんの頭痛は昨日さんざん飲み明かしたせいである――つまり二日酔い。
人数は余るほど足りてるから宿で寝てていいと言ったのに、無理矢理ついてきたのだ。
そんなに依頼をやりたかったのかねー。
「俺はほら、【毒使い】のスキルの追加効果で『毒無効』が使えるから」
『毒無効』は酒の効果も無効にしてくれるので、どんなに酒を飲んでも【毒使い】のスキルを発動しただけで二日酔いなどスッキリである。
「いいなぁ、僕も欲しいな……毒無効……うぅ……」
「ごめんね、わたしが治癒の魔法覚えてれば治してあげられるんだけど」
パネロはまだ治癒の魔法を覚えていない。
その代わりと言っては何だが、不死者消滅の魔法を覚えている。
不死者とか出くわしたことも、出くわす予定も無いというのに。
普通は治癒の魔法のほうが早く覚えるはずなんだけどなー。
なんか不思議。
「今度から治癒ポーションも買っときなさいよ。こういう時だってあるんだから」
クェンリーの言うことももっともだが、こいつだって治癒ポーションは持っていない。
つーか、俺たち全員が治癒ポーションを持っていないのだ。
みんな誰かが持っているだろうと思い込んでいて、誰も買っていなかったという……。
しかも今まで使う機会が無かったから、全く気付かんかったし。
確認って、大事だよね。
依頼を終えて戻った頃には店も開いてるだろうから、治癒ポーションをちゃんと買っておかねば。
それまではアルスくんには頭痛を我慢してもらおう。
「それよりそろそろ昼だべ、おら早くサイショキノコを食ってみてーだ」
ノミジは採取の間も、ずっとサイショキノコを早く食べたいと言い続けていた。
生で齧ろうとまでしていたので、さすがにその時は止めている。
そうだな、いいかげん昼だしアルスくんもグロッキーだし――。
ちょっと早いけど昼飯にするか。
…………
― 引き続き森の中 ―
昼飯は鍋にした。
その辺で狩った鹿とサイショキノコと、野菜代わりに薬草をぶっこんだ鍋である。
薬草って案外野菜としても悪く無いんだよ?
ただ味と金額を考えたら、普通の野菜のほうがコスパがいいからあんまし食べないだけで。
みんなでサイショキノコがメインの鹿鍋をつついていると、自然と話題は昨日の飲み会の話になった。
「おっさんさんたちって、昨日は何時まで飲んでたの?」
そう聞いてきたパネロは、飲み会が長びくのを見越して昨夜はさっさと宿に戻っている。
「あー、4時くらいかな。あいつら離してくんなってさー」
あいつらというか、主にジャニがだけど。
ジャニのヤツは酔うとえらい寂しがりになるから、切り上げるのが大変なんだよなー。
ちなみにドンゴは、日付が変わる前に寝てた。
あいつは酒が入るとすぐ眠くなるヤツなのだ。
「あいつらって、あの怖そうな人たち? おっさんたちがあんなヤバそうな連中と仲良かったなんて、アタシとしては意外だったわ」
そういやクェンリーは、昨日あいつらに会ってすぐに距離取ってたな。
苦手なタイプだったんだろう。
「あれでも面倒見のいい、気のいいヤツらなんだぞ」
不思議だよなー、俺的にはいい奴らだと思うんだけどなー。
つーか、なんでか魔導士系の人にはドンゴとジャニは嫌われるんだよね。
「おらはあのチャラい3人組が、どうも苦手だったべ」
ノミジはおバカ3人組が苦手らしい――田舎にはいないタイプだかんなー。
そうそう、俺は昨日初めておバカ3人組の名前を知った。
赤・青・金の髪の順番でそれぞれ、トンタ・チンジ・カンゾーというらしい。
前にも聞いたはずだと連中は言うのだが、俺にはそんな記憶は全く無い。
聞いたこと無いはずなんだけどなー?
ひょっとして聞いてたかなー?
最近すっかり自分の記憶に自信が無いのよね……。
「でもさ、あいつらみんなオレのこと見てたよな。まったくスケベなやつらだよな」
うむ、確かにあの連中は全員マリーカのビキニアーマー姿をジロジロ見てたな。
だが肌の露出が多い装備なので、男どもが見てしまうのは仕方あるまい。
つーかさ、マリーカもまんざらじゃないように見えたのは、俺の気のせいか?
でもそれは、モテ期が来たとかじゃ無いと思うぞ。
そんな話をしているうちに、鍋は空になってしまった。
サイショキノコの味の評価は上々である。
もう少し食べたいとみんなが言ったので、やはり多めに採取しておこう。
それにしても、この辺の森の気配はやはりいいな。
ツギノ村周辺とはまた違って、軽い緊張感がある。
好きな気配ができるって――。
なんか不思議な気分だな。
――――
― サイショの街・ギルド ―
依頼も終わってギルドに戻り、強面やらオバカやらと合流して俺とアルスくんはダラダラと過ごしていた。
女性陣は、みんなで街に買い物へと繰り出している。
たぶんだが、今日もこのまま飲み会へとなだれ込むことになるのだろう。
だけど今夜は絶対に早く飲み会を終わらせるぞ。
明日は早めに街を出る予定なんだから。
そんなところに、ガラの悪そうなやんちゃ坊主が2人ギルドに入ってきた。
「なんだよ、みんな弱そうな連中ばっかじゃねーか」
「そりゃ俺たちは天才だからよ、こいつら凡人とは格が違うってもんよ」
また分かりやすく生意気な……。
ドンゴとジャニがアップを始めるかと思いきや、二人はなぜかニヤニヤと眺めているだけである。
代わりにおバカ3人組が、アップを始めた。
へ? お前らが行くつもりなの?
おいおい、大丈夫なのか……?
受付も終わって新人冒険者となったやんちゃ坊主2人組が、依頼の掲示板を見ながら『なんだよ、ドラゴンの討伐とかねーのかよ』とか『採取依頼とかどんな弱っちいヤツがやるんだよ――げひゃげひゃ』などと、調子こいたことを言っている。
おバカ3人組が、ぞろぞろとやんちゃ坊主2人組のほうへと向かった。
「君たち自分が新人だって分かってる?」
「ドラゴンどころかゴブリンだって、お前らじゃ無理じゃね?」
「新人は黙って採取依頼にしときなさいね」
おぉー、挑発がそこそこ様になってる……。
「へへっ、どうよおっさん――俺たちがあいつらに仕込んだんだぜ?」
「なかなか迫力が出なくってよ、苦労したぜ」
ジャニとドンゴがドヤ顔でなんか自慢している。
お前らあいつらにあんなこと仕込んでやがったのか――ヒマだったんだな……。
「あぁ゛ん? なんだてめーら?」
「ぶちのめされてぇのか? ヒョロヒョロのくせによ」
やんちゃ坊主たちがイキがったあげく、おバカ3人組に殴りかかった。
……結果は意外なことに、おバカ3人組の圧勝であった。
圧勝は言い過ぎか、なんかところどころ顔面を腫らしてるし。
それでもいくら3対2とはいえ、おバカ3人組がやんちゃ坊主どもをボコれるとは思わなんだ。
あいつらも、いつの間にか強くなっていたんだなー。
「どうっすか?」
「やってやったっすよ!」
「俺らもなかなかっしょ?」
おバカ3人組が、ドヤ顔で戻ってきた。
「おう、良くやった!」
「皆さん強くなりましたね!」
「さすが、俺らが仕込んだだけはあるぜ!」
自画自賛込みの、褒め言葉が飛び交う。
なんだかなー。
「つーかさ、何であいつらにやらしたん? ドンゴかジャニがやったほうが早かったんじゃね?」
俺の素朴な疑問には、ジャニが答えてくれた。
「そこはほらアレだ。冒険者ギルドの伝統ってヤツよ」
ほう、伝統ね――その伝統とやら、絶対に今作ったろ。
でも、アレか――。
意外と伝統ってのは、こうやって作られていくのかもしんないな。
こうして伝統は作られていくのだ!




