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冒険者登録

基本5000~10000文字くらいで投稿する予定です。

「えーと、これはですね――」

 さて、パンツ一丁なこの姿をどう説明したものか……。

 異世界転移した時に、この格好だったんですとは言っても信じてもらえまい。


 俺はなんとか適当な説明を考えてみようとするが、これがなかなか……あ、そうだ!


「実は追い剥ぎに遭ってしまいまして、身ぐるみ剥がされてこの有り様なんです」

 これならパンツ一丁なのも説明が付く、更にはお金や身分証が無いのもこれで全部誤魔化せるはずだ!

 だからお願いします!服と靴だけでも恵んで下さい!


 あとできれば飯と、いくらかのお金も……。


 仕事もあったらいいなぁ……。


「それは災難でしたね」

 剣を持ったキリっとした男の人が、そう言ってくれた。

「殺されないで良かったな、おっさん」

 槍を持ったいかつい男の人が、そう言いながら俺の肩を叩く。


 この人たちは、いい人たちのようだ。

 なんか……助かった……。


 安心してしまったのか、俺はへなへなとその場にへたり込んでしまった。


「大丈夫ですか? どこか怪我でも?」

 錫杖を持った若い男の人が心配してくれた――有難いけど、違うんだ。


「いやぁ、なんかホッとしたせいか、体に力が入らなくなっちゃって――お恥ずかしい」

 俺がそう言って笑うと、周りにいる連中も釣られて笑った。


「だったら少し休んだ方がいいですね」

 それは確かに。

「陽も傾いてきたし、ついでに俺たちも飯にしようぜ」

 あ、できれば俺にも飯を……。

「おじさんも食べませんか? 食料も持っていないんでしょう?――いいですよね? モンガイさん」

 飯を食わせてくれるのか! それは助かるけど――モンガイさんて、誰?


 馬車の中から、1人のおっさんが降りてきた。

 俺よりは若いが、おっさん。


「もちろん構わないよ、そのおじさんのおかげで積み荷も無事だったことだしね」

 おそらくこの馬車の荷主であろうそのおっさん――モンガイさんが、構わないと言ってくれた。

 これで俺も飯にありつける……ありがとう、モンガイさん。


 でもねモンガイさん、おっさんのあんたに『おじさん』と言われるのは……なんか微妙っす。


「よし、決まりだ」

「さぁ、飯だ飯!」

「さすがモンガイさん、話が分かる」

 モンガイさんの言葉に、男連中が騒ぎ始める。


「はーい、それじゃ作るよー」

「男どもはさっさと焚き木を集めて来なさーい」

 弓を持った女の子と杖を持った女性が、テキパキと動き指示を出し始めた。


 俺も何か手伝おうとしたが、休んでいろと断られた。

 だったらここは有難く、休ませてもらうとしよう。


「そういやまだ名乗ってませんでしたね――タロウ・アリエナイです、よろしく」


 さて……挨拶もしたことだし、お先休憩入りまーす。


 …………


 食事は思ったより美味かった。

 パンと干し肉がやはり硬かったりしたが、食べられない程では無かった。


 食事の最中の雑談で、俺は様々な情報収集を行っていた。

 役に立つことから、どうでもいいことまで。


 この国は『トリアエズ王国』で、彼らが向かっているのは『サイショの街』

 王都へ行った帰りとのことである。


 そしてモンガイさんは『冒険者ギルド』の商業部門の職員。

 で、馬車を守っていた5人は、護衛の依頼を受けた『冒険者ギルド』所属の『冒険者』なのだそうだ。


 そう……やっぱりあるのだ、冒険者ギルドが。

 異世界転移・転生ものでは、定番だもんな。


 この世界の冒険者ギルドという組織は巨大な複合企業のようなもので、商品の仕入れ・生産から流通・販売、更には冒険者という護衛までをも自前で調達している。

 元々商業組合的な組織だったものが徐々に拡大し、様々な部門を拡張して巨大に膨らみ続けた結果出来上がった組織――それが冒険者ギルドなのだ!


 ちなみになんで元が商業組合なのに、現在の名称が『冒険者ギルド』なのかは不明である。

 質問してみたんだけど、誰も知らんかった。


 商業・流通と生産の1部は冒険者ギルドの職員という形での雇用形態ではあるが、冒険者と生産部門のほとんどは個別契約となっている。

 これは個々の力量に大きな差があるからで、腕のいい冒険者や職人はかなりの高収入を得ることができるらしい。


 なので世間一般では、安定した生活がしたいなら冒険者ギルドの職員、高収入を目指すなら冒険者か職人を目指すのが普通なのだそうだ。


 情報は他にもある。

 お金は『円』距離は『m』重さは『g』など、単位は俺にとって分かりやすいものとなっている。

 なんという手抜き!……だけど分かりやすくて楽だ。

 手抜きバンザイ!


 しかも言葉は『ニホン語』……日本語では無いぞ、ニホン語だ。

 俺の知ってる日本語と、読み書き言葉の全てが同じ『ニホン語』である。


 この世界には大昔にニホン帝国という巨大な国家があり、その国の影響力により言葉が全世界に広まって、ニホン帝国が消滅した今でも世界標準の言葉として定着してしまっているらしい。


 おかげで言語チートなんてものは、全く必要が無い。


 あとはどうでもいい情報――忘れてもいいヤツだ。

 モンガイさんには娘が2人いて、目に入れても痛くないほど可愛いだとか。

 護衛の5人の冒険者パーティーの名前が『エンビェスの青い光』だとか。

 5人の名前だとか、そんなのだ。


 雑談と言う名の情報収集が一段落したころ、パーティーリーダーのオーロン――剣士の男が、有難いことを言い出してくれた。


「なぁみんな、さっきの盗賊の装備なんだが、おっさんにあげないか? ほら、おっさん文無しだし、こんな格好だしさ」

 そう、俺は未だにパンツ一丁で、その姿で飯を食っていたのだ。

 女性2人も一緒に飯を食っていたのだが――これ元の世界だったら間違いなくセクハラ案件だよね。

 ……イヤ、すまぬ。


「俺は構わんぞ」

「私もいいですよ、あんな装備を売ったところで大した金額にはなりませんしね」

「アタシもいいよー、おっさん可哀そうだし」

「わたしも賛成ですわ――問題ありませんわよね? モンガイさん」


 冒険者パーティー『エンビェスの青い光』のおかげで、盗賊が着けていた装備が手に入りそうだ。

 これを売って少しでも当面の生活費が手に入るなら、これは助かる!

 あとはモンガイさん次第なのだが……。


「もちろん構いませんよ。護衛中に殺した盗賊の持ち物は冒険者の物、と規則で決まっていますからね。それをどうするかは、皆さんの自由です」

 ありがとう! モンガイさん!


「これで決まりだ。盗賊の装備全部おっさんにプレゼントするよ!」

 イヤ、マジで、本当に助かる!


「あー、うっかり全部売ったりすんなよ。自分で着ける装備一式は、取っとくの忘れんな」

 なるほど、それもそうだな。

 こんな物騒な世界で生きるなら、武器防具は必要だ。


「服や靴も身ぐるみ剥がしちゃいましょう、使うといいですよ」

「洗濯は後でアタシがやっといたげるよ」

「全部血まみれですもんね……あ、これ黒コゲだ」

 服も助かるよ、何もかも今の俺には有難い。


 ……待てよ、そうなると下着もか……下着はなぁ……下着……ええい!背に腹は代えられん、下着も頼む!


 …………


 だいたいの整理はついた。

 なんとか使えそうな無事な服は、上下が全部で3セット。

 装備はそこそこボロッちい皮鎧と、短剣を1本だけ残す。


 長剣とか弓のほうがいいだろうって? いやいや、そんなもん俺には使えませんて。

 短剣だって、素手はマズかろうと思って持ってるだけだし。


 靴というかブーツは、俺に合うサイズが1足しか無かった。

 無かったのだが……できれば履きたくない気もする


 裸足で歩くと足裏が痛いんだから履けよという話なのだが――臭うのだよ、ブーツが。

 なんかね、すんごいドブの臭い。

 嫌だけど、履くしか無いんだろうなぁ……。

 前の持ち主が、水虫持ちとかではありませんように……。


「それじゃあ、残りは買取でいいんだよね」

「はい、お願いします」

 モンガイさんはギルドの商業部門の職員の権限で、この場で買取をしてくれるとのことだ。


「全部で――そうだなぁ――15万円がいいとこかなぁ」

「そこをなんとかもう一声!」

 手持ちの現金があると安心感があるんだよ!

 だから後ちょっとだけ、俺を安心させて下さい!……お願い!


 てかさ、中古とはいえ10人分――イヤ、俺が1人分取ったしコゲたのとか壊れたのも引いて、7人分くらいか?――の装備で15万か、高いのか安いのかさっぱり分からんな。

 さっき錫杖持った人が売ったところで大した金額にはならないと言ってたが、けっこういい金額なんじゃ無いだろうか?


「モンガイさん、おじさんは文無しで、しかも身分証まで無いんですから、もう少し――」

 剣士のあんちゃんが、ここで助け船を出してくれた。

 助かるわー。


「なんだ身分証も無いのか?……ふーむ、だったら……よし、じゃあ大盤振る舞いで20万円! これ以上は1円も出せないからな」

「あざーす! モンガイさん、あざーす!」


 交渉したとはいえ、15万が20万になるとは……。

 この世界の貨幣価値がぶっちゃけわかんないけど、これでしばらくは食い繋げる気がする。

 剣士のあんちゃんも、ありがとう!


 俺はモンガイさんから、20万円を受け取った。

 20万円は金貨2枚であった。


「ところでおじさんは、これからどこへ向かうつもりなんです?」

 買い取った盗賊の装備を冒険者たちに馬車へと積み込ませながら、モンガイさんが俺に聞いてきた。

 そうですねー、どこへ向かったもんだか……。


 とりあえず俺は、こう返答しておく。

「実は仕事を辞めて独立しようと思い、あちこち巡って起業に良さそうな街を吟味していたんですが、全財産を無くしてしまいましたからねぇ……」

 なにげに仕事の当ても無いことも、仄めかしてみた。


「だったら我々と一緒にサイショの街に行きませんか? あなた1人分くらいなら、馬車に乗れるだけの空きはありますよ――本当は商業部門の人間としては、馬車に空きがあるなんて恥ずかしいことなんですがね」

 そう言ってモンガイさんは、俺にウインクをした。


 ……ウインクはやめれ、尻の穴がむず痒くなるから。


 その後、職が無いことの解決策としてモンガイさんと冒険者たちから、冒険者になることを勧められた。

 経験・年齢不問、依頼達成ごとに報酬あり、依頼1件につき報酬5000円~という、危険はあるが当面の生活費が欲しいならもってこいの職場だ。


 ついでに冒険者になると、冒険者証が身分証として使えるので2重にお得だとも言われた。

 なんか怪しいブラックな企業の勧誘みたいな気もするが、他に当ても無いのでそうしてみることにしよう。


 それにやっばファンタジー異世界に来たなら、冒険者という職には就いてみたいじゃないか!

 目指せSランク!――ランク制度とかあるかどうかも知らんけど。


 モンガイさんが、冒険者ギルドへの紹介状を書いてくれた――頼みもしないのに。

 何やら外堀を埋められている気がしないでもない。


 …………


 馬車の狭~い空間に乗せてもらい、俺は一行と共にサイショの街へと向かった。

 ちなみに冒険者の人たちは、御者をしている1人を除いて徒歩である。


 ごめんね、連れて行ってもらってるのに馬車に乗っちゃって。


 道中に掛かった日にちは、わずか半日程度。

 翌日の昼にはサイショの街に到着してしまった。


「おぉー……でかいな」

 圧倒的とまでは言わないが、高さ5mほどの防壁が街を取り囲んでいる。

 防壁の内部は兵が動き回れるようになっており、防壁の上にはバリスタが大量に配置されている――らしい。

 下からだと見えんのだよ。


 街に入るには、門で荷物や身分証のチェックがある。

 大きな街ほど出入りする人も多いので、俺たちは並んで待っているところだ。


 ……順番が来た。


 荷物のチェックはけっこう簡単に終わり、身分証のチェックが始まる。

 モンガイさんも冒険者のみんなも身分証を見せ終わり、ついに俺の番だ。


「で、あんたが追い剥ぎに遭ったという、おっさんだな」

「はい、タロウ・アリエナイです」

「身分証が無いなら入街料10万円な――入街証の期限は2週間だから、それ以降は2週間ごとに5万円かかるぞ。長く滞在するなら、どこかで身分証を作るんだな」

 ……はい? 入街料10万円ですと?


「どうした? 入街料10万、無いなら街には入れないぞ?」

「あ、いや、ありますあります!」

 俺は慌てて金貨1枚――10万円を渡し、代わりに入街証を受け取った。

 入街料10万円とか……痛い出費だなぁ……。


 …………


 ギルドの倉庫に到着すると、モンガイさんは慌ただしくどこかへ行ってしまった。

 仕事が山積ってとこか……あんまし無理すんなよ、働き過ぎで体調壊さないようにな。


「それじゃあ俺たちは荷物運びをしなきゃならんから、ここでおっさんとはお別れだ」

「おっさんを案内してあげたいけど、荷物運びも依頼の内なのよねー」

「おっさんも冒険者になるなら、またすぐに会えるさ」

「じゃあな、おっさん!」

「またね、おっさん」


 あぁ、またな――だけど君たち――。

 全員で『おっさん』呼びってどうなのよ?


 自己紹介、したよね?


 …………


 職に就くため冒険者ギルドへ。

 だけど街が思いのほか広くて、なかなか辿り着かない。


 書いてもらった地図の通りに歩いているのだから、迷ってはいないはずだ。


 大きな通りに出た。

 ここを左に少し行けば、大きな建物だからすぐ分かるはずだと聞いたのだが……。


 お、あった!

 つーか、本当にでかい建物だ。

 大きな2階建ての建物の1階部分に、両開きの扉が2つある。


 何の案内も扉に書いていなかったので、どちらの扉から入っていいのか分からん。

 右の扉からでも入ってみるか。


 建物に入るとザワザワしていた場が急に静まり返り、中にいた人たちから一斉に視線を浴びてしまった。

 暴力的な空気を纏った連中の視線なので、けっこう怖い。


 ついでに、俺も釣られて中にいた人たちのほうを見てしまった。

 たくさんの人たちと視線が合う――うーむ、これはどうしよう?


 とりあえず左手をヒョイと上げて、皆さんにご挨拶。

「あ、ども、ヨロシク」


 視線が一斉に散った。

 ざわめきも戻ってきた。

 気のせいか全体的にガッカリ感が漂っている気もするが、たぶん気のせいだろう。


「おーい、おっさんよ。挨拶すんならせめて名前ぐらい名乗っとけや」

 一番近くのテーブルに座っていた3人組の中の1人が、頬杖を突きながらつまらなそうに言ってきた。

 言われてみりゃもそうだな、挨拶は大切だし。


「えーと……タロウ・アリエナイです。とりあえずの生活費を稼ぐために、冒険者になりに来ました」

 うむ、これで問題無いな。


「へぇー、その歳でねぇ――新人受付の窓口は一番壁側だぞ」

「あ、教えてくれてどーも」

 俺は一番右の――壁側の受付へと向かった。


『あの歳で新人かよ』『商売に失敗でもしたんじゃね?』などという声も聞こえるが、別に陰口を言われているとかでも無いので、気にするのは止めておこう。


 それよりも受付だ。

「すいませーん、冒険者になりに来たんですが……」

「冒険者登録ですね」

「それです」

 受付の人は、ひょろっとしたお兄さんだった。

 おねーさんが良かったなぁ……。


「あとこれ、紹介状です」

「ではお預かりします。モンガイさんの紹介ですか、なになに――ほう、追剥に遭ったとは災難でしたね」

 紹介状にそんなこと書いてあんのかよ。


「ふむふむ――だいたいの事情は分かりました。まずはこの白い板に両手の平を当てて下さい」

「えーと……こんな感じかな?」

 俺は白くてすべすべな板に、両手の平を置いた。


「もう少しそのままで――はい、もういいですよ」

 何か集合写真を撮った時を思い出すな……。


「犯罪歴――無し。ステータスは――え? レベル2ですか? その年齢で?……珍しいですね。では規定の条項を満たしていますので、冒険者登録は可能となりました」

 良かった、どうやら冒険者になれるようだ。


 これで今日から俺も、冒険者の仲間入りだぜ!


「では登録料が10万円となります」

 はい? なんですと?


「10万円……ですか……?」

「はい、10万円となります」

「…………」

 見つめ合う、俺と受付のお兄さん。


「…………」

 いつまでも見つめ合っているわけにもいかない、仕方ないから登録料を払おう。

 はい、金貨1枚。

 はぁ……これでまた文無しに逆戻りかよ。


 つーかモンガイさん、絶対この展開分かってて買取金額を20万円に設定しやがったな。

 護衛の冒険者たちも知ってたんだろうな……。

 でもアレだ、取り敢えずは冒険者として働けるようになったんだから、ここは感謝すべきなんだよな。

 嵌められた感が満載だけど……。


「それではこれが、冒険者証(ギルドプレート)になります。身分証にもなりますから、無くさないで下さいね」

 受付のお兄さんが、名刺サイズの金属のプレートを渡してきた。

 プレートには俺の名前『タロウ・アリエナイ』と『ランク:紙』の文字が、黒文字の丸ゴシック体で書かれてあった。


 ランク:紙?


「あのー……ランク紙って――」

「詳しくはこの小冊子をお読みください――良い冒険者生活を」

 有無を言わさず小冊子を渡され、受付は強制終了されてしもた。

 説明はしてくんないらしい。


 俺は受付を離れて、パラパラと小冊子をめくる。

 えーと……まずは依頼の受け方だな。

 なんと言っても俺は一文無し、ランク紙の件は後回しにして依頼をこなさないと。


 小冊子を読んでいるとギルドの扉が開いて、純白の鎧を身に着けた男の子が入ってきた。

 10代半ばってトコかな、おっさんには眩しく見える年頃だね。


 横目でチラ見したが、けっこう良い装備を身に着けている。

 しかも可愛らしいイケメン系。


 見た目立派な装備からして、高ランク冒険者だったりするのかな?

 若いのに大したもんだ。


 と思っていたら男の子が俺のすぐ横を素通りして、さっき俺が冒険者登録をしていた受付に……。

 受付のお兄さんの声が聞こえる。

「冒険者登録ですね」

 新人だったのかよ!


 まぁいいや、とっとと依頼受けちゃおう。

 それにしてもカッコいい装備だったなー、俺もそのうちあんなのが欲しいよ。

 最初からあんな装備ということは、いいとこの坊ちゃんかね?

 いいとこの坊ちゃんでも、冒険者するのか……。


 などと考えてるうちに、依頼を掲示してある掲示板へと辿り着いた。

 大きな建物とはいえ、受付から掲示板までは1分も掛からない。


 えーと、俺にもできそうな依頼は……と。

 俺は掲示板に張り出してある『ランク:紙』でもOKな依頼を、ざっと眺めてみた。


 ↓ 掲 示 板 ↓


 ― 依頼内容 ―  : ― 依頼料 ―


 大猪の狩猟(食用肉):食用肉30円/100g ※肉のみ買取

 サイショキノコの採取:40000円/2kg ※2kgを超過した分は2000円/100g 総計3kgまで買取

 薬草採取      :10000円/1kg ※1kgを超過した分は1000円/100g 総計3kgまで買取

 ……etc.


 ↑ 掲 示 板 ↑


 大猪の狩猟とか無理っす。

 採取の依頼ならなんとかなるかな?

 だとするとサイショキノコと薬草採取、どっちが出来そうかなのかが問題……。


「おぅおぅ、なんだおっさん、新人が一丁前に依頼選んでやがるのか?」

「なんなら先輩冒険者の俺たちが、親切に教えてやらねーこともねーぜ――うひゃひゃひゃ」

 依頼を吟味していると、ガラの悪そうな2人組の冒険者が近寄ってきた。


 マッチョでゴリなスキンヘッドの大男と、目つきの悪い猫背でモヒカンの小男。


 これはまさか――新人冒険者が絡まれるとかいう、例のイベントなのか!?

 いやいや、無理だぞ!

 こんな凶悪そうな2人組、レベル2で老化の状態異常の俺がどうこう出来る訳無いじゃん!


 あぁ……まさかこんな衆人環視の中でオヤジ狩りに遭うとは、異世界怖えーよ……。

 一文無しなのが、不幸中の幸いだったなぁ……。


「大猪は真っ直ぐ突っ込んでくるだけだから、度胸さえありゃ簡単だぞ」

「そうそう、突っ込んでくる脳天に槍をグサッてな」

 ……あれ? オヤジ狩りじゃ無いの?

 つーか、ホントに親切に教えてくれてる……とか?


「あれ? でもおっさんの装備短剣じゃねーか。それじゃ大猪はキツいか」

 ゴリマッチョの大男が俺の装備を見て考え込む。

「買いに行くか? 槍。いい店紹介してやんぞ」

 モヒカンの猫背にそう言われたが……。


「……すまん、文無しだ」

 生憎こちとら1円も持って無いんすよ。


「あー、そういやさっき追い剥ぎに遭ったとか聞こえてたな……」

 そうなんすよ、モヒカンさん――異世界転移を誤魔化すための、嘘っぱちだけど。


「だったらすばしっこいけど、一角ウサギでも狩るか?」

「良く見ろドンゴ、一角ウサギの依頼なんてどこにも貼ってねーぞ」

 ゴリマッチョとモヒカンがあーだこーだ言ってるが……。


「あー、いや、討伐は無理だ。そもそも武器とか使ったことが無いし」

 親切で教えてくれている気がするので、ここは正直に言うのが礼儀だろう。


「マジかよ……」

 これはゴリマッチョ。

「そういやレベル2だったっけか。だったら採取1択――薬草採取だな」

 依頼の紙を見ながらそう言ったのはモヒカン猫背。


 せっかくだから質問もしてみよう。

「このサイショキノコの採取はダメなのか?」

「あー、そいつは新人にゃー無理だ。群生地の場所を知らねーと話しになんねーからな。薬草ならそんなに群生はしてねーけど、新人でもそこいらを探しゃー1日も掛かんねーで集められるぞ」

「なるほど、教えてくれて助かったよ」


「まー気にすんな」

「頑張れよ、もし失敗したら飯くらいなら奢ってやっから」

 それは助かるが、できれば依頼失敗とかは避けたいものだ。


 強面2人に助けられながら依頼の吟味をしていると、いつの間にか俺の横にさっき入ってきた純白の鎧を着けた男の子が立っていた。

 冒険者登録の受付、終わったんだね。


 しっかし間近で見てもやっぱ良さげな装備だよな。

 こんな装備してるくらいだから、最初から討伐依頼とか受けちゃうんだろうなー。

 パッと見、けっこう鍛えられているようにも見えるし。


 なんだろう……男の子との格差が辛い。


 どうせ俺には他に受けられそうな依頼も無いし、素直に薬草の採取の依頼でも受けよう。

 うむ、それがいい。

 俺は掲示板から薬草採取の依頼の紙を、ペリッと剥がした。


「えっ!」

 けっこう大きな声を出して俺のほうを見たのは、白い鎧の男の子……えっ!?

 もしかして、君も薬草採取の依頼をやりたかったとか?


「…………」

「…………」

 無言で見つめ合う男の子と俺。

 微妙になった空気を壊してくれたのは、モヒカン猫背だった。


「おいおい新人の坊や、依頼は早いもの勝ちってのがギルドの決まりだぜ? 何か文句があんのか?」

 いやいや、そこまで威圧せんでもいいだろうに。

 ほら、男の子が怖がって……無いな。


 むしろムッとして、モヒカン猫背を睨み返している。

 けっこう強気。

「ア゛ァ?なんだてめぇその生意気な態度は! ド新人のクセしやがってよぉ!」

 ゴリマッチョが、両手の指をポキポキさせてこれも威嚇する。


 イヤ、双方ともちょっと待って。

 間に立っている俺が、ものすごく怖いから。


「依頼の件は、確かにそちらが先ですからお譲りします。ですがそちらの脅すような態度に屈するつもりはありません――こちらが新人だからといって、これからも脅せばどうにかなるとは思わないで下さい」

 また君もそんな、挑発するようなことを……。


「いい度胸だゴルアァァ! ガキがでけぇ口叩いてんじゃねぇぞ!」

「挨拶もロクにできねーガキには、教育してやんねーとな!」

 強面2人組が、男の子に殴り掛かってしまった!


 あれ? これってまさか、新人冒険者が絡まれるイベントじゃ……。

 となるともしかして!?


「ぐえぇ……」

「おぉぅ……」

 あっという間に強面2人組は叩きのめされ、床に転がってしまっていた。


「まだ続けますか?」

 男の子が俺のほうを向いて、拳を構えた。


 いやいやいや、違うから!

 話はしてたけど、俺はこいつらの仲間じゃ無いから!


「やかましいぞ! ギルドん中で暴れてやがるのは、どこのどいつだ!」

 大音声の怒鳴り声が、受付の奥から聞こえた。

 見ると床で倒れている2人組よりも、更に凶悪な面相をしたおっさんがそこにいた。


「あ、ギルマス……」

 誰かが言った。


 ギルマスって確かギルドマスター――ここで一番偉い人だよね?

 無茶苦茶怖そうなんだが……。


 ギルマスのおっさんは、凄い目で俺たちを睨みながらこう怒鳴った。

「てめぇら全員俺の部屋へ来やがれ! まとめて説教だ!」


 …………


 こうして俺たち4人はギルドマスターに延々と説教されることとなり、しばらく頭を冷やせとのギルマスの有難いお達しで、ギルド内の牢屋にお泊りすることとなってしまったのであった。

 今夜の食事は臭い飯である。


 俺、何にも悪いことしてないのになぁ……。


 間に立っていただけなのになぁ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タロウさんに強面の冒険者さん達が優しくて嬉しいです。 皆さんの見た目は、中世ヨーロッパ的なんでしょうか? それともタロウさんを見ても驚かないから、日本人ぽいのかな?
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