馬車の救援
― ツギノ村・自宅 ―
「はぁ~……」
アルスくんがまた溜息をついた。
「ふぅ~……」
まただ――アルスくんは家に戻ってから、ずっとこの調子である。
「酒でも飲もうか? 朝まで付き合うよ」
「はぁ……」
「つまみが欲しいな――そうだ、『食品スロット』でも回す? 今日は特別にたくさん回してもいいよ?」
「ふう……」
爆死するほどスロットを回してみたいはずのアルスくんが、ロクな反応もできないほど落ち込んでいるのにはもちろん理由がある。
それは、先ほどギルドで聞いた話のせいだ。
――――
マリーカが俺たち『黄金の絆』に加入してから早1か月、何のトラブルも無く順調に過ぎていた冒険者生活だったのだが、今日の依頼が終わって喫茶スペースで寛いでいるところに、定期便の荷馬車でギルド職員さんたちがやってきた。
この村で過ごしていると世間に疎くなってしまいがちなので、定期便でやってくるギルドの職員さんの話は、俺たちや村の人たちにとっては貴重な情報源である。
今日も色々と話を聞いていたのだが、その中にアルスくんにとって非常に衝撃的な情報があったのだ。
その情報とは――。
『フィーニア姫の結婚』
という情報である。
俺たちは以前にたまたま王都の近くでフィーニア姫の乗った馬車が盗賊に襲われている場面に遭遇し、護衛の騎士の防戦に加勢したことがある。
アルスくんが大活躍しフィーニア姫から直々にお言葉を頂戴したのだが、アルスくんはその時フィーニア姫(当時7歳4ヵ月)に一目惚れをしてしまったのだ。
一目惚れをしたと言っても、もちろんそれは叶わぬ恋。
相手は王家の第2王女、アルスくんは貴族の出とはいえ3男の冒険者。
さすがに身分が違い過ぎる。
それでもアルスくんのフィーニア姫への恋心は消えるなどということも無く、ずっと胸の内で燃えさかっていた。
それはそうであろう。
恋は自由なのだから。
その愛しのフィーニア姫が、この度結婚をすることになったという。
相手は大貴族であるヌイルバッハ侯爵の孫、モルヘラウトくん(5歳)である。
ヌイルバッハ侯爵と言えば、反ギルド派の実質的なトップだ。
となると当然この結婚も、何やら面倒臭い政治的な絡みがあるのだろう。
王族の結婚なのだから政治が絡むのは仕方が無いのだろうが、噂ではギルド反対派の連中が何やら画策した結果らしいというのが気になる。
現在の国王エライヒト三世は、フィーニア姫のことを目に入れても痛くないほどに可愛がっている。
なのでこの結婚は、ギルド反対派がフィーニア姫を王に対する人質にするつもりで画策したのだろうというのが、世間でのもっぱらの噂だ。
ただまぁ、そんな事情などはアルスくんにはどうでもいい話であり、政治がらみだろうが謀略がらみだろうが、とにかくフィーニア姫が自分以外の人と結婚するというのがショックで落ち込んでいるのである。
アルスくんのあまりの落ち込みように先ほどからなんとか元気づけようとしているのだが、何を言っても溜息しか返ってこないので、俺たちはほとほと困り果てているのだ。
何とかしてあげたいのは山々なんだけど、さすがにこれは俺たちではどうにもならんもんなー。
「あぁもうじれったいだなー! 男ならうじうじしてねーで、攫って嫁にすればいいべ!」
「いやいやノミジ、それやっちゃったらさすがに犯罪者だからな」
「それくらいの気概くらい持てって話だべ!」
さようですか……。
「でもさ、好きだっていう気持ちくらいは伝えたいもんよね――どうせ無駄だとは思うけど」
対して興味も無さそうに、クェンリーがそんなことを言う。
「なんたって相手はお姫様だもんなー。頑張っても一目会うのがせいぜいなんじゃないか?」
1か月の間にすっかり俺たちに馴染んだマリーカは、もうすっかり言いたいことを言い合える仲だ。
「一目会うというより、一目見るじゃないかなぁ――これって、会うのも難しいんじゃない?」
パネロの意見が一番現実的だろう、どう考えても会える理由など無さそうだ。
「つーかさ、そもそも俺たちツギノ村からそんなに長期の間、外出してもいいんだっけ? フィーニア姫を一目見るにしたって、移動だけで王都まで往復2か月、ヌイルバッハ侯爵領まででも1か月半は掛かるんだぞ――さすがに許可は出ないんじゃないか?」
このツギノ村には1年間在籍する契約になってるからなー……。
冒険者不足のこの村が、お姫様に会いたいとかいう理由でそんな長期の外出を許してくれるとは思えん。
「そんなの、聞いてみないと分かんないべ? おら、ちょっとオタカ婆に聞いてくるだ!」
止める間もなく、ノミジは外へと出て行ってしまった。
まぁいいか。
どうせ許可が出るとは思えんし、ここはノミジに任せてしまおう。
――――
― 街道 ―
「イヤ、しっかしまさかこんな長期の遠出が、本当に許可してもらえるとはなー」
ノミジによるオタカ婆への交渉の結果、村を出ている期間+1か月の契約期間延長で許可が出た。
驚きの結果である。
村としては新しくやってきた『竜神の一撃』の人たちが思ったよりしっかり依頼をこなしてくれているので、俺たちが長期でいなくなったとしてもそれなりに何とかなるらしい。
「まだおっさんさはそんなこと言ってるだか、こういうのはやってみないと分かんないもんだだよ」
ノミジのやつが偉そうにドヤ顔してやがるが、俺は知っている。
こいつはアルスくんがフィーニア姫に会いたがっているとかは実はどうでも良く、自分が村の外へと出てみたかっただけなのだ。
生まれてこの方ずっとツギノ村で生まれ育ったノミジとしては、村の外に出かけたとしても近くのモールの街がせいぜいであった。
それが今回、遠くの――しかも大きな街へと向かうことになって、けっこうウキウキと舞い上がっている。
こいつは村から出たいという一心で、ここまで熱心にオタカ婆と懸命に交渉をしたのである。
道中はほとんど徒歩で、護衛の依頼なんかも受けてはいない。
護衛の依頼は往復が基本なので、片道だと受けさせてもらえることなどなかなか無い。
徒歩にしたのは、俺たちくらいのレベルになると乗合馬車より早く移動できるからである。
なので今回の旅路の間は無収入となるが、俺たちはなんだかんだけっこう稼いでいるので特に問題は無い。
むしろ問題なのは、深刻な顔でずっと悶々としているアルスくんと、ツギノ村から初めて遠く離れて気分が舞い上がっているノミジだ。
アルスくんはといえば、落ち込んでいるかと思ったら急に何事かを紙に書き始め、書き終わったものを見たら『フィーニア姫救出作戦』という名の誘拐計画だったり――ノミジはノミジで、村には無いものに溢れている街に入ると財布の紐が緩みっぱなしになり、どう考えても必要の無いものを大量に衝動買いしたりと、どうにも2人とも目が離せない感じだったのだ。
だがそんな道中も、ようやく終わる。
俺たちは今回の目的地、ヌイルバッハ侯爵領の領都であるボーリャクの街へと到着したのだ。
5日後にフィーニア姫とモルヘラウトくんの婚礼の儀があるとあって、街の門には行列ができている。
来賓や観光客、手配された各種荷物の搬入など、通常よりも多い人の出入りのせいだ。
ようやく俺たちの番が回ってきた。
冒険者証という身分証があるので、チェックは早いものである。
「で、お前たちはこの街に何の用で来たんだ?」
門兵がぶっきらぼうなのは、延々と続く長い列のせいなのか、はたまたギルド反対派のお膝元という土地柄のせいなのか……。
「そりゃもちろん、結婚式の見物ですよ」
門兵に答えたのは俺だ。
今はアルスくんがポンコツになってしまっているので、おれが代わりにリーダーの真似事をしている。
ほら、俺ってば『黄金の絆』の創設メンバーだし。
「観光か、いい身分だな――だが今頃来ても、宿はもう満杯だぞ」
「マジすか」
しまったな、これは予想しておくべきだった。
こりゃどうすっかなー。
街の人と交渉して、民泊でもさせてもらうおうかな……。
ということで――。
頑張って街の人たちと交渉した結果、俺たちはパン屋の屋根裏部屋に泊まれることになった。
狭い屋根裏部屋に6人が雑魚寝、しかもそんな場所でも1泊3万円というボッタクリぶりである。
ホント、特別価格にもほどがあるよなー。
パン屋の屋根裏部屋か……フィーニア姫が来るのは明後日のはずだし、アイテム袋なんて物も持ってるから、宅配業者でもやって時間潰しでもするかね……?
――――
― 夜 ―
俺は【隠密】と【隠蔽】を使って、こっそりと外を出歩いている。
何しに外へ出ているのかと言えば、もちろん情報収集のためだ。
探ろうとしているのは、フィーニア姫の予定と移動経路と滞在する部屋。
俺としては何としても、友人であるアルスくんを想い人に会わせてあげたい。
なので狙うはフィーニア姫が馬車から降りる瞬間、でなければフィーニア姫の滞在する部屋から眺めることのできる場所だ。
ちなみにフィーニア姫は、結婚の儀の後は王都に帰る。
今回は式だけで、実際にこの地で暮らすのは12歳になってからだ。
そこはフィーニア姫を溺愛している王様がまだまだ一緒にいたかったらしく、譲らなかったらしい。
それにしてもさっきから、やたら変な気配がウロチョロしてんだよなー。
結婚の儀という大きなイベントなので、テロ対策とかで街中を探っているとかだろうか?
まさかテロリストがウロチョロしてる訳じゃないよね?
あちこち探った結果、情報のありそうな場所に当たりは付けた。
ヌイルバッハ城の場内にある警備管理室である。
街の警備兵への指示書の全てがそこから出ているようなので、おそらくそこだろう。
壁をよじ登って窓から侵入する――などという技能はあいにく持っていないので、ヌイルバッハ城には正面から侵入させてもらう。
【隠密:極】と【隠蔽:極】のスキルを使えば、人の出入りする時に一緒に滑り込めばまずバレたりはしないので楽なものだ。
この2つのスキルを使っていれば、目立つことをしない限りはまず見つからない。
ただし、相手が【気配察知:極】とか【隠蔽看破:極】などの極めたスキルを持っていれば話は別である。
さすがに相手のスキルも『極』だと、近づいた時点でアウトだ。
まぁどんな分野にせよ『極』のスキルを持っている人など、全世界を探しても各分野に1人か2人しかいないので、出くわす可能性などほぼ無いのだが……。
そう考えると、俺って凄くね?
さて、それはさておき情報収集をせねば。
夜なので城内の人の動きは少ない。
なのでけっこう好き勝手歩き回りながら、【気配察知:極】で人がいない部屋を確認し、片っ端から探りに入りまくる――警備管理室が城内のどこにあるのか知らないので、探るためだ。
鍵の掛かっている部屋もあったが、そんなもん俺の【鍵開け:極】のスキルの前には無いも同然である。
いくつもの部屋に探りに入っていたら、なんとか城内の図面を見つけることができた。
これでようやく警備管理室の場所が特定できた。
あとは侵入して書類を漁るだけである。
…………
さて困った。
警備管理室に辿り着いたはいいが、中にはまだ3人ほど人がいる。
そこそこ広いので、中に入ってしまえば気付かれずに動けるかもしれないが、さすがに目の前で書類を漁ると目立ってしまう。
深夜になったら誰もいなくなるだろうか?
少し待っていたら、部屋の中から1人外へ出た。
俺はそのタイミングで、スルリと中に入る。
中に入ると、壁の至る所に書類が張られていた。
これはラッキーかも?
フィーニア姫関連の書類は張ってあるかなー。
書類をチェックしていると――あった、この書類だ。
俺はフトコロから紙とペンを取り出し、必要な情報のメモをしていく……。
――【気配察知】におかしな気配が引っかかった。
誰かが来る。
自らの存在を消して、窓の外から。
そいつは俺以外の2人が窓から目を離した隙に、音も無く窓を少し開いてヌルっと部屋の中に入ってきた。
ちなみに俺は、その様子をガン見している。
入ってきたのは小柄で細身の、黒装束の男。
黒い頭巾で顔を半分隠しているが、たぶんおっさんだ。
窓から入ってくるヤツが、ひょっとしたら俺に気付くのではないかと緊張しながら見ていたのだが、どうやら黒装束の男は俺には気づいていないようだ。
これでこの警備管理室は侵入者に気付いていない2人と、その2人には気づかれてないが俺にはガン見されている黒装束の男、それに誰にも気づかれていない俺という微妙な室内となってしまった。
まさかとは思うが、更に俺も気づいてない誰かがこの部屋の中にいるとかは無いよね?
なんか微妙に不安だ……。
黒装束の男は、ざっと壁に貼られた地図や書類に目を通すと、すぐにまた窓を少しだけ開いて外へと出て行った。
いいなぁ……あいつ、メモしなくてもちゃんと記憶できるんだ……。
俺なんかすぐ思い出せなくなっちゃうから、メモ必須なのに。
ドアが開き、警備の人らしき男が入ってきた。
その機会に乗じて、俺は入ってきた時と同様スルリと部屋から出た。
あれ――?
部屋から出て緊張が解けたのか、ふいに思い出した。
さっき窓から入ってきた黒装束の男、確かこのボーリャクの街のギルド職員じゃなかったか?
確かそのはずだ――顔はイマイチ思い出せないが、気配は覚えている。
受付の奥にいた事務員さんで間違い無いだろう。
俺と同年代のおっさんがいるなー、とか思ってついつい記憶に残ってしまった職員さんだ。
黒装束の男がギルドの諜報員だったとして、いったい何を探っていたんだ?
あの部屋にあった書類は、警備の情報ばかりのはずだぞ?
まさかギルド反対派の勢力拡大に繋がるこの結婚を、テロか何かで潰すつもりなのかな?
まぁそうなったらそうなったで、アルスくんが喜ぶだろうから構わんのだけどさ。
但し、フィーニア姫に害が及ぶようなら、それは絶対に阻止する。
アルスくんが悲しむからだ。
そのためなら俺は自重は一切しない。
暗殺だろうが何だろうが、やってやるつもりだ。
俺が絶対に暗殺はしないって、前に言ってただろうって?
そんなもん『状態異常:老化』のせいで、忘れちまったなー。
――――
― 2日後 ―
いよいよフィーニア姫が到着する日がやってきた。
このボーリャクの街に入るのは昼過ぎの予定だが、俺たちは朝っぱらから街の中の一角を占拠している。
予定ではこの場所のすぐ前で、フィーニア姫が馬車の窓を開けて手を振ってくれるはずなのである。
この場所は警備もしやすく、街の中心部に近い。
領民にそのご尊顔をチラ見せするには、絶好の場所なのだ。
……今更だが、やってることがストーカーと一緒な気がする。
うむ、ここは気が付かなかったことにしておこう。
万が一予定が変更され、この場所でフィーニア姫が馬車の窓を開けなかった時のためのBプランも、俺はしっかり手配済みだ。
フィーニア姫が滞在する予定の城の部屋から見える景色の、最も近くて目立つ建物の屋根に上る許可を、既に10万円を支払ってその建物の持ち主から得ているのである。
徐々にフィーニア姫を一目見ようと人混みができていき、警備兵がロープを張って人を端へと追いやる。
俺たちが占拠しているこの場所は、計算通りロープがぶつかるほどの最前列となった。
昼近くになり、あと数時間でフィーニア姫の馬車がこの場所を通るというところで、何やら警備兵の動きが慌ただしくなった。
もしやフィーニア姫の馬車の到着が早まったのかとも思ったのだが、どうやらそうでは無いらしい。
警備をしているのとは別な兵士も出てきて、俺たちも含めた見物人は全て追い散らされた。
袖の下を掴ませて何があったかウロウロしている兵士に聞こうとしたが、賄賂の受取すら拒否された。
いったい何があった?
とりあえずここで待つ作戦は駄目になってしまったようなので、プランBに切り替えよう。
アルスくんたちには一旦屋根裏部屋に帰ってもらって、俺は念のため何があったかの情報収集だ。
脳裏に、警備管理室で見た黒装束の男がよぎる――普段はギルド職員をしている諜報員のおっさん。
何かをやったとしたらギルドか、それとも別な勢力か……。
やたらとたくさんの変な気配がウロついていたので、いくつの勢力が動いているんだかさっぱりなのだ。
情報収集とは言っても、そんな大したことをするつもりは無い。
気配を消して、警備兵やらお城のひとやらの話に聞き耳を立てるだけである。
事態は、思っていたよりも大事件であった。
俺はあまりの大事件に何度か確認のための情報収集を繰り返したが、やはり内容は同じ。
その内容は――。
『ヌイルバッハ侯爵とその孫モルヘラウトくんが、城内の庭園の池に落ちて死んだ』というものであった。
…………
― パン屋の屋根裏部屋 ―
「じゃあ、フィーニア姫様の結婚は無くなったんですか!?」
「ちょっとアルス――気持ちは分かるけど、死人が出たのに喜ぶのは不謹慎よ」
喜びのあまりガッツポーズをするアルスくんを、クェンリーがたしなめる。
「でもさ……結婚が無くなるんなら、フィーニア姫がこの街にくる意味とか無くなるんじゃない?」
確かにパネロの言うように、フィーニア姫がこの街にくる意味はもう無い。
イヤ、でも王家の名代として葬儀に参列するならば、意味はあるか?
「どうなんだろ……? そうだ! おっさんに、もう一回情報収集に行ってもらおうか?」
おい、マリーカよ――あんまし簡単に言わないでくれる? けっこう面倒くさいんだよ? 情報収集って。
そこへついでとばかりに、ノミジからリクエストが入った。
「あ、おっさんさ、外に行くんならついでに何か食べるもん買ってきて欲しいべ。下の店のパンだけだと、ちょっと物足りねーだよ」
情報収集兼パシリになってしまった……。
「あいよー、肉か何かでいいよな? んじゃ行ってきまーす」
これ以上ここにいるとパシリの用事が増えてしまいそうなので、とっとと情報収集に行ってこよう。
俺は屋根裏からハシゴで下へと降り、外へと向かう。
なんか屋根裏部屋のほうから『デザートも頼むべー!』とかノミジの声が響いているが、面倒なので聞こえなかったことにしてしまおう。
とりあえず、門のほうにでも行ってみようか。
ひょっとしたら、フィーニア姫の馬車を目撃した人がいるかもしれないし。
…………
門の付近で情報収集をしていると、1人の騎士が馬を走らせてやってきた。
鉄の全身鎧の形から、王家の騎士だということが分かる。
門の付近でちょっとだけ偉いっぽい兵士と何やら話した後、その王家の騎士は兵士の先導で城へと向かって行った。
もちろん俺も【隠密】と【隠蔽】を発動して、情報収集のためにその騎士を追う。
王家の騎士は使者であった。
伝えた言葉は『フィーニア姫は王都へと戻る』とのことである。
王家の騎士が言うには、理由は2つあった。
ヌイルバッハ侯爵とその孫のモルヘラウトくんが亡くなったことで混乱しているこの街に滞在するのは、治安の面で不安があるというのが理由の1つ。
もう1つは、モルヘラウトくんの死亡で結婚自体が無くなったので、この地に来る理由も無くなってしまったからということだ。
早くね? 情報が伝わるの。
どの辺で引き返したのかは知らんが、いくら王家の情報網が優秀でもそんなに早く伝わるもんかね?
まさか2人の死に、王家が絡んでるとか無いだろうなー。
うむ……正直関わりたく無いから、これ以上深く探るのは止めておこう。
つーか、フィーニア姫が引き返したとなると、俺たちもここにいる意味が無くなっちゃったなー。
ボッタクられてることだし、ここは早々にパン屋の屋根裏部屋を引き払うのがいいかもだな。
よし、帰ってみんなと相談することにしよう。
…………
パン屋の屋根裏部屋に戻ってみんなに相談すると、すぐに引き払ってフィーニア姫を追うことになった。
もちろんアルスくんの意向である。
……ますますストーカーっぽくなってきたよね、俺たちの行動って。
もう少し泊まっていけというパン屋の申し出を丁重に蹴散らし、俺たちはまずギルドへと街を出る届けを出しに向かった。
受付に届けを出していた時に、ふと気づいた。
一昨日の夜に見た黒装束の男――ギルドの受付の奥にいた、職員のおっさんがいない。
……気になる。
「なぁ、確か奥に俺と同年代くらいのおっさんいなかったっけ?」
何気ない風を装って、受付のおねーさんに聞いてみた。
「あぁ、ゾーハンさんね。王都のギルドに転勤が決まったので、昨日出立しちゃったんですよ――もしかして、お知り合いでしたか?」
こらこらこら……昨日出立したとか、あからさまに怪しすぎるだろーが!
「うんにゃ、知り合いじゃないんだけどさ――ひょっとしてクビになっちゃったかと思ってさ。この歳で職を失うとかキツいからねー、他人事ながら転勤で安心したよ」
これも関わっちゃいけない案件だろうから、適当な返事でお茶を濁しておこう。
ギルドを出て、更に街の門を出る。
目指すはフィーニア姫の乗った馬車だ。
今更だが、フィーニア姫の乗った馬車に追いついたとして――そこからどうするつもりなのだろう?
後を尾けて、一目見たいだけ?
俺たちってばストーカーっぽいのではなくて、マジでストーカーなのでは?
俺たちというか……アルスくんが。
アルスくんは、俺が書く予定の『異世界転移ファンタジー小説』の主人公キャラにする予定なんだが……。
主人公がロリコンのストーカーか……。
うむ、そこは元の世界に戻ってから改めて考えるとしよう。
俺はおっさんなので、問題を先送りにするのは得意なのだ!
…………
王都方面への街道を進んでいると、後ろから騎士団がすごい勢いで馬を走らせてきた。
その数約100騎。
鉄の全身鎧の形状を見るにトリアエズ王国の騎士団では無い、おそらくヌイルバッハ侯爵家の騎士団だ。
そのまま進んでいても馬に轢かれるだけなので、端に避けて騎士団をやり過ごす。
何だあの連中? ずいぶん急いでいるようだが。
騎士団の進む方向には、フィーニア姫の乗った馬車くらいしかいないはず――。
まさか連れ戻しにってことは無いよな?
相手は王家の人間だぞ?
そんな権利は、いくらヌイルバッハ侯爵家だってあるわけが無い。
しかもあんな数の騎士団が向かうとか――。
無理矢理連れ戻すつもりじゃなかろーな?
さすがにそれだと、拉致になるからあり得な――イヤ、あるかもしれんな。
当主とその孫が死んだのだ、ヌイルバッハ侯爵家は大混乱に違いない。
それに次代の当主になる人物にとっては死んだ人間は父親と息子なのだ、混乱どころかパニクっているはずだ。
普通ならあり得ない命令が出たとしても、おかしくは無いかもしれない。
「タロウさん、あの騎士団はどこへ何しに向かっていると思います?」
アルスくんも同じ考えに至ったようだ。
「あっちにはフィーニア姫の乗った馬車がいる――おそらく連れ戻すつもりだろう」
アルスくんが真剣な顔で、同意の頷きをした。
ものすごーく嫌な予感がする。
急いだほうが良さそうだ。
…………
急ぎながら街道を進んでいくと案の定、戦闘が始まっていた。
フィーニア姫の乗った馬車を中心にした数台の馬車を、先ほど俺たちを追い抜いて行った騎士団が取り囲んでいるのが見える。
フィーニア姫の護衛であろう王家の騎士団は50騎ほどで、個々の強さならばヌイルバッハ侯爵家の騎士よりも強いようだが、多勢に無勢で馬車を守り切れていない。
王家の騎士団という壁を突破した侯爵家の騎士を防ごうと、非戦闘員のはずの随行員たちが必死にしがみついて止めようとしているが、すぐに蹴散らされてしまっている。
これはマズい。
その様子を見たアルスくんが、一気に加速をした。
ドンッ!と、まるで漫画で音速を超えた時のような音を残して、今までに見たことが無いような速度で、フィーニア姫の馬車へと迫る騎士たち目掛けて突進する。
速い!
レベル差も減って少しはアルスくんの速度についていけるようになったと自負していたのだが、そんな俺の自負などただの勘違いだと思い知らされる。
やっぱりアルスくんは凄い。
「うおおおぉぉぉ!」
アルスくんが雄たけびを上げた。
そしてフィーニア姫の馬車のすぐ近くまで迫っていた侯爵家の騎士たちを3騎、一気に馬ごと吹き飛ばす。
「なんだ貴様は!」
「邪魔だてする気か!」
吹き飛ばされた騎士たちを見て、馬車近くの侯爵家の騎士たちが停まった。
アルスくんはフィーニア姫の馬車と迫りくる侯爵家の騎士の間に仁王立ちし、壁となり立ちはだかった。
「我が名はアルス・ウエイントン! フィーニア姫を愛するものだ!」
アルスくんが侯爵家の騎士に向かって名乗りを上げた。
セリフ的にはカッコいいのだが、堂々のロリコン宣言である。
「アタシたちもやるわよ!」
クェンリーもやる気になっているようだが――。
「いいけど、味方に当てないようにしなさいよ」
「分かってるわよ!」
パネロが範囲魔法をぶちかまそうとしているクェンリーにくぎを刺す。
「おらはアルスの援護をするだべ」
ノミジが弓をつがえ、馬車へと向かう騎士に狙いを付けた。
「よっしゃ! あいつらがこっちに来てもオレが守ってやる、安心してぶちかましな!」
マリーカが左手に持った無骨な盾を、ドスンと地面に固定して構える。
頼もしい仲間だ。
ならば俺も前に出て、援護をすることにしよう。
「俺も向こうに行くが、問題はあるか?」
「無いわよ」「ねーべ」「無いよ」
と、あっさりとした返事の中に――。
「無理な動きして、変な怪我しないで下さいよ!」
とパネロの忠告も混じっていた。
なんかフラグみたいで怖えーんだが……。
許可も出たので、俺は乱戦となっている騎士たちの戦場へと向かう。
アルスくんのほうへ行くよりも王家の騎士の戦いを優勢にして、少しでも馬車の方へ人数を向かわせたほうが助けになると考えたからだ。
騎士たちの戦場は、もはや半分以上が落馬して騎馬ではなくなっていた。
俺はいつものごとく【隠密】と【隠蔽】を発動して、侯爵家の騎士へと近づく。
【真・暗殺術】は使わない――というか、使いづらい。
そもそも戦闘向きのスキルでは無いし、鉄の全身鎧が相手では暗殺がやりにくいのだ。
暗殺をできないことは無いのだが、この乱戦の中での暗殺は目立ち過ぎる。
まともな戦闘になってしまうと俺は弱いので、目立ち過ぎるのは厳禁なのである。
ならばどうするか――そこはちゃんと考えて、しっかり準備もしてある。
【防具破壊】のスキルを使うのだ!
『攻撃を命中させると敵の装備している防具を5%の確率で破壊できる』というこのスキルで敵の鉄の全身鎧を破壊すれば、戦況は一変するはず。
もちろん短剣でちまちま攻撃するつもりなどは無い、それでは時間が掛かりすぎる。
攻撃に使うのは、俺のアイテム袋に入っている大量の小石だ。
俺はアイテム袋に入った小石を数十個、右手でわしづかみにする。
そのまま戦闘中の侯爵家の騎士の背後に近づき、【投擲術】を使って鉄の全身鎧に叩きつけた。
名付けて、散弾銃作戦!
もちろん五十肩がヤバいので、投擲は全力では無い。
鉄の全身鎧に叩きつけられた数十個の小石は、1つ1つが防具を5%の確率で破壊できる攻撃となる。
その結果――。
小石が命中した鉄の全身鎧は、確率と数の暴力の前にバラバラにはじけ飛んだのであった。
鉄の全身鎧を失った侯爵家の騎士は、王家の騎士の槍にすぐさま貫かれ、倒された。
よし、やはりこの作戦はいける!
俺は調子に乗って、次から次へと侯爵家の騎士に向かってわしづかみにした小石を投げつけた。
確率の問題で時々破壊できなかったりもしたが、概ね順調に鉄の全身鎧の破壊は進む。
戦況も王家の騎士側が押し返し始め、何人かはアルスくんが奮闘しているフィーニア姫の馬車の救援へと向かったようだ。
侯爵家側の鉄の全身鎧を破壊していくうちに、はじけ飛んだ破片が俺の腕に当たってしまった。
「痛っ!」
ついつい声に出してしまったのだが、その声が耳に入ったのか1人の侯爵家の騎士が俺に気付いた。
マズい!
俺に向かってくる侯爵家の騎士――幸いなことに、相手は馬には乗っていない。
だが逃げ隠れしようにも見つかってしまったので【隠密】と【隠蔽】を発動し直さねばならないのだが、それには一旦相手の死角に隠れねばならない。
今は周囲に隠れられる場所も無いし、逃げるにも俺の素早さは低いので無理だ。
だったら――。
俺はアイテム袋の中の数十個の小石を握りしめる。
こうなったらヤツの鎧を【防具破壊】でぶっ壊し、【真・暗殺術】で仕留めてやる!
迫ってくる侯爵家の騎士へ、小石を叩きつける。
……壊れねーし!
こんな時に確率が敵に回るとか、勘弁してくれよ!
剣を振り上げている騎士は、もう目の前だ。
俺はもう1度、鎧を破壊すべく小石を握り、騎士へと叩きつけた。
よし、今度は破壊できた!
騎士の鉄の全身鎧は、バラバラにはじけ飛んだ。
だがもう、騎士の剣は俺に向かって振り下ろされている。
くそ! 暗殺が間に合わん!
ならば――。
俺は頭でその剣を受けた――頭に着けた俺の防具、一撃だけなら神の攻撃でも防ぐという『一撃の安全メット』で。
豪快に振り下ろされた剣が『一撃の安全メット』に当たると、まるで小枝でもぶつかったかのようなコツンという衝撃が俺の頭に届いた。
振り下ろした剣が俺に何のダメージも与えられていないことに驚愕した騎士――そろそろ中年に差し掛かろうとする若い男――が、一瞬動きを止めた。
チャンスだと【真・暗殺術】を発動しようとしたその時、鎧が壊れて顔を晒したその騎士の側頭部へと、2本の矢が突き刺さった。
なんかコントの落ち武者みたいだな……。
目の前の騎士は、頭に矢を受けて倒れた。
誰が射たのかは矢を見れば分かる――ノミジだ。
有能な味方ってのは、本当に助かる。
後で礼を言わないとな。
…………
戦いは終わった。
アルスくんの獅子奮迅の働きもあり、侯爵家の騎士は退却をせざるを得なくなったのだ。
俺たちは念のためにと王都への同行を願い出て、それは受理をされた。
ぶっちゃけもう安全だとは思うが、アルスくんが少しでもフィーニア姫のそばにいたかったらしいので、なんか流れでそうなった。
アルスくんは、フィーニア姫に直接お礼の言葉を掛けてもらった。
そのまま王都に向かう道中でも、何度か馬車越しではあるが話ができていたようだ。
本当ならそんなことは許されない身分のはずなのだが、なぜか誰もそのことを咎める者はいなかった。
今回の活躍の、ご褒美と言ったところなのかもしれない。
王都まで数日のところで、別な王家の騎士団が護衛に合流。
ここで俺たちはお役御免になるかと思いきや、王都まで一緒に来るようにと言われた。
何やら今回の働きによって、ご褒美が貰えるらしい。
さて、何が貰えるのだろう?
最近依頼を受けられなかったし、できれば現金がいいなー。




