スプーン鹿の狩猟
仲間が1人増えた。
仲間になったのは、元『光る戦士』の女魔導士クェンリーである。
ムンケケという仲間を失った翌々日、ドビが冒険者を辞めると言い出した。
クェンリーが頑張って説得を試みたもののドビの決心は固く、数日後には冒険者登録を抹消してツギノ村を去ってしまったのである。
1人残されたクェンリーは、俺たちのパーティー『黄金の絆』に入れろと言ってきた。
俺たちもなんとなくクェンリーの押しに負けて、仲間に入れることに同意してしまった。
『黄金の絆』、初の押しかけメンバーの誕生である。
『範囲魔法ならアタシに任せなさい!』と、自信満々に宣言するクェンリーだが、じっくり白状させると魔法の収束が下手なだけらしいことが分かった。
魔力の最大値はけっこう大きいらしく、魔力を多く使う範囲魔法でも連発はできるそうなのだが、収束が苦手なので防御の厚い相手だとあまりダメージが叩き出せない場合があるのだとか。
ぶっちゃけ仲間にしたのは少々早計だったかもと思わないでも無いが、魔法攻撃や範囲攻撃に欠ける俺たちにとっては欲しかった人材でもある。
それにクェンリーはまだレベル21、本格的に強くなるのはまだまだこれからだ。
むしろこのレベルで範囲魔法を連発できるのだから、将来性のある逸材なのかもしれない。
……ような気がする……たぶん。
ちなみに俺たちのレベルはそれぞれこんな感じ。
アルスくん:Lv.33
俺:Lv.14
パネロ:Lv.11
ノミジ:Lv.25
なにげにノミジはけっこうレベルが高い。
そんな俺たちが、仲間にクェンリーを迎えてから初めての依頼をどうしようかとギルドの受付カウンターへと向かったところ、こっちが選ぶまでもなくオタカ婆から依頼を頼まれた。
「あんたたち、悪いんだけど今回は魔石取りに行ってきておくれ。村の貯えの魔石がそろそろ無くなりそうなんだよ」
依頼の中身は『スライムの狩猟』とのこと。
スライムとは粘液状の魔物で、濃い青緑色をしている。
物理攻撃は無効と言っても良いほど効果は無いが、魔法には極端に弱い。
積極的に攻撃してくるようなことは無いが、触れた有機物全てを捕食しようとする生態を持つ。
捕食したものは強力な酸を分泌して溶かしてしまうので、うっかりスライムに気付かず触れてしまうと、触れた部分から包まれ溶かされてしまうこともあるのだ。
『う〇こ』と『スライム』は踏まないように気をつける。
これは冒険者の常識だからね――これから異世界に来る予定の人は、ちゃんと覚えておくように。
ちなみにスライムそのものには、大して役に立つ部分などは無い。
なので今回も、用があるのは魔石だけ。
山の方にスライムの谷という何とも分かりやすい場所があるので、そこで大量に分裂・増殖しているスライムを倒して魔石を拾ってこいというのが、今回の依頼となる。
取ってくる魔石の数は最低200個、最大でも500個。
それ以上は村の予算がオーバーしてしまうので引き取れないそうだ。
スライムの谷にはアホみたいに大量のスライムがいるので、狩るのは簡単らしい。
スライムさんってば弱いし。
ちなみにスライムの魔石は弱いわりにはそこそこ良質で、買取の相場は1個5000円程度。
たがここツギノ村ではスライムが大量に狩りやすいこともあり、買取価格は1個4000円となる。
それでも最低の200個を拾ってきたとしても80万円にもなるのだから、悪い依頼では無い――のかな?
いくらスライムが弱いとはいえ、200匹倒すのは大変な気もするぞ……。
クェンリーの範囲魔法もあることだし、何とかなるかな?
まぁいいや、案ずるより産むが易しだ。
やってみるべ。
――――
― スライムの谷 ―
「ほえ~、本当にいっぱいいますねー」
パネロが呆れた口調になるのも無理は無い。
谷は、大量のスライムに埋め尽くされていたのである。
つーか多すぎて、数える気にもなれんわー。
「これがスライムの谷だべ、なかなか壮観な眺めだべ?」
なんかノミジが自慢げに言っている。
ひょっとしてここってツギノ村の人々にとっては、自慢の景勝地だったりするのだろうか?
「みんな準備はいい? 始めるわよ!」
仲間になってから初めての自分の見せ場とあって、クェンリーが妙に張り切っている。
俺たちも、どれだけの範囲魔法を見せてくれるのか楽しみだったりする。
『いいぞ』『どうぞ』『いいよ』『OKだべ』と、俺たちが返事をしたところで依頼開始だ。
「大いなる炎よ、天より大地を焼き尽くせ!――炎の雨!」
クェンリーが高々と両腕を上げると上空に大きな炎の塊が出現し、そこから分裂した炎がまさに雨の如く谷を埋め尽くしているスライムへと降り注いだ。
こいつは壮観だ――すげーなクェンリー。
しかし――。
この世界の魔法は詠唱とか必要無いはずなんだが、そこはツッコんだほうがいいのだろうか?
炎の雨を浴びたスライムたちが溶けていく――比喩的な表現としてだけでなく、魔法の炎ダメージを受けたスライムが死んで形状を保てなくなり、まるで溶けているように見えるのだ。
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
うおっ! 3つもレベルが上がった!
どんだけスライム倒したんだよ、おい……。
溶けて消えたスライムのいた場所には、所狭しと魔石が散らばっている。
――ここからは俺たちの仕事だ。
特に合図などもすることなく、全員が一斉に谷へと降りていく。
魔法の範囲外にいたスライムたちが、空いた空間をじわじわと侵食していくのが見える。
こりゃ急がないと、スライムの海に飲まれちまうな……。
とにかく落ちてる魔石を片っ端から拾っていく。
中腰で拾い続けているので、腰と太ももが辛くなってくる――頑張れ、俺!
どれだけの魔石を拾い続けたろうか、上からクェンリーの声が聞こえた。
「そろそろ上がってこないとヤバいよ!」
スライムの海が、そろそろ迫ってきているようだ――俺の【気配察知】でも、そう感じられている。
そろそろ潮時だ。
俺たちは迫りくるスライムたちをすり抜けながら、谷の上のほう――安全地帯へと駆け抜け――。
バチンッ
嫌な音がした。
同時に右のふくらはぎに、細い木の枝で思い切り叩かれたような痛みが走る。
やべぇ……やっちまった……。
たぶん肉離れ。
状況が状況なんでアドレナリン全開になってるらしく、覚悟していたほどの痛みは感じない。
だがさすがに足が強張って思うように動かん!――なんか地味にヤバい!
必死に左足と両腕を使って谷の傾斜を上る俺に、ようやく救いの声が掛かった。
「おっさんさん! どこをやったんですか!」
パネロの声だ――『どこをやった』とは、怪我をした箇所を聞いているのだろう。
「右のふくらはぎ! 頼む!」
『頼む』とはもちろん、回復魔法を頼むという意味である。
慌てて叫んではみたが、これで通じただろうか?
「もうっ! だから準備運動はちゃんとしなさいっていつも言ってるじゃないですか!――回復!」
「今度から……今度からしますー!」
右のふくらはぎ部分が光って、どんどん楽になっていくのが分かる。
スライムが近づいてきた!
でも今無理に動くと、せっかく回復してきた右のふくらはぎがまた壊れてしまう……。
くそっ! 俺にも魔法が使えれば――って、そういや使えたじゃん!
俺の魔法、しかも遠距離まで届く魔法、それは――。
「【水鉄砲】!」
そう、おもちゃの水鉄砲並みの威力だったのはまだ『初級』の頃の話。
熟練ポイントを消費し『極』まで上げた【水鉄砲】の威力は、超高圧の水圧で水を発射することができるようになり、金属加工に使うウォータージェットに勝るとも劣らないほどに成長していたのだ!
それでも遠距離攻撃としては、微妙な威力なのだが……。
だがこの魔法攻撃に極端に弱いスライムという魔物になら、たぶん行けるはず!
なんたって【水鉄砲】の水は、魔法の水なのだ!
……魔法の水とか言うとアレだな、まるで怪しい通販の水の宣伝文句みたいだな。
俺が放った魔法の水がスライムに命中し、絶命して溶ける――よしいける!
周囲のスライムを【水鉄砲】で駆逐した俺は、完治した右足をフル稼働させて、ようやく仲間の待つ場所へと辿り着いたのであった。
「危なかったー。パネロ助かったわマジで、ありがとう」
まずはパネロに礼を言わんとな。
イヤ~まさかスライム相手に、こんなスリル満点な体験をするとは思わなかったぜ。
「ホントおっさんさん、準備運動はちゃんとして下さいね。毎回毎回、焦るのわたしなんですから!」
パネロに怒られた……。
その後も続くパネロのお説教を適当に聞き流しながら、俺もみんなと一緒に拾った魔石を数えた。
みんなの拾った魔石の合計は、全部で622個もあった。
うむ、拾い過ぎだよね。
これならもうちょっと楽しても良かったなー。
そうすりゃ俺のふくらはぎもパンクせずに済んだのに。
谷はもう何事も無かったかのように、スライムに埋め尽くされていた。
ついさっき600匹以上のスライムが溶けたばかりとは、思えないくらいに。
…………
― ツギノ村の自宅 ―
ギルドに納品した魔石は上限の500個、残りは家にプールしておくことにした。
これで200万円の儲け。
俺たちは5人パーティーなので、1人40万円の収入となった。
ぶっちゃけもう『ランク:木』になれるだけの金もポイントも稼いであるのだが、パネロのポイントがまだ足りてないので、一緒にランクを上げようと思って待っているところだ。
あともう少しなんだよねー。
「おっさんさー、まだだかー」
「早く見せてよ、その――『スロット』とかいうやつ」
さて、現実逃避もこの辺にしとくか……。
今日のスライム狩りでレベルが上がってスキルポイントが増えたので、俺はこれから【スキルスロット】を回そうとしているのだが、アルスくんとパネロがその話をノミジとクェンリーに教えてしまったので、今回は4人のギャラリーを前にスロットを回すことになってしまった。
4人全員でガン見とか、緊張するから勘弁してほしいものである。
つーかさ、アルスくんもパネロも、仲間にとはいえ俺に断りなくスロットのこと話すのはどうかと思うよ?
どうにも落ち着かないが仕方ない、始めるとしようか。
「じゃあいくぞ――【スキルスロット】」
目の前に半透明の筐体が浮かび上がった。
「おぉー!」「へぇー」「ほぇ~」と、ギャラリーから声が上がる。
おい……ノミジとクェンリーはともかく、パネロは前にも見てるだろーが。
で、今回は何のスキルのスロツトを回すかというと、『戦闘スキル』だ――前回のリベンジである。
イヤね、前回得た【真・暗殺術】は凄いスキルではあるんだろうけど、冒険者としてはどうかと思うのよ。
やっぱほら、できれば正統派の戦闘スキルの【剣術】とか【槍術】なんかが欲しいじゃん。
それに今回俺たちは、クェンリーという魔導士の仲間を得た。
ノミジとクェンリーで遠距離攻撃の手段は充実したのだから、あとは俺が近接攻撃用のスキルを手に入れれば、パーティーとしては安定する。
【真・暗殺術】はあくまで暗殺のためのスキルであり、戦闘にはイマイチ向いていないのだ。
スキルポイント3を投入して、【スキルスロット】を回す。
「来い! 戦闘スキル!――レバーオン!」
今回はギャラリーが多いので、演出のためにちょっと叫んでみた――いいじゃん、サービスだよサービス。
3つのリールが回転を始めた。
目押しが出来ないから、あとは眺めるだけである。
リールの回転が少しずつゆっくりとなり――。
まず左のリールが停まる。
<水中戦闘術> ―回転中― ―回転中―
おっと、水中と来ましたか……。
でも俺ってば泳げないんだが、このスキルちゃんと使えるのだろうか?
考えているうちに、真ん中のリールが停まってしまった。
<水中戦闘術> <投擲術> ―回転中―
おっ! 投擲術か。
近接戦闘じゃないけど、これは使えそうだ。
だがこれは、欲しいスキル――近接戦闘系のスキルでは無いんだよなー。
最後のお願い! 近接戦闘スキル来い!
最後のリールが――停まった。
<水中戦闘術> <投擲術> <短刀術>
おっしゃキタ――――v(・∀・)v――――。
【短刀術】ゲットだぜ!
ついに来た!
これで俺も今まで見たいなコソコソ隠れながらの戦闘じゃなくて、カッコ良く正統派の戦闘ができる!
【真・暗殺術】よ、君は良いスキルだったがこれでおさらばだ。
ありがとう、君のことは忘れないよ……。
そうして歓喜のガッポーズをしている俺を待っていたのは、アルスくんの素朴な疑問であった。
「あのー、タロウさん――最後のスキル、これってどんなスキルなんですか?」
「えっと……普通に【短刀術】だけど……」
ん? 何を言ってるのかなアルスくん?
「たんとう術……ですか?」
「たんとうって何だべ?」
「たんとう……?」
「……?」
おいおい、知らんの君たち? 短刀だよ?
「ほら、アレだよ――刀の短いヤツ。知らない?」
ものすごーくイヤな予感がする――つーか、俺の脳内ではもう答えが出ているのだが、認めたくない……。
「かたな……ですか?」
「かたなって何だべ?」
「かたな……?」
「――?」
そうか、やっぱそういうことなのか……。
この世界に来てから、確かに見たこと無かったもんなー。
武器屋でも売ってる店とか無かったし……。
この世界には、刀は存在しないんだな……。
平気で刀の出てくるファンタジー異世界とか、けっこうあるのになー。
短剣でも【短刀術】のスキルが発動したりとかは――しないんだろうなー。
――――
― 次の日・森の中 ―
今日の依頼は『スプーン鹿の狩猟:1頭』だ。
スプーン鹿とはその名の通り、角がスプーンの形をした鹿である。
村の宴会での大鍋料理は、この角を使ってかき混ぜられたりしている。
ぶっちゃけ依頼料の安い下っ端冒険者が受けるような依頼だが、村人たちが『しばらく食べて無いから、狩ってきてほしい』とか言ってるらしく、ギルマスのオタカ婆から最優先でやれと命じられてしまった。
依頼なのだから厳密にいうと命令では無いのだが、オタカ婆が殺気を放ちながら依頼の紙を突き付けてきたので、命令みたいなものだろう。
村の連中には世話になってるから、別に殺気で脅さなくてもやるってばさ。
ただ1頭だけってのは金にならんから、本当ならもう少し狩る頭数を増やして欲しいトコではあるが……。
もちろん俺が昨日得たスキルの検証も忘れてはいない。
今日は【水中戦闘術】の検証のために沼にも寄る予定だし、【投擲術】の検証のために適当な獣か魔物に使ってみる予定で森へと入っているのだ。
【短刀術】のスキルは、やはり短剣では発動できなかった。
軽くアルスくんと模擬戦をやってみたのだが、実にあっさりと短剣を弾き飛ばされておしまい。
もちろん【短刀術】は有り余る熟練ポイントを消費して『極』まで上げてあったので、これであっさり負けるということは発動できないということで間違いは無いだろう。
短刀の存在については念のためにオタカ婆にも聞いてみたが、やはり知らないとのこと。
『ギルドの資料でも調べといてやるよ』との親切なお言葉を頂戴したので、せっかくなのでお願いしておくことにした。
短刀、どっかにあるといいなー。
「とりあえず、あれなんかいいんでねぇべか?」
色々と考えながら歩いていると、【投擲術】の標的探しをしてくれていたノミジが良さげなのを見つけてくれたようだ。
見るとそこそこ遠くに、ボリボリと倒木をかじっている巨大シロアリが見えた。
この巨大シロアリは体長1mほどの大きさで分類は魔物。
枯れ木・枯草・落ち葉などを巣に運び、巣の中でキノコを栽培して食べるらしい。
人間を襲うことは無いが村の木造の建物や柵をかじられることがあるので、近くにいたら駆除をしろとオタカ婆には言われている。
外皮もそれほど硬くないし、お試しには確かにいいかもしんない。
「ふむ、悪く無いな――どの辺の距離から投げてみるかなー」
足元にあった適当な大きさの石を拾い、ポンポンと手のひらで石を弄びながら考える。
「ここからでいいべ」
ノミジがあっさりとそう言った。
「さすがに遠くね?」
ここから巨大シロアリまでの距離は、ざっと100mはある。
「試すんだから、遠い方がいいべ? 駄目だったら近づけばいいだけだべ」
なるほど……遠距離攻撃のエキスパート、ノミジの言うことだから試す価値はあるか……。
しかしプロ野球の選手じゃあるまいし、石を100m投げるとかはさすがに――イヤ待てよ、できるかな?
【投擲術】も熟練ポイントを使って『極』まで上げてある。
更に俺の筋力や器用さなどのパラメータだって、もう元の世界の人間を遥かに超える水準なのだ。
ならばここからでも十分に届くかもしれない。
「よし、やってみるか」
まずは軽く投げてみる。
ヒュンっと勢いよく飛んでいく石――しかも方向も角度もすんげーいい感じで飛んでいる。
ボコン
当たっちゃったよ……。
巨大シロアリが、キリキリと鳴き声らしき音を出しながら周囲を警戒している。
巨大シロアリの目はさほど良くない、俺たちのいる場所なら見えないはずだ(ノミジ談)
「もう少し強めに投げてみるだべ」
ノミジから指示が出た。
きっと遠距離攻撃の先輩として、俺を指導してくれているのだろう。
「それじゃもう少し強く……っと」
俺はまた石を拾って、巨大シロアリに向かって『投擲』する。
今度はさっきより低い軌道で飛んで――。
ボコッ
今度は巨大シロアリにめり込んだ。
ギギィーと悲鳴のような鳴き声を上げる巨大シロアリだが、それでも倒すには至っていない。
さすがに魔物、生命力が強い。
「いいど――今度は思いっきりなげてみるべ!」
ノミジがビシッと指をさして、俺に指示をする。
もちろん俺もそのつもりだ。
「おう! 見てろよ!」
俺は石を拾い、全力の【投擲術】で巨大シロアリを――。
ズキンッ!!
「ぐおっ! 痛ってー!」
思いっ切り振り被ったとたん、肩に激痛が走った。
こ……これは……。
「タロウさん! 大丈夫ですか!」
「待っててください、今回復魔法掛けます――回復!」
「ちょっとおっさん! 大丈夫?」
「おっさんさ! なしただ!」
なしたとか言われてもだな……これはアレだ、俺みたいなお年頃だとよくあるヤツだ。
つーか、すっかり忘れてたよ。
俺が、『五十肩』だったということを……。
…………
結局巨大シロアリは、ノミジの矢によって始末された。
【投擲術】に関しては試行錯誤しながら検証した結果、アンダーぎみのサイドスローならギリで思い切り投げられそうなことが分かった。
それでも入念な準備運動をしないと肩が危険っぽいので、【投擲術】は使えるけど使いづらい微妙なスキルという結論に至ってしまった。
なんか俺の得るスキルって、微妙なの多くね?
死にスキルだったり、使いづらいスキルだったり……。
主に『状態異常:老化』のせいだけど。
そうそう、死にスキルと言えば【メテオ】の魔法の熟練度を『極』まで上げたところ、消費魔力がなんと2000まで下がってしまった。
どうやら魔法は、熟練度が上がると消費魔力が下がるらしい。
しかも威力まで上昇して落とせる隕石が5つになり、更に追尾機能付きという高性能になってしまったのである。
今すぐ使ってみたいが、まだまだ俺の魔力では使えない。
計算だとレベル29になれば使えるようになるはずだ――まだまだ遠い道のりだが、死にスキルのはずが使えるスキルになったと分かっただけでも嬉しい。
早く使ってみたいなー、【メテオ】……。
…………
沼に着いた。
ケーセ沼と呼ばれているこの沼は、水の透明度は低いもののそれほど濁ってもいない。
水中での動きを検証するには悪く無い場所だろう。
ホントは湖とか海とかでやりたかったんだけどねー。
この辺には川と沼しか無いし、川は急流なので元々泳げない俺としては不安だ。
そうなると沼しか場所が残っていないので、この選択肢は仕方のないことなのである。
「さて、沼に来たはいいが、どうやって検証したらいいかな」
【水中戦闘術】の検証ではあるのだが、水中での戦闘となると俺が上手く戦えなかったときに仲間が助けに入って来られないという事態になりかねない。
なので強い相手での検証は、今回は避ける。
では何と戦うか――ぶっちゃけ現地に到着してから決めるつもりだったので、何も考えてない。
何にも思いつかないんだが、どうしよう?
「とりあえず魚と戦ってみたらどうです? それで、その倒した魚をお昼ご飯にしましょうよ!」
最近現地での調理がすっかりお気に入りになってしまったアルスくんが、沼の魚を食べたくなったらしくそんなことを提案してきた。
なるほど――焼き魚ってのもいいかもしんないな。
「ふむ、魚か……ほいじゃ、やってみますか」
俺は沼に足を踏み入れる。
【水中戦闘術】の検証なので、もちろん防具などは装備したままだ。
元々泳げない俺は、とりあえずおっかなびっくり沼に顔をつけてみる。
【水中戦闘術】というスキルを信用してはいるのだが、元々泳げない俺としてはどうしても水に対する恐怖感が抜けない。
とりあえず、浅いところで試してみよう。
腹までの深さのところまで進んで、思い切って水中に潜ってみる。
前方に進もうと思ったら、どう動けばいいかが頭に浮かび、同時に体が頭に浮かんだとおりに動いた。
あれ? 俺ってば、なんか泳げてる?
まだまだ、水中を進めるだけでは根深い水への恐怖心は抜けない。
今度は水面まで上がって泳いでみる――あら? すーいすーいすーいとな?
ふむ、泳げるようだ。
少しずつ調子に乗って、深い場所へと向かう。
ものすごく順調なので、そろそろ魚と戦ってみよう。
ちなみに俺は、さっきから目を閉じながら泳いでいたりする。
イヤ、だってほら、沼の中で目を開けるとか嫌じゃん?
それに水が濁ってるから、どうせ目を開いたところで見えないし。
水中を泳ぐ魚の気配を察知しながら、俺は短剣を構えた。
スイスイと魚の動きを追尾するように動き、エラの辺りを狙って短剣を突き刺す!
当たった! しかも狙い通りのところに寸分たがわず。
上手くいったので、みんなに見せてやろう。
俺は水面近くまで進んで、魚の刺さった短剣を思い切り水の上へと突き出した。
獲ったどー!!
あ、五十肩が痛てーし……。
ついでに【投擲術】を使い、ひょいと短剣を振って魚をみんなのいるあたりに飛ばしてやろう。
これくらいなら五十肩でも支障はない。
調子に乗った俺は、人数分×2匹――計10匹の魚を仕留め、地上へと放り投げる。
その後も少し水中での動きを色々試し、さすがに疲れてきたので沼から上がることにした。
ふぃ~、疲れた~。
「ほい、お疲れさんだべ」
沼から上がると、ノミジがタオルを放り投げてくれた。
「あそこに布たらしときましたから、その陰で着替えて下さい」
アルスくんの指さす方向を見ると、ピンと張られた紐に黒いシーツのような布が垂れ下がっていた。
鎧等の装備を外して【水鉄砲】で体や身に着けていたものを洗い、言われた通りに布の陰で着替えていると、魚の焼けるいい香りが漂ってくる。
香草の香りも混じっているのは、村で売っている香草入りの塩を魚に振ったからだろう。
濡れた服や装備を干してみんなのところに向かうと、大きめの串に刺してある魚がいい具合に焚火で焼かれて食べごろになっていた。
焚火を中心にみんなが輪になるように座っているが、アルスくんとノミジの間が空いている――そこに座れということなのだろう。
沼で冷えた体を温めたいので、素早く焚火の前の空きスペースに座る。
目の前には焼けている魚――なかなか美味そうだ。
つーかこれ、何の魚だ?
沼の中では目を瞑って魚を獲っていたので、実は自分は何の魚を獲ったのだか分かっていなかったりする。
知ってる気配ならば判別はつくのだが、この魚の気配は知らんかったのだ。
これは……フナかな?
――あ。
――今更だけど、何か思い出したぞ。
沼の魚って、泥抜きしないと臭みとかあるんじゃ無かったっけ?
俺はアルスくんが『はい、どうぞ』と手渡してきたフナを、じっと眺める。
みんなの視線が俺に集まっている。
どうやら獲ってきた人間に敬意を表して、俺が最初に口をつけるのを待っているらしい。
「どうしたんです? 食べないんですか?」
そうアルスくんに問われ、俺はどう返事をしようかとちょっと考える。
「イヤ、なんか運動し過ぎたせいか逆に食欲無くなっちゃって――俺の分の魚、1匹誰かにあげるよ」
もちろん食欲が無くなったなどウソである。
「じゃあ、おらが貰ってもいいだか?」
「あぁ、もちろんいいぞ」
ノミジが魚の引き取り手に名乗りを上げてくれた――うむ、やっぱりこの娘はいい娘だ。
さて、覚悟を決めて食べてみよう。
ひょっとしたら臭みも無く、美味いかもしれないし……。
思い切ってひと口かぶりついてみる。
思ったほどでは無いが、やっぱり臭みがある――しかしそれだけなら、我慢できないほどでは無い。
つーか、それよりも油っ気のないパサパサ感が気になる。
水分欲しいなー。
仲間の顔を見回すと、ノミジを除いてみんな微妙な顔をしていた。
期待したより不味かったからだろう。
俺は途中で塩コショウを振り足して、1匹を完食した。
ノミジを除いた3人も、微妙な顔をしつつも2匹を完食していた。
期待したよりも不味かったが、それなりに食えなくは無いという微妙な味の焼き魚は、全て平らげられた。
もちろんノミジは3匹を完食である。
好き嫌いなく何でも食べる子って、見てて気分がいいよね。
「あ、スプーン鹿がいただ」
見ると水を飲みに来たらしいスプーン鹿が、何の警戒もせずに沼に近づいてきていた。
ノミジが胡坐をかいたまま、ピュンと矢を放つ。
放たれた矢はみごとに鹿の頭を貫き、これで『スプーン鹿の狩猟:1頭』の依頼は完了した。
――雑じゃね?
サブタイにもなってるのに、依頼の中身がたった4行とか――雑じゃね?
厄年を過ぎた辺りのお年頃になると、ポンコツを自覚しろと言わんばかりの怪我を、何故だかしちゃうんですよねー。




