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オーガの緊急討伐

 ― ギルド・朝 ―


「メロンマ山のファイアドラゴンが、『魔王』認定されたそうだよ」

 今日は何の依頼をしようかなーと、俺たちが未消化の依頼の山を吟味していると、オタカ婆――ギルマスがそんな情報を教えてくれた。


「メロンマ山ですか? 遠いなぁ……」

 メロンマ山はトリアエズ王国の北側にあり、近くには鉱山街がある。

 イヤ、ちょっとアルスくん『遠いなぁ……』って、まさか近かったら行くつもりなんすか?


「アルスくん分かってると思うけど、魔王は『ランク:金』の冒険者でないと討伐許可出ないからね。つーか、魔王なんて俺たちの勝てる相手じゃないから」

 アルスくんが魔王と聞いて今にも戦いたそうな素振りを見せているが、さすがにそんなことは出来ないしさせられない。


「なんだい、アルス坊は『勇者』になりたいのかい?」

 オタカ婆が孫でも見るような目つきで、そんなアルスくんを見ながら聞いてきた。


「子供の頃からの夢なんですよ! だから1度は見ておきたいんですよね、『魔王』がどれだけ強いのか」

 うむ、知ってた……アルスくんてばそういう人だ。

『勇者』になりたい――それはアルスくんを冒険者へと駆り立てた、大いなる原動力なのだから。


 ここで『魔王』と『勇者』について言及しておこう。


 この世界での魔王とは『ウハハハハ、人間どもめ滅びるがよい』的な魔王では無い。

 強大な力を持った魔物がその縄張りを広げることにより人類の生活圏が脅かされるという場合に、冒険者ギルドが討伐を奨励するために認定する、というのが『魔王』である。


 では『勇者』とは――。

 そちらも冒険者ギルドが認定するものである――単純に『魔王』を倒した冒険者が『勇者』としてギルドに認定され、冒険者のランクとは別に称号として授与されるというものだ。


 ちなみにこれまでに認定された勇者の冒険譚は物語になっていたりするものもあり、アルスくんはそんな物語を幼少のみぎりに読んで、勇者に憧れるきっかけとしている。


 それにしても――。


 勇者か……。


 実はここに来て、少しだがアルスくんとの間のズレを、俺は認識しつつある。

 ぶっちゃけると俺は勇者になんぞなる気は無い、魔王を倒す気などさらさら無かったりするのだ。

 小説を書くためならば、魔王などちょっと見物できればそれで十分なのだから。


 それに魔王を倒す資格『ランク:金』に辿り着くまでには、順調にランクが上がったとしても10年くらいは掛かるだろう。

 これからも『状態異常:老化』が進むであろう俺には、10年後も冒険者を続けていられる自信などは無い。

 それどころか、年齢的に冒険者の仕事とは無関係に、病気や何かで死んでいる可能性すらけっこうある。


 アルスくんが勇者になれたとしても、その頃にはもう俺は一緒にはいない――たぶんいられない。

 俺とアルスくんでは、人生の残り時間が違い過ぎるのだ。


 だから俺はいつか、アルスくんと2人で始めたこのパーティー『黄金の絆』を抜けるつもりだ。

 もちろんそれは今では無い。

 なんとかソロ冒険者としてそれなりにやっていける、実力と自信がついてからの話である。


「アルスさは、勇者めざしてるだか。だったらおらも、もっと頑張らねばいけねーだな」

 ノミジも勇者を目指すことに異存は無いようだ。

 いい仲間を見つけたものだ。

 俺がいなくなっても、ノミジがいれば斥候役を安心して任せられる。


「だったらもっとレベルを上げなくちゃですね!」

 パネロも勇者を目指すことに、疑問など感じていない様子だ。

 戦闘とか苦手のくせに……。


 みんな目指すは勇者か。

 この年頃の若者なら、当たり前なのかもな。


 みんながこっちを見ている。

 順番的に、俺も何か言えということなのだろう。


「勇者を目指すのはけっこうだが、まずは今日受ける依頼だ。いつかは勇者――そのためには1つ1つの依頼の積み重ねが大事だってのは、みんなも知っての通りだからね」

 俺も勇者を目指すとは言わない。

 みんなに嘘はつきたく無い。


「そうですね、タロウさんの言う通りです。まずはしっかりと目の前の依頼をこなして、一歩ずつ勇者に近づきましょう!」

「んだな!」

「賛成です!」

 俺の誤魔化しの言葉に、みんなが賛同してくれる。


 みんなが『勇者』になるために――。


 俺はその礎の一部にでもなれるといいな。


 ――――


 ― ギルド・少し早いおやつ時 ―


 俺は喫茶スペースにドッカリと座ってコーヒーをちびちび飲みながら、おやつの焼き上がりを待っている。

 ちなみにさっき依頼を終えて帰ってきたばかりなので、足がものすごくダルい。


「ほら、焼きあがったよ」

 厨房のおばちゃんの声だ、おやつが焼きあがったらしい。

 俺は足がダルいので、焼きあがったおやつを取りに行くのにも、ものすごーく腰が重かったりする。

「ノミジ、取ってきてー」

「もう、しょうがねーだな……おっさんさでなくて、じじいさだな」

「じじい言うな」


 なんだかんだ言ってノミジは取りに行ってくれる。

 やさしい娘だぁね。


「ほれ、持ってきてやったべ――おらも一本もらうだぞ」

 目の前のテーブルに、ドカンとおやつが山盛りに盛られた皿が置かれた。

 今日のおやつは、今日狩ってきたばかりの痺れグモの脚肉だ。


 クモ脚の殻はグロいが中の肉はそんなことも無いので、皿には中身の肉だけを盛ってもらっている。

 ひょいとつまんで噛り付く――やっぱ甘い。

 うむ、やはり甘いものはおやつで食うに限るな。


 クモ鍋――あの甘い鍋は、俺は正直苦手だ。

 なので鍋で食わずに済むよう、こうしておやつとして食べている。

 これで今夜クモ鍋になったとしても『俺はおやつで食ったから、今日はもう~』とか言って、断る口実ができる予定なのだ。


「清算、終わりましたよ」

「あー、クモ脚だー。わたしにもちょうだい!」

 アルスくんとパネロも、清算を終えて一緒におやつタイム。

 焼いたクモ脚肉はけっこうな量があるので、4人でも食いきれないかもしれない。


 おやつを食っているとこに、3人組の冒険者がやってきた。

 このツギノ村では最も新参の冒険者パーティー『光る戦士』の面々――ノミジの訛りを笑って、俺たちとちょっとだけモメた奴ら――である。

「よう――痺れグモ狩ってきたんだけど、お前らも食わないか?」

 思ったよりも山盛りに盛られている焼きクモ脚肉を消費すべく、俺はそいつらにも声を掛けてみた。


「いらん。俺たちはまだこれからもうひと仕事だ」

 返事をしたのは『光る戦士』の剣士の男、ムンケケ――強気のチンピラ系男子だ。


「まだやるんですかー? 今からだと暗くなるかもですよー」

 パネロが無理すんな的な忠告をする。

「採取依頼をやるんだよ。それなら村の近くでできるからな」

 今度は『光る戦士』の戦棍(メイス)の男、ドビが答えた――考えを変える気は無いらしい。


『光る戦士』の面々――特に男2人は、初日の経緯もあり俺たちに対抗意識を燃やしている。

 直接の腕っぷしでは敵いそうもないから、俺たちより依頼をこなすことによって見返すつもりなのだろう。

 気持ちは分らんでも無い。


「まぁ分かっているとは思うけど――この辺には攻撃的な獣や魔物がいないとはいえ、周辺警戒はちゃんとしとけよ」

 余計なお世話だと思われそうだが、念のために俺も忠告っぽいことは言っておく。

 ウチの仲間たちが頼りになるせいか、俺にはどうもあいつらが危なっかしく見えて仕方が無いのだ。


「大丈夫、そこはアタシがやっておくから。心配ありがとうね」

 ふむ、こいつがそう言うなら大丈夫か。

『光る戦士』の女魔導士クェンリーは、この3人の中で1番しっかりしている。

 なんでパーティーリーダーがこのクェンリーでなくムンケケなのかが、ものすごく不思議なくらいに。


 俺たちが心配しているところにオタカ婆――ギルマスが更に心配を被せてきた。

「クェンリー、あんたがしっかりしてるのは分かっちゃいるけど、無理はするんじゃ無いよ。魔力、尽きかけているんだろ?」

 さすが元『ランク:銀』の冒険者、魔力が尽きかけているとか良く気が付いたな。


 魔力を回復させるのには寝るのが1番だが、何もせずにボーっとしていてもそこそこ回復はする。

 休みなく依頼をこなしているなら、減った魔力はほとんど回復できてはいないだろう。

 ウチには魔導士の仲間がいないから、今までそんなこと気にもしてなかったなー。


「だから魔力なんて使いようの無い『採取依頼』にしてるんじゃない。ちゃんとその辺は考えてるわよ――それじゃ、行って来ます」

 クェンリーのその言葉を残して、『光る戦士』は採取依頼へと出て行った。


 頑張るねー。

 つーか、あいつらがいなくなったとなると――。


 この焼いたクモ脚肉を食べきれなさそうなんだが、どうすべ?


 …………


 焼いたクモ脚肉の問題は、すぐに解決した。

 たまたまギルドの荷馬車が村に来ていたので、荷運びの責任者の職員さんと護衛の冒険者たちが、荷下ろしを終えてギルドの喫茶スペースへと休憩に来たのだ。


 俺たちが食いきれないクモ脚肉は、あいつらに処理してもらおうっと。


「――そう、それと伝達事項が1つあります」

「ほう、珍しいねぇ。何だい?」

 職員さんはオタカ婆――ギルマスと事務的な話をしながらお茶をしている。

 のどかな冒険者ギルドだよね、ここって。


「オーガだって?」

 珍しくオタカ婆が大きな声を出したので、周りにいた全員の視線が集まる。

 視線が集まったのに気付いたオタカ婆が、ついでとばかりに皆に説明を始めた。


 ここツギノ村に近い――それでも移動に7日かかる――モールの街の冒険者がオーガの討伐に失敗し、2頭のオーガに逃げられたのだそうだ。

 そのオーガを捜索した結果は結局見つからずじまいに終わったのだが、残された痕跡からしてどうやらそのオーガ2頭は、このツギノ村方面へと移動しているらしいのだ。


 オーガ――それは日本語表記では『鬼』とも『人食い鬼』とも書かれる、大きく凶暴な人型の魔物である。

 この世界のオーガは身長3~4mというサイズで、鬼の表記にふさわしい強靭な筋肉が、その全身をみっしりと覆っている。

 人食いでこそ無いがその習性は好戦的で、特に人型の生き物に対しては積極的に襲い掛かるのだ。


 外見の特徴としては頭に1本ないしは2本の角が生えており、体毛は毛深い。

 体に何かを身に着けるほどの知性は無いが筋肉も腱も強靭なので、断ち切ろうとするならばこちらもかなりの筋力を必要とする。


 もちろん筋力がやたらと高いので、攻撃力もそれに比例して高い。

 そこらの若木を根ごと引き抜いて振り回す程度のことはするので、知性が低いとはいえ道具が全く使えないなどと勘違いをしてはいけない相手だ。


「なら明日からはオーガ探しですね。早めに討伐しないと、この村はかなり防御が手薄ですし……」

 アルスくんがそう指摘すると、その場にいた全員が村の粗末な柵に目をやった。

 そこにあるのは木の杭に適当に板を打ち付けた、隙間だらけで人間の腰くらいの高さしか無い柵。


「確かにアルス坊の言う通りだね――こりゃあ、ちょいと平和ボケし過ぎてたかねぇ」

 ギルドマスターという立場のオタカ婆が、皴の深くなった頬をポリポリと掻いている。

 ボケてるのは平和のせいだけなのかねー。


 まぁ、俺も他人のことは言えんけど……。


「クェンリーさたち、オーガと出くわしてねーといいだけどな……」

 ノミジがボソッっと呟く。


 こらこらノミジさんや、それはフラグというものですよ?

 ……というかクェンリーたちが出かけるときに、盛大にフラグを踏んでった気がしないでもないな。

 あれ? これってヤバくね?


「知らせてあげたほうが、いいかもだな」

 フラグなんて迷信みたいなもんだけど、パネロの言う通り知らせてあげたほうがいいかもしれない。

 どうせ今日はもう依頼を受ける予定は無いのだし。


「そうだね。悪いがアルス坊たち、念のためクェンリーたちを探して今日は戻るように伝えておくれ――採取依頼は延期、ギルマス命令だとね」

「分かりました。じゃあ早速――」

 オタカ婆が決断をし、アルスくんが皆を引き連れて行こうとした時に、村人のおばちゃんがギルドに駆け込んできた――俺より年下の。


「大変だよ! 新入りの嬢ちゃんが、怪我して帰ってきたよ!」

 新入りの嬢ちゃんというとクェンリーのことか?

「今どこにいますか!? わたし回復魔法使えます!」

 パネロがすぐに向かおうとするが、オタカ婆が止める。


「待ちなパネロ嬢ちゃん、回復魔法は取っときな。大回復ポーションがあるから、こっちを使うんだ――アルス坊、クェンリーを回復させたら話を聞いて、すぐに残りの坊や2人を助けに行っとくれ。例のオーガかもしれないからね」

 アルスくんは頷き、俺たちに向かって『行きましょう』と短くいうと、真っ先に大回復ポーションを持ってギルドを飛び出して行った。


 …………


「こっちだ! 怪我人はここだ!」

 何人かの村人が集まっていた。

 その中心には、クェンリーが倒れていてぴくりとも動かないように見える。

 腕が変な方向に曲がってて、血を吐いているようだ。


「場所を開けて下さい! 大回復ポーションを使います!」

 アルスくんがクェンリーに駆け寄り、大回復ポーションを振りかける。

 曲がっていた腕が元の形に戻り、ゴボッと血の塊を吐き出して、クェンリーが目を開けた。


 ほんの少しの間ぼうっとしていたクェンリーだったが、すぐに正気を取り戻し言った。

「オーガよ! オーガが出たの! ムンケケとドビがまだ戦ってる……お願い! 助けに行って!」


 クェンリーの説明によると、採取依頼をしていたところにオーガが2頭襲い掛かってきたらしい。

 残り少ない魔力を使ったクェンリーの魔法もあって、怪我を負いながらも1頭は倒したものの、残りの1頭は未だ健在。

 ムンケケとドビが相手をしている隙に、怪我をし魔力も残っていないクェンリーを、2人が助けを呼びに向かわせたというのが、ここまでの経緯とのことだ。


 話を聞いた俺たちは、すぐに現場へと向かう。

 オーガの気配は知らないが、ムンケケとドビの気配なら覚えている――はずだ。

 待ってろ、すぐに気配を見つけて助けてやるからな!

 ……アルスくんが。


 気配、思い出せるよね。


『状態異常:老化』が発動しないことを祈ろう……。


 …………


「あった! ドビの気配だ!」

 クェンリーの言った通りの方向に、ドビの気配を察知した。

 かなり弱っている。


「タロウさん、ムンケケさんの気配は!」

「無い――つーかドビの気配もかなり弱い、急がないとヤバいぞ」

 気配を察知したことにより、救援に向かう俺たちの速度も速くなる。

 アルスくん、速い――速すぎるよ、みんな追いつけないってば。


 必死で追いかけ続けると、ようやくそいつが見えた。

 オーガだ。

 金属の棒で誰かを殴り続けている。


 ……イヤ違う、殴っているのは誰かだったものだ。

 あるはずの気配は、もうそれには無い。

 そいつはもう命を失い、殴られているものは、もうただの肉塊となっていた。


 少し離れたところに、もう1人大柄な男が倒れている。

 ドビだ。

 まだ気配がある! 生きている!

 あ、動いた!


 僅かに動いたドビの気配を感じ取ったのか、オーガがそちらを向く。

 マズいぞ!


 アルスくんがオーガに迫っているが、少しだけ間に合いそうにない。

 ええい! どうすれば……そうだ!

「ノミジ! オーガの注意を引いてくれ!」

 そうだ、そうだよ。

 頼りになる仲間の存在を、忘れてはいけない。


「任せるだ! こっちを向かせればいいだな!」

 間髪入れずに三()を放つノミジ、さすがだ。

 肩に一矢が刺さるが、残りの二矢はオーガが振り回した金属の棒に払い落されてしまった。


 それでもこちらにオーガの意識が向き、アルスくんがそのすぐそばまでたどり着いた。

「アルスくん! そっちはもう駄目だ! あっちのドビはまだ生きてる! 引き離すように動いてくれ!」

「分かりました!」

 アルスくんが、オーガを挟んでドビとは反対側に動く。


「ノミジは引き続きオーガの注意を引いて!」

「分かってるだよ!」

 よし、これでなんとかドビだけは助けられそうだ。


「パネロはここで待っていてくれ」

「おっさんさんは?」

「今のうちに、ドビをここまで運ぶ――回復は任せるぞ」

「うん、任せて」


 パネロをその場に待機させ、俺は【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動させてドビを救うべく移動する。

 もう少し――もう少しだ。

 ガキンガキンと、オーガとアルスくんが戦っている音がする。


 こちらが巻き込まれないように気を使って、本気で戦ってはいないのだろう。

 アルスくんが、オーガごときに引けを取るはずは無いのだから。


 ようやくドビの元に辿り着いた。

「ううぁ……」

 ドビがうめき声をあげた――良かったと言いたいところだが、なんつータイミングで声を出しやがるんだこいつは!


 オーガがドビのうめき声を聞きつけ、こちらを向いた。

 ヤバい、完全にあの目はドビをロックオンしている。


 オーガが右手に持った獲物を振り上げるのが見えた――あれは、ドビの持っていた武器の戦棍(メイス)か。

 そういやオーガは漢字表記だと『鬼』だったっけか。

 するとこれはアレだな、『鬼に金棒』ってヤツだな。


 などと現実逃避をしつつドビの命を諦め自分だけ逃げることを考えていたら、アルスくんがオーガとの間に立ちはだかった。

 それはピンチの時に現れる、ヒーローのように。


 ガキンガキンと、オーガの振るう戦棍(メイス)(さば)き、守るどころか押し返していくアルスくん。

 オーガが体勢を崩して、尻もちをついた。

「今のうちですタロウさん! ドビさんを連れて早く!」

 俺たちのほうへ振り向き、そう叫んだアルスくんだったが――。


「危ない! 前! 来るぞ!」

 オーガは尻もちをついたまま、アルスくんに向かって戦棍(メイス)を横殴りに振り回していた。

「しまった!」

 カギィィーンと大きな音を立てて、アルスくんの剣と戦棍(メイス)がぶつかり合う。


 いかに筋力の高いアルスくんといえ、真っ正直にオーガの筋力とぶつかり合えば、さすがに敵うものでは無い。

 アルスくんの剣は、オーガの戦棍に弾き飛ばされてしまった。

 これはさすがに、本気でヤバい。


「させないだよ!」

 ノミジが、矢の連射をオーガの背中に突き刺し注意を引く。

 残念ながら矢は、オーガに致命的なダメージを与えるには至っていない。


 オーガがノミジのほうを向きながら立ち上がろうとしている。

 どうする?

 この隙にドビを連れて逃げられるか?


 壁になってくれているアルスくんの手には剣が無い、今オーガに気付かれたらどうにもならん。

 ならば――。


 人型の生き物は、立ち上がろうとするときには必ず足が地面に固定される。

 それはオーガも同じだ。

 左足を軸足にして、膝立ちで立ち上がろうとしているオーガ。

 今なら左足は地面に固定されて、動かない。


 俺は、意を決してオーガの左足へと近づく。

 幸いこちらは後ろを取っているので、狙いは付けやすい。


 狙うのは左のアキレス腱。

 奇襲になるとはいえ、俺の筋力でオーガの頑丈なアキレス腱を叩ききれるかは微妙だ。

 ましてや得物が短剣では、力いっぱい振り回したところでたかが知れている。


 なので刺す。

 両手を添えて狙いを外さぬように固定し、短剣の柄の尻に右足のブーツの土踏まずを当てる。

 つまり腕では無く、足で短剣を蹴り込むように刺すのだ。


 これならパワー不足の俺でもなんとかなるはず――ズレてくれるなよ!

 思い切り足を蹴る、ズレないように短剣を両手で固定しているので肩の関節が伸びて軋む。

 短剣の先がオーガのアキレス腱に食い込む、確かな手ごたえがあった。


 バチイィィン!

 やった!

 ものすごい音がした、腱が切れた――というより、切れかかった腱がオーガの筋肉に引っ張られて引きちぎれた音だ。


 バランスを崩して四つん這いに転んだオーガが、こんどは右足を軸にして立ち上がろうとする。

 右足のアキレス腱も切ってやろうかと俺が動き出す前に、風が舞った。

 オーガが転んだ隙に弾き飛ばされた剣を回収し、再び舞い戻ったアルスくんであった。


 我らがアルスくんは、俺がオーガの左足の腱を切ったのを見て、今度は立ち上がろうとする軸足の右足の腱を狙って剣を振るう。

「ちええぇぇーい!」

 アルスくんが珍しく叫んだ。

 右足の腱を切られたオーガが、再び四つん這いに転んだ。


 転んだオーガの首は、もう剣の届く高さにある。


【真・暗殺術】を使えば、このままオーガを倒せるかもしれないが、俺にはそんな不確実な冒険をするつもりはさらさら無い。

 戦棍(メイス)を持っているオーガの右腕に迫り、短剣を構える。

 目的はオーガの右手の戦棍(メイス)を手放させるか、僅かな時間だけ右腕の動きの阻害。


 当たり前だが、腕や肩などは狙わない。

 俺が振るう短剣などでは、ロクなダメージなど与えられるはずも無いのだから。


 狙うのは右腕の付け根――(わき)だ。

 腋なら柔らかく剣が通りやすい、何より太い動脈が通る急所でもある。


 俺の短剣が、オーガの右腋を突き刺した。

 オーガの右腕が反射的に縮まり、腋がしまる――よし、戦棍(メイス)を手放したぞ!

 その代わりに俺も抜くタイミングを逃して、短剣を手放してしまうことになったけど……。


 だが、俺の短剣などもう必要は無い。

 勝利は既に決まった。


 それはそうだろう。

 何と言ってもこちらには――。


 未来の勇者という、最高に頼りになる味方がいるのだから。


「必殺! 竜首斬(りゅうしゅざん)!」

 高々と飛び上がったアルスくんの上段の構えから、99ある必殺技の1つ『竜首斬』が放たれた。

 オーガの首がゴトリと落ち、俺たちの勝利は決まった。


 必殺技、漢字表記のもあるんだ……。

 《レベルアップしました》

 あ、レベルが上がった。


「ドビさん! しっかりして下さい!――大回復(メガヒール)!」

 アルスくんがオーガを倒したのを見て、パネロが倒れているドビへと駆け寄り『大回復(メガヒール)』の魔法を掛けた。

 そう、俺たちが駆け付けた目的はオーガを倒すことでは無く、ムンケケとドビの救出なのだ。

 つーかパネロさんや、いつの間にそんな魔法覚えたん?


「うあぁ……うう……」

 パネロの回復魔法のおかげで、ドビの意識が戻ったようだ。

 これで一安心だな。


「ああぁぁ!――オーガが! オーガが来る!!」

 意識の戻ったドビが、パニックになってるようで叫び声を上げた。

 そんなに安心でもないかもしんない。


「大丈夫、安心するだよ。オーガなら、もうおらたちが倒したべ」

「え……?」

 ノミジに言われてあたりを見まわし、死んでいるオーガを見つけるドビ。

 ようやく少しだけ落ち着いたようだ。


 その後ムンケケの死に号泣しながら落ち込んだドビを、俺たちはギルドまで連れ帰った。

 大泣きに泣いて泣き疲れたドビは抜け殻のようになっていて、クェンリーが家まで引いていった。


 あいつらは当分依頼どころでは無いだろうな、何せ仲間が死んだのだから。

 暫くは俺たちが、あいつらの分も頑張るとしよう――ちょっとだけ。


 つーかギルマスのオタカ婆が、いつの間にか新たな冒険者パーティーの手配を要請する手紙を書いて、明日荷馬車で戻る予定のギルド職員に渡していた。

 いささかドライなようだが、対応の早さはむしろ称賛されるべきであろう。


 3人が2人になったのでは冒険者パーティーとして機能しないかもしれないし、新たな仲間を募るのであればこんな田舎よりも人の多い都会へ行くことになる。

 どちらにしても、このツギノ村では冒険者が足りなくなるのだ。


 対応が早くても、新たな冒険者の到着はいつになるんだか……。

 ここ、ド田舎だからなー。


 …………


 夜は、誰が言い出したのだか宴会となった。

 ムンケケの死を、村人総出で悼んでいる。


 今日は焼き肉がメインらしい、肉は今日仕留めたオーガの肉だ。

 ……この村の連中は何でも食うな。

 この辺の生態系の頂点は、間違いなくこのツギノ村の村人だろう。


 ドビは家から出てこなかったし、クェンリーもちょっとだけ顔を出しただけですぐに家へと戻った。


 ふと『俺が死んだら、何人の人が悲しんでくれるだろうか?』などと、益体(やくたい)の無い考えが頭に浮かんでしまった。

 パーティーメンバーにツギノ村の村人、サイショの街で出会った人々、冒険者の知り合い……。

 そんなもんかな。


 その中でも、本気で俺の死を悲しんでくれるヤツなど何人いるだろうか……。

 10年後・20年後に俺のことを覚えているヤツなど、何人いてくれるだろうか……?


 ムンケケの死などより、そっちの考えのほうが辛くなった俺は――。


 早く眠りについて、忘れてしまうことにしたのであった。

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