痺れグモの狩猟
― ツギノ村の自宅・夜 ―
※ ※ ※ ※ ※
名 前:タロウ・アリエナイ
レベル:13/100
生命力:823/823(1300)
魔 力:938/938(1300)
筋 力:76(134)
知 力:87(136)
丈夫さ:52(133)
素早さ:29(132)
器用さ:111(139)
運 :135
スキルポイント:4
熟練ポイント:0
スキル:【スキルスロット】【アイテムスロット】
【光球:初級】【着火:初級】【暗視:上級】
【お宝感知:上級】【隠密:極】【鍵開け:上級】
【気配察知:極】【隠蔽:極】【罠解除:上級
【水鉄砲:初級】【呪い:初級】【メテオ:初級】
状態異常:老化
※ ※ ※ ※ ※
これが現在の俺のステータス。
改めて見ると、凄い数値になったものだ。
実際、体も軽く感じるし信じられないくらいの重さの物も持ち上げられる、計算も早くなったし1㎝四方の紙で折り鶴も折れるようになった。
能力的には確かに上がったという実感はある。
なのに覚えたはずの名前が思い出せないとか、ちょっとした動作であちこち痛めるとか、そんなんが未だに無くならないのはどうしてなんだろう?
『状態異常:老化』恐るべし!
あと『運』が良くなった気もまるでしないのは何故だろう?
さて、なんでいきなりステータス表示から始まったのかと言うと、実は俺はこれから【スキルスロット】を回そうとしていたからなのである。
今日はギャラリーがいるのでちと緊張してたりするが、早速始めるべ。
「【スキルスロット】」
俺の目の前にスロットの筐体が浮かび上がった。
「ほえ~、それでスキルが手に入るんですか?」
「そうだよ」
「こっちのは僕も初めて見るんですよ! いやぁ、楽しみだなぁ」
俺の目の前には、パネロとアルスくんが【スキルスロット】を回すところを見物しようと待ち構えている。
俺のスロットの話はもう2人には話してあったので、2人ともさっきから『こんなイベントを見逃す手は無い』とワクワクしながら待っていたりするのだ。
確かに面白そうだもんな――しかもスロットとか、射幸心を煽るし。
ちなみにノミジには仲間になったばかりということもあり、まだ俺のスロットのことは教えていない。
ノミジの歓迎会も終わり家に戻ってきた俺は、昼間の森林ガメの狩猟でレベルが上がったことにより、2ポイントのスキルポイントを得ていた。
今回は計4ポイントとなったこのスキルポイントのうち3ポイントを使って、『戦闘スキル』のスロットを回そうと俺は考えている。
しかしこうガン見されると、やりにくいな。
そんなガッツリ見なくてもいいんじゃないかな? 君たち。
瞬きくらいはちゃんとしたほうがいいと思うよ、俺みたいにドライアイになるかもしんないからね。
さて、ガン見されて意味なく緊張しちゃってるけど、スロットを回すとしようか。
スキルポイントを3投入して――。
レバーオン!
さぁここからは目押しができないので、見守るだけだ。
グルグルと回るリールの勢いが、次第に緩やかになっていき――。
左のリールが停まった。
<暗殺術> ―回転中― ―回転中―
あれ? 今回してるのって『戦闘スキル』のスロットだよね?
暗殺って、戦闘に入るんだっけか?
困惑しているうちに、真ん中のリールが停まった。
<暗殺術> <暗殺術> ―回転中―
はい? また暗殺術ですと? これはまさか……。
《リーチ》
頭の中にリーチのアナウンスが流れた。
3つのリールから、真っ赤な炎が噴き出す――これはアレか? 激アツのリーチってことなのかな?
あー、なんか思い出したぞ。
確かレベル10に到達したから、次のスキルスロットは【ボーナス】か【コンボ】になるとかアナウンスがあった気がする。
てことは――。
最後のリールの炎が、虹色になって燃え上がった。
これは……確定演出ってヤツかな?
きっと【ボーナス】が揃うという確定告知なのだろう。
なんか事前に揃うと知ってると、ワクワク感が削がれてしまってイマイチ盛り上がらんなー。
最後のリールが――停まった。
<暗殺術> <暗殺術> <暗殺術>
頭の中にアナウンスが流れた。
《【ボーナス】が揃いました。ボーナスが揃ったことによって、スキル【暗殺術】が【真・暗殺術】へとランクアップし、更に熟練ポイントが100加算されます》
「ん~? なんか暗殺術っていうのが3つ揃いましたよ」
「タロウさん、これ揃ったら何かあるんですか?」
パネロとアルスくんがスロットの結果を見て、どうなったか知りたいらしい。
「あー、なんか揃ったせいで【暗殺術】が【真・暗殺術】になった」
「シン?」
「それって何が違うんですか?」
やはりパネロとアルスくんが質問してくる。
イヤ、質問されてもね、俺も良く分かってないんすよ。
「ちょっと待ってね、確認してみる」
えーと……スキル一覧から【真・暗殺術】をタップして――。
お、出た。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【真・暗殺術:初級】
暗殺術を極めた向こう側にある、真なる暗殺術。
真・暗殺術のスキルを手にした者は、それだけで伝説級の暗殺者となる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
へー、伝説の暗殺者ねー。
それはアレか? ツボを押しただけで人間を爆散できちゃったりするアレかな?
……冗談はさておき。
俺は伝説の暗殺者になんぞなる気は無いぞ。
【真・暗殺術】は戦闘にしか使わないようにしよう。
使えるよね、戦闘に――漫画で見た暗殺拳の使い手だって、むちゃくちゃ戦闘が強かったし。
「で? どうなんですか?」
アルスくんがじれったそうにしている――あ、ギャラリーがいたこと忘れてた。
「【真・暗殺術】は【暗殺術】よりも上のスキルらしいよ。戦闘にも使えるとは思うけど、魔物相手には……どうなんだろう?」
うむ、自分で口にして気付いたんだが、獣とか魔物に暗殺って意味あるんだろうか?
「だったら明日にでも検証ですね!」
確かに検証は大事だよね、アルスくんの言うとおりだ。
「暗殺術って、どんな風に戦うんだろう?」
パネロの疑問ももっともだ、俺もそれは知りたい。
とにかく手に入れてしまったものは仕方が無い、頑張って【真・暗殺術】を使いこなしてみよう。
……でも、マジな暗殺はやらんぞ。
斥候から暗殺者へとクラスチェンジはしたが、どこかの偉いさんを暗殺するとか、厄介ごとにどっぷり巻き込まれる未来しか見えてこないし。
だからマジな暗殺は絶対にやらん。
……本当にやらんぞ。
絶対だぞ!
フリじゃないからな!
――――
― 次の日・千年樹の森 ―
「あれですね、痺れグモの巣は」
「ほえ~、おっきいですね~」
「だども、どうやって巣に引っかからないように近づくだ? やっぱおらがやるべか?」
痺れグモは巨木と巨木の間に巣を張っており、その中心に堂々と居座っている。
頭の先から尻の先までは3mはあるだろうか、これでも蜘蛛の魔物の中では大きくはないらしい。
巣を張っている巨木は、ここが『千年樹の森』と言われているだけあって、1人や2人では抱えられないほどの頑丈そうな太い幹をしていた。
「うんにゃ、とりあえずなんとかやってみるさ。ノミジは俺がしくじったらすぐに支援よろしく」
「分かっただ、まかせとくだよ!」
ノミジが自信ありげに胸を叩いた――ふむ、けっこうあるな……。
……と、ノミジの胸を見ている場合じゃ無いな。
集中しないと。
【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動して、俺はスルスルと痺れグモの巣に近づく。
さて、ここからだ。
痺れグモは、別に麻痺毒を使うクモという訳では無い。
巣に引っかかった獲物を、巣を通して電撃で感電させて捕らえるので痺れグモと呼ばれている。
さて、巣を振動させると痺れグモが電流を巣に流すはずだから――なんかできそうな気がするから、やってみますか。
俺はとりあえず巣に足を掛けてみて、ゆっくり足を離す――ふむ、くっつかんな。
試しにその辺に落ちてた葉っぱを巣に落としてみたら――あ、くっついた。
痺れグモの巣にくっつかないのは【真・暗殺術】の効果だと思う。
しかもできそうな気がするのはそれだけでは無い――巣をまるで体重が無くなったかのように、僅かな振動もさせずに登れる気もするし、近づけばどこが急所かを瞬時に見抜ける気もする。
どうやら【真・暗殺術】は、暗殺に必要な技能まで補完してくれるらしい。
……【真・暗殺術】って、万能すぎね?
ちなみに【真・暗殺術】はまだ『初級』のままである。
熟練ポイントが100ポイントもあるのに、何故か……?
単に『極』に上げるのを忘れて、そのまま寝てしまったからである。
上げ忘れていたのは、つい今しがた気付いた。
これはきっと『状態異常:老化』のせいだ――そうに違いない。
とりあえず『状態異常:老化』のせいにしてしまえ!
俺はふわりと巣の糸の1本に乗り、そのままひょいひょいと巣を走って昇る――痺れグモが陣取っている裏側のほうを。
ぐるりと周囲を周りながら、尻の側から痺れグモへと近づく。
分かる……俺には分かるぞ!
急所はあそこだ!――って、急所の範囲広すぎだろうよ!
俺が感知した痺れグモの急所の範囲は、頭から足の付け根の近くまであった。
訳わかんねーけど、やってみる!
足と足の間、やや頭の側に短剣を突き刺して――ぐりぐりとかき回してやる!
痺れグモが変な動きをしている。
なんか気持ち悪い。
何度かピリピリと電気が走った感覚があってビビったが、痺れグモは少しして動かなくなった。
巣に引っかかっている死骸を下へ落とし、俺もひょいひょいと下へと降りて行く。
「やりましたね、タロウさん!」
「凄いですねー、暗殺術って」
イヤ、本当に凄いわ【真・暗殺術】
「う~む……確かに凄いんだけど、やっぱ魔物相手だと微妙な気がする。痺れグモだって即死はせずに少しの間生きてたし、生命力の強い生き物だと厳しいかもしれない――凄いんだけど」
「んだな、これならおらの弓のほうが簡単だし確かだべ」
へー、さいでっか。
「でも、痺れグモの巣を駆け上るなんて、初めて見ましたよ」
「なんでくっつかないんですか?」
アルスくんとパネロが感心しているが、何でくっつかないかという理屈なら俺にもさっぱり分からん。
「ほんとに、何でくっつかないんだろうね」
試しにもう1回、糸に足をくっつけて――ん? あれ? おや?
「ん? おっさんさ、なしたんだべ?」
俺の様子をノミジが不思議そうに見ている――イヤ、なしたと言われてもだな――。
「……糸がくっついて取れん」
「えっ!?」
「だってさっきは……」
「へー、不思議だべなー」
うむ、俺も不思議だ。
つーか、不思議は後回しにして、この糸なんとかなりませんか?
マジで取れないんすよ。
…………
― 引き続き千年樹の森 ―
なんとか糸を俺のブーツから削り取り、これからvs痺れグモの2回戦だ。
今回は、ノミジがその弓の腕前を披露する番である。
結局さっき俺が痺れグモと戦った時に、糸に足がくっつかずにいられたのは【真・暗殺術】の効果のおかげで、その後に糸がくっついたのはその効果が無くなったからだ、ということで考察は落ち着いた。
【真・暗殺術】の効果の期間が俺が着地するまでだったのは、そういう仕様だということなのだろう――『無事逃げおおせるまでが暗殺ですよ』ということらしい。
「あれですね」
俺とノミジの察知した気配によって、2匹目の痺れグモはすぐに見つかった。
見つけたのはアルスくんである。
「ほえ~、こっちのも大きいですね~」
確かにパネロの言う通りこっちのも大きい、つーかこっちのほうが俺が倒した痺れグモより大きいのではなかろーか?
「したら、今度はおらの出番だな」
いよいよ自分の腕を見せられるとあって、ノミジが張り切って弓と矢を取り出した。
ノミジの弓は使い込まれた良品で、矢はノミジ本人の手で改良が加えられている。
さほど力を込めているようには見えないのに、弓はギリギリと引き絞られていく。
へ? この距離から射つの?
ノミジから痺れグモまで直線距離で100m弱、しかも標的はかなり上にいる。
けっこう距離があるように感じるが、届くのだろうか?
矢は放たれた――間を開けずに3連射であった。
きれいな正三角形を描くように、3本の矢が痺れグモの頭に突き刺さった。
すごいな――この距離なのに、矢の正確さも威力も申し分ない。
痺れグモはぴくりともせずに、そのまま力無くズルリと巣から落ちた。
「どんなもんだべ! これがおらの腕前だべ!」
ノミジがどうだと胸を張る。
「お見事!」
俺は間髪を入れずに賛辞を贈る。
本当に見事だ――弓の腕も、胸も。
「これから頼りにさせてもらうよ! ノミジ!」
「すごいですよー」
アルスくんとパネロからも素直な賛辞が贈られた。
「弓ならおらに任せとけだべ!」
ノミジは満面の笑顔で、この賛辞を素直に受け止めている。
笑顔の理由は賛辞と……仲間がようやくできた喜びだろう。
自慢して褒められるのが嬉しいのでは無い。
『仲間に』自慢できて『仲間に』褒められるのが嬉しいのである。
気持ちは分かる。
仲間のいる嬉しさは、格別なのだ。
――――
ギルドに戻ると、見知らぬ冒険者が3人いた。
どうやら俺たちと同じくギルドに斡旋された、もう1組の冒険者パーティーらしい。
俺たちの時と同じくオタカ婆――ギルマスに、村での生活の説明を受けているようだ。
男2人女1人のそのパーティーは、中肉中背の剣士の男、大柄な戦棍を持った男、そして魔導士風のローブを纏った女――いずれも若い――で構成されていた。
熱心に聞いているのは魔導士風の女だけで、男2人は『長げーな、早く終われよ』といった感じである。
ちゃんと聞いたほうがいいのに。
「おう、ちゃんと痺れグモは狩れたか?」
後ろから声が掛かったので振り向くと、『ツギノ村の英雄』の面々が顔を揃えていた。
声を掛けてきたのは剣士のリチャーボさん。
どうやら彼らも依頼を終えて、戻ってきたところらしい。
「おらたちを誰だと思ってるだ? ちゃんと2匹、狩ってきただよ」
ノミジがVサインを出して――違うか? 2匹って意味かな?
とにかく、誇らしげに指を2本立てて突き出した。
「お疲れ様――だったら今日はクモ鍋ね」
この人は魔導士のケネノールさん、リチャーボさんの奥さんだ。
今、クモ鍋と言いました?
食えるんだ、痺れグモ……。
あんなグロいのに……。
なんかクスクスと笑い声が聞こえる。
「『思ってるだ』だってよ」
「ぷくく……やっぱ田舎だよな」
今日やってきた冒険者の、男2人である。
なんだこいつら……。
ノミジのことを笑ってるのか?
さすがに仲間を馬鹿にされるのは面白く無いぞ。
「おめーら、何がおかしいだ」
もちろん当のノミジもご立腹だ。
「そうですよ! 方言や訛りを笑うなんて、最低です!」
意外なことに、他人との争いなど大の苦手なはずのパネロが噛みついた。
「仲間のことを笑われては、黙って聞き流す訳にはいきませんね。そこのお2人、この『落とし前』はどうつけてくれるんですかね」
次はアルスくんが殺気を駄々洩れにしながら、男どもを脅し始めた。
アルスくんキミね、ドンゴとジャニに変な影響受けちゃってませんか?
「お、落とし前ってなんだよ。笑っただけだろ? 大したことじゃねーじゃん」
大柄なほうはそんなに気は強く無いようだ、アルスくんの殺気にビビっている。
「面白れぇ、落とし前だァ? つけさせてぇんなら腕づくでつけさせてみろや!」
こっちは中肉中背の男、なかなかのチンピラ度合いだ。
だがその程度の啖呵など、ドンゴとジャニに比べたら迫力不足もいいとこだ。
俺だけ何もしないのは気が引けるので、ここらでちょっとだけいいカッコをさせてもらおう。
【隠密】と【隠蔽】を発動し、ついでに【真・暗殺術】も発動。
ここにいる全員の目の前から消え失せ、瞬時に男2人の背後に移動してそれぞれの喉元に鈍く光る金属を押し当てた。
もちろん【真・暗殺術】は、間違って殺さないように直前でキャンセルしている。
「いいのか? 腕づくで落とし前をつけちまっても?」
男2人の間に顔を出し、耳元で雑に囁いてやる。
「ひいっ! わかった、謝るから! ごめん!」
大柄なほうはすぐにギブアップした。
「お、おい待てコラ!――ギルマス! いいのかよ! こいつギルドん中で刃物出してんぞ!」
中肉中背のほうは、ビビりながらもギルマスに助けを求めやがった。
確かにギルド内で刃物や武器を振り回すのはご法度だ、しかし――。
「はて、最近めっきり目が弱くなっちまってねぇ――刃物なんて、あたしにゃ見えちゃいないね」
オタカ婆もなかなかの芸達者だな……それまでの惚けた口調をガラっと変えて、後半部分の声にはドスを効かせたりしてるし。
「なんだよ! ギルマスまでグルかよ! 汚ねぇぞ!――わかった、わかったよ謝るよ。悪かったって!」
いつまでもグダグダと往生際が悪かったので、ちょっと強めに首に光る物を押し付けてやったら、あっさり謝ってきやがった――最初からそういう態度を取れば良かったものを……。
「だ、そうですよ。どうしますノミジ、許してあげますか?」
「んだな、許してやるさ――これに懲りたら口の利き方には気を付けるべ、おらたちはあんたがたよりずっと強いだからな」
アルスくんが腕組みをしながら聞くと、ノミジは訛りを笑った2人をあっさりと許してやった。
「そういうことなんでタロウさん、もういいですよ」
そうアルスくんに言われたので、俺は男どもの喉元に突き付けていたものを、ゆっくりと見せびらかすように離す。
「あっ……!」
「なっ……!」
今まで喉元に突き付けられていた物を見て、男どもが声を上げた。
俺が手にしていた物は、スプーンとフォークであった。
イヤ、だってこういう展開って、お約束じゃん。
俺は約束は守らんこともあるが、お約束はきっちり守る男なのだ!
「さて、挨拶は済んだみたいだな。今夜は村総出での歓迎会だ、夜になったら全員広場に集合だからな――遅れるんじゃないぞ」
タイミングを見計らっていたのか、リチャーボさんがここで声を掛けてきた。
適当に『はーい』『うーす』と返事をしながら、俺たちは納品カウンターへと向かう。
新加入3人組も女魔導士が男どもの尻を叩いて、割り当てられた家へと向かって行った。
あいつらあんまし田舎向きの性格じゃ無さそうだなー。
すぐに我慢できなくなって、もっと都会なところに行くとか言いだしそうだ。
もっとも、そんなことをすれば、ギルドからのキツいペナルティが待っているのだが。
アイテム袋から、俺たちが狩った痺れグモが取り出された。
『おぉ~』とギルド内に緩い歓声が上がる。
今日の歓迎会はクモ鍋だ。
……ホントにこれ食うの?
すんません、やっぱちょっと抵抗が……。
――――
― 夜・村の広場 ―
村の人たちが集まってきた。
これから村では、3夜連続の宴会である。
この村にはアレか? 毎日宴会をする風習でもあるのか?
新加入の3人組冒険者もやってきた。
メインディッシュがクモ鍋と聞いて、微妙に嫌な顔をしている。
だよねー、俺だけじゃ無いよねー。
もうさ、俺以外の全員が『クモ鍋? 普通ですが何か?』みたいな態度だったから、疎外感半端無かったのよ――そうだよな、都会派のお前らも違和感バリバリだよな。
仲間がいて、良かった……。
歓迎会なので、まず最初は挨拶の嵐から始まる。
うむ、村の人たちの名前は確か一昨日も聞いたはずなのだが、まるで記憶に残って無いな。
まぁ覚えるのは、ぼちぼちでいいよね?
挨拶が終わって、宴会が始まった。
あ、くそっ! 新加入3人組が、空気読んで鍋の中のクモ脚肉食いやがった!
そこは『こんなもん食えるか!』と言って鍋ひっくり返せよ! このヘタレどもが!
この流れで俺だけ食わん訳にもいくまいな――仕方ない、食ってみるか。
食ってみたら、案外美味い可能性もある訳だし……。
どう見てもイベント用の大きな鍋から、俺の腕と同じくらいの長さにぶつ切りされたクモ脚を取り出す。
……うむ、けっこう毛深い。
カニ脚みたいに中の棒肉をツンツンして、反対側から飛び出させてみた。
あ、思ったより中身少ねー。
殻を捨てて、中身だけを見る。
カニっぽく見えないことも無い。
「タロウさん、食べないんですか?」
「いやぁ……クモ脚とか初めて食べるからさ、良く見ておこうと思って」
さりげなくアルスくんにプレッシャーを掛けらけてしまった――イヤ、本人にはそんな気はさらさら無く、俺が勝手にプレッシャーを感じているだけなのだが。
ええい! 男は度胸!
パクッ
……ん?
不味くは無い――つか甘い。
素材の甘み的な甘さではなく、甘味のほうの甘さ。
血糖値に影響がある的な甘さである。
ということはこのクモ鍋、甘味鍋か?
おそるおそる鍋の中の野菜と汁を椀に入れて、食べてみる。
……やはり甘い。
なんだろう……脳内の記憶に無い、野菜鍋と甘味という違和感が気持ち悪い。
味的には不味くないんだよ? ただこう――視覚で予想する味と、舌で味わう味が違い過ぎてさ。
これは慣れが必要だなー。
クモ鍋に悪戦苦闘していると、新加入3人組の1人である、魔導士の女が近づいてきた。
「さっきはウチの連中が失礼したわね」
「大したことじゃありませんよ――と言いたいところですが、仲間を嘲笑されていい気分がする冒険者はいませんからね。今後は気をつけて下さい」
アルスくんが厳しい顔をしてそう返答をした。
俺も同感だ。
「もちろん今後はあんなことが無いよう、あいつらにはキツく言っておくわ」
「そうして下さい――でないと、本当にタロウさんに暗殺されちゃいますよ」
と言いながら、俺のほうを見るアルスくん。
イヤイヤ、暗殺なんか俺はやらんからね、変なこと言わないでくれる?
「そうね、気を付けるわ。それにしてもあの動き、相当な手練れね――きっとこれまで数えきれないほどの暗殺をしてきたんでしょうね」
それを聞いて、俺はブフォッとクモ鍋汁を噴き出した。
なんつーことを言いやがるんだ、この女は!
俺はゲホゲホと気管に入ったクモ鍋汁をなんとか咳き込んで追い出し、抗議をする。
「あのな――ゲホゲホ――俺は訳あって暗殺スキルを持っちゃいるが、暗殺なんぞしたことは無いぞ。つーかさアルスくん、誤解されるようなこと言うのは勘弁してよ」
アルスくんは『すいません』とか言ってる割にはアハハと笑っている。
「そうなの?」
「そうだよ――俺はタロウ、斥候だ。よろしくな」
俺はポカンとしている魔導士の女に、右手を差し出した。
野郎2人と違って、こいつなら仲良くできそうな気がする。
若い女性だから仲良くしたいとかでは無いからな。
……絶対に違うんだからな!
「クェンリー――見ての通り魔導士よ」
俺とクェンリーはがっちりと握手をした。
「ノミジ! 弓士だべ!」
どこから飛んで来たんだか、強引にノミジが割り込んでクェンリーと握手をした。
つーか、俺がクェンリーと握手してたのに3秒で思い切り剥がされるとか――どっかのアイドルグループの握手会かよ!
「僕はアルス、剣士です」
「わたしはパネロ、治癒士よ」
いつの間にかパネロもいた、これで『黄金の絆』全員が揃った訳だ。
それにしてもこいつら、わざわざ握手のためにここへ来たのか?
と思ったら、ノミジが俺の考えを悟ったかのようにここに来た目的を話し始めた。
「そうだ――ほれ、おっさんさにおかわり持ってきただよ。クモ脚、甘くて美味いだべ?」
なるほどノミジくん、君はわざわざ気を利かせて俺におかわりを持ってきてくれた訳だ。
ふむ、ありがとう――嬉しいよ、気持ちは……。
だけども、俺にはちょっと微妙なんだよね。
断りたいが、目の前にはノミジの満面の笑みが……。
俺はちょっとだけ引きつった笑みを浮かべながら――。
2本目のクモ脚を手に取ったのであった。
【真・暗殺術】は人類専用なので、魔物相手だと『こうかはいまひとつのようだ』となります。
また、基本暗殺専用スキルなので、戦闘にも『こうかはいまひとつのようだ』になっちゃいます。
という設定。




