巨大カエルの討伐
― キルド・朝 ―
「おはよーっす」
相変わらず挨拶が返ってこない冒険者ギルドへと、俺は今日もご出勤。
出勤はしたのだが、実は今日はみんなで話し合って休みにしたので、ここに特に用は無かったりする。
なんで俺ギルドに来ちまったかなー。
習慣って怖いよね。
喫茶スペースへ行きかけてやめた。
ジャニがこっち見てニヤニヤしてやがる。
あいつ、俺が休みの予定なのにギルドに来たのを察して、絶対からかうつもりだな。
よし、Uターンして外へ出よう。
外に出た時に『うひゃひゃひゃ――おっさんのやつ、あれ絶対休みなのにギルドへ来ちまったんだぜ』とか扉越しに聞こえたが、気にはすまい。
つーか、気にしたら負けな気がする。
さて、外に出たはいいがこの時間だといつも昼飯を買っている屋台くらいしか、食事を食えるところが無い。
それだと正直いつもと同じような行動になってしまうので、休みという気がしない。
たまには自分で料理でも、と思わないでも無いが生憎俺は宿屋住まい。
キッチン的なものは部屋には無い。
宿も素泊まりのみの安宿なので、当然朝食なんかも出ないのだ。
朝飯どうしよう……?
いつもの屋台じゃない朝食――ギルド以外にどこかあったっけ?
食事処は思いつかなかったが、代わりに自分の持っているスキルのことを思い出した。
俺の初期スキルである【アイテムスロット】、その中で1000円を投入して回す『食品アイテム』のスロットなら食べ物が手に入るはずなのだ。
『食品アイテム』の中には、コメや肉などの各種素材はもちろん、調味料や菓子、更には冷凍食品とかカップ麺までラインナップに揃っている。
そこの設定だけは、俺は何故かちゃんとやっていた。
そして『ファンタジー異世界には無い食べ物を売って金儲け』とかいう、良くあるエピソードを書くつもりだったのである。
久しぶりに食いたいな、カップ麺。
イヤ、この際カップ麺でなくてもいい――何かジャンクな物が食いたい。
ハンバーガーでもフライドチキンでもドーナツでもいい――ピザって設定してあったっけかな?
こうなるともう人間というものは止められない。
俺は人気の無さそうな建物の隙間に入り込み、【アイテムスロット】の青い筐体を呼び出した。
1000円――銀貨1枚を投入して、レバーオンだ!
相変わらず目押しのできない3つのリールが回転し始める。
やがて少しずつ回転がゆっくりとなっていき――。
左端のリールが停まった。
<塩コショウ> ―回転中― ―回転中―
いきなり調味料が来たか。
つーか、塩とコショウならこっちの世界でも手に入るんだよなー。
でもこっちで買うとそこそこいい値段するから、悪くは無いかもしれない。
次に停まったのは、もちろん真ん中のリール。
<塩コショウ> <豚ひき肉> ―回転中―
豚ひき肉とか、こっちにもあるし……。
あ、こっちのは猪の肉のヤツだったか。
これで朝飯に、豚ひき肉に塩コショウを掛けて食うのは決まった。
そして最後の右のリール。
<塩コショウ> <豚ひき肉> <缶コーヒー>
……おぉう!?
なんか変な声出ちまった。
これは……良いものだ。
単にコーヒーというならば、こちらの世界にもある。
焙煎した豆を挽いて、お湯を注いで出来上がる黒くて深い苦みのある香り高い飲み物。
それはどちらの世界でも変わりはない。
だが『缶コーヒー』というものは、単なるコーヒーとは別物なのだ。
そこそこ本格的な割には何故かジャンク感が漂うその飲み物は、俺のようなおっさん世代には友と呼べるほどの身近で特別なアイテムなのである!
今回手に入れたのは、ミルク感たっぷりの甘いヤツ――実は微糖派な俺だが、今はそんなもん些細な違いだ。
すぐに飲みたい!
だが、せっかく缶コーヒーを飲めるのであれば食後に飲みたい。
俺は急いで宿に戻った。
宿の俺の荷物にある、いつも町の外で茶を沸かすために使っている小鍋を取りに行くのだ。
本当はフライパンがあればいいのだが、持っていないしこの時間では雑貨屋も開いていない――そのうちまた使うかもしれないから、後で買っておくことにしよう。
宿に戻って部屋に入る。
この宿は内側からしか鍵を開け閉めできないようになっているが、俺には【鍵開け:上級】のスキルがあるので、こんな安宿の鍵などチョイチョイってなものだ。
寝ているアルスくんを起こさないように部屋に――って、起きてるじゃん。
「どうしたんですタロウさん? 泥棒みたいに入ってきて――部屋に入るなら一声掛けてくれれば、僕が鍵を開けるのに」
俺が部屋に入ると、ちょうどアルスくんが日課の朝のストレッチをしていたところだった。
「イヤ、ちょっと鍋を取りに――まだアルスくんが寝てると思って起こさないように、と」
「鍋ですか? 今日は休みにしたのに――はっ! まさか依頼を……!」
俺が何か適当な小遣い稼ぎの依頼を受けたのかと思ったらしく、アルスくんの目がキラキラと光る。
この依頼中毒め。
「受けてないってば、ちょっと料理みたいなことをしたかっただけでさ。そこらで火を使う訳にもいかんから、街の外でやろうと思って」
「なるほど、ピクニックですね!」
うむ、それはなんか違うと思う。
つーか、何でピクニックだと思えるのかが不思議なのだが……。
「うんにゃ、朝飯食うだけだし」
「一緒に行ってもいいですか?」
「へ? なして?」
「だって、楽しそうじゃないですか!」
楽しい……か、朝飯食うだけなんだけどなー。
でも考えてみたら俺もこれくらいの歳の頃は、友達とダベりながら外でなんか食うとかすごく楽しかったような記憶がある――もう思い出すのに苦労するような、遠い記憶になっちゃったけど。
「そうか――そうだね、じゃあ一緒に行こうか」
遠い記憶となってしまったものはこれからも薄れていくだろう、これはもうどうしようもない。
だったら新しい記憶――イヤ、思い出を作ろう。
せっかくこの世界に来て初めてできた友人、アルスくんという存在がいるのだ。
楽しんで、思い出を作って、俺の残りの人生を充実させてやろう。
いつまでこの世界にいるかは分からないが、俺をこちらの世界へと飛ばした『読み専の女神』だって、思い出作りなどするなとは言わんだろう。
むしろ思い出は物語の中に生かせるかもしれない。
いつか俺が書くはずの物語に、このエピソードも加えてやろう
俺の目標は『リアルな描写の、異世界転移ファンタジー小説を書く』ことなのだから!
……最近この小説を書くという目標、忘れがちなんだよね。
なんかね、冒険者生活が順調で充実してるもんだからさ。
…………
― サイショの街のすぐ外 ―
俺たちは街の門を出て、ほんの少し離れた林の中に来ている。
俺は豚ひき肉を焼いて食うつもりだが、アルスくんはいつもの屋台で肉串を買ってきている――『朝から肉串かよ』と口から出掛かったが、自分も肉を食おうとしていることに気付いて思いとどまった。
焚火の準備をして――さて、お料理の時間だ。
豚ひき肉は、ロウでコーティングされた包装紙で包まれていた――発泡スチロールのパックとかなら、こっちの世界で珍重されて高値で売れたかもしれないのにね。
包まれていた豚ひき肉は、たった100g。
これは量るまでも無く、包装紙に記載してあった。
熱した小鍋にひき肉を落とすと、ジュワーっと音がする。
そこに塩コショウを、サッと振りかけた――これはガラスの瓶に入っていて、金属の内蓋には小さな穴が開いているものだ。
ここで困った。
焼いている豚ひき肉をかき混ぜる物が無い。
コレはマズい――これではコゲついたり、焼きムラができたりしてしまう。
とりあえずスプーンで混ぜようかな……。
そこにアルスくんが声を掛けてきた。
「あの……こんなのあるんですが、使いますか?」
手に持っているのは何やら金属の――ヘラ?
聞くと親御さんに『料理をすることもあるだろうから』と持たされていたのを思い出し、持ってきたのだそうだ。
ちなみにフライパンも、持っているらしい――早くそれを教えてくれれば、そっち借りたのに……。
ササッと焼きながら良くかき混ぜて、料理の時間は終了。
さぁ、実食タイムだ!
食器の類とかは持っていないので、小鍋からスプーンで直食いである。
箸とフォークとスブーンは、かろうじて持っていたりする。
ふむ……ちょっと薄味だが悪く無い。
『ちょっと1口』とアルスくんにお願いされたこともあり、たった100gの豚ひき肉は瞬時に消えた。
正直物足りない。
だがまぁそれはいい。
本命はこれからなのだから。
俺は荷物から缶コーヒーを取り出し飲み口を開け、一口だけ喉に流し込む。
染みるわ~。
体よりも心に染み渡る。
なんなんだろうなー、これ。
缶コーヒーもアルスくんに『ちょっと一口』と言われたので、少し減ってしまった。
お前はどこぞの女子か!
缶も空になったので、あとは後片付け。
もちろん使った小鍋やスプーン、アルスくんに借りたヘラは【水鉄砲】で流しながら綺麗に洗った。
それにしてもこのヘラ凄いな。
使い勝手も良かったし、何より【水鉄砲】程度の水量でサッと流しただけで、こびりついたはずの汚れが綺麗に取れてしまった。
アルスくんに聞いたら、このヘラはたぶんミスリルを使った合金で、貴族の家ではよく使われている高級品なのだとか。
俺もいつかは欲しいなー、などとつい口に出してしまったら『じゃあプレゼントしますよ』とミスリル合金で作られた調理用品一式をアルスくんが俺に渡そうとしてきた。
「イヤ、さすがにこれは受け取れんて」
「遠慮しないでくださいよ、僕とタロウさんの仲じゃないですか」
なんか社会人の遠慮合戦みたいになっちまったな。
で、ついついこんなことも言っちまった。
「だいたいその俺たちの仲って何なのよ?」
その問いに対する答えはこう――。
「僕にとってタロウさんは、信頼できる仲間で、尊敬できる人で、命を預けられる友人です――だからせめてこのくらいは受け取って欲しいんですよ」
と、それがアルスくんの答えだった。
なんともこそばゆく嬉しいことを――アルスくんも俺のことを友人だと思ってくれていたか、それに命すら預けられるとまで言ってくれるとか、照れるじゃんか。
だがしかし、それでもミスリル合金の調理用品をもらうのは断った。
俺へのプレゼントなんて、友人だと思ってくれているその気持ちだけで十分なのだ。
友人の証に物なんて要らない、互いの気持ちと思い出があれば、それでいいのだ。
あ、でもミスリル合金の調理用品一式は、これからその都度借りることにはしたけどね。
…………
朝飯と缶コーヒーのイベントも終わり、まったりとした時間を過ごす。
アルスくんはと見ると、空き缶を矯めつ眇めつじっくりと見ている。
なるほど、空き缶は確かに珍しいかもしれないな。
珍しいから高値で売れたりするだろうか?
「タロウさん、ひとつ聞いて良いですか? このコーヒーって、いったいどこでどうやって手に入れたんです?」
やっぱりそこ、聞いてきますか……。
正直俺のスキルやアイテムの手にいれる方法は、人には教えたくない。
特に武器や防具、ヤバいアイテムなどは時にとんでもない物が出てくると知られたら、国やギルドが黙っているはずがない――俺は間違いなく監禁されて自由を奪われてしまうだろう。
だが、先ほど友人であることを確認したばかりのアルスくんなら話は別だ。
聞かれたことの答え――俺のスキルの話は伝えておくべきだろう。
アルスくんは、俺の友達なのだ。
「アルスくん、この話は俺たちの間だけの話にしておいて欲しいんだが――」
そうやって俺が切り出した話は【スキルスロット】と【アイテムスロット】――俺が最初から持っているスキルの話。
レベルが上昇すると得られるポイントで回せる【スキルスロット】で、今まで様々なスキルを得ていた話。
お金で回せる【アイテムスロット】で、防具の一部や缶コーヒーを手に入れた話。
そんな話にアルスくんは、何も聞かず黙って耳を傾けてくれた。
暫く目を閉じ、じっくり考えてからアルスくんが口を開いた。
ものすごーく真面目な顔をしながら。
「特殊な召喚系スキルになるんですかねぇ」
「何が?」
「タロウさんの【スロット】のスキルの話ですよ、もちろん」
なるほど……【スロット】で手に入る物は、どこからか召喚されている、と。
こじつけっぽい気もするが、そこそこ説得力はある気もする。
スキルの召喚ってのは、ちょっと無理矢理感があるが。
「あー……それでいいんじゃね。特殊な召喚スキルってことで」
「適当ですね、タロウさんのことなのに」
「なんか考えるの面倒っちい、きっと『状態異常:老化』のせいだな」
歳取ると頭の深いところで考えるのが、しんどくなるのよ。
「それ老化のせいというより、タロウさんの性格ですよね」
ギクッ!
「そ、そうかな?」
イヤ、確かに元々面倒臭がりではあるんだけどさ。
「さすがにもう、タロウさんの性格は分かってきましたから。やらなくて済むことは、極力やろうとしませんよね――それでいて興味のあることだけは、ずいぶん熱心だったり……」
こらこらアルスくん、それじゃこの俺が自分の興味のあることしかやらない、自由気ままで自堕落なおっさんみたいじゃありませんか――ここ最近の生活を顧みるに、否定する要素が見当たらんけどさ。
おかげさんで、ストレスフリーな生活ができてるんだよねー。
普段から街の外に出て大自然に囲まれてるから、冒険者なんて命がけの仕事をしてる割には、気分は田舎でスローライフだったりするし。
「あー……じゃ、この件に関してはそういうことで――つーかアルスくんにはぶっちゃけちゃったからもう問題無いだろうし、もう1回【アイテムスロット】回すわ。豚ひき肉100gぽっちじゃ、なんか食った気がしなくてさー」
しかもアルスくんに1口食われちまったしな。
「ぜひっ! 僕も見たいです!」
もちろんいいよー。
じゃあ早速――。
「【アイテムスロット】」
俺の目の前に、青い筐体が浮かび上がる。
さて、銀貨1枚――1000円を……。
「あの……タロウさん、見えないんですが」
あれ? これ、俺にしか見えなかったりすんの?
誰にも見られないように、こっそりとスロットを回していた俺って一体……。
つーか見えないとか言われても、どうしたらいいんだこれ?
あちこち調べたら、ものすごい目立つところにスイッチがあり、それを押したらアルスくんにも見えるようになった。
ここ数年よくあるんだよねー……目の前の目立つはずの物が、なんでか視界に入らないとかさ。
思い込みで脳が知覚しないとか、そんなの。
「そんじゃ回すよー」
「はいっ!」
アルスくんは目をキラキラさせながら、かぶりつきでガン見だ。
面白そうな見世物だもんね。
それでは……タロウ、いっきまーす!
『食品アイテム』、レバーオン!
なんか美味そうな食い物、来ないかなー。
回転がゆっくりとなっていき、左端のリールが停まった。
<塩> ―回転中― ―回転中―
むぅ……。
既に塩コショウを持っているんだが……。
まぁいいか、塩だけ振りたい時もあるだろうし。
次は真ん中のリール。
<塩> <サイショキノコ> ―回転中―
これは探せば街の近くに生えてる、この地の特産品なんだが……。
つーか、こっちの世界の物も手に入るんだね。
にしても、もう少し腹に溜まる物が欲しいなー。
そして最後の右のリール。
<塩> <サイショキノコ> <カチョカヴァロチーズ>
おっ……おぉっ!?
最後に何かキタ――(・∀・)――!
缶コーヒーといい今回のカチョカヴァロといい、最後のリールには特殊な何かがあるのだろうか?
「これ、変な形のチーズですね」
もうアルスくんが麻袋を開けて中身を取り出している――イヤ、いいんだけどね。
「紐で吊るして作るから、こんな形になるらしいよ」
詳しい作り方は、俺も知らんけど。
さて、せっかくだから食べよう。
カチョカヴァロは200gあるから、そこそこ食いではあるだろう。
アルスくんにミスリル合金のフライパンを借りて、焚火にかける。
熱したところにカチョカヴァロを、ナイフで1㎝くらいの厚みに輪切りにしてフライパンに落とす。
ジュウという音を立てながら焼かれ、カチョカヴァロから油が染み出てきたのを見計らって、サイショキノコを適当に切り分けてフライパンに乗せる。
サイショキノコは舞茸のような形のキノコで、食感がポリポリしていて美味い。
カチョカヴァロをひっくり返して両面が少し香ばしくなるようコゲ目をつけ、柔らかくなったところでたっぷりとチーズの油を吸ったサイショキノコを包む。
これで完成だ。
「ほい、アルスくん。食べてみ」
俺も箸でつまみながら、アルスくんにも勧めた。
「いいんですか?」
「いいよ、最初からそのつもりだし」
つーか『待て』を覚えたばかりの子犬みたいな反応されたら、食べさせないわけにはいかんだろうに。
アルスくんが待っていたかのようにフォークを取り出し、サイショキノコのチーズ包みに突き刺して、パクっと口に入れた。
モグモグと咀嚼した瞬間、大きく目を開いて無茶苦茶美味いとアピールしてくる。
んな大袈裟な。
俺もパクリと――あ、これマジで美味いわ。
ビールが……イヤ、ワインが欲しかったな。
あっという間にサイショキノコのチーズ包みは無くなり、朝飯はこれでおしまい。
うむ、満足満足。
ミスリル合金のフライパンは、やっぱり【水鉄砲】でちょろっと洗い流しただけでピカピカになった。
後片付けがすごい楽。
いつか自前のを買おうっと。
後片付けも終わったところで、アルスくんがにじり寄ってきた。
「あの、僕もやってみていいですか?」
顔が近いぞ。
アルスくんがやってみたいと思うのも分かる。
つーか、こんな面白そうなものが目の前にあれば、やってみたくなるのは当たり前であろう。
「いいけど、良さげなものが出るとは限らないからね」
【アイテムスロット】はスロットの名が付く通り、ギャンブル性が高い。
缶コーヒーやカチョカヴァロは、たまたまの当たりだと思った方がいいだろう。
「分かってますよ。お金を入れて……これを引っ張ればいいんですよね。」
本当に分かっているのかなー。
おじさん心配。
それよりもこの【アイテムスロット】って、俺じゃなくても回せ――『あ、回りましたよ!』――回せちゃったね……。
〔結果〕
1回目:きゅうり・小麦粉・イナゴの佃煮
2回目:うずらの卵・みかん・人参
3回目:水菜・ほうれん草・麩
4回目:甘酒・塩・桃の缶詰
5回目:ツナ缶・熊肉・イワシ
6回目:乾燥ワカメ・じゃがいも・美味しい水
7回目:レタス・牛乳・人参
「手持ちの銀貨が無くなっちゃいました、街へ戻って両替してこないと――そうだ! タロウさん、大銀貨なら1万円なんですから、10回できますよね!」
「イヤ、今回はここまでにしよう。つーかどうすんの? この食材とか飲み物」
「要らないものは誰かにあげればいいじゃないですか。それよりあと1回だけ! 次こそは美味しそうな物が出てくる気がするんですよ!」
「さっき『これで最後にします』って言ってたじゃん。それに美味しそうな物とかなかなか出ないから、出そうな気がするだけだから」
まだ回したいとゴネるアルスくんをなんとか説得し、きょうはこれで無理矢理おしまいにさせた。
あと、放っておいたら全財産ブッ込みそうな勢いだったので、これはギャンブルみたいなものだから続けてやるようなものでは無いと説明し、当分はスロットを禁止にしておいた。
アルスくんは不満そうだが、これも本人のためである。
アルスくんはアレだな――課金ガチャにハマって爆死するタイプの人だよなー。
改めて今回スロットで手に入った食品群を見る。
これ全部、ある意味リアル課金アイテムなんだよなー。
……なんかショボいけど。
さて、いいかげん街へ戻ろう。
アルスくん、宿に戻る前にお酒買って帰らないか?
あとマヨネーズも。
イナゴの佃煮と……あとツナ缶とマヨ混ぜて、野菜をディップして酒のつまみにしよう。
今日は宿飲みといこうじゃないか。
…………
宿に戻ると、俺とアルスくんが2人で出かけていたのを知ったパネロに怒られた。
『仲間ハズレなんてひどい!』などと言われたので、『今日は男同士の交流会なのだ』とか適当なことを言っておいた。
『今度はおっさんさんを仲間ハズレにしてやる!』とかパネロが言っているので『好きにするがよい』と答えておいた。
俺が仲間ハズレになるということは、アルスくんと2人っきりということだぞ。
それはデートというものでは無いのかな?
面白そうだからいいけど。
――――
― 次の日 ―
「うすらバカでかいな」
「ギルドで聞いた情報より、大きいですね」
「ほえ~」
俺たちの目の前には、大きな沼――名はノカラ沼という――と体高5mはあるであろうカエルが見えていた。
そう、今日の依頼は、この『巨大カエルの討伐』なのである。
街の水産資源は、この沼と近くにある川で獲れるものだけなのだが、普段は安全なこの場所につい最近どこからか巨大カエルがやってきて住み着き、危険だということで沼で漁ができなくなってしまったのだ。
生き物というのは巨大というだけで、普通に危険である。
この巨大カエルだって、生きたまま人間を丸呑みにするくらいはする。
ちなみに、毒とかは無いらしい。
それにしてもこの巨大カエル、どうやって倒せばいいんだろう?
俺の短剣なんぞ、肉にすら届く気がしないぞ。
アルスくんが自信満々でこの依頼受けたから、たぶんなんとかしてくれるとは思うんだけどね。
「タロウさん、僕が殺ります! 少しだけあいつの注意を引いて下さい!」
「へ? あ、うん」
思わず反射的に返事しちまったけど、注意引くってどうすりゃいいんだ?
えーと……。
よし、とりあえず刺そう。
とりあえず気配とか色々消して……。
後ろに回り込んで……。
えいっ!
ズブッ!
……反応が無い。
おかしいな――刺さってるよね?
もう1回刺し直してみっか。
ズブっとな。
……うむ、反応が無い。
コレはアレかね、やっぱ短剣が肉まで届いてないから痛くないとかなのかね?
とりあえずもう1回刺してみて、駄目だったら――。
ブモウオォォォ!!
いきなり巨大カエルが吠え、こっちを向いた。
こいつまさか……神経伝達に時間が掛かる、鈍い系のヤツか!
ヤバい! ヤバいから気配とか消して、逃げよう!
俺がそう思った時、アルスくんの姿を見た。
体高5mを超える巨大カエルの更に上まで飛び上がり、剣を振りかざすその雄姿を。
「トルネードぉースラッシュ!」
ギュンギュンと回転しながら横薙ぎに放たれたその斬撃は、巨大カエルの首をバッサリと切り落とした。
さすがアルスくん、お見事!
お見事なんだけどさ――今、技の名前叫んでなかった?
それはちょっと……どうなんだろうか……。
「タロウさんどうです! 見てくれましたか!」
「うむ、見たけども……今のは?」
「僕の必殺技の中の1つです!」
「ほう」
必殺技ですか……。
イヤ、まぁ、大したもんだけどね。
パネロなんて『アルスくん、カッコいいです!』とか言って、拍手してるし。
でもねー、必殺技出す時に技名叫んじゃうのは……。
あれ? そういえば――。
「必殺技の中の1つとか言ってたけど、必殺技っていくつあったりするの?」
「99個です! 大変だったんですよ、99個も必殺技を編み出すの!」
へー、そうなんだ。
まぁいろいろとツッコミたいところもあるけども――俺も欲しいな、必殺技。
…………
さて……とりあえず巨大カエルは倒したので、これからがようやく本題である。
「とりあえずこれだけ切り落としてきましたから、早く食べてみましょうよ! 巨大カエルの肉、評判通り美味しいのかなぁ……楽しみだなぁ」
アルスくんは昨日の朝飯の後、狩った獣や魔物をその場で調理して食べたら美味しいのではないかと思いついた。
思いついて今朝、依頼にある獣や魔物をリサーチして、美味しいらしいと目星をつけたのがこの巨大カエルなのだ。
つまり今回の『巨大カエルの討伐』の依頼は、アルスくんが巨大カエルを食べてみたかったという理由だけで選んだ依頼なのである。
ちなみに、俺も食べてみたかったので賛成した。
毎回こういう理由で依頼選ぶのとかは、さすがに止めておこう。
火を起こしてフライパンを温めて、まずは野菜を刻んで投入。
刻んだのは昨日アルスくんが【アイテムスロット】で引いた、ほうれん草と人参とレタスである。
軽く火を通したところで肉を――って、ずいぶんでかい塊を切り落としてきたな。
10kgくらいあるんじゃねーのか?
まぁいい――巨大カエルの肉をナイフで一口大に切り落としながら、フライパンに投入。
この端っこ辺りの、いかにもゼラチン質たっぷりの皮のとこも焼いてみよう。
けっこうてんこ盛りになったな。
上手く焼けるかな?
いいかげん焼けたところで塩コショウを入れる。
ここでちょっと味見。
うむ、けっこうイケる――鶏肉だな、それもうまみの強い地鶏系。
おぉ! カエルの皮が意外にも美味いぞ!
脂の甘みと旨味が凝縮していて、崩れかかったゼラチン質の部分が口の中でホロリとほどける食感。
しまった! 酒持ってこなかった!
「タロウさんばっかりズルいですよ!」
「わたしにも1口!」
俺が味見をしていると、アルスくんとパネロがフォークを握りしめて抗議してきた。
「待て待て、あと少しだから」
2人をなだめて、仕上げにサッと塩を振って味を調えて、これで完成。
調味料が塩とコショウだけのシンプルな味付けだが、なかなかの出来である。
「よし、完成――さぁ、食べようか」
「「いただきまーす!」」
…………
てんこ盛りだつたフライパンの中身は、全て3人の腹の中に消えた。
巨大カエルは評判通り、なかなかの美味であった。
アルスくんとパネロは『また巨大カエルの討伐依頼があったら、絶対にやろう!』とか盛り上がっている。
気持ちは分らんでも無いが、俺は全面的には賛成せんぞ。
こんなことばかりやっていたら、俺が書く予定の『異世界転移ファンタジー小説』がさ――。
『異世界ファンタジー飯テロ小説』になってしまうではないか。
ウケそうだけど……。
たまには飯テロもやってみようと思った。




