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護衛の依頼 その2

 ― 王都へ向かう街道 ―


「ねぇおっさん、王都に着いたらまた一緒に飲もうよー」

 そんなことを言ってやがるのは、『エンビェスの青い光』の弓の娘――ミミットだ。


「絶対に断る――お前らと飲んだら、俺の肝臓が死ぬ」

 こないだはちゃんぽん一気とかさせられそうになったからなー。

 ただでさえ弱ってる俺の肝臓に、これ以上無理はされられんのだ。


「大丈夫ですよー、今度はちゃんとおっさんの分も毒消し草エキス用意しときますから」

 言葉は柔らかいが、酒の席では鬼畜だったこの『エンビェスの青い光』の杖の娘は――ラチェルテという。


「ほう、毒消し草エキスを……だが断る! つーか、そういう問題じゃねーし」

 俺は自分のペースで飲みたいのだ。

 飲ませて楽しもうとするこいつらは、俺とは相容れない存在なのだ!


「えー、どういう問題なのよー」

 とミミットに抗議されたが、そんなもん答えは決まってる。


「飲ませたいんなら、もっと酒に飢えた若手とかに飲ませてやればいいじゃん。俺は自分のペースでほどほどに酒を楽しみたいんだよ」

「それじゃつまんないですよー」

「無理矢理飲ませるのが面白いんじゃん」

 ラチェルテとミミットがドSなことを言っているが、俺はもう御免である。


 俺たち『黄金の絆』は、今回また『エンビェスの青い光』の連中と護衛依頼をしている。

 荷主はギルドで、随行する職員はまたモンガイさんだ。

 今回の馬車の台数は2台で、他には護衛の冒険者はいない。


 毎度毎度似たような面子となっているのには理由がある。

 モンガイさんは荷物を運ぶときにはいつも『エンビェスの青い光』を指名しているらしいのだ。

 これは癒着だな――というのは冗談で、きっと彼らは信頼されているのだろう。


 そういえば道中モンガイさんに『アイテム袋』は使っていないのかと聞いてみたら、『もちろん使っていますよ』とのことだった。

 容量が荷馬車4台分入る『アイテム袋』でも荷は運んでいるが、どうせ道中は護衛を雇わねばならないのだから、荷馬車でも運んだ方が儲けが出るのだそうだ。


 さて、そんなこんな無駄口叩きながら歩いていると、だんだん眠くなってきた。

 俺は野営の間はずっと起きているので、いつも昼飯から晩飯の間は眠らせてもらっている。

 そろそろ昼なので、時間的に睡魔がやってきているのだ。


 この面子であれば周辺警戒は主に俺の役目なのだが、俺の【気配感知】は眠っていてもアクティブな状態なので、昼間眠っていても問題は特に無い。

 夜間は【暗視】持ちだから俺が見張りをやるのは仕方ないので、そんな感じのシフトになっている。

 本当は朝から寝ていたいんだけどなー。


 今回の王都行きの道中では、1度だけゴブリンの夜襲を受けた。

 たった4匹のゴブリンではあったが、俺は全員をたたき起こしてそいつらを迎え撃った。

 夜中に1人で見張りをしていたんで、つまんなかったもので……ついね。


 その他には大した出来事も無く、俺たちは無事王都へ。

 やっぱり積み荷下ろしのついでに、倉庫の荷物整理もやらされた。

 なんで毎度毎度と思っていたら、整理していた荷物はアイテム袋で運ばれた荷物だったらしい。

 なるほど、そういうことだったのね。


 にしてもキツかったなー……また腰が痛くなっちまったぜ。


 今回は前回と違って2度目の王都なので、前回行きそびれたスウィーツの美味しいパスタ店で晩飯だ。

 確かにスウィーツは美味かったが、パスタがイマイチだった……。


 食ったから今日はもう宿でゆっくりしようっと。


 ――――


 ― 宿屋 ―


「あー、やっぱ腰が辛いわー」

「荷下ろしより、倉庫の整理のほうがキツかったですもんね」

 俺とアルスくんは同じ仕事をしていたのだが、アルスくんのほうが身体能力が高いのと、あと認めたくは無いが若さのせいで、俺よりはまだ全然元気そうだ。


「わたしはずっと箱の中のリンゴの数をチェックさせられてました――なんかもうしばらくリンゴは見たくないです」

 見ないと思ったら、パネロはそんな仕事してたんか。

 それはそれで面倒くさそうだな。


 俺たちは今回、1万円で借りられる4人部屋に3人で宿泊することにした。

 女の子であるパネロがいるのに一緒の部屋なのか? と思われるだろうが、一応これには理由がある。


 一応、最初はパネロだけ別に個室に泊まらせようとはした。

 でも『知らない土地で女が1人で個室に泊まるのは、なんか怖いから嫌』とかパネロが言いだして、全員同じ部屋にすることにしたのだ。


 確かに比較的治安の良い王都とはいえ、強盗だの変質者だのという連中も人口が多い分けっこういる。

 なのでパネロの言うことも分らんでは無い。

 それにここは安宿で、セキュリティーもさほど安心とは言い難い。

 俺たち――特にアルスくんと一緒のほうが、安心なのは間違いないだろう。


 でもいいのかねー、若い女の子が男2人と一緒の部屋とかさー。

 親御さんとかに怒られないかな?

 おじさん心配。


「おっさんさん、ちょっとベッドへ行かない?」

 へ? イヤイヤ、ちょっと待って――パネロ、君はいったい何を!?

「腰もんであげるから、わたしけっこう上手なんだよ。お父さんの腰も、よく揉んであげてたんだ」

 なるほど、そういうことね……。

 おじさん安心。


 ベッドにうつぶせに寝そべると、パネロが腰を揉み始めた――けっこうガッツリと。

「おぉー……効くわー」

「でしょ? お父さんにも褒められてたんだ」

「だろうなー、上手いもの」

「えへへー」

 パネロが照れ笑いを浮かべている。


 こんないい娘に腰を揉まれたら、そりゃお父さんも褒めるだろうな。

 つーか、俺もこんな娘欲しいわ。

 その前に嫁さんだろうって話だけどね。


 孫とか言うな。

 実際こっちの世界では、俺ぐらいの年齢でパネロくらいの孫がいる人も結構いるから、それはちょっと洒落にならんのだ。


 そのうちもっと稼げるようになったら、セキュリティのしっかりした高級宿屋に泊まろう。

 そうすれば1人部屋でもパネロが安心して泊まれるはずだ。


 あ、イヤ、待てよ……。

 実はパネロは、アルスくんと一緒の部屋に泊まりたかったとかなのかな……?

 だったらこの考えは余計なお世話かもしんないな。


 むしろアレか、俺がこの部屋からいなくなったほうがいいのかな?

 あとは若い2人に任せて――というヤツだ。


 どうなのかなー。

 でもアルスくんには愛しのフィーニア姫がいるからなー。


 つーか気持ちいいわー。


 マッサージ機より人の手が気持ちいいのは、何でなんだろうか……。


 …………


 はっ!

 あれ? 俺はいったい……?


 そうか、パネロに腰をマッサージされてるうちに気持ち良くなって、眠ってしまったんだな。

【暗視】を使って周囲を見渡すと、アルスくんもパネロも眠っているようだ。

 時計を見ると時刻は午前3時、やや明け方寄りの深夜である。


 なんでこんな時間に目が覚めたかというと、それにはちゃんと理由がある。

 眠ってしまった時に【気配感知】のスキルをそのままにしていたので、おかしな気配が勝手に引っかかってしまったのだ。


 気配が鈍いので、恐らく隠密か隠蔽系のスキルを使っているのだろう。

 そいつは今、屋根の上を音も立てずに歩いている――この宿の屋根では無い、通りを挟んで向かい側の建物の屋根の上だ。


 最初は泥棒かとも思ったのだが、俺の【お宝感知】に反応が無いので金目の物は持っていない。

 周囲を警戒している気配もある。

 二度寝しようかとも思ったのだが、なんとなく気になったので窓をちょっとだけ開けて、隙間からそいつを覗いてみた。


 黒装束のそいつは、やっぱり泥棒という感じでは無かった。

 何というか、泥棒特有のお宝を狙おうというギラつきが無いのだ。


 黒装束のそいつが、後ろを振り向いた。

 俺も気づいていたが、何者かが近づいてきているのだ。


 やって来たのは、そいつもやっぱり黒装束。

 王都では黒装束が流行ってるのかね?


 なんて冗談はさておいて――。

 やっぱこいつら、陰で暗躍する諜報員(スパイ)とかなんだろうか?

 王都と言う土地柄、王族貴族も集まっているし、無い話でもあるまい。


 やだやだ、裏の権力闘争とか関わりたく無いよねー。


 あっ、黒装束の2人が戦闘になったようだ。

 やるなあいつら――音も立てずに戦ってるよ。


 しばらく見ていたら、戦いは数分で終わった。

 最初に見つけたほうの黒装束の勝利だ。

 そいつは死体を屋根の上に残し、周囲を警戒しながらその場を去ろうとしている。


 ――気になる。


 あんなヤツを使って暗躍しているのって、どこの誰なんだろう?

 何というか――こういうのって、好奇心を刺激するよね。


 そんな訳で、俺はこれからお出かけだ。

 幸い寝間着なんぞに着替えず寝てしまったので、支度といえばブーツを履くだけだ。


 ――念のため短剣も持って、と。

 快適のマントも羽織っておけば、より目立たないだろう。


 俺は急いで宿を出る。

 受付には『ちょっと夜風に当たりに』などと適当なことを言って。


 気配はまだ見失っていない。

 向こうに気づかれないように、気を付けて後を追わねば……。


 黒装束を追けていくと、やがて大きな建物に入っていった。

 それは俺も何度か入ったことのある場所。

 つーか、つい昨日も入ったばかりの場所。


 王都の冒険者ギルドであった。


 そういや貴族の中には『ギルド反対派』ってのがいるんだったか……。

 となるとさっきの黒装束は、その辺りのことを探っていたとか?


 あー……これはアレだ、関わっちゃ駄目なヤツだ。

 見なかったことにして、さっさと宿に戻って二度寝しようっと。


 うっかり見てはしまったけども、これがフラグじゃありませんよーに。


 ――――


 ― 翌日 ―


 今日は昼から、王都で役人をしているアルスくんの2番目の兄上さんに会いに行くことになっている。

 実はこの間アルスくん宛てに兄上さんから手紙が来て、王都に来ることがあるようなら一度仲間を連れて会いにおいで、というようなことが書いてあったのだ。


 俺としては『仲間を連れて』というのは社交辞令だと思うのだが、アルスくんは『手紙に書いてあるのだから、是非一緒に』と譲らない。

 結局最後は俺が折れて、アルスくんの兄上さんに会いに行くことに決定してしまった。


 そんな訳で今日の午前中は、王都の街中をブラブラしている。


「これなんかどう思います?」

「いいんじゃないかな?」

「でも、こっちも捨てがたいんですよね」

「それも似合ってるよ」

 服を選ぶのに忙しいパネロと、適当な相槌に忙しいアルスくん。


 そして暇を持て余している俺。

 なんで女の買い物って、付き合うのがしんどいのだろう?


 王都で流行りの服のお買い物をするパネロに俺とアルスくんが付き合っている図式なのだが、何故だかさっきからパネロはアルスくんにばかり感想を聞いてくる。

 俺がちょっとだけ口出ししたら『おっさんさんには聞いてません』と、にべも無い言葉が返ってきた。


 俺は何故ここにいるのだろう?


 もう帰っていい?


 …………


 そろそろ昼時となり、お買い物はお開きとなった。

 やっと……。


 俺たちは訪問がてら昼食を頂くことになっているので、お腹を空かせたままアルスくんの兄上さんの家へと向かっている。

「住所だと――あそこの2階ですね」

 アルスくんの指さすその先には、大きな石造りの集合住宅があった。


 なかなかに立派な官舎である。

 だが立派ではあるが豪華では無い。

 長く使えそうで華美では無い建物を見て、俺はこのトリアエズ王国の役人に好感を覚えた。


「アルス! ずいぶん大人っぽくなったな!」

「ドロイカ兄上! お久しぶりです!」


 部屋を訪問すると、早速感動の兄弟再会が始まった。

 互いの態度を見ていると、この兄弟の仲の良さが伝わってくる。

 貴族の兄弟とかドロドロした人間関係みたいなものがありそうな印象を勝手に持っていたのだが、どうやら俺の偏見だったらしい。


 ドロイカ兄上さんはアルスくんより3つ上の18歳で、まだ役人としては下っ端だ。

 財務系の役人をしているらしく、将来を嘱望されているそうだ。

 実は結婚したばかりで、奥さんは上司の娘らしい。


「あらあらあなた、そんなところでお話なんかせずに奥へ上がっていただいたら?」

 奥から出てきたのは、ドロイカ兄上さんの奥さん。

 品が良さそうな、優し気な人だ。


 奥さん感を頑張って醸し出そうとしているが、まだまだ板にはついていないように見える。

 まだ新婚らしいからなー。


 中に入ると、既に人数分の料理が並べてあった。

 なかなかに豪華で品数も多い。

 奥さん、ずいぶんと気合入れて頑張りましたね。


 他愛もない話やアルスくんの幼少時の話などで盛り上がりながら、出された料理を頂く。

 味はまぁ……こんなものだろう。

 これだけ頑張って作れるのだから、センスも良さそうだしすぐに上達するに違い無い。


 何といっても、新婚な2人の仲が良さそうだしね。

 好きな相手のためなら、大概のことは上達できる――これは男も女も関係無い。

 誰かのために、というのは時に天然のチートと言っても過言ではない効果を発揮するのだ。


 とまぁ何だかんだ言ってるけど、食事の感想として言葉に出したのは普通に社交辞令の褒め言葉である。

 そりゃそうだよね――友達のお兄さんの奥さんの手料理、それも新婚さんなんだもの。

 そこは気を遣うのが大人と言うものだ。


 でも、おかわりとかはしない。

 もちろん理由は『もう歳だから~』1択である。

 半分は事実だ、決して嘘はついていない。


 食後のコーヒーが出てくる頃には、話題はそれぞれの家族の話となっていた。

 なんかすいませんね奥さん、決して長居をするつもりは無いんですよ――俺は。


 パネロの親父さんは近所の小さな酒蔵で働いており、お母さんもそこで下働きをしているそうだ。

 俺は適当に、もう身内は生きていないと答えておいた。


 アルスくんとその兄上さんの話になった時に、その話は出た。

「そうだアルス、キメット兄さんの噂を何か聞いてるかな?」

「噂ですか? いいえ特には何も――キメット兄さんに何かあったんですか?」

「ここだけの話なんだけどな――」


 ウエイントン男爵家の長子キメットは、当然ながら跡継ぎである。

 その跡継ぎであるキメットの動向に、最近気になるところがあるとドロイカ兄上さんは言うのだ。


 そう大袈裟な話では無い。

 王家の嫡子である第1王子ボルディとその後ろ盾になっているヌイルバッハ侯爵の会合に、キメットが顔を出していたという程度の話だ。


 ただ気になるのは、この第1王子ボルディとヌイルバッハ侯爵が、共にギルド反対派だということなのだ。


 ギルド反対派――現在の冒険者ギルドとの協定を破棄または改正させるべきだというこの派閥は、ボルディ王子の母の実家であるヌイルバッハ侯爵家が主導で、ボルディは神輿にすぎない。

 だが次代の王と大貴族がギルド反対派であるというこの事実は、将来的にトリアエズ王国と冒険者ギルドの関係が悪化するという可能性を秘めているのだ。


 そこへウエイントン男爵家の次期当主であるキメットが顔を出したということは、将来を見越したギルド反対派の多数派工作とも勘ぐることができる。

 つーか、その辺の事情を何も知らん俺でもそう思う。


 キメットがギルド反対派に取り込まれたということになると、ギルド反対派は着実に勢力を広げているということになる。

 そうなれば将来のトリアエズ王国と冒険者ギルドの対立は決定的となり、王国の将来の経済に大きな影を落とすことは間違いないだろう。


 ドロイカ兄上さんにとっては、財務系の役人としてもウエイントン家の人間としても頭の痛いことである。

 冒険者というギルド側の人間となったアルスくんに、少しでも情報があればと尋ねたのも理解できる。


 でもアルスくんって、そういうのどうでもいい人なんだよね。

 政治的なこととか全く興味ないし。

 代わりに俺が答えといたよ、『特に噂のようなものは耳に入ってない』と。


 それにしても、深夜の黒装束といい今回の話といい、フラグっぽいんだよなー。

 嫌だなー、変なゴタゴタに巻き込まれるの。


 でもフラグが2本も立っちゃってるし――。


 そのうちいつか巻き込まれちゃうんだろうなー。


 ――――


 ― 王都からサイショの街への街道 ―


 残りの日々はちょろちょろっと王都の狩猟依頼をこなして、今は帰りの道中。

 なにげに俺とパネロはレベルを1つずつ上げている。


 帰りも行きと同じ顔触れ、馬車も2台と代り映えはしていない。

 気心が知れていると言えば聞こえはいいが、緊張感も無い顔ぶれである。


 出発してから1日も立たない夕刻に、珍しく厄介ごとがやってきた。

「前方より騎士団らしき気配が50近づいてくるが、どうする?」


 俺の【気配察知】に騎士団らしき気配が引っかかった。

 もちろん『どうする?』と聞いたところで、こちらには避けるの1択しか無い。

 左右どっちに避けるか、どのくらい進んでから避けるか、こちらの選択肢などその程度だ。


 相手は国家に属する軍隊、こちらは一般の民間人でしか無いのである。


「早めに避けときましょうか、少し早いですがついでに野営にしてしまいましょう」

 責任者のモンガイさんがそう決めたことには、俺たちはもちろん従う――が、俺の【気配感知】に騎士団以外の気配も引っかかったので、少し提案したほうがいいだろう。


「寄せるなら左で」

「何かあるのか? おっさん」

「街道の右側から、すげー数の狼の群れが来る――80ってとこだ」

「多っ!」

「なるほど、騎士連中を盾にしようって訳だな?」

「その通り」


 ぶっちゃけ自分たちだけならともかく、荷馬車を守りながら狼と戦うとなると厳しい。

 それに狼を倒したとしても、その肉や素材を積むスペースは荷馬車に無いので金にならない。


 メリットがあるとすれば経験値だけだが、それならもっと安全に稼ぐ方法がある。

 わざわざ無理して相手をすることも無いだろう。


 となれば、せっかく騎士団と言う壁役がこちらに来てくれるのだから、ここは活躍してもらおう。

 もちろん全てお任せするつもりは無い、連携して狼を倒せば安全に経験値稼ぎができるのだから。


 それにしても80なんて狼の群れは、明らかに群れとしては多すぎる。

 本来なら大きくなった群れは分かれるものだが、時々群れのリーダーの統率力が抜きんでていたり、餌に困らなかったりする場合に大きく膨らむことがある。


 そういう群れは恐れを知らない。

 恐らく今街道目掛けて向かってくるのは、そういう群れだろう。


「おっ、来たぞ。騎士団だ」

 剣の人――オーロンはけっこう目がいい。

 俺も老眼を凝らして見ると――マジかよ。


「タロウさん、あの鎧は……」

 アルスくんに言われて、俺も目を凝らす。

 向こうからやってくる騎士団の鎧は、真っ赤に輝いていた。


「あぁ、あいつらだな――ギルド反対派を集めたとか言う、第3騎士団だ」


 第3騎士団と聞いて、パネロを除いた全員の空気が固まった。

 俺とアルスくん、それと『エンビェスの青い光』の面々は、以前王都へ来た時の『緊急の盗賊討伐依頼』に参加している――攫われた人を救出しようとした依頼だ。


 その時の盗賊への攻撃は、参加した全員の記憶に強く残っている。

 捕らわれている人たちの人命を無視した攻撃は、俺たちその場にいた冒険者全員の反感を買っているのだ。


 本来ならある程度協力して狼を迎え撃つところなのだが、そんな気分にはなれない。

 そんな面々が同じ行動をとった。

 一旦顔を見合わせた後、全員で責任者であるモンガイさんを見つめたのである。

 どうする?……と。


 モンガイさんの判断は、即決であった。


「皆さんは荷馬車の護衛です、それ以上のことはするには及びません」

 要するに『第3騎士団には手を貸すな』ということである。

 ギルド職員としては、わざわざギルド反対派の騎士団を助けたくは無いのだろう。


 ひょっとしたら、騎士団長であるボルディ第1王子が死ねば、ギルド反対派が弱体化するという計算でもしているのかもしれない。


 だがそれでいいのか?

 仮にも第1王子の率いる騎士団だぞ?

 手を貸さないと、後々面倒なことにならないか?


 そんなこと考えているうちに、狼の群れがやってきた。

 獲物は騎士団――50頭の馬と50人の人間である。


 第3騎士団 vs 狼の群れの戦いが始まった。


 俺たちとの距離は、まだ遠い。


 …………


 戦いは騎士団の勝利に終わった。

 それはそうだろう、騎士団は鉄の全身鎧(フルプレートメイル)で全身を覆っているのだ、狼の牙などでは言葉通り歯が立たない。


 但し、人的被害は皆無だったが馬は別だ。

 見たところ半数程度の馬が狼に喉を食いちぎられ、地面に横たわって動かなくなっている。

 第3騎士団などどうでもいいが、馬は可哀想だったな……。


 騎士団と狼の戦いを見物してるうちに、もう日が落ちかかっている。

 これから移動してもすぐに暗くなるので、モンガイさんは野営を判断した。

 俺たちは第3騎士団の動向を見ながら、野営の準備だ――あいつら、こっち見て何か話してやがるな。


 騎士団のヤツらが、隊列を組みなおしてこちらへ向かってくる。

 おいおい、死んだ馬や狼はそのまま放置かよ……通行の邪魔じゃん。


 騎士が1人、隊列から離れてこっちに向かってきた。

「おいお前たち、あの辺の後始末をしておけ」

 こいつ……さも俺たちが後始末をするのが当たり前のように言いやがる。


「それは構いませんが、謝礼はいかほど頂けるのでしょう?――まさか無料(タダ)とはおっしゃいませんよね?」

 さすがモンガイさん、負けてないな。

 確かに俺たちが無償でそんな仕事をする理由など無い。


「金ならあそこにある馬や狼の死骸を売れば良かろう――お前たちのいつもの仕事だ」

 確かにそうかもしれんが――てめーその言いかた、喧嘩売ってんのか?

 言外に『死骸を売って儲ける卑しい仕事』って蔑みが、大量に溢れてんぞおい。


「(けっ! てめーらのケツぐらいてめーらで拭けってーの)」

 槍の人――すまん名前出てこない――が、ボソッと小声で吐き捨てた。

 おいおい、聞こえちゃうぞー。


「そこのお前、今何か言ったか!」

 ほらみろ、偉そうなだけしか取り柄のないバカ騎士に聞こえちまったじゃんか。

「いいえー、別にー」

 槍の人の態度は、完全に相手を馬鹿にし返してやろうという態度だ。


 そのやり取りを無視して、モンガイさんが割り込む。

「死骸を売れば確かに金にはなりますが、私たちには運ぶ手立てがありません。ご覧の通り荷馬車は満杯でして――どうでしょう? 皆様がお連れになっている馬を、荷馬として10頭ばかりお貸し頂けませんか? そうすればこちらとしても死骸をお金にできますので、無料(タダ)でお引き受けできるのですが……?」


 言葉は丁寧だが、モンガイさんは『他人に仕事を頼むなら、対価を寄越せ』と言っている。

 騎士の馬を荷馬として貸すなど、プライドの高いこいつらがする訳が無いのを知っていてのセリフなのだ。

 もちろんこの流れで俺たちに無料(タダ)で仕事を押し付けたなら、連中の評判は落ちる。

 なのでこれで連中は金を出すしか無くなった。


 モンガイさんはこれで、『騎士団からの命令』を『騎士団からの依頼』にしてのけたことになる。

 これは第3騎士団を、命令を下した上位者の立場から依頼を出したという対等な立場へと、引きずり下ろしたことを意味する。


 本人たちの自覚の無いところで、第3騎士団のメンツは潰れた。


 偉そうな騎士が隊列へと戻って、赤地に金のラインが入った鎧の騎士に何やら相談している。

 たぶんあれがボルディ第1王子だな……。


 戻ってきた偉そうな騎士は、金袋を持っていた。

 金袋を俺たちのほうに放り投げ、偉そうな騎士が偉そうに言った。

「ほら金だ、後始末をしておけ」


 オーロンが落ちた金袋を拾い上げ、モンガイさんに渡す。

 受け取ったモンガイさんが、金袋をの口を開けて中身を確認して言った。


「これは……なかなか奮発されましたね」

 ニンマリと笑みを浮かべるモンガイさんに、偉そうな騎士は背を向け隊列へと戻って行った。

 去り際に『金の亡者どもが……』と吐き捨てながら。


 さて、金を受け取った以上これは依頼だ。


 野営の前に、後片付けをやってしまおう。


 …………


 後片付けは、暗くなってからも続いた。

 おかげですっかり晩飯の時間が遅くなってしまった。

 晩飯は馬肉、食って供養をしてやろうと思ってのことである。


 第3騎士団から受け取った金は、なんと300万円。

 だがこれは冒険者ギルドへの依頼として処理されるので、ギルドへの手数料として30%、国への税金として10%、サイショの街への税金として10%が引かれ、残る俺たちの手取りは50%――150万円となった。


 つーか、依頼料ってギルドに3割も中抜きされてんのかよ!

 税金でも何気に2割持っていかれてるし……。


 だからと言って金を全部フトコロに入れる訳にもいかんのだよなー。

 冒険者がギルドを通さず勝手に依頼を受けると、厳しいペナルティが待っているのだ――ランク降格とかいろいろね……。


 にしても冒険者って、意外と搾取されていたんだなー。

 でもまぁ、このくらいでないと冒険者ギルドなんて運営できんか……。


 納得してしまう自分が、なんか嫌だな。


 それにしても、ここでボルディ王子率いる第3騎士団と関わっちゃうとかなー。

 やっぱこれもフラグだったりするのかね?


 しっかしさー……深夜の黒装束と、アルスくんの兄上さんの話、それに今回の第3騎士団、合わせて3つもフラグを畳み掛けなくてもいいと思わね?


 しつこいってーの。

 フラグ3本も立てるとかさ。


 ふむ……。


 フラグが3本立ってるのか……。


 どっかにフラグ圏外になる場所って、無いのかね?

投稿直前に気が付いた。

『三本立つ~圏外』のくだりは、スマホしか知らない人には何のこっちゃ解らんのではないか、と。


だがこのまま投稿する!

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