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ゴブリンの巣の駆除

 ― 冒険者ギルド ―


「ではこれが、新しい冒険者証(ギルドプレート)となります。無くさないで下さいね」

 ギルドの受付さんから金属のプレートを受け取ったのは、パネロである。

 名刺大のそのプレートには、彼女の名前『パネロ』と『ランク:布』の表記があった。


「おめでとう! これでパネロも僕たちと同じ『ランク:布』だね!」

「ランクが上がったんだから、家に手紙書かなくちゃだな。おめでとう」

 アルスくんと俺に祝福されたパネロは、にまにましながら新しい冒険者証(ギルドプレート)を眺め続けていた。


『ランク:布』は下っ端ランクではあるが、一人前の冒険者である証だ。

 見習いだった身としては、ようやく本物の冒険者になれたと感慨に浸りたいのも無理は無い。

 俺とアルスくんも似たような感じだったから、気持ちは理解できる。


 効率良く依頼をこなしたとはいえ、ランクを『紙』から『布』まで20日で上げられたのは、パネロ個人としてだけでなく俺たち『黄金の絆』としても大きい。


 これまではパネロが『ランク:紙』だったので、別な街への移動をすることができなかったが、これからはトリアエズ王国の中であればどこにでも行けるようになった。

 これで受けられる依頼の幅が、確実に広がるはずだ。


 しかしながら、良いことばかりでは無い。

 3人パーティーとなってからの冒険者生活を続けているうちに、課題も見つかっていたりする。

 最も重要なのは、やはり戦闘面だろう。


 実は俺たち『黄金の絆』には、後衛を守る役割の仲間がいない。

 アルスくんは、バリバリのアタッカー――つまり、敵に突っ込んで倒す役割。

 俺は戦闘時には姿を隠しての、奇襲という名の遊撃役。


 2人とも、敵を引き付けてパネロを守る役割というのには適さないのだ。

 パネロ自身が自らを守ることができれば良いのだろうが、まだレベル4で初心者装備の彼女にそこまで要求するのはさすがに無理だろう。


 なので当面は、数の多い敵は避けないといけない。

 いつぞやの時のように狼に囲まれるとかは、洒落にならないのである。


 そんな訳で、せっかく3人全員が『ランク:布』になったのだから何か面白そうな依頼でもやってみようかと掲示板に向かおうとしたら、依頼の方からこっちへやってきた。


「やぁ、おっさん。ちょっと手伝ってほしいんだけど、もう何か依頼受けちゃったかな?」

 それは『エンビェスの青い光』のリーダーの剣士の人、確か名前は――。

 ……えーと。


 ちょっと待ってね……アレ、ほら、なんだっけ?


 いゃあ、歳取ると名前とかなかなか出てこなくなっちゃってさ――。


 覚えてるんだよ? 忘れてないんだよ? ただほら、出てこないだけで……。


 ……そうだ! 思い出した!


「……何だオーロンか。イヤ、別に依頼は受けてないけど――手伝いって何のだ?」

 そう、オーロンだよオーロン。

 いゃあ、やっと出てきた――スッキリスッキリ。


 なかなか出てこない名前とう〇こは、出てくるとスッキリするよね!


「何か妙な間があったが、まぁいい――ゴブリンの巣の駆除依頼が出てたんだが、おっさんの【気配感知】があると助かるんだ。報酬は7:3でそっちが3でどうかな?」

「あー、ちょっと待って。相談すっから」


 ゴブリンの巣の駆除の依頼は、本来『ランク:皮』以上でないと受けられない依頼ではあるが、『エンビェスの青い光』が『ランク:皮』なので『ランク:布』の俺たちでも、手伝いという形なら参加できる。

 なのでパネロのランク昇格記念としては、悪くは無い依頼だろう。


 報酬が7:3でこちらが3というのは足元を見られている気がしないでも無い。

 それでも『ランク:皮』の依頼なら『ランク:布』の依頼より報酬がかなり良いはずなので、こちらの取り分も悪くは無いはずだ。


「ということらしいが、どうする?」

 と、アルスくんとパネロに聞いてみたら――。

「やってみたいです!」

「じゃあ、わたしもやります」

 とのことで、あっさり決まってしまった。


「よし、決まりだ。一緒に来てくれ」

 え~と……彼の……そう、オーロンの一言で皆が依頼へと向かう。


 ゴブリンの巣の駆除の始まりだ!


 ……それと。


 オーロンの名前は、ちゃんと覚えたぞ!


 ――――


 ― サイショの街からけっこう離れた場所 ―


「ここだな、ゴブリンの巣があるって場所は」

「まずは最初の巣穴探しをしねーとな!」

 到着したのは荒地、ここにゴブリンの巣があるらしい。


 ゴブリンの巣は、だいたい地下に掘られている。

 外敵から巣を守るためからか巣穴の通路は狭く、ゴブリン1匹がやっと通れるほどしか無い。

 ゴブリンの知能でも、そのくらいの防衛策は講じているらしい。

 外敵になるような生物は、だいたいゴブリンより大きいから巣穴には入れないのだ。


 なので巣穴へ攻め込んでゴブリンを殲滅――などというやり方は、我々冒険者にとっても現実的では無い。

 ならばどうするかというと、そこはやはりそれなりのノウハウというものがある。


 水魔法で巣を水没させて溺死させる、土魔法で巣の全てを崩落させて生き埋めにする、などという方法もあるが、一般的なのはゴブリンの嫌う成分のある草を燃やして、風魔法でその煙を巣穴に送り込むという方法である。

 嫌いな成分を含む煙でゴブリンを巣穴から追い出し、出てきたところを一網打尽にするのだ。

 ちなみに毒を流し込むのは環境破壊となるので、不可である。


 面倒なことをするのだなと思うだろうが、巣の中で殺してしまうと魔石を取り出すのがむしろ面倒になってしまうのでこんな方法を取ったりするのだ。

 依頼達成は魔石を持って帰らないと認めてもらえないので、そうせざるを得ないのである。

 それに1つ1000円程度のゴブリンの魔石でも、それが数十数百ともなればそれなりの稼ぎになるので、金が余ってるような連中でも無い限り魔石はできるだけ回収したいと考えるのは当然だろう。


「それじゃおっさん、よろしく頼むぜ」

『エンビェスの青い光』の槍の人――名前は今度覚えよう――が、俺に仕事をしろと催促を始めた。

 俺だってもちろんそのつもりだ。


「一番近いのは――そこだな。そう、その先12mくらいのとこ。次はそっちの枯れた木を通り越してすぐの――そうそう、その辺に無いかな? 次は――」

 俺の今回の仕事――それはゴブリンの巣から漏れ出る気配を感知して、巣の出入り口を発見することである。


 サイショの街の冒険者は多しといえど『ランク:布』で巣から漏れ出る気配を感知できる者など、俺以外にはいない――ちなみに『ランク:皮』以上にはそこそこいる。

 俺に今回声が掛かったのは、分け前が安上がりな『ランク:布』だからである。


 その他にも俺の仕事はある、例えば――。

「うわー、いるわいるわ。全部で100匹超え――120ってとこだな」

 巣の中の気配を察知して、ゴブリンの数をそれなりに特定することだ。


 これだけのスキル持ちは、さすがにサイショの街の『ランク:皮』以下の冒険者にも見当たらない。

 俺はこれでも、サイショの街で最も優秀な斥候なのである――全部スキルのおかげだけど。


「こっち埋めたぞー!」

「こっちも埋め終わったよー」

「チェック用の煙入れるから、念のためスタンバっといて」

「あいよー」

「了解です!」

 この会話はいったい何なのか……説明をしよう。


 ゴブリンの巣の出入り口は、1つの巣にいくつもある。

 その出入口をいくつか塞いでゴブリンの逃げ出る穴を制限し、その前で待ち伏せて煙から逃げてくるゴブリンを始末するのが作戦なのだが、今はその前の準備段階をしているのだ。


 巣穴をいくつかふさいだ後、念のために特にゴブリンが嫌いということでも無い、色付きの煙をまず流し込んでみる。

 その色付きの煙の出てくる場所が、こちらが想定している巣穴の出入り口だけであることを確認するというのが準備である。

 万一出入口を見逃してゴブリンを逃がし、巣の駆除が失敗とならないようにするためだ。


 俺の【気配察知】が信用できんというのか!……ぐぬぬ!

 などとは、もちろん思わない。

 チェックにチェックを重ねるのというのは、仕事において大切なことなのだ。


「チェックOKでーす」

「そろそろゴブリン出てくるぞ」

「えっ! まだ本命の煙入れてないんだけど!?」

「普通に煙入れたから、警戒して出てきたんだろ」

「総員戦闘準備! 本命の煙も流し込んでおけ!」


 巣から数匹のゴブリンが飛び出てきたが、槍の人があっさりと始末。

 本命のゴブリンが嫌う煙を風魔法で巣に流し込み、ここからが本番だ。


 煙に燻されて、次々とゴブリンたちが巣穴から飛び出してくる。

 主にそいつらを始末しているのは槍の人とオーロンそれにアルスくんで、俺と弓の娘は討ち漏らしに備えて待機だ。

 錫杖の人とパネロは更に後方で、味方がケガをした時のための備えをしていた。


「まだ出てくんのかよ」

「まだ半分でーす」

「マジか! 俺んとこ多くねーか?」

「今んとこ一番多いのは、アルスくんとこでーす」


 愚痴りながらゴブを倒してるのは槍の人だが、無視するのも可哀そうなので俺が適当に相手をしている。

 他の2人は黙々と作業に没頭中だ。


 《レベルアップしました》

 あー、そういや経験値溜まってたっけな。


 《レベル10に達しましたので次回の【スキルスロット】では【ボーナス】又は【コンボ】が発生します》

 何それ? また新しい設定?

 つーか【ボーナス】が揃うとどんな良いことがあるのか、そっちの説明が欲しいんだが?


 あ、パネロがびくっとした。

 あいつもたぶんレベルアップしたな……。


 よそ見をしてる場合じゃ無いな。

 ゴブリンの気配が同じ巣穴から複数出ようとしている。

 教えてやらんと。


「槍の人! 3匹出てくるぞ!」

「任せとけ!――あといいかげん名前覚えろや、おっさん!」

「……覚えてるぞ」

「嘘つけ!」

 嘘とは失敬な、ちゃんと毎回覚えてるんだぞ――毎回思い出せなくなるだけで。


 つーか『任せとけ』とか言った割に、1匹逃してるじゃねーか。

 まぁ、弓の娘が狙いを定めてるみたいだから、俺の出番は無さそうだが……。


 弓の娘にだってもしもがあるかもしれないから、俺もスキルを発動して――。

「【聖なる光(ホーリーレイ)】!」

 白いビームがゴブリンを貫き、倒した。


 光の出発点を辿っていくと……マジか。

聖なる光(ホーリーレイ)】の魔法を放ったのは、パネロだった。

 どうやらついさっきのレベルアップで覚えたので、使って見たくなったらしい。


 レベル5で攻撃魔法覚える治癒士とか、レアなんじゃなかろーか?

 普通は状態異常の治療魔法とか、防御系の魔法を先に覚えると聞いていたのだが……。


 攻撃的治癒士……なんかサッカーのポジションみたいだな。


 考えるのは後にして、仕事しよっと……。


 ……


 作業は順調に進んだ。


 やがて巣穴から出てくるゴブリンは徐々に減っていき、駆除は終わった。

 まさに駆除、討伐ではなく駆除だった。


「おっさん、確認頼む」

「【気配察知】に引っかかるゴブリン無し」

「よし、念のため巣穴全部潰しとけ」

了解(ラジャー)!」

「手の空いてる者は、魔石回収するよー」

「あ゛ー、それがまだ残ってたかー」

「サボるんじゃねーぞ、今日の飲み代になるんだかんな」

「へーい」

「わたし魔物倒したの初めてなんですー!」

「おめでとう!」


 こうしてゴブリンの巣の駆除依頼は終わった。


 駆除の依頼料は50万円、俺たちの取り分は3割なので15万円だ。

 魔石の代金は、今夜の飲み代をさっ引いてから分配するとのことである。

 ゴブリンは120匹以上いたから魔石代で12万円にはなるはずで、8人で飲み食いしたら――。


 金、どんだけ残るかなー……。


 まぁいいか、良い経験をさせてもらったし。


 ――――


 ― 酒場 ―


「ほーら、おっさんも飲め飲め~」

「次、注いじゃいましょーねー」

 依頼を終えて街に戻り、俺は今『エンビェスの青い光』の女性2人に挟まれて、酒を飲んでいる。


 おっさんが若い女性2人に挟まれているのだから、さぞかし嬉しかろうと思ってるお前らよ、実はこの状況そうでも無かったりするぞ。


「はい、ちゅうもーく! 今からおっさんがまた一気飲みしまーす!」

「それ一気! 一気! 一気!――ほら飲んでくださいよー、ノリ悪いなー」

「イヤ、俺肝臓ヤバいんだって! 一気とか勘弁して……」

 さっきからこいつら、俺に一気飲みさせようとするんだよ。

 つーかもう、ビールとシャンパン一気飲みさせられてるし。


「飲まなかったから、これも追加ねー」

「これも混ぜちゃいますね」

「やめろお前ら! ちゃんぽんで一気とか、絶対やらないからな!」

 これ以上俺の肝機能を低下させるんじゃねーよ!

 もう無理させたらヤバいんだよ! 俺の肝臓は!


『エンビェスの青い光』の槍の人! 錫杖の人! それと剣の……じゃなくて……オーロン!

 お前ら店に入る早々男同士で固まりやがったのは、俺を生贄にする計画だったんだな!

 くそっ! そうと分かったなら向こうに移動して、あいつらも巻き込んでやる!


 ……つーか移動したいが隙が無いぞ。

 さすが『ランク:皮』冒険者だ、そう簡単には逃げられんか。


「あーなんかアタシ酔っぱらってきたー」

「わたしもちょっと気持ち悪く……」

 しめた! これなら隙が――。


「だがしかーし! アタシらには強い味方があるのらー!」

「その名もー――毒消し草エキスー!」

 はい? 何それ? 解毒薬とどう違うの?

 彼女らは何やら小瓶を取り出して、酒では無いが一気に喉へと流し込んだ。


「ぷはー! よっしゃー! 酒が抜けたぞー!」

「これでまた最初から飲みなおしだねー」

 どうやら毒消し草エキスには、酒を抜く効果があるらしい。


「俺にもその毒消し草エキス1本くれ」

「だめー、おっさんはまずこれ飲んで」

「テキーラも入れる?」

「だからちゃんぽん一気とかやんねーから!」

 駄目だ――このままこいつらに飲まされ続けたら、俺の肝臓が討伐されてしまう。


 しかしながら戦ったところでこいつらには勝てぬ。

 冒険者としてのランクも戦闘力も、こいつらのほうが上なのだ。


 なので俺にできることはただ一つ。

『三十六計逃げるに如かず』である。


【隠密】スキル、オン。

【隠蔽】スキル、オン。

 脱出作戦開始!


 まずは隙を見て、テーブルの下にスルっと滑り落ちる。

 これであいつらは俺を見失ったはずだ。


「あれ? おっさんどこ?」

「おっさんが消えた!?」

 女子2人が俺を見失った。

 よし、成功だ。


 そのままスルスルと移動して、アルスくんだけには逃げることを伝えておく。

 あとは店を出入りする客に紛れて、脱出だ!


 外に出た。

 ……夜風が心地いいぜ。


 真っ直ぐ宿に帰ろうかと数歩進み、思い直して安酒場へと足を向ける。


 確かこの時間、ジャニはあそこにいるはずだ。


 ――――


 ― 次の朝・ギルド ―


 俺とアルスくんは早めにギルドへ行って、待つ。

 ジャニとドンゴ、おバカ3人組も俺たちより早く来ていやがった。


 変なとこで勤勉だよな、こいつら……。


 待っているのはパネロ。

 俺たちはお祝いを兼ねて、ちょっとからかってやろうと待ち構えている。


 来た。

 昨夜は遅くまで飲んでいたせいか、まだ眠そうな顔をしてギルドに入ってきた。

 集まっている俺たちを見て、怪訝そうな顔をしながら近づいてくる。


 ニヤニヤしながら最初に声を掛けたのは、やはり悪ふざけの第一人者――ジャニであった。

「おう! 来たなゴブリン殺し!」



 この後、ひとしきり『ゴブリン殺し』の称号の件で盛り上がった。

 案の定パネロは、微妙に嫌そうな顔をしている。


 そうでなくては。


 そのためにジャニと昨晩、わざわざ打ち合わせをしたのだから。

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