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毒消し草の採取

 ― 冒険者ギルド・ロビー ―


「えっと……えっと……」

「いいじゃんさー」

「そうだよ、俺たちと一緒にさー」

「ね、試しに1回だけ、いいでしょ?」


 午前中に猪の狩猟依頼を終えた俺とアルスくんがギルドに戻ると、水色の長い髪をした女の子がおバカ3人組に囲まれていた。

 まったくこいつらは……。


 おれはゴチンゴチンと、おバカ3人組の頭をゲンコツで小突く。

「ナンパが駄目とは言わんが、強引なのはやめれ」

 おバカ3人組は、ゴブリンに奇襲された時に回復ポーションをツケで売ってやったこともあり、俺の言うことはけっこう素直に聞く。


「ナンパじゃないっすよ~」

「新人の勧誘っすよ、パーティーへの勧誘」

「試しに一緒に依頼受けてみようって誘ってたんすよ」

 イヤ、見た感じ思いっきりナンパだったぞ。


「だからって強引な勧誘はやっちゃ駄目だろ、彼女困ってたじゃないか」

 見るとアルスくんが、水色の髪の彼女に『大丈夫だったかい?』などと声を掛け、落ち着かせている。

 あっちはアルスくんに任せて問題無さそうだな。


「だってさ~」

「あの娘、回復持ちなんすよ!」

「誘いたくなるじゃないすかー」

 ほう、回復持ちとな。


 回復持ち――つまり回復魔法が使える人材、職業的には治癒士と呼ばれる。

 冒険者としては、そこそこレアである。


 見た目成人したばかりの年齢に見えるから、きっと教会から祝福を受けた時から回復魔法のスキルを持っているのだろう。

 成人して教会から祝福を受けた時に得られるスキルは、先天的な才によるものである。


 だから最初から回復スキルを持っているということは、成長すれば治癒士として優秀となる期待が大きい。

 そんな新人なのだから、治癒士のいないパーティーはどこも欲しいだろう。


「おい、回復持ちだって?」

「その娘か?」

 回復持ちと聞きつけて、ドンゴとジャニまでやってきた。


 この強面2人組は以前から魔導士・治癒士系の冒険者を仲間にしたがっているのだが、その風貌と粗野な性格が災いして、お試し以上の仲間になってくれる人が今のところいないのだ。


 ドンゴとジャニが回復持ちの娘に近づこうとしている――うむ、これは止めたほうが良かろう。

「待て待て待て、それ以上近づくな。怖がるから」

「あんだと?」

「どういう意味だゴラ」

 睨まれた。


「どういう意味と聞かれても――顔が怖いからとしか――」

「んだとゴルァ! 俺が気にしてることを!」

「言うようになったじゃねーか、おっさん」

 うむ、素直にホントのことを言い過ぎたな。

 ヤバい、こっち来た……。


 アルスくん、助けてー!


「てめぇ、おっさん! 汚ねぇぞ!」

「そうだ! 坊主を盾にして逃げんじゃねーよ!」

 ふっふっふっ……いくら貴様らでも、アルスくん相手なら暴力に訴えることはできまい!


「タロウさん、何やってるんです?」

 アルスくんに呆れた目で見られた。

「えーと……ちょっと緊急避難を」

 すんません、半分ふざけてました。


 回復持ちの娘は、アルスくんの保護下に入った。

 これでとりあえず、すぐには誰もちょっかいが出せなくなったようだ。


 回復魔法が使える治癒士が欲しいパーティーは少なくない。

 なので騒ぎを聞きつけた他のパーティーも、こっちに集まってきた。

 こりゃ争奪戦だな。

 話し合いで決めるのが一番良いだろう。


 だからさ、ドンゴもジャニも睨むの止めようよ。

 顔が怖いよ……?


 あ……元からか。


 …………


「俺らが先に声掛けたんすよ」

「関係ねーよ、強いとこに入るほうがいいに決まってんじゃねーか」

「あら、入るならやっぱり同じ女性がいるパーティーでしょ」

「ウチはあと治癒士がいれば完璧なんだよ」

「お、女の子と一緒に、ぼ、冒険者をやりたいんだな」

 話し合いはカオスであった。


 集まったパーティーは、どこも治癒士が仲間に欲しいのに変わりは無い。

 話し合いで決めるのは、少々無理があったようだ。


 すったもんだが延々と続き、やがて誰かの一言が騒ぎをピタリと止めた。

「これ、本人に決めてもらわないと終わらないんじゃね?」


 うむ、正論だ。

 正論だが、どのパーティーに入るのが良いかなど、新人冒険者が判断するのは難しかろう。

 それでも本人に決めてもらわないと、収拾がつかなそうだ。


「で、どこのパーティーに入ってみる? もちろん今すぐ正式にって話じゃないから、とりあえずお試しで入ってみて合わなそうなら別なパーティーに移っていいんだからね」

 などと言ってみたものの、肝心の回復持ちの彼女が口を開いてくれない。


 冒険者登録をしてすぐにこんな騒ぎになって囲まれたせいだろう、彼女はおどおどしながら俯き、時折ちらちらと冒険者たちを見ている。

 こりゃ時間置かないと、どうにもならんかな?


「仲間になってくれるよね? 頼むよ、治癒士の仲間が欲しいんだよ」

「守ってやるから、一緒にやろうぜ。ずっと治癒士の仲間が欲しかったんだよ」

「あたしらのとこに入りなよ。治癒士がいないんだよ」

「僕らのところにおいでよ。治癒士だけがいないんだよ」

「お、女の子の仲間が、ほ、欲しいんだな」

 囲んで迫るとか、怖がられて逆効果じゃなかろうか?


 アルスくんが防波堤になってるからまだ少し距離を置いてるが、いなかったらこいつらは今頃掴みかかってるんじゃないかという勢いだ。

 ほらみろ、治癒士の女の子が怖がってしまい、アルスくんにしがみついちまったぞ。


「な、治癒士がいないんだよ」

「治癒士が欲しいんだ」

「治癒士が……」

「治癒士だけが……」

「お、女の子が……」


 なんかこういうのは嫌だな。

 お前らこの娘が仲間に欲しいんじゃなくて、治癒士が欲しいだけじゃん。

 仲間ってそういうもんじゃないだろ。

 だから迫るんじゃねーよ、怯えてるだろーが。


「てめーらいいかげんにしろい! つーか、落ち着きやがれ! 見ろ!すっかり怯えてるじゃねーか!」

 俺はどうにも我慢がならなくなって、つい怒鳴っちまった。

 やべ、俺より格上の冒険者もいるっつーのに……。


『悪りい……』『すまん……』とみんな急に静かになった。

 治癒士の娘は怯えて、もう目をしっかりと瞑ってアルスくんにしがみついている。

 ようやく皆が少し冷静になったというのに、これではもう話をさせるのも可哀そうだろう。


 こんなに怯えてるんじゃ、もうこいつらのパーティーには入ってくれないんじゃなかろーか?

 つーか、絶対入りたく無いだろうな……。

 だからと言って治癒士1人でソロ冒険者なんぞ、危なくてさせられん。

 ふむ……。

 ……相談するか。


「なぁアルスくん、ウチもそろそろ仲間を増やすことを考えてもいいんじゃないかな――どう思う?」

 勧誘合戦にいきなり参戦で非難の声が上がりそうだが、俺たちの仲間にするのが一番いい気がする。

 いつか治癒士の仲間は欲しいとは話してはいたし、それが今でも問題は無かろう。


「えっと、あぁ、そうですね……」

 アルスくんが思案しながら治癒士の娘をじっと見ている。

 静かになったせいか、治癒士の娘が目を開いた。


 じっと見ていたアルスくんと、治癒士の娘の目が合う。

 治癒士の娘の顔が真っ赤になった。

 それはそうだろう――怖がって瞑っていた目を空けたら、イケメンに見つめられていたんだもの。


「僕らのパーティーに入ってくれますか?」

 アルスくんが治癒士の娘を口説いた。

 イヤ、別に女性として口説いた訳では無い、もちろんパーティーメンバーとしてだ。


 だがこの状況このタイミングだと、治癒士の娘としては女性として口説かれたと勘違いしそうな気がする。

 さっきより顔が真っ赤になってるし……。

「えっ……はい、お願いします」

 治癒士の娘は、俺たちのパーティーメンバー入りをOKしてくれたようだ。


 他のパーティーの冒険者連中が、呆気に取られて固まっている。

 これは……。

 今のうち逃げとこうかな――暴動が起きそうだし。


 なにげに俺の一言がこの事態を引き起こしたようなものだし、加入するパーティーメンバーに文句が来るとしてもアルスくんには向かわないだろう――なんてったって強いし。

 必然クレームは全て俺に向かうはずだ。


【隠密】と【隠蔽】のスキルを発動して……っと。


「はっ! おいおっさん! てめー何してくれて――あれ? おっさんどこ行った?」

 真っ先にクレームを俺に叩きつけようとしたのは、ジャニだった。

 イヤイヤ、俺が何もしなくても、お前らのトコに治癒士の娘が入ることは無かったからな。


「あれ? さっきまでここに……」

「いったいどこに……」

 今のうちにこっそりとギルドの外に出ようっと。


 音を立てないように扉を開いてギルドの外へ……。

「扉が開いたぞ! あそこだ!」

 悪いがもう遅い、外へ出ちまえばこっちのもの。


「どこに行きやがった!」

「くそう! 見つからない!」


 そう簡単に見つかりませんのことよ。

【隠密:極】と【隠蔽:極】の凄さを思い知るが良い!


 俺はスタコラサッサと逃げ出した。

 とりあえず最近サイショの街にできた、オムライス専門店にでも逃げ込もう。


 それにしても、治癒士が仲間になったかー。

 なんか予定に無かったけど、これはこれで良しとしよう。


 問題があるとすれば――。


 俺がしばらくギルドに近づけん、つーことくらいか……。


 ――――


 ― 次の日 ―


「で、アルスくん何の依頼受けてきたの?」

「毒消し草の採取です――ていうかタロウさん、大丈夫だと思いますよギルドの中に入っても」

 俺は現在ギルドに入るのが危険な状態なので、少し離れた肉串の屋台で、依頼を受けてきたアルスくんたちと合流している。


「イヤそれ、アルスくんが相手だからみんな大人しいだけだから。俺が入ったらすぐ囲まれるから」

「考えすぎですって、みんなそんなに怒ってませんてば」

 甘い――連中が俺を見逃すとかあり得ん。

 怒っていないフリをして、虎視眈々と俺が現れるのを待ち構えているはずなのだ。


「すいません、わたしのせいで……」

「イヤイヤ、パネロが悪い訳じゃ無いから」

「そうそう、タロウさんの考えすぎなんだって」

 自分のせいだと謝っているのはパネロ、新しく仲間になった治癒士の女の子である。


 丸っこく愛らしい顔立ちのパネロは、長く青い髪と青い瞳の持ち主で、小柄な15歳の少女だ。


 最初俺は『パネロちゃん』と呼んでいたのだが、『パネロと名前呼びにして下さい』とか言われて呼び方を変えている。

『ちゃん』付けだと子ども扱いされているようで、嫌なのだそうだ。

 ギルドで勧誘を受けているときは気弱そうな印象だったのだが、慣れると案外言いたいことを言う娘なのかもしれない。


 教会で祝福を受けた時に『回復』の魔法スキルを得たパネロは、教会で働くか冒険者になるかという選択肢のうち、冒険者になることを選んだ。

 弟妹が4人いるパネロの家は裕福とは言えず、父母の稼ぎだけでは生活が苦しかったらしい。

 なので安全だが稼ぎの少ない教会のシスターよりも、危険はあるが稼げる冒険者を選んだという訳だ。


「それに、依頼もわたしに合わせてもらっちゃって……」

「俺は狩猟とかでもいいと思うんだけどねー」

「駄目ですよ、採取依頼は基本なんですからしっかりこなさないと」

 成人してからすぐに冒険者となったパネロは、冒険者になる前に訓練とパワーレベリングを受けていたアルスくんとは違い、当然ながらレベル1である。


 俺はパワーレベリングして促成で俺たちに近い水準にするのが、パーティーとしては良かろうと考えていたのだが、アルスくん(いわ)く『強いだけが優秀な冒険者の条件という訳ではありません、様々な種類の依頼を確実にこなせないと良い冒険者とは言えないのです』とのことだ。


 後々受けることになるだろう依頼のバリエーションを考えるなら、たぶんそっちのほうが良いのだろう。

 俺も押し切られてしまい、今後のパーティーの方針は『基本からじっくり』と決まった。


 但し人数が増えた分依頼をこなす効率も良くなりはするが、収入も基本の依頼に下げることになるし更に3人で割ることで減るはずなので、余裕があるようなら1日で複数の依頼をこなそうとは話し合って決めてある。


 いつの間にかアルスくんが『冒険者の心得を教えてあげるよ』などと言って、パネロに色々と説明をし始めている。

 新しく仲間ができたのが、きっと嬉しいのだろう。

 あと、ちょっとだけ先輩風を吹かしたかったりするのかな?


「ここの肉串は美味しいんだよ」

「はい」

「あと、あっちの屋台で焼きおにぎりを買っておこう」

「はい」

「肉以外のものが食べたいなら、あそこの屋台で焼き魚を売ってるから」

「はい」

「そっちの屋台では――」


 アルスくん、屋台の説明はもうその辺でいいんじゃないかな?

 へ? 食も冒険者の基本だから、疎かにはできない、と……?


 イヤイヤ、もうそれ冒険者の心得というより、グルメガイドになってるからね。

 味も値段も大事だと……?

 そりゃそうだけどさ。


 そろそろ採取依頼に行こうよ……。


 屋台の評価で『☆☆☆』とか付けなくていいから……。


 ――――


 ― サイショの街付近の森 ―


 さて、なんとか『毒消し草の採取』の依頼に出てきたぞ……と。


 毒消し草は薬草ほどでは無いが、森のそこかしこに生えている草だ。

 アルスくんは頑張って先輩らしいところを見せようとしているが、採取は得意でないので新人であるパネロよりも少しだけしか多く採れていない。

 俺はと言えば何故か相変わらず採取が得意なので、採った量はアルスくんとパネロを合計したよりも多い。


 採取依頼は順調なのだが、俺には1つだけ気になっていることがある。


「やっぱり採取は、タロウさんには(かな)いませんね」

「おっさんさん、すごいです!」

 これだ――このパネロの俺に対する呼び方、『おっさんさん』というのがどうにも気になっているのだ。


 アルスくんは俺のことを『タロウさん』と呼ぶのに、なして君は俺のことを『おっさんさん』などと呼ぶのかな?

 しかも『おっさん』ではなく『おっさんさん』とか……。


 ……解せぬ。


 確かにアルスくん以外の冒険者は、俺のことを『おっさん』と呼ぶ。

 なんか知らんが、いつの間にか定着してしまった。

 もはやこれは、俺の『あだ名』なのである。


 ……納得いかん。


 まぁこれは仕方が無い、と無理矢理自分を納得させるとして――。

 仲間であるパネロが『おっさんさん』とか俺を呼ぶのはどうなのよ?

 そもそも『おっさんさん』とか俺のことを呼ぶヤツとか、他には――。


 ……いたな。


 ギルド職員の受付連中が、俺のことを『おっさんさん』と呼んでる。

 あいつら冒険者ギルドという半ば公的な機関の職員のクセして、名前で呼ばないとかどうなのよ?

 文句言うのも面倒くさいから、と放っておいた俺も悪いのかもしれんけどさ……。


 とにかくこの件は、昼飯の時にでもパネロに話してみよう。


 できれば『おっさんさん』は止めて、と。


 …………


 お昼になりました。


 みんなで小枝を集め、俺が【着火】のスキルで火を起こし焚き火にする。

 更に俺は、鍋に【水鉄砲】の魔法で小さな鍋に水を溜めた――焚き火で茶を沸かすのだ。


「便利ですよね、その【水鉄砲(ウォーターガン)】の魔法。おかげで飲み水の心配しなくても済みますし」

「魔法も使えるなんて、おっさんさんて多才なんですね」

 アルスくんとパネロが褒めてくれているが、俺としては不満だ。


 だって戦闘には使えないんだもの……。


水鉄砲(ウォーターガン)】の魔法は文字通り、おもちゃの水鉄砲並みの水流を発射する魔法だ。

 初級だからというのもあるかもしれないが、極めたところで戦闘にはあまり役に立つ気がしない。


 それでもアルスくんの言う通り、飲み水の心配をしなくても良くなったというのは冒険者としては大きい。

 これから先依頼をこなす際に、何日も街を離れることもあるだろう。

 そんな時に飲み水の心配が無いというのは、非常に心強いアドバンテージとなるのだ。


 砂漠でも水の心配は要らず、少しくらいの遭難なら生き延びられる。

 水が汚染されていて飲めないような場所でも、常に飲料水が確保できる。

【水鉄砲】は戦闘には使えそうに無いが、有用な魔法だったのだ!


「何日分もの水ともなると嵩張(かさば)るし重いから、遠出するならもう少し沢山出せたほうがいいんだろうけどねー」

 何日も街から離れるなら、飲料水だけでなく生活用水も確保できたほうが良い。

 今の【水鉄砲】では、生活用水までの確保には少々心許無かったりする。


「確かにそうですね――やっぱり、そのうち『アイテム袋』は買わなきゃですよね」

「『アイテム袋』ですか? あれってすごく高価なんですよね?」

 えーと……アルスくんとパネロは普通に知ってるようなのですが、『アイテム袋』というと、あの『アイテム袋』でよろしいので?


 すんません、そこんところ詳しく……。


 …………


 詳しく聞いてみた結果――『アイテム袋』というのは小さな袋に大容量の荷物が入り、なおかつ中の荷物の重さが感じられなくなるという、運送業者さん垂涎の特殊な魔道具なのだそうだ。


 ちなみに『小説家になるぞ』の異世界小説によくある、時間経過を止めるなどという効果は無い。

 但し、冷却効果のある物は存在するので、それを使えば冷蔵・冷凍便は可能らしい。


 お値段は小さい物――10立方メートルくらいの容量でも300万円程度と、なかなかの値段である。

 もちろん容量が増えるほど値段も跳ね上がるし、冷却等の特殊効果がある物も付加価値があるので高価だ。


 なおかつ10年ほど使用すると魔道具としての耐久値が限界となり、ただの袋になってしまうので買い替えも必要となる。

 永遠に使える魔道具、なんて都合の良い物では無いのだ。


 それでも拠点となる街や村を長く離れることの多い『クラス:銅』の冒険者になる頃には、この『アイテム袋』は必須アイテムとなる。

 馬車や荷車が使えない場所などいくらでもあるし、大量の魔物素材を担いで歩くとか――ファンタジーな高い筋力があれば可能なのかもしれないが――そんな場合は足が荷物の重さで地面に沈むだろう。


 腕の良い冒険者には『アイテム袋』は不可欠な物。

『いつかはアイテム袋』というのは、駆け出し冒険者の合言葉みたいなものなのだ。


「それじゃあそろそろ、毒消し草の採取を再開しましょう――すぐに買い取り上限まで採取できそうだし、今日はもう1つ依頼を受けられそうですね」

「はいっ! わたし頑張ります!」

 アルスくんの提案に、パネロが元気の良い返事をする。


 昼休憩もおしまい、採取依頼の再開だ。

 あ、そういやパネロの『おっさんさん』呼びの件、話しそびれたな。


 まぁいいや……仕事中は落ち着かないし、晩飯の時にでも話をすることにしよう。


 ――――


 ― サイショの街 ―


 最終的にこの日は『毒消し草の採取』と『大猪の狩猟』の、2つの依頼をこなして終わった。

 ざっと計算しても、1人あたり5万円を超える収入となるはず。

 少しくらい依頼の質を落としても、なんとかなるもんだね。


 この感じなら、パネロもすぐに俺たちと同じ『ランク:布』になれるだろう。

 イヤイヤ、このペースで稼いでいけば『ランク:木』だって、思ったより早くなれるかも。


 あ、でもパネロの装備も整えないといけないし、仕送りをしないといけないとも言ってたな――うーむ、やっぱりそう上手くはいかんか……。

 装備は俺とアルスくんでお金を出し合って、早めに整えたほうがいいのかなー。


 ……仲間が増えると、考えなきゃいけないことも増えるね。

 だが、考えるのは今日はここまで。


 それよりも今日は、パネロの歓迎会だ。

 初依頼の達成記念も兼ねて、今日は俺とアルスくんの奢りでパーっとやるつもりである。


 さっさとギルドに大猪の肉を納品して、その金でちょっとお高い店へと繰り出すのだ!

 もちろんパネロの『おっさんさん』呼びの件も、忘れてはいない。

 この際『おっさん』でも『タロウ』って呼び捨てでもいいから、『おっさんさん』という妙な呼び方は止めてもらおう――アルスくんみたいに『タロウさん』と呼んでくれるのが、一番いいんだけどね。


 そんな訳で、早く納品を済ませてしまおう。

 俺たちはウキウキしながら、ギルドへ入った。

 受付さーん、こんにちはー♪


 大猪の肉の納品と素材の買い取りを、納品受付へとお願いする。

 あとは計算待ちだ。


 計算を待っていると、たくさんの人の気配が近づいてきた。

 ……俺に。


 やべっ! すっかり忘れてたわ。

 俺ってばパネロを後出しで仲間にした件で、勧誘してた連中に恨みを買っていたんだった……。


 恐る恐る後ろを振り向く。

「や、やぁみんな、どうしたのかな? なんか顔が怖いよ?」

「顔が怖いのは元からだ――つーかよおっさん、俺たちに何か言うことがあるんじゃねーのか?あ゛ぁん?」

 パネロの勧誘合戦に参加していた皆さんが、そこには揃っておられました。


 一応、逃げられるかなー、と隙を伺ってみたのだが――。


 しかしまわりこまれてしまった


 うむ、『逃げる』の選択肢は選べないようだ。

 仕方が無い、どうにか誤魔化そう。


「イヤイヤ、ほら、ウチらの仲間になったのは本人の意思っつーかさ――」

「でもよ、きっかけはおっさんの一言だよな」

「そーっすよ、ズルいっすよ!」

「一発、殴らせなよ」


 マズい、このままでは危険だ!

 アルスくん! 助けて!


「タロウさん、計算が終わったみたいなので代金を受け取りに行って来ますね」

「あ、ちょっと待って……」

 アルスくんとパネロは、受付へ……。


「さておっさん、これで助けは来なくなったな」

「覚悟してくださいよ」

「イヤイヤ待て、話せば分かる!」

「問答無用!」


 くそっ! 逃げられん!


 …………


 ― 酒場 ―


 その後暫く、すったもんだやりながら交渉し、話は『今夜の全員の飲み代を、俺が全部奢る』ということでなんとか収まった。

 アルスくんが苦笑いしながら『僕も半分出しますよ』と言ってくれたので、お言葉に甘えることにしよう。


 それにしても、こいつら遠慮無く飲みやがって!

 会場をいつもの安酒場にしたってのに、これじゃ今日の稼ぎが丸々吹っ飛んじまうじゃねーか!


 ……まぁ、いいんだけどさ。


 ぶっちゃけると、この飲み会は案外悪く無いと俺は思っていたりする。

 もともとパネロの歓迎会のつもりだったのだから、人数が増えて賑やかになるのは悪く無い。

 それに、冒険者になったばかりのパネロにとっては、冒険者仲間と馴染むのに良い機会になるだろう。


 もちろんパーティーメンバーである俺とアルスくんとも、仲を深める良い機会だ。


 つーか、こいつら少しは遠慮と言うものを――マズいな、今日の稼ぎでは足りなくなる気がする。

 いつまでもバカ騒ぎしてんじゃねーよ、少しは奢る相手のことを考えろよ。


 参ったなー。


 そういやパネロに『おっさんさん』呼びは止めてくれ、と言おうと思ってたのにそんな空気じゃなくなっちまったなー。

 つーか酔っ払いに捕まってしまって、身動きが取れん。


 うむ、これはアレだ。


 なんとなくうやむやになって――。


『おっさんさん』という呼ばれ方が、定着してしまうパターンだな……。

パネロのキャラがまだ固定できてないので、たぶんそのうちブレると思います。

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