初めての感想
脳活長編、第3弾となります。
主人公はそのうちたぶん最強になる予定ですが、とりあえずは情けないおっさんです。
よろしくお付き合い下さい。
基本のんびり不定期更新となります。
カチャカチャカチャ――と、キーボードの音が響く……。
俺は今、小説を執筆している。
キーボードの音は、とっくの昔に型落ち機種となった愛用のノートPCのものだ。
「ふむ、こんなもんか」
キリの良いところでエンターキーを押す。
ご都合主義だったけど、これでレベルアップイベントは完了……っと。
書いているのは異世界転移ものの、テンプレファンタジーだ。
異世界に転移して早々に使えるスキルを手に入れて、周辺の魔物を倒してレベルアップ――というのが、これまでのストーリー。
それから、強くなったところで街道へと進んでいき……。
さっきから頑張ってカチャカチャとキーボードを打ち続けているのだが――う~む、我ながら文章を打ち込むのが遅くて嫌になるなー。
よし、ここでテンプレ通りに馬車が襲われる展開だ!
――――――――――――――――――――――――
馬車が襲われている! 助けないと!
馬車を襲っているのは盗賊だ!
ひい……ふう……みぃ……全部で盗賊は10人だ。
俺は凄い勢いで盗賊に近づいて、剣で切った。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!ズバッ!
盗賊は全員あっという間に死んだ。
「ふう……やれやれだぜ」
俺は軽く汗を拭いた。
ガチャリと馬車のドアが開いて、中から
――――――――――――――――――――――――
ここまで書いて、ちょっと悩む。
プロットをしっかり作っていない見切り発車の小説なので、展開はその都度考えているのだ。
さて、馬車から出て来る人は、どんな人物にしよう?
やっぱりお姫様とか、後ろ盾になってくれる貴族かな――裕福な商人というのも捨てがたい……。
うむ、ここはじっくりと考えることにするか。
…………
ここで軽く自己紹介でもしておこうう。
俺の名前は『有江内 太郎』、おっさんだ。
年齢は教えない。
ただ、自他ともに認めるおっさんな年齢なのは確かだ。
陰口で俺のことをじじいとか言ってる連中もいるが、まだおっさんだ。
体のあちこちにガタが来ていても、人や物の名前が『アレ』とか『ソレ』になってしまっていても、そんなものは関係ない。
俺は誰が何と言おうと、おっさんなのである。
それに気分はまだまだ20代――は言い過ぎか――気分は30代だ!
仕事は――会社の早期退職優遇制度なんぞを使って、多めの退職金を貰って最近リタイアしてやったから無職だったりする。
決して会社に持て余された結果、中高年のリストラ対象者になった訳では無い――断じて無いのだ!
というか逆に俺は会社で人事を仕事にしており、社員のリストラを会社にさせられてきた。
おかげで『人斬り有江内』などと、いい加減な陰口を叩かれていたりもしている。
会社の命令に従っていただけで、別に切りたくて切っていた訳じゃ無いのに……。
リストラされた奴らに、いわれの無い恨みを買うことにも疲れた俺は、会社が大規模リストラ案の1つとして出してきた早期退職優遇制度に、つい応募してしまった。
中高年の再就職など、ロクな仕事が無いのを知っていたはずなのに……。
まぁ、それはそれとして。
退職後のことなど何も考えていなかったので、当然ながらすぐに次の職が見つかる訳もなく、今は失業手当で暮らしているおっさんである。
このまま無職で老後を迎える危険性もあるので、当然ながら節約生活をしていたのだが、金のかからない趣味を探しているうちに面白いものを見つけた――『小説家になるぞ』という小説投稿サイトだ。
読むのも書くのも無料だし、このサイトで書かれている小説のレベルなら自分にも書けそうだと思った俺は、そこで小説を書いてみることを趣味にしてみたのだ。
ユーザーネームは『リタイアのおっさん』――ひねりは無いけど、こんなものでいいだろう。
そして記念すべき処女作が、今書いている小説『異世界テンプレ物語』だ。
ちなみに、まだブックマークもポイントも無い――いいじゃん、ほっとけよ。 これからなんだよ!
……ということで『異世界テンプレ物語』を書いていて、馬車から出て来る人物に迷っているのが、今の俺の現状である。
とりあえずここまでの文章は保存しておいて、じっくり続きを考えようか……。
…………
保存してホーム画面に戻ったら『感想が書かれています』の赤文字があった。
「マジか!」
思わず小さく叫んでしまった――感想なんて書かれると思ってなかったから。
決してぼっちをこじらせて、独り言が癖になったおっさんだから叫んでしまったのではない――と思う。
ひょっとして――と思い、小説情報を見てみたら……。
<ブックマーク登録:1件>
おぉ! ついにブックマークが!
しかも評価ポイントまでついている!
<文章評価:1pt>
<物語評価:1pt>
おい、こら……。
確かに文章が下手なのは自覚してるし、物語も初めてだからイマイチかもしれない。
だけど評価1・1は無いだろう……なんか凹むわ~。
ひょっとして感想書いた人も、同じ人だろうか?
だとしたら誉め言葉は期待できないだろうなぁ……。
一応、感想も読んでみるか。
――――――――――――――――――――――――
投稿者:読み専の女神
[気になるところ]
全体的に説得力が足りません。
特に異世界の描写にリアリティーがありません、異世界の風景が見えてきません。
モンスターや戦闘シーンにもリアリティーを感じません。
[ついでの一言]
続きも読みますから、頑張って書いて下さいね。
――――――――――――――――――――――――
……うるせーよ。
悪かったな、リアリティーが無くて。
てーかさ、リアリティーとか言うけど、お前は異世界のリアルを知ってるのかよ!――知らないんなら、俺の書く異世界がリアルかどうかなんて判んねーだろ!
モンスターだってそうだよ、実際に見た奴なんて誰もいないんだから、どんなのがリアルなのか誰も知らないじゃないか!
「俺だってな、実際に異世界を見ることができさえすれば、リアルな異世界の描写くらいできるさ!――だいたい何が『読み専の女神』だよ偉そうな名前を名乗りやがって、女神なら俺を異世界に連れてく程度のことはやってみせろよ! そしたらリアル描写してやるよ!」
いけね……ついムキになり、大きな声で叫んでしまった。
やべー、近所迷惑なことしちまったなー……。
その時、俺の体が光に包まれた。
そして……。
「その願い、叶えてあげましょう」
どこからか、涼やかな女性の声が聞こえた。
声は続く――。
「どうか作品の執筆に生かしてください」
はい? なんですと?
俺は光に包まれたまま、この世界から消滅したのであった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
気が付くと、俺は森の中にいた――全裸にパンツ一丁という姿で。
別に服が消えたわけでは無い。
自宅で寛いでいる時は、俺はいつもパンツ一丁なのだ――そしてそのままの格好でこの場所へ来たらしい。
だけど、森の中でこの格好はマズいよなぁ……。
さっきの声が言ったことを思い出すに、この世界はきっと異世界なのではないだろうか?――たぶんファンタジー風の異世界。
そのくらいはなんとなく見当がつく。
前後のシチュエーションからして恐らく、俺は異世界転移というものをさせられたのだろう。
そのくらいは分かる――俺だって、伊達に異世界転移ファンタジー小説を書いているわけでは無いのだ!
……ファンタジー異世界だよね?
違うかな?
確認する方法とか無いだろうか?
そうだ! ファンタジー異世界なら、ステータスがあるはず!
周りに人がいないか再確認して――よし、いないな。
他人に見聞きされたらこっ恥ずかしい行為をこれからするのだから、確認は大事だ。
その行為とはもちろん、声に出して叫んでみる事だ。
「ステータス!」……と。
※ ※ ※ ※ ※
名 前:タロウ・アリエナイ
レベル:1/100
生命力:67/67(100)
魔 力:72/72(100)
筋 力:6(10)
知 力:7(11)
丈夫さ:4(10)
素早さ:2(10)
器用さ:9(11)
運 :10
スキルポイント:1
スキル:【スキルスロット】【アイテムスロット】
状態異常:老化
※ ※ ※ ※ ※
……ホントに出たよ、ステータス。
マジでファンタジー異世界かよ……。
つーか『状態異常:老化』って……イヤ、自覚はあるんだけどさ。
これはアレかな? ()内が本来の数値で、老化で数値が下がっているという理解でいいのかな?
というかこのステータス、俺が書いていた『異世界テンプレ物語』の主人公の、初期ステータスと一緒じゃねーか!(老化を除く)
諸々、漢字表記なところまで一緒だし。
持っている初期スキルも同じ……ふむ、だったらまず――。
初期スキルの【スキルスロット】を使おう。
この【スキルスロット】とは、スキルポイントを消費して、新たなスキルを得られるというものだ。
スロットマシンのようにリールが回り、1回につき3つのスキルをゲットできる。
ただし、得られるスキルの種類は、消費するスキルポイントで変わるのだ。
ちなみにスキルポイントは、レベルアップ1ごとに1ポイント得られる。
スロットとか古いよ、今はガチャの時代じゃね? とか思われているかもしれないが、そこはおっさんが作者なんだから諦めろ。
つーか、他人様の設定に文句つけんじゃねーよ。
一度にスキルが3つも手に入るんだから、お得なんだぞ……。
古臭いとか言うなよ……凹むから。
気を取り直そう。
消費ポイント別で得られるスキルは、こんな感じに分けられる。
※ ※ ※ ※ ※
【スキルスロット】
便利スキル / 持っていたら便利なスキル:消費スキルポイント1
職業スキル / 手に職をつける為のスキル:消費スキルポイント2
戦闘スキル / 戦闘全般に使えるスキル:消費スキルポイント3
魔法スキル / 魔法を覚えられるスキル:消費スキルポイント4
特殊スキル / 人間の枠を超えたスキル:消費スキルポイント5
※ ※ ※ ※ ※
とまぁ、スキルスロットはこんな区分になっている。
そして俺が現在持っているスキルポイントは『1』
つまり便利スキルを得るためのスロットしか、回すことができない。
だが俺の小説では、主人公は最初に得られる便利スキルで【殺虫剤】というスキルを手に入れ、周囲にたまたまいた虫系モンスターを駆逐して、大幅なレベルアップをすることになっている。
俺にも同じようなことが起きれば、異世界生活なんてイージーモードとなるはずなのだ!
という訳で、早速【スキルスロット】を回してみよう。
つーか、このままスキル無しだと詰んじゃうし。
「【スキルスロット】」
そう声に出すと、半透明のスロットの筐体が、目の前に浮かび上がった。
入力するスキルポイントは『1』にして――レバーオン!
……3つあるリールが回転し始めた。
俺の小説だと、最初に得られるスキルは <光球> <着火> <殺虫剤> だ。
ルビは振ってない――思いつかなかったんだよ!
そんなことはどうでもいい、俺にも何かレベル上げのできそうなスキルが来ますように!
ちなみにこのスロット、目押しができない仕様である。
なので止まるまでは、じっと待つしかできない。
やがて徐々に回転がゆっくりとなり……。
左端のリールが、ついに停まった。
<光球> ―回転中― ―回転中―
おぉっ! 俺の小説と同じじゃん! これはひょっとして……。
次に真ん中のリールが停まった。
<光球> <着火> ―回転中―
おっしゃキタコレ! もう一丁 <殺虫剤> 来い!来い!来い!
そして最後に、右のリールが停まった。
<光球> <着火> <暗視>
おう……。
何故ここで<暗視>が――小説と同じじゃねーのかよ!
しかも暗いとこで使うスキルとか、使い道が<光球>と被ってるし!
ちなみに<光球>と<着火>は魔力を微量に消費するのでカテゴリーとしては魔法なのだが、スロットの設定では便利スキル扱いである。
まぁ、この辺は作者である俺の適当な匙加減で――って、そんなことはどうでもいい! どーすんだよこのスキル構成! レベルアップに使えそうなのが皆無じゃねーか!
つーか何故目押しができる仕様にしなかった、俺!
目押しができれば、良さげなスキルを狙えたかもしれないのに……。
後悔先に立たずとは、このことか……。
詰んだ……これはさすがに詰んだ……。
この状態でモンスターとかに出くわしたら、確実に死ねる自信がある。
イヤ、この際モンスターじゃなくても――例えば狼や熊に出くわしても、たぶん確実に死ねる。
逃げ切れるほどの運動能力は、運動不足で『状態異常:老化』のおっさんである俺には無いのだ。
待てよ? 死んだらどうなるんだろう?
普通に元の世界に戻れるのか……?
小説を書くために連れてこられたのだから、元の世界に戻してもらえるんだよね?
つーか戻れないと小説が書けないんだが……。
だったら死んでも大丈夫かな?
イヤイヤ、そう簡単に死ぬことを考えちゃ駄目だろう。
せっかく異世界に転移させられたみたいなのだから、リアルな描写ができるくらいには、この異世界を見て回りたい。
この世界に俺を連れてきたのは、きっと『読み専の女神』とかいう奴だろう。
俺が『異世界を見ることさえできれば、リアル描写ができる!』とか叫んじゃって、ついでに『女神なら俺を異世界に連れてく程度のことはやってみせろ!』とか挑発しちゃったもんだから、俺は異世界転移をさせられてしまったのだ――絶対にそうに違いない。
モンスターや肉食獣が出たら確実に死ねるという現在の境遇ではあるが、せっかくファンタジー異世界に転移したのだからここは頑張って生き延びてみよう。
俺はこの世界を見て・体験して、リアルな描写の異世界転移ファンタジー小説を書き上げてやるのだ!
そうと決まれば、とりあえずこの森を脱出して人里を目指そう!
人里がどっち方面か、さっぱり判らんけど……。
…………
しばらく考えたあと、俺は森の中で少しだけ明るくなっている方向へと歩き出した。
木漏れ日が差しているだけかもしれないが、少しでも開けている可能性があればそちらへ向かうことにしたのだ。
歩きながら俺は、自分の身体のポンコツさ加減を思い知らされた。
まず根本的な部分で体力が無い――森の中を歩くと、とにかくすぐ疲れる。
それに足腰がかなり弱っている――普段から健康の為に歩いているがそこは文明社会の平らな道、凸凹な森の中ではあちこちの筋肉や関節が、すぐに悲鳴を上げてしまった。
あと目もかなり弱くなっている――元々近眼で近くは見えるのだが、最近は老眼が酷くてピントの合う範囲が非常に狭い。しかも執筆中はメガネを掛けていないので、今はメガネも無い。
肩もしんどい――足腰が弱っていてあちこち手を突きながら歩いているが、高いところに手を突こうとしても、肩が思うように上がらない。
水平90度が限界とか勘弁してくれ……。
腹周りの脂肪も邪魔だ――歩くたびにタプタプと勝手に動き回る。
部分入れ歯になっている歯も不安だ――最近柔らかい物しか食べてないんだよなぁ。
この世界の食べ物って、やっぱり硬いのかな……。
あと頭髪……は薄くても問題無いか。
頭頂部が明らかに薄くなってきているが、そんなもの命には関わらんし。
そして1番ヤバいのが、足の裏――裸足で森の中を歩くというだけで痛いのに、そこら中にある凸凹が足ツボマッサージのように足の裏を責め立てるのだ!
内臓が悪いと、足ツボって痛いんだよね……。
読み専の女神も、どうせ俺を異世界転移させるするなら、せめて健康にしてくれれば良かったのに。
気の効かない女神だ。
水たまりで自分の顔を確認したら、しっかりと老けたおっさんの顔をしていた。
疲れきっていて、顔色もあんまり良くない。
こりゃ早く人里に辿り着かないと、歩くだけで死ねるかもしんないな……。
…………
しんどさを我慢しながら歩いていると、少しずつ森が開けてきた。
うっそうとした森から、だんだんと隙間が目立つようになってきたのだ。
ここまでパンツ一丁で歩いてきたので、体のあちこちが虫に食われて痒い。
変な病気になりませんようにと思いながら、俺はボリボリとあちこち掻きながら歩いている。
くそうっ! やっぱ殺虫剤のスキルが欲しかったぜ!
やがて、カンカンと金属のぶつかり合うような音が聞こえてきた。
金属音?……これはまさか、人間がいるのか?
すぐにでも駆け寄りたい逸る気持ちを抑え、臆病さを発揮してこそこそと音の方へ近づいて行くと、人の声が聞こえた。
「絶対に馬車には近づけるな!」
「そっちに弓を持った奴がいるぞ!」
これが比較的遠くから聞こえる声。
「ちんたら殺ってんじゃねーぞ! こっちのほうが人数は多いんだ!」
「治癒士を先に狙え!」
こっちが比較的近くから聞こえる声だ。
少し離れた場所でこっそり覗き見ると、馬車が襲われている様だ。
馬車襲撃イベントか?
テンプレキターーー!!
馬車を守っているのは5人だが、盗賊らしき連中は9人もいる。
だが守っている人たちのほうが良さそうな装備をしていて、襲っている連中の装備はボロい。
腕の方は――正直判らん。
戦闘とかド素人だから、見ただけでは強いんだか弱いんだかさっぱりなのだ。
それでも自分たちに倍する数を防いで、盗賊らしき連中を馬車に近づけていないのだから、守っている人たちは腕が良いのだろう。
俺がチート持ち主人公なら、ここで襲っている連中をバッタバッタとなぎ倒すところだが――生憎俺は攻撃ができるスキルも無ければ、武器も持っていない。
ついでに森の中を歩いてきただけで疲れ切ってしまっているので、思うように動けない。
位置的に襲っている連中の背後にいるので、攻撃さえできれば絶好の奇襲となるのだが……。
ちょっとでも戦闘に役立つスキルがあったらな――などと思いつつ、自分のステータスを開いて手持ちのスキルを確認してみる。
※ ※ ※ ※ ※
スキル:【スキルスロット】【アイテムスロット】【光球:初級】【着火:初級】【暗視:初級】
※ ※ ※ ※ ※
あれ? この初級って何?
こんな設定、俺はした覚え無いんだが……。
まぁそれは後回しだ、それより戦闘に使えそうなスキル――は、やっぱ無いよな。
待てよ――【着火】で落ちてる木の枝を燃やして投げつければ、けん制くらいにはなるかな?
でもそれやっちゃうと俺がここにいるのがバレて、あいつらに襲われそうだなー。
馬車を守っている人たちが、俺のことも守ってくれるとは限らないし――そうだな、やっぱり止めておこうか……。
俺は参戦するのは諦めて、成り行きを見る事にした――日和見だ。
馬車を守っている人たちが勝ったら、俺の現状を助けてもらえるように、彼らの善意にすがってみよう。
襲撃している連中が勝ったら、あいつらが奪い残したものでも漁らせてもらおう――たとえ死体の服や靴でも、パンツ一丁で無一文の俺には貴重品なのだ。
膠着状態になっている成り行きを見守っていると、馬車を守っている人たちの背後にある木の上に、襲撃者の仲間とおぼしき男が弓を引き絞っているのが見えた。
当然ながら、守っている側の人たちは気付いていない。
その時、俺はついやってしまった。
小心者のくせに正義感が発動してしまったのか、はたまた魔法というものを使ってみたいと言う深層心理が俺を突き動かしたのか――つい魔が差して、やっちまったのだ。
「【光球】!」
俺は光球の魔法で、木の上で弓を引き絞っていた男に目くらましを食らわせた――食らわせてしまった……。
ついでにルビまで振ってしまった。
「おぅわっ!」
急に目の前に光が現れたので、弓を引き絞っていた男が思わず声を上げた。
「ファイアボール!」
馬車を守っている人の1人――たぶん若い女性が、その声で男に気付き魔法を飛ばす。
「うぎゃあぁぁ!」
バレーボールサイズの火の玉が木の上の男の顔面を直撃して、首から上が燃え上がった――その姿は、まるで巨大なマッチ棒……。
なんて実況をしている場合じゃない!
俺の存在が、襲撃者連中にバレた!
しかも明らかな敵対行動をしてしまったのだ!
襲撃者たちの視線が、一斉に俺に突き刺さる――これはヤバい。
こいつらからすぐ逃げないと!
なのでもう一丁、目くらましだ!
「【光球】!」
今度はもっと魔力を込めた、大きな光球だ!
ズシンと脳に疲労が溜まった気がする。
魔力を使うと、脳が疲れるんだな……。
全員こちらを睨みつけていたので、馬車を襲撃していた連中は全て目くらましに掛かった。
よし、チャンスだ! なけなしの体力を使って逃げろ!
今のうちに馬車のほうへ移動すれば、馬車を守っている人たちを盾にできるはずだ。
「今だみんな!」
馬車を守っている人の1人が、叫んだ。
俺の目くらましの光球の光は、襲撃者たちが壁になったおかげで、馬車を守っている人たちには効果が無かったらしい。
動きの止まった襲撃者たちが、次々と剣・槍・魔法・弓矢で倒されていく。
その倒される速さは凄まじく、襲撃者は俺が馬車の側へと辿り着く前に全て駆逐されてしまった。
え~と……これは良かったと考えていいんだよね?
《レベルアップしました》
頭の中に、デジタル音声のような女性の声が響いた。
あれ? なんでレベルアップ?
俺は襲撃者なんて、1人も倒していないんだけど?
これはアレか?――光球の魔法で目くらましをしたのが、アシストをしたという判定になって、経験値が入ったたのか?
レベルアップの告知に戸惑っていると、馬車を守っていた人の1人――剣を装備した男が俺に近寄り、話しかけてきた。
「ありがとう、助かりました」
そう言って右手を差し出してきたので、たぶん握手がしたいのだろうと判断し、俺は男の手を握った。
「いやぁ、皆さんお強いですねー」
若干ビビりながら、半分実感半分おべっかの感想を述べてみた。
まさかこんな展開になるとはなぁ……。
「あの~」
横から声が掛かる――この人は確か、味方に魔法らしき何かを掛けていた男の人だ。
「はい?」
俺が返事をすると、その人はとっても素朴な疑問を俺に投げかけてきた。
「聞いてもいいのかどうか――その……なんでそんな恰好なので?」
そんな恰好……?
あぁ、そういや……。
俺、まだパンツ一丁だったっけ……。