4 チートン先生
道を外れて分け入った先の草原にホルモンラビットがいた。
「よし、いけ」
アガタの背を押して兎へ向かわせる。
まぬけな走り方でアガタが向かう。遅い。
ホルモンラビットは逃げだした。
「やっぱり無理だよ」
アガタが、しょんぼりしてラインガルスまで戻ってきた。
「しかたないさ。もっと肉食わないと」
「え?うん」
道へ戻り、歩きながら
やっぱりステーキなのかなあ、とラインガルスは思った。
ゲームでは一般食材よりもモンスターステーキのほうが数倍から数十倍ステータスの伸びが良かった。
「あにきぃ、腹減ったよー」
「どっか肉が買えるところないか」
ラインガルスは自分の部屋にあった貨幣をすべて持ってきていた。
小さな金貨が二十枚、大きな金貨が一枚、銀貨は瓶に口まで詰まっていた。貯金をしていたらしい。
「こっから右を行くと、小さめの街があって、豚の市があるよ」
「よし」
案内されるまま道を進む。
山の上から流れてくる水によって、このあたりは植物がふんだんにあふれている。
アガタが言う。
「モンスターってさ、人間をたくさん食べるよね。食いしん坊なのかな」
「なのかなぁ」
「だから僕は、食べられそうになるから狩りできなかったんだった」
「草食でちいさいのならいいでしょ」
「そうか!」
そこまで都合良く狩りの対象を選べるわけなさそうだけど、とラインガルスは思い「お腹へってきたなあ」と言った。
タンラスの街に着くとアガタはラインガルスを強引に引っ張って食堂へ連れて行った。
墨絵で、ほがらかなおじさんの描かれた縦看板が誇らしげに外壁に設置されている。
店に入ると
「おいちゃん、肉くれよ」
「食い逃げのちび!」
看板よりも太った店主が大声で信じられないといったふうに両手を上げて威嚇した。
「こんにちは」
「ふははっ、あにきぃがいるからお客だよ」
「いや、無銭飲食じゃなきゃいいけどよ。金持ってきたのか。こいつが食い逃げしたぶん、まずは半銀貨くれないか」
銀貨を一枚渡して「弟分が、すみませんでした」と謝るラインガルス。
「お、いいんだよ代金さえ払ってくれたら。それでな、今日は客がたくさん来て、もう肉がないんだ。明日来てくれや」
「ひどいよぅー」
豚の競り場近くにある食堂を勧められ、ラインガルスとアガタが向かう。
薄汚れた豚が横たわっていた。首には赤い線がついていて、ラインガルスは驚いて「チートン先生」と名を呼んだ。
ゲームでは前足を失った三本足の豚。護衛として雇えて、広大迷宮の奥に潜んで財宝を蓄えているドルフェンドラゴンをワンパンで倒せる最強キャラ。
そのぶん護衛費で儲けの9割を持って行かれる。
そんなチートンが死にかけていた。
足は四本揃っている。
男たちは大木を切る用の長く大きなノコギリを持ち出して、チートンの首に置くと、ノコギリを押しつけ、引いた。
赤い線はノコギリを置く目印で、チートンの首をギザギザの鋼歯が何度も往復する。
すぐに男たちは疲れた様子で、ノコギリを地面に置いた。
「切れねえなあ」
ラインガルスが「その豚、殺すのか」と聞くと、男はうなずき「でも皮が丈夫でなあ、たまーに先祖帰りでいるんだけど、こいつは格別だぜ」と、タオルで汗を拭いた。
「その豚、買おうか」ラインガルスが言った。
「そうかい?」男は仲間に声をかけた「この兄ちゃんが豚買ってくれるってよ」
「防具にするんじゃろ」
「なら高めでもいいんじゃねか」
「銀貨5枚」
ラインガルスは少し考えるように間をおいて
「肉は食えないし加工賃もかかる。そんなに金もない」と銀貨一枚を取りだした。
「まあいいか」男たちはあっさり了承した。