25 ダークハイロード
ベーコンを焼く匂いが漂っている。
公園にある小山の傾斜を子供たちが板で滑り降りている。
それを眺めているリリネを見つけた。
向こうもラインガルスに気づいた。
「これから夕食なんだ、一緒にどうかな」ラインガルスが言った。
「いいですね」
リリネが沈む夕日のように微笑んだ。
「未熟だと思い知らされました」
「まだ若いんだからしかたない」
リリネは不思議そうにラインガルスを見て
「薔薇の英雄を知りませんか」と、言った。
「記憶がなくて」
「そうなんですね。私はずっと眠っていました。氷山の洞窟でずっと。目覚めたら知っている人は誰もいませんでした。
それで私を不老の英雄だと誤解している人が多くて」
ラインガルスはうなずいた。
「私は強い力を扱えるようになっていました。防御技能の研鑽を積み、独旅が認められ、今は各王国へあいさつをしています」
「英雄は自動で守られるのに防御の練習?」
「ふんだんにある守護の力を攻めに回せるのです」
「さみしくはなかったの、目が覚めて」
「あなたはどうでしたか」
「アガタやチートンを見つけたとき、体の周りが明るくて懐かしい気持ちがした」
「私は、友人の子孫で顔立ちが似ていたことや手紙が残っていたのが、悲しくてうれしかったです」
道の向こうから行商人が大きな背嚢を背負って歩いてきた。
下を向き、くたびれた中年だが、ダークパワーにあふれている。
知覚できるのは自分だけなのか、ラインガルスがリリネの横顔を見る、見つめ返される。
なだらかに上がった眉と、輝く瞳。
「リリネ、あの人、闇超級騎士」
リリネが力場をふくらませる。
行商人の姿をした闇超級騎士も、すぐさま力場を展開した。
リリネは薔薇の剣を肩の高さにかかげ、斬る。
衝撃波が闇超級騎士の力場に跳ね上げられ、夕空へ消えてゆく。
闇超級騎士が視界を確保するためにフードを外す。表情のない模造顔が剥がれ落ちる。
額から鼻までを広く被うゴーグル、豊富な髭で口元は隠れている。
「よく見破った」かすれた声。
闇超級騎士が《ダークプラズマ》を発し、うねるヘビのように高熱が流体状に襲ってくる。
リリネが左手をかかげ、空中へ透き通る小盾を作り、ダークプラズマに当てる。
激しい爆発。
人々の叫び。
その一瞬で両者は死角を狙い、接近、右手で握った薔薇の剣でリリネは闇超級騎士の肩を貫いていた。
闇超級騎士は剣を引き抜く動きで後ろへ飛びつつ、無事な手でダークプラズマをまっすぐに叩きつける。
リリネは盾を作り、下がる。
再び爆発。
「腕、変化しろ」
闇超級騎士の傷腕が力場を吸い込み、千切れ、濡れたオオガラスとなって襲いかかる。
盾をかわし、リリネに体当たりをしかけ、くちばしで首をえぐろうとする。
リリネは地面を蹴って、一気に空へと上がる。
後ろから追ってきた闇超級騎士が黒剣を投擲する。連携してオオガラスが斜めにつっこんでくる。
空中に生み出した盾を蹴り反転、勢いに乗ったまま黒剣を自らの剣ではじき、リリネは闇超級騎士へと大盾を叩きつける。
闇超級騎士が墜落した。
衝突した地面は力場と干渉し吹き飛ぶ、土砂で視界が煙る。
深い傷を負った闇超級騎士は力場を収め退いた。
オオガラスも消えていた。
「無事ですか」リリネが言った。
「なんだかすごい戦闘だったなあ」伏せていたラインガルスが起きて「おいしいご飯を食べて気楽に過ごしたいだけなのに」と、ぼやく。
「巻き込んでしまいました」
リリネが謝る。
「どうかな、チートンがローチウルフの群れを倒した報復かもしれない」
「そうです、早く宿へ戻らなくては」